たちの罪が明らかになることではないだろ・・根岸が言った。唐突な言葉のように感じ殺した可能性は否定できないと思います うか」 て、竜崎は聞き返した。 「何にどんな違和感があるんだ ? 」 竜崎は岩井に言った。 戸高が言った。 「少年たちが、自分の罪を恐れているとい「会議を始めよう。今の話を他の捜査員に 「だとしたら、少年たちの身柄は拘束して おくべきでしたね」 うお話に、です。彼らは、そういうことでも伝えなければならない」 「了解しました」 「証拠があるわけじゃないんだ。いずれに口を閉ざしていたのではないと思います」 「では、何を恐れているんだ ? 」 竜崎は幹部席に、戸高と根岸が捜査員席 しろ、これ以上の拘束は無理だ」 に向かい、岩井管理官が会議の開始を宣言 岩井管理官が言う。 「何か、大きな力を持った存在です」 した。 「仲間の犯行の可能性があるとしたら、彼「根拠は ? 」 らの監視が必要ですね」 「彼らからは、罪を恐れているような後ろ めたさは感じられませんでした」 多数の殴打の跡があることと、直接の死 戸高が言った。 因は溺死であることが、検視報告で、あら 戸高がうなずいた。 「それは、すでに手配済みです」 「その点については、俺も根岸に賛成ですためて発表された。 「手配済み ? 」 捜査員たちが仕人れてきた玉井啓太の評 「根岸の同僚の係員が、それぞれ張り付いね。少なくとも俺が担当した相手からは、 後ろめたさのようなものは感じられません判は、きわめて悪かった。近所の連中は、 ています」 でした」 彼に近づくことを恐れていた。姿を見るこ 竜崎はうなずいた。 刑事は実践的な心理学者でもあると、竜とすら忌避していたと言う者もいた。 「刑事組対課のある捜査員が、玉井のグル ープについて調べると言っている」 崎は思っている。彼らが尋問の相手から感暴力沙汰は数知れず、性犯罪も多数ある はずだが、被害者たちは彼を恐れて泣き寝 じ取る事柄は信頼に値する。 根岸が反応した。 人りだという。 岩井管理官が戸高と根岸に尋ねた。 「刑事組対課が・ 恐喝で昨年八月に少年院送致になったの 「関本課長によると、野球ファンの中の高「では、仲間の犯行ではないということか は、根岸が報告したとおりだ。一般短期処 校野球マニアのような捜査員がいるんだそね ? 」 遇で、六カ月後の二月に少年院を出た。 うだ」 戸高がこたえる。 「それはまた、別問題です。仲間が玉井を再びギャングのメンバーとつるんでいた 「どうも、違和感があります」
た捜査一課の刑事が挙手をした。 か」 柄にもなく感動していた。そして、こう 「何だ ? 」 「失礼ながら、言わせていただければ、署いう事態に心を動かされている自分にも驚 岩井管理官が尋ねると、彼は起立して言長は現場をよくご存じないかもしれませいた。 っ ( 。 ん。捜査技術は日々進歩しております」 そのとき、伝令が近づいてきて、竜崎に 「憶測の上にさらに憶測を重ねるようなこ 「キャリアは現場を知らないと思っている メモを渡した。 かざま とは危険だと思います。捜査を誤った方向んだねー サイ。ハー犯罪対策課の風間課長から電話 に誘導しかねませんし、ひいては冤罪を生八坂は、どうこたえようか考えている様だという。 む恐れもあります」 子だった。 竜崎は、岩井管理官に一言断って、受話 竜崎は言った。 こういう指摘に対しては、別に腹も立た器を取った。 「官姓名を教えてくれ」 ない。キャリアの仕事は管理だ。一般の捜「竜崎です」 査員よりも現場のことを知らないのは仕方「文部科学省のホームページが改竄されま のないことだ。 相手はとたんに緊張した面持ちになっ した」 ( 0 「何も知らないくせに : : : 」 「ハッキングですか」 「勘違いしないでくれ。名前を知っていた そうつぶやく者がいた。その声は、意外「もしかしたら、鉄道会社や銀行のシステ ほうが話がしやすいので訊いただけだ」 なほどはっきりと聞こえた。 ムに侵人したのと同じ犯人かもしれないと やさかひさし 「八坂久志。警部補です」 戸高だった。 言う者がおりまして : : : 。急遽、専任チー 年齢は三十代後半だろう。 八坂が戸高のほうを見て言った。 ムを二十四時間態勢にしました」 たづる 「捜査は、確証に基づいて進めなければな「何も知らないだって : : : ? 