花心 蓉子「じゃあ、読んでごらんなさいよ」 ホフ、ゲーテなどの小説。「ポヴァリー 蓉子「 ( 唖然 ) : : : だったら、なんでこんな 園子「いいわ」 夫人』や「人形の家』もある。 と、箱に戻す。 園子、興味なさそうに、淡々と詰めている と、園子が飾り立てた部屋を見回す。 蓉子「読みなさいよ。本当は気になるんで 蓉子、誠 ( 三歳 ) と遊んでいる。 園子、含み笑いで、襟足を撫でる。 蓉子「京都の支社詰めって、役付になる準備しょ 園子、蓉子を見る。 なんでしよう ? 会社ですいぶん買われて 園子、恍惚の中にいる 蓉子「 : : : 何よ」 るのね、お義兄さま」 雨宮を受け入れている 園子「どうしよう。本当に、私、興味がないの」 園子「あら、そうなの ? 更に求めるように、雨宮を見る 蓉子「こないだ、うちに来て、そんな話になっ蓉子「 : : : 」 雨宮、動きを激しくする。 箱に手を伸ばし、中の封筒から便箋を出 たじゃないの」 園子、シ 1 ツを掴む。 す。 園子「そうだったかしら」 長い声を漏らす。 一通、二通、三通・ : 蓉子「信じられない。夫の出世に関心がない 足指が反り返って行く。 蓉子「 ( 読んで ) 『お姉様は髪を切りました』一 ・『お姉様は風邪を引いて、一一日ほど寝 園子、蓉子に背を向け、押し入れに入っ 弛緩した園子の肌を、雨宮の指が這う。 : ほら、読みなさいよ。一 込んでいました』・ ていた古い小さな箱を開ける。 意思とは無関係に、園子の体が反応する 全部、お姉様のことだから」 絵葉書や封書が入っている 雨宮「愛情が深まってきたんだね、僕たちの」 その中に、蓉子からの手紙が何通かある。園子「 : : : 」 と、園子を抱きしめる。 蓉子「気の毒だわ、雨宮さん。家族のために蓉子「雨宮さんが毎日のように手紙をくれる のに、お姉様ったら全然返事を出さないか 頑張ってるっていうのに、妻がこんなに無 雨宮、寝入っている。 ら、私が代わりにお姉様のことを報告して 関心だなんて」 園子、その顔を見ている あげてたのよ」 園子「確かに、あなたの方がずいぶん雨宮に 愛情が湧いてくるわけではない。 園子「蓉ちゃん、あなた : ・ 関心があるみたいね」 白々と見ている 蓉子、手紙を一抱えにして、屑篭に放り 蓉子「え」 込む。 園子、手紙を蓉子の前に放る 園子、引っ越しの荷造りをしている 園子「・ : ・ : 可哀想に : ・ 昭和年 3 月蓉子「 : : : 読んだの ? と、蓉子、咄嗟に園子を突き飛ばす。 園子「いいえ。今、初めて見つけたんですも 雨宮の蔵書を蜜柑箱に入れていく。 園子「 ! 」 技術関係の本に混じり、ジイドやチェイ
一瞬の硬直、そして、弛緩。 ど、本当は満足なんかしてないんでしよ」 泣き止まない赤ん坊の声。 新居・居間 園子「いい加減にしてよ。変な言いがかりつ しかし、園子には耳に入らないのか、陶 調度品が整い、贅沢ではないが、家庭的 けないで」 酔に身を任せている な暖かさに溢れる部屋になっている 蓉子「やつばり当たりなんだ。そりやそうよ 雨宮、素早く身繕いをすると、赤ん坊の 入ってきた園子、座る ね。愛がないもの」 ところへ。あやしはじめる。 園子「愛 ? 」 隣室は静かだ 園子が見つめる和紙の花、ばんやりと揺 蓉子「愛してないんでしよ、雨宮さんのこと。 れて見える。 ティーポットの紅茶を注ぎ、飲む なのに、どうして結婚したの ? 」 園子の顔が笑っている と、襖が開いて、蓉子が入ってくる。 蓉子、取り繕っている 蓉子「どうして、結婚なんて大事なことだけ 園子、蓉子にも紅茶を注ぐ。 親の言いなりになったの ? それまでは 昼寝をしている赤ん坊昭和年・春 赤ん坊 ( 誠 ) は一歳ぐらいになっている 蓉子、部屋を見回し、 一々、反抗してたのに」 蓉子、誠に見入っている 蓉子「化けたもんだわね。