答え - みる会図書館


検索対象: 小説トリッパー 2013年冬季号
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1. 小説トリッパー 2013年冬季号

氷川は、思わす苦笑した。 一部始終を見つめていた氷川は、病院を後にしながら、その さっきからずっと、ビルの周りの舗道を何度も回っている。 言葉を何度も脳裏に蘇らせた。 尾行点検を繰り返しているのだ。 どうして撃たれたのか ? 犯人は誰なのか ? まだまだこいつは現役なのか ? 女の関係者が病院へやってくると踏んで、しばらく張り込み それは、外事警察にとっては深刻なテーマとなるだろうが、 を続けていたのだが、 それらしい者は誰も姿を見せることはな 自分にはどうでもよかった。 かった。 〈緑茶〉には二つも、三つも裏があると知っていたからだ。 だが、ある疑念が、はっきりと体の奥で立ち上がるのを氷川 それを分かっていながら、〈緑茶〉とこうして接線を持とうと は知った。 しているのは、真実の答えを導き出すボタンの押し方を自分は 女が監視されていたのではなく、自分が監視されていたので知っていると自信があったからだ。 はないか ? 〈緑茶〉は、五度目の一周を終えてからやっと、喫茶室「ルノ いや考えられない、と氷川は思った。 ア 1 ルーの中へ足を踏み入れた。 自分の視線内で、もしそんな野郎がいたら、絶対に気づかな 氷川は、五分の遅れで姿を見せた。 いはすはないからだ。 この男は、すこし苛立たせた方が本音を引き出しやすい では、なせ、女は撃たれたのか ? 氷川の想像どおり、その表情には険しいものがあった。 監視されていて、最後に撃たれたのか ? 「で、ご用件とは ? 」 ホテルで女が殺された事件と関係があるのか ? 〈緑茶〉が硬い言葉で訊いた 『張』と関係があるのか ? 氷川はそれに答える代わりに、バッグから取りだしたタブレッ その答えを導き出せない以上、さっきの疑念も答えは出ない、 ト型のスマ 1 トフォンを、〈緑茶〉の目の前に置いた。 とも思った。 「知っていればー」 氷川は、疑念を必死に振り払った。今は、邪魔でしかないの タブレットを両手に持ち、しばらく遠目や近目にしたりした 「ええ。ですから、もう一度手術をする必要があるんです」 「では、その後こ、ー 。リき取りに参ります べッドサイドモニタ 1 のアラート音が里美の背後で聞こえた。 里美が振り向いた時、青ざめた吉村が立っていた。 だから。頭を切り換えた。 そして、いつもそうだが、これから行う協力者との接線に気 持を整えた。 241 背面捜査

