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検索対象: ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号
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1. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

「そう。ポオの語るシェヘラザーデの千二夜目の物語は人類の に乗った謎の動物人間に遭遇する。そして彼らに気に入られ、 歴史の未来そのものだ。そして、対する王の役割は天変地異ー 世界中を知りたいという願いを叶えてもらうのだ。 テロル ーあるいは、恐怖神から王位を授けられている以上、王の気 シンバッドはかくして動物人間とともに旅に出掛ける。そこ で待ち受けているのは、少なくともポオの時代には真実と思わまぐれは神の領域、自然の産物なんだよそして技術は自然に よって大変な目に遭う」 れていたであろう自然現象や科学現象といった事象だだが、 ポオのテクストでは、千二夜目を語ることで、シェヘラザ 1 それが真実世界だと言われても、王の知る現実からはあまりに デは正典とはべつの不運に見舞われることになるのだ。 かけ離れて見えた。やがて、シンバッドはこの動物人間たちが 「二十一世紀に入り、人類は自らの技術に欺かれることを知っ 魔術師たちの国の出自だと知る。だが、その国では〈気まぐ テロル れ〉という不運によって、女性の美は背中のすぐ下の隆起にあた。今では誰もが科学技術という恐怖の前で等しく生贄となっ るとされたため、男たちは女たちの顔やその他の部位を間題とている。しかしテクストは二重構造にもなっていて、もう一つ の主題が見え隠れする」 しなくなり、美女と駱駝の区別もっかなくなった、とシェヘラ 「もう一つの主題 ? 」 ザーデは話す 「つまりーーー・ああ、まあ続きはまた今度に。とにかく、君の健 この最後のくだりにおいて、恐らく王はこれまで数々の美し い花嫁たちを、美の基準がおかしな国の者のように無差別に処闘を祈る。久々に声が聞けてよかった」 「待って、黒猫・ : ・ : 」 刑してきた自分にあてた皮肉と提えたものか、はたまたそこに かんしやく 電話は切れていた。 自身の過去の過ちを見たからか、突如癇癪を起こす 馬鹿。小さな声で言ってみた。心配してたのに。 そして、そんな王の、まさに〈気まぐれ〉がシェヘラザーデ ゆっくり話せるときに電話をくれたらよかったのに。 に不運をもたらす。ポオらしい皮肉の利いた一篇だ。 自分から電話をかければいいのかも知れないでも、あの日 「ポオは既存のテクストに新たな要素を加えて、科学と魔術の 近似性を解く種を知る者には科学だが、実在も種も知らぬ者以来、意識のしすぎで空回りしてしまった。一度空回りした心 にとっては魔術になる。そして、その果てしない魔術科学のは、うまくもとには戻らない あの夜、すぐそばに感じた黒猫の鼓動 物語に王が畏怖の念を抱く姿を通じて、永遠に続く科学技術の 吸う音。吐く音。 歴史に警鐘を鳴らしている」 それが世界の音だった。あの安らぎを、翌日に断ち切ったの 「ポオは壮大な魔術の物語を、科学の物語にすり替えたの は自分自身。それからは、ただ前だけを向き、ひた走った。 128

2. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

ハヤカワ・ポケット・ミステリの 10 0 番台から 3 0 0 わたしもポケミスに育てられた人間だ。新聞がタブロイ 番台を数十冊持っている図書館の廃棄本をもらい受けた ト判一枚になったのを知っている世代だから、活字には終 ものだが、 それも小さな漁師町の町立図書館の本だった。 始飢えていたそこへ縦長で小口の黄色い垢抜けたポケミ 時代でいえば昭和二十年代の終わりから三十年代にかけスが出てきたのだから、見かけだけで飛びついたとして当 ての本だ。食うことに必死で、だれもがやっとこさ生きて然だろう。現実から解き放たれ、東の間虚構の世界に浸ら せてくれるものとしてこれ以上のものはなかったのであ いたころの田舎の図書館にこのような本が備えつけられ、 る だれもが読み、ふつうにその感想を話し合っていたという ことなのだ。 それこそ手当たり次第何でも読んだ。そのうち好みのジ 江戸時代から貸本が普及していた日本ならではの現象だ ャンルができてくる贔屓の作家が生まれてくる。そうし ノ 1 ドボイルドだ ったかもしれないが、平和な時代になってどっと入ってきて最後に落ち着いたのが、わたしの場合、 ったとい、つことだ。 た外国のあたらしい小説は、、 しまからは想像できないほど スマートで、上質な文化と世間に受け止められていたので ただし生来のあまのじゃくで、偏見と思い込みの塊みた ある いな人間だったから、読書範囲はそれほどひろがらなかっ 〔作家論〕 北上次郎責任編集〈これが冒険・スパイ小説だ , ギャビン・ライアルに たどりつくまで 資料と研究・エッセイ 辰 夫 ( 作家 ) ギャピン・ライアル Gavin Lyall 1932 年、バーミンガム生まれ。空軍 パイロットを経て、「ちがった空で作家 テビュー。「深夜プラス 1 』などの一人 称による冒険小説の傑作を生みだした。 2003 年没。 022 特集北上次郎資任編集くこれが冒険・スパイ小説だい / 資料と研究・エッセイ

3. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

みられる 彼自身によるロラツ・バルト』からの題辞 また、以前取り上げたレーモン・クノーの最初の長篇小説『はま 読者は最後にまたいにの作品の題辞として選ばれた、『彼自身に ヾレ よるロラン・ むぎ』 ( 一九三三 ) における、ピエール・ル・グラン ( これはピョ 《下』 ( ごの小説の前年に刊行されたばかりだっ ートル大帝という意味の名前である ) とナルサンスとの対話を、こ こで引いてみよう 〈以下はすべ。′ の→登場人物の発言とみなされなければなら ( い当たる 「〔・ : 〕あと何日かはここにいますよある男を見張ってるん が意味してを ) をに でね」 この題辞。 こ、ほとんど真っ白な第一ページのあと 「へえ。小説家 ? 」 に、じつはさきはど紹 「いや。登場人物」〔拙訳〕 〈ドウ「はロを帽 ~ 第語チーじめた〉 という一文だけの、やはりほとんど真っ白なペ 1 ジがつづいている のだった。 同じ小説の結末で、主人公 ( いちおう ? ) であるエティエンヌ・ マルセル ( 一四世紀の英雄的パリ市長と同じ名前 ) 、サテュルナ この〈ドウマはロを開き、語りはじめた〉に類する文は、小説の なかで、ドウマやアムドが自分の物語を語りはじめるたびに登場すン・べロテル、シドニ 1 ・クロシュ ( 別名エトルリア女王ミス〔の ちミシズ〕・オーリニ ) が、彼らが住んでいる書物 ( つまり『はま る。小説の最終章を読んだ読者は、、 しま私が引用した冒頭の文とと もにその最終章が枠を形成し、その枠だけが小説世界のなかで実際むぎ』それ自体 ) について、以下のような会話を交わしている の世界としての物語階層であるという可能性を知る。主人とその少 年語り部との冒険全体が、ドウマ老人による長い引用あるいは作り 「それはあたしが発見したんじいよ」と女王が言った 話にすぎないらしいのだ。 「本に書いてあ 0 たのさ」多。 「本 0 て ? 」とさまよえるふたの元帥が訊くと、 転説法的意識。 「そりゃあ、これさ。いまみんながいるこの本、だれかがなに か言うたびにそれを繰り返すこの本、あたしらのあとを追っか この連載で数多くの作例を挙げてきた物語階層違犯 ( 転説法 ) の けて、あたしらのことを物語ってるこの本一あたしらの人生に 戦略は、存在論的パラドックスの意識に支えられている 押しつけられた本物の吸取紙のことさ」 たとえばポルへスの『伝奇集』に収録された「円環の廃墟」 ( 一 「ますます変な話だな」とサデルナンが言う。「時が経つに 九四〇 ) の主人公は、最後に〈おのれもまた幻にすぎないと、他者 がおのれを夢みているのだと悟った〉 ( 鼓直訳 ) 。、をのような意識 0 れ《〈なが生《出され本がすぐさまそ 0 ち 0 ち はまた、自分が虚構の人物であると自覚して〔る人物たちにも ゃな金釘流でそれを捉えるのらそ、ナいうものだ 0 てのも変 エピグラフ 217 幻談の骨法

4. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

働第五回 ・アガサ・ クリス一 1 賞己 直 選評 ※選評という性質上、作品の興趣に触れている 箇所もございます。ご了承ください。 もてる人だと感じた。 受賞作となった『うそっき、うそっき』はチャーミ ングな設定で、独自の世界観の中で遊ばせてもらっ サイレントキラー』は水準に達しているが、惜し いことにいま一つ踏み込んだ魅力が感じられなかっ た。ただ、あのような世界を構築する筆力には感心し た『ミセスと西瓜の謎』は入り組んだ物語が最後 まで飽きさせす、若い男女の人間関係も複雑に絡み合 面白く読んだ。『セイブ・ザ・クイーン』は趣向 昨夏に思いがけす腰椎圧迫骨折というアクシデント に見舞われ、長距離の移動が叶わす ( デブですいませ ~ が勝り、非常に不自然なわざとらしい世界観と思え 誠、残】た人によってはこういう作品が面白いのだろうが ん ) 、今回はやむなく書面での参加となった。ご一に 念なことであったが、 候補作を読み味わう幸せは十分残念ながら私の肌には合わなかった。 に味わうことができた。 以上、ざっと感想を述べてみたが、前述したように クリスティー賞の選考は昨年に続き二度目となる ~ それぞれに明確な世界観が出来上がっており、全体的 が、今回は全体的にハイレベルだったという印象が強 ~ に高水準で粒ぞろいであった。クリスティ 1 賞も五回 ヒ , たっ 目となり、やはりこうした企画は継続が大切なのだと 中でも私が最も推したのは『桜咲く頁こ』 た。物語の組み立て、文章の運び、新人らしからぬ筆 ~ しみじみ感じたことであった。他の選考委員の感想を 生で拝聴することができなかったのはかえすがえすも 致で安心して読み進むことができた。気象予報官とい う職業をより詳しく知ることができたこと、新しい知 ~ 残念であったが、候補作から発散されたミステリへの を得たのも楽しいことであった。今回惜しくも賞を ~ 情熱ははなはだ熱く、今後への期待を抱かせるに十分 なものであった。 逃したが、 このまま書き続けていけば、将来に期待が 6 ヘーシより SELICT COMENT Naomi Azuma ( 作家 ) 092 ミステリの話題

5. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

8 G G) K ポーランド発、 幻想と奇想に満ちた鉄道怪談集 V 圧Ⅵ く今月の書評 ) H M M BOOK REVIEW レビュー 風間賢ニ 同時に、鉄道旅行の表面的な合 ト・プロック「地獄行き列車」を 経てクライプ・ ーカー「ミッド理性、機械性、安全性に対する意 ナイト・ミートトレイン」まで連識下の不安に関する物語でもあ 綿と継承されている る。具体的には事故の大惨事。収 今回紹介するステファン・グラ録作のラストの大方が悲惨な衝突 ビンスキ『動きの悪魔』 ( 一九一や脱線で幕を閉じる。「事故のみ 九 ) は、幻想と奇想に満ちた鉄道が、時おり昔日の悪魔性を思い出 怪談集である。ポーランドの作家させてくれる。衝突の激突音、爆 グラビンスキは本邦では本書が初発する破裂音、重傷を負った人々 の本格的紹介となるが、十九世紀の叫び声、ようするに、文明化し 末に生まれ、主として一九一〇年た列車の時刻表には載っていない 代末から三〇年代前半にかけて執すべてである」 ( エルンスト・プ 筆活動を行なっている。詳細は訳ロッホ「希望の原理」 ) の世界 者あとがきを読んでいただくとし ちなみに訳者あとがきには、英 て、帯の惹句には「「ポーランド国のファンタジー作家チャイ のポー」、「ポ 1 ランドのラヴクナ・ミエヴィルの称賛の言葉が紹 世界で最初に鉄道が開設されての作家として知られるが、十九世ラフト」と異名をとる、ポーラン介されている。「他の作家と違っ から二世紀以上経つが、この近代紀フランス自然主義の旗頭エミ 1 ド随一の恐怖小説作家」とあるてグラビンスキは、列車や電気と 文明の申し子とでも称すべき陸上ル・ゾラ『獣人』も実は、その副が、二〇年代モダニズム文藝思潮 いったポーランドの新時代と工業 の輸送機関は、同じく近代社会の題に「愛と殺人の鉄道物語」とあの流れの中でとらえても非常に興化のシンポルそのものに不気味さ 落とし子たるミステリのお気に入るように鉄道サスペンスとして堪味深い作家だ と脅威をこめる。こ、つした日常が りの題材となってきた。本誌の読能できる作品た。 全十四話の短篇はいすれも鉄道不安定であるという意識が、伝統 者には例をあげるまでもないが ミステリだけではない。怪奇幻や蒸気機関車にまつわる怪異奇譚的な ( ノスタルジックな ) 恐怖小 アガサ・クリスティー『オリエン想の分野においても鉄道は格好の ( サイコ・サスペンスやもあ説の作家たちとは異なり、際立っ ト急行殺人事件』やパトリシア・驚異と戦慄の物語のモチーフとしる ) だが、発射体の威力を振るっている」そういえば、ミエヴィル ハイスミス『見知らぬ乗客』、あて取り上げられてきた。有名どこて自然を貫通して時間と空間の抹も〈・ハスラグ〉第三部ぎ るいはグレアム・グリ 1 ン『スタろでは、チャールズ・デイケンズ殺者たる蒸気機関車に対する賛歌 Co やスチ 1 ムパンク様式の Ra きといった鉄道ウィアード・ ンプール特急』といった具合に枚「信号手」やマルセル・シュオッである。つまり、運動とスピ 1 、未来派の文学だ。 挙に暇がないグリーンは純文学プ「〇八一号列車」からロハ フィクションを創作している ー動きの悪魔 . - ステンアン、 / ラビンスキ 文芸 / LL お諾第 『動きの悪魔』 (Demon Ruchu, 1919 ) ステファン・グラビンスキ 芝田文乃 [ 訳 ] 2 , 400 円 / 国書刊行会 復・新訳 イドウェイ」 206 HMM BOOK REV!EW

6. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

「お土産は ? 」 自分の頼るべき質感はーー一つしかない 「ないよそんなもの。 生死すらわからぬ昨日があったからこそ、強く思う。もう決 「あ、ひどい」 して離れまい目の前を歩く黒い背中から。たとえ、互いに想 「代わりにはならないか、パフェを食べに行こうカフェ・ゴ いを告げぬままであろうとも ドーのパフェが恋しくて仕方ない」 何より、黒猫と景色を眺めていると、不安が消えていくこ 「、つん : : : 行こうか」 の世界が、まだ捨てたものではない、そんな気分になるのだ。 黒猫が立ち上がり、歩き出す 彼はまた話を始める。黒猫の語る小難しい美学は、世界を自 その後ろを追いかける。以前のように。けれど、何故だろ在に舞う魔法の絨毯のようだ。 う。心のどこかに一抹の不安がよぎる どこまでも連れて行ってほしい。 いない間に育んでいたはすの感情は、どうなるのだろう ? ここはーーー魔法の絨毯の上。 まるで何もなかったみたいに、また以前のような淡くて、胸 見下ろせば、そこかしこに命を狙う危険な怪物たちのいる世 の高揚が静かに続く毎日が始まるのだろうか ? それも、 、。ナ・れど しいかも知れなし。 目を閉じて、そっと祈る 黒猫は歩きながら、こちらを見向きもせすに話す 死が二人を分かつまで、 「シェヘラザーデの寝物語が続くのも、終わるのも、単なる時 エキゾチックなユートピアがどこまでも続くよ、つに。 の運かも知れない。でも、そんな世界の気まぐれへの抗議のた めに自らの命を捧げるより、いっかの終わりを思いながら千一 夜、愛する人の手触りを慈しんだほうがいい その言葉は、唐突だった。そして、唐突なことに意味がある ようでもあった。 千一夜、愛する人の手触りを慈しむ。いつ、どちらかに死が 絨訪れるとも限らぬ今を生きているのだ。 小柴教授はわかっていたはすだ。だから大丈夫。自分がわか と 空 っていることを、もう一度その質感を頼りに確かめれば、二度 と今日のようなことは起こらない 界 137

7. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

Quality for You 確かなクオリティを、明日へ。世界へ。 0 M U F G 三菱東京 UFJ 銀行

8. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

/ 川一水氏、神林長平氏、小社編集部 九月三日 ( 木 ) 、早川書房に於いて、第 3 回ハヤカワコンテストの最終選考会が東浩紀氏、 長・塩澤の四名により行なわれ、協議の結果、小川哲氏の『ュートロニカのこちら側』が大賞、つかいまこと氏の『世界の涯ての夏』が 佳作に決定いたしました。選評は、マガジン二〇一五年十二月号 ( 十月二十四日発売 ) に掲載します。贈賞式は十一月十九日 ( 木 ) に行ないます。 本賞は、日本の振興を図る「ハヤカワ SF P 「 0 」 ec ( 」の一環として始めた新人賞です。中篇から長篇までを対象とし、長さにかかわら ずもっとも優れた作品に大賞を与えます。大賞受賞者には賞牌、副賞百万円が贈られ、受賞作は日本国内では小社より単行本及び電子 書籍で刊行するとともに、英語、中国語に翻訳し、世界へ向けた電子配信をいたします。さらに、趣旨に賛同する企業の協力を得て、映 画、ゲーム、アニメーションなど多角的なメディアミックス展開を目指します。 大賞『ュートロニカのこちら側』小川哲 受賞者紹介〕小川哲 ( おがわ・さとし ) 一九八六年生まれ。千葉県千葉市出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程ニ年在学中。東京都在住。 佳作『世界の涯ての夏』っかいまこと 受賞者紹介〕つかいまこと 一九六九年生まれ。大阪府大阪市出身。関西大学を経て現在会社員。兵庫県在住。 主催【 ( 株 ) 早川書房 ハヤカワコンテスト 最終選考結果発表

9. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

世界最高のハードボイルド・ミステリ誌 小鷹信光 ミステリマカンン KODAKA NOBUMITSU'S MYSTERY MAGAZINE 創刊号 November, 2015 小鷹さんについては、ふたつの意見があったのが印象的です。 ひとつは、「小鷹先生の世界って、パロテイから旅行記、ハメットまで、まるで迷宮の ように複雑で、そこが魅力ですよね」というもの。もうひとつは、小鷹さんとほば同年輩 の方なので、言い方が若干、ぶつきらばうだけど「小鷹はさ、なんだかんだいって、やっ てることの世界が狭いよ」という言い方。 そのどちらも当たっているのです。 後者は小鷹さんが徹底的に「アメリカ」をテーマに絞り込んだことを指しているのでし よう。なにしろ、小鷹さんの書架には英国のペンギンブックスの影さえありません ( 後ろ にはあるよ、とおっしやっておりますが ) 。 しかし、その「アメリカ」へのこだわりは単色ではありません。西部劇、ペイバーバッ クスのカバーの美女たち、ゴルフ、アメリカテレビ映画シリーズ、そしてアメリカの都市 と荒野、なによりもハメットをはじめとするクライム & ミステリ。そのどのひとつをとっ ても半端なこだわり方ではないのです。 どんなことを書いても感情に流されず、工ビテンスを追求し挙証責任を果たそうとする 執筆姿勢が、彼の文章を腐らせないのです。 30 年前、 40 年前の文章が今も瑞々しく読め るのは、そういうことだと思います。 ひとつでありながら多、多でありながらひとつ、という小鷹さんの宇宙。それを 3 回 にわたって編集できることの喜び。それを読者の皆さんと分かち合いたいと思います。 松坂健 C O N T E N T S 281 巻頭言・目次 282 く連載 / 第 4 回〉ペイバーバックを繰りながら小鷹信光一ニつのロングセラー秘話 288 くエッセイ〉同時代から見た小鷹信光片岡義男、山口剛、木村二郎 294 く対談〉鏡明 x 小鷹信光 300 く評論〉中島信也の時代新保博久 ほくの複葉機』解説〔再録〕小鷹信光 305 く My Favorite Back page 〉「 く小鷹信光ロング・インタヴュー / 第 1 回〉ペイバーバック・ライフの内幕聞き手・松坂健 310 316 編集後記小鷹信光ほか

10. ハヤカワ ミステリマガジン 2015年11月号

黒猫が挑むような眼差しを向けると、小柴教授が蒼ざめるの きやラインで表現することで同時に闇に葬ってしまった字宙と がわかった。 の交感を果たす粘り気のある質感でした。いわば、ゲル状の思 考そのものです」 ヘルシャ絨毯の質感とデザ 「そして、そこから逃れる唯一の方法があります」 「ゲル状の思考ーー・、、、まさにそれだ。。 「それはーー何かね ? 」 インの双方が為す秩序だった動きと、土方巽の暗黒舞踏とは、 まったく正反対のところから出発しながら、最終的には同じと 「跳躍です。この世から己の存在を跳躍させてしまえば、その ころへ到達しようとしている。私は土方の暗黒舞踏も評価して循環のパラダイムから逃れることができます。小柴教授、さき ほど勝手に研究室に入らせていただきました」 いる」 ゲル状の思考、という単語から、一気に対談が別の次元にシ フトしていくのを感じた。そこから、話は美の抽象思考に関す 小柴教授は静かに黒猫を睨みながら、用意されていたミネラ る話題へと移っていく二人の話題は、土方巽やベルシャ絨毯ルウォーターのペットボトルの蓋を開け、一口飲んだ。 黒猫は小柴教授の視線に動じることなく、言い放った。 の思想を絡めながらも、飽くまで現代に焦点を当てたものだっ 聴衆は皆、そのダイナミックな対談の展開をひたすら息を潜「絨毯は僕が回収しました。もう空を飛ぶことはできません めて見守っていた 対談も終盤に差し掛かった頃、黒猫はこう言った。 「ところでーーそういった、いわば土方的なかたちによる世界「 : : : 勝手なことをしてくれたね」 小柴教授は、ゆっくりと立ち上がるその瞳に、諦観を含ん の破壊とベルシャ絨毯的な秩序への回帰の狭間で、個人の愛の だ悲しみの色が見え隠れする 問題はど、つい、つ位置づけになるのでしよ、つつ・・ 何が起こっているのかわからない聴衆はざわめき始める 対談が一区切りつきそうな時に差しだされた唐突な質問に、 が、黒猫はそんなことには頓着しない 小柴教授は幾分戸惑ったようだった。 まるでここに小柴教授と自分以外は存在しないかのように、 「どういう意味かな ? 」 「世界は崩壊と再生を繰り返します。しかし、本物の愛に出会話を続ける ったとき、人はその唯一絶対の理論を受け入れられなくなるか 「〈空飛ぶ絨毯〉で空を舞う行為は、世界へのデモンストレー ションとして強烈なインパクトをもつでしよ、つ。しかし、それ も知れませんよね ? 132