園子「だって、おかしいじゃないの。自分の 夫に似ているっていうのが、お母様にとっ て最高の悪口だなんて」 箱根辺りの駅の前 小さな旅行鞄を提げた園子が立っている 越智が来るのが見える 園子、笑顔を向ける。 越智も微笑みを浮かべ、近づいてくる。 園子を見つめながら、手の届く距離まで 来て、立ち止まる どちらともなく、頷き合う 越智、園子の旅行鞄を持ち、歩き出す。 園子も歩き出す。 二人並んで、歩いて行く。 渓谷 園子と越智が並んで歩いている。 と、越智が、園子の手を取る 園子、越智を見る 越智、しつかりと園子の手を握る 園子もしつかりと握り返す。 一一人、手を繋いで、歩き続ける。 鳥の鳴き声に空を見上げ、風のそよぎに 木々を見上げながら、ゆっくりと歩く。 握り合った手の感触を味わって 旅館・一室 最後に大きく息をつく。 湯上がりの園子、三面鏡の前に座り込ん と、一切の音が消える でいる 園子の顔から表情が消えてゆく 鏡の中に、越智がいる 目が合って、園子、上気した顔を綻ばせる。越智「どうかした ? 越智、園子の背後に来る。 渓谷の音が戻ってくる 鏡越しに見つめながら、園子のうなじに 園子、蒲団を出て、浴衣を羽織る 指先で触れる 窓ガラスが園子を映している。 振り返る園子、越智の目を覗き込む 園子、窓辺へ行く。 越智も園子の目を覗き込む。 越智も蒲団を出て、園子を後ろから抱き 園子の目、越智を求めている。 しめる 越智、園子にのしかかる 窓ガラスには二人の顔。 園子、目を閉じる。 園子、窓を開ける。 渓谷の音が高くなる 二人の姿は消え、目の前には闇が広がる 園子、越智の動きに合わせ、昇り詰めて 渓谷の音が高くなる ゆく。 園子「私たち、一緒に暮らせないわね」 園子、目を開ける。 越智「 : : : 北林とは別れるよ」 間近に息を荒げる越智の顔。 園子「違うのよ。そんなことじゃないの」 園子、その首をかき抱くと、糸を引くよ越智「じゃあ、何 ? うな声と共に、体を弓のように反らせる 園子、闇の渓谷を見つめている 越智、園子を強く抱きしめながら、精を越智「園子 ? 」 放つ。 園子「 : : : 覗いちゃいけない深淵を覗い 弛緩する二人、抱き合ったまま、息を整ちゃったんだわ、私 : ・ える。 越智「私 ? 二人で一緒に覗いたんだよ」 二人の顔には歓びの微笑みがある 振り向いた園子の顔には哀しげな微笑み 越智、半身を起こして、園子を見つめる が張り付いている 見つめ返す園子、息を整え終えるように、越智「園子 : : : 」 0 っ 4
来週ぐらいまで待った方がいいだろうって。園子「わからないのよ。そんな話、してない 出社していく越智 子供には長旅だからね」 の」 園子、カーテンの隙間から見ている 園子「そう」 雨宮、詰めていた息を吐く 越智、窓を見る 雨宮「会社から電話したら、たまたま蓉子 呆れたような笑みが浮かぶ。 園子、カーテンから姿を出す。 ちゃんが出てね、お義母さん一人じや心許雨宮「会社の事務員にも、越智のファンが何 越智、園子に微笑みかける。 ないから、一緒に来てくれるってさ」 人もいるらしいよ。あんな男のどこがいい 越智を見つめる園子の目から、涙がこば園子「・ : んだろう。女ったらしってああいうのをい れる。 雨宮「園子 ? 聞いてるのか」 うのかな」 園子「ごめんなさい」 と、取り繕って、ご飯を食べようとする雨宮「園子。あなたは勘違いしてるだけなん 越智、窓辺に近づいてくる。 が、溜め息をついて、箸を下ろす。 だよ。誠がいなくて、僕も残業が続いて家 園子、カーテンの陰に隠れる。 