2. 小説トリッパー 2013年冬季号

「そんな話はいい。本物はどこにある ? 「どこにあると ? 答えは簡単です。ありません」 氷川はさらに続けた。 「ところで、なぜ今、この話を ? 今日、私の机を探ったのも あなたの指示ですか ? 」 だが岡村はそれには答えず、 「なぜ嘘をつく ? 」 「嘘 ? 「メインデ 1 タベ 1 スには多少のデ 1 タがあるようだが、肝心 仙台駅の新幹線ホ 1 ムに降り立った氷川は、ぶるっと体 なものが少ない か震えた。 岡村が追及するような口調で訊いた まだ十月と言えども、東京との温度差を感じたのだ。 「とにかく、なせなんです ? なぜ私はここに呼ばれたんです ? これから数年ぶりに会う、あの男との接線に武者震いしたの 氷川は不満をぶちまけた。 かもしれないと思った。 「この協力者についてのすべてを話せ」岡村が無表情で続ける。 「頭の中にあるのなら、そのすべてをだ」 いや、と氷川は思い直した。 「忘れました」 昨日、警察庁の「指導ーの岡村が、なぜこれから接触する相 手のことを口にしたのか。偶然なのだろうか。それが不気味な 氷川は即答した。 「忘れた ? のだ。駅からタクシ 1 に乗った氷川は、そこから数分のウエス 「しよせん、アドホックです。もう運営していません」 ティンホテル仙台へとまっすぐ向かった。 フロントでチェックインの手続をし、再びエレベ 1 タに乗っ 「記憶にはあるはずだ」 て、二十八階にあるツインル 1 ムに入ってから三十秒後にドア 「何しろ、時間がたちすぎました。記憶も薄れています [ にノックかあった。 「緊急連絡方法は覚えているはずだ」 「いえ、それもまた忘却の 氷川は満面の笑みで握手を交わした。 「では 五年前、警察庁警備局の本室は、 0*<< と共同作戦のもと、 岡村が遮った。「通常の連絡方法は ? 」 「ですので、さっきから申し上げているとおり、思い出そうと パリで、本部への派遣職員に偽変していた、中国情報背 必死になっているのですが、それもまた記憶がないんです。し機関幹部の獲得、運営に成功した。 かも書類は処分しました」 「処分 ? 勝手に国家の文書をか ! 」 「ええ、協力者の身の安全を優先しましたので」 「お前は国を裏切ったのも同然だ」 ここにいる意味はない 「いい加減にしてください ! 氷川はそう言って立ち上がると、そのままドアを開けて飛び 出した。

3. 小説トリッパー 2013年冬季号

「相野さん、どうう ? 「どうって ? 「久樹さん、みんなといっしょにやれると思う ? 」 意外な問い掛けだった。 あたしはてつきり、「おれ、久樹さんに追い付けるかな」 なんて類の弱音つほい問い返しがくると、予測していたのに。 「菰池くん、心配してんの」 「ちょっとね : ・・ : 」 菰池くんは目を伏せ、プチトマトを箸でつまみ上げた。 あたしたちは、その日の一週間前に、初めて吹奏楽部の 部室ー音楽室とその隣の空き教室を使っているーに足 を向けた。イ。 也こも十人ちかくの見学者がいた。男の子も菰 池くんを入れて三人いた。みんな、あたしのよく知らない 人たちだった。もっとも、この学校でよく知っている人な んて、ほとんどいないのだけれど。 かおん 教室の前にはフル 1 トの君こと、藤原香音さんが立って いた。空き教室はがらんと広く、窓には黄ばんで染みだら けのカ 1 テンがかかっている。そのカ 1 テンが時折、風に 膨らむ。三階にある教室には、風がよく通った。 藤原さんを囲むように、部員たちが楽器を持ってパイプ イスに座っている。当たり前だけど、みんな姿勢がいい たと 背筋が真っ直ぐに伸びている。弛緩していない。変な喩え だけれど、よく訓練された武芸者の一団を連想してしまう。 合図一つで自在に動ける、みたいな空気があるのだ。 お、かっこいいな あたしは胸の中で呟いた。 前に立っ藤原さんのきりつと引き締まった雰囲気もすて きだ。武芸者集団を率いる若き女頭領といったところだ ( 誰 にも言えないけど、あたし、このごろ時代劇や時代小説に はまっている。何か、ファンタスティックで好きなんだ ) 。 「ウォームアップ・チューニング、みんな、済ませたよね」 女頭領、いや、藤原さんが部員たちを見回す。「うっす」 「はいー「完了」。さまざまな答えが返ってくる。中には高々 と手を上げてサインを作る人もいた。 いろんな人がいる 黒髪に眼鏡、夏服のシャツのボタンをきっちり止めてい るいかにも真面目なタイプも、明るい栗色に髪を染めて制 服をぎりぎりまで着崩している部員も、その中間あたりの プチおしゃれな人もいる。最初一糸乱れぬ武芸者集団とも 見えたのに、じっくり目を凝らすとそれぞれ個性的だ。 「おもしろいね」 つぶや あたしの呟きに菰池くんと久樹さんが同時に反応した。 「なにが ? 」 前号まで あいのみゆ この春、相野美由は桜蘭学園高校に入学した。中学時代の部活 でフルートに苦い思い出があったが、親しくなった同級の菰池咲 哉や久樹友里香と共に、高校で再び吹奏楽部に入部すると決める。 197 アレグロ・ラガッツア

