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1. 日経サイエンス 2016年10月号

ー 1 ヘルス・トヒックス "The Paradox 0f Precision Medicine 個別化医療の矛盾 これまでのところ効用がはっきリせず 研究推進に疑問の声も J. インターランティ ( 科学ジャーナリスト ) 一トトを 9 OZN3 0 コ 「個別化医療 ( 精密医療 ) 」というと , 悪いはずがないよう フトールが作用するのとは異なる変異を持っ 95 % の患者に に聞こえる。この先端医療は , 人はそれぞれ遺伝子構成が異 はまるで役立たない。 なるため , 病気とその治療に対する反応も異なるという観察 さらに , New おれ gl ロれ d 加肝〃記可 Me 市朝肥誌に掲載され 結果に基づいている。本人の遺伝情報をもとに , 患者に適切 た最近の研究によると , アイバカフトールが適応患者の病状 な薬を見つけて適切なときに投与するのが個別化医療の目的 を改善する程度は , はるかにローテクで患者全員に適用でき であり , 医療専門家の一定の支持を得ている。しかし , 個別 る 3 つの治療法とほぼ同じだ。①高用量のイププロフェン② 化医療を実現しようという努力は時間とお金のムダであると 食塩水工アロゾル吸入③抗生物質のアジスロマイシン一一一の 考えている専門家が支持者と同じだけいる。米国政府が個別 3 つで , 「これらは嚢胞性線維症治療における数多くの小さ 化医療イニシアテイプに巨費を投じるなか , 個別化医療が本 な改善の一部であり , これらによって患者の生存率は過去 当に医療を革新できるのかどうか , 議論が白熱している。 20 年で劇的に向上した」とミシガン州立大学の小児科医・ 個別化医療で何が実現できるかを支持派の科学者に尋ねる 疫学研究者パネート (Nigel Paneth) はいう。「費用はハイ と , よく例に挙がるのが , 嚢胞性線維症患者のうち少数かっ テク医薬のほんの一部ですみ , しかも患者全員に効く」。 特定の人の症状を緩和できる「アイバカフトール」という薬 これと同じ矛盾が個別化医療のほぼすべての例に見られる。 だ。この病気は , 細胞の内外に塩分を輸送するイオンチャネ 抗血栓薬ワルファリンの適切な投与量を決めるのに患者の遺 ルのタンパク質に欠陥があるために起こり , 欠陥の種類は複 伝子型を利用できることがわかり , 臨床医はそれが最善の方 数ある。ある欠陥はこのタンパク質が細胞膜に到達するのを 法だと考えていたが , 後に年齢・体重・性別など昔ながらの 妨げ , 正常なチャネルが形成されずに塩分の出し入れができ 臨床基準で判断するのと変わらないことが複数の研究で示唆 なくなる。アイバカフトールはこれを正すのだが , この変異 された。抗がん剤グリべックは腫瘍細胞に特定の変異が見ら を持つ人は一部で , 嚢胞性線維症患者の約 5 % だ。患者の遺 れる一部の白血病を改善して , 分子標的医薬の象徴としても 伝子を調べて , この治療にふさわしい人を判別する。 てはやされた。しかしその後 , 多くの患者では腫瘍細胞が新 米食品医薬品局 (FDA) は数年前にアイバカフトールの たに変異してグリべックに耐性を獲得し , がんが再発した。 開発を強く促進し , 以来この薬は個別化医療の本質を示す代 グリべックは多くの患者の命を延ばしたが ( 2 ~ 3 カ月 , あ 表例とされてきた。オバマ大統領も 2015 年 1 月に個別化医 るいは 1 年 ) , 結局は救命に至らなかった。 療イニシアテイプを発表した際に , この薬をほめちぎった。 ゲノムワイド関連解析への期待と現実 「一部の嚢胞性線維症患者について , このアプローチはかっ て手の打ちょうがないと考えられていた病気を逆転させた」。 個別化医療の利点をめぐる論争の原点は「ヒトゲノム計画」 大統領は後に , 個別化医療が「医療の新たなプレークスルー にある。 13 年の期間と 30 億ドル ( 1991 年のドル価 ) をか につながるこれまでで最大の機会をもたらす」とも述べた。 けてヒトゲノム配列をすべて解読したプロジェクトだ。科学 だが , 個別化医療が致命的欠陥を抱えている理由を批判派 者たちはこの成果を土台に , 最小限の配列解読によって特定 に尋ねると , よく例に挙げられるのが , やはりこのアイバカ の遺伝子変異を特定の病気に結びつける便法を編み出した。 フトールだ。この薬は開発に数十年を要したほか , 患者 1 人 「ゲノムワイド関連解析 (GWAS) 」と呼ばれる方法で , ゲ の薬代が年間 30 万ドル ( 約 3000 万円 ) にもなり , アイバカ ノムからいくつかの場所を選んで , ある病気の患者と健常者 96 日経サイエンス 2016 年 IO 月号

