しんそこ うで ふて居た上人様にも、真底からは我が手腕たしかと思はれざりし たはずで、エゴイストにもなりかねない十兵衛の達成の物語は、 たのも 歟、つく、頼母しげ無き世間、もう十兵衛の生き甲斐無し、た最後まったく違う「人としての信義の物語」に変わってしまう。 ならび たっと めんほく ま / ( 、当時に双なき尊き智識に知られしを、是れ一生の面目とおなにがそれを可能にしたのかといえば、言うまでもない。「明治文本 あだ しんはかな もふて空に悦びしも真に果敢無き少時の夢、嵐の風のそよと吹け学きっての名文」と言われる暴風雨の描写である。 あの ば丹誠凝らせし彼塔も倒れやせむと疑はる、とは、ゑ、腹の立つ、 幸田露伴は緻密な描写力を持っている。ということは当然、人 おれふ やっ やっこ 泣きたいやうな、それほど我は腑の無い奴か、恥をも知らぬ奴と並み以上の写生眼を持っているということだが、『五重塔』の嵐の 見ゆる歟、》 ( 同前・其三十四 ) シ 1 ンは、写実的な自然描写、情景描写なんかでは全然ない。そ れはこのように始まる突拍子もないものである 十兵衛の「嘆きーではない「怒り」はまだまだ続いて、「人の信 を得られない自分の作った塔なんか倒れてしまえ ! 嵐で塔の釘 《夜半の鐘の音の曇って平日には似つかす耳にきたなく聞えしが いだ が一本でも抜けたら死んでやる ! 」というところへまで行ってしそも / 、、漸々あやしき風吹き出して、眠れる児童も我知らず夜 なまあた、 まう。もう「近代」もへったくれもない、「極端を踏まえてしつか具踏み脱ぐほど時候生暖かくなるにつれ、雨戸のがたっく響き烈 しようはくこずゑてんま と立つ」という典型的な幸田露伴的人物になってしまう。その十しくなりまさり、闇に揉まる、松柏の梢に天魔の号びものすごく おこ やしゃ 兵衛を形容する言葉がなにかと言えば、北村透谷が望んだ「侠 . も、 ( 中略 ) 猛風一陣どっと起って、斧をもっ夜叉矛もてる夜叉餓 いっせいあ である。 えたる剣もてる夜叉、皆一斉に暴れ出しぬ。》 ( 同前・其三十一 ) 「侠ーなる男十兵衛は、「いざとなったら死んでやる ! 」という思 いで、刃の光る鑿を手にして嵐の五重塔の最上階で足を踏ん張る。 この嵐の描写は擬人法なんかではない。《人の心の平和を奪へ平 きも えいぐわ やつら みだ 「侠ーなる男はもう一人、同じ嵐の五重塔の下にもいて、「もしも和を奪へ、浮世の栄華に誇れる奴等の胆を破れや睡りを攪せや、 なみ 搭に万一のことがあったらひどい目に遭わせてやる」と思う源太愚物の胸に血の濤打たせよ》 ( 同前 ) と叫ぶ《飛天夜叉王》とその は、風雨の中で待ち構えている。十兵衛のやり方を信用すればこ眷属が人間世界に襲いかかるそのことこそが、『五重塔』を書く幸 そ、源太は源太なりの思いやりを見せているのだが、そのように 田露伴にとっての「嵐ーなのである。 なぶ して十兵衛は、朗円上人ともう一人、源太という信頼すべき人間 荒れ狂う夜叉達は容赦がない。《嬲らる、だけ彼等を嬲れ、急に ほふ を持っことになる。 屠るな嬲り殺せ、活しながらに一枚々々皮を剥ぎとれ、肉を剥ぎ しん とれ、彼等が心臓を鞠として蹴よ、》 ( 同前・其三十一 l) と襲いか かろ 四明治文学きっての名文 かる。なぜこんなに残酷なのかと言うと、《人間は我等を軽んじた いやし にヘ り、久しく我等を賤みたり、我等に捧ぐべき筈の定めの牲を忘れ 幸田露伴にとって、一番重要なものは「人としての信義ーであっ たり、》 ( 同前 ) からなのだそうだが、夜叉ならぬ身の私には真偽 のみ がひ ぐぶつ けんぞく やはん つるぎ ひと こども
