LAW 102 法学セミナー 2016 / 10 / no. 741 刑事訴訟法の 思考プロセス [ 第 7 回 ] 令状主義の趣旨と逮捕に伴う 無令状捜索・差押えに対する法的規律 龍谷大学教授 斎藤司 CLASS ク フ ス の要件が示唆するように、捜査機関による無制限な 無令状捜索差押え等を許容していません。今回は、 第 7 回の目標 憲法 35 条や法 220 条の趣旨を踏まえて、無令状捜索・ ①法 220 条の基本構造を理解する。 ②無令状捜索・差押えの適法性判断の思考プロ 差押え等を限定するための規律 ( 令状主義に代わる 規律 ) を導く思考プロセスを学んでいきましよう。 セスを身につける。 ③無令状捜索・差押えの趣旨を踏まえながら、 刑訴法 220 条の構造 適法性判断のための要件設定を行う。 法 220 条 1 項は、「検察官、検察事務官又は司法警 察職員」は、適法な、逮捕状による逮捕 ( 法 199 条 以下 ) 、現行犯逮捕 ( 法 212 条以下 ) 、そして緊急逮捕 ( 法 憲法 35 条 1 項と逮捕に伴う無令状捜索・差押え 210 条以下 ) の場合 ( 「逮捕する場合」 ) に、 2 つのタ イプの強制処分を無令状で行うことができるとして 憲法 35 条 1 項の規定を再度確認しましよう。 います ( 法 220 条 1 項本文、 3 項 ) 。 第 1 に、逮捕するために無令状で住居等に立ち入 何人も、その住居、書類及び所持品について、 り、被疑者を捜索する処分です ( 法 220 条 1 項 1 号 ) 。 侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、 逮捕の執行は、被疑者の発見を前提とするため、被 ①第 33 条の場合を除いては、②正当な理由に基 疑者の所在を把握するために無令状で住居等に立ち づいて発せられ、且っ捜索する場所及び押収す 入ることが認められています。もっとも、法 220 条 る物を明示する令状がなければ、侵されない。 1 項本文が「必要があるとき」としているので、逮 捕のためでも、捜査機関は「被疑者が人の住居に現 ②は、第 5 ・ 6 回で扱った令状主義の核心部分 ( 「正 在することの高度の蓋然性」 ( 大阪地判昭和 38 ・ 9 ・ 当な理由」や「特定性の要請」 ) を定めたものです。 他方で、①は、憲法 33 条 ( 適法な逮捕 ) の場合に、 17 下刑集 5 巻 9 = 10 号 870 頁など ) が客観的に認められ ②の趣旨は及ばないとしています。この規定を受け る場合に限り、住居等に立ち入ることが許されます。 第 2 に、「逮捕の現場」で、無令状で「差押、捜 て、法 220 条は、逮捕に伴う無令状捜索・差押え・ 索又は検証をすること」です ( 法 220 条 1 項 2 号 ) 。 検証 ( 以下、「無令状捜索・差押え等」とします ) につ こちらについては、法 222 条 1 項により、証拠物の いて具体的に定めています。 収集に関する規律である法 99 条以下が準用されま 捜査機関による恣意的な判断に基づく捜索・差押 す。以下では、こちらのタイプに焦点を当てて、話 え等の防止という憲法 35 条 1 項 ( 特に②部分 ) の趣 を進めます。 旨からすれば、無令状捜索・差押え等は、捜査機関 法 220 条 1 項 2 号による無令状捜索・差押え等の による恣意的な捜索・差押え等を生む危険を常に伴 うといえます。他方で、法 220 条 1 項は、「逮捕する 適法性を判断するためには、捜査機関が行った無令 状の捜索・差押え等が、法 220 条 1 項が許容する時 場合において必要があるとき」や「逮捕の現場で」
刑事訴訟法の思考プロセス 103 間的・場所的範囲内であったかます問題となります ( その範囲外であれば、法 220 条に反し違法となります ) 。 より具体的には、捜査機関が実際に行った捜索・差 押え等が、 ( a ) 法 220 条 1 項本文にいう「逮捕する場合」 ( 時間的限界 ) 、 ( b ) 法 220 条 1 項 2 号にいう「逮捕の現 場」 ( 場所的限界 ) におけるものであったか問われる ことになります。そして、 (c 塒間的・場所的限界を 超えていない場合でも捜索・差押え等が許容される 対象に対するものであったか問われます。 これらの 3 つの要件を踏まえて適法性判断を行う というのが、無令状捜索・差押え等の適法性判断の 思考プロセスです。そして、この要件の具体的内容 は、憲法 35 条 1 項や法 220 条が設けられた趣旨を踏 まえて解釈・設定されます。その趣旨の理解として は、現在、大別して 2 つの見解が主張されています。 無令状捜索・差押え等に対する法的規律その 1 一相当説 ( 1 ) 第 1 の趣旨の理解は、①逮捕の現場には証拠 が存在する蓋然性が高いこと、②特定の犯罪の嫌疑 の存在について、逮捕状が発付される際の司法審査 により認定されている ( 現行犯逮捕の場合は、嫌疑の 存在は明白であるから司法審査は必要なく、緊急逮捕 の場合も一定以上の重大な犯罪について「罪を犯した ことを疑う足りる十分な理由」がある ) 1 ) ことから、 無令状捜索・差押え等は認められているとするもの です ( 相当説 ) 2 ) この見解は、逮捕の現場では、類型的に憲法 35 条 1 項にいう「正当な理由」 ( 特定の犯罪の嫌疑の存在 や当該犯罪に関連する証拠存在の蓋然性 ) が認められ るため ( 第 5 回も参照 ) 、捜索・差押え等について裁 判官による事前の司法審査を介在させる必要がない と理解します。とはいえ、このことは手続的に司法 審査は必要ないことを意味するに留まり、「正当な 理由」以外の実体的な規律については、令状による 捜索・差押え等と同様の規律が及ぶと理解するわけ です。 ( 2 ) 令状による捜索・差押え等と同様の規律が及 ぶことから、無令状捜索・差押え等の範囲は、令状 による場合と同じ捜索・差押え等の範囲 ( 「逮捕の 現場」と同一の管理権が及ぶ範囲 ) と理解されます。 法 220 条 1 項 2 号の「逮捕の現場」はこの範囲を示 したものと解釈されます。さらに、被疑者の身体や 所持品についても、①②が妥当し、事前の令状審査 は必要ないことから、無令状捜索・差押え等は許さ れることになります。 例えば、「逮捕の現場」が住居等であれば、当該 住居等全体が捜索・差押え等可能な「逮捕の現場」 ( マンションの 1 室であれば、その一室全体 ) と理解さ れます。そして、この同一の管理権がどこまで及ぶ かという問題や「逮捕の現場」にいる第三者の身体 や所持品については、令状による捜索・差押え等と 同様に考えることになります。なお、法 222 条 1 項・ 102 条 2 項により、第三者の住居等、身体・所持品 については、 ( 令状の場合は裁判官により審査される のとは異なり ) 捜査機関が「押収すべき物の存在を 認めるに足りる場合」と判断した場合に限られます ( 第 6 回も参照 ) 。なお、被疑者の身体や所持品につ いては、無令状捜索・差押えの趣旨の理解とは直結 しない部分があるため、後の 6 で述べます。 ( 3 ) 法 220 条 1 項本文の「逮捕する場合」につい ても、令状による捜索・差押え等と無令状捜索・差 押え等は原則・例外の関係に立つわけではなく、捜 査戦術の選択の問題にとどまるとの理解から、令状 の得られない緊急事態に限定される必要はないと理 解されます。そして、上記①②は捜査機関が実際に 逮捕行為に着手しているかどうか ( さらに、逮捕行 為が実際に成功したか否か ) とは無関係なので、逮 捕行為との関連性は緩やかに解釈されることになり ます。具体的には、「逮捕する場合」とは、被疑者 が現場に存在し、かっ少なくとも逮捕の直前・直後 であるとする見解が多いといえます 3 ( 4 ) 法 222 条 1 項により 102 条が準用されることか ら、上記の「逮捕の現場」に含まれる場所や物であ っても、無令状の捜索・差押え等が許される対象は、 当該逮捕の被疑事実に関する物に限定されます。被 疑事実と関連する物が存在する可能性がない場所や 物の捜索は法 102 条に反し違法となります。この点 については、どの見解においても争いはありません ( 最大判昭 36 ・ 6 ・ 7 刑集 15 巻 6 号 915 頁、札幌高判昭 58 ・ 12 ・ 26 刑月 15 巻 11 = 12 号 1219 頁、東京高判昭 46 ・ 3 ・ 8 高刑集 24 巻 1 号 183 頁も参昭 ) これに加え、武器や逃走に役立つ道具 ( 逮捕執行 を妨げる物 ) についても、法 222 条 1 項により準用さ れる法 99 条が「証拠物又は没収すべき物と思料する 物」を差押え目的物としていることから、当該逮捕 の被疑事実に関する証拠物といえる限りで捜索・差
LAW 078 法学セミナー 2016 / 10 / no. 741 株式会社法の基礎 [ 第 13 回 ] 市場価格のない株式の評価方法 LASS 慶應義大学教授 久保田安彦 クー ーフ ス 式 ) もみられる。 1 ーはじめに 以下では、まず各評価方法について概説したうえ 会社法上、市場価格のない株式の価値評価が争わ で、特に上記①譲渡制限株式の売買価格の決定の場 れる場合は少なくない。例えば、①譲渡制限株式に 合を取り上げ、裁判例の動向や学説の議論について つき、裁判所が譲渡等承認請求者と会社・指定買取 検討することにしよう。なお、近時、最高裁は、組 織再編や少数株主の締出しに関する上記②③の場合 人との間の売買価格を決定する場合 ( 会社 144 条 ) 、 ②裁判所が反対株主の株式買取請求にともなう会社 について相次いで重要な判断を示しているが、これ の買取価格を決定する場合 ( 会社 117 条・ 182 条の 5 ・ らについては別途の考慮が必要であるから、別の回 470 条・ 786 条・ 798 条・ 807 条 ) 、③全部取得条項付種 で改めて取り上げることを予定している。 類株式につき、裁判所が会社の取得価格を決定する 2 ネットアセットアプローチ ( 純資産方式 ) 場合 ( 会社 172 条 ) 、④裁判所が特別支配株主の株式 等売渡請求に係る売渡株式等の売買価格を決定する [ 1 ] 概要 場合 ( 会社 179 条の 8 ) 、⑤募集株式の発行等につき ネットアセットアプローチでは、評価対象会社の 有利発行 ( 会社 199 条 3 項 ) かどうかが争われる場合 純資産の額を算定したうえで、それを発行済株式総 などである。これらのうち① ~ ④は非訟事件、⑤は 数 ( 自己株式を除く ) で除すことによって株式評価 訴訟事件として争われる。 を行う。純資産の額の算定方法として簡便なのは、 そもそも株式とは、株主の会社に対する様々な権 貸借対照表上の帳簿価額を用いる方法 ( 簿価純資産 利の総体のことであった。そして、株式の権利内容 法 ) である。しかし、簿価として計上されているの は、剰余金配当請求権や残余財産分配請求権のよう は、基本的に会社が当該資産をいくらで取得したの なキャッシュフローの分配を受ける権利と、株主総 かという取得価額であるから、実際の資産価値から 会における議決権のような会社のコントロール権と 乖離している可能性が大きい。 に大別される。そうだとすれば、株式評価とは、本 そこで、会社の純資産の額を時価に引き直して算 来これらの権利の価値を総体として評価することの 定する方法 ( 時価純資産法 ) が用いられることが少 なくない。この時価純資産法はさらに、会社を解散・ はずである。しかし、会社のコントロール権の金銭 評価は難しいために、キャッシュフローの分配を受 清算して、その財産をただちに処分するとした場合 における価格に引き直す方法 ( 清算価値法 ) と、会 ける権利に着目して株式評価が行われることにな 社の財産と同一のもの ( 新品ではない ) を調達する る。つまり、剰余金配当請求権に着目するのがイン とした場合における価格に引き直す方法 ( 再調達価 カムアプローチ ( 収益方式 ) であり、残余財産分配 請求権に着目するのがネットアセットアプローチ 値法 ) とに分かれるが、いずれの方法にせよ、実際 にすべての資産を時価評価するのは必すしも容易で ( 純資産方式 ) である。また、株式評価の方法として は他に、類似する他の上場会社の株式の市場価格を はない。 参考にするといったマーケットアプローチ ( 比準方