2. 日経サイエンス 2016年10月号

ーター 4 つで構成した回路だ。 その数年後 , カリフォルニア大学バ ークレー校のアーキン (Adam Arkin) らが遺伝性のメモリーを考案した。起 動すると , リコンビナーゼという酵素 を使って DNA の一部を切り取り , 前 後の向きを反転させて元の位置に戻す。 改変された DNA 断片は細胞分裂の際 に娘細胞にそのまま受け継がれる。多 くの細菌が 1 ~ 2 時間ごとに増殖する ことを考えると , この機能は有用だ。 1 つの演算を行う回路部品を作るの は最初の一歩だ。それらを多数つない でシステムに集積するのははるかに難 しいが , 有用性はずっと高い。合成生 物学者はすべての基本的な論理演算 (AND や OR, NOT, XOR など ) を 実行できる遺伝子部品を作ってきた。 2011 年までに 2 つの研究グループが 個々の論理ゲートを複数の細菌細胞に 導入し , 細胞どうしが化学的な。ワイ ヤ " を介してやり取りするようプログ ラムすることで , 事実上の多細胞コン ピューターを作り出した。 その後 , スイス連邦工科大学チュー リヒ校にいるフッセネガー (Martin Fussenegger) とアウスレンダー (Simon Ausländer) らは , そうした 遺伝子部品を組み合わせて簡単な数値 計算を実行できるさらに高度なシステ ムを作り出した。 著者の 1 人 ( ルー ) はコリンズとハ ーバード大学医学部のチャーチ (George Church) らと共同で , 遺伝 性のメモリーを多段に接続し , 3 まで 数えられる遺伝子組み換え大腸菌を作 った。このメモリーの状態は , 細胞が 世代交代しても変わらない。この機能 は重要だ。過去の生化学的現象に関す る情報を , 将来の検索に備えて保存し ておけるからだ。私たちが作ったこの カウンタは , 原理的には , より大きな 数の計数や , 細胞分裂や細胞の自殺 ( ア ポトーシス ) など重要な生物学的現象 を記録するように改良できる。 http ・ //www.nikkei-science.com/ 細胞コンピューターは取るに足らない能力でも それをうまく活用すれば 生体内で有用なタスクを実行できるだろう 病気を診断 いまやバイオコンピューターは概念 実証の段階を超え , 現実世界での応用 が視野に入ってきた。センサーや論理 ゲート , メモリーを組み合わせて生き た細胞内で有用なタスクを実行する遺 伝子回路を作る方法が , ここ数年で数 多く登場した。 例えば 2011 年には , 現在マサチュ ーセッツ工科大学にいるワイスと現在 中国の清華大学にいるシェ ( 謝震 , Zhen Xie) , スイス連邦工科大学チュ リヒ校のベネンソン (Yaakov Benenson) らのグループが , がん性 の細胞を強制的に自己破壊させる高度 な論理回路を作り上げた。この回路は 6 種類の生体シグナルを監視する。具 体的には遺伝子の発現を調節している マイクロ RNA (miRNA) という短 い RNA で , これら 6 つの miRNA は HeLa ( ヒーラ ) 細胞というヒト由来 のがん細胞に特有なシグナルた。 この回路は HeLa 細胞内で遺伝子キ ルスイッチを入れ , 細胞を自殺に導く タンパク質を作り出す。一方 , HeLa 細胞以外ではこの回路は活性化せず , 細胞の自殺は起こらない。 私たちを含む他の研究グループは , いくつかのバイオコンピューター回路 を実証した。基本的な算術計算 ( 足し 算や引き算 ) を実行するものや , 比率 や対数を計算するもの , 2 ビットのデ ジタル信号をタンパク質の濃度という アナログ出力に変換するもの , すべて の論理ゲートのオン・オフ状態を母細 胞から娘細胞に伝えるものだ。 2015 年 , 私たちのグループは同じ くマサチューセッツ工科大学のヴォイ ト (Christopher Voigt) のチームと 共同で , 哺乳類の腸内で働くバイオ計 算微生物を開発した。実験にはマウス を使ったが , 私たちが改変したバクテ ロイデス・テタイオタオミクロン ( Bac ro お 0 0 川た ro れ ) は成 人の約半数の腸内にごく普通に , しか も大量に見られる細菌だ。なお , ハー バード大学医学部のシルバー (Pamela SiIver) らは私たちよりも前に , マウ スの腸内で働く遺伝子組み換え大腸菌 を作っていた。 バイオ回路はこの細菌をスパイに仕 立てる。スパイ細菌は腸内をゆっくり 動きながら , 指定された化学物質と出 くわした場合には , それを DNA の一 部をメモ帳代わりにして記録する。実 験ではマウスが食べても問題ない無害 な化合物を標的としたが , 標的は有害 分子でも , 宿主が特定の病気にかかっ ているときにだけ存在するバイオマー カーでもよい。 スパイ細菌は糞と一緒に排泄される。 標的との接触を記録した細菌では , 暗 所で光る酵素のルシフェラーゼが作ら れる。かすかな光だが , 顕微鏡で確認 できる。 こうしたシステムが炎症性腸疾患 (IBD) など腸疾患患者にどれほど有 用かは想像に難くない ( 86 ~ 87 ペー ジの囲み ) 。間もなく , 体内に自然に 存在している無害な細菌をプログラム して , がんや炎症性腸疾患の初期兆候 を探し出して報告できるようになるだ ろう。兆候の有無によって便の色が変 わる。あるいは便に化学物質を加え , 市販の妊娠検査キットのような安価な キットで検出してもよい。 ウェットウェアのハードな問題 上記のスパイ細菌は , たいした計算 力がなくとも現在の診断テストを大幅

