処理することという不文律があったからだ。その考えは経営統とにつきましては大変に申し訳なく思っています。どんな処分 合後も引き継がれている。 もお受けいたします。お二人が、反社の実態の報告をお受けに 「なにが世間の常識ですか ? 何をおっしやりたいのですか なっていなかったことは間違いありません。金融庁には虚偽報江 告をしてはおりません」 私に北沢殺しの責任があるとでもいうのですか」 大塚は憤慨して椅子から立ち上がった。 倉品は冷静に言った。 倉品は、珍しいものでも見るように大塚を見つめていた。大 「誰かが、私たちを追い落とそうと、以前から報告を受け反社 塚が、藤沼にこれだけ険しい表情で反論するのは初めて見たかの実態を知っていたという嘘の話を流布しているのではないの らだ。 「そういう意味で言ったのではありません。失礼しました。で 大塚は倉品に聞いた。 パシフィコ・クレジッ は大塚さんも反社の実態の報告を受けていないとすると、この 「誰が、そんなことを話すのですか ? 記者は間違っているということになりますね トのことに関心を持つ人などいるのですか」 「当たり前です。まあ、報告を受けなかったことは問題だと認 藤沼が眉根を寄せた。 識していますが : : : 」 「一人、思い浮かびますー 大塚は、荒い息を抑えながら椅子に座りなおした。 倉品は呟くよ、つに一言った。 「誰だ ? 「それでは冷静に考えましようか。ねえ、倉品君。 藤沼が立ち上がった。 大塚が倉品に身を寄せた。 「はい」 「八神元頭取です。 「八神さん」 倉品が、藤沼を見上げた。 大塚と藤沼が、同時に言い、顔を見合わせた。 「金融庁は、私たちが何も報告を受けていないということを納 得して、検査を終えたのだろう ? 処分は来るだろうが、知っ 「八神さんは、パシフィコ・クレジットの反社融資のことを、 早く処理しろと我々に執拗に指示されておられましたから」 た上で何もしなかったよりは、マシだ。そう言ったのは君だよ。 私たちは決して金融庁に嘘の報告をしていないぞ , 倉品は、八神と、もう一人の人物の顔を思い浮かべていた。 大塚は、倉品に腹立たしげな乱暴な口調で言った。 それは橋沼康平だった。 ( 第三回了 ) あいつなら : 「その通りです。私どもが反社の報告を失念しておりましたこ
大塚が入ってきた。そして倉品を見つけると、「倉品君、急用ていないことに小さな満足を覚えたのだろう。 とはなんだ」と不機嫌な様子で言った。 「進展と言っても北沢殺しの理由が分かったわけではありませ 倉品は、その表情を見て、まずいと思った。明らかに大塚は、 ん」 自分に不信感を持っていると確信した。 倉品は大塚を見た。 この倉品という男は、同じ大洋産業銀行だが、どこまで信用 「話を続けてください」 できるかは分からない。今や風前の灯と化した大洋産業銀行勢 藤沼が言った。 力は、日本興産銀行か扶桑銀行のいずれかにつかなければ生き 「実は、朝毎新聞の社会部記者が動いていると、山村広報部長 ていけない。この男も、その選択を間違わないように注意深く が知らせてきました。北沢が殺されたのは、パシフィコ・クレ 行動しているようだ。同じ大洋産業銀行だからといって心を許 ジットの反社融資のせいだという話の裏をとるためです。実際、 してはいナ . よい 0 北沢が殺された直後から、反社が原因ではないかとの噂は流れ そう考えている大塚の心の中が手に取るように分かる ていましたが、 具体的にパシフィコ・クレジットの問題と名指 「会長、お待ちしていました。どうぞお入りくださいー ししてきたことは驚きです。北沢が、この会社を担当していた 倉品は、大塚に、テ 1 プルに着くように言った。 ということは、ごく一部の関係者と金融庁くらいしか知ってい 藤沼は、椅子に腰掛けたまま「申し訳ありません。わざわざ、 ません。それが広がっているのです。理由は分かりません , ご足労いただきまして」と言った。 倉品が眉間に深く皺を刻んだ。 