でも、どうかな、 園子、「ああ」と蓉子を見る 手を触る いつまで続くかな、このお芝居」 蓉子「何よ」 足を触る 園子「失礼ね、お芝居だなんて」 園子「あなた、結婚を何かロマネスクなもの一 その顔を見つめるうちに、笑顔が消えて、蓉子「あら、だって、私、知ってるのよ」 だと信じてるんでしよ。昔からよく言って 思い詰めた表情になる。 と、カップを手に、園子を見る たものね。ロココ調の暖炉とか、薔薇の花 園子「何を知ってるっていうのよ」 壇とか子供の名前を空想したりして」 誠に顔を近づけてゆく。自らの唇を、誠蓉子「お姉様の本性」 蓉子「 : : : だから何よ」 の唇に寄せる。 園子「 : : : おかしなこと言い出すわね」 園子「私は、結婚なんて事務的な、日常の取 と、 蓉子「そうかしら。私、お姉様のことは、御り決めだと思ってるの。あなたみたいに、 「似てきたでしよ、雨宮に」 本人より研究分析してるのよ」 蜜月とか新婚とか甘ったるい言葉を信用し と、園子の声。 園子「大学生になったからって、急にわかっ てないの。お母様たちを見てたらわかるで 「 ! 」と振り返る蓉子。 たような口利かないでちょうだい」 しよう。夫婦なんて、どちらかが諦めてる その表情に、園子は思わす目を逸らす。 蓉子、ふふふと笑う。 か投げ出してるかで、映画の中だって、何 隣室へ入って行く。 園子「なによ」 もかも満足ですって夫婦ぐらい痴呆的なも 蓉子「しあわせな奥さんの振りをしているけ のはないわ」 4 園子「 : ・ 8
花心 と、息子を見て、 園子「 : : : すみませんでした」 おしげ「お前からお話しなさい 雨宮、箸を置き、正座しなおす。 4 神社 昭和四年・初夏 雨宮「無事、工学部に転部できました」 御神木にもたれ、もんべ姿の園子が軍服 園子の父、頷く 姿の若い兵隊 ( 畑中 ) のロづけを受けて園子「 : : : 」 いる おしげ「古川さんが勧めてくださったから、 早くに手続きができて、どうにか。本当、 畑中、欲望に憑かれたように、園子の唇 5 神社の裏に野原か広かっている 古川さんのおかげですわ」 や首筋をむさばり、脚や背に手を這わせ 昭和年 8 月日 ている 園子「あら、雨宮さんは文学者になるのが夢 園子、寝転がって、空を見ている だったんじゃないの ? 園子、畑中との接触によってもたらされ園子「 : : : 」 雨宮「いいんだよ、園ちゃん。文学者なんて、 る感覚に好奇心を駆り立てられている 青い空。真空のような空である みんな貧乏だからね。園ちゃんにお金の苦 畑中の手が、洋服越しに園子の乳房に触 「お姉様ー 労なんてさせたくないんだよ」 れる と、園子を探す蓉子の声。 園子「 ( 唖然と ) 私のためだっていうの ? 園子、官能的な心地よさに目を閉じる 蓉子「なになさってるの ? こんなときに」 雨宮、その視線を受けて、 畑中の呼気、荒くなっている 園子、空を見たまま、応えない 雨宮「勿論。僕は園ちゃんのためなら、なん園子「 ! 」 蓉子、園子の隣に腰をおろし、 でもするつもりだよ」 自分の腹に押し付けられた畑中の腰の辺蓉子「 : : : お父様が泣いてらしたわ」 園子「 : : : 嘘よ私のためだなんて」 りを見る 雨宮「え ? 園子、畑中の顔を覗き見る 蓉子「お姉様、わかってるの ? 日本は負け 園子「私、知ってるのよ。本当は徴兵逃れな 欲望に巻き込まれた男の顔は、醜く歪ん たのよ」 んでしよう。理系の学生は学徒出陣しなく でいるよ、つに見える。 園子「わかってるわよ。だから考えてるん てすむからって、お父さんの入れ知恵なん園子「・ : じゃない」 でしよう」 と、畑中、声を喘がせて、 蓉子「 ? 母「園子 ! なんてことをいうの、謝りな畑中「これ以上は、決して求めないよどん園子「今までずっとお国のために生きてきた さい なに苦しくても何もしない。きみはきれい でしよう。じゃあ、これからは、何のため 園子「・ : にしておかなければ : : : 」 に生きていくのかしらね、私たち」 父「園子 ! 」 畑中、園子から身を起こし、 蓉子「へ ? 」 畑中「きみを汚すことは、いけない。きみは まだ純潔なんだ」 畑中、欲望に打ち勝っヒロイズムの中に いる