雨宮「何だよ、魂が抜けちゃったみたいじゃ にいないから、寂しくて、それに暇なんだ。 ないか」 だから、そんなバカげた考えに取り憑かれ一 越智が立ち去る気配がする。 園子「そんな風に見えるの ? るんだ。有閑マダムのよろめきってやっさ」 % 園子、外を覗く。 雨宮「ああ。どうしちゃったんだよ」 園子「 : ・ 去って行く越智の背中。 雨宮「誠の顔を見れば、越智のことなんか、 雨宮「なに ? どうしたの ? きれいさつばり忘れるよ」 座り込む。胸が大きく上下している 園子「・ : ・ : 越智さんが好きになってしまった園子「 : 園子、指を噛む 一 4 雨宮「へ ? 」 離れ 園子「恋、なんだと思う」 夕飯の席。煮くずれた南瓜。焦げためざし。雨宮「ええ ? 雨宮、顔をしかめながらも、何も言わす 冗談かと笑おうとするが、切なげな園子 に食べている の顔を見て、 園子、食事に手をつけず、ほうっと箸先雨宮「越智は ? 越智はどうなんだ ? 」 を眺めている 園子「 ( 首振り ) 知らないー 雨宮「誠、だいぶよくなったそうだよ。でも、雨宮「知らないって」 園子「 : 越智「卩 同・寝室 蒲団の中、雨宮、園子に手を伸ばす。 園子、その手を押しのける。 雨宮、構わず、園子を抱き寄せようとする 園子「いや : : : 」 と、身を捩り逃れる。 雨宮「越智のせいか」 園子「ごめんなさい」
幻冬舎文庫の新刊 花心 けど、ただ、おおっぴらにやるかやらない いが年齢不詳な感じの女である 園子「ええ : ・ か、それだけでしよう。あなたがたは知ら 雨宮「見つからなかったの ? 角のタバコ北林「まあ、路地裏で ? 素人のお嬢さんな ないかもしれないけれど、田舎の村には昔、 んでしよう ? 屋ー 雨宮「近頃じゃ、そんなお嬢さんたちがパン夜這いなんて習慣もあったじゃないの」 園子「いえ・ : : ・」 パンになってますからね。嘆かわしいこと雨宮「確かに、それは究極の自由恋愛だ」 雨宮「ねえ、ばんやりとしてるでしょ 越智「そうかな。夜這なんてのは、子種のな ですよ」 越智、微笑んで、園子を見る い夫を持った妻を救うためのものでしよう。 越智「いや、彼女たちはそういうんじゃな 園子、はにかんで、窓を開ける けつきよくは封建制度に繋がる習慣だよ」 かったな」 アコーディオンの旋律が聴こえてくる。 園子、越智を見つめている。 越智「電話なら、北林さんに借りればいいで北林「じゃあ、どういうのよ」 越智、その視線を受け止める。 越智「自由恋愛ってやつでしよ」 すよ」 北林「また難しいこと言っちゃって。しよせ 園子「自由恋愛 ? 」 園子「北林さん ? んは愡れた腫れたの話でしよう」 越智「戦争に負けて、僕たちはやっと本当の 雨宮「大家さんだよ」 と夭、つ 自由ってものを手に入れたんですからね。 園子、越智を見つめ続けている 恋だって、自由にやればいいんです」 1 北林家・応接間 雨宮と園子、越智と初老の婦人 ( 北林 ) 園子「恋 : : : 」 園子、シーツを延べている 越智「時代は変わったんですよ」 と向かい合って、紅茶を飲んでいる。 引っ越しの荷物が残る部屋。 北林は、きちんと整った髪と化粧。美し北林「あら、そんなもの、新しいように言う 神永学 最 蒼漆 九のの の闘鼓 市霊探偵八雲」 経盗探偵山猫」の 神永学が描く 王道工ンタメ ! 各 650 円 ( 税抜き ) 電子版も好評発売中 ! 冬舎 6 E 、 'l- 0 S 日 A 〒 151-851 東京都渋谷区千駄ヶ谷 4-9-7 tel:03- 11-6222 fax : 03- 11-6233 絵・鈴木康士 Sesshou ・ den