」 「それは、早く田鶴をよこせということで らないことは、私もよく知っている。しか 「そうだ。署長はこれまで、現場で陣頭指すか ? 」 し、確かな手がかりが見つからない段階で揮を執って、数々の難事件を解決に導いて 「ええ、まあ : : : 」 は、あれこれ推測をして、その蓋然性を検きたんだ。現場を知らないなんて、まった 竜崎は、心の中で溜め息をついてからこ たえた。 討することも必要なのではないかと思う」く 的外れなんだよ」 「憶測は予断を呼び、間違った結論を導き竜崎はその言葉に驚いていた。 「折り返し連絡します」 出すかもしれません」 まさか、戸高がこんなことを言うとは そう言って電話を切った。 「刑事にとって推理は大切なのではない ( つづく )
「前進だよ。検視の詳報は ? 」 せん」 「何だ ? 」 「解剖の結果はまだですが、検視官からの 竜崎は考え込んだ。その様子を見て、岩「彼らのグループの呼び名です。ずっと、 報告は届いています。夜の会議で発表しま井は会釈をして管理官席に戻っていった。 玉井一派などと名乗っていたらしいです が、最近呼び名が変わったというんです」 「複数の殴打の跡があり、直接の死因は溺捜査員が続々と戻って来る。時計を見る「呼び名が変わった : : : 」 死だったということだが : : : 」 と、もうじき午後八時だ。上がりが午後八「ええ。『ルナティック』と名乗りはじめ 「はい。私もそのように聞いています」 時と決まっているのだろう。 たようです」 「捜査員の一人がリンチ殺人のように見え 戸高たちの姿はまだ見えない。 「ルナティック : : : 。狂気的という意味だ ると言っていた」 八時を過ぎると、岩井管理官が竜崎に言な : った。 「それで間違いないだろうと思いますが 「まさにやつらにびったりの呼び名ではあ りますが : : : 」 「そろそろ捜査会議を始めたいと思います 「だとすると、被疑者は複数ということにが : : : 」 「おまえは現場で、リンチ殺人のようだと なる」 「もう少し待ってくれるか」 言ったな」 「普通に考えれば対抗するグループの仕業その約三分後に、戸高と根岸が姿を見せ 「ええ。誰が見てもそうだと思います」 ということになるのでしようが : : : 」 た。彼らは先ほどと同様に、まっすぐ竜崎「岩井管理官は、対立した組織の仕業では 「そういうグループの存在は明らかになっ のもとにやってきた。 ないかと言っている」 ているのか ? 」 竜崎は言った。 岩井が言い訳するように言った。 「いえ : 「いいえ。今のところ不明です」 「管理官席に行こう」 まあ、そう考えるのが普通だ 「仲間にやられた可能性もあるな」 竜崎たちが近づいて行くと、岩井管理官ろうと申し上げただけで : : : 」 「つまり、今事情を聞いている連中ですが慌てて立ち上がった。先ほど竜崎にプレ 「もちろん、それも考えられるが、別の可 ッシャーをかけにきた仕返しだ。 能性もあり得る。つまり、仲間の犯行だ」 「それもあって身柄を引っぱったのだと思 竜崎は戸高に言った。 三人は何も言わずに竜崎の言葉に耳を傾 月 っていたが : : : 」 けている。 「報告を聞こう」 「話を聞けば何かわかると思ったのです「ほとんど何もしゃべらなかったんです「もし、そうだとしたら、事情聴取を受け が、今のところ彼らからは何も聞き出せまが、一つだけ気になることを言いました」 ていた一二人の少年が恐れていたのは、自分
「現在、午後五時一一十分。根岸が言うとお告したことについて、岩井管理官は不愉快「はあ : : : 。暴力団員と彼らの間に、先輩 り、いつまでも彼らを拘束しておくことはな思いをしているのかもしれない。それがいるでしよう。卒業とか引退とか言っ できない。事情聴取が深夜に及ぶというので、竜崎にプレッシャーをかけようというて、グループを抜けた後も、 on として影 も、少年保護の観点から避けなければならのだろう。 響力を持つわけです。そういった連中がま ない。事情聴取は午後八時までだ。その時「私が直接指示したことについての報告だ た、半グレといった集団を形成することも 点で少年たちを解放する」 ったんだ。だが、情報は共有すべきだ。今あります」 「取り調べを続行します」 後はそちらに報告に行かせるー 「半グレか : : : 」 戸高がそう言って、歩き去った。 