正当防衛 - みる会図書館


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1. 法学セミナー 2016年10月号

084 法学セミナー 2016 / 10 / no. 741 応用刑法 I ー総論 CLASS [ 第 13 講 ] 正当防衛 ( 3 ) ー防衛行為の相当性 明治大学教授 大塚裕史 これを過剰防衛という ( 基本刑法 1198 頁 ) 。つまり、 「やむを得ずにした行為」という要件は、正当防衛 ◆学習のホイント 1 「やむを得すにした行為」に関する学説状 と過剰防衛の限界を画する要件である。 況 ( 比較衡量説、必要最小限度説 ) を理解し [ 1 ] 緊急避難との相違 ておくことが判例の立場の理解の前提とな ところで、刑法は、緊急避難の規定である 37 条 1 る。 項においても「やむを得ずにした行為」という文言 2 判例実務は、「やむを得すにした行為」を を使用している。しかし、同一の文言であってもそ どのような基準と資料を用いて判断してい の意味する内容は 36 条 1 項のそれとは異なる。なぜ るかをしつかり理解しておくことが重要で なら、正当防衛が急迫不正の侵害者に対する法益侵 ある。 害行為である ( 不正対正の関係 ) のに対し、緊急避 3 判例実務における相当性判断の具体的方法 難は現在の危難を避けるために第三者の法益を侵害 を理解し、さまざまな事例を用いてそれを する行為である ( 正対正の関係 ) からである。 使いこなせるようになるまで練習するとよ すなわち、緊急避難の要件としての「やむを得ず にした行為」は、第三者の正当な利益を侵害しても なお許されるための要件であるから、法益を守るた 正当防衛とは、「急迫不正の侵害に対して、自己 めに他人の法益侵害を侵害する以外に方法がないこ 又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした と ( これを補充性の原則という ) を意味する。 行為」をいう ( 36 条 1 項 ) 。このうち、「自己又は他 これに対し、正当防衛の要件としての「やむを得 人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」 ずにした行為」は、不正な侵害者の法益を侵害する を防衛行為という。防衛行為といえるためには、① ことが許されるための要件であるから、厳密に他に 「自己又は他人の権利を防衛するため」の行為であ とりうる方法がない場合に限られず、相当な防衛行 って、②「やむを得ずにした行為」でなければなら 為であればよい。これは、正当防衛が自力救済の禁 ない。防衛行為に関するこの 2 つの問題のうち、前 止の原則の例外とはいえ、権利行為であることから 講で①を扱ったので、本講では、②の点を検討する ( 第 11 講 94 頁 ) 、自己防衛権の行使を不当に委縮させ ことにしたい。 ないための配慮である。 1 「やむを得ずにした行為」の意義 [ 2 ] 必要性と相当性 従来、学説の多くは、やむをえずにした行為とい 急迫不正の侵害に対する防衛行為であっても、そ えるためには、自己または他人の権利を防衛するた れが「やむを得ずにした行為」でなければ正当防衛 めに必要な行為であり ( 必要性 ) 、かっ侵害を排除 は成立せず、「防衛の程度を超えた行為」として刑 する手段として相当でなければならない ( 相当性 ) が減軽または免除されることがある ( 36 条 2 項 ) 。

2. 法学セミナー 2016年10月号

086 法学セミナー 2016 / 10 / 8741 LAW CLASS 益と防衛行為によって保全しようとした法益を比較 すべきであると主張する。これは、行為時に立って 防衛行為の危険性が不正の侵害行為の危険性を上回 らない限り相当性を肯定しようとする考え方で、違 法性の本質を社会的相当性の欠如に求める立場から はもちろん、それを許されない危険に求める立場か らも主張されている。 この見解によれば、【間題 ll 】の場合、甲がホー ム上で V の右肩を両手で突いても通常は V がホーム から転落する可能性はなく、 V に死傷結果を発生さ せる危険はないので、甲の防衛行為は、たまたま重 大な結果を招いているが、行為時を基準とすれば相 当であったといえるとして正当防衛の成立を肯定す ることになる。 予想外の重大な結果が発生した場合にも常に正当 防衛を否定するという結論は、防衛行為者に、本来、 権利行為である正当防衛行為に出ることを委縮させ る結果になり妥当ではない。そこで、裁判所も、本 問と類似の事案において正当防衛の成立を認めてい る ( 千葉地判昭 62 ・ 9 ・ 17 判時 1256 号 3 頁〔西船橋駅 事件〕 ) 。 このように、学説の多くは、防衛行為者側と不正 な侵害者側の行為態様を比較衡量することによって 「やむを得ずにした行為」に当たるか否かの判断を している。 【間題 12 】暴漢襲撃事例 甲 ( 女性 ) は、夜道で暴漢 V に襲われ強姦さ れそうになった。甲は、周囲に人の気配もなく 誰かに助けを求めることもできなかったので、 たまたま落ちていた大きな石を V に投げたとこ ろ、石は V の頭部に当たり甲は難を免れたが転 倒した V は塀に頭を強打して重傷を負った。甲 の罪責を論じなさい。 【間題 12 】の場合、 v によって侵害される甲の法 益は「性的自由」であるのに対し、甲の防衛行為に よって侵害された V の法益は「身体」である。した がって、結果の相当性説 ( 事後判断説 ) によれば防 衛行為の相当性は否定される。 また、甲の行為は v に頭に大きな石を命中させる 行為であるから、重大な傷害を負わせる危険性が高 い。したがって、行為の相当性説 ( 事前判断説 ) に よっても、行為態様の危険性が高いので相当性は否 定される。 しかし、甲は夜道で暴漢に襲われており、誰かに 助けを求めることもできない状況であったから、付 近に落ちていた大きな石を相手の頭に向けて投げつ ける以外に不正の侵害から逃れる手段はなかったと いえる。大きな石を相手の ( 頭ではなく ) 手足に投 げつければよかったのではないかという考えもあろ うが、それでは侵害を確実に排除できたとはいえな い。それにもかかわらず、大きな石を相手の頭に向 けて投げつける行為は危険性が高い行為なので相当 性が認められないという結論をとると、甲は ( 過剰 防衛で刑の減免の可能性があるとはいえ ) 傷害罪で処 罰されるか、処罰を免れたければ性的自由の侵害を 甘受せざるをえなくなり妥当でない。 そこで、近時、防衛行為が相当であるか否かを、 行為の衡量か結果の衡量かという判断枠組みではな く、防衛行為者が侵害現場で選択しえた防衛手段の うち、確実に防衛効果が期待できる手段の中で、侵 害性が最も軽微である手段を選択した場合に限って 「やむを得ずにした行為」に当たるとする見解が有 力に主張されている ( 必要最小限度説 ) 。 この見解によれば、【間題 12 】の甲の投石は、侵 害現場でとりえた唯一の手段であった以上、重大な 結果を惹起したとしても正当防衛が成立して違法性 が阻却されることになる。 もっとも、この見解に立ったとしても、パン 1 個 を盗むような軽微な法益侵害行為を阻止するために 相手に重大な傷害を与えるしか他に方法がないとい うような場合にまで、「やむを得ずにした行為」と して正当防衛を認めるのは適当でない。そこで、 のような場合は、そもそも「防衛するため」の行為 でないとか、生命・身体に対する侵害行為以外の場 合は、防衛行為にも緩やかな法益衡量を要求して過 剰防衛にすべきだとする見解が主張されている。 [ 4 ] 相当性判断に関する判例の基本的な立場 このような学説の対立の中で、判例は防衛行為の 相当性についてどのような考え方をとっているので あろうか。 【間題 13 】バンパー事件 甲は、勤務する運送店の事務所入口付、 で

