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1. 法学セミナー 2016年9月号

138 法学セミナー 2016 / 09 内 P740 LAW CLASS 攻撃防衛は、不正な侵害そのものを阻止する防御 防衛とは異なり、相手方に対して攻撃を加えること によって不正な侵害を排除しようとするものである から、防衛行為者に攻撃の意思があることは否定で きない。しかし、正当防衛は、急迫不正の侵害に対 する反撃行為であるから防衛行為者が平穏かっ冷静 な心理状態を保つのは一般に困難であり、不正の侵 害を排除しようとして防衛行為に出た行為者に、攻 撃の意思が少しでもあったからといって、それだけ で正当防衛の成立を否定することはできない。した がって、判例が、攻撃の意思と併存して防衛の意思 は否定されないとしているのは妥当であり、攻撃防 衛の類型による反撃も当然許されるといえる。 [ 3 ] 防衛の意思が否定される場合 実際に相手の侵害が間近に迫った段階で相手を攻 撃しようとするとき、攻撃の意思と併存する程度の 防衛の意思も存在しないというケースはさほど多く はない。しかし、攻撃防衛の類型であっても、専ら 攻撃の意思で反撃行為に出たと認められる場合は防 衛の意思が否定される。 専ら攻撃の意思で反撃行為に出たと認められるの は、不正の侵害の機会を利用して積極的に攻撃を加 えようとした場合である。具体的には、①防衛行為 の相当性を著しく欠いている場合および②意図的な 過剰行為の場合がそれに当たる。 ①の防衛行為の相当性を著しく欠く場合というの は、侵害を排除するためには明らかに必要のない過 剰な結果を意図的に与えたため過剰防衛とすること が適切でないような場合である。例えば、自己に生 命の危険など全くなく素手で相手に対抗しても十分 なのに、相手を殺害するために凶器で刺す事例など がその典型である。このタイプは殺人罪の成否が問 題となる事例に多い。 ②の意図的な過剰行為というのは、 ( 防衛行為の相 当性を著しく欠いているとまではいえないが ) 侵害を 排除するためには明らかに必要のない過剰な行為を 意図的に開始した場合をいう。例えば、腕を掴まれ ただけで殴られる危険がないのに相手の顔面を強打 する事例などがその典型である。このタイプは傷害 罪や傷害致死罪の成否が問題となる事例に多い ( 香 城敏麿「正当防衛における防衛の意思」小林充 = 香城 敏麿編「刑事事実認定 ( 上 ) 』〔判例タイムズ社、 1992 年〕 参照 ) 。 このように、判例が防衛の意思を否定するのは例 外的な事情がある場合に限られており、それ以外は 防衛の意思が認められる。それは、正当防衛が緊急 状態における権利行為であることに鑑み、それを委 縮させるような法解釈をとるべきではないと考える ためであろう。 4 「防衛の意思」の有無に関する間題演習 それでは、最後に、具体的事例に即して防衛の意 思の有無を判断するトレーニングをしよう。 V は、甲の長女の夫で甲と同居していたが、 長女の死後飲酒の度を加え、甲やその家族に対 し、しばしば、因縁をつけたり、器物を投げて 障子やガラスを壊し、「殺してやる」「家を焼い てやる」などの乱暴な言動をして、甲らを困ら せていた。 V はかって甲の居宅が火災に遭った とき復旧のために金員を出捐したことがあり、 他方、甲は V の生活費や工場建物について金員 を出捐したことがあったので、これらの出捐を 念頭に置いて相互に感情的な対立が潜在してい た。ある日、台所で朝より飲酒を続け泥酔して いた V が、甲に対し、「おじい殺してやる、火 をつけて家を焼いてやる」などと暴言を吐いた ことから甲と口論となり、 V が七輪 ( 軽量かっ コンパクトで移動が容易な調理用の炉 ) や鍋など を甲に投げつけ、さらに小鍋で甲の頭部を殴っ たため、甲は、平素の鬱憤を抑えかね、憤激の あまりとっさに V を殺害することを決意し、台 所の板の間にあった手斧を掴んで振り上げ、 V の頭部を 2 回強打し、さらにその場に昏倒した V の頭部を 2 回強打して頭蓋骨骨折を伴う傷害 を負わせた上、 V の頸部をタオルで覆って両手 で強圧し、即時その場で窒息死させた。なお、 台所から一室隔てたところに成人した甲の子ど もたちがいた。甲の罪責を論じなさい。 【間題 9 】において、甲は殺意をもって甲の頭を 斧で強打しさらに頸部を両手で強圧して窒息死させ たので、甲の行為は殺人罪の構成要件に該当する。 【間題 9 】憤激手斧強打事件

2. 法学セミナー 2016年9月号

098 身柄の監視を、令状請求の効力として認める論理構 成も可能だとは思います。実際にそれをほのめかし ているように読める東京高判平 22 ・ 11 ・ 8 判タ 1374 号 248 頁もあります。私自身は、任意捜査の場面で、 令状を請求している効力として留置きが許されると 説明してしまうと、強制処分における規定と平仄が 合わないので、構成はしやすいかたちですが、この 構成を採るべきではないと思います。つまり、令状 請求の効力として留置きが認められるとすると、通 常の強制処分を行う場合に、格別の権利制限、付随 する権利制限を行う場合は、刑訴法 222 条 1 項を経 由して 111 条で規定して初めて正当化できることと 平仄が合わないと思うのです。 青木私も同感です。解釈の問題として、令状請求 を既にしてあるので有形力の行使が適法視されると いう構成は、いくらなんでも乱暴です。