「北沢殺害について進展があったというのは本当ですか」 「なんだって : ・ 大塚は、ソフアに座るのももどかしそうに言った。 大塚は、焦った。 「そう慌てないでください。まずは座ってください 「どうしてそんな話が外に出たのか ? 」 倉品は言った。 藤沼も、その端正な顔を歪めた。 「慌てるなと言う方がおかしいでしよう。どんな進展があった 「もう一つ、大きな問題があります。実は、記者が言うには、 のですか」 パシフィコ・クレジットが反社会的勢力に融資を行っていると 大塚は慌てた様子で倉品に言った。 いうのは事実か。そして現経営陣は、その実態の報告を受け、 「まあ、会長、まずは倉品常務の報告を聞きましよう。私もま実態を認識しながら全く放置したままだったことは事実か。そ だ聞いていませんから」 うした経営陣が不作為である状況をなんとかしようと無理をし 藤沼が、宥めるように言った。大塚の表情が、一瞬、ほころ て反社会的勢力排除に動いたため、北沢が殺されたのではない んだのを倉品は見逃さなかった。まだ藤沼もなにも報告を受け か。これが記者の問いかけですー 江上剛 202
ろう。会長になった途端、気楽そうな笑みを浮かべる大塚を見 て、この男が自分の命運を握るトップかと思うと情けなくて我剛 上 慢ができなくなることがある。 江 倉品は、旧大洋産業銀行出身だが、実力者が派閥争いで次々 と放出されていく様を絶望的な思いで見つめていた。その結果、 大塚が残り、頭取の座を占めた時に、自分の出世、すなわちミ ズナミフィナンシャルグル 1 プでの地位の確保を諦めた。ポス トは、三行に均等に分配されている、実力本位だと建前では言 いながら、そんなことはない。人事のバランスを欠くことは、 経営の安定性を欠くことだ。外部の人間がとやかく言ってもそ れが実態なのだ。 旧大洋産業銀行のトップが大塚 ? これには多くの旧大洋産 業銀行出身者が絶望したはすだ。 ニ〇一三年六月ニ十七日 ( 木 ) 午後六時三〇分 ( 頭取執務室 ) 大塚は、旧大洋産業銀行で総会屋事件が起きた際も、その後 倉品は、藤沼の部屋に急いでいた。本店の廊下がこれほど長もたいした役割を果たしていない。幹部であったが、まったく く感じられることはなかった。 頼りにされなかった。 倉品は、山村の気を抜かれたような顔を思いだした。トップ しかし皮肉なもので何もしなかった結果、頭取というポスト への報告に同行しなくていいと言った時だ。手柄を取られたよ が転がり込んできたのだ。 、つな気になったのだろ、つか。倉品にそんなつもりはなかった 9 旧大洋産業銀行は、扶桑銀行、日本興産銀行と経営統合する ただ余計なことを藤沼や大塚に言ってほしくないだけだった 0 という道を選択した。その統合過程で、個性的な人材はみんな 社会部の記者が嗅ぎ回っているという情報は、まず最初に大外に弾き出されてしまった。あれよあれよという間だった。経 塚に報告しなければならない。倉品は、旧大洋産業銀行の派閥営統合を推進した張本人たちが、次から次へと放出されていっ たのだ。 に属しているからだ。 しかし、倉品は藤沼を選択した。大塚は、会長に棚上げされ、 大塚は、運がいいと周囲から言われた。嬉しかったことだろ いずれ消えるだろう。ミズナミフィナンシャルグループを率い う。明らかに優秀な人材が、早々といなくなり、その誰もが悔 るのは藤沼だ。そのことは大塚自身が一番よく理解しているだ しさを表情の中に隠しているのを見たはすだ。言い難い快感を たという事実が必要だからな」と命じた。 「すぐに手配します。ところであの電話の主は、どう出てくる でしようか」 「彼は我々の動きを読んでいるに違いない。そこでだ、我々も 彼に協力してミズナミ銀行を追い詰めてやろうじゃないか」 柿沢は、何かを思いついたかのように上目遣いになった。 「ちょっと揺さぶりますか 蛭田が、柿沢の意図を察したのか、嬉しそうな表情をした。 「君は、揺さぶりが得意だったね」 柿沢は、冷たく笑った。
