さげす どうなったか。 それやこれやで、番太郎はずいぶん様と馬鹿にされて蔑まれるんだぞ」 株主はみずから働かず、人を雇って働変わりしており、万太郎の近くの番太郎「承知だ」 かせ、歩合をむしりとったのだが、このは辞めたいのだが、後釜がいないので辞「じゃあ、決まった」 歩合というのがきっかった。それでなくめられないと万太郎を相手にぼやいた。 万太郎の狙いは当たった。 とも町内から支払われる給金は知れてい待てよと万太郎はそのとき考えた。番 た。だから、なんでも屋として、物を売太郎は朝となく昼となく、晩も町内の者 るのに精を出していたのだが、よりいっと顔を合わせる。町内の者だけでなく、 そう物を売って稼ごうと物売りに精をだ往来を歩く者もふらりと立ち寄る。毎万太郎は物売りのほうは適当にやっ ささや した。 日、大勢の者と顔を接する。連中はほとて、顔見知りがくるとこう囁いた。 結果、店を広げる。木戸番小屋は公道んどが金に困っている。米だって百文買「百一文で金を貸す人を知っている。な にあり、商店の並びからはみ出して設けいしている。まとめて買う金がないかんならロを利いてやってもいいー られている。したがって、その分往来がら、百文でだいたい買えるのはまあ一升金貸しの口利きをしているということ 妨げられる。さらには、時間時間に拍子だが、一升を買ってその日その日を暮らにした。これなら生々しくなくって、借 木を打たなくなる。鉄棒も曳かない。 している。木戸番小屋には目の前にそん りるほうも借りやすい。この囁きは効い こ 0 木戸番小屋に向かい合って、自身番屋な連中、客がごろどろいる。 というのがこれも公道にはみ出して設け「分かった。親父 「あのオ」 ちょうやくにん られている。町内の町役人である家主が 万太郎は信濃者に話しかけた。 とそこいらの女房さん連中がひっきり 詰めるのだが、面倒だから家主は詰め「なんだべ ? 」 なしにやってきて、百文とか二百文とか ず、かわりに書役という役人を雇って詰 信濃者は聞き返す。 を借りていく。帳面に住所と名前を記載 めさせている。その書役が家主にかわっ 「おまえが探している番太郎に、おれがさせる。嘘を書く者はまずいない。だい て番太郎に文句を言わなければならないなってやろうじゃないか」 たい亭主は日傭取りとか棒手振りとか小 そろばん のだが、彼もまた番太郎とおなじ。雇わ「さっきも言ったとおり十露盤が合わな揚げだから、夕刻にはなにがしかの銭を れ者だから、見て見ぬ振りをしている。 いだけでなく、番太郎だの鉄棒曳きだの握って帰ってきて女房に渡す。女房はな ひょう かみ ぼてふ 264
し、「ぼくらがどうしてあの女にたぶら「いっから付き合っとうと、オレ様くと、どこで、なにをしてるか知ってない ちくいち かされたかをいっしょに考えてみるといん ? 」 と心配じゃないですか。ぼくも逐一彼女 うのは。今後の人生で今回の轍を踏まな「今年の夏からっす。でも、この一カ月に報告するようにしてますし」 いように」 くらいは会ってません そこだ ! 全員が心のなかでそう叫ん 一同、目に決意の光をたたえてうなず「ふむ、付き合って三カ月くらいでひと だ。おまえがフラれたのはそこなんだ そんのうじよう く。その面持ちたるや、さながら尊王攘つの恋が終わる。最近の若者の一般的なよ ! ごと せきばら 夷を決意した幕末の志士の如き悲壮さで恋のサイクルやね。じゃあ、つぎ一一年生ー「ふむ」都合先輩は咳払いし、「話を聞 あった。 束縛くんとビッチちゃんは合コンで知 くかぎり、ふたりがビッチちゃんと付き 「それじや一年生からいこうかー りあった。おたがいにワインが好きとい合っとった時期ってダブってないのかも 「よし」オレ様くんが薄い胸をドンツと うことで、「ねえ、彼氏とかは ? 」「おらしれんね」 たたいた。「おれからっすね んけど、そっちは ? 