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検索対象: 法学セミナー 2016年10月号
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1. 法学セミナー 2016年10月号

020 Ⅱ 事例紹介 1 武富士問題とスラップ訴訟 ーー東京地判平成 17 年 3 月 30 日を勝ち取るために スラップ 訴訟 法学セミナー 2016 / 10 / no. 741 弁護士 新里宏ニ 中心となって、武富士被害対策全国会議を結成した。 はじめに 武富士は、消費者金融業界トップ企業であり、 2002 年度の貸付残高 1 兆 7666 億円、口座数 293 万件、 2003 年 4 月 1 日「武富士の闇を暴く』を出版した。 1 人当りの貸付残高 60 万 1000 円と企業業績を大幅に 編集・発行は武富士被害対策全国会議であり、筆者 伸ばし、日本でのトップ企業に上りつめていた。 が同会議の代表を務めていた。 しかし、武富士では貸付口座数の伸び以上に 1 ロ 同年 4 月 24 日武富士および同社会長武井保雄は東 座当りの融資残高が上昇し、それが全体の融資残高 京地裁に武富士の「違法な取立」「過剰融資」等の の上昇につながっていた。 記載について名誉毀損に当たるとして、 5 , 500 万円 そのような中、武富士による支払義務のない第三 の損害賠償訴訟を提訴した。被告は発表元の出版社 者への請求が多発し、 2002 年 4 月には釧路の事案に と執筆した 3 名の弁護士であった。当時は「スラッ ついて業務停止の申立がなされている。 プ訴訟」との用語も定着していなかった。 内部通報する武富士元支店長も現れ、武富士のノ 他方、被告 4 名は武富士および武井保雄に対し、 ルマ体制・サービス残業・過剰貸付・押しつけ融資・ 書籍記載の重要な点は真実であり、そのことは原告 第三者請求・尊属請求 ( 債務者の親に対する請求で においても十分認識していたものであり、名誉毀損 あり、武富士内では尊属にお願いするのは「第三者 事件において主張された権利は、事実的、法律的根 請求することにあらす」とされてきた ) 等、種々の 拠を欠くものであり、原告はそのことを知りながら、 問題が明らかとなってきた。 あるいは当然知り得るべきであるのに、あえて訴を 業界トップの体質は、業界全体のあり方に直結す 提起したものであり、裁判制度の趣旨目的に著しく ることから、消費者・債務者の権利救済のため、全 反し、相当性を欠き、違法であるとして、 1 人当り 国会議を結成し、本出版を行った。 750 万円の損害賠償を請求する反訴を提起した。 そして、 2005 年 3 月 30 日東京地裁は武富士側の請 名誉毀損の真実が一切決められないこと 求を棄却し、原告については、各自 120 万円の損害 本件においては、 31 の名誉毀損の事実の主張に対 賠償請求を認める判決を行った。同年 10 月 19 日東京 し、「その大部分が事実であると認められ、事実で 高裁も武富士側の控訴を棄却し、確定した。 あるとまでは認められないごく一部についても、そ 2 。武富士問題とは れ自体が原告の社会的評価を低下させるものとは認 められず不法行為を構成しないか、少なくとも事実 筆者は 1983 年仙台弁護士会に弁護士登録をした。 であると信じるについて相当の理由が認められるも 当時「サラ金三悪」 ( 高金利、過剰貸付および過酷 のである。」と東京地裁は判示し、「特に本件書籍は、 な取立 ) が横行している最中に弁護士を開業し、多 その前書き及び後書きの記載から明らかなように原 重債務者の支援を行ってきた。 告の業務のあり方を批判するものであるところ、原 2002 年 10 月 25 日多重債務問題に取り組んできた弁 告はそのうち第三者請求に関する記述を主として問 護士・司法書士・学者および被害者の会のメンバーが