3. 日経サイエンス 2016年10月号

ある。いわば , iPhone ではなく初期 のコンピューター「コロッサス」た。 コロッサスは最初期のプログラム可 能な電子計算機で , 1944 年に稼働し 始めた。第二次世界大戦末期にロンド ンの北にあるプレッチリー・パーク ( 当 時は極秘の暗号解読施設だった ) を訪 ねたら , コロッサスがウィーンと音を たて , 紙テープが滑車の間を間断なく 流れ , 1600 本の真空管がプンプン鳴 っているのを目にすることができただ ろう。 現在の標準からすると , コロッサス はばかばかしいほど原始的なものだっ た。一部屋を占領するほどの大きさが あったが ( このためギリシャのロード ス島にあったとされる巨像「コロッサ ス」の名がついた ) , ほんの数種類の 計算しかできず , プログラムを保存し ておくこともできなかった。新しいプ ログラムを設計し , これを読み込んで テストするのにも数日から数週間かか り , そのたびに機械を物理的に配線し 直さなければならなかった。 こうした欠点はあったものの , コロ ッサスはナチスが暗号化した最重要メ ッセージの解読に成功し , 第二次世界 大戦の勝利に貢献した。そして , その 後継機は数十年後 , 社会を産業化時代 から情報化時代へ移行させる原動力と なった。 これまでに作られた最も優れた細胞 コンピューターは , コロッサスに比べ 生きたコンピューター K E Y ( 0 N ( E P T S てもずっと単純で遅く , 能力も低い。 最初期のデジタル電子計算機と同様 , 必ずしも動くとは限らないし , ごく単 純なプログラムしか実行できず , 研究 室の外ではプログラムし直すこともで きない。だがこの技術には , 揺籃期の デジタルエレクトロニクスがそうであ ったように , 社会を変革する可能性が あると私たちはみている。取るに足ら ないような能力でも , それをうまく生 かせば , 生体内で魔法のような結果を 生み出すだろう。 細胞コンピューターが電子コンピュ ーターや光コンピューターに取って代 わるとは思えない。生物は固体物理学 の産物との競争には勝てないだろう。 だが生化学反応には特有の優れた点が あり , 電子機器には不可能な方法で自 然界とつながることができる。何と言 っても , 自然界の大部分は生物で動い ているのだから。 スイッチのオン・オフ 体内の細胞はどれも , ある意味で小 さなコンピューターだといえる。細胞 への入力は , 多くの場合 , その表面に 付着する生化学分子だ。細胞はこの入 力を一連の複雑な分子間相互作用によ って処理する。こうした反応は細胞の DNA の 1 つまたは複数の遺伝子の活 性化レベル , つまり遺伝子がどれくら い発現するか ( RNA に転写されて , コードしていたタンパク質分子が合成 ■計数や足し算 , データの記憶 , 基本的な論理演算を実行できる生きた細胞 か作られている ・バイオコンピューターはノイズの多い化学シグナルを使って情報をやり取 りする。また , その動作を組み立て前に正確に予測することは困難た。細 胞がどう機能するかか十分にわかっていないからた ・研究所や企業は代謝性疾患を治療する服用可能な細胞なと , バイオコン 84 ピューターの応用に向けた研究を進めている。 されるか ) に影響を及ぼす。このアナ ログ式の化学的計算が生み出す出力は , 腺細胞からのホルモンの分泌や神経細 胞からの電気インパルスの発生 , 免疫 細胞からの抗体の放出などだ。 合成生物学者である私たちは , 細胞 に備わっているこうした情報処理能力 を利用して , 自分たちが設計したプロ グラムを実行させることを目指してい る。従来の遺伝子工学は遺伝子をノッ クアウトしたり , 遺伝子発現を高めた り , ある生物種の 1 ~ 2 個の遺伝子を 別の生物種の細胞に導入したりするだ けだが , それをはるかに超えたい。目 標は , 電気技師が規格化された部品を カタログから選んで配線するのと同じ ように , 様々な種類の細胞 ( あるいは 細胞集団 ) の振る舞いを素早く確実に 調整できるようにすることだ。 あいにく , 生物学は電子工学とは異 なり , この目標の達成はなかなか難し い。これについては後で詳しく述べる。 この分野はゆっくりとだが大きく進 歩している。最初の大きな進展があっ たのは 2000 年だ。当時ポストン大学 にいたコリンズ (James Collins) らは , 互いに干渉し合う 2 つの遺伝子を組み 合わせ , 2 つの安定状態のどちらかに 切り替えることのできる。スイッチ " を作った。つまり 1 ビットのデジタル メモリーだ。 また , 当時プリンストン大学にいた 工ロウィッツ (Michael Elowitz) の グループは初歩的な。発振器 " を大腸 菌に作り込んだ。この改変大腸菌は蛍 光タンパク質を作る遺伝子が周期的に オン・オフされることでクリスマス電 飾のように点滅した。 プリンストン大学にいたワイス (RonWeiss) は 2003 年までに , 周囲 の環境中で特定の化学物質の濃度が高 すぎも低すぎもしない適切なときにた け細胞を光らせる生物回路を設計した。 HIGH 信号を LOW 信号に , LOW 信 号を HIGH 信号に切り替えるインバ 日経サイエンス 2016 年 10 月号