104 LAW CLASS 押え対象となります ( 例えば、傷害事件に用いられた 武器など ) 。もっとも、この法 220 条 1 項 2 号による 差押えが正当化されないものであっても、逮捕の効 力として ( 捜索・差押えではなく ) 「探索・保管」を 可能とする論理もあり得ます。近年の有力な見解は、 円滑な逮捕の執行のために、逮捕に対する妨害やそ の危険の排除措置として、明文規定がなくとも、逮 捕の効力により逮捕執行を妨げる物を「探索・保管」 し、被疑者を制圧する措置が許されるとします ( 同 様の理解に基づく捜索・差押えに対する妨害排除措置 については第 6 回 ) 。この措置は、法 220 条 1 項によ るものではなく、逮捕の効力として本来的に許され るものと理解されます ( 法 222 条 1 項により準用され る 111 条 1 項は確認規定に過ぎない ) ので、「逮捕の現 場」で行われる必要はありません。また、この探索 や保管は、逮捕の執行を妨げる危険が具体的状況に 照らして認められる場合に、逮捕完遂に必要な限り で認められることになります 4 ( 5 ) 合理的な時間的限界において令状による捜 索・差押え等と同程度の場所的限界という規律を及 ばすべきとする相当説は、法 222 条 1 項により証拠 物の収集に関する規律である法 99 条以下が準用され るという刑訴法の条文構造と親和性があるといえる かもしれません。もっとも、相当説には、学説を中 心に批判が示されています 5 。まず、上記① ( 証拠 存在の蓋然性 ) は、事前の令状審査を不要とする根 拠として十分なのかという批判です。たとえば、第 三者の住居等や身体・所持品については、「逮捕の 現場」であっても、一般的・類型的に証拠物の存在 の蓋然性が認められるとはいえないでしよう。そし て、憲法 35 条 1 項の「正当な理由」としての捜索・ 差押え等の必要性・相当性、さらには捜索場所や差 押え目的物の特定・限定に関する事前審査が欠けて いること ( 第 5 ・ 6 回も参照 ) からすれば、捜査機 関による恣意的な判断に基づく捜索・差押え等の危 険はやはり残るのではないかとの批判もあり得ます。 実務と相当説 ( 1 ) このように、相当説はその理論的根拠を十分 に説明しきれていないといえます。もっとも、一般 的に、判例や実務は、無令状の捜索・差押え等が許 される場所的・時間的限界を比較的緩く理解する傾 向にあり、相当説に立っていると解されています。 ( 2 ) 判例による「逮捕する場合」の解釈として挙 げられるのが、上記昭和 36 年判決です。最高裁は、 捜査官が被疑者を緊急逮捕するために被疑者宅に向 かったところ、被疑者が不在であったため、被疑者 が帰宅次第、逮捕する態勢を整えたうえで、被疑者 の娘の承諾を得て住居に立ち入り捜索を実施したと ころ、麻薬を発見してこれを差し押さえ、捜索がほ とんど終わったころに被疑者が帰宅したため、緊急 逮捕したという事例について、「逮捕する場合」は「単 なる時点よりも幅のある逮捕する際をいう」として、 「逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕 着手時の前後関係は、これは問わないものと解すべ きであって、このことは同条 1 項 1 号の規定の趣旨 からも窺うことができるのである」としたうえで、 被疑者が「帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、 差押がなされ、且つ、これと時間的に接着して逮捕 がなされる限り、その捜索、差押は、なお、緊急逮 捕する場合でその現場でなされたとするのを妨げる ものではない」としました。 昭和 36 年判決は、法 220 条 1 項 1 号の趣旨を、「逮 捕する場合」の解釈の理由として挙げています。法 220 条 1 項 1 号は、当然に逮捕着手前の被疑者の捜 索も予定しています。本判決は、法 220 条 1 項本文 の要件である以上、「逮捕する場合」は 1 号及び 2 号ともに同様に解釈すべきとしたのでしよう 6 ) 。さ らに、本判決は、被逮捕者が逮捕現場にいなくとも、 被疑者宅に証拠存在の蓋然性に変化はないことも根 拠としているのかもしれません。 しかし、本判決には、 6 名の判事による補足意見・ 意見・反対意見が付されています。たとえば、横田 判事の意見は、被疑者不在で逮捕ができない場合は 「逮捕する場合」、さらには「逮捕の現場」とはいえ ないとし、被疑者の帰宅という偶然の事情次第で捜 索の適法性が左右されるのは解釈方法として適正と いえず、また、このような判断方法の採用は見込み 捜索を誘発する危険があると批判しています。これ らの意見がいうように、相当説の立場では、「逮捕 する場合」は、少なくとも、被疑者が現場に存在し、 かっ少なくとも逮捕の直前・直後であると理解すべ きでしよう。昭和 36 年判決を判例の確固たる論理あ るいは相当説と見てよいかには疑問が残ります。 ( 3 ) 「逮捕の現場」について、昭和 36 年判決は、「場 所的同一性を意味するにとどまるものと解するのが