りもしちゃいけない。分かるか」 池波も同意を一小した。 「うん」 「家畜の存在意義なんて、普通は幼稚園はおろか小学校でも教 「家畜に敬意を払い、食べ物を大事にすること。それを続けて えることがないからなあ。ほら、中学校でイジメやら自殺やら いれば、少なくとも自分を恥じることはないとわしは思う」 ニュ 1 スになることが多いじゃないですか。あれだって物心っ そう言って瑛太の頭をわしわしと撫でた。 く頃に命の尊厳をきっちり教えてこなかったからじゃないかと、 僕は思ってる。やつばり一番大切なことは最初に教えた方がい 翌日になると、凜が行った課外授業は園の関係者全員に知ら れるところとなった。 「今度、あたしの組もその牧場に連れて行こうかな。凜先生、 「聞いたよ 1 、凜先生。やるじゃないの、例の課外授業ー 先方の連絡先とか知ってるんでしよ。後で教えてよ」 早速食いついてきたのは、まりかだ 「あ、はい」 「もう当日にも反響があったんだって ? 園児が家のご飯、残「舞子先生はどう ? 同じ年少組なんだから月組もひとっ噛ん さなくなったらしいじゃない」 でみたら」 それは凜も保護者との連絡ノートで知っていた。 まりかが水を向けると、舞子はひやりとした声で「わたしは 「まあ、こんなの牛乳じゃない 1 って市販の牛乳に文句言う子結構ですーと言った。 が出たという副作用もあったんですけど : 「え、舞子先生は命の授業に否定派なの」 「でも、凜先生自身は後悔なんかしてないでしよ」 「否定も何も、それ以前に組んだカリキュラムというものがあ 凜は遠慮がちに頷いてみせる。 りますから」 偶然だったが柳田はい、 し教師になってくれた。命の尊さ、そ まりかに応えた後、舞子は凜に向き直る。怜悧な眼差しがい して他の命を食らわなければ生きていけない矛盾と切なさを、 つにも増して尖っている。 園児にも理解できる言葉で教えてくれた。三歳児には多少衝撃「星組の子が不憫でならないわ」 だったかも知れないが、命の価値を知ることには相応の重みが 「はい ? 」 ある。 「前にも話したけど、同じ年少組だから二つのクラスはすぐ比 「命の大切さを普段の食事に結びつけて教えることができたら、較の対象になる。命の授業だか何だか知らないけど、丸々半日 最高の食育だよね。これはファインプレイじゃないの」 分の授業を後回しにしてしまったのよ。小学校に上がる時、合 「確かにそうだよね」 格率に差が出たら、あなたは園児や保護者に対してどう責任を 119 闘う君の唄を
「関圭次について、この子は調べているよ「菊池少佐の妻だった女性です」 いう話は、今になっても尚、どこからも聞 、つです」 「菊池の妻 . こえてこない。おそらく太平洋連合など、 ′父″がいった。辻は瞬きした。 辻がつぶやいた。 そうした兵器が存在することすら知らんだ 「何をしているのかね」 ろ、つ」 しとし 「菊池少佐の研究の助手をつとめていた関「現在は糸井ツルギと名乗っています。新辻は首をふった。 です。少佐を殺害し、研究の成果である新宿の闇市、ツルギマーケットを支配するツ 「そんなに大変なものなのですか」 兵器をもち去ったといわれている人物です」ルギ会の会長です」 「そうなるな。あれの運用に成功すれば、 由子はいった。 「ツルギ会の名は聞いたことがある。菊池アジア連邦、いや我が国は、世界最強の軍 辻はあいまいに頷いた の妻がまさかそんな仕事をしているとはな」備を有することができた」 「あの関か」 辻は首をふった。 