4. 小説トリッパー 2013年冬季号

は関わるなって教えていたのさ」 ゴミの日に出してしまいたくなる。 「 : : : あれは何とも乙女の胸を狂おしくさせる悲恋ものです ! 「まあいいや。話を『人魚姫』に戻すと、だ。あれには語られ へんな解釈は許しませんよ。大体、夢センセだって認めている てはいないがよく考えればおかしな部分がある」 から『彼女』のなかでモチ 1 フの一つに出しているわけでしょ ? 」 「え ? そうですか ? どこだろ、つ : : : 」 「べつに。そもそもこの業界の人って、みんな小説が好き過ぎ 「どう考えても溺れた王子を助けた張本人以上にその女らしい るんだよ 女が、突如どこかの姫として都合よく現れたなんてあり得ると 「は : : はい ? 」 思、つか ? 」 かす 小説を商売の種にしている人間が小説を好きでなくて何とす そう言えばーその部分には小さい頃に微かな違和感を覚え る。 た記憶があった。 「小説が好きなほどいい小説が書けるってんなら、俺はもっと 「無理がある。だろ ? 月子」 早くにデピュ 1 できてたはずだ」 「よ、呼び捨てですか」 何たる言い草。これはいくら今二人きりでも許しがたい発言。 「ツッキ 1 」 こんなことをもしもよそで言われたら一大事である。 「それ、昔よく言われました」 「あの、お言葉ですがーたしかに夢センセの『彼女』は素晴「たとえば、ツッキ 1 に一目惚れした男が現れる」 らしいかもしれません。しかし、先生の小説より素晴らしい 「わ、私に ? 」 説はこの世にごまんと : 「喩え話で照れるな」 「あるだろうよ。読み手はせいぜいそういったものを発掘して 「むつ : ありがたがってればいいさ。でも書き手がそれをありがたがっ 「そのツッキーをすっと捜し求めていた奴が君に再会する。と てどうするの ? 線路作ってるんじゃないんだよ。そんなこと ころが君はしゃべれない。真実を口にできない。相手は君を見 して何になる」 て『ツッキーにめっちゃ似てる』と言う。ところが、しばらく 「ジャンル作家というのは職人のようであるべきだと思いますして君に『運命のツッキ 1 が隣の国にいたんだよ』と言い残し よ、私は。過去の名作をきっちり読み込んで、その流れに沿っ てべつの女と結婚したら、どう思う ? 」 たうえで新しいものをー」 「 : : : 殴りますかね」 「だからさ、そういう腐った思考回路の奴が多いからクソ作品 その喩え話はー妙に私の胸をえぐった。だが夢センセはそ ばっかりになっちゃ、つんでしょ ? んなことにはおかまいなしに続ける。 ダメだ、らちが明かない。この男のロにガムテープを貼って 「要するに、似てもいない女をそのものだと思い込んだのは、 たと 森晶麿 60