3. 法学セミナー 2016年10月号

応用刑法 I ー総論 085 と解してきた。 もっとも、防衛のために「必要」な行為とは、防 衛行為として必要不可欠という意味ではなく、権利 を防衛する上で 1 つの合理的な手段であればよいと 一般に解されてきたので、客観的に「防衛するため」 の行為といえる限り ( 第 12 講 134 頁 ) 、防衛行為の必 要性の要件は常に満たされることになり、それを独 立した要件として掲げる意味はほとんどない。 そこで、正当防衛と過剰防衛の限界を画する上で は、防衛行為の相当性の要件が決定的に重要である。 [ 3 ] 相当性判断に関する学説状況 防衛行為が相当であるといえるかをどのような基 準で判断するかについては、学説上さまざまな見解 が主張されている。学説の多くは、侵害行為と比較 することによって防衛行為の相当性の有無を判断し ている ( 比較衡量説 ) 。 その際、侵害行為の結果と防衛行為の結果を比較 衡量するのか ( 結果の相当性説・事後判断説 ) 、行為 時を基準として侵害行為の危険性と防衛行為の危険 性を比較衡量するのか ( 行為の相当性説・事前判断説 ) については見解が対立している。 このうち、結果の相当性説 ( 事後判断説 ) によれば、 正当防衛は防衛行為者によって惹起された当該結果 を生ぜしめた行為を正当化できるか否かの問題であ り、正当化の根拠は優越的利益原理 ( 基本刑法 1 170 頁 ) にあるので、防衛行為者の保全法益と防衛行為 によって侵害された法益を事後的な観点から比較衡 量する必要があるとされる。もっとも、正当防衛は 「不正対正」の関係にあるので、 ( 緊急避難の場合の ような ) 厳格な法益均衡は不要であるが、防衛行為 者の保全法益と防衛行為による侵害法益との間に大 幅な不均衡が生じた場合は相当性が否定される。 【間題川西船橋駅事件 甲 ( 女性、 41 歳 ) は、 1 月 14 日午後 11 時過ぎ、 J R 総武線西船橋駅のホームにおいて、酒に酔 っ払った V ( 男性、 47 歳 ) から執拗に絡まれ、 小突かれたり足蹴りにされそうになったり、馬 鹿女等の侮辱的言葉を言われたりした末、コー トの襟の辺りを手でつかまれたので、離してく れるように言ってもみ合ううち、 V をわが身か ら離そうとして、ホームのべンチ付近で V の右 肩付近を両手で突いた。よろめいた V は、同ホ ーム下の電車軌道敷内に転落し、折から同駅に 進入してきた電車の車体右側と同ホームとの間 にはさまれて圧迫され、よって即時同所におい て胸腹部圧迫による大動脈離断により死亡し た。なお、甲はホーム上の周囲の乗客に助けを 求めたが、笑うなどするばかりで誰ひとりこれ に応じてくれなかった。なお、駅員のいる事務 室はホームから階段を上がったところにあっ た。甲の罪責を論じなさい。 【間題 ll 】において、甲が V の右肩を両手で突い たところ、よろけた V がホームから電車軌道内に転 落し折から進入してきた電車の車体とホームとの間 にはさまれ死亡したので、甲の行為は傷害致死罪 ( 205 条 ) の構成要件に該当する。 それでは、甲の行為は正当防衛により違法性は阻 却されるであろうか。甲は V から執拗に絡まれ、小 突かれたり襟をつかまれたりなどされていたので、 「急迫不正の侵害」は存在する。また、甲が V の右 肩付近を両手で突いたのは、 V をわが身から離すた めであるから防衛の意思も明らかに認められ「防衛 のため」の行為であるといえる。そこで、酒に酔っ た v をホーム上で両手で突く行為が「やむを得ずに した行為」といえるかが問題となる。 この点、【間題Ⅱ】において、甲には、生命の危 険はおよそなく、甲が保全しようとした法益は「行 動の自由」ないしはせいぜい「身体の安全」である のに対し、甲が侵害した法益は V の「生命」である。 そうすると、両者の間に大幅な不均衡が生じている といえるので、結果の相当性説によれば、防衛行為 の相当性が否定され、甲の行為は「やむを得ずにし た行為」とはいえない。したがって、甲に正当防衛 は成立せず、傷害致死罪 ( 205 条 ) が成立するただ 「防衛の程度を超えた行為」であるから過剰防衛の 規定 ( 36 条 2 項 ) が適用になる。 これに対し、侵害法益と保全法益を比較すると、 【間題Ⅱ】のように、たまたま重い結果が生じたに すぎない場合にもすべて過剰防衛とされるのは妥当 でない。そこで、行為の相当性説 ( 事前判断説 ) は、 ( 防衛行為によって現実に害された法益と防衛行為によ って保全しようとした法益を比較するのではなく ) 防 衛行為によって本来ならば害されるはずであった法