2. 法学セミナー 2016年10月号

030 形をとるものがかなり多い。そこで、名誉毀損損害 賠償請求訴訟についても、「ニッポン」の記述を補 っておきたい。 名誉毀損損害賠償請求について裁判所当局が露骨 な裁判コントロールを行った結果の弊害について は、「ニッポン」にも記したとおり、マニュアルの 利用による認容額の一律高額化、謝罪広告を安易に 認める傾向も大きいが、民主主義社会、自由主義社 会の生命、本質ともいえる「表現の自由一般の保護」、 また、「知る権利」と「報道責任」の実現という観 点からみるとそれらにもまして致命的なのが、原告 のほうに最初から秤の針が傾いた訴訟運営、和解、 判決が目に余るようになったことだ。 重要な事柄なので箇条書きにしておくと、たとえ ば、①原告の言い分を、ときには陳述書だけで、安 易に認める、②被告の言い分 ( ことに、「記事の真実性、 あるいは真実であると信じるに足りる相当性」の抗弁。 後者については、たとえ真実ではなかったとしてもそ う信じるに足りる相当な理由があれば免責されるとい うこと ) を、相当程度の立証があっても、綿密な裏 取りがあっても、認めない、③極端な場合には被告 側による証人尋問の申出のみならず、原告本人尋問 の申出まで却下する、④取材源の秘匿の要請につい て何ら顧慮しない、⑤和解で無理に押さえ込もうと する、場合によっては強迫・恫喝的な言動まで用い る、⑥被告の主張を大半で認めつつ、周辺的・末梢 的なところで一部負かす、⑦結論が十分に分かれう るような事案についても損害賠償認容額が大きい、 ⑧謝罪広告を安易に認める、⑨スラップ訴訟的な要 素を考慮しない、などといった事柄である。 ①ないし③については、民事訴訟法の大原則であ る手続保障、当事者対等・武器対等の原則に反し、 「裁判所は、民事訴訟が公平かっ迅速に行われるよ うに努めなければならない」という民事訴訟法二条 の趣旨にも反する事柄であろう。④についても、ジ ャーナリズムの常識 ( 取材源は何があっても守る ) を 踏みにじるものである。⑤ないし⑨については、裁 判官の、露骨な、「権力者寄りの姿勢」ということだ。 「権力者、ことに大物政治家については、ともかく、 勝たせてあげなければ、少なくとも一部は勝たせて あげなければますい」といった裁判官の心情が明ら かに読み取れる判決もある。 以上のような事態の結果、メディアの敗訴率は非 はかり 常に高くなり、「訴えられればおおむね敗訴」とい うに近い状況となっているとさえいわれている。実 際、私自身、被告側敗訴で確定している事案につい て、「実をいえば、被告側の報道のとおりなんですよ。 内部では多数の人間が知っていることです」という 声を、原告側内部の人間から聞いた例さえあるのだ。 裁判官たちのこうした訴訟運営のあり方には、本 当に驚かざるをえない。かっての裁判所でも、到底 考えられなかった事態であり、明らかに、時代の流 れにも、世界標準の常識、良識にも反する事態なの だ。私の経験した事案では、たとえ真実性の立証 ( き わめて難しい ) が認められない場合であっても、 定程度の調査、裏付けの立証があれば、相当性につ いては認めていた。それが通常の裁判のあり方だっ たと思う。 名誉毀損関係の主要事実 ( 各当事者が主張立証す べき事実 ) については、刑法の規定 ( 230 条、 230 条の 2 ) がそのまま民事訴訟に転用されているが、後記 のとおり、私は、刑法の規定ぶり自体に疑問を感じ る。かっての民事訴訟実務も、無意識のうちにそう した問題を感じていたからこそ、常識的なレヴェル で真実性、相当性の抗弁を認めていたのではないか と思う。現在の実務のあり方は、民主主義社会のコ モンセンスに反することはなはだしいといわざるを えなし、。 スラップ訴訟の実態と弊害 メディアの在り方 ここで読者の方々にぜひとも想像していただきた いのは、「もしも自分が突然スラップ訴訟の被告に されたら、どんな気持ちがするだろう」ということ だ。 混乱と当惑、激しい怒り、そして、何千万円、時 には一億円以上にものばる巨額の請求金額を見て生 じるパニック状態、心臓の弱い人であれば心不全で 突然死しかねないような恐怖感、そうした事柄を想 像してみてほしいのだ。 さらに、訴えを提起されることによって生じる自 己の言論を発表した媒体との分断 ( 「個人狙い撃ち訴 訟」の場合。スラップ訴訟にはこれがきわめて多い ) や自己の雇用主との関係の悪化といった事態が追い 討ちをかける。日本人には、「訴えられること = 社会・

3. 法学セミナー 2016年10月号

098 法学セミナー 2016 / 10 / 8741 LAW CLASS 解決が適当であろうか。参考になる事例として、次 【事例 8 】 のようなものがある。 るにもかかわらず、 A からその立替払いの名目で金 また、判例は、 X と Y が共謀して、架空の取引であ する ) の成立を認めているのではないかと思われる。 置づけることにより、 Y に詐欺罪 ( 第 1 の詐欺罪と 場合と同視して、 X を被欺罔者かっ被害者として位 X が第三者から借金をしてその金員を Y に支払った 思われる。そして、判例は、【事例 8 】について、 させるようにしむけた場合にも及ぶのではないかと させ、カード会社に架空取引にかかわる立替払いを がカード会員を欺罔して、会員名義のカードを使用 この事例を前提とすると、判例の射程は、加盟店 とも述べている。 かは、上記の詐欺罪の成否を左右するものではない 為が信販業者に対する別個の詐欺罪を構成するか否 買を仮装して信販業者をして立替金を交付させた行 欺罪の成立を肯定した。さらに、 Y 及び X が商品売 して立替払いをさせて金員を交付させたと認め、詐 取るため、 X にクレジット契約に基づき信販業者を ち、 Y は、 X を欺き、釜焚き料名下に金員をだまし 実関係を前提として、次のように判示した。すなわ 15 ・ 12 ・ 9 刑集 57 巻 11 号 1088 頁 ) は、以上のような事 成立するようにみえる点である。判例 ( 最決平成 実現に加担した X に対する関係においても詐欺罪が が成立するようにみえるだけでなく、その詐欺罪の て、信販業者である A に対する関係において詐欺罪 この事例において検討するべきなのは、 Y につい 相当額が振り込まれた。 いをさせ、その結果、 X が管理する口座に代金 めに従い、 A と当該契約を結んで、 A に立替払 て釜焚き料を支払うよう勧めた。 X は、その勧 を締結して、立替払いを A にさせることによっ うに装い、信販業者である A とクレジット契約 して、 Y が経営する薬局から商品を購入したよ うことができないでいたところ、 Y は、 X に対 した。しかし、 X は、その料金をただちに支払 の事実を述べて、釜焚き料の名目で金員を要求 は、釜焚きの儀式によって病気が治るとの虚偽 病気などの悩みを抱えていた X に対して、 Y 員を受け取った点につき、仮に詐欺罪 ( 第 2 の詐欺 罪とする ) の構成要件該当性を認めたとして、第 2 の詐欺罪の成立は、第 1 の詐欺罪の成立と両立する ことを認めているとも解される。おそらく、【事例 8 】 について、 X が第三者から金員を詐取し、いったん は X 自身が取得したその金員を Y に渡した場合と実 質的には異ならないとみているのであろう。ここて は、財産的損害が発生する被害者はそれぞれ別個の 存在なのであるから、第 1 の詐欺罪と第 2 の詐欺罪 の成立を別個に認めたとしても二重評価には当 たらないと理解しているのではないだろうか 31 ) 学説においても、以上のような判例の結論を支持 しているものがあるが 32 ) 、判例に疑問がないとはい えない。判例は、【事例 8 】について三角詐欺の類 型には当たらず、 A は X にとって代金支払いのため の「道具」であるかのようにみなしているが、 A は x の使者のような存在ではない。すなわち、 A は自 己の財産によって立替金の支払いをなしているので ある。クレジット販売はあくまでも信販業者による 立替払いを本質とするのであり、信販業者からお金 を借りて取引の支払いに当てるローン販売とは性質 が異なるというべきである 33 ) これに対して、クレ ジット販売の性質はローン販売の性質と実質的に異 ならないと解する場合、【事例 1 】のような、自己 名義のカードの不正使用において、加盟店に対する 関係において詐欺罪の成立を認めることは困難にな ろう。というのも、カード会員は加盟店より商品を 受け取って、その代金についてはカード会社を通じ て支払ったとみなすこともできるからである。これ は加盟店からみると、通常の取引と何ら変わりがな そこで、【事例 8 】において、 A による立替払い に着目する限り、 X を被欺罔者として、 A を被害者 とする三角詐欺の構成をとることも考えられる。し かし、このような構成は、 2 個の詐欺罪の成立を認 める判例の立場と相容れない 34 ) 。 というのも、第 2 の詐欺罪においても A による立替払いが問題にされ ていることから、 A における財産的損害について二 重評価の問題が生じるからである。したがって、 X に対する関係において、三角詐欺の構成によること なく詐欺罪の成立を認めるためには、 X が A とクレ ジット契約を結ぶことによって、 A に立替払いをさ せる代わりに代金相当額の支払い債務を負担する点