岩井管理官は少しばかり慌てた様子で言 「最近では、暴力団員よりもタチが悪い連 っ ( 。 「取り調べじゃなくて、事情聴取です」 中もいるようです。暴対法や排除条例で、 根岸が竜崎に一礼してその後を追った。 「いえ、私は別に : : : 」 暴力団員たちはがんじがらめですからね。 二人が立ち去ると、岩井管理官が近づい「被害者の仲間たちが何かを恐れているよその点、半グレはやりたい放題です」 てきた。 うだ。暴力団員ではなさそうだ。何だと思「半グレは、準暴力団という扱いだった う ? 」 「手がかりはなし、ですか : : : 」 な」 「話は聞こえていたのか ? 」 岩井管理官は、戸惑ったような表情で言 「そうです。暴力団が表立った動きができ っこ。 「ええ、断片的に : : : 」 なくなったので、相対的に彼らの存在感は 「いっしょに戸高たちの話を聞いてくれれ「何かを恐れている、ですか ? 」 増してきています。指定団体ではないの ばよかったんだ」 「それで全員口を閉ざしているわけだ」 で、暴対法で取り締まることもできませ 「大森署員同士の話があるのかと思いまし「はあ : ん」 「暴走族やギャングといった非行グループ「暴対法以外にも法律はいくらでもあるは 「捜査本部なんだから、そんな気を使う必を形成する少年たちが恐れるのは、やはりずだ」 要はない」 その世界のプロである暴力団員たちだ。そ「法律だけの問題ではありません。。ハワー 「それに、当然管理官席に報告があるものう考えて、トラブルを探ってみたが、何も バランスなんです。暴力団の影響力が減少 と思っていましたので : : : 」 なかった」 すれば、別の勢力が力を増すわけです」 竜崎はようやく気づいた。 「では、先輩でしようかね : : : 」 「。ハワー・ハランスだって ? その言葉は、 戸高と根岸が、自分にでなく、竜崎に報「先輩 : : : ? 」 悪事を働く勢力が常に一定量存在するとい いわい 380
の供述について説明してくれ」 だ。あらためて訊くが、彼らから、罪を犯 「ルナティックと名乗りはじめたのには、 それなりに理由があるのではないか ? 」 捜査一課の捜査員が立ち上がって、三人したことの後ろめたさのようなものは感じ 「理由は不明です」 とも事件については何もしゃべらなかったられたか ? 」 「少年係でも把握していないか」 と報告した。 捜査一課の刑事は、戸惑ったような表情 「把握しておりません」 を浮かべた後にこたえた。 岩井管理官がその捜査員に質問する。 「わかった」 「仲間の犯行という見方もあるが、その点「憶測に基づいた発言はできかねます」 についてはどうだ ? どうも、捜査一課の連中はお行儀がよ過 根岸は着席した。 やはり、刑事組対課の捜査員が何かを報「当然つついてみましたが、結局供述は得ぎると、竜崎は感じた。かってはそんなこ 。そうられませんでした」 とは考えなかったはずだ。 告してくるまで待っしかないか : やはり所轄の勤務のせいだろうか。それ 思っていると、岩井管理官が、竜崎に尋ね「罪を犯した後ろめたさのようなものが、 ( 0 彼らからは感じられなかったという声もあはいいことなのだろうか、悪いことなのだ るが、それについてはどうだ ? 」 ろうかと、竜崎は考えた。 「ルナティックと名乗りはじめたことが、 判断がっかなかった。たぶん、どちらで 事件と何か関係がありますか ? 」 「何とも申し上げられません」 「あるかもしれないし、ないかもしれな彼の慎重な態度は評価できると、竜崎はもない。そう感じること自体は間違っては い。だが、もし、急におとなしくなったと田 5 った。だが、今は慎重な見解よりも、大いないのだ。そう思うことにした。 「わかった」 いう時期と、グループ名を変えた時期が一胆な意見を求めていた。 「私も、今岩井管理官が言ったような意見竜崎が言うと、その捜査員は一礼して着 致するとしたら、その理由が知りたいと思 ってな」 があることは知っている。君の印象を聞き席した。 「はあ : : : 」 たい」 「戸高、君はどう思う ? 」 戸高は、面倒臭そうな表情で立ち上がっ 岩井管理官は曖昧にうなずいた。彼はあ「印象ですか。そういう曖昧な発言は控え ( 0 まり興味がなさそうだ。「進行してよろしたいと思います」 いですか」 「おっしやるとおり、自分は彼らからは、 「確実な手がかりにたどり着くためには、 「ああ。続けてくれ」 捜査員の感覚がものを言うのだと、私は思罪を犯したがための後ろめたさなどは感じ 「それでは、身柄を引っぱった三人の少年っている。だから、君の印象が聞きたいん取れませんでした」