4. 法学セミナー 2016年10月号

応用刑法 I ー総論 091 傷能力の高い出刃包丁で V の身体の枢要部である左 胸部、右胸部および左頸部を 1 回ずっ合計 3 回も突 き刺しており、少なくとも殺人の未必の故意は認め られるので、甲の行為は殺人罪の構成要件に該当す る。 次に、 V は出刃包丁を手放した後も攻撃の手を緩 めることなく石を持って殴りかかってきたのである から、急迫不正の侵害はなお継続している。また、 暗い場所で突如強力な一撃を受け重傷を受けた甲 が、なおも攻撃を加えてくる V に対し無我夢中で手 にした包丁を突き出した行為は、自己保存の本能に 基づき衝動的になされたものであり、他に特別の事 情がない限り、自己の生命を防衛しようとする意思 に出たものであるといえる。問題は、 V を死亡させ た甲の行為が「やむを得ずにした行為」といえるか である。 本問の場合、 V の包丁による攻撃に対し、その包 丁を奪って反撃しているので武器が対等でないよう にもみえる。しかし、 V は包丁を手放した後も石を 持って殴りかかってきていることから、包丁を奪い 取った時点で甲が優越的立場に立ったとはいえな い。刺されたことで既に生命に対する切迫した危険 が甲に存在している中で、 V はさらに攻撃の手を緩 めないのであるから、甲としては何らかの行為に出 る必要がある。しかし、神社境内には人影もなく、 付近の人家まではかなりの距離があったことから他 人の救助を求めることは不可能な状況にあったとい える。 V から突如攻撃を受け、出刃包丁で右大腿部 を刺され血管および筋肉損傷を伴う刺傷を負わされ ている中でさらなる攻撃を受けていたのであるか ら、抜き取った出刃包丁で V に対抗する以外に適当 な対抗手段があったとはいえない。 出刃包丁で応戦するとしても、何も V の胸部や頸 部を刺さなくてもよかったのではないかという見方 もあるかもしれないが、いきなり出刃包丁で右大腿 部を刺されなおも石で殴りかかれられた者として は、出刃包丁で必死に対抗するのも無理はなく、胸 部や頸部などの危険な部位を避けて加害者を刺した だけで確実に侵害を止めることができたといえるか も疑問が残る。 そうだとすると、甲の防衛行為は、防衛効果が確 実に期待できる防衛手段であって、かっ、他に有効 な手段がなかった以上、必要最小限度のものと評価 できる。したがって、甲の行為は、「やむを得ずに した行為」として正当防衛が成立し、不可罰となる。 本問と類似の事案において、裁判所も正当防衛の成 立を認めている ( 福岡地判昭 46 ・ 3 ・ 24 判タ 264 号 401 頁 ) 。 ところで、このように防衛行為と代替行為を比較 するとき、比較の対象となる「危険性のより小さい 代替行為」の中に退避行為が含まれるかが問題とな る。すなわち、現場から退避すれば確実に危険を回 避できる場合に退避すべきであったとして当該防衛 行為の相当性を否定すべきであろうか。 この点、正当防衛は、不正対正の関係にあり、「正 は不正に対して譲歩する必要はない」ので防衛行為 者には退避義務はないとされる。したがって、退避 すれば確実に危険を回避できる場合であっても、原 則として、退避しなかったことをもって当該防衛行 為の相当性が否定されることはない。 しかし、判例実務では、例外として、防衛行為が 生命に対する危険性が高い行為 ( 致命的防衛行為 ) であるときは、退避可能性がない場合に限って防衛 行為の相当性が認められている。 例えば、大阪高裁は、侵害者の包丁を奪いそれで 同人を刺殺した事案において、「侵害を容易に避け うるにかかわらず逃避しないで重大な反撃を加える のは、権利の正当な行使とはいいがたい」とした上 で、「被告人が手にした包丁をその場から他に投棄 し又はそれを持って逃げるなどの方法により防衛す る手段がなかったわけではない」から、被告人の行 為は「防衛の程度を越えたもの」であると判示して いる ( 大阪高判昭 42 ・ 3 ・ 30 下刑集 9 巻 3 号 220 頁 ) 。 【間題 15 】において、出刃包丁で v を殺害した甲 に正当防衛が認められるのは、「唯一の退路である 石段の前には V が立ちふさがっていた」ため、甲に 退避可能性が認められないからである。 イ危険性の小さい代替行為をとることが難しい場 防衛行為の相当性が認められる第 2 の類型は、当 該防衛行為よりも危険性の小さい代替行為が存在す るが、具体的状況の中でそれをとることが難しい場 合である。 例えば、【間題川の西船橋駅事件において、裁 判所が正当防衛を認めたのは、右肩を両手で突く行 為自体に重大な結果を発生させる危険性が少ないと