5. 小説トリッパー 2013年冬季号

や菰池くんのため息より、ずっと長くて重い 「でも、久樹さん、迷ってたじゃん」 あたしは半歩、久樹さんに近づいた。 「すごい迷ってたでしよう」 「・・・・・・うん。もちろん、ティンパニ、やりたいけど・・・・ : で も、他の楽器もやれるんじゃないかって : : : 、打楽器じゃ ないものをやってみてもいいんじゃないかって : : : 考えて た」 「だよね。だったら、もうちょっと待ってもらいたかった の、わかるよ。迷っているときに答えを突きつけられたら、 、こ迷っちゃ、つときもある。 安心するときもあるけど、余計。、 混乱しちゃってどうしていいかわかんなくなるときもある し : 、あたし、久樹さんのことあんまり知らないけど、 久樹さんのドラムがものすごくかっこよかったぐらいは、 わかる。ドラムが好きじゃなくちゃ、あんな演奏、できな いよね。でも、それはずっと昔の久樹さんで、今の久樹さ んは、いろんなこと考えてるんでしよ」 あたしたちは高校生で、まだ大人じゃないけれど、もう 子どもでもいられない。そんな年齢だ。だから、いろんな ことを考える。 現実一辺倒でない、百パ 1 セント夢物語じゃない、あた したちの物語を創り出そうと足掻いている。 ちびっ子のとき天才ドラマ 1 だったとしても、十六の今、 何に惹かれているかなんて、本人以外にはわからない。う うん、本人だってわからない 久樹さんはわからない自分に、真っ直ぐに向かい合おう としているのだ。とても不器用に、愚直に。 「久樹さん」 あご 久樹さんが顎を上げる。 「いっしょに、吹奏楽、やろうね」 暫くの間があって、久樹さんは「もちろん」と答えてく れた 首筋に視線を感じた。 振り向き、視線を追う。 階段の手すりから菰池くんが上半身を乗り出していた。 「危ないよー あたしは本気で忠告した。 「止めなよ。落っこちたらどうすんの」 「だから、何で、おれだけ仲間外れなんだよ」 菰池くんが唇を突き出す。 もう、ほんとに寂しがり屋なんだから。 あたしは笑い、 菰池くんに手招きをする。菰池くんは、 表情を緩めながら、階段を下りてきた。 窓から、青葉の匂いの染みた風が吹き込んできた。 ガ 食べるのかと思ったのに、菰池くんはプチトマトを弁当グ レ ア 箱に戻し、蓋を閉めた。 「食べないのー

6. 小説トリッパー 2013年冬季号

テンポ 10 4 。アンプシュアの練習。その後、半音階の 練習に移るのだろう。 「ねえ」 今度は久樹さんがあたしの脇腹を突いてきた。 「なに ? 痛いんだけど」 久樹さんがわたしの耳元に唇をよせる。それでも聞き取 り辛いほど、ひくい声だ 「ドって、やつばりずんぐりしてんのかな」 「は ? 「音階のド。ずんぐりしたイメージない ? 」 ドのイメ 1 ジ : あたしは久樹さんを見詰め、ゆっくり息を整えた。 「あたし的にはすんぐりしてない。どっちかと言うと、 さな子どもって感じがする。三歳ぐらいの男の子」 「かなり具体的だね。じゃあ、レは」 「白い狐」 久樹さんの両眼が瞬く。きれいな黒い眸がちょっとだけ 揺れた。 「白い狐なんだ」 「うん」 「どうして」 どうしてだろう。でもレの音は、草原を走る狐を連想さ せる。きらきら輝く真っ白な毛の狐だ。 「じゃあさ、ミは狸 ? ひとみ 小 久樹さんが真顔で問うてくる。 「まさか。ミはクロ 1 1 の葉っぱかな。柔らかくて緑の 匂いがちょっと、きつい クロ 1 「へえ、クロー バ 1 かあ。相野さんって : ・ 「え ? なに、なんて言った ? 久樹さんに身を寄せる。いい香りがした。フレグランス の甘ったるい匂いじゃなくて、もっとすっきりした香りだ。 久樹さん、どんな石鹸を使っているんだろう。 「ちゃんと、音のイメージができるんだ。すごいね」 真っ直ぐな褒め言葉だった。 すごいね。 頬が火照る。きっと、紅く染まっているだろう。 「すごくなんか、ないよ。勝手に想像してるだけだものー 「フツーは勝手に想像できないんじゃない。ね、菰池くん」 「は ? な、なんだよ ? 」 菰池くんは少し慌てている。 教室の壁に背中を押しつけるようにして、久樹さん、あ たし、菰池くんの順で並んでいるのだが、菰池くんと久樹 さんはほとんど言葉を交わそうとしない。あたしを挟んで いるせいじゃないと思う。菰池くんは久樹さんに遠慮して るみたいだし、久樹さんは菰池くん ( 以外の他人とも ) と、 話をする気はさらさらないようだった。 その久樹さんに不意に話しかけられて、菰池くん、驚い て慌ててちょっぴり身構えている。 あさのあっこ 200