令状請求を していた事実は、令状主義を潜脱する意図はなかっ たという推認力をもつ、捜査官の意図を考える際の ーっの間接事実として扱うのが、精一杯のところで しよう。 公文本問事例は、執行までの監視対応として、重 度の権利制限があるとも読むことができます。逮捕 状が出るのを待って監視することが、令状請求の効 力で許されるとするならば、ある程度は身柄に手を 付けてもよいということになりますが、それが採れ ないとすると、令状請求後の監視対応は、任意捜査 のなかでどの程度までできるのでしようか。事実を 細かく拾っていけば、本問事例は適法といえる余地 はありますが、例えば留置きの時間が、これより延 びた場合や、もう少し権利制限性が高かった場合は どうするのかなどを考えると、令状請求の執行を見 据えた任意捜査について上手く論理構成できないと 思います。 青木そうですね。本問事例は、違法とも適法とも いえるように作ってあると思います。本試験問題は 常にそう作ってある気がしますね。令状を請求して あるというのは、捜査側にとっては一つのポジティ プなポイントですが、令状が来るまでの間、その場 から脱出されないように事実上の監視、軟禁状態に 置いていてもよいのかという問題は常につきまとっ 甲車の後ろに停まっていますが、令状請求した後の 本問事例では、応援のパトカーは【事例】 1 では、 ています。 【事例】 3 からは、甲車を挟み、取り囲むようなか たちで停まっています。甲が運転席から降りてくる と、その都度、警察官 P が腹部と胸部を突き出しな がら押し戻し、甲カ坏承不承に「仕方ねえな」など 言いながら甲車に戻るかたちになっています。これ を令状が来るまでの時間稼ぎにほかならないとみれ ば、違法と書くこともできます。しかし、一生懸命 こで待っていてくれと説得しており、説得に伴っ て多少の身体接触があっただけだということもでき るでしよう。 公文「説得」ということになると、職務質問にお ける説得行為として必要最小限度かどうかというこ とと同じ論理構造で処理できますね。 青木職務質問から始まっていますが、次第に具体 的な覚醒剤の使用・所持が疑われる状態になり、手 続のステージが、行政警察活動とクロスオーバーす る職務質問の範囲から、具体的な任意捜査の場面に 入っているという見方もできるかもしれません。 公文任意捜査のなかで、強制処分である令状執行 のために留まってくれと説得することはどうなので しようか。 青木それ自体には、なかなか正当化根拠は見出し にくいですね。 こは最三小決昭 51 ・ 3 ・ 16 刑集 30 巻 2 号 187 頁に照らして考えられるかどうかが重 要なのではないでしようか 公文ただ、その事例は、呼気検査の説得が続いて いるところに、被疑者が退出しようとしたので、説 得を続けるために腕をつかんだという事例ですか ら、「説得のため」という点で必要最小限度性を肯 定しやすかった事例と考えられます。ところが、本 件の場合はそうではありません。これと同程度のも ので適法とはなかなかいいにくいでしよう。 青木私も適法説を前提にしているわけでありませ ん。これだけ何度にもわたって甲は留めおかれてい て、しかも、甲は弁護士にも電話でアドバイスを求 めていますよね。この場から動きたいという明確な 意思、行動が表れていますので、本問事例では重大 な違法があると言い切ることもできます。しかし、 現在の判例実務だと、重大な違法とまではいえない と言って救ってしまう場合のような気もします。 公文本問とは直接関わりをもちませんが、違法説 の場合に必ず出てくる論点として、これが尿の鑑定 書の証拠能力にどのような影響を及ばすのか、とい

3. 法学セミナー 2016年9月号

147 チンコに使ったため、最高裁判例昭和 50 年 6 月 27 日に より、現存利益がないとして返還義務を免れるのでは ないかということだ。いろいろと検討した結果、今回 は種々の事情から現存利益がないという主張はせず、 B 社と和解したが、これは正しい判断だったのだろう か。 次に、 C さんは、 80 代の女性で投資詐欺に遭ったこ とをきっかけに弁護士が後見人に就いた。 C さんも持 ち家で一人暮らしをしており、 A さんと同じように宅 配食や介護サービス等を利用しながら、本人のお小遣 いとして 1 週間に 1 度お金を渡していた。 C さんは、 友人知人に贈り物をするのが好きで、お小遣いからそ のお金を出してくれれば何も問題はないのだが、新聞 の折込みか何かを見て、後払いで、お小遣いでは支払 えない金額のアップルバイを大量に購入していた。 C さん宅に出入りしている介護業者から、アップルバイ が 2 箱分届いているという連絡を受けて発覚した。ま ずは、アップルバイを販売した業者に連絡をして、 買契約取消しの通知をした。そして、その後、 C さん 宅に事務所の弁護士と一緒に行き、アップルバイ 2 箱 分を返送した。このときは、早期に発覚し、アップル パイの賞味期限まで時間があったので、商品の返送で 対応してくれた。しかし、 C さんは、 1 年以上前にも、 かまばこを電話で 20 万円分近く注文していたことがわ かった。業者に問い合わせたところ、注文したかまば この一部は C さん宅に配送されたようだが、知人宅に 直接配送してもらっているものもあった。かまばこ業 者に対して、売買契約の取消し通知を送ったが、 C さ んは知人に配送されている分も含めて返還義務を負う のかというのが一つ悩ましいところである。最終的に 合の現存利益とは何なのだろうかと考えさせられた。 民 こで私が悩んだのは、 A さんは借り入れたお金をパ・ において」返還義務を負うことになる ( 同条ただし書 ) 。 