4. 日経サイエンス 2016年10月号

タイジェスト Digest 認知心理学 一フ 人類を進化させた石器作り ・・・ 72 ヘージ D. スタウト ( 米エモリー大学 ) 人間の認知能力はどう進化してきたのだろう。脳も行動も 化石には残らないため , この問いに答えるのはなかなか難し い。ただ , 有史以前の人々の技能を再現する実験考古学とい うアプローチがあり , 著者のグループは石器作りを学ぶ被験 者の脳画像を頼りに , この謎に挑んでいる。現代人が石を打 ち欠いて握斧の形にしていく際に , どの脳領域が活性化する かを脳画像装置を用いて観察するのだ。この結果 , 道具作り が人類の進化の重要な原動力になったという考え方が復活し た。石器作りの技術を教えたり学んだりすることは , 私たち の祖先にとって極めて難しい挑戦であり , それが言語の進化 を加速させた可能性がある。 山ゴ一 > A 工 09 山工 9 生命工学 細胞を機能マシンに 細胞コンヒューター・・・ 82 ヘージ T. K. ルー / 0. パーセル ( ともに米マサチューセッツ工科大学 ) 細胞は表面に付着した分子を入力として , これを一連の複 雑な生化学反応によって処理し , ホルモン分泌や電気インパ ルスの発生といった出力を生み出している。著者ら合成生物 学者たちは , 細胞のこうした情報処理能力を利用して , 人間 が設計したプログラムを実行させようとしている。計数や足 し算 , データの記憶 , 基本的な論理演算を実行する細胞がで きた。合成生物学が生んだ、、細胞コンピューター " だ。通常 の電子計算機と違ってノイズの多い化学信号を用いるほか , 現状では機能を正確に予測できないなどの難点があり , デジ タル装置に代わるものではないが , 病気を診断・治療する細 胞を薬として服用するなどの利用が可能になるだろう。 山 NO 日 V 亠 AVS 日経サイエンス 2016 年 10 月号

5. 日経サイエンス 2016年10月号

窄 H き 06 禧々ズみイトメトリーシテム 1 細胞でのタンバク質発現を 37 種類の重金属標識抗体を用いることにより 同時に多バラメーターで網羅的に解析することが可能に ! ! コンペンセーション不要の画期的な検出方法をシングルセルレベルで実現しました。 ℃ P ( 誘導結合プラズマ ) で細胞をイオン化 → 0 FLUIDIGM ァータ解析ソフト Cytobank Helios マスサイトメーター MaxPar@金属標識抗体 HeLios マスサイトメトリーの原理 重金属同位元素で標識された細胞 Element A B C 0 E Cell 1 4 3 5 2 7 ! 1 6 3 Cell 2 2 4 5 : 9 Cell 3 3 ! 2 : 6 7 ! 8 CeiI 4 1 細胞ごとにデータを糸士 いロロ TOF ( 飛行時間型 ) -Mass による質量解析 Q ー T 「 ap によるイオントラップ フリューダイム株式会社 〒 103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町 15-19 ルミナス 4 階 TEL: 03-3662-2150 FAX. 03-3662-2154 Email: info-japan@fluidigm.com URL: www.fluidigm.co.jp Twitter: @FluidigmJP

6. 日経サイエンス 2016年10月号

細胞 コンピューター Machine Life 生命工学 合成生物学の進歩によって 生きた細胞がヒトの病気を診断したり 汚染された環境を修復する時代がやって来るだろう 0. パー T. K. ルー セノレ ( ともにマサチューセッツ工科大学 ) ら生きたコンピューターは ( ほぼ ) 予 最初のコンピューターは生きていた。 2 本の腕と 2 本の脚を持ち , 手の指も 想通りの結果を出力する。 10 本あった。当時 , 「コンピューター」 5 年後には , がんや炎症性疾患 , ま は職業名であって , 機械ではなかった れな代謝性疾患などの病気を高感度か のだ。 1940 年代後半にプログラム可 つ正確に診断して治療する装置として 能な電子計算機が登場すると , この職 バイオコンピューターが使われ始めて 業は消えた。以来 , コンピューターは いるかもしれない。細胞論理システム を開発している私たち研究者は , この 電子機器とみなされている。 だがここ 15 年ほどの間に , 生物が システムがそう遠くない未来に , 病気 の診断だけでなく , 治療もできるくら コンピューターの世界に " 復帰 " して い安全で賢いものになると考えている。 きた。大学やバイオペンチャー企業の 科学者は , 初のバイオコンピューター また , この技術によってバイオ燃料や が単なる研究対象から実用的なツール 医薬品といった複雑な化学物質を現在 に昇格する日が近いと考えている。遺 よりも迅速かっ安価に作れるようにな 伝子とタンパク質 , 細胞でできたそれ るだろう。有害物質を監視・分解する らのシステムは , 真偽判定 ( 条件分岐 ) ように設計した生物を汚染された生態 や AND 演算 , OR 演算などの論理演 系に導入することで , 環境汚染にも対 算 , さらには簡単な算術演算を実行す 処できるかもしれない。 る基本的な素子を含み , 原始的なデジ だからと言って , バイオコンピュー タルメモリーを組み込んだものもある。 ター技術がすでに成熟しているわけで 適切な生物学的入力を与えると , それ はない。それどころか , まだ揺籃期に 0 区 3N0 日 V 亠 AVS http://www.nikkei-science.com/

