話し - みる会図書館


検索対象: 痕跡(上)
128件見つかりました。

1. 痕跡(上)

243 痕跡 ( 上 ) つばいな じゃないの。ほかにやることがいつばいあってね。自分のことだけでせいい んだから」 「化粧室をお借りしてもいいかしら ? 」と、ルーシーはきいた。 「どうぞ。あそこよ」足をひろげて立ってかすかにゆれながら、北翼のほうを指さ す。 ルーシーはバスルームへはいった。そこにはスチームシャワー、大きなバスタブ、 男女それぞれのトイレとビデがある。ルーシーはグラスの中身を半分トイレにあけ、 水を流した。二、三秒待ってから、階段のうえの踊り場へもどる。ケイトはそこに立 って、ふらふらしながら酒を飲んでいた 「お気に人りのシャンパンは何 ? 」ルーシーはべッドのそばの空のポトルのことを思 いだしてきいた 「そんなにいろんな種類があるの ? 」ケイトが笑っていう 「いつばいあるわ。どれぐらいお金をだすかによるけど」 「そうよね。ジェフとわたしがパリのリツツで豪遊したときのことを話したつけ ? 話してないわよね、もちろん。あなたのこと、よく知らないんですもの。でもどんど ルーシーにすり ん親しくなっていくような気がする」っぱをとばしながらそういい

2. 痕跡(上)

「どうしてルーシーはあたしをここへこさせたの ? 」と、ヘンリがきいた。 「なぜかわかる ? どうしてここへきたのか、話してごらん」 「それは : : 」ガウンのそでで目をぬぐう。「ケダモノのせいよ」 べントンはカウチという安全な場所から、じっと彼女を見つめている。リーガルバ ッドに書かれたことばは、ヘンリのいるところからは見えないし手も届かない トンは話すようにうながしたりはしない。彼女には忍耐強く接することが大事だ森 のなかで息をひそめてじっと立っハンターのように、あくまでも忍耐強く 「そいつが家にはいってきた。よくおぼえてないわ」 べントンはだまって彼女を見守る。 「ルーシーが家にいれたの」 べントンはせつつきはしないか、まちがったことやうそをいうことは許さない 「ちがう。ルーシーがそいつを家にいれたんじゃない」と、訂正する。「だれもやつを 家にいれてはいない。そいつは裏口の鍵があいていて、アラームもセットされていな かったからはいってきたんだ。このことは前にも話したね。なぜ裏口の鍵がかかって いなくて、アラームが解除されていたのか、おぼえてる ? 」 ヘンリは足の指を見つめた。両手はじっとしている。

3. 痕跡(上)

229 痕跡 ( 上 ) 分のそばにおこうと、ギリーをつれていったんだわ。どうしてかしら。だれかに教え てもらいたい」 とみんな考えてるようだよ」と、マリ 「彼女はインフルエンザで死んだんじゃない、 ノ、力し ' っ 「いまの人ってそうなのよね。ドラマチックなものを求めているの。あの子はインフ ルエンザにかかって寝ていた。今年はインフルエンザで死んだ人が大勢いるわ」彼女 はスカーベッタを見た。 「ミセス・ポールソン、お嬢さんはインフルエンザで死んだのではない。そのことは も一つきいてらっしやるはずよ。ドクター・フィールディングと話したでしょ , っ ? 」 「ええ。あれがおこったあとすぐに電話で話したわ。でもインフルエンザで死んだか どうかは、どうやってわかるのかしら ? 死んでしまってもうせきもしなければ熱も なくて、どんな気分かもいえないのに、どうしてわかる ? 」そういって、泣きだす。 「ギリーは熱が七度七分もあって、息ができないぐらいせきがひどかった。それでせ きどめシロップを買いにいったの。それだけなのよ。車でケアリー・ストリートにあ るドラッグストアへ、せきどめシロップを買いにいっただけ」 スカーベッタはまたカウンターのうえのびんに目をやった。ここへくる前に、フィ

4. 痕跡(上)