為能力者である A さんは「現に利益を受けている限度 効であったものとみなされ ( 民法 1 21 条本文 ) 、制限行・はかまばこ店と交渉することになると思うが、この場 なるか。取消しにより金銭消費貸借契約は初めから無 締結した金銭消費貸借契約を後見人が取り消すとどう い。この場合、被後見人である A さんが B 社との間で 万円程度の借入れがあった。しかも 1 度も返していな B 社に連絡して取引履歴を取り寄せると、確かに数十 入れがあり、そのお金もパチンコに使ったと言った。 た。 A さんは、続けて、実は消費者金融の B 社から借 パチンコに行き全部使ってしまったということだっ まったという連絡があった。何に使ったのか聞くと、 さんから、生活費としてもらったお金を全部使ってし っていた。 1 週間分の生活費を振り込んだ日の夜、 A 見人から渡しており、その範囲でやりくりをしてもら のものを購入するために、週に 1 度決まった金額を後 いた。 A さんは一人暮らしなので、食料品や身の回り し、後見開始の審判がなされ弁護士が後見人として就 まいそうになっているところを偶然訪れた親戚が発見 10 円で両親から相続した自宅の売買契約を締結してし いる。 A さんの財産を目当てに寄ってくる人との間で、 界したため、両親から相続した家で一人暮らしをして る。数年前までは、両親と同居していたが、両親が他 A さんは、 60 代の男性で幼いころから知的障害があ とは異なるものが多く、その対応に悩み、苦労した。 るにはあるのだろうが、私が担当してきた事案は想像 いうような事例を想像していた。そういった場合もあ もりはない被後見人所有の不動産を売ってしまったと 欺的被害にあい高価なものを買わされたとか、売るつ 取り消す成年被後見人の法律行為とは、被後見人が詐 科大学院で司法試験の勉強をしていた頃は、後見人が とができると規定されている ( 9 条本文 ) 。法 法には、成年被後見人の法律行為は取り消すこ 成年被後見人の 法律行為の取消し ( H ) 弁護士 フレ

4. 法学セミナー 2016年9月号

152 LAW CLASS 索場所に存在する物に限定されず、捜索開始後であ っても、その終了前に当該場所に持ち込まれた上で 管理権者により受領された物についても及ぶとされ ています ( 最決平 19 ・ 2 ・ 8 刑集 61 巻 1 号 1 頁 ) 。そ の根拠としては、法 219 条 1 項が有効期間内に当該 捜索場所に差押え目的物が存在する蓋然性を審査す ることを想定した条文構造になっていること、当該 有効期間内において捜索開始の時期が偶然変わるだ けで捜索の可否が変化するのは不合理であることが 挙げられます 1 この思考プロセスを活用して、②③④など問題と される捜索対象が令状に記載されている「捜索すべ き場所」に含まれるか ( 同一の管理権内に含まれるか ) がさらに判断されますにの思考プロセスは、当該捜 索を行った場所 ( アパート・マンションの共用部分など ) が「捜索すべき場所」に含まれるかについても同様に 活用可能です ) ) 。その判断としては、令状記載の「捜 索すべき場所」の居住者や管理者、そして定常的な 利用者の管理権が及んでいるかを基準とします。 まず、②については、裁判官による「正当な理由」 の有無に関する審査は及んでおらず、当該物にかか る権利・利益の侵害は許されていないので、別の審 査に基づく令状によらなければ捜索できません。例 えば、捜索場所の居住者や管理者などとは別の第三 者が排他的に管理する物 ( 鞄や荷物、ロッカーなど ) であることが明療である場合が挙げられます。 次に、③についても、その所持品が当該第三者が 排他的に管理する物であることが明暸な場合は、当 該場所に対する捜索令状で捜索はできません。他方 で、本来「捜索すべき場所」に包摂される物 ( 鞄や 荷物など ) を、当該場所にいる第三者がたまたま所 持している場合、その所持によって権利・利益が変 動するわけではないので、その捜索が可能と判断さ れます。 最後に、④については、捜索場所に居たとしても、 その者の身体 ( 着衣や身体 ) を当該捜索場所に対す る令状で捜索することは許されないと解されます。 その根拠としては、身体には、捜索場所とは別の重 要な権利・利益 ( 身体の自由・安全、名誉や羞恥感と いった人格的権利・利益 ) が認められることが挙げ られます。それゆえ、捜索場所に関する「正当な理 由」の審査は、この身体の権利・利益の侵害につい ての審査は含んでおらず、当該身体を対象とする捜 索令状を別途得る必要があります。 もっとも、②③④について、捜索場所に包摂され ないとされた第三者の物や所持品、人の身体につい ても、「捜索すべき場所」に包摂される「物」や差 押え目的物が、そこに隠匿されている場合は、例外 的に捜索あるいは捜索に類する探索的行為が許され るとするのが一般的です。もっとも、隠匿された「物」 の捜索あるいは探索的行為の根拠規定については争 いがあります。有力な見解は、捜索差押え令状の発 付により、捜査機関には円滑に捜索差押えを完遂す る権限が授権されているとして、この完遂するため の付随的措置 ( 捜索・差押えに対する妨害行為を排除 するため、あるいは原状回復するための付随的措置 ) として、証拠物が隠匿されたと疑うに足りる十分な 理由がある場合には、当該証拠物を取り出すために 身体などの捜索が許されるとします ( 法 111 条 1 項 ( 法 222 条 1 項により準用 ) は、このことを確認した規定と 理解されます ) 。