7. 小説トリッパー 2013年冬季号

「自分がどんな風な演奏をしたいか。そういうことじゃな 愛沙はこともなげに答えた。 「一つの音を出すたびに、舞台でこの音を演奏している自 分を想像するの。ライトが当たって、みんなと息がびった り合って、たくさんの音なのにたった一つの音になる。そ んなイメ 1 ジだよ」 あたしは、そうかとうなずいたけれど、何一つわかって いなかった。ロングトーンは毎日のように練習した。でも、 あたしは、ただ単に音を長く引っ張っているだけだ。いく らフルートを吹いても、舞台にいる自分の姿は浮かんでこ なかった。 あああ、思い出しちゃった。まだ、忘れてなかったんだ。 やつばり、こなきやよかったかな。 教室の隅に立ち、あたしはもう後悔している。 馬鹿みたいだ。というか、馬鹿だ、完全に。 ず いつまで引き摺ってんだろう。 高校生になって、菰池くんや久樹さんに出会った。この 二人、どう言っていいかよくわからないんだけど、ともか くとてもおもしろい。おもしろい ? 、つん、おもしろい あ、もしかしたら突拍子もないなんて表現が、わりにびつ たりくるかも。そうだ、そうだ、菰池くんも久樹さんも突 拍子もない人たちだ。何を言うか。何をしでかすか、予測 できない。周りと上手くやっていこうとか、適当に調子を 合わせておこうとか、あんまり考えないし、考えようとも していない ( みたいに感じられる ) 。 それは、一一人が人目を引くほどの美男美女だから : : : で はないはずだ。二人とも自分たちの容姿に、ほとんど興味 がないようだもの。きっと性格なんだろう。良い性格だと はお世辞にも言えないけれど、魅力的ではある。あたしが 今まで知らなかった魅力だ。 この二人となら、楽しい この二人となら、いっしょに吹奏楽がやれる。 あたしはそう思い、吹奏楽部への入部を決めた。でも、 それって、中学のときと同じなのかな。 おうらん テンポがに変わる。桜蘭学園吹奏楽部の基礎練習は、 教則本 3 のリップスラ 1 三番に入っていた。 あかね 朱音ちゃんに憧れて、愛沙といるのが楽しくて、吹奏楽 部とフルートを選んだ。自分が好きかどうかじゃなくて、 楽しい時間を過ごせるかどうかに拘った。 だから愛沙と擦れ違って、目も合わせられないまま別れ てしまった。同じこと、繰り返さない ? 繰り返さないっ て断言できる ? あたし、変わってないのかな。 あたしは自問する。 美由、あんた本当に吹奏楽がやりたいの。菰池くんと、 久樹さんといっしょにいたいだけなんじゃないの。 答えが返せない。 こだわ 199 アレグロ・ラガッツア

