LAW 148 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 刑事訴訟法の 思考プロセス [ 第 6 回 ] 続・令状主義の趣旨からスタートする 思考プロセス ( 捜索・差押え編 ) 龍谷大学教授 斎藤司 CLASS ・ク フ ス 令駐義の趣旨としての特定性の要請と令状における捜索・差押え対象の特定 第 6 回の目標 ①憲法 35 条 1 項の特定性の要請の趣旨を踏まえ [ 1 ] 特定性の要請と特定の程度の関係 た、捜索・差押え令状の特定・記載に関する適 憲法 35 条 1 項の特定性の要請の趣旨は、 A) 令状 法性判断の思考プロセスを身に付ける。 請求の審査の際に、裁判官は憲法 35 条 1 項にいう「正 ②捜索・差押えの執行の適法性判断に関する思 当な理由」の有無を審査し、 B ) その審査を通じて、 考プロセスを身に付ける。 「正当な理由」の認められる捜索場所や差押え目的 物を限定・特定し、 C ) この限定・特定された場所 や目的物が記載された令状により、捜索活動の許さ れる範囲や差押えの目的物が限定・特定され ( 「捜 捜索・差押えの要件論と手続論 索すべき場所」及び「差し押さえるべき物」を明示し 第 5 回では、憲法 35 条の要請である令状主義の趣 た令状 ) 、捜索や差押えについての誤りや恣意的な 旨からスタートして、捜索・差押えに関する諸問題 権限濫用を防止すること、 D) 事前・事後の令状提 を検討すべきことを述べました。捜索・差押えの適 示による被処分者に対して受忍すべき範囲や不服申 法性を判断する視点は、 a) 「正当な理由」の存否 立ての機会を付与することにあります ( 第 5 回を参 は十分審査されているか ( 実体的要件を満たした令状 昭 ) 発付かという問題 ) 、 b) 裁判官による特定は十分な A) 及び B ) からすれば、令状に記載された捜索 されているか ( 令状における特定は十分かという問 場所や差押え目的物は、裁判官が「正当な理由」が 題 ) 、 c) 令状で特定されている範囲・目的物以外 存在すると判断された範囲とそうでない範囲が区分 に対する捜索・差押えではなかったかという問題、 できる程度に「特定」されなければなりません。そ そして、 d) 憲法 35 条の例外である逮捕に伴う無令 の特定の程度としては、 C) の観点から捜査機関の 状捜索・差押えなどの適法性判断に区分できます。 判断により捜索場所や差押え目的物に含まれるかが どの視点で問題をとらえるかにより、捜索・差押え 判断可能な特定、そして、 D) の観点から被処分者 の適法性判断の思考プロセス ( 根拠条文、主体や対 に捜索場所や差押え目的物が理解できる程度の特定 でなければならないことになります 1 。この特定性 象となる処分など ) は異なってきます。 今回は、 b ) と c ) について学びましよう。 b ) の要請を受けて法 219 条 1 項は、捜索差押え令状に 「捜索すべき場所」、「身体」若しくは「物」、そして は裁判官により発付された令状の記載内容の適法 性、 c) については捜査機関による捜索・差押えの 「差し押さえるべき物」を記載すべきとします ( さ 執行の適法性が問題となります。 らに、同規定により、被疑者の氏名、罪名、有効期間〔原 則として 7 日 : 刑訴規則 300 条〕が記載事項とされます。 なお、令状請求書の記載事項については刑訴規則 155 条 ) 。それゆえ、「捜索すべき場所」として、「差押
公共空間を考える一一技術者として法を語る 力の目標」となった。 こうした大学と社会の結合の基盤をなすのが、大 学をキャンパス内に閉じ込めるのではなく、学生 や教師が街で生活する「学寮大学 (Residential Un ⅳ ersity ) 」の場を都市に展開していく考えだった。 南原は、「思想においてのみならず、それと生活と の統一」を目指した学都建設を構想した。 「学寮生活が大学全体に統合せられ、教授もとも に居住し、礼儀・道徳・宗教をも含めて、 こをイ ギリス『紳士』の教育の場として来たことは、英国 大学の強味を示すものといわねばならない。かよう ないわゆる『学寮大学』 (ResidentiaI University) や、 米国にも営まれる『ハウス・システム』『大学クラブ』 などは、われわれの新たに摂り容れるべき点がある と思う。