旧大洋産業銀行出身者の中には、これで旧日本興産銀行出身こで止めてコンプライアンス委員会にも取締役会にも報告して いなかった。 の藤沼が名実ともに最高権力者になったという不満を漏らす者 かいたが、「大塚ではしかたがない」という諦めの声が多かった 「北沢が報告をしていたものと思っていました」 ことも事実だ。大塚の実力が、ミズナミ銀行という巨大銀行を 倉品はぬけぬけと言った。 率いるには力不足であることを彼らは認めていたのだ。 「議案を確認したり、議題として採りあげなかったことに気づ それを証拠づけるように当の大塚も「少しほっとしたよ」と かなかったのですか」 周辺の者に洩らしているらしい。 柿沢は、鋭い視線で倉品を睨みつけた。 「本日、会長に就任いたしました。よろしくお願いいたします」 「さあ、よく覚えていません」 大塚は柿沢に頭を下げた。 倉品は微妙に視線を避けながら言った。 「そうでしたね。 ' こ苦労様でございます」 「あなたは北沢さんから報告を受けていながら、それをコンプ 柿沢は、全くそのことに関心を示さず、すぐに本題に移った。 ライアンス委員会に報告しろと指一小しなかったということでい いですね 「今回、問題になっているパシフィコ・クレジットは旧大洋産 業銀行と親しい取引をなさっておりましたから、お二人をお呼「失念していました。申し訳ありません」 びいたしました」と二人を呼んだ理由を説明し、反社会的勢力「失念ばかりですね。報告が上がっていない以上、大塚会長も との取引実態をコンプライアンス委員会等に報告することを「失藤沼頭取もこの実態を全く知らないということですね 念」していたという北沢の報告について質問した。 柿沢は、眉根を寄せ、倉品の目をじっと見つめた。 二人は、顔を見合わせ、戸惑った様子だったが、北沢が言う 「報告していませんので、ご存じありません」 ことに間違いないと答えて、謝罪した。 倉品は、わずかに語気を強めた。 大塚は、オンライン事故などの対応に追われていて、反社会 「申し訳ありませんでした」 的勢力排除の取り組みがおろそかになっていたと、理由にもな 大塚が隣で頭を下げた。 らないことを答えた。 その後、何人かの役員にヒャリングした結果、ミズナミ銀行 「オンライン事故とどういう関係があるんですか」 では、反社問題を北沢一人に任せきりにしていることが判明し 柿沢が詰め寄ると、大塚はふいを衝かれたように驚いて「そた。反社取引の解消にも銀行全体で取り組んでいる様子は見え なかった。 れはその通りですが : : : 」とロごもってしまった。 失念したというのは嘘だと柿沢は思った。 コンプライアンス統括部部長であり担当役員の倉品は、反社 取引について報告を受けていると認めた。しかし、それらをそ 実際は、役員たちの中で反社会的勢力排除の意識が希薄化し、 175 抗争ーー巨大銀行が溶融した日
「はあ、言われてみればその通りです - かもしれない。北沢は、何度訊いても「失念」を繰り返すだろ 再び北沢は頭を下げた。 う。もし誰も本当のことを言わないならば、処分を下して訊く 「このロ 1 ンの中には反社会的勢力が入っていたということでしかないか : したが、どういう報告ル 1 ルになっていますか。説明してくだ 柿沢は、頭を下げ続けている北沢を見つめていた。 さい」 柿沢は、北沢の発言を確認するためにコンプライアンス統括 くらしな おおっか 柿沢は、北沢を叱責するような口調になっていた。 部長の倉品とミズナミ銀行会長の大塚を一緒に呼んだ。 「反社取引は、コンプライアンス統括部長が四半期ごとにコン 大塚が呼ばれたのは、。、 ノシフィコ・クレジットは旧大洋産業 プライアンス委員会に報告し、そこで質疑され、その後は取締銀行がメイン先であり、それに加えて大塚はミズナミ銀行前頭 役会に報告されるということになっています。その結果、取引 取として本件を把握しているはすの立場だからだ。 