それゆえ、この付随的措置としての 「捜索」の法的根拠は、捜索令状の効力そのものにも、 捜索令状の執行に「必要な処分」として法 111 条 1 項 ( 法 222 条 1 項準用 ) にもあるといえるとされま す 19 ) 。 この見解に対しては、付随的措置として、それ自 体が強制に至る処分 ( 捜索そのものや捜索に類する探 索的行為 ) を認めることは疑問として、立法が定め た具体的な明文の根拠規定が必要とする見解もあり ます。この見解は、捜索場所に付属していた物は、 捜索差押え令状の効力を帯びているところ、その証 拠物を所持品内などに隠匿した場合には、隠匿先に も捜索差押え令状の効力がそのまま「くつついてく る」ため ( 追及効 ) 、隠匿先たる物や所持品、そし て身体についても捜索をなしうるとします。捜索 差押え令状の効力として理解することから、捜索に 関する法 102 条 ( 法 222 条 1 項により準用 ) によって、 第三者の所持品等については、その隠匿行為を目撃 したなどの差押え目的物の存在の蓋然性が求められ ることになります。すべての権利・利益の侵害につ いて、要件・手続を定めた根拠規定を必要とする私 見も、この見解が妥当と考えます。 いすれの見解においても、その隠匿先の物や身体 が捜索場所以外の私的領域 ( 例えば、隣の住居等 ) に存在することになった場合は、当該場所について は「正当な理由」の審査はなされておらず、その保

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LAW 142 CLASS ー財産犯事例で絶望しないための方法序説 [ 第 21 回 ] こバトル回イヤル クレジットカードの不正使用 ( その 1 ) 現金がなくてもイイんです ! 内田幸隆 明治大学教授 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 ク 問題の所在 フ ス もし手元に現金がなくとも商品やサービスを手に 入れることができる魔法のカードがあるとしたら、 私たちはそれを使うであろうか。しかもそれを使っ ても魂をとられることはなく、せいぜい年会費や後 払いの際に分割手数料を余計に払うだけでよいとし そのようなカードのことを現代ではクレジットカ ードといい ( 以下、特に断らない限り「カード」と略 する ) 、その使用は極めて魅力的な支払手段となっ ている。しかし、カード会社は誰にでもカードを発 行するわけではない。後払いにおいて支払意思・能 力があると「信用」することができる者にしかカー ドを発行しない 1 ) 。このことを前提に、カード会員 がカードを加盟店で使用した際には、加盟店は代金 をその場で受け取ることなく、カード会員に商品な いしはサービスを提供する。加盟店が当該取引に関 する売上票、売上データをカード会社に送ると、カ ード会社は代金相当額から手数料を差し引いた額を 加盟店に対して支払う。立替払いをしてもらったカ ード会員は、カード会社からの請求を受けて、代金 相当額と場合によっては分割手数料をあわせて支払 つ。こうしてクレジットカードを使用する取引は上 記三者間において完結し、カード会員はその利便性 を享受するだけでなく、加盟店にとっても、取引機 会の増加、現金を扱わなくて済むというメリットが あり、カード会社にとっても、カード会員と加盟店 から手数料を受け取ることによって利益を上げるこ とができるのである。 このようなクレジットカード制度がもたらす利便 性の反面として、カード会員が自己名義のカードを 使用する際に、支払意思・能力がない場合が問題に なる。すなわち、この場合においてカード会員は、 結果的に代金の支払いを負担することなく加盟店か ら商品ないしはサービスを受け取ることができるの である。加盟店からみると、そのようなカードの使 用を認めることはカード会社から立替払いを拒絶さ れるリスクを生じさせ、また、カード会社からみる と、立替払いを負担したとしても、カード会員から 代金相当額を回収することができないリスクを負う ことになる。さらに、第三者が他人名義のカードを 勝手に使う場合も問題となる。すなわち、第三者は 他人名義のカードを使用することにより、代金支払 いを事実上免れることになるが、名義人と使用者が 一致しないカードの使用を認めてしまうことによっ て、加盟店にはカード会社から立替払いを拒絶され るリスクが生じる。また、カード会社は、立替払い を行っても、名義人から支払いを受けることができ ないリスクを負い、名義人本人もカード会社から請 求を受けた際には、その請求を拒むことができない 立場にある。そこで、以下では、自己名義のカード を不正に使用した場合と、他人名義のカードを不正 に使用した場合とを区別した上で、カード使用者に 詐欺罪 ( 246 条 ) の成立が認められるかにつき検討 する。 基本ツールのチェック [ 1 ] 詐欺罪の基本構造 一般的な理解によると、詐欺罪は、人を欺くこと ( = 欺罔 ) によって、相手を錯誤に陥らせ、錯誤に 基づく処分行為により、財物を交付させること、な いしは財産上の利益を取得することによって成立す る。すなわち、欺罔行為→錯誤→処分行為による交