われわれが将来、本学を中心とする文化地 区を設定し、教授学生を含めて学寮制度の創設を提 唱するのも、 ーこに理由があるのである」 ( 『南原繁 著作集く第 7 巻〉文化と国家』 ( 岩波書店、 1973 年 ) 46 頁 ) こうして南原は、 1946 年以降、「敗戦を一新起原 として祖国再建といふ大業の前に新日本文化の創造 と文化国家建設といふ使命」を大学が担うために、 「本学を中心とし上野公園及び小石川植物園に亙る 学園文化地区を設計し、英米の大学制度を参考とし 学生の寄宿及び教授住宅等を緑地の間に配設して理 想的学園を実現」する計画を進めた。南原の下で、 この計画を具体的に練っていったのは、助教授の丹 下健三と高山英華である。計画では、上野は芸術中 心、本郷は学術中心、湯島が国際交流の中心、小石 川が慰安の中心という位置づけがなされ、これらの 中心を一体化させるために、緑の並木道が地区間を 貫くことになっていた。 『東京大学百年史』によれば、この計画は、北東 方面は上野公園と谷中墓地まで、南西方面は小石川 植物園から後楽園までの緑地帯を含んでいた。つま り、根岸・谷中から小石川・後楽園までの一帯に広 がる一大文教地域を形成する構想である。このうち 本郷地区は、帝大キャンパスを整備すると共に、学 生・職員会館等を新しく建設することとなっていた。 他方、上野地区には、これまでの博物館・美術館群 に加え、近代美術館を新たに建設し、湯島地区は「交 通も便であり景勝にも恵まれているため、この地を 国際学術中心地区とし、博物館、図書館、研究所、 ( よしみ・しゅんや ) この「文化」の困難の中で問われていたのだ。 そらく、戦後における文化の公共性という問いも、 多くの矛盾と可能性が埋め込まれていた。そしてお の後の忘却には、「戦後」という時代が隠し込んだ しかし、敗戦後間もない頃の「文化」への熱狂とそ の前に「文化」の時代があったことを忘れている。 今日、「戦後」を語る際、「経済」や「技術」の時代 降の経済成長の波に呑み込まれていった。私たちは は何一つ実現されないまま、戦後日本は朝鮮戦争以 構想された文化国家も文化省も文化都市も、実際に 以上のように、敗戦後、軍事に代わるものとして 完全に設計図レベルで終わったのである。 く幻となった。南原らによって計画された学都は、 が、上野・本郷地区では、計画は成果を残すことな 原の文教地区化といった成果を部分的に残している 大隈講堂前のロータリーや早大通りの拡幅、戸山ヶ て計画されていた。今日、早稲田地区に関しては、 中心とする早稲田地区が、新しい「文教地区」とし 慶應義塾大学を中心とする三田地区や早稲田大学を 計画では、上記の上野・本郷・小石川地区以外にも、 進めていた戦災復興計画の一部であった。この復興 この文化都市構想は、当時、東京都で石川栄耀か れる」ことになっていた。 物園、後楽園へは緑樹に覆われた散歩道路が設けら された。さらに、「上野公園から大学を横切って植 ら緑の中をお茶の水まで遊歩することができる」と これを大緑道とし、本郷通りの商店街を娯しみなが 方、「本郷通りは車両通過交通を他の様に回避して 或は上野公園に至ることが出来る」はすだった。他 からは、国際学術地区の緑の中を抜けて大学に至り、 通路の整備も重視された。たとえば、「お茶の水駅 また、計画ではこれらの四つの主要地区を結ぶ交 できる総合文化地域が誕生するはずだった。 術」「国際」「慰安」というすべてで「文化」を享受 の緑地帯には慰安施設を配置し、人々が「芸術」「学 ていく。さらに、小石川植物園から後楽園にかけて 学術会館またはクラブを緑地的環境の中に配置」し 113
080 たのでしようね。お互い言いっこなしという提え方 でしようね。 亀井そうですね。実質的にも攻撃防御方法をそれ ぞれが尽くして、お互いの証拠でお互いの主張に有 利なものはこちらも援用するなどして、証拠は共通 ですので。それで、共同被告間においてもやること はお互いにやっている、証拠も共通だということで 判決が出ています。ですから、後訴になったら、あ れはちがうということを言うのはおかしいというの は、非常によくわかると思います。 下線部③では「採るべき何らかの手段があったの であれば」と書いてあるので、訴訟告知だなと。だ けど、実務上、訴訟告知なんてやってないし、そん なことをここで議論させるのかなと思いました。で も、実際問題として訴訟告知を強いることはできな いので、 Y が不利益を被ってもやむを得ないという 反論は成り立たないということをしつかりと説明す ればよいという問題なのかなと、私の中では納得し ました。 