5. 法学セミナー 2016年10月号

093 応用刑法 I ー総論 傷害の結果を発生しなかった場合は、当該防衛行為 頁 ) などがその典型例である。 は必要最小限度のものではなく過剰防衛となる。な 第 2 に、相手から殴られるなど死または重大な傷 せなら、防衛行為が相当であるためには、防衛行為 害の危険のない侵害を受けた場合は、危険の小さい と侵害行為の危険性が著しい不均衡が生じていない 代替手段が存在する場合が多く、その場合にその代 替手段をとらずに危険性の高い手段をとって過剰な ことが前提とされるからである。 結果を発生させたときは過剰防衛となる。 《コラム》 防衛行為者が銃を発射して死の結果を惹起した場 結果の衡量は不要か ? 合 ( 退去しない侵入者に対して銃を発射した事案につ き、大判大 9 ・ 6 ・ 26 刑録 26 輯 405 頁 ) 、刃物を用いて 判例は、反撃行為により生じた結果がたまた ま侵害されようとした法益より大であるという 死の結果を惹起した場合 ( 下駄で殴られそうになった ことだけで過剰防衛にするという考え方 ( 結果三 ため匕首で切り付けた事案につき、大判昭 8 ・ 6 ・ 21 の相当性説 ) はとっていない。そのため、学生 刑集 12 巻 834 頁 ) 、その他の器具を用いて死の結果を . 諸君の中には、防衛行為の相当性の判断におい : 惹起した場合 ( 酒に酔った者から組みつかれたため陶 て結果の衡量は不要であると誤解している者が 器で殴打した事案につき、大判昭 7 ・ 12 ・ 8 刑集 11 巻 1804 頁 ) 、均衡を失する強力な肉体的有形力を行使 いる。しかし、正当防衛は防衛行為者の法益侵 して死の結果を惹起した場合 ( 空手三段の腕前を有 三害行為 ( 防衛行為 ) を正当化できるかという問 題であるから、防衛行為からどのような結果が する者が回し蹴りをした事案につき、最決昭 62 ・ 3 ・ 三発生したのかは重要な考慮要素であり、それが 26 刑集 41 巻 2 号 182 頁 ) などがその典型例である。 ! 守ろうとした法益 ( 保全法益 ) と著しく均衡を 《コラム》 失していないかを検討することは不可欠であ 「やむを得ずにした行為」の当てはめ る。そして、著しい不均衡がある場合は過剰防三 正当防衛の関する事例問題の多くは、急迫不 衛になる可能性が高いが、なおそれでも必要最 正の侵害がないとか防衛の意思に欠けるなどの 小限度の防衛行為であるという評価が可能であ : 特殊な事例でない限り、やむをえずにした行為 るかという観点から事案を慎重に検討する必要 といえるのか、すなわち、正当防衛になるのか がある。 三過剰防衛になるのかを識別させる問題である。 その場合、「やむを得ずにした行為」の意義 以上の検討から明らかなように、第 1 類型、第 2 について、判例の規範を定立した上で、当ては 類型、第 3 類型のいずれにも当てはまらない場合は、 当該防衛行為は必要最小限度のものとはいえないた めをいかに充実させるかが答案作成におけるポ め、正当防衛は成立せず過剰防衛となる。どのよう イントとなる。結果や行為の危険性に着目しな な場合に過剰防衛となるかは、個々の事案を詳細に がら、危険性の小さい代替手段が存在するかを 分析して判断するしかないが、大まかな判例の傾向 : 事案に即して説明することになるが、防衛行為 の相当性を否定する場合には、危険性の小さい を示すと以下のとおりである。 三代替手段の具体例を 1 っ挙げて説明することが 第 1 に、凶器により死または重大な傷害の危険を 伴う侵害を受けた場合は、相当強力な対抗手段が許 望ましい。 されるが、他に危険の小さい防衛手段をとりうると きは過剰防衛となる。 相手の凶器を奪ったことにより重大な身体傷害の 危険が去ったのにその凶器を用いて相手に死または 重大な傷害を与えた場合 ( 大判昭 14 ・ 3 ・ 6 刑集 18 巻 81 頁 ) や反撃により相手方の侵害がほとんどやんだ のになお反撃を続け相手の生命・身体に重大な結果 を生じさせた場合 ( 最判昭 34 ・ 2 ・ 5 刑集 13 巻 1 号 1 ( おおっか・ひろし )