106 LAW CLASS 的・場所的限界を設定することになります。その趣 旨説明や厳格な要件設定の点で、憲法 35 条の趣旨に、 より合致する見解といえるでしよう。 ( 2 ) 緊急処分説は、無令状捜索・差押え等を逮捕 の際の緊急事態への対応としてとらえるので、法 220 条 1 項 2 号との関係での「逮捕する場合」の解 釈として、始期としては ( 諸説ありますが ) 少なく とも被疑者が現在しているなど逮捕の現実的可能性 が認められるとき 10 ) 、終期としては逮捕行為の中で 被疑者が完全に身動きできない、あるいは逮捕行為 が完了し現場から連れ出されたときとされます。さ らに、逮捕が失敗し、被疑者が逃走した場合、その 後の捜索・差押え等は個別の令状によるべきという ことになります。 ( 3 ) 次に、「逮捕の現場」については、被疑者に よる証拠隠滅の防止や武器・逃走に役立つ道具の使 用の防止に限定すべきとして、被疑者の身体及びそ の直接の支配下 ( 手の届く範囲 ) にある場所や物と 理解されます。もっとも、逮捕の際の証拠隠滅や逮 捕行為の妨害 ( 攻撃・逃走など ) は、被疑者以外の 者によることも考えられるとすれば、第三者による 証拠隠滅の可能性が認められる範囲や逮捕行為の妨 害に用いられうる物について、無令状捜索・差押え 等が許されると理解することも可能でしよう ( 第三 者の住居等や身体・所持品を捜索・差押え対象とする ときは、法 220 条 1 項・ 102 条 2 項により「押収すべき 物の存在を認めるに足りる状況」が必要です ) 川。緊急 処分説は、無令状捜索・差押え等を、令状を得る時 間的余裕がない緊急事態への対応 ( 令状による捜索・ 差押え等の代替措置 ) として位置づけるのですから、 無令状捜索・差押えの場所的な外枠は令状による捜 索・差押え等と同じ「逮捕の現場と同一の管理権の 範囲内」と理解されます 12 ) 緊急処分説は学説の多数説といえますが、近年、 緊急処分説をベースとした見解が複数示されていま す。第 1 に、逮捕行為の妨害に用いられる物の捜索 が「逮捕の現場」に限定される理由が不明確である として、上述 ( 3 ④ ) のように円滑な逮捕執行のため、 妨害の危険が具体的状況に照らして認められる場合 に、逮捕の効力による逮捕に対する妨害やその危険 の排除措置として、明文の規定なく逮捕行為の妨害 に用いられる物を探索・保管できるとする見解 13 が 主張されます。それゆえ、法 220 条 1 項 2 号による ことなく、この探索・保管が可能とされます ( その 結果、法 220 条 1 項 2 号の規律〔「逮捕の現場」や被疑 事実との関連性〕は及ばないとされます ) 。この見解 は、法 220 条 1 項 2 号による無令状捜索・差押えは、 逮捕の現場に存在する証拠隠滅を防止するための処 分に限定して理解します。そして、被疑者だけでな く、第三者による証拠隠滅行為の可能性も考慮すべ きとして、逮捕の現場と同一の管理権が及ぶ範囲内 で、被逮捕者による証拠隠滅が可能な範囲及び第三 者による証拠隠滅行為の具体的・現実的可能性が認 められる範囲について捜索・差押え等は可能としま す。 第 2 に、この第 1 の見解について、逮捕行為の完 遂に必要な処分としての凶器などの探索・保管に対 する刑訴法の手続的統制が弱くなる ( たとえば、法 430 条の準抗告ができない ) と批判し、法 220 条 1 項 2 号は、被疑者の武装解除を「逮捕の現場」で行うこ とが逮捕者の安全を確保するためには類型的に安全 であることを理由に、「逮捕の現場」での凶器など の無令状捜索・差押えを認めたとする見解です 14 ) そのうえで、緊急処分説を前提として、 ( a ) 証拠隠滅 を防止して証拠を保全する目的の捜索・差押え等と、 ( b ) 逮捕執行完遂のための捜索・差押え等 ( 法 220 条 1 項が「逮捕する場合」に「必要があるとき」として いることは、逮捕執行完遂のための捜索・差押え等も 認めていると解します ) という、それぞれの趣旨に 応じて、要件を設定すべきとします。このように、 この見解は、凶器等の捜索・差押え等について法 220 条を根拠とする逮捕のための必要な処分として 構成します。そして、 ( a ) は、被逮捕者の手の届く範 囲を原則としつつ、令状を取得する時間的余裕がな いような緊急事態 ( 第三者による証拠隠滅行為など ) が個別具体的に認定できる場合には、令状による処 分に代替するものとして、「逮捕の現場」と同一の 管理権が及ぶ範囲を外枠として許容されるとしま す。そして、 ( b ) は、被逮捕者の手の届く範囲に加え、 第三者による侵襲可能性が具体的に認定できる場合 には、侵襲可能な領域や第三者に対しても可能とし ます。なお、 ( b ) は、法 220 条 1 項の趣旨を逮捕のた めの必要な処分も認めているとするため、特に被疑 者の身体・所持品については、最寄りの武装解除が 可能な場所を「逮捕の現場」と同視して捜索するこ とは許容されうるとします。
事実の概要 鳴門市競艇従事員共済会への補助金支出住民訴訟 前記補助金の支出が給与条例主義違反であるなどと 鳴門市は、鳴門競艇事業員共済会 ( 以下「共済会」 して、地方自治法 242 条の 2 第 4 項に基づき、前記 が鳴門競艇臨時従事員 ( 以下「臨時従事員」 ) に離 補助金支出の決定をした同市企業局長らに対し損害 職餞別金 ( 額は勤続年数に応じ、一人当たり、勤続 賠償請求をせよとの住民訴訟を市に対して提起し 12 年の約 116 万から勤続 41 年の 428 万円。課税実務上 た。なお、臨時従事員は、個々の就業日ごとに日々 退職手当として扱われる ) を支給することに充てる 雇用されているが、就労実態は常勤職員に近い。 ため共済会に補助金を支給した ( 離職餞別金総額の 審、ニ審とも、臨時従事員の就労実態が常勤職員に 100 % 近く ) 。