てるなんて : : : あの二人が一切、僕に隠し 古川家・茶の間 園子「・ : : ・ ( 呟いて ) そうかしら」 4 片隅で、園子が誠と遊んでいる。 雨宮「ん ? 」 ていたんだ」 園子「ねえ、ちょっとそこの文殊様まで行っ 園子、頬を越智の胸に押し付ける 雨宮の声「反省してみると、僕が悪かったの です。僕はあらゆる迫害を精神的に、園子 越智、園子の顎に指をあて、上向かせる てきてくださらない ? 」 唇を寄せて行く。 に加えていたのかもしれません」 雨宮「文殊様 ? が、園子、顔を背ける。 園子の母が畳に突っ伏して泣いている 園子「誠にお守りを買ってあげたいの」 その傍らで、蓉子が雨宮からの手紙を読 雨宮「そんな特別な寺じゃないだろ、あそこ」園子「今は : : : 」 んでいる 越智「ああ : : : 出来るだけ早く会いに行く 園子「ね、お願い 雨宮の声「格子なき牢獄に押し込め、その目 雨宮、ため息をついて立ち上がると、 にみえぬ枠を一寸せばめ一一寸せばめしてい 雨宮「じゃあ、ついでに引越し屋さんを呼ん園子「本当 ? 本当に来てくださる ? なかったとは言えません。園子の如き、人 越智「きっと行くよ」 でくるよ」 一倍自由な精神を持っ女が、この圧迫に堪 園子「 ( 頷き ) もう行かなくちゃ」 と、部屋を出て行く。 えきれないことは当然です : : : 」 越智、もう一度、強く園子を抱きしめる 園子、玄関が閉まる音を聞くと、立ち上 母「こんなもったいない旦那さんがあるつ カる 園子「あの人が帰ってくるわ」 ていうのに・ と、言いながらも、動けない。 と、蓉子が手紙をびりびりひきさき、 園子、北林家へと駆けていく 蓉子「お兄様も意気地がなさすぎるから、お と、越智の姿。煙草をふかしながら、こ離れ 姉様になめられちゃうのよ」 園子、駆け込んでくる。 ちらを窺っていた。園子、足を速める 園子、聴こえぬ振りで、誠と遊んでいる。 雨宮の姿はない。 越智、煙草を投げ捨て、園子の方へ。辺 母「お父様の血が、園子に流れたのよ」 園子、ほっと座り込む りを気にして、園子の手を取り、植え込 園子「引」 畳の上、投げ出された京紅。 みの陰に隠れる。園子、越智の胸に抱き 母を見る 園子、拾い上げ、鏡に向かう つく。 母、園子を睨みつけている 小指を咥えて湿らせると、唇を紅く染め 越智、園子を抱きとめる。 てゆく 園子「・ : 園子「逢いたかった」 ふっと笑みが浮かんで来る 雨宮の声「どうか園子を責めないでくださ 芯越智「ああ」 母「何を笑っているの。何を笑うことがあ 園子「もっと早く・ : : ・私 : : : 」 るっていうの ! 」 越智「知らなかったんだ。こんなことになっ 4
と、人参を口元に運ぶ。 でしよう」 誠、手で払う。 蓉子、雨宮を窺う。 雨宮、顔を背け、両の拳を握りしめ堪え 傍で見ていた母、 ている 「貸しなさい」 蓉子、園子の手を払う。 と、園子から箸を取り、人参を小さくす園子「 ! 」 ると、 「誠ちゃん、おロ開けて。はーい」 その冷たい視線ーーー と、食べさせる。 園子、わーっと泣き出す。 「一体、何ごとよ ? 」 目を転じると、台所で、雨宮が蓉子に何 と、母が来る やら話しているのが見える 蓉子「なんでもないわ」 母「なんでもないって : : : 」 と、蓉子、愕然と園子を見る。 泣き続ける園子を見る。 