4. 法学セミナー 2016年10月号

007 第 7 ロ 隠された恋愛感情 恋愛。甘くときめぐような気持ちを抱かせる感情が 事件と結びつくとき、どんなドラマが起きるのか。 理屈だけでは裁き切れない、人間臭いやりとりを法 廷からリポートしよ の式 北尾トロ 妻と子供を取り戻そ - と、 押し掛け、怒鳴り、つきとう ・弁護士からの注意や警察からのプログ削除命令に 従わない オレンジの T シャツにチノバン姿の被告人は小声 でささやくようにを認め、神妙な顔つきで席に戻 った。前科前歴な。妻と子どもふたりと別れた寂 しさが、犯罪にェスカレートした事件なのだろ うか。 察の冒頭陳述が始まった。被告人は大学卒業 後、会社を転々とし、平成 16 年に被害者と結婚。怒 鳴る、物を投げつける、性行為の強要などの DV が 日常茶飯になっていったという。 事件のきっかけは平成 26 年 9 月、自宅で暴れて 110 番通報されたこと。堪忍袋の緒が切れた被害者 は子どもを連れて実家に戻り、別居生活が始まった のだ。夫 ( 被告人 ) が押し掛けてくるのを恐れ、子 どもと 3 人で保護施設に 1 カ月避難したというか 40 代男が起こした脅迫・ストーカー事件。罪状は ら、逆上しがちな被告人の性格や、それまで受けて 以下のものだ。 きた D V の激しさがうかがえる。 ・夫の暴力を恐れて実家に戻った妻 ( 被害者 ) に腹 保護施設に入ったのが効いたのか、離婚はスムー を立て、実家を訪問。玄関付近で「オレをなめてん ズにできた。直接やり取りするとトラブルが生じか のかオマエ、この家にも住めなくするぞ」と叫んで ねないので、何かあれば弁護士を通じて連絡するよ 何度もドアを叩く うにしたことも適切な対応だろう。 ・離婚成立後、連絡の窓口を弁護士とされたことに 離婚の条件に妻子と会うことを禁じる項目があっ 怒り、被害者宅に 6 度、手紙を発送 たとすれば、そのストレスが爆発したのかと考えた ・ 7 回にわたり、プログに被害者を誹謗中傷する書 くなるが実際は違う。とにかく怒っていたのだ。そ き込み の後の被告人質問で、実家に行った理由が明かされ ・被害者に小学校グラウンドや路上でつきまとう た。 ( 複数回 ) 「金のことで口論になり、 ( 妻が ) 生活費を持った ・被害者宅へファクスを送る。「覚悟しておいてく まま出ていった。 ( 自宅の ) 鍵を投げ捨てるように ださい」「貴様を絶対に許さない」 置いていったことに腹を立てていた」 蔘しい

