言葉 - みる会図書館


検索対象: 小説推理 2017年1月号
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1. 小説推理 2017年1月号

証券が船か。では、わたしは差し詰か ? まるで、聞こえぬ言葉が届いたかのよう め、酔いどれ船の船長か : ーーさて、どうだろう。故郷とは有り難いに、プラキストンのガラスの瞳が波立つよう バトー・イープル、とプラキストンはれんが少々煙たいものでもあるのだよ、おれん。に揺れた。瞳はわずかに色を変え、プラキス の知らない言葉でつぶやいた。 ちょうどロうるさい父親のようなものだ。わトンは立ち上がって、れんのそばへ来た。 ーーーもう行きなさい、食事がまだだろう。 たしはいっか函館を去るかもしれぬ。しか 何も心配することはない。しばらくは 厳めしい顔にかすかに優しい笑みが浮かんし、またどこか別の土地へ流れていくかもし本国に戻ることはない。こちらでまだしなく れぬ。 てはならぬことがある。 うなずいて書斎を辞しかけ、れんは急に不「どこさ行かれるのですか ? 「だども、旦那様がおられなぐなったら、ど 安になって、プラキストンに向き直った。 ーーまだわからぬ。いっかは、の話だ。今うしていいか : : : 」 「旦那様、お尋ねしてもよろしゅうございますぐではない。 口に出してみると、プラキストンが今にも すか ? 「サムディ : : : 」 いなくなってしまいそうな気がして、急に涙 , ーーうむ、よろしい 言いかけて、 , れんは言葉に詰まった。言 いが込み上げてきた。 「旦那様は、イギリス国へお戻りになられるたかった言葉が喉の奥で出口を捜して行き惑「グッドガール」 のですか ? 」 プラキストンがその大きな手のひらで、れ プラキストンは、じっとれんを見返した。 瞳に言葉を宿らせて、れんはプラキストンんの頬を包み込むように撫でた。地熱のよう なぜそう思うのだ ? を見つめた。 な温みがじわりとしみわたり、不安がしだい 「おそのさんが : いつの日か旦那様がイギリス国にお戻りにに鎮まっていく。安堵に後押しされるように 「おその ? なるなら、旦那様の船に乗せて、れんを連れ涙の代わりに微笑みが、れんの頬に浮かん 「いえ、もしがしだらと : : : 」 て行ってください、何でもします、荷物のすだ。 おそのには何もわからぬ。わたしはまみに入れて下さるだけでいい、雨風にも夏のガラスの瞳に照らされて、れんは自分が七 だ故国には戻らぬ。 暑さにも船酔いにも耐えます。ですから、ど色にきらめくような心地がした。 プラキストンは憮然として宙をにらんだ。 うか、どうか、れんを船に乗せてくださいま人間もガラスのように光をうけて美しくき 「んだば、いっかはお戻りになられるのですせ : ・ らめく一瞬がある、ガラスの瞳の光を受け