」「いまはおらんよ」 「でも、おれらべつに別れてないっす とが オレ様くんとビッチちゃんの馴れ初め「マジで ?. 「じゃあ、付き合っちゃおつよ」オレ様くんが口を尖らせると、束縛 は、野外フェスでのナンパであった。おかー「うん、いいよ」という似たり寄っくんも反論した。「そうですよ、ぼくた なじアーティストのライヴで盛り上が たりの流れである。 ち別れたわけやありません」 り、「ねえねえ、彼氏おると ? 」「おらん。 「いっから付き合っとうと、束縛くん ? 」「気持ちはわかるよ」都合先輩がたしな そっちは ? 」「おれもおらん」「マジで ? 」 「今年の春くらいからです。でも、ゼミ めた。「でも、そもそもきみらはほんと 「じゃあ、付き合おっか ? 」「うん、いいの勉強が忙しいみたいで、この夏はぜんうにビッチちゃんと付き合っとったって よ」という流れである。 ぜん会ってません。とかしても言えるとかいな ? 」 「なるほど」都合先輩が腕組みをしてう既読スルーやし」 「どういう意味っすかーオレ様くんがぐ すご なった。「つまり、ビッチちゃんは知り「やつばり三カ月で終わりか。一日に何ぐっと凄みを利かせた。「おれはちゃん あってすぐでも男と付き合えるというわ回くらいしとったと ? 」 と『付き合おう』って言いましたよ」 けか。ほかの人たちもそうかな ? 」 「ふつうですよ。朝、昼、晩で : : : まあ、 「それはそうだけど、きみの思う『付き 反対意見は出なかった。 せいぜい五十回くらいですかね。だれ合う』と、ビッチちゃんの思う『付き合 おもも てつ
で、てつきり家を継ぐのかと思ったのだれだし、親戚に顔向けできない。 「これ、どうやるんだ ? 」 が、そうではないらしい。 入籍する時、一度奥さんを連れてきた マナプがコーヒーミルを手に取った。 「えつ、そうなのか。親父さんは何も言らしいが、マナプの両親と差し障りのな「俺、やったことないんだよ。コーヒー わないのか ? 」 いことだけ話すと、小一時間で束示にとは好きだけど、いつも粉で買ってくるか 「言わないよ。母ちゃんもな」 んぼ返りだったらしい。「あいつらふざらさ。一回やってみたかったんだよ。ガ 「じゃあお前、親に何て言って帰ってきけてんのか ! 」と、マナプの親父さんが アーってさ」 たんだよ ? 」 激怒したそうだ。そりやそうだ。幼なじ俺は冷凍庫からコーヒー豆を取り出し 「別に。『ただいま』って言ったけど」 みの俺にも電話一本なかったので、かなてミルに入れ、フタをかぶせた。マナプ そうじゃなくて : : : 。帰ってきてからり気分が悪かった。 がスイッチを押すと、「ガアー」という も、親父さんとはうまくいっていないよ事情を知らなかった俺は、「俺の結婚でかい音がした。マナプがミルの音と振 うだ。おばちゃんも黙って見守るしかな式にマナブなど呼ばないぞ ! 」と心に誓動に驚いていた。 い、って感じなのだろうか。 ったのだが : : : まだ実行できていない。 「もういいよ。そんなもんで」 「独り身になったから少し気が楽だった 「独り身で気が楽か : : : 」 俺がそう言っても、マナプは面白がっ な。帰ってくるの。高校の頃、学校から「ああ、楽になったよ。ストレスが減ってもう一回挽かせてくれと言う。また 帰ってくるみたいにな」 て。結婚なんて本当に紙切れ一枚だよ」 「ガアー」という音が響いた。 マナプが笑う。俺は独身仲間ができ その紙切れ一枚の、世話になってみた「これ、面白いな。何かすっきりするよ」 て、ちょっと嬉しかった。 結局、マナプは五回も繰り返してしま い気がするのだ。俺の場合。 そういえば、マナプは結婚式を挙げて「悪かったな。何も連絡しなくてさった。よほどストレスが溜まっているの抄 だろうか ? いなかった。この辺りでは、親戚中が集 。ずいぶん経ってしまったな」 A 」 子 まって飲めや歌えやの大騒ぎが当たり前 マナプが力なく言うので、ちょっとし「お前は変わりないのか ? 母ちゃん死 ン だ。それがマナプの場合、式を挙げないんみりした。みんな俺の知らないところんだ以外にー 頃 で入籍しただけなのだ。マナプの母ちやでいろいろあるのだ。 「うーん、変わりないかな。あんまり話の めんもく んがかわいそうだった。親の面目丸つぶ すようなことないなあ。まあ、そのうち さわ