林さんの議論でも、だいたいそのような感じのこ とのようなので、答案としては、これ以上別のこと は書きようがない。ほかの手段はないですよね。 林「結論を限定するわけではありませんが」とは 書いているのですが、変な言い方だという気はしま す。 亀井そうですね。 そうすると結局、下線部②は何とかなるとして、 下線部①の説明は、けっこう難問ですね。 林形式的な答えとしてそれでよいのかという不安 は、①については残ります。既判力は及ばないとい うような方向で筋の通った答案を書いてもよいのか もしれないですね。 亀井下線部①や②は、理論的には少し無理がある ということですね。 林そうですね。 Z の地位に照らして、あとは基準 時の問題や作用の問題で Z の矛盾主張は封じられな いということにして、下線部③でも、とり得る手段 ではないから蒸し返しはやむを得ないというまとめ 方でも、いちおう筋の通った答案は書けそうです。 おそらくそっちのほうが多いのではないかな、と。 亀井出題者の意図としては、そのようなところか もしれません。ただ、下線部①や②も、あっさり無 理だという話にしないでということですね。 林そうですね。 亀井ただ、詰めて考えていったときに、下線部② は若干難点があるというところを指摘する答案であ ればいいということですかね。 林そうかもしれないです。 亀井わかりました。 法科大学院教育との関係 林では、最後に、まとめとして全体の感想を述べ ておきます。 まず、出題の範囲ですが、共通的到達目標 ( コア・ カリキュラム ) でいすれも示唆された事項ですので、 法律基本科目の民訴法の演習では必ず扱う基本的論 点です。 各設問については、〔設問 1 〕と〔設問 3 〕では 平成 6 年判決、〔設問 2 〕では昭和 28 年判決が関連 判例として挙げられています。平成 6 年判決につい ては、検討事項の 2 つ目の手がかりとなる被告に回 すという平成 20 年判決や、平成 26 年判決と併せて 学習することが期待されています。昭和 28 年判決は、 確認の利益の論点で優先的に取り上げられる重要判 例とはいえないので、少し戸惑った受験生もいるの ではないかと思いました。 次に、各設問の分量については、 3 つの設問で構 成されることは従来と同じですが、答えるべき検討 課題が多くて、特に訴訟上の問題を考えろとか、既 判力に基づく以外の説明というような、受験生の理 解力に加えて想像力を測るような問いもあって、全 体的な記述の分量は多かったのではないかと思われ ます。 問題文の事例をよく読み、訴訟法上有意な事情を くみ取って、法的問題に照らして設問に沿った解答 をすることを心がけるという点では、例年と同様の 作業が求められているといえます。しかし、書くべ きポイントを絞って、なおかっ説得力のある立論を 展開するという点では、相当苦労するのではないか と思われます。 次に、難易度については、どれも民訴法上の重要 論点に関わる設問なので、論点自体初めて見た、ま たは何を書いてよいかわからないというものはなか ったのではないかと思われます。解答のための誘導 も比較的明確だったと思われます。もっとも、個別 には〔設問 2 〕、〔設問 3 〕の検討課題@Xののように、
060 す。しかし、受験生にとって ( 特に後者の ) 説明は 少し難しいものかなと感じます。 こで先ほどの「事実 2 」 松井そうですね。ただ、 から、いわゆる経営判断原則が適用されて、 A には 全く責任がないような議論をするとなると、かなり 分量が増えます。一般に委任契約の自由解除性を前 提にしながら、その解任に関わる損害賠償という形 式によりその取締役の地位に関する一種の期待権が 保障されています。そのような趣旨で正当な理由に ついての判断基準を示して、法令定款違反であると か不正行為の認定で、本問の A にはそのような事情 がないと結論づけて切り、次の問題に進む感じでよ いのではないでしようか。 高橋そうですね。もしかしたら、そこまでは期待 されていないかもしれないですね。書く場合は、ど れぐらい正当事由と経営判断の失敗との関係を考え たことがあるかが鍵になるように思います。 学説では否定説が有力ではありますが、見解は分 かれていて、折衷的な見解も主張されています。 の議論を聞きかじっている受験生のほうが、悩んで 時間をかけてしまうかもしれません。 