蓉子、園子と目が合うと、さっと目を逸蓉子「神経衰弱なのよ、お姉様」 らし、園子の死角へと雨宮を促す。 8 園子、立ち上がり、台所へ。 川べりの道 5 河原 母と蓉子、誠を連れて帰っていく。 離れ・台所 その後ろを園子、母の荷物を持ってつい 園子、入ってきて、 ていく 園子「蓉ちゃん。蓉ちゃんなら、わかってく母「もうここでいいわよ」 れるわよね。私の気持ち : : : 」 と、園子の手から荷物を取る 蓉子「・ : 園子「私、苦しいの。こんな気持ち初めてな母「ほんとう、しつかりしてちょうだいよ」 のよ」 と、園子の手を握る と、蓉子の手にすがりつき、 蓉子、見ている 園子「ねえ、蓉ちゃん。あなたなら、わかる 園子も蓉子を見る。 園子「 : ・ 園子「 ! 」 蓉子「 ( 目を逸らし ) 母さん、汽車の時間」 母「じゃあね」 背を向け歩き出す母、蓉子、誠。 誠が振り返る。 が、蓉子に手を引かれ、行ってしまう。 と、アコーディオンの音が聴こえてくる 切なくも滑稽な音色である。 園子、その音色の方を見る 河原に、正田が一人、アコーディオンを 奏でている 園子、歩いていく 正田、弾く手を止めす、園子に笑顔を向一 ける。 園子、正田の隣に座り込む 正田、旋律を奏で続ける。 園子「 : : : ねえ、私を描きたいって言ったわ よね」 正田「え ? 離れ 園子、窓辺に座り、北林の家の方を眺め ている 正田、スケッチブックを広げ、園子を、畳 の上に投げだした素足を、見つめている 見つめるばかりで、ペンは動かない。 園子「・ : ええ」 8
園子「・ : 園子、倒れ、襖にぶつかる 蓉子も自分がしたことに驚いている 園子、取り繕って、起き上がる 蓉子、園子から目を逸らす。 誠も驚いている 蓉子「ごめんね。びつくりしちゃった ? 大 丈夫よ」 と、抱き上げ、 蓉子「そろそろ、おばあちゃんちに行きま しようね」 と、風呂敷包みを持つ。 園子「蓉ちゃん : : : 」 蓉子「大丈夫よ。お姉様たちが落ち着いたら、 ちゃんと誠ちゃんを送り届けますから」 と、部屋を出て行く。 園子「・ : 誠の無邪気な笑い声が聴こえて来て、ド アの開閉の音とともに、消える。 と、襖に目を留める 和紙の花を張った襖が小さく破れている 京都・町家の並ぶ通り春 狭い路地で、若い女が学生服の男とロづ けを交わしている 財布を手に歩いて来た園子、気がっき、園子「 : : : 」 足を止める。 京都・とある一軒家 へ、財布を手にした園子が戻っていく。 門の前に、男がいる 園子「 ! 」 さっきの男だ。 男、園子を見ている 男に向かって歩いて行く。 園子「・ : 学生、ロづけながら、女の尻に手を伸ばす。 男も園子を迎えるように微笑みかける。 女、ロづけを続けながらも、その手を叩く。園子「・ : ・ : 待ち伏せしてらしたの ? 」 園子、その可愛らしい無言の攻防に、く 男、おかしそうに園子を見つめる すっと笑う 園子も男から目が離せない。 と、向こう側で二人を見ていた男がいる と、アコーディオンの旋律が聴こえてく る。 園子と目が合うと、男も、いたずらつほ く笑ってみせる 物悲しくも、どこか滑稽な旋律である 男を見つめてしまう。 男「園子さん、でしよう」 と、ロづけを交わしていた二人、園子の園子「え。どうして ? 」 方へ。 男「越智です。速水電線の」 園子、道を開ける。 園子「あ。支店長さん ? 」 一一人を見送ると、路地を覗く 越智「やつばり、あなただった」 暗い路地の向こう側、陽光に輝いている。園子「 ? 」 男はすでに立ち去っている 越智「雨宮君が、あなたが電話をかけに行っ 園子、路地を入って、向こう側へ たきり戻ってこないというんで : : : 」 辺りを見回すが、男の姿はない。 園子「 : 越智「あなただったんだ」 園子「・ : 同・離れ 荷解き中の荷物で埋まっている。 雨宮、荷解きをしている 雨宮を間に、園子と越智。 雨宮、荷解きの手を止めす、 雨宮「電話をかけ忘れたって、そのために 行ったんだろう」