同市企業職員給与条例は常時勤務職員 準じた継続的なものであることを重視して、本件補 には退職手当を支給する旨定めていたが、非常勤職 助金支出が給与法定主義に反するものとは言えない 員についてはそのような定めはない。臨時従事員は としてその違法性を否定し、請求を棄却した。そこ 地方公務員法上の臨時的任用による一般職公務員と で X らが上告した。 解されている。そこで、同市の住民である X らが、 [ 最ニ小判平 28 ・ 7 ・ 15 裁判所 HP023 / 086023 ー han 「 ei. pdf ] 上記の通り、臨時従事員の就労実態は常勤職員 地方公営企業の日々雇用職員に対する退職金支 に準ずるものなので、常勤職員に準じて長年の功 出目的での補助金支出の違法性。 労に報いるとか退職後の生活を支えるとかの理由 で退職金を支給すること自体は、必ずしも非難す 1 「本件補助金交付当時、臨時従事員に対して べきものではなかろう。しかし、臨時従事員は形 離職せん別金又は退職手当を支給する旨定めた条 式的には日々雇用職員であり、条例の根拠なく退 例の規定はな カった。また、臨時従事員は 職金を支出することは給与条例主義を定める自治 法 204 条の 2 、地方公営企業法 48 条 4 項にどうし ・・日々雇用されてその身分を有する者にすぎ ず、給与条例の定める退職手当の支給要件を満た ても文言上違反することになってしまう。実質と 形式の乖離が本件のような問題が発生する事情を すものであったということもできない。」 2 「そうすると、臨時従事員に対する離職せん なしている。 別金に充てるためにされた本件補助金の交付は、 かって最高裁は、臨時的任用職員に対する一時 地方自治法 204 条の 2 及び地方公営企業法 38 条 4 金支給が自治法 204 条 2 項違反にならないか否か 項の定める給与条例主義を潜脱するものといわざ について、臨時的任用であってもその勤務が正規 るを得す、このことは、臨時従事員の就労実態等 職員に準する等の一定の条件を満たす場合には、 のいかんにより左右されるものではない。」 それが適法となりうる旨判示したことがある ( 最 判平 22 ・ 9 ・ 10 民集 646 号 1515 頁 ) 。臨時的任用職 3 「以上によれば、地方自治法 232 条の 2 の定 員でも常勤職員に当たることがありうる ( 任期付 める公益上の必要性があるとしてされた本件補助 きの通常勤務職員等 ) ので、臨時的任用職員に 金の交付は、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを 時金を支給することが必すしも自治法 204 条 2 項 濫用したものであって、同条に違反する違法なも のというべきである。」 違反になるわけではない。しかも、常勤職員と非 常勤職員との区別は勤務内容等の諸事情の総合考 慮によると解されるので、個々のケースにおいて 鳴門市の給与条例では、常勤職員に対する退職 常勤なのか非常勤なのかの区別は必ずしも明確で 手当支給規定はあったが非常勤職員に対するそれ ないことがある。原審は、この判決を意識したも はないが、臨時従事員の就労実質は常勤職員に近 のと推察されるが、就労実態が常勤職員に準ずる いので、共済会では、実質的な退職手当を離職餞 別金との名目で支給してきた。そしてその財源は という認定の下に、臨時従事員に対する離職餞別 金支給が給与条例主義の趣旨に反しないと判断し 市の補助金であった。そこで、条例に基づかない 違法な退職手当支給かどうか、そしてそのための た ( 自治法 204 条 2 項によれば、常勤職員に退職 手当を支給することができる ) 。 補助金支出が裁量権の逸脱・濫用として違法かど うか ( 補助金は共済会に対して交付されたもので、 これに対し本判決は、日々雇用職員であること 直接臨時従事員に離職者餞別金として交付された を一つの根拠としているようであるが、臨時従事 員への離職餞別金支給は給与条例主義の趣旨に反 のではないが、補助金交付の目的が法令の趣旨に 反する行為の援助であれば、「公益上の必要性」 するとしている。そしてそれは就労実態の如何に かかわらないともしている。この点は評価が分か がないにもかかわらすなされたということができ 法学セミナー る ) 、ということが本件では問題となった。 ( くわはら・ゆうしん ) れる可能性もある。 2016 / 10 / n0741 最新判例演習室ーー行政法 裁判所の判断 上智大学教授桑原勇進 解説
114 条、 331 条 ) を受けたが、その命令で定められた期 本件は、訴訟救助の申立て ( 民訴 82 条 1 項本文 ) 間内に手数料を納付しなかった。そのために、原審 の却下決定に対する即時抗告における抗告状却下命 の裁判長は、 x に対して抗告状却下命令 ( 原命令。 令に対する許可抗告事件 ( 民訴 337 条 ) である。 民訴 137 条 2 項、 288 条、 331 条 ) を発することとし、 本件については、基本事件を初め、事件の背景等 その告知のために、原命令の謄本が X に宛てて発送 の詳細は明らかではないが、本件の事実関係は、以 された。しかし、 X は、その送達を受ける前に手数 下のとおりである。 X ( 申立人・抗告人 ) は、訴訟 料を納付したことから、原命令に対して許可抗告を 救助却下決定に対する即時抗告の抗告状に所定の印 申し立てた。なお、本件では、その手数料納付前に 紙を貼付していなかったため、原審の裁判長から、 原命令が抗告人に告知された事実は認められなかっ 抗告提起の手数料を命令送達の日から 14 日以内に納 た。 付することを命じた補正命令 ( 民訴 137 条 1 項、 288 補正命令における所定期間経過後の手数料納付と抗告状の効力 最新判例演習室ーー民事訴訟法 [ 最ー小決平 27 ・ 12 ・ 17 判タ 1422 号 72 頁 ] その書面は遡って有効となる旨を判示していた 手数料納付の補正命令で定められた期間の経過 が、このような取扱いは、古い時代におけるいく 後における手数料納付と抗告状の効力。 