2. 小説推理 2017年1月号

た (thou) 」呼ばわりする。 エミリアはイアーゴーを愛している。高潔人を愛していない人の言葉は汚く、貧し 「あんたは悪魔だ」 な将軍であるオセローよりも、単なる旗持ちい。 「奥様はあんたみたいな汚い買い物を大事にのつむじ曲がりのイアーゴーを信じている。 だから僕の言葉も貧しかった。僕の心のよ なさりすぎた ! 「この悪党の言うことをきつばり否定してうに貧しかった。 「あんたが倍のカで私に害を加えようったつよ、男でしよ。こいつあんたから聞いたって「あの歌はなんの前触れだったのでしよう、 て痛くもかゆくもない。ああ、馬鹿、ああ間一一 = ロうんだよ、奥様が不倫したって。あんたは奥様 ? 抜け、泥みたいに愚鈍だよ ! あんたがした言いっこない、いくらなんでもそんな悪党じねえ、聞こえますか ? 私、白鳥のように ことはねーーー」 ゃない。はっきり言ってよ、私は胸がいつば歌いながら死んでいきます。柳、柳、柳の歌 僕も、真由からけちょんけちょんにけなさいで」 れた。 僕も胸がいつばいになる。どんなダメな男ムーア、奥様は貞節だった、あんたを愛し 僕の不倫は真由の言った通り、職場のみんでも、愛される。僕も、かって、真由から何ていらした、無態なムーア、 こうして私の魂は天国へ、真実を話したの なはとうに知っていて、あの後、陰で、ある度も、好きと言われた。 いは公然とからかわれたり非難されたが、真女の一一一一口葉はやさしく、豊かだ。いや、人をだから。 こうして思ったままを話しながら、ああ、 由がセクハラで訴えたりネットで暴露したり愛している人から出てきた言葉はやさしく、 せずさつばりと姿を消したこともあって、特豊かだ。 死んでいく」 おおごと に大事にはならなかった。僕はそれを真由かそうだ、シェイクスピアは女の味方というロの中をいつばいに苦くして、僕はエミリ らの最後の愛饋たと受け取っていたが、次第より、人を深く愛している人の味方なのだ。アの台詞を語る。 ( 第四話・了次回四月号掲載 ) に、男として心底見限られただけなのかもし人を深く愛した経験があるに違いない。 れないと思うようになった。 それなのに、イアーゴーときたら、エミリ そして僕はいまだにへこんでいる。僕はアに向かってひどい言葉を投げつける。 「好きだよ . というひと言さえ出し惜しん「おい、気でも狂ったか ? 命令だ、家に帰 だ、女の心がわからない、ニプくてつまんなってろ」「馬鹿、黙ってろ ! 」「根性曲がり ばいた 、ケツの穴の小さい男なのだ。 の淫売 ! 「売女、嘘をつけ ! 」 【引用・参考文献】 『シェイクスピア全集オセロー』松岡和子訳 ちくま文庫 『快読シェイクスピア増補版』河合隼雄松岡和子著 ちくま文庫 391 劇団 42 歳ま

3. 小説推理 2017年1月号

あちゃん秘伝の裏技ともいうがな」 「約束していました、黒崎ですー 勢太郎にすまんと謝られた。以前から変わ なんのこっちゃという脱力ものの回答だつやがて門が開いた。 らず、腰の低い人だ。 一」 0 邸内には青々とした芝生が敷き詰められ、 「こちらこそ、その節は : 「そうですか。いえ、山田刑事が訊いて来た前衛的な彫像が立っている。刑事時代に来た うまく言葉が出なかった。 ので念のためです。すみませんー ことがあるから今さら驚かないが、鹿鳴館を「あいにくだが娘はいないよ。 今日はこれから、広尾にある黛邸に向かわ思わせる洋館は相変わらず瀟洒なたたずまい 「いえ、あえて不在時を狙ってやって来たん なければいけない。表向きは不首尾に終わっだった。 です」 たが、新菜の父にだけは真実を話すつもり「おう、久しぶり。お互い警察を辞めてから 私は勢太郎に一部始終を話した。その上で だ。私は一人で車に乗った。 は初めてだな」 どうか石岡を許してやって欲しいと頼み込ん 玄関の前で握手を求めて来たのは、新菜のだ。さすがに無茶な願いか・ : ・ : だが勢太郎は せいたろう 広尾にある豪邸の前で車を停めた。黛邸は父、そしてかっての私の上司、黛勢太郎だ。ゆっくりとうなずいた。 まるで要塞。四方を囲んだ白亜の高い壁が、 少し老けたが、トレードマークのロひげは健「そうか、分かった」 威圧感たつぶりに通行人を見下ろしている。在である。私は差し出された手を握った。 洋館一一階のバルコニーに招かれ、紅茶を飲 私はインターフォンに手を伸ばした。 「娘が迷惑をかけているようだな」 みながら話し続けた。 南綾子女友達とつるむな」 ・ : って本当ですか ? 友達の結婚を 素直に喜べない、 すべての女子へ。 めるま場 ときどき ちょっと 熱い 定価 : [ 本体 14g 円 + 税双葉社 婚活女子、 共感 100 % 333 婚活探偵