うら しかし、黙っている必要もなさそうだ 「罵らぬよ。怨みもせぬ。関白如き、己の中で全身に汗をかいていた。 っ ( 。 でなれずにどうするか。やはり、親が子 やはり、夢であったか。 「まさか、それもそなたではあるまいを甘やかしてはいかぬな。それだけは、 そう思いながら、自然に上半身を起こ な、家康殿 ? 」 そなたに忠告しておく。あと、ここからす。 秀吉が疑いの眼差しを向ける。 先には、まだ踏み入ってはいかん」 なぜか頭の中が冴え冴えとし、軆から 「 : : : 申し訳ありませぬが、先日、それ秀吉は刀の先で一一人の間に火焔の線を熱も失せていた。 がしが太政大臣に任じられましてどざり 家康は濡れた頬を右手で拭い、それを まする」 「猿 ! 舌先で舐めてみる。 「さようか : : : 」 遠くから信長の声が響いてくる。 ーーー塩辛い。 ・ : まだ生きているとい 秀吉は急に寂しそうな面持ちになる。 「は 5 い、只今。ああ見えて、右府様はうことか。 「・ : ・ : やはり、秀頼は関白にも、太政大寂しがり屋なのだ。では、もう行かねば そう思いながら、ぼんやりと視線を移 臣にもなれなかったか。ということは、 す。 ならぬ。またな、家康殿」 皆が噂をしていたように、余のまことの鞍馬山に導かれ、秀吉もまた去って行 そこは秀吉が火焔の線を引いた場所だ っ ( 。 子ではなかったのかもしれぬな きわ 「太閤殿、さような風聞をご存じであり 家康は弾かれたように立ち上がり、一一 あれが・ : : ・今際の際というやっか。 ましたか」 人の背を追う。 漠然とそんなことを思う。 「知らぬはずがあるまい。それにおかし しかし、秀吉が引いた火焔の線の前で家康は確たる理由もなく己の両手を見 しわ いと思うておった。棄が亡くなった後、かろうじて立ち止まった。 つめる。皺だらけのくたびれた掌がそこ かような老人にすぐ新たな子が授かるほ 暗闇の中で火燼が小さくなり、やがてにあった。 どの精が残っておるわけがあるまい。さ消え去るまで、家康は茫然と立ち竦んで しばらくそれを眺め続けていた。 ちゃちゃ ふびん れど、あまりに茶々が真剣なので不憫にいた。気がつくと、両眼から泪が滴り落 ならば、信長殿や太閤殿と話して謀 神 思い、それは突き詰めぬことに決めた」ちていた。 いた己の声、あれが今際の声ということ の 代 「秀頼殿を関白に押し上げなかったこの頬を伝う泪の冷たさで、家康は目覚めか。 さと 百 身を、なにゆえ罵りませぬ」 る。周囲は闇に包まれており、己は蒲団 その刹那、家康は己の死期を悟った。 ののし すて おもも せつな
けを責めるのは、 ( すじちがいかな ) ここでも政次郎は、決断と反省の往復 である。 ときは言ってたのに。冬になると火鉢のさすがに政次郎と直接ぶつかるのは政次 おそ 郎へというより、秩序への畏れがあるの そばにも来させてたべ」 だろう。政次郎はこういう場合、議論が べつの夕食どきには、 「裏庭の北の蔵に入れておいた本、あれ激化する前に、 はおらのす。おじいさん、どうして何も「もうやめろ」 トシのみを一喝した。トシはただちに、 言わずに売り払ったのすか」 喜助はもちろん言い返す。前者に対し「すみません、おじいさん」 から 頭をさげ、ふたたび箸をとるのだが、 これに対し、にわかに従順の殻をやぶては、 らんらん 「女というのは、勉強しても生意気になそれでも目はまだ爛々と前方の畳をにら ったのが長女のトシだった。 