「そんなことないわよ、俗っぽいなら、私の方がよっぽど俗よ。お金のことばっかり言っ てるんだから」 「ね、結婚してもしなくても、私も将来、容子の計画してる共同マンションに人れてくれ るわよね」 容子がお金を貯めている理由はそれだった。将来、気の合う友人たちが集まって、気候 がよくて海が見えて温泉も出る場所で、みんなが一緒に老後を過ごせる家を作りたいとい うのが、容子の夢なのである。 「人居金さえちゃんと払ってくれるならね。粧子、ちゃんと貯金してるんでしようね」 「まあ、そこそこにね。容子は貯まった ? 」 「もち、社内預金に郵便貯金に、外貨預金もね。いっかきっと理想にびったりの場 所を手に人れるわ」 「期待してるわ」 始それが夢物語とわかっていても、聞くたび嬉しくなる。粧子の気持ちの支えになってく れている。いっかはそこへ行けはいい。気の合う仲間たちが待っていてくれる。そう思う 危 だけで、未来に向かって安心して歩いてゆける気になるのだ。 まだ二十六歳なのに、と、どこからか笑う声が聞こえて来そうだ。 老後のことなんて早すぎる。ずっとずっと先のことじゃない。
かりやすいじゃない。男はその彼女をないがしろにしてる。それだけよ。なのにそれを愛 きれいごと 情なんて語麗事で片づけようとしてるだけよ」 粧子は頬が熱くなるのを感じた。 「彼の妻と張り合ってそれでどうなるの。容子は綺麗事なんて言うけど、やつばり肝心な のは愛情でしよう。そのほかのことなんてつまらないことじゃない。彼女との親しさの方 つな が妻より深いからこそ気が回らない、心が繋がってるから物質的なものは必要ないってい うこと、あるでしよう」 「でもその彼女、本当は自分も買って欲しいと思ってるんでしよう」 「でもそんなことを言ったら、自分の愛情が低俗になる気がして我慢してるの。我慢して るってことは、結局、妻と張り合ってるってことじゃない」 粧子は返事に詰まった。痛いところをつかれていた。と言うより、心臓に一撃をくらっ たという感じだった。容子が言葉を続ける。 「人間って不思議な生きものよ。お金をかけた相手ほど執着するの。私の会社の女の子の 中に、彼にものすごくお金を使わせる子がいるの。あれ買ってこれ買ってってもう大変。 周りはあんな女とは早く別れろって言ってるらしいんだけど、男はこう言うんだって。あ んなにお金をかけた女だからもったいなくて別れられないって。結局、結婚するらしいわ。
川さんのような″お姉さん〃になれていないことはハッキリとわかっていたりして。 精神的なものもそうですが、作家としての気持ちもそう。唯川さんがプロとして書き始 めた年齢というものを、私は無意識に、高校生作家として出発した自分が大人としての自 意識を持った作家にならねばならないポーダーライン、と定めてしまっていたようなので す。唯川さんの年齢までは甘えも許されるかもしれない、でも唯川さんの年齢を越えてし まったら・ーーーと。 さいな ところが実際には「こんなはずじゃなかった : : : 」の気持ちに苛まれる毎日だったりす るのですが。 あのころの唯川さんの年齢を軽くクリアしてしまった私は、今、あのころの唯川さんの ように″お姉さん〃の立場にいます。十代の少女を主に読者としているコ。ハルトからは、 今も十代の作家が続々と現れて来ている。私はその初代だったせいか、大概の″十代デビ ュー組〃の子と関わりを持って来ました。 私という存在は、彼女たちの目に、私があのころ唯川さんに憧れたように頼りになる年 解 上の女性と映っているのだろうか ? 作家としてもひとりの女性としてもひとりの人間と しても、私はきちんと年齢なりの成長を遂げて来られたのだろうか ? 、、ゝ 0
112 その一一一口葉に、粧子は胸をつかれていた。そうだ、自分も確かにそういうところがある。 期待しているのは自分の人生というより、自分の人生を引っ張って行ってくれるもうひ とつの人生。いい男さえ現われれば、結婚さえすれば、何もかもが丸く納まる。面倒なこ とも煩わしいことも、みんな解決される。何て受け身の考え方なのだろう。 「子は水割りのグ一フ = をカラカラと回した。 「ても、こういうこと言うと、私のことかわいそうって思う人も多いのよね。愛情っても のを知らないんだって。でも愛情って男と女の間だけに存在するものじゃないでしよう。 そそ 動物と人間の間にもあるし、時には物にすごい愛情を注ぐ場合もあるじゃない。それと同 じ。私は今、お金に愛を注いでるの。お金って、電話をかけて来ないってイ一フィラするこ ともないし、別の女の子に浮気したりもしないし、なかなか誠実な。ハートナーよ」 うらや 正しいとか間違ってるとかじゃなく、できるかできないかでもなく、粧子は容子を羨ま しく思っていた。それは容子の人生を、というのではなく、すでに自身で選んでいるとい うことに対してだ。 粧子はまだ何も決められない。恋愛もしたい。結婚もしたい。仕事もしたい。子供も欲 しい。将来の安定も得たい。孤独な老後なんてイヤ。そのすべては、自分で手に人れよう としているのではなく、そういった状況が向こうからやって来るのを待っている。つまり、 自分ひとりでは少しも前に進めないのだ。