雨宮「なんだよ。真面目な話をしてるんだろ」 越智、煙草を吸いながら、そんな園子を 雨宮「蓉子さんの言った通りだ。お前は腹の園子「でも、あんまり滑稽だから」 見ている 底からの冷血漢だ」 雨宮「何が滑稽なんだよ」 越智「君という女は、からだ中のホックが外 園子「ねえ、こんなこと、私の言えた義理じゃ園子「だって、蓉子だってあなたと寝たかっ れている感じだね」 ないけど、あなたたち結婚してくれないか たから、あなたと寝ただけでしよ。それな 園子、越智を振り向き、微笑う。 しら」 のに、あなたはそれを認めようとしないで、 越智、煙草を揉み消すと、背後から八つ 雨宮「あなたたちって、誰のこと言ってんだ」 無駄に言葉を探してるんですもの」 口に手を差し入れる 雨宮の視線が揺れる。 雨宮「・ : 園子、吐息を漏らし、その白い喉元を光 園子「もちろん、あなたと蓉子よ」 園子「女だって欲情するし、セックスすれば に晒す。 雨宮「ばかっ ! そんなこと、なんでお前気持ちいいのよ」 が ! そんなこと指図できるお前か ! 」 雨宮「女のくせに、そんなはしたないこと 事後のけだるさの中、園子がべッドの中 園子、急に激高する雨宮を見つめ、 で、天井を見上げている。 園子「 : : : あなた、蓉ちゃんと、もう : : : そ園子「そうね。きっと蓉子も言葉を探してる 越智、隣りで煙草をふかしている うなんでしよ」 んだわ。あの子は私と違うんですもの。あ越智「何を考えているの ? 」 雨宮「・ : 引蓉子さんは、園子が帰ってくるな いまいにしないで、ちゃんと結婚してやっ園子「どれだけの違いがあるんだろうって ? ら、それでもいいといってくれたんだ : てちょうだい。私だってその方が安心だわ」相手が誰あれ、結局、子宮は恥知らずなう どうしてもだめな場合ははっきりしようつ 雨宮、まじまじと園子を見る めき声をあげるのよ 雨宮「お前は、ほんとに、僕を愛してなかっ越智「まさか、君 : : : 他に男がいるのか ? 園子「気持ちよかった ? たんだなあー 園子「一度きりのきまりでねー 雨宮「え ? 越智「一度きりって・ : 園子「蓉子と、気持ちよかった ? 園子「だって、一度以上逢うと情が湧いてし 雨宮「何、言い出すんだ : : : 」 ホテル 昭和年・春まうもの」 園子、雨宮の目を見ている。 園子、越智と初めて旅をした時の着物を越智「一人じゃないのか ? 」 雨宮「蓉子さんとは、そ、ついうんじゃないよ」 着て窓辺に立っている。 園子「じゃあ、ど、ついうの ? ばんやりと窓外を眺めるその姿は、きっ 越智、煙草を揉み消す 雨宮「だから : : : 」 ちりと着付けをしているはずなのに、ど越智「嫌がらせか ? 俺が北林と別れないか 園子、笑い出す。 こかしどけない。 ら」 一 4 3 )
てるなんて : : : あの二人が一切、僕に隠し 古川家・茶の間 園子「・ : : ・ ( 呟いて ) そうかしら」 4 片隅で、園子が誠と遊んでいる。 雨宮「ん ? 」 ていたんだ」 園子「ねえ、ちょっとそこの文殊様まで行っ 園子、頬を越智の胸に押し付ける 雨宮の声「反省してみると、僕が悪かったの です。僕はあらゆる迫害を精神的に、園子 越智、園子の顎に指をあて、上向かせる てきてくださらない ? 」 唇を寄せて行く。 に加えていたのかもしれません」 雨宮「文殊様 ? が、園子、顔を背ける。 