7. 日経サイエンス 2016年10月号

バイオコンピューター技術は医学にとどまらず エネルギーや環境 , 化学工学 , 材料工学の分野に 広がる可能性がある ーターを作ってテストし , バグを見つ けて修正する過程を通じて , それまで 誰も気づかなかった細胞の生物学と遺 伝学の精妙な側面を発見できるからだ。 新たなマシンの誕生 これらすべての課題を克服するには 何十年もかかるだろう。生物学的処理 の遅さといった問題は , 永遠に解決で きないかもしれない。従って , バイオ コンピューターの性能がデジタル電子 コンピューターのように指数関数的に 向上するとは思えない。私たちは , バ イオコンピューターが数学の計算やテ ータ処理を , 従来のコンピューターよ りも速く行えるようになるとは考えて いない。 だが , DNA の解読スピードや合成 スピードはこれまでになく急激に速く なっており , それがバイオコンピュー ター開発の追い風になっている。ムー アの法則のように , 遺伝子回路の設計 や組み立て , テスト , 改良にかかる時 間は年々短くなっている。 この分野はまだ歴史が浅いものの , 商業的に有望なバイオコンピューター の応用は見えてきている。細胞は生体 組織を移動でき , 複雑な化学シグナル を識別でき , 半導体チップにはまった く不可能な方法で生体組織の成長や回 復を促すことができる。バイオコンピ ューター診断装置がうまく機能したら , 当然ながら次の段階は , その装置を使 ってその場で迅速に治療することだ。 すでにがん治療施設では , 血液がん 患者から T 細胞という免疫細胞を採取 し , がん細胞を殺すよう指示する遺伝 子を導入して体内に戻す治療が始まっ ている。現在 , T 細胞が他の様々な種 類のがんを認識できるようにする論理 88 回路や , 万一 T 細胞が暴走したときに 医師がその働きを止められるスイッチ を併せて遺伝子バッケージに組み込む 研究が行われている。この方法で他の 多くのがんも治療できるようになるだ ろう。 2013 年 , コリンズとルーは他の生 物学者と共同で Synlogic 社を設立し た。安全に服用できる遺伝子組み換え プロバイオティクス細菌を用いた医薬 品を商品化するための会社だ。同社は 現在 , フェニルケトン尿症と尿素サイ クル異常症という , まれだが深刻な 2 つの先天性代謝異常の治療を目指して , バイオコンピューターを改良している。 動物実験はすでに始まっており , 有望 な結果が得られている。 マイクロバイオーム ( 人体にすむ微 生物相 ) が私たちの健康にどう影響す るかについての理解が深まれば , がん だけでなく炎症性疾患や代謝性疾患 , 心血管疾患といった様々な疾患の治療 に遺伝子組み換え細菌が有効であるこ とがわかるはずだ。研究を積み重ね , バイオ部品の種類が増えれば , " スマ ート医薬 " はより一般的で強力なもの になるだろう。 さらに , この技術は医学から他の分 野に広がる可能性があるだろう。エネ ルギー分野では , スマート微生物がバ イオ燃料を効率的に生産するようにな るかもしれない。化学工学や材料工学 では , 現在は作るのが困難な製品の合 成や , バイオ合成プロセスのジャスト インタイム制御 ( 必要な時に必要な量 だけ作る ) にバイオコンピューターが 役立つ可能性がある。環境分野では , バイオコンピューターで遠隔地の有害 物質への累積曝露を監視して , 汚染を 浄化できるだろう。 この分野は急速に発展している。バ イオコンピューターが現時点では思い もよらない素晴らしい利用法を秘めて いるのは確実だ。 ( 翻訳協力 : 千葉啓恵 ) 監修木賀大介 ( きが・だいすけ ) 早稲田大学先進理工学部電気・情報生命工 学科教授。合成生物学を研究している。 著者 Timothy K. Lu / Oliver PurceII ルー ( 左 ) はマサチューセッツ工科大学の准教授で , 合成生物学グルー プのリーダー。同グループは生きた細胞へのメモリーや計算回路の組 ー 1 ~ 「み込み , 合成生物学の医学や産業への応用 , 生きた生体材料の構築を 研究している。彼は米国立衛生研究所 (NIH) 所長新イノベーター賞 などを受賞しており , 2013 年には合成生物学関連ペンチャー企業 Synl 。 gic を共同設立した。パーセル ( 右 ) は同大学合成生物学グループのポスドク研究員。合成 生物学の部品の設計や生物学的システムを合理的に設計するための新たな計算論的アプローチ など , 合成生物学を幅広く研究している。 原題名 Machine Life (SCIENTIFIC AMERICAN ApriI 2016 ) もっと知るには・ MULTI-INPUT RNA. I-BASED LOGIC CIRCUIT FOR IDENTIFICATION OF SPECIFIC CANCER CELLS. Zhen Xie et al. in S , Vol. 333 , pages 1307 ー 1322 ; September 2 , 2011. SYNTHETIC 、 ANALOG AND DIGITAL CIRCUITS FOR CELLULAR COMPUTATION AND MEMORY. OIiver PurceII and Timothy K. Lu in C な e O ⅲ 0 れⅲ B れ olog ア , VoI. 29 , pages 146 ー 155 ; Oct0ber 2014. PROGRAMMING A HUMAN COMMENSAL BACTERIUM, BACTEROIDES THETAIOTAOMICRON, TO SENSE AND RESPOND TO STIMULI IN THE MURINE GUT MICROBIOTA. Mark Mimee et al. in Cell S ァ計夜れ 5 , Vol. 1 , No. 1 , pages 62 ー 71 ; July 29 , 2015. 「改造バクテリア注文通りの生物をつくる」 , W. W. ギブス , 日経サイエンス 2004 年 9 月号。 日経サイエンス 2016 年 10 月号