ことに食事中に発言するようになつるだけだ。分をわきまえろ。そんなひまんでいる。 ぞうきん 「そんたなことでは、嫁のもらい手がな た。賢治が盛岡へ去り、最年長の子供とがあったら雑巾の一枚も縫うがいい」 くなるべじゃ」 なったことで精神の何かに火がついた後者に対しては、 などとロでは言いつつも、政次郎はふ か。あるいは賢治のいない喪失感をこと「小説などくだらん。仏典を読め」 ばで埋めようとしたのか。発言は、おも後者には、トシはことに食いさがっと、 た。これがわが子かと疑われるほど目を ( 惜しいな ) に家庭環境への批判だった。 と思わせられることがある。トシがも つりあげて、 或るタは、箸を置いて、 しも男の子だったら、そうして賢治より 「小説じゃねえのす。童話です」 「静かに勉強がしたい」 先に生まれていたら、ゆくゆく喜助や政 「おなじだろう」 と言いだした。 いわやさざなみ 「おらももう五年生だ。学校の宿題もふ「ぜんぜんちがいます。巌谷小波という次郎をもしのぐ商才を発揮したかもしれ えたのに、おなじ部屋でシゲやクニがぎ人の本は道徳的で、芸術的にも本格といない。商才というのは、その何割かは、 ゃあぎゃあ言うから打ち込めない。それわれています。おじいさんは何も知らねロ舌ときかん気で成っているのである。 を『静かにしろ』と叱ってくれないのは、なハ」 おじいさん、なしてすか。お兄ちゃんの相手どるのは、もつばら喜助である。 くぜっ 337 銀河鉄道の父
人がいつも出入りしていた昭和四三年かわれないようにと願いを込めて : : : あのあ 5 名曲だ。五年間、新宿駅裏で「紅と ら四四年の、あの店の話の真偽をたしか娘には光という名前をつけた」。すごい。んぼ」という店をやっていたママの店じ めていく。 宿命の話である。瞽女・藤・宇多田、女まいの歌である。「故里へ帰るの。誰も でーー衝撃的に出てきた藤圭子である三代の話はまがうかたなき真実の唄であ貰っちゃくれないしーとポツリ。常連の が、父は浪曲師、母は瞽女 ( 三味線を弾る。一一〇一六年、宇多田が六年ぶりに復しんちゃんたちはもう泣いている。私も き歌う盲目の女 ) であった。東北・北海活。みどとな曲たちであった。おかつば泣いている。この曲が出たころ、私は本 かどづけ 道を門付してまわった。幼い藤も雪深いに黒髪で戻ってきた姿を見て、胸に熱い当に新宿駅裏を探しに行ったことがあ 地を一緒にまわった。その後のスト 1 リ ものが込みあげてきたのは私だけではなる。どこなんだ ? 西口なのか、東ロな いだろう。 : これほ ーはど存じのとおり。大歌手になり、ゴ のか、風景的には南ロなのか : ・ どの名曲はあろうか。一一〇一六年、なん タゴタがあり、娘が生まれ、またゴタゴ「新宿そだち」「新宿の女」のほかにも くわたけいすけ タし、娘は宇多田ヒカルとなって大スタ新宿を歌った曲は多く、「新宿サタデー とあの桑田佳祐が「束示の唄ーの中で、 あおえみな ーに。そして母子がここでももめて、家ナイト」 ( 青江三奈 ) 、「新宿ゴールデン街」この「紅とんぼ」をカバー。泣けてきち おうぎ はバラバラに。藤圭子の奇行が目立ち始 ( 扇ひろ子 ) 。これはタモリが「オールナゃうねえ。 め、最後は西新宿であのような不幸なこ イトニッポン」をやっているころ、回転でーーいま一度、読み返してみたんだ なかむらりゅうたろう とに : 。中村竜太郎「スクープ ! 」 ( 文数を変えるとおかまの声になると紹介しが、私のエッセイの偉くてすどいところ 藝春秋 ) 、週刊文春エース記者の本にこて超人気となった ( 扇ひろ子の黒歴史ではただ昭和四〇年代、五〇年代の想い出 うある。最後のころ、藤圭子に会った人ある ) 。