松井そうですね。ただ、職務執行上の不正行為な どといった場合に、要は経営の失敗が積み重ねられ ていけば、それをもって一種の善管注意義務違反に まで高まっていくと考えると判断は、かなり曖味に ならざるをえません。単なる 1 回限りの経営判断の 失敗で、正当な解任理由になることはないとは思い ます。 高橋たしかに、そうですね。 松井株主の数が少ない会社での取締役改選は、経 営者同士がお互いに信任し合う手続にすぎず、定款 で長い任期を定めることは、株主間契約でお互いの 地位を保障し合う意味をもっ場合があります。この 場合、会社法 339 条 2 項は、契約違反をした場合の 賠償額の予定のような位置づけであると考えられる ので、本件のような事由では解任の正当な理由があ るとして、損害賠償を否定するのは微妙です。どう しても任期 10 年が、この〔設問 1 、 2 〕では気にな ってしまいます ( 笑 ) 。 高橋違和感がありますよね ( 笑 ) 。閉鎖性の評価 以外で使わない要素だとすると、ある程度これを念 頭に書かなければいけないのかと思います。 松井先ほどの設問 ( 〔設問 1 〕 ( 2 ) ) で、報酬の減 額が全く認められず、月額 150 万円で残存 8 年分が 請求できるとなると、損害賠償額がそれなりに高額 になります。そうなると、そもそもこれが保障され る前提で定款で任期 10 年を定めているのかの評価 自体かなり難しくなるのではないでしようか。 4 ぼ設問 2 〕 ( 2 ) の解説と検討 [ 1 ] 解説 松井続いて、〔設問 2 〕 ( 2 ) は解任請求の訴えにつ いての手続です。 ①では、 B が甲社の株主として、訴えをもって A の取締役の解任を請求する際の手続が問われていま す。会社法 854 条の取締役の解任の訴えは、会社と 取締役間の会社法上の法律関係の解消を目的とする 形成訴訟ですので、会社法 855 条を示し、当該法律 関係の当事者である会社・取締役の双方を被告とす べき固有必要的共同訴訟であることに触れる必要が あります。それから、甲社が公開会社でない株式会 社であることから、 854 条 2 項により原告適格とし て株式保有期間の要件は課されません。さらに、 B が総株主の議決権の 100 分の 3 以上の議決権を有す る株主であり、会社法 854 条 1 項 1 号に基づく原告 適格を有していることの説明が求められています。 これは、手続についての説明という問題に尽きるか と思います。 ②は、この訴えに関して考えられる会社法上の問 題点についてです。本問では、形式的には A の解任 議案が否決されたとはいえません。定足数不足で株 主総会が全く開かれていないことを、この解任の訴 えの要件において、どのように法的に評価するのか が要素として組み込まれているのではないでしよう か。受験生にとってみると、今まで勉強したことが ない、見たこともないような争点について、試験会 場でその場で、自分でしつかりと法規範を展開して 結論を導くという、現場思考的な対応能力を試すよ うな要素があると思います。 第 1 に、解任の訴えの要件は、「不正の行為又は 法令若しくは定款に違反する重大な事実」があった ことです。本問では、 A が多額の会社資金を流用し ていたことが明らかになっているので、この要件は 満たしています。 次に、本問の場合が会社法 854 条 1 項の「解任す る旨の議案が株主総会において否決されたとき」に
044 て共同相続登記 ( 持分 D3 分の 2 、 A3 分の 1 ) を単 独ですることが可能です。 では、以上の一連の手続を D がとりうることを前 提に、より簡便な方法でこの結果を実現できないか が問われるかも知れません。つまり、 D が乙土地の 共有持分権に基づき、 F に対し、 D と A の共有名義 への真正な登記名義の回復を原因とする移転登記手 続請求を求めうるかです。 ちなみに、仮に乙土地の所有権が売買に基づいて F → E → D と移転した場合に、真正な登記名義の回 復を原因として F から D への直接の移転登記手続を D が請求することはできないというのが判例 ( 最一 小判平 22 ・ 12 ・ 16 民集 64 巻 8 号 2050 頁 ) です。つまり、 所有権が元の所有者から中間者、中間者から現在の 所有者へと順次移転したにもかかわらず、登記名義 が元の所有者に残っている場合に、現在の所有者が 元の所有者に対し、真正な登記名義の回復を原因と する移転登記手続請求をすることはできないと解さ れます。