解消に向かっての具体的な取り組みがなされることになってお 大塚は、金融検査中にもかかわらず本日急遽、ミズナミ銀行 ふじぬま ります 頭取の座を藤沼に譲り、会長に就任した。 ミズナミ銀行のコンプライアンス委員会は、頭取を委員長に、 大塚は、これでミズナミフィナンシャルグル 1 プとミズナミ 副頭取や各部長、そしてミズナミフィナンシャルグル 1 プの社銀行、二つの組織で共に会長となった。藤沼は、ミズナミフィ 長など、経営を担う主要幹部が出席し、コンプライアンスに関ナンシャルグル 1 プの社長とミズナミ銀行の頭取兼任だ わる審議などが行われる。 会長と社長、頭取では会長の方が上位に位置づけられている 報告ルールや反社取引を解消する責任が分かっていて何もし と世間一般では考えられているかもしれないが、実権を持って ていないことに、柿沢はミズナミ銀行の悪質さを感じた。 いるのは社長であり、頭取だ。 すさん 「杜撰ですね」 どうして大塚が急遽、会長にいわば棚上げされたかについて 「規則ではそうなっているのですが : 。当事者意識がないと は、ミズナミフィナンシャルグル 1 プの一体化がなかなか進展 しいますか、なんといいますか しないために強引に金融庁が人事を判断したのではと憶測され ている 北沢は情けない顔で再度、釈明をした。 北沢は、「失念」と表現したが、それはあり得ない。北沢の表 オンライン事故により、八神が退任し、ミズナミフィナンシャ 情が無念そうで、一瞬、唇を物みしめたように見えたからだ。 ルグル 1 プの社長には藤沼、ミズナミ銀行の頭取には大塚が就 任したが、金融庁は満足していなかった。これではまだ二頭体 コンプライアンス委員会などに報告をしなかった、あるいは 制だというのだ。そこで会長は大塚、社長と頭取は藤沼に替わっ できなかった本当の理由は、北沢以外の人間から聞くしかない 江上剛 174
彼らが報告を求めなくなった。あるいは報告をしても、それに 「やってきました」 おもんばか 見向きもしなくなった。そこで北沢は、彼らを慮って報告書に 蛭田が報告に来た。 はしぬまこ、つ 記載しなかったのだろう。 大塚、倉品そしてコンプライアンス統括部総括次長の橋沼康江 あるいは、報告しないでいることが、いずれ金融検査で明ら平の三人が慌てた様子で会議室に入ってきた。 かになれば、役員たちに責任が及ぶことを北沢は計算に入れて 三人は、柿沢の前に立ち、まるで裁きのお白洲にいるような いたかもしれない。復讐ということになるだろうか 雰囲気で肩を落としていた。 そこまで考えるのは、うがち過ぎだが : 「新聞を見ました。北沢さんの事件をどうしてすぐに報告しな 柿沢は、この実態を看過するわナこよ、、 。。ーし力ないと考え、大塚かったのですか」 と倉品に「コンプライアンス態勢の不備は看過できない。そこ 柿沢は厳しい顔つきで大塚を見つめた。 で銀行法第一一十四条第一項に基づく報告命令の対象として検討 大塚は、慌てて倉品を見た。 することになるだろ、つ」と告げた。 「報告していなかったのか : ・ 二人は、驚いている様子だったが、報告命令の重みをあまり 大塚は、隣に立っている倉品を咎めるように睨んだ。 深刻に受け止めていないようだった。報告命令から銀行法第一一 「はつ、今朝にもご報告をしようと思っておりました」 十六条第一項に基づく業務改善命令が発せられることになる可 倉品は、大塚を無視して柿沢に答えた。 能性が高い。これは銀行に徹底した業務改善を求めるもので、 「真っ先に報告しないとダメじゃないか」 違反したり、不十分ならば、業務の執行停止や役員交代まで行 大塚がきつい口調で言った。 うことができる強力な命令だ。 「申し訳ございませんー ひど 甘く見ていると酷い目に遭うぞ。 倉品が頭を下げた。 柿沢は二人を見て、思った。 「この銀行は呆れた銀行ですね。なにもかも他人任せだ。報告 同時に北沢に同情した。これほど反社会的勢力との取引謝絶がなされたかどうか確認したらよかったではないですか。反社 に熱意を失っている銀行の中で、一人でその業務を担っていた の問題も北沢さん任せだった。今回の事件は反社絡みとは考え からだ。 られませんか」 その北沢が死んだ。それも殺された。それなのに未だになん 柿沢は怒りで自分の目が吊りあがっていくのを自覚していた。 の報告もない。銀行の幹部が殺害されるような事態が発生した 「それはないと思いますがー 場合は、即座に金融庁に報告をするのが銀行の義務ではないの 倉品が動揺しながら、とっさに応えた。 「どうしてそう言い切れるのですか」 とカ