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ハ 1 トル国イヤル 145 てはじめて立替払いをなすべき立場に置かれるので あるから、早くてもこの時点で加盟店のカード会社 に対する処分行為を認めるべきである。また、カー ド会社からみると、実際の損害は立替払いをなすこ とによって現実化するのであって、それよりも以前 に加盟店が売上票の送付をした段階、さらに早く加 盟店が商品をカード会員に交付し、売上票を作成し た段階では、その時点でカード会社がほば確実に立 替払いをすべきことになるとはいえても、せいせい 財産的損害が生じる具体的な危険しか認められない と思われる。むしろ、加盟店がカード会員に商品を 交付した段階では、加盟店においてのみ財産的損害 が発生していると思われる。すなわち、加盟店は、 商品の提供の代わりにカード会員から代金債権を取 得したとしても、カード会員に直接的に代金支払い の請求をすることが加盟店規約上認められておら ず、また、その代金債権はカード会員による資力の 裏づけをもっていないのであって、経済的に無価値 である。このような観点から、加盟店がカード会員 に商品を交付した段階で加盟店に財産的損害が発生 することを認め、その反面としてカード会員は商品 を得たとして 1 項詐欺罪の成立を認めるべきであろ う。その上で、カード会員は、自身の支払意思・能 力に関して加盟店を欺罔することによって商品の交 付を受けるだけでなく、さらに、錯誤に陥った加盟 店による売上票の送付を介してカード会社に立替払 いをさせることによってカード会社に財産的損害を 生じさせ、自身の代金支払いを事実上免れることに もなるのであるから、さらに 2 項詐欺罪の成立を認 めるべきである。 さて、加盟店に対する 1 項詐欺罪とカード会社に 対する 2 項詐欺罪は、その財産的損害が異なる帰属 主体に別個に生じることになるから併合罪 ( 45 条 ) になるようにみえる。しかし、カード会社による立 替払いによって加盟店の財産的損害は填補される関 係にあり、また、それに対応してカード会員が商品 を得たこととその代金支払いを免れたことは裏表の 関係にあるといえることから、事実上は 1 個の法益 侵害性しか認められない。したがって、【事例 1 】 において、 x には、 B 店の店員 C に対する関係にお いて 1 項詐欺罪の成立が認められ、 A 社に対する関 係において 2 項詐欺罪の成立が認められたとして も、前者の 1 項詐欺罪は後者の 2 項詐欺罪との関係 において不可罰 ( 共罰 ) 的事前行為として処理する か、この両者を併せて ( 混合的 ) 包括一罪として処 理すれば十分と思われる 14 ) 1 ) このように「信用」の供与 ( 与信 ) こそが問題であ るとすると、「カード」という形態をとることはクレジ ットカード制度にとって本質的要素ではなく、その利用 に際して、名義人を特定できるカード番号 (ID) と暗 証番号があればよいということになる。また、それら番 号 ( 記号 ) に代えて、名義人と実際に利用する者が一致 すると確認できる方法があれば、その方法でも構わない ことになろう。 2 ) また、このような財産的損害の理解をめぐる論争に 対しては、条文にあげられていない財産的損害を要件と するのではなく、欺罔行為の相手方に生じる錯誤につい て、詐欺罪の法益に関係するものでなければならないと する法益関係的錯誤説も主張されている ( 例えば、代表 的なものとして、佐伯仁志「詐欺罪 ( 1 ) 」法教 372 号〔 2011 年〕 107 頁以下 ) 。ただし、この見解も、形式的個別財産 説を批判しており、実質的個別財産説と同様の問題認識 をもっとされる ( 佐伯・前掲論文 107 頁 ) 。 3 ) 山中敬ー『刑法各論〔第 3 版〕』 ( 成文堂、 2015 年 ) 362 頁、松宮孝明『刑法各論講義〔第 4 版〕』 ( 成文堂、 2016 年 ) 259 頁。なお、松宮・前掲書 258 頁は、【事例 1 】 について、詐欺罪の成立を否定した上で、背任罪に類似 した背信行為がなされていると指摘する。 4 ) 具体的には、カード会社において立替払いの決定を 行う担当者との関係において、欺罔行為性とそれに基づ く錯誤の有無を検討することになろう。なお、加盟店か ら送信される売上データに基づき、カード会社が機械的 に立替払いの手続きを処理しているのであれば、詐欺罪 ではなく、電子計算機使用詐欺罪 ( 246 条の 2 ) の成否 を検討する必要がある。この罪の成立要件について、詳 しくは、内田幸隆「人はだませてもワタシはだまされな い」本連載第 19 回 ( 本誌 738 号 ) 106 頁以下参昭 5 ) 藤木英雄「刑法各論』 ( 有斐閣、 1972 年 ) 370 頁。 6 ) 伊東研祐「刑法講義各論』 ( 日本評論社、 2011 年 ) 201 頁以下は、被欺罔者、処分行為者、被害者はいすれ もカード会社であると理解しつつ、カード会社がカード 会員の無資力を知ったならば、直ちにカード会員に対し て代金相当額の支払い請求をしたはすであるのに、通常 の支払い請求がなされる期日まで猶予している点を捉え て詐欺罪の成立を肯定する。たしかにこの見解からする と詐欺罪の成立は否定しがたいが、カード会社が立替払 いを負担したにもかかわらず、カード会員から代金相当 額を回収することができないという実際の損害を不問に 付すおそれがある点で疑問に思われる。 7 ) なお、加盟店が商品ではなく、サービスの提供をな した場合は、加盟店に対する関係において 2 項詐欺罪の 成立を検討することになる。 8 ) この結論を支持する学説として、大塚仁「刑法概説 ( 各 論 ) 〔第 3 版増補版〕』 ( 有斐閣、 2005 年 ) 250 頁、大谷實 「刑法講義各論〔新版第 4 版補訂版〕』 ( 成文堂、 2015 年 ) 265 頁、前田雅英「刑法各論講義〔第 6 版〕』 ( 東京大学 出版会、 2015 年 ) 240 頁など。なお、長井圓「クレジッ