なぜなら、物権変動の過程を忠実に登記記 録に反映させようとする不動産登記法の原則に反す るからです。もっとも、この判例法理が、 D から E への無効な法律行為を原因とする所有権移転登記の 相手方から転得して登記を備えた第三者 F に対し、 D が登記を回復する場合にも妥当し、 D は E および F を相手に各々抹消登記手続を請求しなければなら ないか、あるいはこの場合には真正な登記名義の回 復を原因とする移転登記手続請求が認められるか は、検討の余地があるように思います。 ただし、本問では、元の所有者 C が死亡して共同 相続が開始し、共同相続人の 1 人である D が登記の 回復を求めている点で、元々 D が所有する乙土地が 無効な法律行為を原因として E に移転登記され、さ らに E から F が転得して移転登記したケースとは異 なっています。 F から C への移転登記にとどまらず、 D と A の共有名義への移転登記手続を認めるとなる と、物権変動の過程を忠実に登記記録に反映させる 不動産登記法の原則からさらに離れることになり、 認められないということになるかも知れません。 D によるもう 1 つの請求の内容として、乙土地に 対する D の共有持分権を根拠に、 D と F の共有名義 への更正登記手続を請求しうるかが問題になりま す。一方で、共同相続人の 1 人が他の共同相続人の 相続放棄書 ( あるいは遺産分割協議書 ) を偽造し、遺 産に属する土地について単独相続の登記をして、第 三者に売却、移転登記した場合、他の共同相続人は この第三者に対し、自己の相続分に応じた持分によ る自己と当該第三者の共有名義への更正登記手続 ( 一部抹消登記手続 ) を請求できることが認められて います ( 最二小判昭 38 ・ 2 ・ 22 民集 17 巻 1 号 235 頁 ) 。 本問がこの判例と同様の事案であれば、 D がそれを 選択するのであれば、 D と F の共有名義への更正登 記手続を請求できるようにも思われます。その場合、 D は丙建物収去・乙土地明渡しは求めないことも考 えられます。しかし、本問では A が最初から D との 共有財産を単独名義にして売却したのではなく、 C 所有の乙土地を代理権濫用行為ないし無権代理行為 によって売却しており、共同相続人 D はその追認を 拒絶し、 A は自己の持分に応じた部分のみ追認する ことはできないということですから、 F は無権利者 E からの取得者ということになります。それを前提 にすると、滝沢さんも指摘されたように、 D と F の 共有というのは実体に合っていないようにも思われ ます。 こうしてみると、 D の F に対する請求の根拠と内 容は、 D の乙土地に対する共有持分権を根拠に、丙 建物収去・乙土地明渡請求に加え、 E F 間売買を原 因とする所有権移転登記の抹消登記手続を請求する というのが最も実体関係に適合した内容であると考 えられます。しかし、それをベースに、可能なバリ 工ーションとその問題点を指摘することも評価に値 するのではないでしようか。 つきに、こうした D の請求に対する F の反論が問 題になります。 第 1 に、 AE 間の乙土地の売買契約は A の代理権 濫用行為であるとして、判例の民法 93 条ただし書き 類推適用説によれば無効ということになり、また民 法改正案 107 条の無権代理説によって追認が拒絶さ れたとすればやはり無効ということになりますが、 悪意の抗弁説 ( 民法 1 条 2 項 ) に立っ場合は、悪意 の相手方が履行請求することは信義則に反して認め られないけれども、既に履行されてしまった結果に ついては代理権の範囲内でもあり、回復請求できな いという主張はありうるように思います。 小問 ( 1 ) では甲土地はまだ登記も引渡しもされてい ませんが、小問 ( 2 ) の乙土地は既に引渡しも登記も E にされ、履行が終わっているので、これについては