4. 小説推理 2017年1月号

で、声もかけずに去っていった。 去年の秋頃、営業成績優秀な生保レディのたら反対しない」という言葉は、「作家をめ そうこう あの、学級委員のように生真面目で、女子ための全国表彰パーテイから帰ってきた衿子ざす夫を支える糟糠の妻」っぽいセリフを言 つぼく面倒くさくて、オニババのように怖いが、酒に酔いなが一ロげたとき、僕は喜ぶどこってみたかっただけなのだと思う。特にあの 大曽根さんが、何の反応も示さなかったことろか、無性に逃げ出したい気持ちになった。 時期、下積みの長かった後田中が連続ドラマ が怖かった。 大学時代から戯曲を書き、就職してからもでプレイクした時期だったから、自分の夫も 戯曲やシナリオのコンクールに応募を続けてそうなったらいいな、と夢想したのかもしれ いた。衿子は応募作を読んで感想を一一 = ロうだけない でなく、僕が休日に家族サービスもせずに原衿子が優秀な生保レディであることや、我 僕は若い頃から、ナイスパディでかわいい 稿を書いていても大目に見て、応援してくれが家の収入が増えたことは非常に喜ばしいこ カ結果は良くて一一一次通過止まり。 とで、そこに嫉妬はない。たぶん、昔の僕だ だけの女を好きになる男をちょっと見下してていた。ヾ、 いたと思う。つきあう女性は、演劇や映画に この一一年間は全く応募してない。去年の三月ったら、仕事も生活も充実している妻に負け ついて語り合うことができて、お互いを高めまでは仕事が忙しかったせいもあるが、今はないように、どんどん書いて応募しなくては あえる存在であってほしかった。 暇な部署にいるのに一向にモチベーションはと思ったかもしれない。 同い年の妻の衿子は、学生劇団の元役者兼上がらず、それは一緒に暮らしている衿子もでも、四十歳になってからちっともやる気 がでないのだ。四十代は男盛りだとか一番仕 制作担当で、今は子育てをしながら生保レデ気づいているはずだ。 イとして働いている。三十五歳で再就職した仕事が順調な妻はそんな僕に対して「夢を事ができる時期たとかいうけど、これからど 当初は、やり手の生保レデイだった彼女の叔あきらめないで」と応援ソングの歌詞みたい うしたらいいのか、ぼんやりと考えることが 、、パートレベルの働な耳心地のいい言葉ではげます。その一方増えた。 母さんの顧客を受け継き き方 & 収入だったが、社交的で世話好きな性で、成績のよい小学四年の息子を塾に通わ僕にしてみれば「夢をあきらめないで」と 格もあって着々と新規開拓をしており、いませ、学費の高い私立中学を受験させようとし いう言葉は「ねえ、どうして書かないのよ」 や立派な共稼ぎ夫婦である。 ている。いくら彼女の収入が増えているとはというプレッシャーでしかない。「もし作家 「ゆうちゃん、もし作家めざすために県庁やいえ、僕が仕事をやめることなど本気で考えをあきらめたら、あなたは、たいして仕事の めたいんだったら、あたし反対しないから。ていないようであり、「県庁やめたいんだつできないどこにでもいるおじさんにすぎない ☆