由子は目をみはった。それではまるでか 「辻さんは、その人物に関する情報をおも「今になって報復をしようというのか」 っての核兵器のようなものではないか。 ちでしよ、つか」 ′父″がいった。 「核兵器ですか ? 」 「もっとるよ。だがなぜそんなことを知り 「わかりません。そういう単純な動機では「何だね、それは ? 」 たいのかね。あの事件は憲兵隊が捜査し、 ないような気がします。関圭次というのは辻は首を傾げた。 未解決のままだ」 本名ではなく、元の所属は陸軍情報部だと「原子爆弾のことをいっているのか」 「関圭次の居場所を知りたいのです , うかがいましたが、菊池少佐はいったいど〃父″が訊ね、由子は頷いた。 「市警本部が今になって捜査をするのかね」んな新兵器を開発しておられたのでしよう 「あんな机上の空論ではない」 由子は首をふった。 か」 腹立たしげに辻がいったので由子は驚い 「そうではありません」 由子は訊ねた。辻は沈黙していたが、やた。こちら側に核兵器は存在しないようだ。 「ではなぜだ ? 」 がて答えた。 「関圭次は、その新兵器の鍵を握る人物だっ 「ある人物から、関圭次に関する情報を求「それに答えることはできんな」 た。それだけは教えてあげよう。関がいな められているのです。捜査に役立つ情報と「しかし二十五年前の新兵器など、今は価ければ、決して開発はできなかった」 の交換条件です」 値を失っているのではありませんか . 辻はいった。 「ある人物」 由子は〃父″の言葉を受け売りしていっ 「しかし関は研究者ではなく、情報部に所 来 由子は頷いた。 属していたと聞きました」 去 「何者だ」 「いや、失ってはいない。なぜなら、あの 「そうだ。偽名で、菊池少佐の研究に協力帰 ″父″が訊ねた。 新兵器に類するような兵器が開発されたとしておった。それは必ず守らなければなら
その点について訊ねると、レンは車窓に横目を投げた。 「内側から、窓の鍵を開けておいたんじゃないの。そうしてお いてあとから、悠々と盗みに入るつもりだった。一海さんが毎 「どういうことだ、レン。おまえ、何か知っているのかい」 晩、きちんと見回りをしているとも知らずにね」 変わらず車を走らせながら、私は後部座席のレンに訊ねた。 つまり男子は、ランがそばにいては賽銭をくすねることがで 今朝、真海が目撃したという男子の話である。 きないと悟って機を改めることにし、いつでも侵入できるよう ゲ 1 ムがうまくいかなかったのだろう、レンはクソ、とつぶ に窓を開けておいたというわけか。とっさの機転だとすれば、 ゃいたあとで、ようやく顔を上げた。切れ長の目が、ル 1 ムミ なかなかに悪知恵がはたらくーその頭を何か別のことに活か ラー越しに私を見つめている。全身に黒めの服をまとっているせなかったのか、と私は嘆かざるを得なかった。 のは、行き先が葬式だから、という配慮だけではない。彼はと 「でも、それならどうして朝を待って盗みに入ろうとしたんだ りわけ黒を好み、明るい色の服はあまり着たがらないのだ。 ろう。夜の間のほうがよっほど、誰かに見つかる心配もなく、 「結論から言うと、お賽銭を盗みにきたんだよ」 安全にやり遂げられると考えそうなものだけど」 「お賽銭を ? やつばり部活に行くついでだったのかな、と私が言うと、レ 「たぶん、納骨堂ってところにはお賽銭があることを知って、 ンはまたしてもふんと笑った。 寺住まいのランに取り入ったんだろうね。同性のオレに頼まな 「わかんないんだ、一海さん。