6. 法学セミナー 2016年10月号

092 法学セミナー 2016 / 10 カ P741 LAW CLASS いうことのほかに、危険性の少ない代替手段をとる ことを期待することが困難であるという事情があっ た。たしかに、右肩を両手で突く行為をやめ、駅員 に助けを求めるという代替手段をとることも不可能 ではなかった。しかし、ホーム上の周囲の乗客に助 けを求めても誰ひとり応じてくれない状況の中で、 終電も近く家路を急ぐ甲に、ホームからわざわざ階 段を上がって駅員事務室まで助けを求めていくこと を要求するのは酷であろう。 【間題 16 】丸椅子反撃事件 甲は、妻と共に小料理屋で飲酒中、 V に絡ま れ、当初はこれを相手にしなかった。 V は、 旦店外に出て洋出刃包丁を携えて戻りこれを甲 に突き出した。甲はとっさにこれを払いのけた 上、自分の座っていた丸椅子を両手に持ち、そ の座席部分を V の胸に押し当てて玄関先に押し 出し、前庭で同人と対峙した。ところが、 V が 前記包丁を振り回してきたため、甲は、包丁を 叩き落とす目的ないし V の身体に強度の打撃を 加えて同人を逃走させる目的で、 V の左腕ない し肩を目がけて丸椅子を振り下したところ、座 席部分が予想外にも V の左側頭部に当たり、そ の場にうつ伏せに倒れた。その後、 V は頭部打 撲に基づく脳挫傷兼急性硬膜外血腫により死亡 した。なお、甲と V の間に大きな体力差はなか った。甲の罪責を論じなさい。 【間題 16 】において、甲の行為は傷害致死罪の構 成要件に該当するが、正当防衛が成立するか否かが 問題となる。そして、甲の行為は急迫不正の侵害に 対し自己の権利を防衛する意思をもってなされた防 衛行為であることは明らかである。そこで、この防 衛行為に相当性が認められるか否かが問題となる。 この点、 V の行為は容易に人を殺傷する凶器とな りうる鋭利な出刃包丁を振り回して甲に向かってく るというはなはだ危険な行為である。これに対し、 甲は、包丁を叩き落とす目的ないし V の身体に強度 の打撃を加えて同人を逃走させる目的で丸椅子を振 り下し V を殴打したのであるから、武器は実質的に みて対等であり、侵害行為と防衛行為の危険性のバ ランスは十分とれているといえる。 もっとも、甲は前庭で v と対峙していたのである から道路に逃げるという危険性の少ない代替手段を とることも不可能ではなかった。しかし、妻を店内 に残したまま逃走することを期待することには無理 がある。 ただ、 V の左後頭部を殴打するのではなく、それ よりも侵害の軽微な手段として、 V の包丁を叩き落 とすことによって V の攻撃を防ぐことも客観的には 可能であった。しかし、包丁を振り回している V に 対し、身の危険を感じて応戦中の甲に左腕ないし肩 を確実に殴打することを求めるのは酷である。 したがって、危険性の小さい代替行為は存在する ものの、それをとることが具体的状況の中で困難で ある以上、甲の防衛行為は必要最小限度のものとい える。したがって、甲には正当防衛が成立し、不可 罰となる。 ウ危険性の小さい代替行為をとることは可能であ ったが、当該防衛行為から生じた結果が侵害者 の侵害結果よりも小さい場合 防衛行為の相当性が認められる第 3 の類型は、当 該防衛行為よりも危険性の小さい代替行為が存在 し、それをとるべきであったが、当該防衛行為から 生じた結果が侵害者の侵害結果よりも小さい場合で ある。危険性の小さい代替行為をとるべきであった と評価されるときは、当該防衛行為は必要最小限度 のものとはいえないのが原則であるが、例外的に 防衛行為から生じた結果が侵害結果よりも小さけれ ば、大きな法益を守るために小さな法益を侵害した にすぎないので ( 優越的利益原理により ) 、正当防衛 が成立すると解される。 もっとも、本類型の事案の場合は実際上起訴され ることがないため、これに当たる裁判例は存在しな い。そこで、教室設例ではあるが、例えば、傷害の 危険の少ない暴行に対し、傷害の危険の少ない暴行 で反撃 ( 危険の小さい代替行為 ) すべきなのに、傷 害の故意で傷害の危険のある暴行で反撃 ( 当該防衛 行為 ) したところ、傷害の結果を発生しなかったよ うな場合が第 3 類型に当たると考えられる。 もっとも、生じた結果が侵害者の侵害結果よりも 小さければ常に相当性が認められるわけではない。 傷害の危険の少ない暴行に対し、傷害の危険の少な い暴行で反撃すべきなのに、殺人の故意で殺人の危 険のある暴行で反撃 ( 当該防衛行為 ) したところ、