5. 小説推理 2017年1月号

でも、別人だろう。長い豊かな髪をなびかせ てまわっていたのです。しかし、親友をモデ て、さも気持ち良さそうにサイクリングを楽結局、除草剤を母は購入しなかったようルに選んだことで、初めて、私が注視する対 しむ彼女は、意志的な顔つきをし、どこか怜だ。 象もまた意志を持って、こちらを見つめてい 悧な印象を受けた。光晴よりもはるかに成熟ほとんど頭に入らないのに、新聞で顔を隠ることに気付きました。一一つの視点の間で作 した、大人の女だった。こちらの視線に気付したいという目鮑たけで、灰色の細かい文字り出される世界というものに、初めて向き合 いたらしいが、まったく興味を示さずにすぐを機械的に目で追いかけている。 えた作品です」 に目を逸らした。どうしてどの女も、光晴をすっと目に沁みていく一文を文化面で発見展示はⅡ月 2 日までとあり、青山のギャラ 憎むのだろうか。ただ、視線を向けただけしたのは、今日もホースから水しぶきが上がリーの住所が記載されていた。 る音がした、その瞬間だった。さる美術賞の「ちょっと出かけてくる」 庭に向かってそう叫んだが、返事はなかっ 「あなたが気持ち悪いっていうより、あなた絵画部門を受賞した若い女性のインタビュー の目に映る自分がおぞましくて仕方がないかだ た。除草剤の一件から数日経つが、母とは顔 らよ」 「なお、大賞受賞作の裸婦像は、野島さんの 税 母の声が悲鳴に近いものに変わった。 親友をモデルに、描いたとされる」 ど一つし 「あなたが、悪いだなんて、私は一度も、一顔写真はあの百合のもののみで、その受賞 逃 度たって言っていないでしよ。どうして、み作とやらは載っていない。 一 , 」んな んな、私を責めるのよ」 「対象からの視点野島百合」 ところに ル又レ そう一一一口うと、母はホースをけ出し、居間 と題され、短い記事が掲載されていた。 メ本ノ を横切り、そのまま小さな足音を立てて階段「私の目に映る彼女を、彼女は信じたいと言 ノ る をのぼっていった。光晴は慌てて裸足のままってくれました。その言葉に背中を押され、 流 ら さ 庭に出て、水道栓をひねる。水を放ちながら描き上げることが叶いました。私は長らく自 ら 0 ( m 一 d00 = 0 「 0 一一 さ 芝生を蛇のようにのたくっていたホースは、分の視点に自信を持っていませんでした。何 の」ラ 最後のひとしずくを吐き出すと、息絶えたよを見ても、主観や思い入れがないまぜになっ 桜井茂 双葉文庫 最魂 うに横たわった。 て、正しくとらえていないような不安がつい ヾ 0

6. 小説推理 2017年1月号

工ヘラエヘラと笑って一一 = ロう。 たユーザーに届けたいという話、礼香は竹取の木曜日か金曜日にお時間をいただけません みかど 「え。だって、相手、年上なんでしょ ? 」物語の帝とかぐや姫は実は愛し合っていたか。プルックリン風のバーに一緒に参りませ 「バツイチなんでしょ ? のではないかという説を披露、潤子は最近凝んか。きっと気に入ってもらえると思いま 「はあ ? っている揚げ出し豆腐に豚肉と大葉を巻く料す。〉 「ばっかじゃねーのー 理を紹介した。パンケーキはふかふかして甘やった ! 「だし、年齢だってそこそこいってるのに、 く、紅茶は英国の香りを漂わせ、ふっと顔を「潤子ち・ゃん」 くらきひさよ 元ミス大の礼香に何の不満が」 あげると店内はおばさんたちの女子校みたい 室長の久良木尚代に呼ばれ、潤子は慌てて な状態になっていた。 「写真見て食いついてくるとか、やらし」 羽賀からのメール画面を最小化した。 「どうしたの、 「こっちから振ったれ。そんなへタレ医師ー ひくついて。デートの誘いで こうなってくると、さっきまでのもやもや 第ニ章恋愛時代の終焉はいっ も来た ? 」 はふっとび、つい場末の飲み屋にいるみたい からかい口調で図星を指され、返事に窮し な言葉遣いになってくる。礼香に語らせなく " 朝活。の日は出勤が始業時刻きりぎりになたところを、向かいのデスクの橋田真知子に とも、年齢がネック、それの意味することくる。まずはメールをチェック。他部署からの見られる。 らい、潤子もみさ緒も分かっている。だから連絡事項や業務報出只取引先の広告会社から「ほら、橋田ちゃんが気にしちゃってるよ」 こそ、選ぶ側の傲慢さにむかむかした。 の挨拶やお礼、そんなものに交じって「羽賀「違いますよ。びつくりしやすいんです、わ 「やめとこ、やめとこ、こんな話。うわっ、雅哉」からのメールを見つけた。タイトルはたし」 まだ注文してないじゃん . 〈【楽しかったです。ありがとうございま慌てて潤子が言い訳すると、久良木はくす 明るくみさ緒が締め切った。 した。大林より〉。 くす笑いながら、 かさい 三人は大きなパンケ 1 キを注文し、ばくば〈大林潤子さま 「葛西さんから原稿来た ? ー く食べた。ひとまず今日のところは結婚たのおはようございます。丁寧なメールをあり と確認した。会社のサイトの『なっ 老眼だの、そういうのは封印することにしがとうございました。先日は、楽しかったでかしの味』のコーナーに、社員たちに持ち回 た。お決まりの五分間トークは、みさ緒は < すね。仕事が忙しくて、なかなか返事を差しりでこどもの頃の思い出の料理について短い ーを使ってネット広告をよりセグメントされ上げられずにすみません。よろしければ今週記事を書いてもらっている。営業部長の葛西