ものすごく単純な理由だと思う かったのは、お人よしのランとは違って断られることが目に見けどな。単純だけど、中学生の男子にとってはそれなりに切実 えてたから」 で、くだらない理由」 くだらない理由 ? まさか たしかに納骨堂には賽銭箱があるほか、お参りにきた方が納 骨壇に小銭をお供えしていくことも多い。しかし 「怖かった、ってことかい」 「昨日、彼は納骨堂に入ったんだろう。どうしてわざわざ、今 「たぶんね。昨日、あいつが帰る頃にはもう、陽が暮れかかっ 朝になって盗みにくる必要があるんだ」 ていたはずだから。場所が場所だしね、真っ暗な納骨堂に忍び 「そりやもちろん、ランがすぐそばにいたからだよ。いくら人込むことが怖くてできなかったんだ」 ばちかぶ を疑うことを知らないランでも、一応は寺の子だからね。さす「賽銭泥棒やら罰被りなこと企んどるのに、幽霊ば怖がっとっ がに賽銭泥棒を見逃すほど間抜けじゃない」 たとか。子供の考えることはわけちやわからんな」 とはいえ納骨堂には鍵がかかっている。それは昨日、ランと 真海が口をはさんだ。私も隣で、同感を示すため息をつく。 一緒に納骨堂へ入った男子にはわかっていたはすだ。 「ほんと馬鹿だよね、うまくいくわけないのに。不良中学生の 129 道然寺さんの双子探偵
はため と飽くなき探求心を抱くまでになったのである。傍目にはいま なことを言った。 もほっそりして見えるが、最近では体重が微増しつつあること 「あら。本当に、そのとおりだったのかしらー が、思春期真っただ中の彼女にとって一番の悩みだそうだ。 私と目を見合わせたあとで、レンは彼女に問う。 「それで今日、レンは迷惑をかけませんでしたか」 「どういう意味だよ。そのとおりも何も、慎太郎さんたちが認 非難したつもりはなかったのだが、夕食前にお菓子を食べて めてるんだぞ」 いることを指摘され、それなりにダメージを受けたのだろう。 すると、ランは上品な笑みを浮かべる。その表情に私はふと、 みろくばさっ ランはなんばん往来の残りをさっさと頬張ってしまうと、強引 弥勒菩薩のアルカイク・スマイルに見るような、普遍的な何か に話を逸らした。 を感じずにいられなかった。 おとなしくしていたよ、と答えようとしたところに、レンも 「レンはすぐ、誰もかれも悪者であるかのように考えるからい 居間へ入ってきた。 けないわ。覚えておきなさい、《仏千人神千人》という言葉を - 「迷惑どころかオレ、遺族のトラブルを解決してやったんだぜ」 昼間のレンと似たようなことをのたまう。もっとも、その内 得意気にロの端を持ち上げている。帰りの車中で、レンの推容は対極と言っていい。仏千人神千人なら私も知っている 理を大神家の人々に伝えたこと、そして慎太郎らがそれをただ世の中には善人がたくさんいるものだ、という意味の言葉だ。 ちに認めたことなどを話してあった。聞きながら真海は、何度「 いいこと、つまり香典泥棒は かもの言いたげにため息をついたものの、すでに済んだとあっ 続くランの話に、私とレンはそろって絶句し、青ざめた。顔 ては詮ないことと思ったのか、結局出過ぎた真似をした私をた色の悪い私たちを見て空腹の限界とでも勘違いしたのか、夕食 しなめることはなかった。 の肉じゃがを盛った大皿を居間に運んできたみずきが、ごめん 「遺族のトラブルって ? 」 なさいニンジンになかなか火がとおらなくて、と涙目で謝った。 興味を持った様子のランに、レンは香典泥棒の一件を詳しく てんまっ 話して聞かせた。