うことを前提としているな」 「あ、いえ : : : 。失礼しました。おっしゃ 「私が電話したほうが早い」 「わかりました」 「それが事実ですから」 るとおり、上に立つ者は現場の者を正しい 「現状がそうだからといって、警察官がそ方向に導く責任があります」 岩井は礼をして、管理官席に戻った。 「そのとおりだ」 れを認めるような発言をしてはいけない。 竜崎は再び、関本課長に内線電話をかけ こ 0 。ハワーバランスと言うのなら、警察が反社「半グレの話ですが : : : 」 会的な存在に対して大きな。ハワーになれば「ああ、そうだった。話がそれたな」 「署長、何でしよう ? 」 いいだけのことだ」 「彼らの活動が活発になってきていること「先ほどの話だが、半グレについてはどう かと思ってな」 岩井管理官は、驚いたような顔で言っは事実です」 「つまり、ギャングが半グレとトラブルを 「うちの組対係が、彼らのことを見逃すこ 「あ : 起こしていたかどうか、ですね ? 」 いや、そのとおりではありますとがあり得ると思うか ? 」 「そういうことだ」 「 : : : というか、仕事熱心であればあるほ 「そのとおりだが、何だと言うのだ ? 」 ど、半グレのことには気づかないかもしれ「半グレの動きはなかなかっかめないんで すよ」 「実際にはなかなか難しいものがあると思ないですね」 います」 「どういうことだ ? 」 「管内に半グレの組織はあるのか ? 」 「 : : : というか、半グレは組織という形態 「難しいのは当然だ。今すぐ反社会的な勢「組対係の仕事の対象は、指定暴力団で 力を一掃しろと言っているのではない。問 す。その動きに集中していれば、他のことではない場合が多いのです。連絡網があっ 題は、何を目指しているか、なんだ。現状にまで注意を払う余裕はないでしようからて、何かあったときには、電話一本で集ま るとか、そういう動き方をするようです」 に甘んじるのか、それともあるべき未来を 「ほう : ネットワークのようなもの 想定するのか。少なくとも、管理職や幹部そうだろうか。 は理想の未来を目指すべきだ」 それではあまりに視野が狭いのではないか。それは効率がいいな」 「そうなんです。効率がよくて、なかなか 岩井管理官は一瞬、ぽかんとした顔で竜だろうか。竜崎はそう思ったが、それにつ 警察の網にかかってくれません」 崎を見た。 いては何も言わないことにした。 「署長は、やはり噂どおりの方だったんで 「では、刑事組対課長に、もう一度連絡し「何とか動きを探ってみてくれ。殺人事件月 てみよう」 が起きたんだ。いつもとは違った動きがあ すね : : : 」 るかもしれない」 「どんな噂だ ? 「そういうことは我々の仕事です」
これがニッポンの「おもてなしーカジノたー 周平 とびつきりのクズ フ一万ア 楡周平世界中から > ー客を集めろーー ギャンブル経済の裏表を楽しめる痛快起業エンターティンメント。 ようなので、少年院でも更生しなかったと「それについて知っている者は ? 」 「何か知らないか ? 」 いうことだ。 三人の捜査員が手を上げた。その中に根根岸が起立してこたえた。 玉井がグループを形成して勢力を誇示す岸が含まれていた。竜崎はさらに質問し「彼らがルナティックと名乗りはじめたこ るようになったのは、一年ほど前のことらた。 とは知っていましたが、理由はわかりませ しい。その頃は、敵対グループなどと抗争「彼らが、最近急におとなしくなったといん」 を繰り返していたらしいが、関本課長が言うことだが、それについて何か知っている「ギャングが呼び名を変えるのは、よくあ っていたとおり、このところ鳴りを潜めて者はいるか」 ることなのか ? 」 いたということだった。 返事がなかった。 : という 「聞いたことがありません。 一通り報告が終わったところで、竜崎は誰も知らないものと判断して、竜崎は次か、暴走族は別として、グループの名前な 岩井管理官に言った。 