時をポーンと越えて平成一〇 ( 一話だけを書いてるのではなく、その事項 しいなりん・こ の談によると、藤圭子はふらっきながら九九八 ) 年には、椎名林檎で「歌舞伎町に「今」という視点を必ず入れているこ もサングラスでたどたどしい足取りなのの女王」が生まれる。当時一世を風靡しとである。それが色あせない秘密だ。「新 でどうしたのときくと、「目が見えない」た渋谷系をもじっての新宿系。そんな数宿そだち」から横山剣やら、浪曲の玉川 と言う。看板の文字も顔がつくほど接近ある歌の中でも私がトップに挙げるのは奈々福、宇多田ヒカル、桑田佳祐とつねさ ヒヒ しても見えず、ほとんど視力は失われて そうです ! 今、曲名を書こうとしに今を知ってる強みだ、アハハ。全然書蠅 の いたらしい。そして最後にこう明かしてただけで涙が出てきそうになりました。 き切れなかったので「新宿そだち」はま あか いやたいっかだ。 いた。「娘の目からはいつまでも光が失ちあきなおみ ! 「紅とんぼ」 " うただ どぜ ひかる ふうび もら くに 223
がかかったが、翌日には人の往来の跡がある路を発見したの 楚に暮らす伍子胥は将来をの伍子胥は焦る。越軍の度重 ごしゃ で、隊の進行に速さが生じた。そこから一昼夜、ほとんど休 嘱望されていた。父の伍奢はなる奇襲により呉は負けた。 しぼく 息をとらずに南下しつづけ、夜明けを迎えてもなおもすす 楚の太子・子木に仕えていた戦に勝利した范蠡は稠李か ちゅうてん はく ぎぬ み、日が中天にさしかかるころ、帛 ( うす絹 ) に画かれた地 が、謀反の疑いで拘留され、ら王宮へ戻り、復命をおこな ほうらく 兄とともに処刑される。 った。そして宝楽家より白斐 図を車中でひろげた子胥は、目をあげて、 伍子胥は楚王への復讐を心を妻として迎えることが決ま こうりよ 「ここがよい」 に誓う。時はたち、呉王・闔廬ると同時にかっての婚約者・ と、いい、隊を停止させた。 の右腕となった伍子胥は、楚西施が後宮に妾として人った 路の左右に林がひろがり、兵を伏せておくのにこれほどふ 軍との度重なる戦いに打ち勝と聞き動揺する。また、楚か ち、ついに父兄の仇を討った。 ら逃げてきた屈暦たちを越王 さわしい地はない。隊を左右に分けた子胥は、木陰にはいり、 えん れいびよう 楚の宛で盗賊団に襲われ、に会わせ、会稽山を守らせる はんれい 「これで先王の霊廟に、越王の首をそなえることができる」 家族も殺された范蠡は、越のことになる。 かいけい こう と、近くにいる者たちにしみじみといった。 首都会稽に移り、若くして句謎の人物の密告により、越 こうりよ すいり うしな 先年の稠李の戦いにおいて大敗し、闔廬を喪ったことは、 践の側近となったのだった。軍の動きを想定し、態勢を整 いんじようこう つうこんじ 君主・允常が薨じた。呉王・える伍子胥。范蠡も句践の作 呉のすべての将士にとって痛恨事であった。とくに子胥は、 ふうそく 闔廬が越に攻め入るという噂戦を知り自らの考察を句践に 闔廬が呉王として立っころから歩調をあわせてきた風側をも らくたんかいこん が舞いこむ。句践は君主の座伝えた。そして、戦が始まっ 戦死させたことで、落胆と悔恨が大きかった。それから半年に即き范蠡と大夫種に真偽をた。越は敗走し、句践は范蠡 確めるよう命じる。越軍が稠の進言に従わなかったことを 間、ふたりをしのび、喪に服すかたちで子胥は外出をひかえ、 李に布陣したことを知った呉悔いた。 なまぐさい物を口にせず、家中での歌舞を禁じた。 どの国でも、君主が亡くなれば嗣君が即位し、すぐには親 けい 政をおこなわず、喪に服す。喪が明けるまで、国政は、卿とつりあげられた。 さんだい よばれる大臣たちが合議でおこなう。子胥は卿のひとりであ ひさしぶりに参内した子胥は、 せいへいたいさいはくひ ったが、その合議の席には招かれず、政柄は大宰の伯語にあ 新体制にとって、われは不要であるらしい。 くんれつ ずけられた。子胥は勲烈の臣であるがゆえに、貴臣としてま と、さびしさをおぼえた。以前、子胥は外交の責任者とい な しくん 前回まてのあらすし せん そ ・こししょ すい せいし くつれき はくひ 168