ことの顛末はほば私からの伝聞に相違なかっ たが、レンはまるで自身が体験したかのごとく鮮やかに再現し てみせた。その途中、レンが何気なくなんばん往来をひとっ取っ 故大神慎之助の四十九日法要は、私が担当することになった。 ふたなのか て食べ始めたとき、ランがその顔にショックの色を浮かべたの それまでの七日ごとのお経は、別件で葬儀が入った二七日を を私は見た。まさか、八個すべて自分が食べてしまうつもりだっ除いては真海がひとりで行っていたし、本来なら特別な意味合 たのか。 いを持っ四十九日こそ住職が向かうべきであると言えよう。だ ひととおりレンが話し終えたとき、ランが口をすばめて意外が、他の法事と時間が重なったことに加え、私がどうしてもと 岡崎琢磨 140
祖父はかって琥代がいじめに遭ったのを自分のせいだと思っ リンチだ。理由なんぞないんだ。新兵がはけロだったんだろう ている。「俺が琥代なんて、名前をつけたせいだな」と。 な。生きてくことは、我慢ばっかりだろ。軍隊ときた日にや我 「名前のどこかに『虎』って字を入れたかったんだよ。男でも慢しかない。しかも、いっ死ぬかもしらん。だからはけ口が必 女でも。虎は強いからな。無駄に群れない。一人で生きていけ要なんだよ。俺たち新兵は、敵と戦ってたっていうより、ずつ い′、さ る。いや、一匹で、か」 と上官と戦してた感じだな。憎かったのは鬼畜米英より上官だ 「そんなことはどうでもいいの。いまの私の学校での話」 小島明日香は「ネットをやめることなんてできない。それつ 「よく我慢したね」 て無人島に一人で流されるようなもの。中学生に必要なのは、 祖父は気が短い。高齢者を狙った訪問販売や電話セ 1 ルスは、 食べ物と水と酸素とネットだよ」と光合成について述べよ、と相手が気の毒になるくらい怒鳴りつける。しばしば「喧嘩腰」 いう設問の解答みたいに言う。 と人に言われる琥代の口調は、たぶん十代の頃から二人だけで そういうものか。琥代自身は、業務のためにしかたなくガラ暮らしてきた祖父譲りだ。 携帯とパソコンでメールは打つが、もツィッターもフェ 「逆らったらそれこそ半殺しだ。いや、同じ部隊には罰直に耐 かわや イスブックも、もちろんプログもやらないし、他人のそれを見えられなくて、厠で首を吊ったやつもいた。だから我慢した。 ることもない。 でも、復員した俺がまず何を考えたかっていうと、仇討ちだ」 だけど、ネットがいまの中学生に酸素と同じぐらい欠かせな 「仇討ち」 いものなのだとしたら、一朝には解決しないその是非は置いと 「そう。上官への復讐だな。首を吊ったのは俺と同郷の男だっ いて、とりえあえず小島明日香に、正常に呼吸できる酸素を取たんだ」 り戻してあげないと。 「何をしたの」 「とりあえず、俺を殴った回数がいちばん多くて、違う班だっ 掃き出し窓の前に座る祖父は視線を、ろくに見えていないは さざんか たのに、俺の同郷の男の罰直に加わっていた奴を狙った。そい ずの庭の山茶花から寒々しい色になってきた空へ移した。 ひど 「昔からあったからな。俺が戦争に行った時も酷かったー .. 一 つの出身地は知っていた。そこに行って家を探したんだ。小さ 「あれ、昭三さん、前に言ってなかったっナ。、 。しまの子どもは な町で珍しい苗字だったから、三日目で居場所を突き止めた。 殴られて育っていないから人の痛みを知らないって」 樫の木の棍棒を持って、玄関のガラス戸から声をかけた。「こん 祖父は「そんなこと言ったかね」と惚けて話を続けた。 にちは』ってな」 ばっちよく 「上官に朝から晩まで殴られたり、罰直を食らったりしてな。 「それで」 罰直ってのは、なんだ、そう、いまどきの言葉で言やあ、集団 「出てきたよ。本人が。棍棒と俺の顔を見て、何をしに来たの あだ 荻原浩 50