つかの大審院判例 ( 大決昭 10 ・ 4 ・ 9 法学 4 巻 12 号 99 頁〔控訴状〕や大決昭 13 ・ 3 ・ 5 法学 7 巻 10 原命令破棄。抗告提起の手数料の納付を命じる 号 107 頁〔訴状関係〕等 ) からの一貫したもので 裁判長の補正命令を受けた者が、その命令で定め あった。一般に、訴訟行為等の「補正」とは、瑕 られた期間内に納付しなかった場合でも、不納付 疵ある訴訟行為等への対応方法の 1 つであり、事 を理由とする抗告状却下命令の確定前に納付すれ 後的な補充・訂正の行為を意味する。訴訟行為等 ば、その不納付の瑕疵は補正され、抗告状は当初 としては成立していることが前提であり、補正は、 に遡って有効となる。なお補足意見がある。 その訴訟行為等を生かす方向で対処すること、す なわち、法的救済機構としての裁判所の機能を当 本件は、抗告提起の手数料の納付を命じた裁判 事者のために活用することを意味する ( 川嶋四郎 長の補正命令を受けた者が、当該命令で定められ 「民事訴訟法』 420 頁注 ) 184 ) .. 、。でいつ瑕 た期間経過後にこれを納付した場合に、抗告状が 疵は多様であり、必要的記載事項の不備・欠缺か 当初に遡って有効となることを初めて判示した最 ら、それには問題がないものの手数料納付に欠け 高裁決定であり、従来の裁判実務を確認したもの る場合もある。前者が、実質面・内容面の問題で である。本件は、抗告提起の手数料納付の関する あるのに対して、後者は、民事手続の世界におけ 事件ではあるが、後述する本件引用判例等を考慮 る形式面にすぎず、また、スライド方式の訴額等 すれば、各種手数料納付を命じる補正命令一般に の手数料算定は技術的な側面もある。したがって、 関する取扱いを明確化したものと評価できる。し 結果として手数料の納付 ( 国庫収入の確保 ) がな かも、この場合に手数料納付が問題とされた書面 されている限り、適式な書面の提出が行われたと ( 適式な書面 ) の提出があったとされる時点とし 考えることは妥当であり、補正の趣旨からも首肯 できる。それゆえ本決定は妥当である ( 補正命令 て、遡及的に当該書面提出時とされたことにも意 義がある ( 判決文中、「当初に遡って」とは、 における所定の期間は、却下命令のいわば猶予期 間と考えられる ) 。なお、所定の期間内に納付し のように解される ) 。基本的に、提出書面の必要 た者とのバランスも考慮されかねないが、 ( 所定 的記載事項等、本質的な核心部分に問題がなけれ 期間の経過自体を即書面の不適式化に結び付ける ば、手数料の不納付という技術的な理由で遡及効 のではなく ) 納付しなければ却下命令を受けるリ を認めないのは適切さを欠き、遡及効を認めなけ れば、期間遵守や提訴等にともなう実体法上の効 スクを負うことで、それを保つことができるであ ろう。さらに、小池裁判官の補足意見の指摘は、 果等を享受できず、不納付の瑕疵を補正し有効と 信義則 ( 民訴 2 条 ) を初め、手続利用主体の作法 したことの意味がなくなるからである。 の問題 ( 川嶋・前掲書 276 頁、 421 頁参照 ) を想起 本決定の基礎にある基本的な考え方は、古くか させるが、個別事件の処理であれ、裁判所におけ ら最上級審で判示されていた。本決定が引用する る憲法上の権利 ( 憲 32 条等 ) の制限には、基本的 判例 ( 最三小判昭 31 ・ 4 ・ 10 民集 10 巻 4 号 367 頁 ) によれば、訴えの変更申立書に印紙不足があった には慎重な姿勢が望まれる。 法学セミナー 場合に上級審で追貼すればその瑕疵が補正され、 2016 / 10 / no. 741 裁判所の判断 同志社大学教授川嶋四郎 ( かわしま・しろう )
刑事訴訟法の思考プロセス 107 第 3 に、基本的に緊急処分説に立ったうえで、逮 捕の現場に被疑事実に関する証拠が存在する蓋然性 の内容やこれに対する事前の司法審査の必要性の違 いを踏まえて、被疑者の住居等を対象とする場合と それ以外の者の住居等である場合とを区別して、「逮 捕の現場」の範囲を示す見解です 15 。この見解によ れば、前者については、その全体における無令状捜 索・差押えが許容されるのに対し、後者については、 逮捕行為の着手後から完了までの間に被疑者が現に いるか、いたと認められる部分に限り無令状捜索・ 差押えが許されるとします。 私見は、法 220 条 1 項 2 号を、証拠隠滅防止とい う逮捕の目的を達成するための捜索・差押え等、逃 亡防止という逮捕の目的を達成するための武器や逃 走に役立つ道具の捜索・差押え等や円滑な逮捕の執 行実現を達成するための無令状捜索・差押え等 ( 逮 捕目的や円滑な逮捕を達成するための必要な緊急処分 ) を許容したものとして位置づけ ( 逮捕の目的につい ては、刑訴規則 143 条の 3 、法 199 条。さらに 60 条 ) 、そ の具体的要件について第 2 の見解と同様に解釈する のが妥当と考えます。 被疑者の身体・所持品の無令状捜索・差押え等 最後に被疑者の身体や所持品について検討しまし よう。逮捕後、どこへ移動しても被疑者の身体や所 持品について認められる証拠存在の蓋然性は変わら ないことを理由に、被疑者の身体や所持品自体を「逮 捕の現場」と理解すると、「逮捕の現場」が無限定 に広がってしまうことになりかねません。近年の有 力な見解は、法 220 条 1 項 2 号が「逮捕の現場で」 としていることや被疑者の身体や所持品そのものを 「逮捕の現場」と見ることは困難であることから、「逮 捕の現場」を逮捕行為が行われた場所に限定します。 「逮捕の現場」はあくまで逮捕場所に関する概念と されているのです。 