7. 小説推理 2017年1月号

水木は尋問を終えた。 兵藤が腰を下ろした。 裁判長は質問を終えた。 兵藤が再尋問に立った。 裁判長が補充の質問をした。 証人の本居は兵藤にちらっと目をやり、陳 「あなたは、事件当日の夜、警察の会の「翔太さんがあなたの自転車にぶつかって暴述台から離れた。 集まりに出席の予定だったそうですが、そのれたとき、かけつけた警察官からあなたに事現場にいなかった人間を登場させてまで、 予定を知りながら娘さんの家に自転車で行っ情をきかせて欲しいという言葉はなかったの警察は身内を守ろうとしている。翔太がぶつ たのですか」 ですか」 かったとされる自転車に乗っていたのが一兀警 「そうです。最初から、私は一一次会から参加「そんな余裕はありませんでした。かけつけ察官などとは出来すぎている。だが、裁判長 するつもりでいました」 た警察官が『何をしている』と声をかけた直は本居が事件現場にいなかった疑いはもって しガし 「あなたが一次会の最初からいたという証言後にみかかっているのですから」 があるというのは ? 」 「冷静に対処させるために、『私は警察官だ本居の証言は大きい。おそらく、事件の一 「誰が話したのかわかりませんが、勘違いしからちょっと待て』という問いかけをする努部始終を見ていた唯一の人間として考えられ てしまうかもしれない。 ているんです。いつ、その人間にきいたかわ力は出来たのでは ? 」 かりませんが、一年ほど近く前のことをきか、「もみあいは壮絶でしたから、そのような状ゆかりが証言台に立ってくれたらと思う れてもねー 況ではありません」 が、本居とゆかりのどちらの証一 = 口が採用され 「会の集まりは年に何回かあるのです「警察官から『何をしている』と声をかけらるか。今の空気では、裁判長は本居のほうを れて、翔太さんは何も答えなかったのです選ぶに違いない。 「一度です。毎年九月に。今年も先日、ありね , そのとき、水木は傍聴席から出て行く傍聴 ました。そのときのことと錯覚しているんだ「そうです。すぐに擱みかかっていきました人に気づいた。サングラスをかけた女性だ。 と思います」 から」 横顔はゆかりのように思えた。 び 叫 き 「先日の集まりは一次会から参加していたの「翔太さんから『助けて』というような救いゆかりはずっと傍聴していたのだろうか。 ですね」 すぐにでも追いかけ、ゆかりかどうか確かめ声 を求める言葉はありましたか」 「そうです」 たかった。 「いえ、ありません」 「終わりますー ( つづく ) 「わかりました。証人はご苦労さまでした」