玩具売場に行きたがる龍人をなだめて、メンズと一階下のレ 『小島明日香撲滅計画、賛成 ! とりあえずツィッタ 1 の中で ディ 1 ス、二つの売場を何度も往復した。 は、コジアスって呼んでやろう。後ろにをいつばいつけて。 ex) 怪しまれないように注意しながら、二人連れ、あるいは数人 ↑コジアス』 連れを監視する。休日の中学生は、特に女子は、学校とは別人 こちらの「名前」は初めてみる。賛同者 ? 一緒にいる誰か が送っているのか ? になるから自信はないのだが、少なくとも、琥代の知る顔はい ないようだった。 とりあえずファッションビルの隣にあるコ 1 ヒーショップを 1 ・ / 0 覗いてみた。念のために喫煙席まで確かめたが、中学生らしき 『買い物終わた。 e シャッゲッチュ。ノドかわいた。なんか飲姿はない。 みに行くか』 Ⅱ】。居場所は向こうが教えてくれた。写真付きだ。 『なんか飲みに』どこだ ? 今度はすぐには行く先を思いつけ 『マックシェイクの新メニュ 1 / ( : ) 』 なかった。龍人がめったに穿かない琥代のスカ 1 トを握りしめ こっちじゃない。向かいのハンバ 1 ガーチェーンだ。アイス てくる。 コーヒ 1 と龍人のためのフライドボテトを手早くオ 1 ダ 1 して、 「母ちゃん、おしつこ」 二階フロアに上がる。 うん、おしつこ、教えてえらいね。でも、なぜいま ? でも、ここにも知った顔はいなかった。この店の飲食フロア は二階だけだ。 あわてて龍人を女子トイレに連れて行く。その間にもまた 1 ・ LO 0 1 ・ワ朝 「母ちゃん、ポテト食べたい」 トイレだろうか。空いているテ 1 プルで待っことにする。 『田中由衣撲滅運動が残念ながら失敗したいま、我々は高らか に宣言しよう。小島明日香撲滅計画の推進を ! コジマの「女 ですものオーラ」はタナカより数段ひどい。知ってるか ? 自 『小島明日香改めコジアスのバカつぶり報告 5 その 分のこと『コジアス』って呼んで欲しいってゆってるんだぜ。 弁当の中のタコウインナーを自分でつくったと自慢するう、 ゲロゲロ』 男子にだけ。しかもサッカー部限定。サッカ 1 男子フェチだよ。 居場所の参考にはならないが、わかったことが、ひとつ。 日本代表ウッチ 1 の等身大タオルにくるまって寝ているとの噂 や、最初からわかりきっていたけれど、確信したくなかっただ D 』 どこだ。どこにいる ? けだ。予断は禁物などと自分に言い聞かせて。 show the flag は、三組の誰かだ。 もしかしたら、ハンバ 1 ガーショップのツィ 1 トをした時点 リプライ 二分後、このツィートに返信が来た。 で、ここにはいなかったんじゃないだろうか。大きくもない街 53 サークルゲーム
-6 「しかし、最近の子は牛なんか見て面白がるものかね」 動物でな。自分に危害を加える者かそうでないかをちゃあんと 里 柳田は快活に訊ねてくる。 知っとる」 にきと 「宝登山まで行きや動物園だってあるだろうに」 すると、今まで牛を下から覗き込んでいた仁希人が不思議そ山 中 うに呟いた。 「牛だって充分に面白いですよ。ウチの園児でも、本物の牛を 見るのが初めてという子は多いですもの」 「おつばいがいつばい : 星組の園児の大半はサラリ 1 マン家庭の子たちで、牛や豚な 「そりゃあそうさ。