131 痕跡 ( 上 ) マリーノは検屍局のコーヒースペースからすこし離れ、あたりを見まわして、だれ もいないことをたしかめた。話をだれかにきかれるおそれはなさそうだ。「あのな あ、こっちの状況はあまりよくねえんだ」図書室のとじたドアの小窓からなかをのぞ き、だれかいないか調べる。だれもいない。「検屍局はひでえことになってる」マリ ーノは小さな携帯電話にむかって話しつづけた。きくのと話すのに応じて、ロと耳の あいだを往復させる。「報告してるだけだからな」 ルーシーはいっときおいていった。「ただの報告じゃないでしよう。何をしてほし いの ? 」 「ちくしよう。うるせえな、その車」マリーノは歩きまわっていた。ルーシーが冗談 にプレゼントしたの野球帽のひさしのしたで、目がたえず動いている。 「ねえ、心配になってきたじゃないの」ルーシーがフェラーリの轟音をバックにいっ た。「今度のことはたいしたことじゃないってあなたがいったとき、たいしたことに なりそうだと気づくべきだったわ。まったくもうだからいったじゃない、おばさん とあなたに。リッチモンドへもどるのはよしたほうかいいって」 「死んだ女の子のことだけじゃねえんだ、問題は」マリーノは低い声でいった。「お れがいいたいのはそのことだ。女の子の件だけじゃねえ。その件も重大な問題ではあ

5. 痕跡(上)

か、力強い印象を与える。ミッドナイトプルーのパンツスーツに同色のプラウスが 美しい顔とショートカットの金髪をひきたてている。手は強そうだが優美だ。指輪は していない ミセス・ポールソンは彼女の手を見つめ、その手がギリーを調べている ところを想像し、また泣きだした。 「あの子を動かしたわ。おこそうとしたの」自分が何度も同じことをいっているのが きこえる。なぜパジャマが床におちてるの、ギリー ? どうしたの ? ああ、どうし よ , つ、と一つしょ , っー 「部屋にはいったとき、何が見えたか話してちょうだい」女医さんが同じことをべっ のいいかたできいた。「つらいのはよくわかるわ。マリーノ ? 彼女にティッシュと 水をもってきてくれる ? 」 スイーティはどこ ? スイーティはどこにいるの ? またべッドにいれてるんじゃ ないでしようねー 「寝ているように見えたの」自分がそういうのがきこえた。 「あおむけだった ? それともうつぶせ ? べッドのうえでどんなかっこうをしてい た ? なんとか思いだしていただきたいの。つらいことはわかってるけど」と、女医 さんかい一つ

6. 痕跡(上)

110 ヘンリは右足の親指のことをいっているのではない。その指を骨折したことと、フ ロリダ州ポンパノ・ビーチから千五百キロ以上はなれたところで、いまべントンの世 一ⅱになっていることを、関連づけているのだ。。、 ホンパノ・ビーチで彼女はあやうく死 ぬところだった。ヘンリの目が熱をおびてきた。 「細い道を歩いてたの」と、話しはじめた。「片側に岩があった。岩壁が道のきわま でせまっているの。岩に割れ目があってね。なぜそんなことをしたのかわからないけ ど、割れ目に体をいれたの。そうしたら、でられなくなった」息をとめ、目のうえに おちかかったプロンドの髪をはらいのけた。手がふるえている。「岩にはさまって : 身動きできないし、息もできない どうしても体がはずれないの。だれもあたし をひつばりだせない。シャワーをあびてるとき、夢のことを思いだしたの。顔に水が あたって息をつめたとき、思いだした」 「だれかがきみを助けだそうとしたの ? 」べントンは彼女の恐怖には反応しないそ れが本物か演技かを見きわめようともしない どちらか彼にはよくわからない リについては、ほとんど何も知らないのだ。 ヘンリはじっとすわったまま、あえいでいる。 「だれもきみをひつばりだせないといったけど」べントンは、低い落ち着いた声でつ

7. 痕跡(上)

みのラックにぶらさがっている骸骨の模型に目をやった。コーヒーを口へはこぶ手は ふるえている。 「フランクの家族は、みんなチャールストンに埋葬されているの」と、また話しだし た。「何代も前から。わたしのほうは、この町にあるハリウッド墓地に埋葬されてい て、わたしもそこに区画をもっているの。どうしてこんなことで、これほどっらい思 いをしなきゃならないのかしら。そうでなくてもつらいのに。フランクがギリーをひ きとりたいのは、わたしに意地悪するため、仕返しするためなの。わたしをぼろぼろ にしたいのよ。おまえの頭がおかしくなるようにしむけてやる、どっかの病院にとじ こめられるように、といつもいってたわ。今度のことでは、まさにそうなりかかって るわ」 「彼と話をすることはあるの ? 」 こうしろ、ああしろというだけ。自分がすばらしい父 「フランクは話なんかしない 上 親だとみんなに思わせたいの。でもわたしのようにあの子を愛してるわけじゃない 跡 ギリーが死んだのは彼のせいよ」 痕 「前にもそういってらしたけど。どういう意味 ? 」 「フランクが何かやったにちがいないわ。彼はわたしを破滅させたいのよ。そのため