園子の母が畳に突っ伏して泣いている 園子「誠にお守りを買ってあげたいの」 その傍らで、蓉子が雨宮からの手紙を読 雨宮「そんな特別な寺じゃないだろ、あそこ」園子「今は : : : 」 んでいる 越智「ああ : : : 出来るだけ早く会いに行く 園子「ね、お願い 雨宮の声「格子なき牢獄に押し込め、その目 雨宮、ため息をついて立ち上がると、 にみえぬ枠を一寸せばめ一一寸せばめしてい 雨宮「じゃあ、ついでに引越し屋さんを呼ん園子「本当 ? 本当に来てくださる ? なかったとは言えません。園子の如き、人 越智「きっと行くよ」 でくるよ」 一倍自由な精神を持っ女が、この圧迫に堪 園子「 ( 頷き ) もう行かなくちゃ」 と、部屋を出て行く。 えきれないことは当然です : : : 」 越智、もう一度、強く園子を抱きしめる 園子、玄関が閉まる音を聞くと、立ち上 母「こんなもったいない旦那さんがあるつ カる 園子「あの人が帰ってくるわ」 ていうのに・ と、言いながらも、動けない。 と、蓉子が手紙をびりびりひきさき、 園子、北林家へと駆けていく 蓉子「お兄様も意気地がなさすぎるから、お と、越智の姿。煙草をふかしながら、こ離れ 姉様になめられちゃうのよ」 園子、駆け込んでくる。 ちらを窺っていた。園子、足を速める 園子、聴こえぬ振りで、誠と遊んでいる。 雨宮の姿はない。 越智、煙草を投げ捨て、園子の方へ。辺 母「お父様の血が、園子に流れたのよ」 園子、ほっと座り込む りを気にして、園子の手を取り、植え込 園子「引」 畳の上、投げ出された京紅。 みの陰に隠れる。園子、越智の胸に抱き 母を見る 園子、拾い上げ、鏡に向かう つく。 母、園子を睨みつけている 小指を咥えて湿らせると、唇を紅く染め 越智、園子を抱きとめる。 てゆく 園子「・ : 園子「逢いたかった」 ふっと笑みが浮かんで来る 雨宮の声「どうか園子を責めないでくださ 芯越智「ああ」 母「何を笑っているの。何を笑うことがあ 園子「もっと早く・ : : ・私 : : : 」 るっていうの ! 」 越智「知らなかったんだ。こんなことになっ 4
してるの」 北林「じゃあ、やりましようよ。雨宮さん、 たらしくて : : : 」 園子「美大生なのに、アコーディオン ? 北林「良かったじゃないの。おたふくと風疹今夜、遅いんでしよう ? 」 北林「音大の受験に失敗して、仕方なく美大 は、小さいうちに、貰っといた方がいいの園子「ええ。でも、どうして ? 」 に行ったって話だけど、まあ、どっちにし 北林「越智さんよ」 ても才能なんてありやしないわね、あの子 園子「ええ」 園子「奥様もお子さんが」 : いないも同然になっ北林「それまで自分がやっていた接待、雨宮 北林「息子が二人・ : さんに代わってもらえるんだって。あの人越智「あ、それロン」 ちゃってますけどね」 いいでしよ」 北林「え。やっちゃん、やだわあ」 も好きなのよ、麻雀。ね、 園子「 ? 」 媚を含んだ北林。 園子「・ : 北林「私の自業自得なんですよ」 と、、つつすらと笑う。厚化粧の下、広が 同・座敷 る小皺 雨宮、ネクタイを締めている 麻雀仲間の男を交えて、北林、越智、園 園子、目を逸らしてしまう。 子が麻雀牌をかき混ぜている。 北林「どうかしたの ? 園子、窓外を気にしながら、そわそわし一 ている と、園子の手が、越智の手に触れる。 園子「 ( 取り繕い ) いえ : : : 奥様、京言葉じゃ 園子「ねえ、遅れるわよ」 ハッと目かムロ、つ。 ないんですね」 園子、俯き、牌を積み始める。その手、雨宮「ああ」 北林「生まれは東京だもの。こちらへは嫁い 雨宮、うまく結べず、やり直す。 震えている できたのよ。もうすいぶん経つのに、ちっ 園子「貸して」 越智「・ : とも馴染めなくて」 と、結び始める と、越智、自分を見ている北林に気がつく。 