してるの」 北林「じゃあ、やりましようよ。雨宮さん、 たらしくて : : : 」 園子「美大生なのに、アコーディオン ? 北林「良かったじゃないの。おたふくと風疹今夜、遅いんでしよう ? 」 北林「音大の受験に失敗して、仕方なく美大 は、小さいうちに、貰っといた方がいいの園子「ええ。でも、どうして ? 」 に行ったって話だけど、まあ、どっちにし 北林「越智さんよ」 ても才能なんてありやしないわね、あの子 園子「ええ」 園子「奥様もお子さんが」 : いないも同然になっ北林「それまで自分がやっていた接待、雨宮 北林「息子が二人・ : さんに代わってもらえるんだって。あの人越智「あ、それロン」 ちゃってますけどね」 いいでしよ」 北林「え。やっちゃん、やだわあ」 も好きなのよ、麻雀。ね、 園子「 ? 」 媚を含んだ北林。 園子「・ : 北林「私の自業自得なんですよ」 と、、つつすらと笑う。厚化粧の下、広が 同・座敷 る小皺 雨宮、ネクタイを締めている 麻雀仲間の男を交えて、北林、越智、園 園子、目を逸らしてしまう。 子が麻雀牌をかき混ぜている。 北林「どうかしたの ? 園子、窓外を気にしながら、そわそわし一 ている と、園子の手が、越智の手に触れる。 園子「 ( 取り繕い ) いえ : : : 奥様、京言葉じゃ 園子「ねえ、遅れるわよ」 ハッと目かムロ、つ。 ないんですね」 園子、俯き、牌を積み始める。その手、雨宮「ああ」 北林「生まれは東京だもの。こちらへは嫁い 雨宮、うまく結べず、やり直す。 震えている できたのよ。もうすいぶん経つのに、ちっ 園子「貸して」 越智「・ : とも馴染めなくて」 と、結び始める と、越智、自分を見ている北林に気がつく。 いつお亡くなりになった 園子「旦那様は ? 雨宮、嬉しそ、つである 越智「あなたが親ですよ」 んですか」 と、雨宮の肩越し、窓外に越智の姿。 と、北林の前にサイコロを置く。 北林「すっと前。もう、一一十年になるかしら。 越智、立ち止まり、園子を見る 北林、サイコロを振り、牌を取り始める だから、戻ってもいいんだけど、ついずる 園子「 ( 手を止め ) ・ 北林「そうそう、正田さん、、つるさくない ? ずると : : : 」 雨宮「 ? お隣の ? 」 結婚指輪を嵌めたままの指を見ている と、振り返る 園子「隣 ? 」 芯園子「・ : 越智、片手を上げて、立ち去る 北林「アコーディオンよ。息子がいてね、せつ 北林「 : : : ねえ、あなた、麻雀、できる ? 」 かく美大に入ったっていうのに、ぶらぶら雨宮「待っててくれてもいいのに。冷たいな、 園子「え。ええ少しでしたら」
良平「僕も実はいやだと思いながら、見たく良平「ハ ・ : 君たち、大学の試験の発表きょ「そんな恐ろしい病気が、何も選りに なるんだ」 は ? 」 選って、うちのお嬢さんを : : : 」 夏子「それじやきよさんと同じじゃありませ次郎「話題を変えよう」 涙を抑えながら、椅子につますき、キチン ん ? 」 良平「駄目だったのか ? 」 と直して、また涙を抑えながら出て行く。 良平「そうなんだよ : : : 婆やを笑えた義理徹「ええ」 夏子「やつばり話題を変えましよう」 じゃないんだよ、 良平「君も ? 」 良平「君、あの話、どうしたの ? 」 悠一「僕も同じだな ( ウイスキーを飲む ) 」夏子「そうなんです」 夏子「どうしましよう ? 良平「話題を変えようか : : : 」 悠一「徹君ははじめて浪人になるんだけど、良平「僕が聞いてるんだよ」 夏子「でも、今夜は美千子さんのことを思い 次郎は三年目だからな」 夏子「迷ってるんです」 出すために集まったんですもの」 良平「そうか : : : 一一人ともどうやら不肖の弟悠一「あなたでも迷うことあるのかな ? 