5. 法学セミナー 2016年10月号

058 法学セミナー 2016 / 10 / no. 741 LAW CLASS られる事情があれば、信義則による調整がされてよ いであろう。 つき対抗力否定説に立つ 16 ) 。この見解は、 i . 他人 判例は、借地権者と異なる他人名義の建物登記に のような他人名義の建物登記でもよいか ? 取引安全を害しない。それでは、それは事例 Pa 「 t. 3 名義人の借地権の存在を推認できるため、譲受人の 有者と異なる所有名義の建物登記により、建物所有 不要であるため、借地人保護に資する。ⅱ . 土地所 i . 賃借権登記 ( 605 条 ) と異なり賃貸人の協力が ( 借借 10 条 1 項 ) 。その趣旨は次の 2 点に求められる。 借地権の対抗要件は建物登記で足りるとされている 借関係の承継を意味する旨を示している。そして、 提としており、譲受人に対する賃借権の対抗が賃貸 この理は賃借権が対抗要件を備えていることを前 『特段の事情』については後述する ( [ 3 ] 参照 ) 。 られる。賃借権の譲渡・転貸と対照的である。なお、 る方が賃借人の利益に適うこと、が理由として挙げ める意義に乏しく、譲受人が賃貸人の地位を承継す の債務内容は非属人的であるから賃借人の承諾を求 所有権と密接不可分の関係に立っこと、ⅱ . 賃貸人 味している。 i . 賃貸人の地位はその権限すなわち 段の合意および賃借人の承諾が不要であることを意 解している 15 ) 。『当然に』とは、譲渡当事者間の特 渡により当然に賃貸人の地位も譲受人に移転すると 判例は、特段の事情がない限り、賃貸不動産の譲 明渡しを求めることができるか。 ないことを理由として建物収去ならびに土地 B に対し、 B 名義で丙の建物登記がされてい を減価した価格で乙を買い受けていた。 D は および B の居住を確認の上、借地権の負担分 た。その際に D は現況確認を行い、丙の存在 を D に売却して所有権移転登記が経由され 義で所有権保存登記を行った。その後 A は乙 は同地上に丙建物を建設した後、長男 C の名 に賃貸し ( 以下、「本件賃貸借」という。 ) 、 B A は自己所有の乙土地を建物所有目的で B 〔事例で考えよう Pa .3 〕 [ 1 ] 賃貸不動産の譲渡と賃貸人の地位の移転 3 賃貸人の地位の移転 名義の建物登記からは借地人を推認することができ 締結された敷金契約に基づいて、賃借人の債務のた 敷金とは、賃貸借契約に付随してこれとは別個に 渡されていない。 るか。ちなみに、本件敷金は A から C に引き に対して本件敷金の返還を求めることができ により終了した場合、 B は明渡時において C 転登記が経由された。本件賃貸借が期間満了 う。 ) 。その後 A は C に甲を売却して所有権移 万円を A に預託した ( 以下、「本件敷金」とい 「本件賃貸借」という。 ) 、 B は敷金として 500 A は自己所有の甲建物を B に賃貸し ( 以下、 〔事例で考えよう Pa 4 〕 [ 2 ] 賃貸人の地位の移転と敷金関係 三者にあたらないと解すべきであろう 18 張することは信義に反し、借地借家法 10 条 1 項の第 とが認められる事情の下では、 D が B の未登記を主 知り、かっ借地権の存在を前提として買い受けたこ るが、現況確認を通して B による土地利用の事実を はめれば建物収去土地明渡請求が認められそうであ 事例 Part. 3 において、判例の見解を形式的にあて カ肯定説を支持するものが多い 17 ) 非難に値するとはいえない、などの理由から、対抗 護の必要性に変わりはなく、その未登記が必ずしも 自己名義で建物登記がされた場合に比して借地人保 名義人との間に実質的一体性が認められるときは、 知り得る場合が多い、ⅲ . 少なくとも借地人と建物 ることができる上、現況確認により借地人を容易に 地の譲受人において何らかの借地権の存在を推認す う、ⅱ . 土地と建物の所有名義が異なっていれば土 て借地人保護を図ることが借地借家法の趣旨に適 に対し学説上は、 i . 建物登記の意義を柔軟に解し 混乱を来すおそれがある、などを根拠とする。これ 名義の登記に対抗力を認めてよいとすると、実務上 るというのは均衡を失する、ⅲ . ある程度まで他人 対抗することできないのに、敷地利用権を対抗し得 致しない、ⅱ . 他人名義の登記では建物所有権すら 人を特別に保護する借地借家法 10 条 1 項の趣旨に合 保護することは、自己名義で建物登記を備えた借地 ない上、かかる登記を自らの意思で行った借地人を