いつお亡くなりになった 園子「旦那様は ? 雨宮、嬉しそ、つである 越智「あなたが親ですよ」 んですか」 と、雨宮の肩越し、窓外に越智の姿。 と、北林の前にサイコロを置く。 北林「すっと前。もう、一一十年になるかしら。 越智、立ち止まり、園子を見る 北林、サイコロを振り、牌を取り始める だから、戻ってもいいんだけど、ついずる 園子「 ( 手を止め ) ・ 北林「そうそう、正田さん、、つるさくない ? ずると : : : 」 雨宮「 ? お隣の ? 」 結婚指輪を嵌めたままの指を見ている と、振り返る 園子「隣 ? 」 芯園子「・ : 越智、片手を上げて、立ち去る 北林「アコーディオンよ。息子がいてね、せつ 北林「 : : : ねえ、あなた、麻雀、できる ? 」 かく美大に入ったっていうのに、ぶらぶら雨宮「待っててくれてもいいのに。冷たいな、 園子「え。ええ少しでしたら」
園子、二組の蒲団を並べて敷いている 園子「すみません。今夜は : 笑みが湧いてくる。 その顔には笑みが浮かんでいるように見 雨宮、構わず、園子の胸元を探る と、越智も園子を見つけ、微笑みかける。 える 園子「・ : : いやなの」 園子、つい、間近に歩み寄る。 雨宮、窓辺で煙草をふかしている。 と、雨宮を振り切る。 が、言葉が出ない 雨宮「越智さんってさ、やつばり、ちょっと雨宮「どうしたの ? 越智も言葉がないまま、見つめてしまう。 変わってるな」 園子「 ( 取り繕って ) 落ち着かなくて」 園子「やつばりって ? 」 雨宮「わかったよ。園ちゃんが嫌がることは越智「 : 雨宮「幾度も栄転の話が出たらしいんだが、 したくないからね 園子、俯く。 誰が説彳 しても、京都から動こうとしない と、蒲団に潜り込む。大きく伸びをする。越智「 : : : じゃあ、また」 んだってさ」 と、歩き出す。 園子「京都の方だからでしょ 園子、出社していく越智の背を見送る 雨宮「それが違うんだよ。大学は京都だが、 と、越智、振り返る 生まれも育ちも東京だっていうんだ」 園子の顔に笑みが浮かぶ 園子「ご家族 : : : 奥様がいらっしやるんで 越智、小さく頷きかけると、角を曲がっ しょ ? 」 て消える。 雨宮「いたら、下宿なんてしてないだろ」 園子「下宿って ? じゃあ、北林さんのとこ 雨宮、園子の顔を面白そうに見つめる 園子「何ですか ? 雨宮「すいぶん、気分が良さそうだね」 園子「え ? 」 雨宮「なんだか生き返ったみたいな顔をして るよ」 園子「 : : : 気のせいですよ」 と、蒲団を整えに戻る。 雨宮、煙草を消し、園子を抱き寄せる 離れ・玄関前 スーツ姿の雨宮が出てくる。 その後ろ、園子がプリーフケースを持っ て、見送りに出る。 雨宮「今夜は遅くなるから、先にやすんでて園子「・ : しいからね」 園子「ええ」 四北林家・応接間 雨宮、プリーフケースを受け取ると、笑 園子、受話器を耳に当てている 顔で手を振り、出かけて行く。 北林、紅茶を淹れながら、俯きがちな園 園子、北林家をみやる 子の襟足やワンピースから伸びた素足な 庭木が見えるばかり どを見ている 溜息がついて出る。 園子、受話器を置き、 戻りかけるが、箒を手にする。 「ありがとうございました」 また、北林家を見やる。 と、戻ってくる と、出勤してくる越智の姿 北林「坊ちゃん、いつ、いらっしやるの ? 園子「それが、おたふく風邪にかかっちゃっ