席を立って、店の外に出る。 「もしもし ? 」 「一体どうしようっていうんです ? 」 と、倉田は訊いた。「自分で犯人を捕まえるつもりですか ? 」「貴様 ! 覚えてろよ ! 」 あぜん いきなり怒鳴られて、亜矢子は唖然とした。 亜矢子はドキリとした。しかし、気持を顔に出さないのは、 「何よ、一体 ? かけ間違いじゃないの ? スクリプターとしての経験から訓練されている。 「いいえ。私は素人ですから、倉田さんが、きっと犯人を見「あっちこっち亜矢子っていうんだろ」 「ただの東風 ! あんた誰 ? 」 付けてくれると信じてますわ」 ながまち 「とぼけるな ! 長町だ ! 」 言っている自分が少々恥ずかしかった。 「長町 ? そんな人、知らないわー 「ーーそう来ましたか」 と、倉田はため息をつくと、「では、一体誰があなたを殺「俺はちゃんと知ってるんだぞ ! お前が俺を誘惑して、酔 っ払わせたってことを」 す動機を持ってるんです ? 」 あんた、納谷さんのスタントマンに : : : 」 「待って。 「それが : : : ふしぎなんですー これは本当である。「私、人に恨まれる覚えなんて、これ「そうとも、スタントマンは俺に決ってたんだ。それをお前 のおかげでーー」 っぽっちも : ・・・こ 「馬鹿一言わないでよ ! 」 「でも現に殺されかけてるんですよ」 ありたゆみ と、倉田は言った。「しかも、有田由美さんが刺された事と、亜矢子は言い返した。「あんたが勝手に酔っ払ったのよ」 件もある。何の覚えもない、普通の人が、こんな危い目にあ「何一一 = ロってやがる。お前が俺を連れ出して、しかも暴力をふ るったって分ってるんだ」 ったりしますか ? 」 「勝手にほざいてなさい」 「ご説、ごもっとも」 と、亜矢子は言った。「あのパーティに出てた人、誰にで つい、映画のセリフみたいになってしまう。 も聞いてみるといいわ。あんたが酔って騒いでたってことー 「あ、ごめんなさい」 「どまかされやしないぞ。覚えてろよ ! ただじやすまない ケータイが鳴ったのである。 こち 466
ても勝利につながらないとわかれば、水戦で敗れた句践の安 「よし、路をかえよう」 ぎよしゃ と、御者にいい、馬首をめぐらせた。それをみた屈冬は、否を気づかいつつ南下しているはずである。たとえ陸上軍が かいそう 「伍子胥はすでに王の旗を発見しておりましよう。かの者のばらばらに潰走していても、ふたりの威と徳で一一、三千人の 近くには百里さきの旗鼓さえみのがさぬ異能の者が属いてお兵をまとめることができるであろう。句践が戦死しなけれ ります。たとえ王が間道を通って会稽へいそがれても、かなば、かならず会稽の王宮へ走るはずだと信じている将士は多 ろうばい く、かれらはたとえ王宮に到っても句践の姿がないので狼狽 らずゆくてには伍子胥の兵がいます。王よ、王宮への路は冥 まっ 府の入り口となります。どうか会稽山に祀られている禹王のするだけである。かれらにむだなことをさせないためにも、 しようすい 将帥に正確な情報をつたえる必要がある。 霊力におすがりください。山にこそ活路があるのです」 「うけたまわりました」 と、満身の力をこめていった。 兵車を与えられたふたりは馬首を東北にむけた。 屈氏の一族としても、句践が敗死すれば、安住の地を失う かんげん 句践を護る集団は屈冬らにみちびかれて間道をすすんだ。 ので、これは必死の諫言であった。 