このように被疑者の身体や所持品は「逮捕の現場」 たる場所にいる限りで、無令状捜索・差押え等の対 象となります。もっとも、被疑者の態度や周囲の状 況等により、逮捕場所で捜索・差押え等を実施する ことは不適当または困難である場合もあるでしよ う。その場合、令状による被疑者の身体や所持品の 捜索・差押え等の場合と同様に、当該無令状捜索・ 差押え等の目的実現に必要な附随措置として、必要 最小限度の距離・時間内での適当な場所への移動や 移動先での被疑者の身体や所持品の捜索・差押え等 16 ) 、 が許されるというのが近年の有力な見解です の論理は、相当説・緊急処分説のいずれにおいても 採用可能でしよう。 最決平 8 ・ 1 ・ 29 刑集 50 巻 1 号 1 頁は、内ゲバ事 件の被疑者 X ・ Y ・ Z を、凶器準備集合及び傷害の 被疑事実で準現行犯逮捕したのち、いずれについて も後に捜索・差押えした籠手や所持品の存在を現認 したものの、 X については逮捕場所から約 500 メー トル、 Y ・ Z については約 3 キロメートル離れた警 察署に連行したうえで、 X の腕から籠手を取り外し 差し押さえ、 Y ・ Z の所持品を取り上げて差し押さ えたという事例について、次のように判示しました。 法 220 条 1 項 2 号の無令状捜索・差押えについて、「右 の処分が逮捕した被疑者の身体又は所持品に対する 捜索・差押えである場合においては、逮捕現場付近 の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被告人ら の抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨 げる恐れがあるといった事情のため、その場で直ち に捜索、差押えを実施することが適当でないときに は、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する 最寄りの場所まで連行したうえ、これらの処分を実 施することも、同号にいう『逮捕の現場』における 捜索、差押えと同視することができ、適法な処分と 解するのが相当である」。 「逮捕の現場における捜索・差押え」そのもので はなく、「逮捕の現場における捜索・差押え」と「同 視」できるとしたのは、本決定も、「逮捕の現場」 は逮捕場所に限られることを前提に、場所を移動し たとしても、その移動は当該無令状捜索・差押えの 目的実現に必要な附随措置によるものだから、同一 の無令状捜索・差押え権限によるものと考えたから 、 17 ) この論理によれば、移動先の場所は「逮 でしよっ 捕の現場」ではなく、当該場所やそこにある物の無 令状捜索・差押え等は許されないことになります ( あ くまで被疑者の身体・所持品に関する論理であること に注意が必要です ) 。もっとも、本決定が、「逮捕の 現場」ではなくとも、必要性・相当性を考慮して、 法 220 条 1 項の趣旨により許容できる場合があると 理解しているのであれば、それは類推解釈であり、 強制処分法定主義 ( 憲法 31 条、法 197 条 1 項但書 ) に 反し許されないとの批判が可能でしよう 18 ) 。
109 邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に を禁止行為としている ( 4 条 1 項 1 0 号 ) 点にあるよう 向けた取組の推進に関する法律 ( ヘイトスピー だ。同市には人口の約 2 % ( 3 万人 ) の外国人が暮ら しており、公園を使用していることから、ヘイトデモ チ解消法・ヘイトスピーチ対策法 ) が 2016 年 5 月 24 日、 が「不安感を与えること」が「公園の利用の支障」に 成立した ( 施行は 6 月 3 日 ) 。規制について一切、触 該当すると判断したとのことだ。条例の「都市公園の れない、いわばザル法ではないかという批判もあった 利用の支障」の解釈にあたって解消法、さらには人種 が、状況には少し変化も起こっている。 同法の施行を受けて、警察庁は通達を出し ( 6 月 3 差別撤廃条約の趣旨を充填した、という理解になるの だろう。場面は違うが、例えば民法 90 条の公序良俗の 日 ) 、文科省も通知を出した ( 6 月 20 日 ) 。警察庁の通 解釈に憲法 14 条の趣旨を意味充填するというのと似て 達は「いわゆるヘイトスピーチといわれる言動やこれ に伴う活動について違法行為を認知した際には厳正に いる。 人種差別撤廃条約と、解消法とでは齟齬がある。条 対処するなどにより、不当な差別的言動の解消に向け 約が「いかなる個人、集団又は団体による人種差別も た取組に寄与されたい」とするものだ。 禁止し、終了させる」よう締約国に命じているのに対 日本でヘイトスピーチが問題になり始めたのは 2009 し ( 2 条 1 項 d ) 、解消法は「禁止」ではなく「解消」 年ころから、それに対するカウンター ( 反対 ) 行動が という用語にこだわった。また「人種差別」の一部に 拡大し始めたのは 2013 年ころからだが、警察は例えば すぎない「不当な差別的言動」のみを対象としている。 ヘイト側 4 名、カウンター側 4 名というように逮捕者 実際には、さらにその一部である、「 ( 日本に ) 適法に 数を同数に揃えたりしてきた。「ケンカ両成敗」とい 居住する」「本邦外出身者に対する」不当な差別的言 うことだろう。これまではヘイトデモを警備する警察 官はカウンター側を向いていて、「まるで警察がヘイ 動のみが対象だ。これでは反対解釈すると、在留資格 を持たない非正規滞在者や、「本邦 ( 日本 ) 外出身者」 ト側を守っている」ような光景だと言われた。それが ではない者 ( アイヌ、琉球・沖縄、被差別部落出身者 解消法施行直後の 6 月 5 日のヘイトデモの警備では警 など ) に対する差別は認めるようにも読めてしまう。 察官は基本的にヘイト側を向いていた。