の質問をした。 どはあまり聞いたことがありません。彼ら 「ちょっと、いいか ? 」 「玉井一派は、最近ルナティックと呼び名は小グループを形成していて、たいていは 「どうぞ」 を変えたそうだが、それについてはどう中心人物の個人名で呼ばれます」 「玉井のグループはかって玉井一派と名乗だ ? 」 「玉井一派のように : : : ? 」 っていたそうだな」 やはり返事はない。竜崎は、根岸を指名「はい。あるいは単に、玉井たち、という した。 岩井管理官が捜査員たちに尋ねた。 ふうに : : : 」 小説新潮から 生まれた本 0 ◎定価 ( 本体 1600 円 + 税 ) & 新潮社 385 棲月
「了解しました」 「関本です」 「何かわかったら、その捜査員から直接俺 竜崎は電話を切り、時計を見た。 「何かわかったか ? 」 に報告させてくれ」 午後五時四十分。少年たちを解き放っと「 : : : というより、何もないことがわかり「了解です」 ました」 決めた時間まであと二時間二十分だ。 様子をうかがっていた岩井管理官が席を 「トラブルはなかったということか ? 立って近づいてきた。 「署の捜査員の中に、特に暴力団の予備軍「何かわかりましたか」 について興味を持っているやつがいまして 竜崎は、今関本課長から聞いた話を岩井 午後七時を過ぎたが、戸高たちは何も言ね : 。まあ、野球ファンの中の高校野球に伝えた。 ってこない。 マニアみたいなものですが : : : 」 岩井は考え込んだ。 竜崎は岩井管理官に尋ねた。 「それで : : : ? 」 「半グレともトラブルはなかった : : : 」 「事情聴取をしている少年は何人だ ? 」 「殺された玉井のグループのこともマーク「彼らが最近急におとなしくなったという 岩井が席を立とうとしたので、竜崎は言していたんです。そいつによると、玉井ののが気になる。何か理由があるのかもしれ った。「ここに来ることはない。そこでこグループは最近、急におとなしくなっていない」 たえてくれればいい」 て、周囲とのいざこざなど一切なかったと「あと四十分あまりで、三人の少年を釈放 「三人です」 いうんです」 ですね」 「担当している捜査員たちから、まだ何も「急におとなしくなった : : : 」 「任意同行で協力してくれたのだから、釈 知らせはないんだな ? 」 「ですから、マルとも半グレともトラブ放はおかしい。単なる帰宅だ」 「ありません」 ルなどなかったというわけですね」 「いずれにしろ、今のままでは何もわかり 「あと一時間で彼らを解放する」 「何か理由はあるのか ? 」 ません」 「いや、いろいろとわかったじゃないか。 「承知しております。先ほどお話をうかが「え、理由 : : : ? 」 っておりました」 「急におとなしくなった理由だ」 少年たちは何かを恐れている様子だという 「いや、そこまではちょっと : : : 」 結果を待っしかない。 ことがわかった。そして、彼らは最近急に 電話が鳴った。連絡係が竜崎宛てである「その予備軍マニアに、調べるように言っおとなしくなって、暴力団員とも半グレと ことを告げる。受話器を取った。 てくれ」 もトラブルはなかったこともわかった」 「わかりました」 「はい、竜崎ー 「それで前進と言えるでしようか」 382
ていた。 っと困ったことに : : : 」 庭裁判所に任せなさいということだ。 ねぎし 戸高は根岸を連れていた。彼らは管理官「困ったこと : 根岸はうなずいた 0 席には向かわず、まっすぐに竜崎のもとに 竜崎が聞き返すと、戸高は根岸を見た。 「そうです。家裁に送致せずに、拘束を続 やってきた。 根岸が言った。 けることは、明らかに違法です」 「どうだ ? 」 「これ以上少年たちを拘束することはでき戸高の表情がますます渋くなる。 竜崎が尋ねると、戸高はこたえた。 ません。拘束を続けるには、合理的な理由「もう少しでロを割るかもしれないんだ」 「最初はただ突っ張ってるだけかと思ってが必要です。それに、取り調べじゃなくて 「ロを割ったとしても、証拠としては採用 いたんですがね : ・ : 。たしかに根岸が言う事情聴取です。彼らは被疑者じゃありませできないんです」 とおり、何かに怯えているようですね」 ん」 「情報が得られればいい」 根岸が戸惑ったように言った。 