8. 小説トリッパー 2013年冬季号

子はかなりャパいことになってんだよ』 『えつ、でも、ショ 1 キの : : : の毒って、なんか、ある一 定以下の濃度だと、遺伝子に影響があるともないともいえ ないんじゃなかったつけ ? 』 『だから、都会の子は「洗脳」されてるっていわれんだよ。 それって、「シキイ値ーとかなんとかいうやつでしょ ? 少 しぐらいのショ 1 キの毒は健康にいいとかいう学者がいるつ ていうやつでしよ。みんな嘘なんだよ。政府が学者にそう いわせてるわけ。きみもさ、そんなテレピとかばかり見て ないで、ネットとか見なよ : : : っていっても、ネットもい まやビッグプレインとかピッグデータとかそういうものが 情報を一切握ってるとか握ってないとかいわれてて、なに がホントだか、わかんないものね。ああ、でも、ばくがい いたいのはそういうことじゃなくて、うちの学校にショ 1 ガイの子が多い理由ね。だから、ショ 1 キの毒に冒される : いろ と : : : 詳しい説明はうちらの知能じや無理だけど : んなショーガイが起こったりするんだよ』 『へえ、でも、そういう子って、あまり見ないけど』 ショ 『だから、都会の子は、なにも知らないんだよー ガイのある子は、みんな隠されてるわけ。みんな施設に放 りこまれるわけ。だいたい、いまどきの親って、出生前診 断してるし、それでショ 1 ガイの可能性があるってわかる と、中絶しちゃうんだよ ! 可能性があるってだけでだせー ひどくね ! 』 『あたしに怒んないでよ』 「ごめんごめん。なんか、この問題になると、ぼく、興奮郎 源 しちゃうんだよね。それで、うちの国、だから「風の国ー 高 はちがうんだよ』 『なにが ? 』 『やり方、つ 1 か、考え方が。自然がいい、っていうんだ。 なんでもナチュラルが』 『それって、ロハスとか、そんなやっ ? 』 『ぜんぜんわかってないね。「ロハス」って、都会の連中が 考えてる「自然」の暮らしなんだよ。空気のいい田舎に住 んで、朝は、鳥の声に起こされて、外を見ると、静かに畑 が広がってる、とか。ぜんぶ、嘘だから。そもそも世界中、 空気は汚染されてて、いちばん空気がいいのは、最高の空 調システムのあるトルメキアの国防省の真ん中のコンピュ 1 タ 1 ル 1 ムなんだから。鳥の声って、うるさいんだから。 畑の傍なんかに住んでみなよ、農繁期になったら、すっと 騒音なんだから。おれッ家なんか、麦畑の隣 : : : ほら、シュ ナって人が、どっかから密輸入したやつね : : : だから、う るさいんだよ。ャックルとかが食べに降りて来るから、電 流を流した鉄条網を張ってるから、しよっちゅう、ヤック ルがひっかかるわけ。その度に、グギャッ ! グワワッツー ゲへ工工工工 ! ってャックルの悲鳴が聞こえてくるから、 勉強になんない ! んもう ! それが「ロハスーです ! 』 『ねえ、なんか、あたしのこと怒ってるの ? 』

9. 小説トリッパー 2013年冬季号

氷川は無言のまま力強く頷いた。 これまでの十年間、その現実と何度ぶつかったか。 「日本国内に配置された、外交官の身分を持たない、機関員、 歳月を費やし、体を壊して、やっと手が出せそうなところに つまり日本にとってはイリ 1 ガルな機関員。そのグル 1 プとの入ったとき、目の前に現れたのよ、、 ( しつも『張』の〃手下〃だっ 連絡役、それがその男だ、と記憶しています . 「イリーガル ? 中国民航の東京支店職員などに偽変した ? 『張』は、″手下〃の背後にどっぷりと開いた、霧のトンネルの 氷川が急いで訊いた。 中へ消えていったのだ。 〈緑茶〉は大きく頭を振った。 氷川が、その男の顔を見るのは、二度目だった。 せんかく 「それは古いやり方。現在は違う。特に、尖閣の問題、それが、 ホテルでの事件の直後、協力者であるホテル従業員から非 ひどくなった直後、配置された 公式に提供を受けた、防犯カメラの映像が焼かれたー。 「配置 ? つまり、日本国内に新たに、しかも秘密に、組織的 そこには、事件の一時間ほど前、ホテルの裏側に停めてあっ なものがなにかできたと ? た、在日中国大使館所有の外交官ナンバー車を、ホテルの業者 氷川の質問に、・〈緑茶〉は「そうですーとだけ短く答えた。 専用出入り口の天井に設置された防犯カメラが捉えていた。運 「尖閣の後、というと、軍事的なことと、なにか繋がりが ? 転席でハンドルを握っていたのが、この〃写真の男 % そして後 「日本にある、アメリカ軍や自衛隊の基地、彼らは興味を持っ部座席にチラッとだけ見えるのが『張』だと氷川は発見したの ているようです」 〈緑茶〉は囁き声で語った。 一見、どこにでもいるサラリーマン風の男。しかし、氷川は、 「で、この男の役目は ? 」 全身を緊張させている男から、同じ臭いを感じ取っていて、記 氷川が答えを期待し訊いた。 憶の中に留めていたのだ。 「連絡役のようです。私の考えー」 「この男の住所を教えて欲しい 「『チャン』との ? 」 氷川は、〈緑茶〉の目を覗き込んで言った。 さえぎ 氷川は、〈緑茶〉の言葉を遮って訊いた。 「私は知らないー 氷川は考えを巡らせた。 〈緑茶〉は即答した。 写真のその男は、つまり、『張』の手下、ということなのか ? 「名前は ? 」 氷川は吐き気がした。 氷川が訊いた またしてもだ。 〈緑茶〉は大きく首を左右に振った。 つぐ その言葉が、脳裏で乱舞した。 何かを言いかけて氷川はロを噤んだ。 ぎへん ミ」 0 243 背面捜査