園子「違うわ」 越智「じゃあ、どうして : : : どうして、愛し園子「 : : : 」 てもいない男とそんなこと : : : 」 園子「愛 ? そんなもの、あなたにもないわ」 越智「園子 : : : 」 園子「私、あなたに恋をしたの。たぶん、そ園子「 : : : 」 れは本当。でも、箱根の夜で終わってしまっ たの」 越智「待てよ、俺たちは、あの夜から始まっ たんじゃないか」 園子「 : 越智「何年もこうして肌を合わせてるんだ。 愛してるって言ってくれればいいじゃない か」 園子「いいわよ。私たちのことを、そういう 言葉で言いたいんなら」 園子「愛してるわ」 越智、べッドを出て、着替え始める。 園子「怒ったの ? 」 応えず、着替えている 園子「もうお終い ? 私に会わないつもり ? 」 越智、財布を出して、札を放り投げる。 園子「 ! 」 芯越智「愛がないんなら、金を払わないとな」 園子「・ : 越智「またくるよ」 と、部屋を出て行く。 蓉子、園子を見る。 園子、襦袢を羽織り、べッドを出る。 園子、微笑んで、立ち去る 床に散らばった札を見る。 べッドに腰掛ける。 火葬場・外 園子、空を見上げる。 蓉子が追いかけてくる。 足下の札を、足指で掴み上げようとする。 てこすりながら、札に手を伸ばす。 蓉子「姉さん : : : 」 園子、空を見たまま、 が、園子、取らずに、立ち上がる。 着物を着始める。 園子「お母様も灰になっちゃうのね」 裸足の足で札を踏んでいるが、構わず、 蓉子も空を見上げる。 園子「早く籍を入れなさい 着物を着付けていく。 蓉子「本当にいいの ? 」 身支度を整えた園子、鏡に向かって棒紅園子「しあわせなんでしょ を塗る 蓉子「姉さんは ? これからどうするつもり一 なの ? 一人で不安じゃないの ? 」 鏡には艶然と微笑む女が映っている。 園子、歩き出す。 蓉子「姉さん ! 」 棺に横たわる母 園子、振り返り、蓉子に手を振る 棺の蓋が閉められる 笑顔だ。 見ている喪服姿の園子。 園子、また前を向き、歩きだす。 雨宮、蓉子、誠の姿もある 誠が泣き出す。 歩いていく。 園子、誠を抱き寄せようとする 園子の声「私が死んで焼かれたあと、白いか 誠、園子の手を払い、蓉子の腰にしがみ ばそい骨のかげに、私の子宮だけが焼け残 つく。 るんじゃないかしら」 園子、歩き続けていく。 誠を抱き上げ、なだめる蓉子。 その傍らに、雨宮が寄り添う。 了
越智さんも。上司に先に出社されちやかな 園子、会釈し、 から、包みを出す。 わないよ」 園子「正田さん、ですよね」 金地に鮮やかな花が描かれた貝袷に入っ 園子、手が震えてうまく結べない。 正田「え。ええ : : : 」 た京紅。 雨宮「ねえ、急いでよ」 園子「私、雨宮です。雨宮園子。北林さんの 園子、紅筆を咥えて湿らせると、紅を掬 園子、ネクタイを離して、背を向ける。 離れに」 、塗り始める 肩で息をしてる 正田「ああ」 雨宮「園子 ? 園子「ねえ、弾いて」 北林家・座敷 園子「ごめんなさい。急に息苦しくなっ と、アコ 1 ディオンをこなす。 麻雀をしている園子、越智、北林、麻雀 ちゃって」 正田、和音を一つ二つ奏でながら、 仲間の男。 雨宮「大丈夫かい ? 」 正田「うるさくないですか ? 」 唇を紅で染めた園子、うつむきがちに牌 園子「ええ」 園子「 ? を打っている と、またネクタイに手を伸ばすが、 正田「近所から総スカン食ってるんですよ」 チラリと目をあげ、越智を見る 雨宮「いいよ、自分でやるから」 園子「あら、私は好きよ」 越智、煙草を咥え、園子を見ていた。 と、ネクタイを結び始める。 と、正田の隣に腰を下ろす。 園子、窓辺へ行き、大きな溜め息をつく。 正田、旋律を奏で始める と、北林の視線に気づく。 聴き入る園子、遠くを見ている。 