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118 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 LAW CLASS 瑕疵』と解し、請負人の不法行為責任を拡大損害の 発生またはこれに準じる場合 ( 現実的・具体的危険 の存在 ) に限定する旨を示した。 これに対してその第二次上告審判決 ( 最判平成 23 ・ 7 ・ 21 判時 2129 号 36 頁 < 以下、「平成 23 年判決」と いう。 > ) は、『建物の瑕疵が、 ・・・現実的な危険を もたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑 み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身 体又は財産に対する危険が現実化することになる場 合』と述べ、将来において居住者等の生命・身体・ 財産が侵害されるおそれを生じさせる潜在的・一般 的危険が存する場合に広く請負人の不法行為責任を 肯定すべき旨を説示した。その上で、「建物の構造 耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した 場合に、例えば、外壁が剥落して通行人の上に落下 したり、開口部、べランダ、階段等の瑕疵により建 物の利用者が転落するなどして人身被害につながる 危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により 建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険がある ときには』、建物としての基本的な安全性を損なう 瑕疵が認められ、その修補費用相当額が建物譲受人 の損害に含まれると解した。建物の基本的安全性そ れ自体を保護法益と捉え、これに対する侵害の除去 費用を損害と認定する構成と目されるが、第一次上 告審判決である平成 19 年判決に整合的な見解であ 平成 23 年判決のこのような理解にしたがえば、事 例 Part. 2 ( 2 ) において H は G に対して不法行為責任と して瑕疵修補費用の賠償を求めることができよう。 (c) 再び契約法理との差異について 平成 19 年判決および平成 23 年判決のように請負人 の不法行為責任を広く認めると、契約法理による解 決との差異について再確認する必要が生じる。第一 に、請負人の契約責任・担保責任を第三者に拡張す る構成加と異なり、建物譲受人が直接に請負人に対 して修補請求することはできない反面、請負契約上 の責任制限に服することもない。なお、建物の基本 的安全性を損なう瑕疵であっても、拡大損害でなく 瑕疵修補費用の賠償が問題となる場合、かかる費用 負担が予定されていない建物利用者や通行人には認 められないであろう。第二に、建物の基本的安全 性を損なう瑕疵 = 契約に適合しない建物の瑕疵では ない。この点につき平成 23 年判決は、『建物の美観 や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕 疵は』請負人の不法行為責任の対象に含まれない旨 を確認した。これにしたがえば、事例 Pa 「 t. 2 ( 3 ) のよ うな建物の不具合については、 FG 間の本件請負契 約および FH 間の本件売買契約における契約責任・ 担保責任のみが問題となり、 G は H に対しては不法 行為責任を負わないことになろう ( H が F に代位す るかまたは、 H に対して責任を負った F が G に求償し 得るにとどまる ) 。 3 おわりに 契約上の債務不履行によって相手方以外の第三者 が損害を被った場合、①被害者が契約当事者である か否かにしたがってもつばら契約責任によって解決 すべき場合 ( 事例 pa 「 t. 2 ( 3 ) ) 、②被害者が契約当事者 であるか否かを問わず、契約責任におけると同様の 保護を不法行為責任または契約責任の拡張によって 認めるべき場合 ( 事例 part. 1 ( 1 ) ) 、③被害者が契約当 事者であるか否かを問わす、契約責任の枠組を超え て不法行為責任によって救済すべき場合 ( 事例 pa 「 t. 2 ( 1X2 ) ) 、④債務者が契約責任のみならず原則と して不法行為責任も負わなくてよい場合 ( 事例 Part. 1(2)) があり得る。なお、③は判例の見解に沿 う整理であるが、ここに契約上の保護義務の拡張構 成を持ち込み、担保責任における期間制限その他契 約上の責任制限の適用を排除するなどの調整を図れ ば②と統一化されよう 22 ) 。 今回のテーマについては、契約責任・担保責任と 不法行為責任に関する規範上の異同、被害者が契約 当事者であるか否かによる区別の当否、債務者の義 務内容および被害者の保護法益ならびに損害の性質 などに留意しながら、被害者保護の要請と債権者の 契約上の予見確保の必要性との調和をどのように図 るべきかを考察することが求められる。 1 ) 奥田昌道「債権総論〔増補版〕』 ( 悠々社、 1992 年 ) 18 頁、 163 頁、林 = 石田 = 高木「債権総論〔第 3 版〕』 ( 青 林書院 ) 113 頁、潮見佳男「債権総論 I 〔第 2 版〕』 ( 信 山社、 2003 年 ) 95 頁以下、大村敦志「基本民法Ⅲ〔第 2 版〕』 ( 有斐閣、 2005 年 ) 7 頁、野澤正充「債権総論』 ( 日 本評論社、 2009 年 ) 34 頁、円谷峻「債権総論」 ( 成文堂、 2010 年 ) 21 頁、中田裕康「債権総論〔第 3 版〕」 ( 岩波書 店、 2013 年 ) 113 頁、など。こうした傾向に対して、平