7. 法学セミナー 2016年10月号

応用刑法ーー総論 087 貨物自動車の買戻しの交渉のため訪ねてきた V と押し問答を続けているうち、 V が突然甲の左 手の中指および薬指をつかんで逆にねじり上げ たので、痛さのあまりふりほどこうとして右手 で v の胸の辺りを 1 回強く突き飛ばし、同人を 仰向けに倒してその後頭部をたまたま付近に駐 車していた自動車の後部バンパーに打ち付けさ せ、治療約 45 日間を要する頭部打撲症の傷害を 負わせた。甲の罪責を論じなさい。 【間題 13 】では、甲は V の胸の辺りを 1 回強く突 き飛ばしそれにより傷害を負わせているので、甲の 行為は傷害罪 ( 204 条 ) の構成要件に該当する。次に、 甲の行為に正当防衛が成立するか否かを検討する と、 V が突然甲の左手の中指および薬指をつかんで 逆にねじり上げたので「急迫不正の侵害」は存在す るし、 V の胸の辺りを 1 回強く突き飛ばしたのは痛 さのあまりふりほどこうとしたためであるから防衛 の意思も明らかに認められ「防衛するため」の行為 であるといえる。ただ、 V に頭部打撲症という傷害 を負わせたので「やむを得ずにした行為」といえる かが問題となる。 この点、結果の衡量を重視すれば、甲は指をねじ り上げられただけであるのに V に治療約 45 日間を要 する傷害を負わせており、法益の大幅な不均衡が生 じているので防衛行為の相当性が否定されることに なる。 しかし、判例は、【間題 13 】と類似の事案において、 やむをえずにした行為とは、「急迫不正の侵害に対 する反撃行為が、自己または他人の権利を防衛する 手段として必要最小限度のものであること、すなわ ち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を 有するものであることを意味するのであって、反撃 行為が右の限度を超えず、したがって侵害に対する 防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為 により生じた結果がたまたま侵害されようとした法 益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為 でなくなるものではないと解すべきである」と判示 し、傷害の結果の大きさに鑑み防衛の程度を超えた いわゆる過剰防衛であるとした原判決を破棄し原審 に差し戻した ( 最判昭 44 ・ 12 ・ 4 刑集 23 巻 12 号 1573 頁〔バ ンバー事件〕 ) 。 まず、判例によれば、「やむを得ずにした行為」 とは、反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当 性を有するものであることを意味し、それは、反撃 行為が自己または他人の権利を防衛する手段として 必要最小限度のものであるか否かにより判断される。 そして、反撃行為が防衛手段として必要最小限の ものであれば、それにより生じた結果がたまたま侵 害されようとした法益より大であっても、反撃行為 が正当防衛行為でなくなるものではない。 このことから、判例は、結果による衡量を肯定す る結果の相当性説 ( 事後判断説 ) を採用していない ことは明らかである。そして、「防衛する手段とし て必要最小限度」という文言を用いていることから 必要最小限度説に親和的であるといえる。しかし、 危険の衡量という視点を排除しているわけではない。 判例実務における相当性判断の 基準と考慮要素 [ 1 ] 相当性の判断基準 判例によれば、防衛行為の相当性の判断基準は「防 衛するため」の行為が「防衛する手段として必要最 小限度」であるか否かである。 なぜなら、正当防衛は、権利行為であるとはいえ、 他人の法益を侵害する行為であることから、自力救 済禁止の原則の例外を認めるためには防衛行為が必 要最小限度のものでなければならないからである。 必要最小限度のものといえるかを判断するために は、予備審査、本審査という 2 段階の審査を行う必 要がある。 予備審査とは、侵害行為と防衛行為とを比較する ことである。すなわち、侵害行為の危険性と防衛行 為の危険性を比較衡量し、侵害行為と防衛行為の間 に著しい不均衡がないかを検討するものである。具 体的には、侵害者と防衛行為者の武器が実質的にみ て対等といえるかを検討する ( 武器対等の原則 ) 。実 質的にみて武器が対等であれば相当性は肯定される 方向に向かい、対等でない場合は相当性が否定され る方向に向かう。 本審査とは、防衛行為と ( 現実には行われなかっ た防衛行為者の ) 代替行為とを比較することである。 防衛行為と侵害行為の危険性の比較を踏まえ、他に とるべき手段 ( 代替行為 ) があったかどうかを検討

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応用刑法 I ー総論 約 17.7cm の菜切包丁を手にとって腰の辺りに構 え、なおも迫ってくる v に対し、「切られたい んか」などと言って脅迫した。甲に示凶器脅迫 罪 ( 暴力行為等の処罰に関する法律 1 条 ) が成立 するか。 【間題 14 】において、甲は菜切包丁を腰の辺りに 構え「切られたいんか」などと言って脅している。 凶器を示して脅迫行為を行っているので ( 刑 222 条 の加重類型である ) 示凶器脅迫罪 ( 暴力行為処罰法 1 条 ) の構成要件に該当する。 また、 V は今にも暴行に及ばうとする言動をもっ て甲の目前に迫ってきたのであるから、甲の身体に 対する侵害が間近に押し迫った状況にあったといえ るので「急迫不正の侵害」が存在し、甲は V の右暴 行を免れて自己の身体を防衛する意思で脅迫行為に 出たので防衛の意思も認められる。そこで、甲の行 為がやむをえずにした行為といえるかが問題とな る。なお、甲は「言葉遣いに気をつけろ」とは言っ ているがほかには格別 V を刺激するような言動に及 んでおらず、この発言をもって V の侵害を挑発した とまではいえないので自招侵害は問題にならない。 本問と類似の事案について、原審は「素手で殴打 或いは足蹴の動作を示していたにすぎない V に対 し、殺傷能力のある刃体の長さ約 17.7cm の菜切包丁 を構えて立ち向かい、原判示のとおり脅迫したこと は、防衛の手段としての相当性の範囲を逸脱したも のというべきである」と判示して正当防衛の成立を 否定し、過剰防衛の成立を認めた ( 大阪高判昭 61 ・ 6 ・ 13 刑集 43 巻 10 号 835 頁 ) 。 しかし、最高裁は、「甲は、年齢も若く体力にも 優れた V から、『お前、殴られたいのか。』と言って 手拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作を示され ながら近づかれ、さらに後ずさりするのを追いかけ られて目前に迫られたため、その接近を防ぎ、同人 からの危害を免れるため、やむなく本件菜切包丁を 手に取ったうえ腰のあたりに構え、『切られたいん か。』などと言ったというものであって、 V からの 危害を避けるための防御的な行動に終始していたも のであるから、その行為をもって防衛手段としての 相当性の範囲を超えたものということはできない」 と判示して、正当防衛の成立を認めた ( 最判平元・ 1 1 ・ 13 刑集 43 巻 10 号 823 頁〔菜切包丁事件〕 ) 。 を相当程度上回るような特別な事情がある場合は別 あるとか、侵害者の体力・カ量が防衛行為者のそれ が否定されることが多い。ただし、侵害者が複数で 著しく均衡を失するという理由で防衛行為の相当性 は、防衛行為の危険性が侵害行為のそれよりも高く、 して凶器等で反撃した場合である。このような場合 第 1 に、生命・身体に対する素手による攻撃に対 否定されやすいのは次のような場合である。 逆に、武器対等の原則により防衛行為の相当性が 性が認められることが多い。 素手の場合は武器対等と考えられ、防衛行為の相当 者の間に著しい体力差・カ量差がない限り、素手対 して素手で反撃した場合である。侵害者と防衛行為 第 2 に、生命・身体に対する素手による攻撃に対 低いので、防衛行為の相当性が肯定されることが多 は、侵害行為との比較において防衛行為の危険性が 対して素手で反撃した場合である。このような場合 第 1 に、生命・身体に対する凶器等による攻撃に れやすいのは次のような場合である。 武器対等の原則により防衛行為の相当性が肯定さ きことに注意する必要がある。 めとする諸事情を十分考慮した実質的な判断をすべ 侵害者と防衛行為者との間の年齢差や体力差をはじ 用された武器だけを形式的に比較するのではなく、 考え方である。この原則を適用する際には、単に使 武器が対等である場合に防衛行為の相当性を認める 対等の原則である。武器対等の原則とは、侵害者と 判例実務において、この点を判断する基準が武器 衡が保たれているかが常に問題となる。 性を上回る可能性がある。そのため、両者の間に均 る。そのため、防衛行為の危険性が侵害行為の危険 によって不正な侵害を排除しようとするものであ 防衛とは異なり、相手方に対して攻撃を加えること 攻撃防衛は、不正な侵害そのものを阻止する防御 イ攻撃防衛の場合 のとして注目される。 あることを理由として防衛行為の相当性を認めたも のである。判例は、防衛行為が「防御的な行動」で にまでは至っておらず防御防衛の類型にとどまるも 威嚇的な言動には及んでいるが、物理的な実力行使 この事案では、甲は v の攻撃を中止させるために 089