6. 法学セミナー 2016年10月号

023 い。」、「住民説明会において住民がそのような危惧 を述べるに際して、その危惧する内容に科学的根拠 がなければならないということはない」などと判示 し、 H さんの行為に違法性はないとした。当然の事 実認定と法的判断である。 [ 2 ] 反訴請求についての裁判所の判断 判決は、前記最高裁判決の論理を前提とし、以下 のような判断を重ねたうえで「本件訴えの提起は、 裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く ものと認められる」と判示した。 「住民説明会において、住民が科学的根拠なくそ の危惧する影響や危険性について意見を述べ又はこ れに基づく質問をすることは一般的なことであり、 通常は、このことを問題視することはないといえる」 「このような住民の反対運動に不当性を見出すこ とはないのが一般的であるといえる」 「少なくとも、通常人であれば、被告の言動を違 法ということができないことを容易に知り得たとい える」 「 A 区画への設置の取り止めは、住民との合意を 目指す中で原告が自ら見直した部分であったにもか かわらず、これを被告の行為により被った損害とし て計上することは不合理であり、これを基にして一 個人に対して多額の請求をしていることに鑑みる と、原告において、真に被害回復を図る目的をもっ て訴えを提起したものとも考えがたいところである」 K 建設は、 H さんに対して損害賠償請求をしなけ れば株主から責任を問われかねないとか、提訴が不 法行為とされれば被害者が損害賠償請求訴訟を提起 するのを萎縮し、その結果憲法で保障された裁判を 受ける権利が侵害されることになるなどと主張し て、反訴請求が容認されることを回避しようとした。 しかし判決は、丁寧に事実を認定して、最高裁判 決の示す狭い要件 ( とくに主観的要件 ) をクリアーし、 H さんの請求する慰謝料 50 万円を容認した。 スラップ訴訟を抑止するために 必要なこと 判決書全文と評釈は、判例時報平成 28 年 6 月 11 日 号 No. 2291 に掲載されている。評釈が「本件は、い わゆる伊那太陽光発電スラップ訴訟についての判決 であり、裁判所が、 K 建設の訴え提起は、裁判制度 [ 特集引スラップ訴訟 の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとして、 反訴請求を認めたところに意義が認められる事案で ある」としているのは、そのとおりである。しかし、 問題は残っている。 その一つは、スラップ訴訟が違法として認められ るためには前記最高裁判例の論理にとどまってよい のかということである。本件は、 H さんの行動や発 言内容がきわめて平穏であって、なんら違法性が認 められない事案であったから、最高裁の論理に従っ ても提訴が違法であるとの結論を得られたが、仮に、 H さんの行動や発言内容が、より激しく、平穏を欠 くようなものであった場合は、提訴が違法であると の判決が得られたであろうか。判決でも、又評釈で も指摘しているが「もっとも、その発言が、誹謗中 傷など不適切な内容であったり、平穏でない態様で された場合などには違法性を帯びるとの規範を示し た」ことは見逃せない問題である。 どこまでが違法性を帯び、どこまでが違法性がな いといえるのか、本判決はなんらの具体的基準を示 していない。 力を持った企業、国や地方自治体などの行為の合 法性・相当性とそれに対峙する住民の運動や行為の 合法性・相当性との対比のなかで、スラップ訴訟提 起の合法性・違法性の判断がなされるのであろうが、 その判断基準を設定することはそう容易ではないで あろう。 もうーっの問題は、本件で反訴請求が認められ、 慰謝料として 50 万円が認められたことは確かに大き な意義があったが、慰謝料が 50 万円では、大きな経 済力を持った企業にとってそれほど負担ではなく、 スラップ訴訟の提起を抑止するには、きわめて不十 分ではないかということである。 反訴請求の認容は、それだけでは、経済力をもっ た企業などに対するスラップ訴訟抑止効果をあまり 発揮しないであろう。本件でも、 K 建設は控訴せず、 すぐに慰謝料 50 万円の支払をしてきた。しかし、 K 建設が、本件スラップ訴訟を提起したこと自体を社 会的に反省したとは、その後の経過から見て認めら れない。 スラップ訴訟の提起を抑止するには、反訴請求を 認めさせるという現行民事法の枠組だけでは無理で あろう。新しい法的枠組みが必要であると思われる。 ( きじま・ひでお )

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012 LAW FORUM [ ローワォーラ 4 裁判と争占 東京高裁が検索結果削除命令を取り消し 「忘れられる権利」を認めたさいたま地裁決定覆す 法学セミナー 2016 / 1 0 / no. 741 検索サイト「グーグル」で自分の名前を検索する と、過去に報道された逮捕歴が分かるとして、男性 がグーグルに検索結果の削除を求めた仮処分申し立 ての保全抗告審で、東京高裁 ( 杉原則彦裁判長 ) は 7 月 12 日、検索結果を削除するようグーグルに命じ たさいたま地裁の判断を取り消した。高裁は地裁が 認めた「忘れられる権利」について、「独立して判 断する必要がない」と述べた。 ・さいたま地裁は「忘れられる権利」を明記 高裁決定などによると、男性は約 5 年前に女子高 生に金を払ってわいせつな行為をしたとして逮捕さ れ、児童買春・児童ポルノ禁止法違反の罪で罰金 50 万円の略式命令を受けた。男性の名前で検索すると 現在でも、逮捕を報じた当時の記事を転載したプロ グなどが表示されるため、男性は「反省して新しい 生活をしており、『更生を妨げられない利益』を侵 害されている」として、削除を申し立てた。 地裁は男性の主張を認め、 2015 年 6 月に 49 件の検 索結果の削除を命じる決定を出した。グーグルが保 全異議を申し立てたが、地裁は同年 12 月、「一度逮 捕歴を報道された犯罪者といえども、人格権として 私生活を尊重される権利があり、更生を妨げられな い利益を有する。犯罪の性質にもよるが、ある程度 の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から『忘れ られる権利』がある」と述べて、削除命令を維持し た。検索結果の削除を命じる決定は他にも出ていた が、明確に「忘れられる権利」との言葉を使ったの は国内ではこれが初めてとみられる。 ■東京高裁は「独立して判断する必要なし」 だが、東京高裁は「忘れられる権利」について、 「法律で定められた権利ではなく要件や効果も明確 ではない」と指摘した上で、「実体は人格権として の名誉権、プライバシー権に基づく侵害の差し止め 請求と変わらない」と述べた。 高裁は、一定の場合には削除請求ができるケース があることは認め、検索結果削除には、①削除を求 める事項が公共の利害に関わるものか否かなどの性 質、②公表の目的と社会的意義、③削除を求める者 の社会的地位や影響力、④公表によって生じる損害 発生の明白性、重大性、回復困難性、を考慮すべき ポイントとして挙げた。また重要な社会的基盤とな っているインターネットの膨大な情報の中から必要 な情報にたどり着くには、グーグルのような検索サ ービスが必須のものになっていることも総合考慮す るべきだ、とも述べた。 これらの基準を今回の事例に当てはめた結果、犯 罪の性質が児童買春という子の健全育成の観点か ら、特に女子の児童を育てる親にとって重大な関心 であるという犯罪の性質や、罰金の納付から 5 年が 経過していないことなどを挙げ、今回は削除の必要 はないと判断した。 ■揺れる判断に 1 つの基準 EU 司法裁判所は 2014 年 5 月、自分の名前の検索 で 10 年以上前の社会保険料滞納の情報が表示される と訴えたスペイン人男性の主張を認め、グーグルが 検索結果の削除義務を負うとの判決を出した。「忘 れられる権利」が認められたとして世界的に注目さ れた。 日本でも検索結果削除を命じる仮処分は複数出さ れたが、今回の東京高裁決定の後にも、日本におけ る初期事例として注目された 2014 年 10 月の東京地裁 の削除命令の一部が、グーグルの異議に基づいて取 り消されるなど、判断は揺れている。 東京高裁決定は、中身が明確ではない「忘れられ る権利」のひとり歩きに疑問を投げかけたほか、犯 罪報道について削除が認められるまでの時間経過に ついて、刑の消滅の時期を定めた刑法 34 条の規定を 参考にするなど、この問題に対する大枠の基準を示 そうとした。ただ、検索サービスの特性を考慮した 「忘れられる権利」を認めるかは、なお議論がある ところで、最高裁の判断が注目される。 ( C )