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126 法学セミナー 2016 / 09 / n0740 る A のあっせんによって行われたものであるか ら、このような場合には、 A は、 X に対し、信義 則上、本件売買契約締結に先立って、本件土地が 接道要件を満たさないことなどについて説明する 義務を負うものと解するのが相当である」 としたのに対し、最高裁は、 事案の事実関係によれば、第 ) 本件売買契約と X と Y との間の上記の融資契約とは、当事者を異 にする別個の契約であるが、 A は、後者の融資契 約を成立させる目的で本件土地の購入にかかわっ たものである。このような場合に、 A が接道要件 が具備していないことを認識していながら、これ を X に殊更に知らせなかったり、又は知らせるこ とを怠ったりしたこと、 Y が本件土地の売主や販 売業者と業務提携等をし、 Y の従業員が本件土地 の売主等の販売活動に深くかかわっており、 A の X に対する本件土地の購入の勧誘も、その一環で あることなど、信義則上、 A の X に対する説明義 務を肯認する根拠となり得るような特段の事情を 原審は認定しておらず、・・・・・・ ( 2 ) 本件前面道路部分 は、本件私道の一部であり、本件売買契約締結当 時、本件土地の売主である B が所有しており、不 動産登記簿上の地目も公衆用道路とされていたこ とから、同人が X に売却した本件土地の接道要件 を満たすために本件前面道路部分につき道路位置 の指定を受けること等の B の協力が得られること については、その当時、十分期待することができ たのであり、本件土地は、建物を建築するのに法 的な支障が生ずる可能性の乏しい物件であった。 ( 3 ) 本件土地が接道要件を満たしているかどうかと いう点は、宅地建物取引業法 35 条 1 項所定の重要 事項として、書面による説明義務がある。本件売 買契約においては、売主側の仲介業者である C 株 式会社がその説明義務を負っているのであって、 A に同様の義務があるわけではない。 これらの 諸点にかんがみると、・ X に対し、 Y から融資を受けて本件土地を購入す るように積極的に勧誘し、その結果として、 X が 本件売買契約を締結するに至ったという事実があ ったとしても、その際、 A が X に対して本件土地 が接道要件を満たしていないことについて説明を しなかったことが、法的義務に違反し、 X に対す る不法行為を構成するということはできない」 とした。 ・・・ Y の従業員である A が、 問題は、売主力駐宅公団の場合にも生じている。分 譲価格の適否について判断するための適切な説明がな かった点について、最高裁は、信義則違反を理由に慰 謝料請求を肯定している ( 前掲最判平成 16 ・ 11 ・ 18 民集 58 巻 8 号 2225 頁 = 消費者判百 14 事件 [ 小粥 : 戀引 ) 。 また、状況と情報提供の対象を異にするが、最判平 成 17 ・ 9 ・ 16 ( 判時 1912 号 8 頁 = 民法判百Ⅱ < 第 6 版 > 4 事件 [ 尾島茂樹 ] ) は、防火設備の一つとして重要な役 割を果たしうる防火戸が室内に設置されたマンション の専有部分の販売に際しての説明義務につき、防火戸 の電源スイッチが一見してそれとは分かりにくい場所 に設置され、それが切られた状態で専有部分の引渡し がされた場合において、宅地建物取引業者 Y が、購入 希望者に対する勧誘・説明等から引渡しに至るまで販 売に関する一切の事務について売主 Z から委託を受 け、売主 Z と一体となって同事務を行っていたこと、 買主 X は、業者 Y を信頼して売買契約を締結し、上記 業者から専有部分の引渡しを受けたことなど判示の事 情においては、業者 Y には、買主 X に対して防火戸の 電源スイッチの位置・操作方法等について説明すべき 信義則上の義務 ( 売買契約上の付随義務 ) があったとして、 不法行為に基づく損害賠償責任を肯定した。同判決は、 いわゆる事例判決ではあるが、宅建業者が契約の一方 当事者から委託を受け、他方当事者から委託を受けて いない場合に、委託を受けていない当事者に対して、 説明義務違反を理由として不法行為に基づく責任を負 う場合があることを明示している点で注目されてい る。こでは、契約を締結するかどうかに関する事項 ではなく、既に契約が成立していることを前提に、契 約目的を円滑に達成できるか否かに関し、しかも購入 者の生命に関わる重要な事項についての契約の付随的 義務としての説明義務が問題となっている点に留意し たい ( 小粥太郎・民商 134 巻 2 号 275 頁参昭 ) (b) フランチャイス喫約 フランチャイズ契約の内容とそこでの情報提供義務 の問題については、具体的な事例の紹介から始めるこ とが理解を助けよう。さいたま地判平成 18 ・ 12 ・ 8 ( 判 時 1987 号 69 頁 = 消費者判百 1 事件 [ 河上正二 ] ) は次のよう な事案である。 X ら 9 名 ( フランチャジー・加盟店 ) は、自動車 運転代行のフランチャイズ事業を展開する Y ( フ

