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検索対象: 思考の整理学
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1. 思考の整理学

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2. 思考の整理学

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3. 思考の整理学

てしまう。知的、知的と言っていれば、翔んでいるように錯覚する。 われわれは、花を見て、枝葉を見ない。かりに枝葉は見ても、幹には目を向けない。まし て根のことは考えようともしない。 とかく花という結果のみに目をうばわれて、根幹に思い 及ばない。 聞くところによると、植物は地上に見えている部分と地下にかくれた根とは形もほ・ほ同形 でシンメトリ ーをなしているという。花が咲くのも地下の大きな組織があるからこそだ。 知識も人間という木の咲かせた花である。美しいからといって花だけを切ってきて、花瓶 にさしておいても、すぐ散ってしまう。花が自分のものになったのでないことはこれひとっ 見てもわかる。 明治以来、日本の知識人は欧米で咲いた花をせっせととり入れてきた。中には根まわしを して、根ごと移そうとした試みもないではなかったが、多くは花の咲いている枝を切っても ってきたにすぎない。 これではこちらで同じ花を咲かせることは難しい。翻訳文化が不毛で あると言われなくてはならなかったわけである。 根のことを考えるべきだった。それを怠っては自前の花を咲かすことは不可能である。も っとも、これまでは、切り花をもってきた方が便利だったのかもしれない。それなら、グラ イダー人間の方が重宝である。命じられるままについて行きさえすれば知識人になれた。へ たに自発力があるのは厄介である。

4. 思考の整理学

178 本に書いてない知識というものがある。ただ、すこし教育を受けた人間は、そのことを忘 れて何でも本に書いてあると思いがちだ。本に書いてなくて有用なこと、生活の中で見つけ 出すまでは、だれも教えてくれない知識がどれくらいあるか知れない。 ごくつまらない例をあげる。 長年、愛用していた旅行かばんが、疲れてきた。自分では一向に気にしないで、むしろい っそうの愛着すら感していた。ところが、まわりがうるさい。見つともないから買いかえろ、 と言うのである。しかし、どうもこれを廃物にしてしまうのに忍びない。何とか救う手はな いものか。 そこでふと、思いついた。靴でもときどき磨く。同じ革製品なのに、かばんをこれまで一 度として磨いたことがない。 これはいけない。そこで、よごれ落しのクリーナーという革用 クリームをぬってこすってみた。すると、どうだ。見違えるようにしゃんとするではないか。 知恵

5. 思考の整理学

さんざん悪く言っていた連中も、それならまだまだすてたものではないと言い出した。 考えてみるに、生れてから何十年、ずいぶん革製品を使ってきたが、油をぬって磨かなく てはいけないのは靴たけのように思ってきた。そんなことを書いた本を見た覚えがない。学 校はそういう知識を与えるにはあまりにも多忙である。 家庭は家庭で、革製品を使った伝統がない。油をぬらなければ革はすぐいたむと親は子に 教えられないのである。それでどれだけのものが不当に早くすてられてきたことであろうか。 こんなことでも発見は発見である。数学の答を出すよりは、ひょっとして、いっそう時間 カかかるかもしれない。 これは自分で気づいたのではないが、革をバナナの皮でみがくとよいという知識も、たい へん新鮮であった。バナナの皮にはタンニンが含まれている。革をなめすときにタンニンを 用いるそうで、バナナの皮はなめしを強化 ? する意味があるらしい。茶色のかばんを磨く のに利用するとおもしろい これはある庖丁の産地で聞いた話。よく切れる庖丁ほど、さびやすい。使ったあと、いく らしつかり水気をとっておいたつもりでも、一「三日すればうっすらさびが出る。これが庖 知丁のもちを悪くする。実はそれを防ぐ方法があって、簡単である。 使ったあと、湯に浸してから乾いたふきんでふいておけま、 しい。な・せそんな簡単なことが 知られていないのか。一説によると、早く庖丁をだめにした方が、買いかえ需要がふえて業

6. 思考の整理学

聞えてきた。そのとき、ふと、これまでわからなかったことに手掛りを得たと思った。 これが、前にものべたヒントであり、触媒である。 琴の音は、ひとつひとっ切れている。それを離れて聞くと、 いかにも連続しているように きこえる。前の音の響きが、次の音にかぶさって、切れ目をふさぐからであろう。ことばだ って同じことではないか。そう考えた。 切れた単位の並んでいることばが、なぜ連なったものと感じられるのか、という疑問に琴 の切れた音が連続してきこえる現象がヒントになった。この二つをいっしょにして、ノート に移して、寝かせておいた。 どれくらいたったか、 はっきりしたことは記憶していないが、解決の手がかりが浮んでき 慣性の法則を思いついたのである。 動いている物体は、その運動を継続しようという傾向をもっている。それがはっきりする 一のは、その運動する物体を急に停止させたときである。乗りものに乗っている人は、乗りも のが急停車すれば、将棋倒しのようになゑ人体も、また、慣性の法則の支配を受けている アからである。 この法則は物理学の世界で起っているけれども、同じことは、生理学の次元においても見 られる。ものを見ていた目は、対象が消えたあとも、なお、しばらくは、それを見続けてい かんせい