8. 法学セミナー 2016年10月号

事実の概要 117 をするため、アルコール飲料は飲まなかった。 A 部 長が研修生らを送迎することになっていたが、 B は 平成 22 年 12 月 7 日、 T 社の A 部長は、 T 社で受入 イ丁、 中の中国人研修生 ( 研修生ら ) の歓送迎会を開催す 資料作成再開のため車を運転して職場に戻る際、や 労 基 ることとし、同社従業員であった亡 B に同会への参 や遠回りして酩酊状態の研修生らを同乗させてアパ 加を打診した。 B は翌日提出の資料作成のため参加 ートに送る途中、交通事故で死亡した。 B の妻であ できないと回答したが、 A 部長は B に参加してほし る上告人 ( 1 審原告、原審控訴人 ) X は労災保険給 社 い旨の強い意向を示し、同会終了後に A 部長も資料 付を請求したが、労基署長が不支給決定としたため、 同 被上告人 ( 1 審被告、原審被控訴人 ) Y ( 国 ) に対 作成に加わる旨を伝える一方で、資料提出期限の延 件僚 長措置等はとられなかった。歓送迎会には、 T 社の して、その取消を求めて提訴した。 1 審 ( 東京地判 を 全従業員 7 名と研修生ら 5 名が参加し、費用は T 社 平 26 ・ 4 ・ 14 労経速 2213 号 32 頁 ) と原審 ( 東京高判 が負担した。 B は資料作成を中断し、作業着のまま 平 26 ・ 9 ・ 10 判例集未登載 ) は X の請求を棄却した 同会に途中参加し、同会終了後に職場に戻って仕事 ため、 X が上告した。 [ 最ニ小判平 28 ・ 7 ・ 8 裁判所 HPO / 0860 hanrei. pdf] 送 る を肯定した ( ただし目的を逸脱した過度の飲酒に 途 歓送迎会の送迎運転行為の業務遂行性。 よる被災として業務起因性を否定した ) 例もある が ( 国・品川労基署長 (M 社 ) 事件・東京地判平 上 破棄自判。歓送迎会は「 T 社の事業活動に密接 27 ・ 1 ・ 21 労経速 2241 号 3 頁 ) 、否定例が多い ) 。 で に関連して行われ」、 B は A 部長の意向等により また、本判決が引用する十和田労基署長事件・最 の 「歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に 三小判昭 59 ・ 5 ・ 29 労判 431 号 52 頁は、通勤災害 交 置かれ、その結果、」同会終了後に業務再開のた 制度導入前における通勤途中の交通事故の業務遂 めに職場に「戻ることを余儀なくされたものとい 行性を否定しており、同種の事案では、勤務せざ 通 うべきであり、」 T 社が B に対し、「職務上、上記 るを得ない状況下で、他に合理的な代替 ( 交通 ) 事 の一連の行動をとることを要請していたものとい 手段がない特別の事情が認められる場合に限り、 故 うことができる。」 B が、職場に戻る際に、 A 部 例外的に業務遂行性が肯定される ( 橋本労基署長 死 長に代わって研修生らを送ることは、飲食店から 事件・最二小判昭 54 ・ 12 ・ 7 判タ 407 号 76 頁 ) 。 本件では、①歓送迎会への参加、②同会から職 職場へ戻る「経路から大きく逸脱するものではな の 場への帰社、③帰社の際に A 部長に代わって研修 ・・ T 社から要請されてい いことにも鑑みれば、 業 た一連の行動の範囲内のものであった」といえる。 生らを送る運転行為の業務遂行性が問題となっ 務 た。①については、歓送迎会が、 A 部長の発案・ 「歓送迎会が事業場外で開催され、アルコール飲 起 料も供されたものであり、」研修生らを送ること T 社の費用負担により事業活動に密接に関連し、 が「明示的な指示を受けてされたものとはうかが A 部長の強い意向で B は参加しないわけにはいか 因 われないこと等を考慮しても、 B は、本件事故の なかったことから、また、②については、翌日提 性 際、なお T 社の支配下にあ」り、「本件事故によ 出予定の資料作成業務の中断をせざるを得ず、同 る T の死亡と上記の運転行為との間に相当因果関 会終了後に A 部長も資料作成に加わる旨を伝える 係」が認められる。 一方で、提出期限の延長措置等はとられず、職場 へ戻ることを余儀なくされたことから、いずれも 宴会等の催しへの参加が取引上・労務管理上の 業務遂行性が肯定されている。本判決は、 B のよ うに、自己の職務 ( 世話役等 ) として参加する場 必要から対外的・対内的に行われた場合、その世 話役等が自己の職務として参加するとき ( 例えば、 合でなくとも、会合が会社行事の一環として開催 営業課員、庶務課員等 ) には、一般に業務遂行性 され ( 会合と業務の関連性が強く ) 、上司の強い ( 労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあ 意向等により参加が求められる ( 参加の強制性が る状態において当該災害が発生したこと ) が認め 強い ) ときには、業務遂行性を認めうるとした点 られるが、それ以外の労働者の場合には、その催 に特徴がある。さらに、本判決は、やや遠回りし しの主催者、目的、内容 ( 経過 ) 、参加方法、運 て③同僚を送る行為についても、明示的な指示の 営方法、費用負担等について、総合的に判断しな 存在もうかがわれず、強制の有無・程度が明らか でないにもかかわらず、帰社の「経路から大きく ければならないとしても、特別の事情がない限り、 逸脱するものではない」限り、①② ) の一連の行動 業務遂行性が否定されるのが通例である ( 会社内 の範囲内であるとして、その業務遂行性を比較的 で、所定労働時間内に、会社が費用負担し、全従 法学セミナー ( やました・のほる ) 業員参加で開催された納会参加につき業務遂行性 緩やかに認めている。 2016 / 10 / no. 741 最新判例演習室ーー労働法 争点 裁判所の判断 九州大学教授山下昇 解説