大きな原因ではないのか、倉品はそう思っていた。多様な人材 覚えたことだろう。 バーになら を集めなかったことが、経営へのショックアプソ 1 しかし、今、大塚は孤独なはずだ。誰も心服していないから なかったのだ。自分のような人材も必要なはずだ。自分と似た だ。倉品自身もそうだ。とっくに大塚を見放していた。 ような人材のいる大洋産業銀行側にいるより、ひょっとしたら 次々と先輩たちが辞めていった結果、トップに立ったという 日本興産銀行側についている方が、生き残れるかもしれない。 大塚とは全く違う。どこが違うか 点では藤沼も同じだ。だが、 それが大塚が頭取になった際の絶望的気分の中で考え抜いた結 と言えば野望があることだ。藤沼は、日本興産銀行の復活とい う野望を胸に秘めている。そしてそれが可能な人間ということ論だった。先月、藤沼が大塚に代わりミズナミ銀行の頭取になっ たことで倉品は自分の選択、すなわち大塚より藤沼を選ぶとい で今のポストを得たのだ。 にしまえ さかまき う選択が間違いではなかったことに自信を持った。 藤沼は、前任の逆巻が達成できす、反対に西前にしてやられ やっと藤沼の部屋についた。 てしまったミズナミフィナンシャルグループを完全支配し、日 ノックする。 本興産銀行の復活を果たすという野望実現のためにはどんなこ 中からドアが開いた。藤沼が一人だ。 とでもやろうと考えている。 「急用とはなんだね。大塚会長はいないのか ? 先月の人事で、ミズナミフィナンシャルグループ社長、ミズ ナミ銀行頭取の地位を得たことで、藤沼の野望にはさらに拍車「連絡しましたので、遅れて来られます . 「そうか。中へはいりたまえ。あまり時間がないから手短に頼 カかかることになるだろ、つ。 日本興産銀行は、日本のエリ 1 ト中のエリートが集まる銀行むよ 藤沼は、ドアを大きく中に開いた。正面に大きな机がある。 だった。今でも本音では大洋産業銀行などというのは三流だと 左手に来客用のソフアと右手には小さな協議用のテ 1 プルと椅 思っているに違いない。実際、そうだから仕方がないが : 日本興産銀行に入るような奴は、大洋産業銀行など見向きも子が配置されている。読書家なのだろうか。ソフアの背後の壁 面は、天井近くまで書架になっていて書物が詰まっている。背 しなかった。今、同じ看板の下に一つの銀行として暮らしてい 表紙を見ると、英語が多い。原書で読んでいるのか。職場で書 ることは、彼らにとって恥辱以外のなにものでもないだろう。 日本興産銀行の復活は、藤沼の野望だが、日本興産銀行出身者物をじっくり読めるほど、トップは時間がないだろう。 こ、つい、つところかエリートらし、 の悲願でもあるのだ。それで経営悪化し、倒産するかもしれな 倉品は、協議用のテープルに藤沼と対峙した。 いというぎりぎりのところまで追いつめられた彼らのトラウマ その時、ノックの音が聞こえたかと思うと、藤沼が立ち上が が解消するのだ。 るのを待たずに、ドアが開いた。 エリ 1 トばかり集めたことが、バブル期に経営を悪化させた 201 抗争ーー巨大銀行が溶融した日