になります。処分の名宛人以外の第三者は「法律上 の利益」 ( 行訴法 9 条 ) をもつ者に限り取消訴訟を提 起できます。したがって、第三者が原告適格を有す るか否かは行訴法 9 条の解釈の問題となりますが、 判例が採用する法律上保護された利益説に立っ場 合、原告が有する利益が、処分の根拠法規において、 もつばら公益としてだけでなく、個々人の個別的利 益としても保護されているといえるか否かで決せら れることになります。 結局のところ、原告適格の存否は、処分の根拠法 規の解釈により決まります。そして、この解釈作業 は行訴法 9 条 2 項の考慮勘案事項を踏まえて行うこ とになり、通常、問題の利益が公益か個別的利益か はさておき、とりあえず処分の根拠法規において、 法律上保護されているか否かをみるテスト ( 保護範 囲要件 ) と、法律上保護されているといえる場合に、 それが個々人の個別的利益としても保護されている かをみるテスト ( 個別保護要件 ) の 2 段階のプロセ スで判断されます。本問でも、基本はこのような手 順に沿って分析することになります。 本件の特徴としては、個別保護要件について 2 っ のグループの切り出しについて検討させる点を挙げ ることができます。すなわち、周辺住民というくく りから、健康被害に至るほど対象施設に近いグルー プと、対象施設からやや離れ、健康被害に至るとま ではいえないグループについて分けて検討すること になります。そして、前者については小田急訴訟 ( 最 大判平・ 17 ・ 12 ・ 7 民集 59 巻 10 号 2645 頁 ) を、後者に ついても利害関係人の手続参加規定を手がかりに原 告適格を肯定した長沼訴訟 ( 最ー小判昭 57 ・ 9 ・ 9 民集 36 巻 9 号 1679 頁 ) を参考にすれば、結論として、 両者について原告適格を肯定できるのではないかと 考えました。 湯川まずこの問題ですが、 XI のグループと X2 のグループの 2 つがいるわけです。私が授業で教え る時は、グループが 2 ついると、その違いに応じて 結論が変わるのではないかということを考えなさい と話しているのですが、南川さんとしてはここはど のようにお感じになられましたか。 南川原告適格を肯定していく手がかりが 2 つのグ ループで異なるものですから、出題者としてはそれ をみたいのではないかと考えました。 湯川本問で問題とされている原告らの利益につい 特集↓司法試験問題の検討 2016 ては、生命まではいかないが、身体の安全とか健康 上の利益の侵害があると南川さんは考えておられま すか。 南川ええ、そうです。確かに、 XI らは居住環境 が悪化するとしか主張していません。しかし、問題 文の中の、【法律事務所の会議録】に「近隣住民の 被る夜間の自動車の騒音、ライトグレア及び排気ガ スによる被害は重大なものになりますね」との誘導 があります。これは本件自動車車庫に隣接している X 1 らのグループが受ける被害を指しています。他 方で X 2 らの自動車の通行による被害の程度につい ては特に言及されていないことが 1 つの手がかりで す。それから、本件スーパー銭湯は、年中無休、深 夜までの営業で土日休日は自動車での来場が約 550 台にも及びます。このような事情からすれば、健康 被害と結びつけることができるのではないかと思い ます。また、実際にも、ライトグレアの問題などは、 一般の住宅におけるご近隣トラブルとしてよく聞く 話です。自動車のヘッドライトは暗闇を数十メート ル先まで照らすことができる、かなり強力な光です から、これを毎日至近距離で目にすると体調を崩す ことは十分に考えられると思います。よって、 X 1 らが主張する利益と X2 らが主張する利益は、大き な違いがあると思います。 湯川本問を解いた学生さんの答案を見せてもらう と、健康利益に着目して書いている答案が多かった です。ただ、私がこの問題を見て思ったのは、まず 例外許可というのが建築基準法 48 条の用途規制に 関する話です。そして、例外許可の要件は第一種低 層住居専用地域における良好な住居の環境を害する かどうかです。要は、建築物の用途や生活環境が問 題になっている。その生活環境被害を細かくみてい く基準が許可基準の中で触れられています。したが って、これは、本来的に個人的法益である健康被害 の側面からアプローチするのではなく、本来的には 公益である生活環境被害であっても個人的法益侵害 にあたるとして原告適格が認められるのはどういう 場合かということに着目する問題であると思いまし たが、南川さんはいかがでしようか 南川生活環境上の不利益にはさまざまなものがあ りますが、その中でグレードの高いものが健康被害 を導くものという位置づけになると思います。そう いうものについては、健康などに与える被害の態様 029