二人の恋人 29 民子が一人でタ飯を食べている。 千枝「何が、あらいやだなのよー すっかりお邪魔しちゃって : ・ : ・ ( 立とうと 芳子「加藤さんって、ほんとに奥さんいない する ) 」 悠一「あ : : : 次郎がいつも御世話になって 3 小料理屋 ( 夜 ) 悠一が入って来る。 千枝「そんなものいないったら : 夏子「どういたしまして : 五十年配のおかみの千枝と小女の芳子芳子「だって、加藤さん、毎日ワイシャッ取っ かえてるでしょ ? ハンカチだって、いっ 悠一「でも、もうこれからはお宅へ泊めない 地味で小さな店。 も真白だし : ・・ : 」 で下さい」 芳子「いらっしゃい」 千枝「そこがこの人の偉いところさ : : : はい 夏子「私の方はちっともかまわないのよ。徹悠一「なんだ、またからつほか」 どうぞ」 と二人っきりよりも、次郎君、いてくれた千枝「誰もいない方が落ちついていいじゃな お銚子を取って酌をする。 方が賑やかで : : : あら、お宅だってお母さ んと二人きりじゃ淋しいわね : : : でも次郎悠一「だって商売にならんだろ」 君がアルバイトやってるとこ、うちからの千枝「心配御無用 : : : お酒 ? 」 映画館の表 次郎が来る 方が近いのよ」 入場券売場へ行って千円札を出す。 千枝「新しいうにがあるのよ。解禁になった 悠一「アルバイト ? 」 ばかりでね。それこそしゅんのものだから 出札係の坂本光代が入場券とお釣りを差一 夏子「あら、御存じじゃなかったの ? 」 出す。 ・ : 今夜あたり、あんたが来ないかなあと 思ってたのよ 夏子「目黒の玩具を作ってる工場で、荷造り ポカンと硝子の向うの光代の顔を見てい 芳子「フフフ : : : 」 か何からしいけど : : : 」 るーー美千子によく似た顔。 悠一「とにかく家へ帰るように言って下さい」悠一「何がおかしいんだい ? 夏子「ええ : : : でも、夜、割と遅く帰って来芳子「だっておかみさんたら、加藤さんが来光代「どうぞ」 ると、そわそわしちゃって、サ 1 ピスがよ 入場券から手を離すと、風でパッと入場 るのよ : : : 徹の勉強を邪魔しちゃ悪いと思 券が飛んで行く すぎるんだもん」 うのね」 千枝「あたり前だよ、私やこの人に惚れてる光代「あツ、ごめんなさいー んだから : : : 」 次郎「・ : 地下道 ( 夜 ) のろのろとお釣りを取りながら、まだ光 芳子「ハ 次郎がばんやり歩いて来る。 代の顔を見ている。 悠一「僕もおばさん、大好きだよー 光代「あの : ・ 芳子「あら、いやだ」 加藤家・茶の間 ( 夜 ) 次 103 ー
千枝「十五の年から家を飛び出して : : : そ と酌をする 貨物船が通る れつきり梨のつぶて : : : かと思ってると、 悠一「さっきからチラチラと目障りな、この フラッと帰って来る : : : しばらく落ちつく 美人は一体誰 ? 」 加藤家・縁側 ( 夜 ) のかなと思ってると、またプイと飛び出す 瑞枝「さあ、私は誰でしよう ? 」 民子が雨戸を閉めている。 ・ : 十年間、そんなことばかり繰り返して 悠一「おばさんの娘 : : : じゃないな」 庭の大小舎で大が吠える。 るんだから : : : 日本一の親不孝娘だよ」 千枝「あら、どうして ? 私の娘なのよ」 民子、ふっと植込みの方を見る。 悠一「いいねえ : : : 日本一の親不孝娘のため 別に、何事もないので、そのまま雨戸を悠一「へえ : : : 」 に乾杯」 閉める。 瑞枝「信じられないでしょ ? こんな母さん 瑞枝「ありがと」 からこんな美人が生れるなんてねえ」 ・この親不孝娘悠一「さあ、帰ろ帰ろ」 千枝「何を言ってるんだい 小料理屋 ( 夜 ) 芳子「あら、雨だわ」 二、三人の客が出て行く。 いいねえ悠一「え ? ほんとうかなあ」 悠一「ふ 1 ん、あんた、親不孝 ? 芳子「毎度ありがとうございました」 芳子「天気予報が当ったわ」 ・ : 羨ましいなあ」 千枝「またどうぞ」 千枝「やらずの雨だよ : : : やむまでゆっくり 瑞枝「あら、どうして羨ましいの ? 