春日井 - みる会図書館


検索対象: ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号
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1. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

から」 「話を戻すが、叱責されたってことは、埼玉性捜査官のプロファイリングがあった。その 春日井は「は ? 」と声を上げた。 県警から警視庁へクレ 1 ムがあったんだな」女性捜査官が、さらに連続放火を解決したと かさい 「もしかして二課の萬西さんか」 「龍田君によれば、そんな大騒ぎでもなかつなれば、話題性は十分か」 「そう。まずはジャプのつもりで」 たって。たぶん事実確認と、簡単な注意だけ「そ。わたしは記者復帰で春日井さんも本社 春日井は親指を立てた土方に、深いため息だと思う。こっちの事件に集中しろって感じ復帰」 をつく の。浦和の捜査本部の感触は ? 」 「お前の野望におれを利用するのか」 「カウンターのリスクは考えないんだな、相「与太話のひとつみたいな扱いかな。あまり「利用だなんて。チャンスをさし上げている 変わらす」 真剣には受け取ってない」 んです」 「よけるのは得意。直撃受けても失うものも春日井が「ここだ」と、浦和市役所交差点「まあいい 、その話乗った」 ないし」 近くのカフェに入った。「運がよければ、浦呆気なかった。羽生は思わずはっと息を吐 「お前はよくても、そのしわ寄せとかクレー和中央署の捜査員がサポりに来る」 く。こんな社規を無視した投機的な仕事に乗 ムはオレのところに来るんだぞ」 客が少ない奥のテ 1 プルにつき、羽生は率るなど、春日井も土方がク選ぶツだけのこと 「来たらわたしのところに回して」 先してオーダーを聞き、プレンドと紅茶を二はあった。若手の龍田はともかく、少なくと 土方は反省の素振りすら見せなかった。 っ注文した。 も春日井は長年報道の現場に携わっていた人 「どういう関係なんですか」 「協力するのはいい。浦和支局のスク 1 プに材だ。 羽生が割って入ると、土方が面倒くさそうつながるならな。土方の目的はなんだ」 「何かあれば、羽生君か柊という若手を派遣 に振り返った。 春日井は両肘をつき、声を低くして問うた。する。好きなように使って」 「経済部時代の先輩後輩」 「わたしが間に入って、渡瀬敦子と埼玉の事土方はバッグからタブレット端末を取りだ ということは、龍田ともつながりがあると件をつなぐ。具体的には敦子のプロファイリし、起動させた い、つ一」 A 」ん。 ングを元に、こっちが独自に取材を進める 「今朝、渡瀬敦子から埼玉のひったくり、も 「新人時代から傲岸不遜で、先輩を先輩と思もちろん警察との間合いを計りながらね。決う公式には強盗致死事件か : : : そのプロファ わない性格だった」 定的な事実がっかめれば警察に情報を流し、イル資料をもらってきた。もちろん極秘扱い 春日井が付け加えた。 容疑者逮捕の瞬間をスク 1 プってわけ」 「春日井さんこそク行きすぎた取材クとやら「埼玉の事件の捜査に、警視庁の捜査員の分土方は、自分と渡瀬警部の関係を春日井に で訴訟沙汰になってここに飛ばされたくせに」析を利用するってのか ? 」 説明した。 「外信の閑職に飛ばされたお前が言うか」 「概ねそんな感じ」 「部署は新設された分析捜査班で、同じ刑事 羽生は、とりあえすスネに傷を持っ身同士土方はウインクし、親指を立てた。 部だけど捜査一課とは別の指揮系統に属して であると理解した。 「埼玉の事件解決の裏には、警視庁の敏腕女いるの。敦子は一応そこの係長。経歴は科警 298 マイナス・ワン

2. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

直った。「取材行きましよう」 出て、県庁通りを県庁に向かい五分ほど歩いで行こうか。捜査員と会えるかどうかはわか 羽生はとりあえすコートを羽織り、カメラた通り沿いのピルの二階にあった。自治体のらないけどな」 バッグを肩にかけた。 庁舎や施設、銀行、金融関係企業の看板が目春日井は土方に視線を戻し、言った。 「バレないってどうい、つ : : : 」 立つ、オフィス街の一角だ。ビルのエントラ「こっちにもお土産持ってきた。とりあえす 「クランチボックスッ所有の機材を借りてきンス前で土方が電話をかけると、ものの一分出来る範囲で情報交換をしたい」 たの、無断で。そういうわけで、報道フロアで奥に見える階段からレザーのハ 1 フコート 春日井は土方を促し、歩道を歩きだした。 を通らずに外に出ましよう」 を着た三十代半ばに見える男が降りてきた。羽生は二人の背中を見ながらついていくだけ 羽生は、土方について社員用通用口から外色が黒く、ラグビ 1 選手を思わせる骨太な体だ。埼玉県警本部を右手に見ながら、県庁を に出た 型の男だった。 回り込むように中山道に出た。 「今日はどこですか」 「もうカメラか鬼姫さんは巧遅より拙速を「そっちのお土産って ? 」 日比谷線神谷町駅の入口前で聞く。もはや好むんだったな」 「警視庁の分析捜査係の係長が、こっちの七 年下に敬語を使うことに違和感を覚えなくな男は「カスガイですと言いながら、羽生件目を予測して当てたこと っていた。 に名刺を差し出した。東都放送報道局・浦和中山道Ⅱ国道号の歩道を歩きながら、土 かすがいようすけ 「さいたま市の浦和支局」 支局長・春日井洋介 方は龍田がっかんできた情報を話した。 羽生はその場でスマホを取りだし路線検索「羽生です。前の部署の名刺なんですが」 「チキンタッタがね。あのヘタレつぶりは擬 する 羽生はク情スタッ時代の名刺を出し、交換態だったのか」 「霞ヶ関、東京駅経由が一番短時間ですね」した。 「その龍田君が、今朝新たな情報を持ってき 「大丈夫、昨日も行ったから。でもその反応「あ、君が羽生君か話は聞いている」 た。その班長、渡瀬敦子っていうんだけど、 はいい感じね」 「はあ、大層なことをしでかしましたので」余計なコトするなって上から叱責されたみた 地下鉄とを乗り継ぎ、浦和駅に着いた羽生は吐息混じりに応えた。 いだって」 ちくま 「似たようなことは、捜本の捜査員から聞い のはおよそ五十分後だった。土方は何も言わ「筑摩さんは元気か ? 」 ないが、羽生は移動中に連続ひったくり事件「ええ、僕の問題の時もいろいろ尽力してもた」 の取材であろうと当たりをつけ、ニュ 1 スサらいました」 二十五日、七件目のひったくりがあった イトから基本情報を仕入れておいた。龍田羽生はバツが悪い思いで頭を下げた。春日夜、事件がなかったかどうか、発表前に問い も、東京の連続放火を担当している捜査員が井は、筑摩とは本社勤めの時、一緒にクイプ合わせがあったという。「そのあと、どこか 埼玉の事件にも関わっているようなことを言ニングみを担当していたと語った。筑摩の四から警視庁の捜査員が七件目の現場と犯行日 っていた 期後輩に当たるという 時を予測していたって話が出てきたんだ」 東都放送浦和支局は、浦和駅の西口を「とりあえず散歩がてら浦和中央署の近くま「あ、その情報埼玉県警に流したのわたしだ 297 マイナス・ワン

3. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

されているわけだ」 「そうだ。心の隙と油断を衝いた犯行だっ連中もいるからな」 「解体業者が闇流通に回さないだけ、利ロって、捜本の捜査員は言っていたな」 春日井も否定はしなかった。 てことね」 「まずバイク窃盗があって、ひったくりに及「とりあえず、容疑者が映った動画データと 土方が言うと、春日井はうなすいた ぶ。その上手慣れた感から、容疑者が犯罪に事件に関する情報をあるだけちょうだいー 「警察も業者を当たったが、そっちからは犯慣れた前科者ってことね」 「会社のアドレスでいいか ? 行に使われたバイクは出てきていない。個人「そうだ。バイク窃盗の前歴も重視されてい 「わたし個人のアドレスにお願い。あと捜査 って の犯行で、そういった業者に伝がないだけかる」 本部のパイプは誰 ? 」 もしれないが」 「ただ、手慣れているけど、 バイクの密売組「浦和中央署刑事課の原島さん。強行犯一係 「バイクの車種と容疑者の容姿がわかるって織などにからんでいないところを見ると、犯の主任だ」 ことは、多くの犯行で防犯カメラに映り込ん罪組織寄りではないということ ? 春日井は一度ノートに視線を落とし、再び でいるのね」 「それはどうかわからない。ただ、線土方に向ける。「二十五日の夜、警視庁の知 「ああ、映ることを前提として犯行を重ねてで犯行が多いことから、警察は盗んだバイクり合いから問い合わせを受けた張本人だ死 いるとしか思えない」 を予め現場近くに置いといて、犯行当日に近者が出てから、捜査本部に加わった」 「それぞれの映像は入手できてる ? 」 くまで電車で行き、現場近くでバイクに乗り「原島さんの動きは ? 「全部じゃないが、死亡事件に関しては重点一撃離脱のひったくりをやって、バイクを処「二十五日の七件目に関しては、地取り班を 的に手に入れた」 分しているのではないかと考えている」 率いている現場で目撃者捜しだね。あと防 春日井は犯行のラフさから警察は容疑者を「面倒な段取りだけど、バイクを用意する人犯カメラの映像を当たっていると思う。一応 男性と考えているが、真夏でも手首まで体を間と、乗る人間が別の可能性もあるね」 昨日の時点で有力な目撃情報が出ている」 覆うことで、女性の可能性も捨て切れていな土方は言ったが、それならそれでバイクを人通りの少ないタ方の住宅街だったが、た いと付け加えた。 盗むリスクと、共犯者が捕まるリスクが増大またま近くの住宅の二階から、洗濯物を取り 「被害者たちはなんて言ってる ? しないだろうか 込んでいる主婦が事件を目撃していた、と春 「とにかく動転していて、はっきり言い切れ「あ、羽生君不満顔 日井が取材ノートの情報を開陳した。 ないケ 1 スがほとんどだ。たぶん男だろう土方が目ざとく表情を読んだ。 「たとえば「その目撃者には、おれが直接話を聞いてい が、断言は出来ないとただ、申し合わせた協力し合う一一人が、お互い素性を知らない場る。も撮った」 ように、特に強いカで引っ張られたわけじや合だってある。ネットとお金のやり取りだけ翌二十六日の昼ニュ 1 スで、その目撃者の ないと証言している」 の関係とか」 インタビューは使われていた、と羽生は記憶 「カではなく、タイミングを計ってバッグを「なるほどな。闇サイトで知り合って、お互していた。容疑者はスクーターで被害者の背 奪うってこと ? 」 いの氏素性を知らないまま殺人事件起こした後から近づき、肩にかけたバッグに手をか はらしま 301 マイナス・ワン

4. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

た。ただ倒れたというより引五、六人といったところかな。主に前歴があ き倒されたとしか考えられなって、現場付近の土地鑑があって、さいたま い程、傷は深かったという市内に居住している人物だ。居住地は大宮付 「本部捜査員の中には強盗致近か、川口か蕨」 死ではなく、強盗殺人容疑に事件発生地域の北の外れか南の外れだ。 しろと息巻いていた連中もい「根拠は ? 」 「七件全て使われたバイクが違う。だが運転 春日井が言った。 者は体格や運転のクセなどから、同一人物と 「ほかの被害者たちは ? 思われていること。ひったくりに使用された 「全員、背後からいきなり襲バイクは全て盜難届が出ているもので、北浦 われたそうだ。負傷者は二和駅、浦和駅、南浦和駅、与野本町の駅付近 名。いすれも抵抗して転倒しの駐車場から盗まれた物だってことがわかっ た時に、軽傷を負っている」ている」 犯行が起きている線沿線と一致する ③の事件の際は、被害者が「犯行後にバイクは見つかっているの ? 」 バッグを放さずに転倒、犯人「二台が見つかったが、めばしい遺留物はな はバイクを降りて強引にノ " かった」 グを奪っていったという 見つかったのは秋ケ瀬公園と呼ばれる荒川 「被害者でまともに顔を見た河川敷の公園で、公園管理スタッフが巡回中 者はいない に発見した。羽生は地図を呼び出したが、南 全ての映像でフルフェイス北約一二キロ、幅も一キロ近くある広大な公園 「状況から警察は、多村さんはバッグをひつのヘルメットを被っている。着衣に統一感はで、中には野球場やサッカー場、ラグビ 1 場 たくられようとして抵抗、バランスを崩してないが、真夏でも手首まで衣服で覆っているなどを含んでいる 転倒、路肩の縁石の角に頭を強打して死亡しのが特徴と言えば特徴だな」 「広いから、外縁部の未造成地区への自転車 たと判断した」 「埼玉県警はどこまで絞り込んでいるの ? 」やバイクの不法投棄が問題となっているんだ」 かなり強く抵抗してもみ合いになったの土方の問し。 春日井はノ 1 トをめくり当春日井が補足説明した。「二台ともカウル か、被害者の上着には不自然なしわができ、該情報が書かれたページを開く。 を外して、コ 1 ドの付け替えでエンジンをか 仰向けに倒れ、後頭部を縁石の角に打ちつけ「確定情報ではないが、取材の手応えではけて盗む手口が使われていて、同一犯と判断 ① 7 月 15 日火曜 ② 8 月 12 日火曜 ③ 9 月 10 日水曜 ④ 9 月 18 日木曜 ⑤ 10 月 10 日金曜 ⑥ 10 月四日水曜 ⑦ 11 月 25 日火曜 ル、駅 北与野駅 0 ☆ ☆浦和区 北浦和駅 中山道 区 ⑥ー 2 ②ー 2 ☆南区 ☆⑥ー 1 南浦和駅 秋ケ瀬公 ☆ 彩湖 公園 ① -1 0 0 0 300 マイナス・ワン

5. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

合三丁目 研で分析官をしたあと、アメリカ留学してけるケ 1 スが多いんですよ」 の研修プログラムに参加して、帰国後に春日井が解説した。事件取材慣れしている⑥月四日水曜さいたま市南区南浦和 三丁目。死亡 1 名 現職に抜擢された。現場経験はほとんどない ようだ。「放火は、胸に鬱屈を抱えていて騒 同一丁目 けどね」 ぐ人たちを見てすっきりしたい人間がやる 「それで玲衣ちゃんと同い年なんて、現場で大概の場合はね。ひったくりも一日に何度も⑦月日火曜さいたま市南区曲本ニ丁 は疎まれそうだな、優秀であったとしても」犯行を重ねるケースが大半だが、こっちは経 目負傷 1 名 「その通りなんだけどね。わたしと一緒ね。済状態が直結している。より切実で希望額に あ、わたしは現場経験豊富だけど」 届くまでやるってこと。それが違いと言えば「犯行場所は沿線付近って感じね。でも タブレット端末のディスプレイに、さいた違いかな」 犯行間隔はランダムとしか思えない敦子、 ま市の地図が表示された。縮尺は二万分の一②①⑥の事件に関しては一日に二件、同一よくこんなの予想できたわね」 で、表示と同時にあちこちに赤い星印が浮か容疑者によると思われるひったくりが発生し土方もしつかりと見たのは今が初めてのよ び上がり、その脇に小さなウインドウが開いていた。七件合わせて被害者は十人。③と⑦うだ。 た。それぞれのウインドウには①から⑦の数に『負傷 1 名』の注釈。⑥には『死亡 1 名』春日井はノ 1 トを取り出し、開いた。細か 字と、住所と日時が記されていた く文字が書き込まれていた と太字で注釈されていた 「これが同一犯によるものとされた連続ひっ 「警察は慣れて回数が増えたと見ている」 たくり及び強盗致死事件の全て」 《さいたま市及び蕨市・川口市連続バイク強「人が死んでも、躊躇が感じられないね」 十月二十九日は、被害者の一人が死亡した 一件目 = ①は七月十五日。事件発生場所は盗事件》 さいたま市中央区新中里五丁目七件は浦和① 7 月朽日火曜さいたま市中央区新中里後も犯行を続けていた。土方が『死亡 1 名』 の部分をタップすると、被害者の情報がポッ 区を中心に分布していた。大半は、中央区と 五丁目。 南区で、一部が蕨市と川口市にまたがってい② 8 月日火曜さいたま市南区太田窪三プアップしてきた。 丁目 た。犯行は七月、八月と月に一回だったが、 多村戸紀子・四十ニ歳。住所・さいたま市南 九月は十日と十八日と、ほば二週続けて二 同ニ丁目 区南浦和三丁目 ? 番地。犯行時間は午後七時 ーで買い物をし、徒歩 回、十月は十日と二十九日の二回、そしてお③ 9 月日水曜蕨市北町四丁目 頃南浦和駅のスー よそ一カ月おいて、二十五日 川口市芝富士一丁目負での帰宅途中に被害に遭い、死亡。目撃者な 「一回一件じゃないんですね」 し。防犯カメラ映像 ><N 羽生は言った。報道されている限り、連続④ 9 月絽日木曜さいたま市南区白幡ニ直接の目撃者はなかったが、犯行時刻帯に 放火は一回一件だった。 丁目 バイクのエンジン音と女性の悲鳴を聞いた人 「連続放火も、容疑者が一晩で何軒も火をつ⑤月日金曜さいたま市中央区下落がいた、と春日井は説明した。 299 マイナス・ワン

6. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

け、奪おうとしたが、被害者の女性が抵抗、どう考えても青葉部長が許すとは思えないが」を書き込み始めた。 容疑者候補にギャンプルをやっている人 数秒のもみ合いで容疑者はバッグを奪うのをしかも、青葉部長に睨まれてク飛ばされ 物はいるか。 た者同士だ。 諦め、逃走した , ・ーー確かそんな内容だった。 「ク報クロクかみイプニングの特集でやる 2 もしギャンプルにはまっている容疑者候 「被害者に話は ? 」 補がいるのなら、犯行日時をギャンプ のが一番勝手がいいんだけど、制作一部が 「事件翌日の段階では、家族に断られた」 ルと関連づけているか。 「全国警察密着幻時』をやってるでしよ。あ 「それで引き下がったの ? 」 きたかみ れの報道側のに北上さんが噛んでるから、 3 ギャンプルの、たとえば馬券売リ場や車 「一応禊ぎ中だからな」 そっちのル 1 トでも、 しいかな。何かあったら券売リ場の防犯カメラの映像は解析し 行きすぎた取材で訴訟沙汰 あおば ているか。 北上さんに盾になってもらうかな」 「絶賛牙を抜かれ中なのね。青葉部長に」 「道義上、痛がってるふりをしないといけなク報クロ企画班デスクの北上ーー報道局の 4 2 、 3 を踏まえ、ニ十五日の犯行は想定 の範囲内だったか。 現場レベルでは、ある程度の影響力を持つ人 いしな」 ふり 誠実そうに見えるが、根本は龍田物だ。今さら土方の人脈には驚かないが、保性格に似合わず、繊細でバランスの取れた 身のために局の上司を巻き込もうとするとは美しい字だった。 と同種の気質のようだった。 「敦子が何を根拠にこの日時を割り出したの しかも丸め込むことを前提で 「ほかに目撃者を当たったのは ? 嘆息した羽生の脳内に、また瀬田の言葉がかわからないし、教えてくれなかったから、 土方は続けて聞く わたしなりに考えての質問。ひったくり犯も 蘇った。 「六件目の一一箇所」 「浦和支局に目撃証言のがあるのは、六件『土方は、実績を上げるためには手段を選ば含めた窃盗犯は、ギャンプルにはまってるヤ ツが多いんでしょ ? 原島さんにぶつけて反 ないなんでも使う。自分の体もな』 目と七件目だけなのね」 ゲスなことを考えているな 応を見て」 「に撮っていなくても、何件かはペン それが、土方の回答だった。だがそれが完土方は立ちあがると、千円札を二枚、春日 取材はしてある。悪いな、人手不足でね」 「別に責めてるわけじゃないから。人が死ん全な否定なのか、ゲスであってもあえてその井の前に置いた でいても、ロ 1 カルな事件なんてそんなもの方法をとっているのか、羽生にはわからない だし。羽生君」 「選べる立場じゃないかおれも。で、何をす力ーナビの表示で、タクシーが中山道から 田島通りに入ったことがわかった。ロ 1 カル 土方が羽生に視線を向けた。「今日は二十ればいし 五日の事件の被害者の取材と、十月二十九日「原島さんに会ってぶつけて欲しいネタがあな通りだが、通り沿いに武蔵浦和駅、新大宮 ハイバスとの交差点に西浦和駅があり、生活 の多村戸紀子が亡くなった件について探ろうるの」 土方はペンを取り出すと、春日井のノートの勝手が良さそうな住宅街が広がっていた か」 「ところでこれ、のあてはあるのか ? を自分の前に引き寄せ、新しいページに何か せた 302 マイナス・ワン

7. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

イクの音を聞いた女子大学生がいた。オート「エンジン音はどっちから来て、どっちに抜『短かったです。あ、とか、わ 1 とか』 けていったの ? ロックで、土方はエントランス脇のインター 「バイクはどっちに遠ざかっていったの ? 」 フォンで 2 0 8 を呼び出した。角部屋だっ『蕨のほうから近づいてきて : : : 』 『蕨駅のほうかな』 た。金曜の夕方に在宅している可能性は低い駅は東京方面から、蕨、南浦和、浦和と続同じ日の一一件目は、南浦和一丁目。南浦和 と思われたが、大学生はいた。 き、大宮に至る。『南浦和の駅のほうに行っ駅の先だった。次の現場とは反対方向だ。 度重なる取材攻勢に遭いうんざりしているて、いったん消えて、戻ってきて : : : 』 「あなたが聴いたバイクの音は、同じバイ ようで、土方の取材申し込みも頑なに断って「戻ってきて ? ク ? 」 きたが、女子大生の愚痴を聞くような形に話『少し間があって、悲鳴があって、遠ざかっ『同じバイクです。わたしも、バイク乗りな を誘導し、愚痴から事件の話へとさらに誘導ていくエンジン音がして』 んで』 した。無理に面会を求めず、共感を示し、さ「そのク間ッって、どのくらい ? 」 「ありがとう、助かりました」 り気なくインターフォン越しの取材を認めさ『スマホいじってたし、その時は何も気にし土方は話を切り上げ、羽生はカメラを止め せる手管は村井家の時といい、見事としか言ていなかったから、正確なことは言えないけた。土方は通りに出て、現場となった歩道付 えなかった。 ど、三分以上はなかったと思う』 近に立ち周囲を見渡す。羽生は機材を手早く 羽生はカメラを回し、土方がインタ 1 フォその静寂の中、多村戸紀子は犯人に抵抗力メラバッグにしまうと、土方の元に歩み寄 ンのスピーカーにマイクを近づける。話は脱し、最後の瞬間に悲鳴を上げたのかーーー襲わった。 線しがちで、土方もあえてその脱線に乗り、れた瞬間に声を上げれば、誰かが声を聞きつ「収穫はあったみたいですね」 断片的ではあったが、事件の状況がわかってけたかもしれない、抵抗しなければ死なすに羽生が言うと、あごを上げ、羽生を見上げ きた。 ーしくらた。 済んだかもしれない後から思えよ、、 その日女子大生は腹を下していて、トイレでも最悪の事態を免れる方法はあった。しか「適当にわたしと合わせてない ? どんな収 にいる時間が長かった。事件当時も、トイレし不意に犯罪に巻き込まれ、命に危険が迫る穫か言ってみて ? 」 にいたトイレはユニットバスで、小さな換中、一般のひとが最良の行動を取れるとは限ご機嫌取りのつもりだったが、瞬時に見透 気窓を開けていたという。女子大生は、まずらない。自分ならどうか、と羽生は思う。映かされた。 バイクのエンジン音を聞いた。気にも留めな像の無断使用という失態を犯したとき、何も「バイクの変な動き、かな」 かったが、しばらくして悲鳴が聞こえ、そのせす、何も考えることもせす、ただ受け身に「それはただの事実。警察も、たぶん春日井 後エンジン音が遠ざかっていった。エンジンなり、処分を待っていた。失態に対するフォさんも同じ情報を持っている。そこから導き 音は大型スク 1 ターだった。 ローなど、考慮の外だった。 出せる答えが、収穫というの。羽生君には何 報道されている内容と大差なかった。しか「悲鳴はどんな悲鳴だった ? たとえば助けが見えたの ? し、土方はそれで終わらなかった。 を求めるような長いものだったとか」 羽生は一瞬言葉に詰まったが、素直に自分 306 マイナス・ワン

8. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年7月号

「 : : : そう、敦子は新しく編入された刑事としで、子供はいない 1 トルほど県道を南下し、左の路地に折れた お出かけね。所属わかる ? : : ところにある比較的新しい一戸建てが村井家 : 盗犯係 ? な「現場は撮る ? 」 んで ? だった。土方は躊躇なく門扉を潜り、玄関の : それも探ってよじゃあよろしく「特にいらない」 既に浦和支局が撮影している。「被害者だインターフォンを押す。電子音がして数秒後 に『どちら様ですか』と年配と思われる女性 土方は、龍田との通話を切った。龍田も連けでいいー 続放火にかかり切りになっているわけではな曲本一一丁目の交差点でタクシーを降りた。の声がした。被害者は三十八歳だった。母親 、先日の歌舞伎町の黒人殺害事件のよう一戸建ての中に低層のマンションやアパ 1 トだろうか羽生は路地の反対側から、土方の に、日々起こるニュ 1 スの現場にも足を運んが建ち並ぶ、どこにでもある住宅街だ。見え背中を撮影する でいるはすだ。それでも携帯電話から漏れてる範囲でコンビニや商店はなく、夕方以降は『東都放送報道局の土方と言います。一一十五 人通りが途絶えることが予想できた。 日の事件について、お話をうかがえないでし くる龍田の声は、怪しい力が漲っていた。 自分もとりあえず出来ることはしなければ「じゃあ被害者宅に行こうかカメラ用意しようか』 ならない 羽生は土方のタブレット端末でて」 イヤフォン越しの土方の声は、普段の喋り よりピッチ、速さとも抑え気味だった。使い 東都放送Ⅱのニュース動画サイトを確認タクシーの中で既にバッテリーとメモリ 1 カ 1 ドをセットしてあった。羽生はカメラを分けているのだ。 し、目撃証言を頭に入れた。 バッグから出すと、イヤフォンをつけ、ワイ『申し訳ありませんが、取材は受けないこと 『襲われた女の人が抵抗してバッグをぎゅっ とっかんでそのまま転んで。犯人はそれでもャレスのハンドマイクを土方に手渡す にしているのです』 女性の口調には、明確な拒否感が表れてい バッグを取ろうとしたんだけど、女の人が放「声下さい さなくてね、諦めて行ってしまったのよ』 「チェック、聞こえる ? 奴隷さん』 目撃者は取り込み忘れた洗濯物を取り込も土方がマイクに向かって言った。羽生は手『お母様でしようか』と土方が確認すると うと、二階べランダの窓を開けたところ、事早く音声レベルを調節し、「です」と応『そうですが』と返答があった。 えた。 やはり娘がケガをして、実家から来ている 件を目撃したという タクシ 1 は武蔵浦和駅前を過ぎ、しばらく「じゃあ回して」 むらいたか 『娘さんのご様子は ? 』 して左折し住宅街に入った。被害者・村井孝「相手の許可をもらう前に ? 」 子の住居は南区曲本四丁目。現場近くのドラ「こういうのは勢い。少し離れた場所からで『そっとしておいていただけませんか』 ッグストアでパートをしていて、その帰りの いいから。欲しいのは映像より音声。やり取村井の母親は感情的にならず、冷静に応え た。手強そうだと羽生は思った。相手が感情 午後九時半頃、襲われたという。肩と頭部をりを録音するつもりで」 打撲し、頭部の精密検査のため二十六日夕方土方は言うと、一人で歩いて行く羽生は的ならば、土方も相手の感情を逆手に取り、 まで病院にいた。家族構成は夫との二人暮ら録画スイッチを入れ、背後を追った。二十メ何かしらの答えを引き出すだろう。春日井が 303 マイナス、ワン