次郎「美千ちゃんの顔には小さなホクロが、 たちらしいな」 次郎「何を迷ってるの ? 」 いくつあったか知ってる ? 兄さん、知っ きよが料理を運んで来る 夏子「結婚しようか、どうしようかと思って てる ? 」 良平「もっともこの兄さんと姉さんは少し立 派過ぎるからな」 次郎「今から ? 」 夏子「悠一さんの眼には、美千子さんのホク次郎・徹「 ( 同時に ) そうなんだ」 夏子「・・ : : でも遅くはないでしよう ? 」 ロなんか見えなかったのよ」 , 良平「なんだ : : : 不肖の弟を自認してるの次郎「全然 : : : 」 次郎「そうだな : : : 僕は数えたんだ : : : 三つ か」 徹「遅いよ」 あったんだ」 次郎「やつばり話題を変えようよ」 次郎「遅くないよ」 徹「ほんと ? 」 きょ「お嬢さんが生きてらしたら : : : ( 悠一徹「結婚するんなら、もっと早くすりやい 悠一「四つだよ」 を見て ) こんな立派な旦那様の : : : 奥さん いじゃないか」 次郎「え ? 」 になって : : : 今頃はきっと可愛い赤ちゃん夏子「あんたみたいな足手まといがいるから 悠一「左の耳の後にも : : : 一つあったんだ」 結婚出来なかったんじゃない」 次郎「そんなとこ知らねえや」 徹「今どき病気で亡くなっちゃうなんて徹「全部、僕のせい ? 」 夏子「次郎君の負け」 夏子「でもないけど : : : 」 次郎「耳の後なんて、顔じゃないもん」 良平「今だって、病気で死ぬ人間はいくらも次郎「どんな人 ? 」 夏子「口惜しがっても駄目」 いるさ : : : 美千子の場合は何万人に一人と徹「アメリカ人だってさ」 次郎「話題を変えようよ」 言う珍らしい病気だったんだ」 次郎「へえ」 9 ・
と、アタッシュケースを開け、中から黒沢「しかも十八段変速」 めくると間取り図が指で摘ままれている。 百万円を取り出す 自転車に張りばてがくつついてるだけ。 横にはビスケットの箱。 実道「おお」 実道「買わない」 4 *-Ä型のビスケット。 黒沢「百万円でございますー 黒沢「キャンセル料は」 実道「ビスケットじゃん ! 」 実道「これをいくらで売るの ? 」 実道・黒沢「 ( 声を揃えて ) 川パ めくるとエマ・ワトソンが食べている 黒沢「 5 パーセント引きの九十五万円でお求黒沢「ご自宅のご購入などは考えておられま実道「エマー めいただいております」 すか ? 」 黒沢「お値段は百万円プラス」 実道「 ( 手を挙げ ) 買った」 実道「家かー。確かに俺もそろそろ落ち着き実道・黒沢「 ( 声を揃えて ) 消費税 8 パーセ 黒沢「ありがとう ) 」ざいます。では消費税 8 たいんだよね」 ント」 ーセントを加えまして百二万四千円にな黒沢「でしたら : : : 」 黒沢「実道さまの望まれている幸せはなかな ります」 と、スケッチブックをめくると、大小屋 かレベルが高いですね」 実道「買わない」 の絵。 実道「いやいやいや」 黒沢「申し訳ないですが、キャンセル料とし実道「ワンワン ! 」 黒沢「実道さまのご職業は何でしようか ? 」 て十パーセントいただきますー 更にめくると鳥小屋。 実道「あ、今まで知らなかった ? 芸人です」祐 実道「ほったくりか ! 」 実道「ホーホケキョ ! 」 黒沢「ゲイ人と言うと ( 手を頬に添え ) こち一 黒沢「実道様は、お車をご購入するご予定は 更にめくるとゴキプリホイホイ。 らの ? 」 ありませんか ? 」 実道「ゴキゴキ ! ってゴキプリの鳴き声わ実道「違う違う。漫才師です」 実道「丁度、買い換えようと思ってた」 かんねー、って大体三枚目はゴキプリの家黒沢「あー、漫才をされてるんですね、でし 黒沢「お薦めがございます」 じゃないし、って言うか全体的におかしい たら : : : 」 アタッシュケースからスケッチブックを し。