」 悠一が一人で飲んでいる。 しといでよ」 悠一「僕も一ペん親不孝っての、してみたい 悠一「さて、僕もそろそろ : : : 」 悠一「こんな雨、やみやしないよ」 んだよ」 千枝「あら、まだいいじゃないの : : : 誰もい なくなったから、ゆっくりなさいよ」 瑞枝「わけないじゃない、親を心配させりや瑞枝「ちょっと傘貸して : : : 車、拾ってあげ るわ」 いいんだもん」 悠一「僕が来ると、この店はからつほになっ 悠一「ところが僕は小さい時から、親に心千枝「そうだね。通りまで出て : : : でも、降 ちまうんだな」 り出したから、なかなかっかまらないかも 配ってものをさせたことがないんだ」 芳子「フフフ : : : 」 瑞枝「あきれた : : : そんな子供ってあるかし知れないよ」 千枝「いいのよ、気にしなくたって : : : 」 瑞枝「さあ、参りましよ」 悠一「僕もまだ帰りたくないんだ」 千枝「加藤さんはそうなんだよ : : : お前なん 芳子「あら、奥さんと喧嘩したの ? 」 人 かこの人の爪の垢でも煎じて飲んだらいい 恋千枝「奥さんなんかないったら : : : 」 街の通り ( 夜 ) 横町から悠一と瑞枝が相合傘で出て来る 人 んだよ」 奥から瑞枝が出て来る 雨がだんだんはげしくなる 瑞枝「そうね、こちら、奥さんのある顔じゃ芳子「フフフ : : : 」 瑞枝がタクシ 1 をとめる。 ないわね : : : おひとつ、どうぞ」 瑞枝「何がおかしいのよ」 121
一一人の恋人 脚色井手俊郎 監督 " 森谷司郎 1969 年東宝株式会社 特集・シナリオ作家井手俊郎 ふたり 〈スタッフ〉 製作 撮影 美術 音楽 録音 照明 編集 〈キャスト〉 加藤悠一 加藤次郎 加藤民子 坂本光代 青木夏子 青木徹 甲野良平 甲野美千子 きょ 村川早苗 千枝 瑞枝 芳子 マダム 藤本真澄 福沢康道 中古智 佐藤勝 矢野口文雄 高島利雄 岩下広一 加山雄一一一 高橋長英 高峰三枝子 酒井和歌子 池内淳子 東山敬司 中村伸郎 酒井和歌子 賀原夏子 岡田可愛 京塚昌子 稲野和子 関口昭子 春川ますみ
花芯脚本家インタビュー 黒沢久子 回想形式の原作を現在進行形に ( 聞き手 ) 赤坂ー博 02016 「花芯」製作委員会 いま何故、瀬戸内寂聴なのか この企画はどういった感じで黒沢さん の方に ? 黒沢製作会社アルチンポルドのプロ デューサ 1 の成田尚哉さんから、瀬戸内寂 聴でやりたいから原作を探しといてと声を かけてもらって。瀬戸内寂聴だったら「か の子撩乱」とか「美は乱調にありーとか前々 からやりたかったんですが、ただ低予算で やるので、時代もの、伝記ものは出来ない よと : で、他の小説を読んだんですけ ど、正直、これだというものがなくて、半 年近く放置してたんです。そしたら成田さ 6 んの方から「花芯」に決まりましたと連絡一 があって。 数年前にも瀬戸内寂聴さん原作の映画 『夏の終り』 ( 脚本【宇治田隆史監督〕 熊切和嘉 ) がありましたが。 黒沢『夏の終り』が興行的によかったと いうのがあったんじゃないんですか ( 笑 ) よくわかりませんけど。 瀬戸内さんの伝記ものがお好きだった。 黒沢「田村俊子」とか伝記ものがホント 好きで。大学の卒論が「美は乱調にあり」 を元に伊藤野枝と平塚らいてうをやったく らい好きですね
悠一と民子が来る。 悠一「次郎 : : : 」 民子「どこへ行くのよ」 5 家の表 ( 夜 ) 次郎が走り去る 悠一が出て来る 悠一「次郎 : 6 玄関 ( 夜 ) 民子が立っている 悠一が入って来る。 悠一「どうせまた徹君のとこだよ」 民子「ほんとにしようがない」 悠一「今夜は帰りたくないなんて言ってたか ら : 扉の鍵をかける 民子「痛い : : : 」 右手の小指を左手で抑えている 悠一「どうしたの ? 」 民子「ん 悠一「あ・ : : ・血が : 民子「どこでひっかけたのかしら : : : あ : ・ 小さいトゲが : ・ : ・ ( 指先をなめる ) 」 悠一「どれ : ・・ : ああ、こいつあ : ・・ : 痛そ、つだ な・ : : ・ ( 民子の指を吸う ) 」 夏子と徹と次郎がコーヒーを飲んでいる。 