9. 法学セミナー 2016年10月号

092 法学セミナー 2016 / 10 カ P741 LAW CLASS いうことのほかに、危険性の少ない代替手段をとる ことを期待することが困難であるという事情があっ た。たしかに、右肩を両手で突く行為をやめ、駅員 に助けを求めるという代替手段をとることも不可能 ではなかった。しかし、ホーム上の周囲の乗客に助 けを求めても誰ひとり応じてくれない状況の中で、 終電も近く家路を急ぐ甲に、ホームからわざわざ階 段を上がって駅員事務室まで助けを求めていくこと を要求するのは酷であろう。 【間題 16 】丸椅子反撃事件 甲は、妻と共に小料理屋で飲酒中、 V に絡ま れ、当初はこれを相手にしなかった。 V は、 旦店外に出て洋出刃包丁を携えて戻りこれを甲 に突き出した。甲はとっさにこれを払いのけた 上、自分の座っていた丸椅子を両手に持ち、そ の座席部分を V の胸に押し当てて玄関先に押し 出し、前庭で同人と対峙した。ところが、 V が 前記包丁を振り回してきたため、甲は、包丁を 叩き落とす目的ないし V の身体に強度の打撃を 加えて同人を逃走させる目的で、 V の左腕ない し肩を目がけて丸椅子を振り下したところ、座 席部分が予想外にも V の左側頭部に当たり、そ の場にうつ伏せに倒れた。その後、 V は頭部打 撲に基づく脳挫傷兼急性硬膜外血腫により死亡 した。なお、甲と V の間に大きな体力差はなか った。甲の罪責を論じなさい。 【間題 16 】において、甲の行為は傷害致死罪の構 成要件に該当するが、正当防衛が成立するか否かが 問題となる。そして、甲の行為は急迫不正の侵害に 対し自己の権利を防衛する意思をもってなされた防 衛行為であることは明らかである。そこで、この防 衛行為に相当性が認められるか否かが問題となる。 この点、 V の行為は容易に人を殺傷する凶器とな りうる鋭利な出刃包丁を振り回して甲に向かってく るというはなはだ危険な行為である。これに対し、 甲は、包丁を叩き落とす目的ないし V の身体に強度 の打撃を加えて同人を逃走させる目的で丸椅子を振 り下し V を殴打したのであるから、武器は実質的に みて対等であり、侵害行為と防衛行為の危険性のバ ランスは十分とれているといえる。 もっとも、甲は前庭で v と対峙していたのである から道路に逃げるという危険性の少ない代替手段を とることも不可能ではなかった。しかし、妻を店内 に残したまま逃走することを期待することには無理 がある。 ただ、 V の左後頭部を殴打するのではなく、それ よりも侵害の軽微な手段として、 V の包丁を叩き落 とすことによって V の攻撃を防ぐことも客観的には 可能であった。しかし、包丁を振り回している V に 対し、身の危険を感じて応戦中の甲に左腕ないし肩 を確実に殴打することを求めるのは酷である。 したがって、危険性の小さい代替行為は存在する ものの、それをとることが具体的状況の中で困難で ある以上、甲の防衛行為は必要最小限度のものとい える。したがって、甲には正当防衛が成立し、不可 罰となる。 ウ危険性の小さい代替行為をとることは可能であ ったが、当該防衛行為から生じた結果が侵害者 の侵害結果よりも小さい場合 防衛行為の相当性が認められる第 3 の類型は、当 該防衛行為よりも危険性の小さい代替行為が存在 し、それをとるべきであったが、当該防衛行為から 生じた結果が侵害者の侵害結果よりも小さい場合で ある。危険性の小さい代替行為をとるべきであった と評価されるときは、当該防衛行為は必要最小限度 のものとはいえないのが原則であるが、例外的に 防衛行為から生じた結果が侵害結果よりも小さけれ ば、大きな法益を守るために小さな法益を侵害した にすぎないので ( 優越的利益原理により ) 、正当防衛 が成立すると解される。 もっとも、本類型の事案の場合は実際上起訴され ることがないため、これに当たる裁判例は存在しな い。そこで、教室設例ではあるが、例えば、傷害の 危険の少ない暴行に対し、傷害の危険の少ない暴行 で反撃 ( 危険の小さい代替行為 ) すべきなのに、傷 害の故意で傷害の危険のある暴行で反撃 ( 当該防衛 行為 ) したところ、傷害の結果を発生しなかったよ うな場合が第 3 類型に当たると考えられる。 もっとも、生じた結果が侵害者の侵害結果よりも 小さければ常に相当性が認められるわけではない。 傷害の危険の少ない暴行に対し、傷害の危険の少な い暴行で反撃すべきなのに、殺人の故意で殺人の危 険のある暴行で反撃 ( 当該防衛行為 ) したところ、