俺、人だし。普通の家は無いの ? 」 と、アタッシュケースから、『漫才台本』 取り出す黒沢。 黒沢「ございます」 と書かれた冊子を取り出す。 横向きのポルシェが描いてある めくるとのマンション間取り図。実道「おう ! 漫才台本」 実道「おー、ポルシェ」 実道「これだよ、これ、黒沢ちゃ黒沢「しかも作者が : 黒沢「新車ですが、百万円プラス消費税 8 ん」 裏返すと『作ドストエフスキー』と表記。 パーセントでございます」 黒沢「ありがとう ) 」ざいます」 実道「ドストエフスキ 1 」 実道「買った」 実道「広さはどれ位 ? 」 黒沢「お値段百万円プラス」 めくると、正面からの絵。 黒沢「これ位ー 実道・黒沢「消費税 8 パーセント」 ーセント」
ェミアビのはじまりとはじまり 黒沢「笑いとは日常の中の非日常。例えば、泰朗「じゃ、何なんだよ ( 空を見上げ ) あ」 笑って読めない泰朗 かけ離れたひたち ( 二つ ) の言葉のびちか 小さな点が現れ、それがやがて金盥の姿 郁、ポカンと驚いていたが、思わず吹き り ( ぶつかり ) 合い : を成した。 出してしまう。 その時、空から降ってきた金盥が黒沢の黒沢「 ( 見上げ ) やばい」 笑う一一人。 頭頂部を直撃する。 金盥を二つ持ちながらうろうろしつつ、 泰朗・郁「」 黒沢「こっちに来んなよ 四ホール・ステージ 蹲る黒沢、頭をさすりながら上空を見上 逃げる方に金盥もふわふわと動き、 拍手の中、登場する実道と黒沢。 げるも、変わらぬ青空。 郁「危ない、黒沢さん」 実道「どうもー、エミアビです。いやー、久々 金盥を拾い、 立ち止まった黒沢、金盥を頭の両斜めに の舞台、緊張するね」 黒沢「 : : : 何これ ? 着け、 黒沢「 ( ド緊張 ) 私、よろしいのでしようか ? 三人共、呆然としていたが、 黒沢「ミッキーマウス」 こういった場所は初めてでして」 泰朗「 : : : 早く笑わせろよ」 そこに三度目の金盥が激突し、思わず吹実道「この人、さっきそこで会ったの」 黒沢、少しの間、金盥を見ていたが、こ き出す郁。 黒沢「ご挨拶遅れました。私、株式会社アノ一 れを被り、位置を何度も直すと、 ネ営業部の黒沢と申します」 黒沢「すみませーん、このハゲヅラ、大きい 甘味処 と、実道に名刺を渡す。 んですけどー」 かき氷を食べている郁 実道「どうも。実道です」 と、金盥を脱いだ途端、違う金盥が脳天 食べ終わった泰朗はスマホを操作してい 黒沢「よろしくお願いします」 を直撃。 る と、客席にも頭を下げる。 よろめき、うずくまる黒沢。 郁「泰朗、お母さんの食べて貰える ? 」 実道「黒沢さんは何を売ってるの ? 」 思わず笑ってしまう郁。 と、突然、忍び笑いをこばす泰朗 黒沢「はい、 お客様が幸せになれるような物 郁「 ( 必死にこらえ ) 大丈夫ですか ? 」 郁「・ : ・ : 何、気持ち悪い : : : さっきは笑わ を売らせていただいておりますー 泰朗「 ( 天を見上げながら ) 何のマジックだ なかったのに」 実道「幸せ ? 大きく出たね」 よ ? 」 笑いを噛み殺しながら、 黒沢「実道様にも、これがあったらもっと幸 黒沢も空を見上げ、狐につままれた気分。泰朗「 ( 読み ) ・ ・ : 今日の午前十時四十分頃、せになれるのに、と思われている物はござ 泰朗「 ( 黒沢に ) お前、ずるいぞ」 千葉県市原市で竜巻が発生し、金物工場の いませんか ? 」 一一つの金盥を手に起き上がる黒沢。 倉庫を直撃。倉庫に置かれていた金盥数百実道「 : : : お金とか ? 黒沢「俺は知らない」 個が空に飛ばされて : : : 」 黒沢「お金でございますね」