7 茶の間 ( 夜 ) 悠一が民子の小指に伴創膏を貼ってやっ次郎「兄貴の方が、おふくろのほんとの子で ている。 さ、俺の方がままっ子だったら、どんなに 悠一「今日、試験の発表があったばかりなん気が楽だろうと思うな」 だから : : いきなり今夜、ガミガミ言っ夏子「そう言えば、次郎君、ままっ子の方が 似合ってるみたい : ちゃ可哀そうだよ」 民子「そうは思ったんだけど : : : 三度目で次郎「チェッ」 夏子「そう言われると、やつばりいい気持 しよ、つ・ : ・ : 」 じゃないでしょ ? だから贅沢なこと言わ 悠一「手を出しちゃいけないよ」 ないで、お母さんの気持を考えてごらんな 民子「そうねえ・・・・ : でもあの態度 : ・・ : ど、つだ さい : : : 随分気を使ってらっしやるのよ」 ろう・ : : ・ ( 指をひっこめて ) コーヒーでも 徹「気を使い過ぎるんだな」 いれようか」 悠一「お茶でいいよ」 次郎「ままっ子の兄貴を大事にしとけば、世一 民子「徹さんも一緒に落ちたからいいーと 間から立派なお母さんだと言われるだろ。 % その方がカッコイイのさ。おふくろの虚栄一 : いいなんて言っちゃ悪いけど : ・ : ・ ( お 心なんだよ。女のエゴイズムだな。おかげ 茶をいれながら ) もしも徹さんだけ入って でこっちはコンプレックスの塊りみたいに たら、下級生に追い越されてしまうのよ なっちゃってさ : : : 」 : そんなこと何とも感じないのかしら ・ : まるで同い年の友達みたいに仲がいい 夏子「馬鹿ね : : : お母さん、あんたには遠慮 かないから、きびしいのよ」 んだから : : : やつばり頭が少し弱いんだ 次郎「きびし過ぎるよ」 わー 悠一「そんなこと : : : 運動部の先輩後輩って、夏子「大きな身体をして、お母さんに甘えた 気が合うとあんなもんだよ」 次郎「よせやい 民子「それにしたって : お茶を出す。 9 加藤家・居間 ( 夜 ) 悠一が和服を着ている 8 夏子のアバート・居間 ( 夜 )
すリオ 『花芯』黒沢久子 『エミアミのはじまりとはじまり』渡辺謙作 黒沢久子 ~ 回想形式の原作を現在進行形に ~ ( 聞き手 ) 赤坂ー博 渡辺謙作 ~ 笑いをメインにする映画を作らなきゃいかんと思って ~ ( 聞き手 ) 野村正昭 ◆特集シナリオ作家井手俊郎 くシナリオ〉 『二人の恋人』 1969 年東宝作品 く特集・シナリオ作家井手俊郎に寄せて〉 北里宇一郎井手俊郎論 ~ " 兄貴 " と二人 " の・・恋人 " に惚れて ~ モルモット吉田 シナリオ評『二人の恋ん ◆連載 佐伯俊道終生娯楽派の戯言第 50 回 / テレビデビュー作は場外乱闘寸前 井土紀州 + 佐伯俊道 ~ 犯罪とセックスの関係 ~ ◆書評 関本郁夫 / 高田宏治著『ひどらんげあおたくさシーポルトに愛されて』・・ ◆情報 シナリオポックス 作家通信井川耕一郎いとう菜のは井上登紀子岩澤勝己 シナリオ倶楽部新聞・ 第 26 回新人シナリオコンクール特別賞大伴昌司賞作品募集 目次 2016 年 9 月号 ◆シナリオ 13 ◆インタヒュー ・ 89 ◆日本名作シナリオ選 / トークセッション 80 46 紙デザイン / 塚本友書 表紙写真「花芯」
通巻 818 号第 72 巻第 9 号毎月 1 回 1 日発行平成 28 年 9 月 1 日発行 うすリオ 立 映画芸術の原点 / s c 0 の月刊誌 e n a 「 i 2016 日本シナリオ作家協会 毎月 3 日発売 シナリオ → - いーを△ イむ 黒沢久子 工ミアピの はじまりと はじまり 渡辺謙作 特集■シナリオ作家 井手俊郎 二人の恋人 1969 年東宝作品 160970706