8. 日経サイエンス 2016年10月号

細菌診断装置の仕組み細菌のゲノムにほんの数個の小さな DNA を挿入するだけで , 生きた細菌を炎症性腸疾患の診断装置に改造できる。 挿入した DNA には , 2 つのセンサー ( 論理演算の AND ゲートとして機能 する ) とメモリー回路 , 蛍光出力信号を作り出す遺伝子が導入されている。 0 炎症性腸疾患の 2 種類のバイオマーカーが ( 図に示し ていない中間分子を介して ) AND ゲート制御領域を 同時に活性化させると , 隣接する遺伝子が発現し , 細菌にその検出を記録する酵素を作らせる。 炎症性腸疾患の バイオマーカー A 。炎症性腸疾患の バイオマーカー B リコンビ ナーゼ酵素 AND ゲート 細菌の DNA 0 メモリー回路はレポーター遺伝子の反転によって機 能する。レポーター遺伝子はもともと逆向きに挿入 されていて不活性状態にあるが , 酵素がこの配列を 反転すると , レポーター遺伝子が活性化する。 ・・反転し・・・ 切断し・ レポーター遺伝子 を特殊な読み取リ装置にセットし発光を確認する。 を作る。このタンバク質は便中にとどまる。便検体 レポーター遺伝子が活性化すると , 発光タンバク質 0 遺伝子が活性化する ・・元に戻すと′ し 0 品四 . ,. 0 朝朝 00000 ・・・・ 00000000 陽性の検体 陰性の検体 結果 http://www nikkei-science.com/ に改善できる。 1 つの条件分岐回路と数個の AND および OR ゲート , 1 ~ 2 ビットの持続性メモリーで事足りる。 これはラッキーだ。というのも , バイオコンピューターに は電子コンピューターには存在しない難題がほかに山のよ うにあるからた。 例えば , 電子回路のギガヘルツの動作速度に比べると , 生物学のプロセスはカタッムリ並みに遅い。私たちのバイ オ計算システムは入力を受け取ってから結果を出力するま でに何時間もかかる。幸い , 扱おうとする対象の生物学的 現象も , 極端な短時間で起こるものは少ない。それでも結 果が早く出るほうが望ましいわけで , 細胞内での計算を高 速化する方法の探求が続いている。 2 つ目の問題は情報の伝達だ。従来のコンピューターで ノイズを避けるのは簡単で , 部品を配線でつなぐだけでよ い。多くの部品が 1 本の配線を共有しなければならない場 合 , 部品を普遍的なクロック信号に同期させ , 情報をやり 取りする時間枠を部品ごとに割り当てる。 だが , 生命現象に配線はなく , マスタークロックもない。 細胞内や細胞間のコミュニケーションはもともと , 無線機 のようにノイズが多い。一因は , 生物のパーツが物理的な 配線ではなく化学物質を使ってシグナルを送っているから だ。ある化学。チャンネル " を使うすべてのパーツが同時 にシグナルを出すこともありうる。さらに悪いことに , シ グナル送受信の根底にある化学反応そのものがノイズに富 む。生化学は確率のゲームなのだ。ノイズの多いシグナル でも確実に計算できるシステムを設計するというのは , 果 てしのない難題た。 これらの問題は , アナログ計算を用いるバイオコンピュ ーターではとりわけ厄介だ。アナログシステムは計算尺の ほぼ連続的に変化する数値 ( タンパク質や RNA ように , の濃度 ) に依存しているからだ。一方 , デジタルシステム が扱う信号は HIGH か LOW, TRUE か FALSE のいずれ かた。このためデジタル論理回路はノイズに強いが , その ようなデジタルな振る舞いをする遺伝子回路部品ははるか に少ない。 最大の問題は予測不可能性 , 飾らずに言えば。無知 " だ。 電気工学の場合 , 新設計の回路を組み立てる前にその動作 をほぼ完璧に予測できる数値モデルがある。一方 , 細胞の 振る舞いは細菌のような単純なものさえ十分には理解され ていないため , バイオ回路の動作を完璧に予測することは 不可能だ。私たちの研究は試行錯誤の連続で , システムが 機能しても少しの間しか動かないことが多い。やがてシス テムは崩壊し , 多くの場合 , その理由もわからない。 それでも , 私たちは学習しつつある。それに , 細胞でコ ンピューターを作る重要な理由の 1 つは , バイオコンピュ