このとき句践からすこしはなれた位置にいて、うしろを警この動きを、喬木にのぼっていた朱毛がみのがすはずがな はんれい かった。小首をかしげた子胥は、 戒していた范蠡は、その声をきくや、 禹王が越王をお救いくださるために、使者をだされた「遠まわりをするはずのない越王がこの路を避けたのは、わ のだ。 れらの待ち伏せを知ったからだ。しかし、越王がどのような 間道をつかって王宮に到ろうとしても、会稽にさきに到着す と、直感した。胸が顫えるほど感動したのは、范蠡だけで とうたい あったろう。直後に、脳裡にひらめきを得て、すぐに甸太とるのはわれらである」 じようしん と、いい、すべての兵を起たせて集合させた。子胥がこの 条信を呼んだ。 ちゅうむよ おうよう 「なんじらはすみやかに疇無餘と謳陽という二将のもとにゆ路をおさえたのは戦術的に大きかった。句践の帰途をふさ き、王の所在をおったえせよ。王はおそらく宮城に帰還するぎ、結果的に籠城戦をさせなかった。 子胥の隊が会稽へむかっていそぐうちにタになった。この底 ことはできず、会稽山に籠もられるはずだ」 はつらっ 疇無餘と謳陽は長城を守っていた将である。長城を死守し隊の兵士は昼間に充分に休んでいるので、夜間も法剌とすす ふる めい よる
「ど、どうしたとや、無象 ? 」有象くんがおずおずと訊きかきたら、相手の女性が宣誓書かなにかに血判でも捺したと言 きざ えした。「なんでそげん怒っとうとや ? 」 わんばかりである。世の女性はすべからくこの事実を胸に刻 つつし 「この泥棒猫が」無象くんは噛み締めた歯のあいだから声をみ、男心を傷つけぬよう、不用意な発言を慎むべきであろう。 押し出した。「ビッチちゃんはおれのカノジョたい ! 」 そのほか、「あたしたち、十年後ってどうしてるかなーや「い 恋に盲目になっていたのは、そう、無象くんもおなじだつまはまだ友達以上、恋人未満だね」などの使用にも取り急ぎ たのである。しかも、そのお相手が親友の有象くんとも遊ん注意を促しておきたい。 でいると知った怒りと悲しみたるや、察するに余りある。 古今東西、女のために流される血ほど美しいものはない なにを隠そう、これがほんの十分前に起こった出来事であが、有象くんと無象くんもこのままでは血を見なければ収ま った。 らないかに思われた。陽は沈み、近隣住民の迷惑にならぬよ う学祭の準備はほどほどにしろという趣旨の校内放送が流れ 「ビッチちゃんは二股をかけるような女ゃない」無象くんのるなかでの対峙である。思わぬ伏兵が出現したのは、このと ひきよう 剣幕はただ事ではなかった。「言え ! どんな卑怯な手を使きだった。 ったとや、有象」 「さっきから黙って聞いとったら、ふたりとも言いたい放題 ゃぶ えんさ 「おまえこそほんとうにビッチちゃんと付き合っとうと言いやがって」藪から棒に怨嗟の声を発したのは、勘違い先 や ? 」有象くんとてこの恋を手放すつもりは毛頭ない。この輩である。「ビッチちゃんはやさしいけん、おまえらが勘違 期に及んでは男としての意地もある。「ひとりで勝手に付きいするのもわかるけど、あの娘はおれの女ぜー 合っとうって思っとうっちゃないと ? 有象くんと無象くんは耳を疑った。 「おれはビッチちゃんから『ずっと仲良くいれたらいいね』 「おまえら、人の女にちょっかい出しとったら痛い目見るで い て言われたぜー ぞ、こら ! 」 な 「おれだって『有象くんといるとなんだか落ち着く』て言わ ところがどっこい、ひとりの女性をめぐる男たちの争いが呼 どもえ れたぜ」 三つ巴の様相を呈したのも束の間、またべつのところから火 チ 女性経験がすくない男というものは、このように何気ないの手が上がったのである。 ビ げんち ひと言でも一言質を取った気になれる。その思いこみの強さと「勘違いもはなはだしいな」勘違い先輩に待ったをかけたの ふたまた つか 111