戸高が顔をしかめた。 竜崎は言った。 「私は、その可能性もあると申し上げただ「事情聴取も取り調べも同じようなもんだ「違法な捜査はやってはならない。任意だ けです。怯えているのではなく、かばってよ。どうせ、あいつらは叩けば埃が出る」から、少年たちが帰りたいと言えば、帰さ いる可能性もあると思っています」 「不法な拘束を続けて、無理やり聞き出しなければならない」 「だからさ」 た証言は捜査や裁判には使えませんよ。特戸高がむっとした顔で竜崎を見る。こい 戸高が言った。「リーダーを殺したやつに少年事件では、家庭裁判所が眼を光らせつは、相手が署長だろうがおかまいなし ています」 をかばうってのは、筋が通らないだろう」 だ。こんな警察官は珍しい。 「そうかもしれませんが、可能性は否定で「全件送致か : : : 」 だが、珍しいからこそ貴重なのだと、竜 きません」 竜崎はつぶやいた。 崎は思う。 竜崎は戸高に尋ねた。 少年事件は、すべて家庭裁判所に送致し 竜崎は戸高が何か言う前に、言った。 「具体的なことはまだ聞き出せないんだなければならない。被疑者が十四歳以上「少年たちは、帰りたいと言っているの な ? 」 で、刑事処分が相当と見なされるような場か ? 」 「まだです。でも、何かに怯えているって合は、家庭裁判所から検察官に送られるこ 戸高は虚を衝かれたように竜崎を見つめ のに、賭けてもいい」 た。 とになる。これを逆送と呼んでいる。 「賭けるのは、競艇だけにしておけ」 要するに、矯正を目的とする保護処分が「いえ : : : 。少なくとも、俺が担当した少 「俺は取り調べを続けたいんですが、ちょ原則なので、少年事件はとにかくすべて家年は、帰りたいとは一言も言ってません 378
ら、ここを紹介した彼の真意はなんだろう。 「新作のチェックもそうだけれど、時代による作品傾向にも 精通してる。あれは昨日今日の趣味じゃない。僕は映画の評 論もやるんだけれど、までは行き届かなかった。いっか 教授に、その知識があれば本が書けますよって勧めたことが ある」 「義父は、なんとー 岡田が苦笑いを浮かべて首を横に振り言った。 「そういうことに寛容な家族を持たなかったのも自分の幸福 のひとつだ、ときたんだ」 信好は一一一口葉に詰まった。吐いた息がため息に聞こえぬよう 気をつける。ひっそりと家族に隠れてアダルトビデオを鑑賞 し、女優のデータを蓄積し、時代の傾向を分析する。男だか らという理由では括りきれない、そこには誰も立ち人ること のできない義父だけの「娯楽」がある。知識を披露すること など頭から考えていない、生きている実感を得られる彼の聖 地だ。 コーヒーをもう一杯どうだ、と問われて「いただきます」 と答える。映画にまつわる職場で働けるという嬉しさと、義 父の意外な一面と、自分のロの堅さを試されているような緊 張感に包み込まれた。胸の内側に積もった秘密の層が溶けぬ よう祈る。気を弛めると爪の先から溶けたものが流れ出てゆ きそうだ。 仕事は週末一一日を休みとして月曜日から金曜日まで。内容 は、仕事のメールや電話の応対、資料収集と原稿の整理だと いう。 「このポロ家もそうなんだけど、親が遺した駐車場の管理が あるので、表向きはそっちの事務員になります。実際、僕個 人の年間収人だけではとても助手など雇えないんだ」 半分話し相手だと思ってくれると助かる、という岡田の頬 に少年っぽいはにかみが浮かんだ。年明けの五日あたりから どうだろうかと問われ「ありがとうございます」と頭を下げ ( 0 「映写技師だったと聞いたんだけど、札幌の映画館ですか」 「振り出しは和製のポルノ映画専門でした」 岡田が表情を崩したあと、豪快に笑った。 「なんだかいいな、そういうのって。僕はこのとおり家族も 持たなかったし、親もとうに見送ったんで、誰に何を隠そう にも、いちいち相手を探すところから始めなくちゃいけな い。改めて教授の言ったことが重みを増すね。自由ってのは あんがい寄る辺ないものなんだなー 岡田がひきあいに。ハトリス・ルコントの「髪結いの亭主」 を出した。 人間ってのは、幸福なだけじや生きてはいけない欲深 いものなんだ。 そのときばかりは信好も、唇に妙な力が人った。ここからっ 先は一ミリでも「髪結いの亭主」を脱出しなければならない のだった。