8. 痕跡(上)

268 彼女はコートかけのしたにあるテープルの、いつもの場所に鍵をおいた。ドアの採 光窓からさしこむ日光が、黒っぽい羽目板をはった玄関を明るくし、まぶしい光のな かで白いほこりの粒子が舞っていた。彼女はコートを脱いで、かけ釘にかけた。 「ギリー ハニーって、何度も呼びかけたわ」彼女は女医さんに話した。「帰ったわ よ。スイーティといっしょにいるの ? スイーティ ? スイーティはどこ ? スイー ティをベッドにいれてかわいがってるんでしよう。そういうことすると、スイーティ はそうしてもらえるものと思っちゃうわ。でも足の短いちっちゃなバセットハウンド は、自分ではべッドにのぼったりおりたりできないのよ」 彼女はキッチンへいって、ビニール袋をいくつかテープルにおいた。外へでたつい でに食料品店へよった。せつかくウエストケアリー・ストリートのショッピングセン ターのそばまでいったので、買い物をしようと思ったのだ。袋からチキンプイヨンの 缶を二つとりだし、レンジのそばにおいた。それからフリーザーをあけてパックいり のチキンの腿肉をだし、解凍するようにシンクにいれた。家のなかはしんとしてい

9. 痕跡(上)

236 あけていったわ。『ママ、ゆうべすごくせきがでてね、胸が痛いの』って。そのと き、せきどめシロップがもうないことに気づいたの」急に話をやめ、うるんだ目を見 開いた。「おかしなことに、犬がすごくほえていたわ。どうしていままで思いださな かったのかしら」 「犬って ? 犬をかっているの ? 」スカーベッタはさりげなくそれをメモした。相手 を見て、話をききながら、人には読めないような字で手早く書きとめるすべをこころ えている。 「そのこともあるの」ことばがとぎれ、彼女はくちびるをふるわせて、声をあげて泣 いた。「スイーティが逃げちゃったの ! なんてことかしら」いっそう激しく泣き、 体をゆらす。「わたしがギリーと話してるときは庭にいたんだけど、そのあといなく なったの。警察か救急隊の人が門をしめなかったからよ。ギリーのことだけでもひど いのに。そのうえこんなことがおこるなんて」 スカーベッタは革の手帳をゆっくりとじ、ペンといっしょにテープルにおいてか ら、ミセス・ポールソンを見た。「スイーティはどんな種類の犬なの ? 」 「あの犬はフランクのだったのに、つれていきもしなかった。フランクは半年ぐらい 前にでていったの。わたしの誕生日によ。よくそんなことができると思わない ? こ

10. 痕跡(上)

に深紅のれんがで縁どりした、バイオテック 2 と呼ばれる検屍局ビルと、片側がとび だした白いイグルーのような、モルグの屋根っき駐車場をながめた。もどってみる と、まるでずっとここで働いていたかのように思える ジニア州リッチモンド で、おそらく犯罪現場でもある死亡現場へむかおうとしていることに、違和感は感じ なかった。ききこみをすることを—やドクター・マーカスらにどう思われよう と、知ったことではない。 「あんたの相棒のドクター・マーカスも喜ぶだろうな」彼女が考えていることを察し たかのように、マリーノが皮肉っぽくいった。「ギリーは殺されたってことを、やっ コっ一つん」 ギリー・ポールソンの検屍を終えたあと、ドクター・マーカスをさがしたり、彼に 何か伝えたりはせず、身づくろいをしてスーツに着替え、顕微鏡スライドをいくつか 見たわかったことをドクター・マーカスに話すのは、フィールディングにまかせ た。彼女もあとで事情を説明するし、必要なら携帯電話で連絡がとれると伝えてもら ったが、 彼は電話してこないだろう。ドクター・マーカスはなるべくギリー・ポール ソンの事件にかかわりたくないのだ。十四歳の少女が死亡したこの事件にかかわると