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088 法学セミナー 2016 / 10 / 8741 LAW CLASS し、それと現実の防衛行為を比較することにより、 当該防衛行為が必要最小限度であったといえるかを 検討する。もし、代替行為を行うべきであったと判 断されれば、当該防衛行為は必要最小限度のもので はなかったとして過剰防衛となる。 このように、防衛行為が必要最小限度であるとい えるかは、侵害行為の危険性との比較 ( 予備審査 ) を踏まえ、代替行為との比較 ( 本審査 ) によって判 断されるのである。 [ 2 ] 相当性判断の考慮要素 それでは、このような相当性判断を行う際には、 どのような事情に注目したらよいのであろうか。 正当防衛が問題となる場面で登場するのは「侵害 者」と「防衛行為者」であるから、当然のことなが ら、これらの者の行動に着目する必要がある。 第 1 に、侵害者側の事情として、①どのような身 体的条件の下、②どのような武器・凶器を、③どの ような使い方で攻撃を加え ( 行為態様 ) 、④その結果、 防衛行為者のどのような法益 ( 保全法益 ) が侵害さ れそうになったのかを検討する。 ①の身体的条件とは、侵害者の年齢 ( 若年か、老 人か ) 、性別 ( 男性か、女性か ) 、体格・体力 ( 身長、 体重、屈強か、貧弱か ) 、運動能力 ( 格闘技などの習得 者か ) 、酩酊の有無・程度、侵害者の人数 ( 1 人か、 2 人か ) など攻撃力に関わる諸事情である。 ②の武器・凶器とは、侵害者が使用した武器・凶 器の種類・性質のことである。素手なのか、刃の長 さがどの程度の包丁やナイフを用いたのかなどに注 目する。 ③の行為態様とは、武器・凶器をどのように使っ たのか ( 凶器の用法 ) 、攻撃力は強いか ( 攻撃の強さ ) 、 何回も執拗に行われたのか ( 回数 ) など侵害者の加 害行為の態様 ( 危険性 ) のことである。 ④の保全法益とは、侵害者の加害行為によって侵 害されそうになった法益の内容、侵害の程度である。 第 2 に、防衛行為者側の事情として、同様に、① どのような身体的条件の下、②どのような武器・凶 器を、③どのような使い方で反撃したのか ( 行為態 様 ) 、その結果、④侵害者のどのような法益 ( 侵害 法益 ) が侵害ないし危殆化されたのかを検討する。 それに加え、⑤防衛行為者として侵害を回避する ために他にどのような方法があったのか ( 代替手段 ) も検討しておかなければならない。その際には、防 衛行為者の心身の状態 ( 負傷していたか、狼狽してい たか、極度の興奮がみられたか、侵害者に対してどの ような印象をもっていたか ) をも考慮する必要がある。 3 防衛行為の相当性の判断方法 そこで、判例実務において、当該防衛行為が防衛 手段として必要最小限度といえるかを具体的にどの ように判断するのか、その判断方法を説明すること [ 1 ] 防衛行為と侵害行為との比較 ( 予備審査 ) 防衛行為の相当性の有無を判断するにあたり、真 っ先に検討すべきことは、侵害行為と防衛行為それ ぞれの危険性を比較衡量することである。 ア防御防衛の場合 防衛行為には、防御防衛と攻撃防衛の 2 種類があ るが ( 第 12 講 137 頁 ) 、相手方からの不正な侵害を阻 止するだけで積極的に反撃を加えない防御防衛の場 合は、侵害行為の危険性の方が常に大きいといえる ので、侵害行為と防衛行為の間に著しい不均衡は認 められない。 したがって、第 2 段階審査において、他にとりう るより良い手段があり、それを選択する十分な余裕 があると判断される場合を除いて、防衛行為の相当 性が肯定される。 【間題菜切包丁事件 甲は、貨物自動車を駐車させようとしていた V から、路上に駐車してある甲の車が「邪魔に なるから、どかんか」などと怒号されたため車 を移動させたが、 V の粗暴な言動に立腹し、同 人に対し「言葉遣いに気をつけろ」と申し向け た。すると、年齢も若く、体格にも優れた V が、 「お前、殴られたいのか」と言って、手拳を前 に突き出し、足を蹴り上げる動作をしながら近 づいてきた。甲は、恐くなって逃げようとした が、 V が約 3 m 目前に迫ってきたため、やむな くその接近を防いで危害を免れる目的で、普段 から果物の皮むきなどのために自車の運転席前 のコンソールポックスに置いていた刃体の長さ