7. 思考の整理学

このごろアメリカで、日本人が繊維のある食べもの、たとえば、ご・ほうのきんびら、のよ うなものを常食していることが、腸をつよくし、老化を防いでいるといって、それを見倣お うとする風潮が見られる。戦争中に捕虜にごぼうを食わせた、雑草の根を食わせたのは捕虜 虐待であると、訴えられて、戦犯になった収容所長のあったことを思い出す。 塩分のとりすぎは糖分のとりすぎ以上によろしくない。少塩多酢。塩分をへらして、酢で 味つけをすべし、ということを説える人もある。 老化は、端末から始まる。足と手、指をよく動かすようにする。歩いて、手はものをこし らえたり、字を書いたりして、はせないようにしなくてはいけない。指ではことに小指を 動かすと内臓がつよくなる。 近代医学の立場からこれらにどの程度、客観的価値があるのか、それはわからない。しか し、医学の言う通りにしていれば、病気にかからない、死にもしないというわけにも行かな いのも事実である。 こういう話を聞き流してしまうのでなく、書きとめておくと、しろうと健康学も、そのう 恵 ちに、だんだん幹と枝葉がのびてくる。 知健康は食べものだけによるのではない。病は気からという。精神的要因が大きくものを言 う。近代人ほどそれが顕著であるように思われる。 あるアメリカの社会学者が、死亡の時期の研究をして、誕生日の前しばらくは死亡率がぐ

8. 思考の整理学

その大学者はそういう時代に、全部ノートするのは結局頭によく入らないという点に気付 いていたらしい。大事な数字のほかは、ごく要点だけをノートに記入する。その方がずっと よく印象に残るというのである。 字を書いていると、そちらに気をとられて、内容がおるすになりやすい。そう一一一一口えばかっ て、講演をききに来た女性は、ぎそって、メモを書いた。みんな下を向いて、うす暗いとこ ろで、鉛筆やペンを走らせた。やはりノート派の考えにしばられていたのであろう。そうい うメモをあとになって読み返すことはまずない。それだのに、字を書いていて話の流れを見 失ってしまう。どちらもだめになってしまう。講演をきいてメモをとるのは賢明でない。 それをだれがいっ教えたのかわからない。気がついてみると、メモをとっている聴衆、こ とに女性はいなくなってしまった。いつのまにか変化がおこったのである。ただ、主催者側 : などと には旧派がいて、きようは、熱心にメモをとっている人もちらほら見られました : 言って喜ぶ。新聞にも、そういう文句の入った記事がときどき目につく。 法もつばら耳を傾けていた方が、話はよく頭に入るのである。 もうひとつは関心がものを一言う。メモやノートをとらなくても、興味のあることはそんな つに簡単に忘れるものではない。忘れるのは、関心のないなによりの証拠である。知りたいと いう気持が強ければ、頭の中のノートへ書き込めば、なかなか消えない。もっと頭を信用し てやらなくては、頭がかわいそうだ。当ってくだけろ派はそういう風に考えるのである。

9. 思考の整理学

友には、ほめてくれる人を選ばなくてはいけないが、これがなかなか難しい。人間は、ほ めるよりもけなす方がうまくできている。いわゆる頭のいい人ほど、欠点を見つけるのがう まく、長所を発見するのがへたなようである。 ほめられると、われわれの頭は調子に乗る。つい勢いづいて、思いもかけないことが飛び 出してくる。 。ヒグマリオン効果というのがある。四十人の生徒のいるクラスを二十人ずつ二つのグルー プ、に分ける。学力は <<;a 平均して同じようにしておく、まず第一回のテストをする。 <t のグルー。フには採点した答案をかえすが、のグループの答案は見もしないで、教師がひ とりひとり生徒を呼んで、テストの成績はよかったと告げる。もちろん、でたらめである。 やがてしばらくしてまた、第二回のテストをする。前と同じようにグループには点のつ いた答案を返し、グループにはひとりひとりを呼び出して、こんどもよくできていた、と 答案は見せず、返さずに伝える。生徒はいくらか不審に思うが、ほめられるのは悪くない。 ネ ラあまりうるさいせんさくはしないでそのままにしてしまう。 テ こういうことを何度かくりかえしたあと、こんどは全員の答案を採点、両グループの ホ 平均点を出してみる。すると、ほめていたグルー。フの方がグループより点が高くなって いる。これがビグマリオン効果と呼ばれるものである。 まったく根拠なしにほめていても、こういうウソから出たマコトがある。まして、多少と

10. 思考の整理学

ざりするほど目につくようになると、興味索然としてくる。 同じようなことは、人間と人間との間にも見られる。遠くはなれて眺めていたときにはす ばらしく思われた人が、すこし親しくなってみると、さつばりおもしろくない。むしろ、う とましくすら感じられる。恋愛などがそういう経緯をたどって破局を迎えることもすくなく こういう具体的経験をそのままにしておいたのでは、ほかへの応用がきかない。整理して、 公式化しておくと生活の知恵になる。 いっこうに魅力のないように感し 遠くにいたときりつばに見えた人が親しくしてみると、 られるのは、″従僕に英雄なし〃ということわざにまとめておくと、これに類することが、 いくらでもあるのに気づく。 はじめの外国語の凋落は、よくわからずに心をひかれていたのが、白日のもとに出てしま 界って色あせて見えるという現象である。これをさらに純化させると、ことわざの″夜目、遠 の目、笠の内〃になる。これは女性が美しく見える状況を言ったものだが、一般に、距離がや わや大きすぎて、さだかに見えないものに、われわれは心をひかれる。あまり近くなると、 ナにつく。ハナについたものが、美しくおもしろく感じられるわけがない。 サラリーマンが仕事がおもしろくない。上役に叱られた、というようなことがあると、ほ かの人のしていることがよさそうに思われる。自分のやっている仕事がいちばんつまらなそ 185 こ