10. 小説トリッパー 2013年冬季号

源太郎は膝を乗り出した。出雲は突き放すような厳しい視線 を向けながら、 十六 「それで、藩領を出よ、と申したなら、小宮は何と言ったのだ」 と訊いた 源太郎は城に戻り、小宮たちを説得したことを報告するつも「小宮様は城下を騒がすのは本意ではない、藩領を出ると仰せ りだった。しかし、黒書院に通された源太郎の前に出雲はなか になられました」 なか出てこようとしなかった。 「ほう、そうか」 ( このままでは、小宮様たちとの間で取り返しがっかない事態 出雲はあっさりうなすくと、それでは小宮たちは脱藩をいた になる ) すというのだな、とつぶやいた。源太郎は蒼白になった。 懸念した源太郎が小姓を通じて、出雲に面会を願い出たのは、 「何と仰せになられますか。小宮様は藩内の争いを避けるため、 一刻が過ぎてからのことだ。 ご家老の勧めに従って、藩領を出られるのです。脱藩などでは すでにタ刻になっていた。出雲は迷惑そうに顔をしかめて、 ございません」 源太郎が待っ控えの間に現れると白い扇子を使いながら、 「それで、小宮たちは藩領を出てどうするのだ」 「菅、何事じゃ。わしは御用で忙しいのだぞ」 「御家のご親戚筋を頼られ、殿へのお取りなしを頼まれてはい とつめたく言った。源太郎はぎよっとした。小宮たちのもと カカか、とそれがしは申し上げました。おそらく、さよ、つにさ へは、出雲の命によって行ったはずだ。 れるのではないかと存じます」 「恐れながら、それがし、ご家老様の命により小宮様に藩領を 源太郎は言葉を選びつつ言った。しかし、出雲の答えは無慈 出るよう、うながしに参ってございます」 悲なものだった。 源太郎は額に汗を浮かべて言った。出雲は怪訝そうな顔をし 「ご親戚筋に訴え出て、殿の政に口を挟ませようとは、謀反と もいうべき慮外な振舞いではないか。そのような狙いで藩領を 「知らんな。どういうことだ」 出るなら、まさに脱藩と申さねばならぬ。討手を出すほかない 「伊勢勘十郎殿より、ご家老の命を伝えられ、小宮様のお屋敷な」 にうかがって、先ほど城に戻ったのでございますー 源太郎は出雲にとりすがらんばかりにして訴えた。しかし、 懸命に訴える源太郎の顔から出雲は目をそむけた。 出雲は立ち上がると、 「知らんな。伊勢め、何を勘違いいたしたものであろうか」 「お主は自らがしたことがわかっておらぬようだな。小宮たち 「そ、そのような」 に脱藩とご親戚筋に訴え出ることを勧めたのだぞ。いわば、 けげん 103 風花帖