それが金融庁の期待でもあります。ぜひ、その職責をお果たし 柿沢は強い口調で言った。 になるようにお願いします 「いえ、その : : : 、橋沼次長、どうなんだ ? 」 「承知しました。よろしくご指導をお願いいたします」 倉品が、康平に柿沢の質問をそのまま投げかけた。 大塚は神妙な表情で頭を下げた。 「まだ、なんともわかりません」 三人は、会議室を出て行った。 康平は、柿沢を真っ直ぐに見て、答えた。唇を固く閉じてい る。 柿沢は、席につき、蛭田を呼んだ。 「いかがでしたか ? 柿沢は、総括次長の橋沼とはあまり話をしていない。コンプ 質問や問題点は、北沢な 蛭田が訊いた ライアンス統括部のナンバ 「この銀行は疲れるね。誰も本当のことを言わない。相変わら ど各担当分野の次長に直接質問したからだ。 「今回の検査で反社問題の報告がトップになされていないことずそれぞれが派閥に分かれ、その利害得失で自分の行動を決め ているんだ。無責任の極みだよ」 が判明しました。問題がコンプライアンス統括セクション内で 柿沢は、小さくため息をついた。自分たちの検査で、少しで 処理されており、銀行全体で共有されていないというガバナン かなめ も銀行の姿勢を良い方向に変えることができないかと考えてい ス上の問題が浮かび上がったわけです。その要に北沢さんがい るが、このミズナミフィナンシャルグル 1 プには無理な相談か た。北沢さん一人で、問題に対応していた。その彼が何者かに もしれない 殺されたとなれば、反社絡みを疑ってみるのが当然だと思いま 「本当ですね。責任逃れ、なすりつけ合いが多すぎます。それ すが : : : 。私たちとしても今回の事件に非常に関心を持ってい もこれも人事のせいでしよう」 ます。何か事態に変化があればすぐに報告をするようにしてく 、い 蛭田が吐き捨てるように言った。 日 「人事ねえ。表向きは一体のように見えて実際はそれぞれで人た 「わかりました」 事をしているからなあ。特に上層部の人事はそうだ : : : 。本気融 康平は、柿沢を見つめたまま返事をした。 でメスを入れないといけないー 「大塚会長ー 行 柿沢の机の電話が鳴った。これはミズナミ銀行の行内電話だ。 柿沢は大塚を見つめた。 大 巨 金融検査の間、柿沢自身が行員を呼び出す際に使用することが 「はあ」 あっても、かかってくることは滅多にない 大塚が頼りなげな視線を柿沢に向けた。 抗 「大塚会長は、ミズナミ銀行の頭取から会長になられ、大所高「電話ですね」 けげん 蛭田も怪訝な表情を浮かべた。 所から経営を監視する責任を負われていると考えております。
犬も食わない 「なんということだ。私は反社融資のことなど : ばならないんですか。私だって報告を受けてはいません。金融 大塚は絶句した。 庁にそう説明しました」 「今晩辺りは、会長や頭取の自宅に記者が張っているかもしれ 大塚は声を震わせた。 ません。お気をつけください 「いえ、なにも私は責任逃れをしようというのではありません。 倉品が重々しく言い、眉をひそめた。 私もガバナンスル 1 ルから言えば、反社融資の実態の報告を受 「この記者の問題は、反社融資の実態を現経営陣が報告を受け、 け得る立場ではあります。報告を受けていないという責任はあ 知っていたと言っていることですね。しかし私は、パシフィコ・ ります。しかし受けていないのは事実です。知らないことの報 クレジットの反社融資の実態など説明を受けた覚えがありませ告がなかったとしても、ないことが異常だとは気がっかない。 ん。金融検査官にもそう説明しました。反社融資については、 そうじゃありませんか。知り得る立場にはありましたが、知ら コンプライアンス委員会、取締役会に報告することになってい なかったのです。知っていれば、適切に対処しました。でも大 ます。私が、 報告を受けなかったとい、つことは、許されること塚さんは違うでしよう ? ハシフィコ・クレジットは旧大洋産 ではないと思っております。責任は痛感しています。しかし、 業銀行のメイン先です。あなたがその実態の報告を受けていな 本当に私は、そのどちらの会議においても報告を受けた記憶が いということはありえないと思うのが、世間の常識ではないで ないんです。