10. 法学セミナー 2016年10月号

以上のような経緯の下で、 X は、売買契約を原因と して本件不動産の持分移転登記手続を請求したが、第 一審 ( 福岡地判平 3 ・ 8 ・ 26 ) は、未だ契約は成立して いないとして請求を棄却。 x の控訴理由では、一審で の主張に加え、予備的に、かりに契約が成立していな いとしても Y らには契約準備段階における信義則上の 注意義務違反があると主張した。 [ 判旨 ] 「 X と Y らは、本件各土地についての売 買契約を締結するべく、その仲介業者らを介して 準備を整え、売買物件、売買代金等売買契約のた めの重要な事項についての合意が成立していたと 言うことができるが、結局は、売買物件である本 件各土地の所有権移転登記と代金の支払とを平成 元年 10 月 20 日に一括決済することとしたのである から、この段階では、右の一括決済時に売買契約 が成立し、同時に履行もなされる予定であったと 解される ( ところ ) ・・・・・・結局、 Y らの拒否により、 売買契約の成立には至らなかった」のであり、本 件取引は「合意の形成過程にあったというべきで ある」。したがって、契約成立を前提とする X の 請求には理由がない。 / しかし、①代金及びそ の決済方法など契約の重要な部分についての合意 が成立していたこと、②その過程で、互いに不動 産の売渡に対する請書や買受申込みに対する請書 を作成し、国土利用計画法 23 条による届出をなし、 x において代金支払のために国内信販と融資契約 をして小切手を用意させて決済場所に持参させて いたこと、③何等不利益は被らないと思われるの に、 Y が抵当権設定を断わり署名押印を断わった こと、④保証書による所有権移転登記申請をなし、 法務局から送付される確認申出書の交付と売買代 金支払とを一括決済することとし、その際、土地 上の建物の帰属などについても話し合われたこと ・「このような事実経過からすれば、 X として は、右交渉の結果に沿った契約の成立を期待し、 そのための準備を進めることは当然であり、契約 締結の準備がこのような段階にまで至った場合に は、 Y らとしても X の期待を侵害しないよう誠実 に契約の成立に努めるべき信義則上の注意義務が あ ( り ) ・・・・ Y らが、正当な理由がなく X との契 約締結を拒否した場合には、 X に対する不法行為 が成立する」。本件において、正当な理由を認め るに足る証拠はなく、契約締結拒否によって X に 生じた損害として、ノンバンクに対して支払う融 069 債権法講義 [ 各論 ] 7 資取扱手数料 ( 1987 万円余 ) 、収入印紙代、利息、 及び司法書士登記手数料、の合計 2956 万円余につ き Y には損害賠償義務がある。」 不動産取引に関する裁判例では、概して取引慣行や 交渉の経緯に配慮しながら契約締結に向けての当事者 の最終意思の存否カ驥重に認定される傾向にあり、単 に代金や目的物等の主要な点についての合意による諾 成的契約成立が認められにくくなっている。その際、 契約交渉段階における信義則で語られる注意義務の内 容は、きわめて豊富である。既に交渉のかなり早い段 階から一定の開示義務・情報提供義務・説明義務・調 査解明義務・通知 = 警告義務等の存在が指摘され、相 互の信頼関係に基づいて相手方の人格や財産を害しな いよう配慮すべき義務や、「場合に応じ相互信頼を裏 切らない義務」があるとされてきた。加えて、商談が 煮詰まって本本箚ヒしてくると「契約成立に向けての誠 実交渉義務」カじられ、さらに、本件のように、交 渉が事実上の合意に達して正式の契約を待つばかりの 最終段階にある場合には「契約の成立に努めるべき信 義則上の義務」を負うようになる場合があるとされた。 いうまでもなく、交渉ごとは自己責任・自己危険負担 が原則ではあるが、相互に相手方に対する関係で「損 害拡大抑止義務」があるものとされ、交渉に内包され ていた潜在的挫折要因に対する支配可能性に対する評 価を含めて、過失相殺による調整が行われることも少 なくない。本判決を含め、これらの裁判例で責任の存 否を決するにあたっては、当事者の属性や交渉へのイ ニシアチプ、契約成立へのイ言頼惹起行為、中間的合意 文書、交渉破棄への正当事由など様々な要因が考慮さ れている。 少なくとも、慎重さを要求される不動産売買の特質 や取引慣行からすると、正式契約書の作成が後日に予 定されている場合には、契約を成立させることへの当 事者の最終意思が、その時点まではなお留保されてい ると推定される可育生カ皜い。判旨は、一方で「売買 物件、売買代金等売買契約のための重要な事項につい ての合意が成立していた」と認定しつつ、履行方法と しての所有権移転登記と代金支払の一括決済の約定を もって一括決済時に売買契約を成立させる予定であっ たとの評価を与えるにとどまる。不動産の所有権移転 時期を考えるための指標として、代金支払や移転登記 カ語られて久しく、契約成立に関する当事者の意識も またそこに見いだすことが適当であるとの判断力嘴後