8. 小説推理 2017年1月号

ありもしない約束のことを口にして、試合磯村露風が訊く。 の最中に、文七が自分の味方をするのだと、 「試合中、なにげに、磯村先生の後ろに回っ はがいじ 姫川源三に思い込ませる。いや、姫川源一一一て、先生を羽交締めにしてくれるって は、それだけで、思い込みはしないだろう。 姫川源三は、笑っている。 磯村露風の戦略だとわかるだろう。 その笑みが、人なっこい。 磯村露風が動いた。 だが、姫川源一一一の心に、ほんのわずか、さ 姫川源三がロにしたことは、ありなのか。 それまで静止していた風が、何かの加減で ざ波をたてることはできるかもしれない。 もちろん、ありだ。 ふいに動き出したような、そういう動きだ。 もし、本当だったらーーー ルールは、それを禁じてはいない。 真っすぐに、姫川源三にむかった。 そのさざ波が、試合の最中、姫川源三の判レフェリ 1 を味方につけ、試合に協力させ姫川源三も動いた。 断を、わずかに遅らせるかもしれない。それることも、ありと一一一一口えばありだ。 その動きを見ていた観客が、小さく声をあ が、十分の一秒、いや、百分の一秒であってレフェリーに大金を積みあげて、そうしてげた。 も、その遅れが試合の結果を分けることもあもいいし、弱みを握って脅しをかけて、そうその動きが、あまりに突飛だったからであ るであろう。 してもいいことになる。 る。 試合の展開によっては、この言葉が後で生「やばいじゃん、それ、ーー」 姫川源三は、文七の身体の陰に、自分の身 磯村露風がおどけてみせる。 を隠したのであった。 きてくることだってあり得る。 何しろ、この試合ルールでは、文七を凶器文七は、無一一 = ロだ。 文七が動く。 として利用してもいいのだ。文七を担ぎあどうい , 2 言葉を発しようと、どちらかにそ姫川源三が動く。 げ、文七の身体を、相手に投けつけてもいし れを利用されるとわかっているからだ。 磯村露風が動く。 のだ。もちろん、それができたらの話だが。 「でも、菊式は見せてほしいな しかし、姫月、 ー源一一一は、常に、磯村露風から 「あれ、ぼくと同じような約束を、丹波く磯村露風が言う。 見て、文七の背後に隠れている。 「もちろん、そのつもりだけどーーー ん、磯村さんともしたのかなーーーー 明らかに、わざとだ。 これを言ったのは、姫川源三である。 姫川源一一一が一一 = ロうと、 「む」 「どんな ? 」 「行くよ」 文七は、姫川源一一一が、自分の陰に隠れるこ 新・餓狼伝セ一 夢枕獏 庫 文 葉 定価 本体 676 円 + 税双 232

9. 小説推理 2017年1月号

「問題は、弁護士も〈赤い虎〉から弁護費用すよー 上月が言うと、善田がうすく頬を赤らめを受け取っている可能性があるということで吐き出すように善田が話しだした時、上月 た。上月は説明を続けた。 すね」 は、何を言われたのかと目を瞬いた。 「やはり、我々の思った通りでした。王姫に弁護士が最優先するのは王姫の幸福ではな「城さんでなければ、中国人関係の仕事はで 開姉妺を調達したのは、〈赤い虎〉です。詳く、〈赤い虎〉の存続かもしれない。 きない。そんな風に考えておられるんじゃな しい事情は王姫も知らないと言ってますが、 城は、王姫の通訳を終えると、池袋の捜査いかと、思ったんです。だから、私たちでも 〈赤い虎〉は、姉妺の親族に貸しがあり、姉本部から呼ばれたらしく、すぐにそちらに向しつかりできるのだと、証明したかった」 妺を人質として日本に置きたかったようでかった。水を得た魚とは、ああいう状態のこ善田の勢いは、始まった時と同じくらい唐 とを言うのだろう。生き生きしていた。 突に、しぼんだ。 「親族とは、殺された開という男ですか」 ーーー事件の中心に〈赤い虎〉がいる。 「ーーーすみません。生意気を言いました」 「そのようですね」 「そうだ」 上月は慌てた。 王姫は、〈赤い虎〉が彼女に、美蘭の仕事上月は善田を呼び止めた。 「善田さん [ を引き継いで管理売春を行っよう指示したの「善田さんの作ったあの資料、本当に役に立「はい」 だと言っている。〈赤い虎〉が解体されるとちましたよ。どうして、あれをつくろうと思何といえば言いのか、戸惑う。 言った上月の言葉は、城の「言葉のマジッったんですか」 「私は、善田さんや班のみんなの仕事ぶり ク。によって、ずいぶん拡大解釈されたよう 善田は上月よりいくつか年上の、仕事はでに、感謝しています。城さんと比較するなん きるが謙虚な男だ。きっとはにかんで、しかて、とんでもない」 それを舌先三寸で信じさせるところが、い し胸を張って、その理由を話してくれるもの「ーーーはい かにも城らしい と予想していた。 善田が頭を下げ、部屋を出ていく。彼のデ ただし彼女は、ここまで喋ってしまってか善田は、ちらりと困惑の表情を見せた。しスクの上に ( 、昇任試験の教科書が伏せて置か ら、自分が喋りすぎたかもしれないと急に怖ばらく、話そうかどうか迷うように、唇を噛れているのを、上月は見つめた。 气ついたらしく、続きは弁護士に相談してかんでいた。 上月にはそれが、自分を責めているかのよ ら話すと言っている。 「ーー・ー班長が、通訳先生にばかり頼るからでうに思えてならなかった。 ( つづく ) 298