上方学わが町 シナリオ・センター大阪校創立 40 周年記念 ショートシネマフェスティバル シナリオ・センター大阪校はおかげさまで、本年 11 月 6 日に、中之島中央公会堂大中集会室にて創 立 40 周年記念イへントを開催することとなりました 当イへントでは、「上方学わが町の人と愛を描ぐを ンクールと発表、そしてゲストによります講演を予定 しております只今のところ、脚本家のジェームス三木 さまと、女優の二林京子さまにメインゲストとしてご 出演を賜りますことが決定いたしております みなさまのご来場を心よりお待ち申し上げます。 とき : 2016 年 11 月 6 日 ( 日 ) ところ : 大阪市中之島中央公会堂 第一部 ( 昼の部 ) : 大集会室 第ニ部 ( 夜の部 ) : 中集会室 ゲスト : 脚本家・ジェームス三木さん 女優・三林京子さん 主催 : 株式会社シナリオ・センター大阪校公式 facebook ペ 上方学わが町ショートシネマフェスティバル実行委要 ・詳しくは当センターウエプサイトまで http://www.s 第、 8 期シナリオ作家養万 期間平成 28 年 9 月 30 日 ( 金 ) 、 10 月 1 日 ( 土 ) から 6 ヶ月間 日時金曜 : 午後 6 時半 ~ 8 時半、土曜 : 牛後 1 時半 ~ 3 時半 ※金、土曜日コース随時振り替え出席が可能です。 受講料 100 ′ 000 円 ( 税込み ) ( 全期、分割もあり ) . 9 / 3 ①トワイライトワしセンテーション PM4 : 00 ~ 5 : 45 3 ① 0 ・ 1 ①′ 1 ①開講オリエンテーション 0 8 / 20 ( 土 ) ・ 25 休 ) 8 / 27 ( 土 ) 9 / 15 休 ) ・ 17 ( 土 ) ・ 24 ( 土 ) ・ 10 / 15 出 休 ) PM6 : 30 ~ 8 : 30 ・ ( 土 ) PM4 : 00 ~ 6 : 00 ※詳細はお問い合わせください。 ( 会場 / 大阪校大教室 ) 入学説明会 ご予約受付中 : 無料ワークショップ シナリオ・センタ - 大阪校 0120 ・ 4 フ 0029 事務局営業時間 : 火 ~ 土 ( 1 2 : 00 ~ 20 : 30 ) 、日 ( 1 2 : 00 ~ 14 : 30 ) 、定休日 : 月・祝日 有料ワークショップ シナセンに行く !
イヒ ~ む 脚本 = 黒沢 . 久子 監督 : 安藤尋原作 : 瀬戸内寂聴 ( 「花芯」講談社文庫刊 ) 製作 . 東映ビテオ、クロックワークス製作プロダクション : アルチンポルド 制作協力 . プロッコリ、ウイルコ配給クロックワークス 8 月 6 日 ( 土 ) テアトル新宿他全国公開 畑正古北越雨古編美録照撮 中田川林智宮川ャ集術音明影 蓉未泰清園ス 子亡範彦子上 020 炻「花芯」製作委員会 プロデューサー 〈スタッフ〉 製作 間宮登良松 藤本款 エグゼクテイププロデューサー 加藤和夫 根上哲 佐藤現 成田尚哉 尾西要一郎 鈴木一博 中西克之 小川武 小坂健太郎 蛭田智子 村川絵梨 林遣都 安藤政信 毬谷友子 藤本泉 落合モトキ 奥野瑛太 13 - ー
特集・シナリオ作家井手俊郎 井手俊郎 ( いでとしろう ) 。 明治昭年 ( 1910 ) 4 月Ⅱ日、佐賀県生まれ。昭 和 8 年、東京高等工芸専門学校卒業後、アサヒビール、 パ。ヒリオ宣伝部、婦人画報編集部嘱託等を経て、昭和 . 一 年、東宝映画興行課人社。直営館の支配人として 各地を転任する。戦後、撮影所の文芸部に転じる。争 議後退社。藤本プロを経てフリー。文芸作品から喜劇、 青春物、アイドル映画など幅広く手掛け、特に女性 を描く名手であった。本名の井手俊郎のほか三木克己、 権藤利英など複数のペンネームを使って多くのシナリ オを執筆。 主な映画作品に『青い山脈』、『女の顔』『山の彼方に』 『若い娘たち』『めし』『三等重役』『警察日記』『女は 二度生まれる』『ハイハイ三人娘』『古都』『江分利満 氏の優雅な生活』『女の中にいる他人』『兄貴の恋人』『二 人の恋人』『初めての旅』『潮騒』『放課後』『海峡』ほ か映画脚本百数十本。主なテレビ作品に『青春とはな んだ』『七人の孫』『細雪』『娘たちは今』『信子とおば あちゃん』朝ドラ ) 『こけこっこー』『兄貴の花 嫁』ほか多数。昭和年 ( 1988 ) 7 月 3 日没。歳。