お前らの飲む分まで牛乳出さなきゃならん どの家畜を飼っている家は皆無だった。 からな。乳房が二つきりじゃあ、とても足らん」 案の定、放牧場の牛を見た園児たちは例外なく目を輝かせた。 「えつ、この牛さんから牛乳が出るの」 「すごい、すごい 「何じゃ、最近の子はそんなことも習わんのかね」 「牛って大きい : : : 」 「ボクたちがいつも飲んでる牛乳が ? 「きゃああああっ、可愛い、可愛い ・ : けど怖い」 「他にヤギ乳とかもあるが、店で売ってるのは、まあ全部牛か 他の園児が恐々と距離を取る中、真っ先に牛に触れたのは栞ら搾ったものさ」 だった。 仁希人と同様に初耳だったらしい園児たちが一斉に驚き、そ 「わあああー、足の付け根、ふっさふさだー」 の様子を見た柳田もまた驚いた。 「し 1 ちゃん、次、あたしに触らせて」 「この子たち、三歳、なんだよね ? 」 「違うよ、今度はボクの番だよ」 よ、はい」 牧場独特の臭いも気にならなくなったのか、園児たちの好奇「最近の親たちは家で何を教えとるんかね。牛乳は工場かどこ 心は全開となる。我も我もと目の前の牛に手を伸ばす。 かで一から作っているとでも説明しとるのかなあ」 「こらあ、毛を引っ張っちゃ駄目だよ」 柳田の慨嘆はもっともだが、園児たちの無知を一方的に責め る訳にもいかない。 「ははは、三歳児の手で引っ張ったくらいじゃびくともせんよ」 柳田の言う通り、牛たちは園児に触られても気にする風もな この子たちも母親に連れられて買い物に行ったことがあるだ く、悠然と草を食んでいる。 ろう。しかし、そこで売られている肉や魚の多くは切り身にさ 「すいぶん人間に懐いているんですねー れ、パック詰めとなっている。 かいり 「子牛の頃からずっと面倒見とるからね。人間慣れしとるよ。 つまり生産地と消費地があまりに乖離してしまっているのだ。 それにのろのろ動いているから鈍臭そうに見えるが、牛は賢い 牛や豚を見て、すぐに肉を連想できる幼児は多くない。逆にパッ ほどさん
むことでございましよう」 伊豆千代丸はその場に立ちつくしたま 「まつりごとはそのように甘いものでは ま声もない。 あしかがくほう ない。この関東の地で、足利公方家や両 「そなたは、人を殺すのが武士のなりわ 上杉氏と対抗していくためには、わが北 いだと言ったな」 その日を境に 伊豆千代丸の姿は小田原城内から消え条氏の権威を高めねばならぬ」 氏綱は腕組みをし、集落の焼け跡を静 た。家臣たちはおおいに慌てたが、ひと かに見つめた。 。しくさに出ればわしとてた り当主の氏綱のみは平然としていた。 「たしかこ、、 主な登場人物 めらいなく敵を殺す。そうせねば、自分「騒ぐことはない。あれも、すでに十四 北条早雲 : ・ 小田原北条氏の初代。姉の が命を奪われるからだ。だが、それは一歳だ。おのが目で見るべきものを見、お 北川殿が今川義忠に嫁いだことをきっか けに今川家の内紛を取りまとめ、駿河興 面にすぎぬ。武士の役目はいくさのみでのが耳で聞くべきものを聞いてくればよ 国寺城主として地歩を固め、明応二年 。途中で野垂れ死ぬようなら、あやっ はない。土地を治め、武力をもって民の ( 一四九一一 l) 、堀越御所を襲撃し伊豆一国 はそれだけの器だったということよ . 暮らしを外敵から守る。それが、われら を平定することに成功、明応六年に小田 それきり氏綱は伊豆千代丸のことを話 武士が天から与えられた仕事だとわしは 原城を乗っ取り、嫡男の氏綱を城主に据 題にすることを周囲に禁じ、領内の経営 思っている . える。