10. 小説推理 2017年1月号

し」 「おーい、おふたりさんー ていたが、ここまでとは」 「それね。うちの職場の先輩も四十の人とか礼香が口を挟んできた。 ふたりいっしょにおーうおーうと泣き真似 めちやキレイなんだよね。いったい何が違う「『竹取物当あるでしよ、竹取物語」 をする。こういう時にもみさ緒との息はびつ たりだ。 んだろう」 「何、急に」 「食べ物かな ? 」 「あのね、今、中一の古文でやってるんだけ しかし、なぜか礼香は笑わない。さらに追 「グリーンスムージー的な ? 」 どね、竹取物語の『おじいさん』って、一体い打ちをかけてくる。 「こんな話、同級生にしかできませんけど 「あとは運動 ? 」 何歳設定だと思う ? 「ホットヨガ的な ? 」 ね、やつばり一一一十代なかばの今が、市場的に 「なに、それ、考えたこともない」 「いや、それじゃ痩せないって、うちの会社「四十歳なんですよ」 ギリなのだって、今回のお見合いでワタシ、 の美魔女が言ってた。三十過きたらアスリー ハンマー投げのようにぶつけてきた礼香の思い知らされまして。あちらさんのご家庭 ト並みに運動しないといけないらしい」 言葉に、みさ緒が顔をしかめる。 は、ワタシに猛反対なんですわ。今もまだ」 「え ? 「基礎代謝が落ちてるからねー 「あんた、この話の流れで何言い出すの」 「炭水化物こそ体をひっかせるってー 「授業でそう話すとですね、中一の生徒と「自由恋愛なら何歳になっても可能性はある か、『わあー 「それ、パンケーキ屋で一一 = ロう ? 」 パと同い年なのにい』なんけど、見合いはどんどん厳しくなるよ。ワタ シのケースだと、一囘こ家族に断られて、け みさ緒とぼんぼん言葉を弾ませるのは本当て言ったりするわけさ ど国貞先生が本人に写真を見せて、どうにか に楽しい。頭が冴えざえしてゆく。やつばりそこで礼香はコホンとひとっ咳払いし、 女子校時代の友達は無敵だと思う。 「きれいごと抜きに、そろそろお一一人もまじ漕き着けたのさ」 ばっちり化粧したみさ緒はじゅうぶん若々めに婚活されたらどうでしよう」 思いもよらぬ発言をうけて、みさ緒と潤子 しく、ほぼすっぴんの礼香にいたってはミス「は ? 」 はまばたきをした。目の前の美しい親友は伏一 コンの時より美貌が増した。ふたりの姿は鏡ふたりはロをまるくあけた。 し目になって、長いまっ毛の影を目一兀に落との となって潤子を励ます。ちょっと自虐っぽく「あんた、あれだね、結婚決まったとたん上しながら、 なってしまったけれど、いや、まだまだイケから目線になる、あれだね 「あちらの親はもともと一一十代が絶対条件だ ると思う。 2 「まさにあれだ。女の友情がもろいとは聞い ったみたいで今もぶーぶー言ってるよ」