これまではシ 条約の方はこれらの者に対する人種差別についても全 ットイン ( デモの進路に座り込む ) をしたカウンター 面的に禁止しているから、同法は条約に違反している 参加者を排除してきたのが、この日は強引な排除を行 ようにもみえる。いうまでもなく条約に違反する法律 わず、結局、警察がヘイト側主催者を説得して、デモ は無効なのだが、ただ、同法には「本邦外出身者に対 は中止になった。 する不当な差別的言動」以外のものであれば、差別的 この 6 月 5 日のヘイトデモは川崎市の在日コリアン 言動であっても許されるとの理解は誤りだ」という附 の集住地区で予定されたもので、住民側は一定範囲内 帯決議がついた ( 参議院法務委員会 5 月 12 日。衆議院 の地域でのデモ禁止の仮処分を申し立てるなどして対 法務委員会 5 月 20 日 ) 。附帯決議をつけるくらいなら 抗した。横浜地裁川崎支部は 6 月 2 日、申立を認めた。 最初から対象を本邦外出身者に限定しなければよかっ デモの集合場所としての公園使用について川崎市も不 たのにという感は否めないが、これらの附帯決議から 許可とした ( 5 月 30 日 ) 。不許可の根拠は報道によると、 同市の都市公園条例が「都市公園の利用に支障を及ば・いってもあくまでも条約に違反しない限度で法律が制 定された ( と同法を解釈すべき ) 、という理解になる さない」ことを許可の要件とし ( 3 条 4 項 ) 、「前各号 (Q) のほか、都市公園の管理に支障がある行為をすること」・ だろう。 本 弁護士 事件 フ ヘイトスピーチ解消法と、条約
021 題としていることが明らかであり、この第三者請求 に関する記述については、いすれの事件についても 社会通念上非難に値する行為があったものと認めら れるのであるから、原告が主として問題とする名誉 毀損行為はすべて不存在であったと認められる。」 とし、「提訴が違法となる余地がある」と判示した。 : 提訴の不当性の判断 そして提訴に当たっては、「近藤 ( 専務 ) が中心に なって調査を行い提訴を決断した旨証言するが、詳 細な報告書に基づいて検討したとものではなく被告 とするべきものの選定がどのようになされたにかに ついては、終局不明であり」、「どのような根拠に基 づき記事が書かれたのかについても全く調査をした 形跡はなく、その訴訟の不当性は明らか」と判示し ている。訴訟では、筆書が近藤副社長に「何故、私 を訴えたのか」を質問したが回答できなかった。 提訴の違法性の判断枠組 東京地裁は、訴の提起が違法となる場合について、 「提訴者が当該訴訟において、主張した権利または 法律関係が事実的・法的根拠を欠くものであること を知り得たのに、あえて提起したなど、裁判制度の 趣旨目的に反して著しく相当性を欠く場合に限り、 相手方に対して違法な行為になるものと言うべきで ある ( 最高裁昭和 63 年 1 月 26 日第三法廷・民集 42 巻 1 号 1 頁 ) 。」との違法性の判断基準を示している。 ~ 提訴の違法性の認定 提訴の違法性についても、「原告は、本件各記述 の内容が事実であるか否かについて、意に介するこ となく、記事の中には真実の部分が含まれている蓋 然性が多分にあるが、そうであったとしてもいっこ うに構わないとして、十分な調査を行うこともなく 批判的言論を抑制する目的を持ち」、訴を提起した ものと認定している。 民事訴訟法 208 条の適用の有無について 本件においては武井保雄が本尋問に採用されなが ら正当性な理由なく欠席した点について 208 条の適 用の有無について判断している。 当事者尋問の期日に正当な理由なく出頭しなかっ た場合、民事訴訟法 208 条は、「当事者が当事者尋問 [ 特集引スラップ訴訟 に正当な理由なく出頭しない場合、裁判所は、尋問 事項に関する相手方の主張を真実と認めることがで きる」旨定めている。 判決では、「本件においては証拠上、甲事件 ( 名 誉毀損事件 ) の提訴の違法性が認定できるところで あり、民事訴訟法 208 条をあえて適用までもないと ころではあるが」として、「当事者は、信義に従い 誠実に民事訴訟を追行しなければならないとする民 事訴訟法 2 条の規定の趣旨もかんがみ、当裁判所は、 同条を適用して、尋問事項に関する被告らの主張を 真実と認めることとする。」とする。我々は武井保 雄の本人尋問の採用を勝ち取り、出頭しない場合も 予測し、 208 条を意識した訴訟活動を行っていた。 スラップ訴訟を体験して 武富士は、言論弾圧のため、高額な名誉毀損訴訟 を提起すると言われてきた。『武富士の闇を暴く』 の出版に当たっても慎重に事実調査を行い提訴した。 しかし、出版から 20 日あまりで、何の予告もなく 提訴がなされた。東京地裁が判示するまでもなく不 当訴訟であった。 筆者自身も被告となり、地元仙台の弁護士が弁護 団を作り準備書面の作成、その為の再調査・立証活 動を精力的に行ってくれた。 勝訴判決は勝ち取ったものの、 1 人 120 万円の損 害賠償であり、弁護団の経費の一部にしかならない。 労力に見合った慰謝料金額の引き上げは不可欠であ り、そうしなければ言論弾圧の不当訴訟にプレーキ がかけられない。 最近でも、「プラック企業」を告発している今野 晴貴氏へ世界的なアパレルメーカーから提訴予告の 内容証明が届いたと相談された。 名誉毀損訴訟では記事の真実性および、真実相当 性の立証責任は被告にあり、名誉毀損訴訟が強者の 言論封殺の「武器」として機能させてはならない。別 稿で取り上げられている言論封殺目的の不当訴訟に ついて、不当訴訟認定の要件緩和が不可欠である。 二宅論文はジャーナリストへの名誉毀損訴訟、筆 者については弁護士業務としての言論についての名 誉毀損であり、社会の真実を暴く力をスラップ訴訟 により萎縮させてはならない。スラップ訴訟の研究 が進むことを真摯に願うものである。 ( にいさと・こうじ )