9. 日経サイエンス 2016年10月号

を N 日 ( MERICAN サイエンス 考古学 50 年 , 100 年 . 150 年前の SCIENT 旧 C AMERICAN 誌から を 5 つの溝型反射鏡の焦点に置いたもので , 旧 cA 、刪 c 100 年前 1916 1966 総面積は 1232.7m2 ある。発生する蒸気の量 はプラント面積 1 工ーカー ( 約 4050m2 ) あ DNA からタンバク質 戦車をめぐる戦い たり最大で 63 馬力に匹敵した。これらの結 生きている細胞の遺 果は , 日照が豊富で石炭の乏しい地域では特 ソンムにおいて仏・ 伝子が , 細胞の増殖に に , 太陽ポイラー運転に非常に大きな価値が 英両陸軍が成功裏に成 必要な情報すべてを含 あることを示しているように思われる。 し遂げた最近の攻撃の んでいるという仮説が うち , 最も目覚ましい 生まれてから 50 年以 とは言わないまでも最 上になる。この仮説は暗に , 食物として吸収 も新奇な特徴は , 武器を備えた無限軌道の装 した分子からエネルギーを取り出し , 細胞自 甲車だった ( 下のイラスト ) 。報道から判断 身が修復・増殖するなど , 細胞がその瞬間瞬 すると , これらの戦車は重砲攻撃に続いて驚 間の生存に必要としている多種多様なタンパ カンザス州の北東部 くほど効果的な攻撃を遂行した。目下の戦争 ク質分子の詳細な設計書を , 遺伝子が暗号化 プラウン郡と隣接地域 ( 訳注 : 第一次世界大戦 ) の今後の局面でこ した形で示しているという考え方を含んでい の農民は最近 , 古代工 れらの機械がどんな役割を演じることになる ジプトのファラオを苦 る。だが , この考えが遺伝物質の化学的性質 かは , 推測の域を出ない。英国は戦車を大成 による裏づけを得て , 遺伝物質の分子構造が しめたのと同様の害虫 功と評している。一方ベルリンは当然ながら , どのように暗号指令を体現し , タンパク質分 大発生に襲われているようだ。無数のイナゴ これを完全な失敗作であると述べている。扱 子を合成すべき細胞の分子機械によってその が幅 12 マイル ( 約 19km ) の帯をなして執拗 いにくく , 動きが遅く , 故障しやすいという。 に現れ , 通り道のほぼすべての植生を食べて 暗号が読まれ " うるのかが明らかになった 太陽ポイラー のは , ここ 15 年のことにすぎない。 いく。メアリーズビルの地元紙 E れ示 e は こう述べている。「イナゴは畑や庭 , 果樹 , クリック (Francis H. C. Crick) 石炭だき蒸気ポイラーが改善されたとはい 食べられる緑すべてに舞い降り , 陸軍の 250 ( 編集部注 : クリックは DNA の研究で 1962 え , 今後は太陽ポイラーのほうがはるかに優 年のノーベル生理学・医学賞を共同受賞 ) 兵団が行進するように , ことごとく食い尽く れた効率を達成するだろう。カイロから南に した。プラウン郡全体がやられている。農家 約 10km , ナイル川沿いにあるミーディで過 はトウモロコシが全滅するのではないかとひ 去 2 年間に行われた実験が , この見方を支持 第二次世界大戦中にロスアラモスで原子爆 どく心配している」。 している。同プラントは 5 基の大型ポイラー 弾開発に深く関与した 2 人の科学者が , ロー ゼンバーグ夫妻 (JuIius and EtheI Rosenberg) とソベル (Morton SobelI) に対する 1951 年のスパイ事件裁判に証拠提出された秘密の 。断面図 " は原爆の説明図としては無価値だ ったと指摘した。この 2 人はプランダイス大 学の化学教授リンシッツ (Henry Linschitz) と , マサチューセッツ工科大学の物理学の教 授モリソン (Philip Morrison) 。懲役 30 年 の判決を受けて服役中のソベルの申し立てに より , 裁判記録のうち秘密にされてきた部分 が公開され , 検分が可能になった。リンシッ ツはこう言明している。「 20 億ドルを投じた 開発結果を , 高校卒の機械工が 1 枚の紙切れ に書いたような概略図に濃縮することは , い かなる有用な技術的手法をもってしても不可 能である」。 ( 編集部注 : ソベルは 91 歳になった 2008 年 , 1916 年 : 第一次世界大戦の「ソンムの戦い」に登場した戦車の想像図。当時一般に入手可能だったわずか ソ連に軍事情報を流していたことを認めた ) な情報に基づいて描かれた。 SCI E 、 TIFIC 50 年前 AM E RICA 、 150 年前 1866 イナゴの大群襲来 冷戦時代のスパイ事件 日経サイエンス 2016 年 10 月号 14