園子、唇を見られているようで、こっそ 2 月縁 正田、園子を見つめながら、切なげな旋 り、左のひとさし指先で唇を拭う。 を園子が歩いている 律を奏で続ける。 指先に写る紅。 川面を撥ねる陽光。 思い出し笑いなのか、園子の顔に笑みが 北林「あなた、男の人に親切にされるでしょ そぞろ歩く園子。 浮かぶ。 園子「え」 と、アコーディオンの音色が聴こえてく 正田「今度、あなたを描かせてもらえません北林「男の目には何だか頼りなげで、気にか る。 か ? 」 かって仕方がないんじゃないかしら」 越智に会った時に鳴っていた旋律である。園子「ええ ? 」 見ると、若い男 ( 正田 ) が奏でている。 と、笑っている 北林「越智さん、あなただって、気になって 園子、近づいていく。 仕方がないんじゃないの」 気づいた正田、園子を見て、弾く手を止 離れ 越智、応えす、牌を積もり、切る める。 園子、三面鏡の前に座ると 園子、越智を見つめてしまう。 、バッグの中 一 4
と、玄関のベルが鳴り、 にもなって」 雨宮「どうした ? 雨宮の声「園子、もう遅いから失礼しなさい 園子、愕然と動けない。 園子、自らを抱くように、両腕を自分の 越智「雨宮くん、まあ上がれよ」 雨宮「園子 ? 大丈夫か ? 」 肩に回す。 雨宮の声「おい、園子 ! 」 園子「・ : 雨宮「具合でも悪いのか ? 」 その甲走った声に、園子、驚く 雨宮、園子の傍らに行き、座布団を枕に園子「 : ・ 北林「今夜は、少しお冠らしいわね、もうい 寝かせる。 雨宮「園子、大丈夫かい ? ー らっしゃい」 雨宮「こんなにショックを受けるなんて、園 園子、両手で顔を覆い、泣き出す。 園子、頷き、立ち上がる 子はまだまだ世間知らずなんだな」 雨宮「どうしたの ? と、嬉しそ、つだ。 園子、首を横に振って泣き続ける。 離れ 雨宮、その背を撫で、 園子の腕を掴み、雨宮が入ってくる。 雨宮「いいかいこれからは、北林とも越智雨宮「言ってくれなきやわからないじゃない 園子「いったい、どうしたっていうのよ」 ともっきあうんじゃないよ」 か ? 」 雨宮「もうあんなところへ行くな」 と、呆然とする園子の髪を撫でる 園子、泣き続けるばかりである 園子「何だって急にそんなこと言い出すの ? 雨宮「 : : : 寂しいのかい ? 誠が恋しんだ 今まで自分だって伺ってたじゃないの」 ね 引蒲団の中、園子、うなされている 雨宮「今日、はじめて教えられたんだ。俺た 一筋の髪が、汗で首筋に張り付いている。園子「 : : : 」 ちみたいなお人好しは、ざらにいないとさ」 雨宮、園子の肩に手をかけ、抱き寄せる 泣き止む。 園子、目を開ける 園子「だから、何なんですか ? 」 雨宮「誠が元気になったら、すぐに連れて来 雨宮「あの北林って婆は、学生時代から越智雨宮「うなされていたよ」 てもらおう。明日、電話で様子を聞いてみ をたらしこんでたんだ」 と、汗が滲む園子の肌を手のひらで拭う。 るよ」 園子「え ? 」 園子、ぐったりと身を任せている 園子「・ : 雨宮「二十も年下だぞ。越智の縁談を片っ端 雨宮の手の動きが愛撫に変わる 雨宮「さ、もう寝よう」 からぶちこわしてきたっていうんだから、 園子、目を閉じる と、園子を横たえ、丁寧に蒲団をかけて やる 異常だよ」 雨宮、浴衣の中に手を差し入れる 芯園子「 : : : 」 と、園子、雨宮を突き退ける。 雨宮、園子の髪を撫でる 雨宮「いいかあんな不潔な家には行くな。雨宮「 ! 」 お前が汚れる。越智も越智だよ、四十近く 園子、されるがままになっている 園子、口元を押さえ、蒲団に起き直る 園子「・ :