さらに永正十三年 ( 一五一六 ) に は三浦氏を滅ばし、相模一国を版図にお と周辺の大名との外交に没頭した。 「父上・ : さめた。永正十五年に氏綱に家督を譲り、 このころ、北条氏綱の身辺には変化が 「武士が嫌だと申すなら、いますぐにで 翌十六年に没す。 も縁を切ってくれる。どこへなりとも行あった。 さきの 小田原北条氏一一代。小田原 北条氏綱・ : 公家最高の家格を持っ五摂家筆頭、前 くがよい。そして、この乱世で生きるこ かんばく ひさみち 城主として、古河公方当主の足利政氏の との厳しさを骨の髄まで味わうがよかろ関白近衛尚通の息女を、京から後妻に迎 嫡男・高基を調略し、政氏に叛旗をひる えたのである。 がえさせた。父・早雲の遺志を継いで、 関東平定を目指す。風魔一族の加羅との 「これも、兄者の言うまつりごとでござ 「わたくしは : : : 」 間に嫡男・伊豆千代丸 ( 後の三代・氏康 ) 「おのれがこの世に生をうけたことの意りますか」 ちょうこう をも、つける。 味を、一度、じっくり考えてみるのだな」 末弟の長綱が、皮肉な目をして氏綱に 北条長綱 : : : 早雲の末子で氏綱の腹心。 言った。 氏綱が突き放すように言った。 箱根権現別当を務める。 「伊豆千代丸が知れば、さぞや怒り哀し 275 北条五代
ん、持ち合わせがなくて : : : 少し、貸していただけないで しよ、つか。すぐに、返しますからしといっている。青白く、 頼がこけたイシカワくんが、少し咳をしながら、そうい、つ と、みんな黙って、お金を貸してくれる。もちろん、ほと んどの場合、戻って来ないことは知っているのだが。 イシカワくんとて、借金は返したいと心の底から思って いるにちがいない。それにもかかわらず、イシカワくんは、 返済することができない。少し余分な金を持っていると、 それは、つまらぬことに使いたくなる。そして、そのよう な心弱い自分を、イシカワくんは、責めるのである。 イシカワくんは、この店にもッケがある。なので、イシ カワくんは、注文をする時にも、目を伏せて「コーヒ 1 お願いします」という。ほんとうは、ド 1 ナツも食べたい一 : お願いします」としかいわ 時だって、ただ「コーヒー ない。だから、わたしの方から、「ド 1 ナツは、い、が し、つ 高橋源一郎当 ( ぢの文章教室 カそりいな願 と そに追ナ心とワんをたい払いえコ う悩いカ配のくな考い 「名文以上の文章」 いん詰ハい邪んこえ、イたま ヒ うでめラら魔だとてとシいす三 1 が書けるように いらさなにつばいいカ も なるってほんとう ? のてれんいなてかるうワと ロ もたはっ、りの熱くい た詩考でいんう の だ書、そりをえは思は意そす 好きな文章を し書てない 、志れよ ろけ つ みつけることこそ、 ないいいをそはで る日い つ 上手な文章への一歩。 いたてか内うあは か時中う 。にいる のり は だす大そ秘うの 「文章の専門家」や ろる丈うめ借だ や書金 ド 「エラい人」以外の、 うら夫感て金 1 けや みんなのための かしなじいをたナ き るそ いのるるすだ つんの 人気の文章教室開校 ! ! ツ のだ時。べ と だろだそてあひ うつの払ると 定価 1 , 680 円 ( 税込 ) つ 詩かてこっ ろ 四六判 978-4-02-251077-8 を。あとての ん つ 書イるばしで も な くシ。かまはお の お求めは書店、 ASA ( 朝日新聞販売所 ) 朝日新聞出版でどうそ。 A S A Ⅲ 2 青少年のためのニッポン文学全集