10. 日経サイエンス 2016年10月号

% 低下した。この発見は記憶を制御するメカニズムの存在 射をしたがらない。 ノースウェスタン大学のミラー (StephenMiller) とミ を示すさらなる証拠であり , 特定の記憶を積極的に忘れよ うとする努力によって記憶全般が抑制される可能性を示し シガン大学のシア (Lonnei Shea) はこのジレンマを解決す るため , より安全な治療法の開発に取り組んだ。注射する ている。 アレルゲンを , 免疫系の攻撃から一時的に隠すという方法た。 健忘の影 アンダーソンらはこの現 ″トロイの木馬″で肝臓と脾臓に到達 何が有害な異物で何が無害かを免疫系に教えるには , 肝 象を「健忘の影」と呼んで いる。海馬の活動が弱まっ 臓や脾臓で発達中の未熟な免疫細胞をそれらにさらし , 以 ている間に起こった無関係 降は無害なタンパク質に遭遇しても反応しないようにする の出来事の想起が阻害されて 必要がある。問題は , 注射されたアレルゲンがこれら体内 いるとみられるためだ。この結 の学習センターに到達する前に , すでに成熟した免疫細胞 によって排除される場合があることだ。そこで免疫学者の 果によって , トラウマを経験した人 ( そしてそれを忘れようと努めている人 ) が日常の出来事に ミラーと生物医学工学者のシアは外ロイの木馬 " 方式の送 達法を設計した。アレルゲンをナノサイズの微粒子に封入 ついての記憶力が弱いことに説明がつくかもしれないと , 研 する。これらの粒子は寿命を終えた血液細胞の破片と同程 究に参加しなかった複数の専門家が指摘している。 一時的な健忘は別として , 必要に応じて記憶を抑制する 度の大きさなので , 免疫系から正常な老廃物と見なされ , 攻 のは有用なスキルになる可能性があるとアンダーソンはい 撃されずに血流に乗って肝臓と脾臓に到達する。そこで粒 子の外殻が溶け , アレルゲンが放出される。 う。彼は同僚のカタリーノ (AnaCatarino) とともに 記 先ごろの米国科学アカデミー紀要に報告されたように , 2 憶抑制のワザを訓練で習得できるかどうかを調べている。現 人はこのアイデアを , 卵に含まれるオバルプミンというタ 在の実験では , 被験者の脳の活動をリアルタイムでモニタ ンパク質にアレルギー反応を示すマウスで試した。まず , 単 ーしながら , 海馬の活動がどれほど弱まっているかを本人 独では激しいアレルギー反応を引き起こすオバルプミンを に口頭で伝えている。これによって , 海馬の活動を抑制し ナノ粒子に入れ , 5 匹のマウスに注射した。マウスは反応を て過去を選択的に忘れる。コツ " をつかめるかもしれないと いうわけだ。それが可能になれば , 心的外傷後ストレス障 示さなかった。その後 , これらのマウスにオバルプミンを 単独で注射し , 依然としてアレルギー反応を起こすかどう 害 (PTSD) の苦しみを和らげるのに特に役立ったろう。 かを調べた。この結果 , 気道に炎症の兆候は認められなか ナノテクノロジー ったうえ , 免疫系を抑制する制御性 T 細胞の数が増えてい ることが血液検査によってわかった。ナノカプセル入 りのアレルゲンが身体の防御網をすり抜けた こと , その後に免疫系がこれらのアレ ルゲンが悪者ではないと学習したこと を示している。 アレルギー治療にナノ粒子を使う方 法は , 様々なアレルギーはもちろん , 多発性硬化症などの自己免疫疾患と闘 う強力なツールとなりうると , スタ ンフォード大学アレルギー・喘息 = ツ、・上・研究センター所長のナドー (Kari Nadeau) はいう。花粉やイエダニなど様々 、な免疫誘発物をナノカプセルに詰められる からだ。他の研究グループがすでに , ピーナッ アレルギーを治療する実験で良好な結果を得ている。ミラ ーとシアは次に , 免疫系が小麦タンパクに過剰反応して起 こるセリアック病についての臨床試験を行う計画た。 海外ウォッチ S 工コ」 SVI'NO 工 1 安全で効果的な アレルギー治療 アレルゲンをナノカプセルに入れて注射 免疫系の減感作を着実に引き出す 目のかゆみや鼻水などの症 状が出始めたら , アレルギー 患者はドラッグストアに駆け込 んで市販薬を買う。だがそれらの薬は症 状を和らげるだけで , 根本原因は解決し ない。アレルギーは無害な物質に対して免・、、イ。、ヾ 疫系が過剰反応するのが原因であり , これを 根治するには , 少量のアレルゲンを何カ月あるいは何年 も注射し続けて身体を減感作するのが唯一の方法だ。だが 驀患者の多くは , アナフィラキシー ( 急性の激しいアレルギ ー反応 ) などの重い副作用が起こりえるので , こうした注 日経サイエンス 2016 年 10 月号 28