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090 法学セミナー 2016 / 10 / n0741 である。 LAW CLASS 第 2 に、生命・身体に対する凶器等による攻撃に 対し、その凶器等を奪って反撃した場合である。 のような場合は、凶器等を奪い取った時点で、通常 は防衛行為者が優越的立場にあると考えられるので 防衛行為の相当性が否定されることが多い。ただし、 侵害者の体力・カ量が防衛行為者のそれを相当程度 上回るとか、防衛行為者が負傷しているなど侵害者 に比べて優越的な立場にあるとはいえないような特 別な事情がある場合は別である。 以上に対し、防衛行為の相当性が肯定されること もあれば否定されることもあるのは、生命・身体に 対する凶器等による攻撃に対し別の凶器等を用いて 反撃した場合である。このような場合は、侵害者と 防衛行為者の優劣関係は事案によってまちまちであ り、当該事案における具体的な諸事情を総合的に判 断するしかない。なお、 1 人による侵害に対し複数 で反撃する場合や、銃を使用して反撃する場合は、 相手の生命・身体に対して重大な危険を及ばす可能 性が高いので相当性が否定されることが多い。 [ 2 ] 防衛行為と代替行為との比較 ( 本審査 ) 予備審査では、侵害行為と防衛行為の危険性を比 較し両者にバランスがとれているか否かを判断し た。これにより、防衛行為の相当性はある程度まで 推測できる。 しかし、それだけで相当性の有無が決定されるわ けではない。当該防衛行為が必要最小限度のものと いえるかは、 ( 現実には行われなかった ) 代替行為と の比較検討を通じてはじめて判断できる。なぜなら、 侵害者に与えるダメージが小さい手段が存在し、そ れをとるべきであったといえれば当該防衛行為は必 要最小限度ではなかったと評価されるからである。 そして、こうした代替行為が存在するか、また、 それをとるべきであるといえるかは、侵害行為、防 衛行為それぞれの危険性を踏まえなければ判断でき ない。そこに予備審査の意味がある。 それでは、防衛行為と代替行為の比較検討の結果、 当該防衛行為が必要最小限度のものとして相当性が 防衛行為の相当性が認められる第 1 の類型は、当 ア危険性の小さい代替行為が存在しない場合 認められるのはどのような場合であろうか。 該防衛行為よりも危険性の小さい代替行為が存在し ない場合である ( 唯一手段性 まず、防衛行為者が、その能力や周囲の具体的状 況を考慮しつつ、侵害現場で選択しえた防衛手段が 当該防衛行為しか存在しないのであれば、たとえ重 大な結果を惹起したとしても当該防衛行為は必要最 小限度のものといえる。 例えば、【間題 12 】の甲は、暴漢の襲撃を免れる ためには投石するしかなかったと考えられるので、 V に重傷を負わせても正当防衛となる。 次に、侵害現場で選択しえた防衛手段が他にも存 在したとしても、その手段では防衛効果が確実に期 待できなければそれは代替行為にはなりえないの で、当該防衛行為は必要最小限度のものといえる。 さらに、侵害現場で選択しえた防衛手段が他にも 存在したとして、その手段か当該防衛行為よりも危 険性が小さいものでなければ代替行為にはなりえな い。したがって、危険性のより小さい代替行為が存 在しなければ、当該防衛行為は必要最小限度のもの といえる。 結局、侵害現場で選択しえた防衛手段のうち、防 衛効果が確実に期待できる防衛手段であって、かっ、 侵害性が最も軽微な手段がまさに必要最小限の手段 であるから、そのような手段をとった行為は「やむ を得ずにした行為」に当たるのである。 【間題 15 】において、甲は刃体の長さ 13.5cm の殺 さがっていた。甲の罪責を述べなさい。 た、唯一の退路である石段の前には V が立ちふ く付近の人家まではかなりの距離があった。ま 亡させた。なお、当時、神社境内には人影もな 刺し、よって V を外傷性失血によりその場で死 V の左胸部、右胸部および左頸部を各 1 回突き たので、甲は無我夢中で抜き取った出刃包丁で 石のような物を手に持って V に殴りかかってき さっている出刃包丁を抜き取ったところ、 V は わされた。甲は、夢中で右大腿部内側に突き刺 を刺され、血管および筋肉損傷を伴う刺傷を負 ていた出刃包丁 ( 刃体の長さ 13.5cm ) で右大腿部 ところで友人 V から因縁をつけられ、隠し持っ 甲は、ある夜、神社の境内の石段を上がった 【間題 15 】神社境内刺殺事件