大塚さんは、前任の八神さんから引き継ぎなさっ しよ、つか」 たのでしようか」 藤沼は、パシフィコ・クレジットの問題は、大洋産業銀行の 藤沼はこう言、つと、突き刺さるような視線を大塚に向けた。 問題であるとの認識がどこかにあるのであろう。それは経営統 「何をおっしやるんですか。なぜ私が八神さんから引き継がね合の際、お互いの問題企業についてはそれぞれの銀行の責任で 絶体絶命の夫婦の危機 ! 上沼恵美子上沼真平 年間の結婚生活で繰り広げられてきた、 すさまじくも爆笑の夫婦げんかの結末は ? 朝日文庫 最新けんか話 4 編を加筆′ できれは同じお墓に 入りたい : 腹が立 0 ・定価 691 円 ( 税込 ) ISBN 978-4-02-261793-4 ASAHI お求めは書店、 ASA ( 朝日新聞販売所 ) でどうそ。朝日新聞出版 203 抗争ーー・巨大銀行が溶融した日
二人は有効な対策を講じられたはすだ」 康平は、倉品の考えを推し量り、できるだけ冷静な口調で言っ 倉品は強く言い切った。 コン 康平は、倉品を見つめた。 「私の裁量だ。お二人は、本当に何も覚えておられない。 倉品は、藤沼や大塚と取引をしたのだろう。この男が、ここ プライアンス委員会や取締役会の報告書に反社の記載はあった が、たいした報告をしなかったからだ。膨大な重要案件のある まで潔く言い切るのは、何か裏付けがあるからだ。でなければ これほど覚悟を持つような男ではない。唾棄すべき、こずるい 中で、ほんの小さな案件など、だれがいちいち記憶していると 態度だ。 いうんだ。だから私は、両トップは、報告を受けていないとい 藤沼、大塚の両トップは何も知らない。悪いのは報告を怠っ う、よりべタ 1 な選択をしたんだ。北沢には因果を含めた。だ た現場だ。確かに問題はあるが、これからは両トップの指示の から彼も両トップは何も知らないと、主任に答えたのだ。コン 下で改善に努めます、だから金融庁殿、平にお許しを : ・ プライアンス委員会、取締役会において報告を失念していた、 だから両トップはなにも知らない、そういうことにしたんだ。 倉品は、藤沼、大塚に「上手く収めますから、何も知らなかっ 具体的に反社で何か重大な事件が起きたわけでもない。そもそたということで通してくださいーとでも言ったのだろうか。一一 シフィコ・クレジットの反人は、笑みを浮かべ、「よろしく頼む。上手くやってくれたま、を もル 1 ティン化していた報告だ。パ 社融資など、たいした問題ではないと、北沢が勝手に判断して、本当に金融検査というのは、重箱の隅をつつくようなことばか り指摘する。もはや総会屋も暴力団も過去の遺物なのに、何を 報告を失念したことで検査を収めたんだ」 しわ 倉品の眉間の皺が深くなった。「しかし、藤沼頭取も大塚会長か恐れんだよ」とでも答えたのだろうか。 も過去において反社問題の報告を受けておられます。たとえ実「北沢は、主任検査官に虚偽の答えをすることを、ものすごく 態を深くご存じなくとも、報告をお受けになっていたことは事嫌がっていました。なせなら、彼はなんとか両トップに反社報 告をしようとしていたからです。それを受けなかったのは両トッ 実です , プの責任です。私の責任も痛感していますが : ・ 康平は倉品に強く言った。 康平は興奮を抑えながら言った。 「しかし、なんの記憶も認識もなければ、報告を受けていない 「もうそれ以上言うな。両トップを守るのも男の仕事だ。主任 のも同然だ。責任は、私にある。私がもっとこの問題に関心を によけいなことを話すんじゃない。お前が傷つくだけだ」 向けさせるように努力すればよかったんだ。検査で重大な指摘 倉品は、ふたたび椅子の背もたれに身体を預けた。 をされるだろう。しかし責任は全て私にある。藤沼、大塚両トッ 「今日、六時から北沢の通夜が行われます。明日十三時から葬 プは何も知らなかったのだ。知らなかった責任は確かにある。ー しかしそれは知らされるべき体制の問題だ。知っていれば、お儀です。常務は、如何されますか , かが だき 江上剛 180