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144 法学セミナー 2016 / 09 / n0740 LAW CLASS ることになり、【事例 1 】においては、 A 社がだま されて B 店に立替払いをした時点で、 2 項詐欺罪が 既遂となると評価することになろう。しかし、この 見解に対しては、カード会社は、売上票が送付され た段階では、カード会員の支払意思・能力の有無に かかわらず、加盟店規約に基づき、加盟店に対して 立替払いをせざるを得ない立場にあるとの批判がな されている。すなわち、カード会社においても、カ ード会員の支払意思・能力について錯誤が生じる契 機が存在しておらず、カード会員は、自らの支払意 思・能力に関してカード会社を欺罔したと評価する ことができない 6 ) 。 以上からすると、【事例 1 】において x は、加盟 店である B 店店員 C に対する関係において、また、 カード会社である A 社との関係において欺罔行為を したとはいえず、いずれにせよ詐欺罪の成立を否定 するべきなのであろうか。このような詐欺否定説に 対して、下級審の裁判例には、加盟店に対する関係 において欺罔行為があると解するものがある。すな わち、カード会員の支払意思・能力がないことを加 盟店が知った場合には、カード会社に不良債権が発 生しないようにカードの使用を拒絶すべき信義則上 の義務が加盟店にはあり、その義務違反が認められ ると加盟店はカード会社から立替払いを拒否される 可能性がある。したがって、加盟店は、カード会員 の支払意思・能力について調査義務がなくとも、そ の有無に関心を抱かざるを得ないのであって、この 見地からすると、支払意思・能力がないにもかかわ らず、このことを秘してカードの使用を加盟店に申 し込むこと自体が欺罔行為になると評価される ( 以 上につき、東京高判昭和 59 ・ 11 ・ 19 判タ 544 号 251 頁 ) 。 (iii) 財産的損害の存否 前述の下級審の裁判例によると、加盟店は、カー ド会員の支払意思・能力に関して錯誤に陥り、その 錯誤がなければ商品の提供 7 もなかったであろうと いえる限りにおいて 1 項詐欺罪、つまり財物詐欺罪 ( 246 条 1 項 ) の成立が認められている。この見解は、 前述の形式的個別財産説を基本としつつ、被欺罔者、 処分行為者、被害者はいすれも加盟店であると理解 していることになり、【事例 1 】において、 B 店の 店員 C がだまされて商品を x に提供した点で、 1 項 詐欺罪が既遂となると評価することになろう 8 しかしながら、この見解に対しては、前述の全体 財産説ないしは実質的個別財産説を支持する立場か ら、カード会社から立替払いを受けることができる 限りにおいて、加盟店には財産的損害が発生してお らず、商品を提供することによりその対価を得るこ とになるから、取引における経済的目的も達成され ているとして、加盟店を被害者として扱うことはで きないと指摘されている。そこで、この指摘を受け て、加盟店を被欺罔者として位置づけつつ、カード 会社に財産的損害が発生しているとして詐欺罪を構 成することが次に考えられよう。このような一種の 三角詐欺として【事例 1 】を処理するのであれば、 非欺罔者と被害者が別個に存在する以上、被欺罔者 である店員 C が加盟店の担当者として 9 カード会社 である A 社の「財産を処分しうる権能または地位」 を有する必要がある ( 最判昭和 45 ・ 3 ・ 26 刑集 24 巻 3 号 55 頁 ) 。通常は取引の相手方の財産について、い くら債権者といえども処分し得る権限があるとはい えない。しかし、加盟店から売上票が送付されると、 加盟店規約上、カード会社は立替払いを原則的に拒 絶することはできない。したがって、その限度にお いて B 店側は A 社の財産を処分することができると みるべきであろう 0 このことを前提とすると、 A 社にはどのような段 階で財産的損害が発生したというべきであろうか。 ます、加盟店から売上票の送付を受け、実際にカー ド会社が立替払いを行った時点で財産的損害が現実 化することにより 2 項詐欺罪が既遂に至るとする見 解がある ll この見解に対しては、加盟店がカード 会員に商品を提供した時点で、カード会社が立替払 いの負担を負うこと、あるいは、カード会員の債務 を引き受けることによって、カード会員が代金支払 いを事実上免れたと把握することにより 2 項詐欺罪 の既遂を認めることができるとの指摘がある 12 。ま た、カード会員が加盟店より商品の交付を受けるこ とにより、その効果としてカード会社はほば確実に 立替払いをすべきことになる点を捉えて、 1 項詐欺 罪の成立を認めつつ、財産的損害はカード会社に生 じるとの指摘もある 13 ) しかし、加盟店はカード会員との取引に際して、 自己の財産を処分したとはいえるが、それだけでは 同時にカード会社の財産を処分したとはいえないだ ろう。カード会社は加盟店から売上票の送付を受け

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040 いえそうです。だとすると、法定代理の趣旨に著し ( ⅱ ) 〔設問 1 〕 ( 2 ) について く反しており、平成 4 年判決を前提にしても、代理 それでは、次に〔設問 1 〕 ( 2 ) に移ります。まず、 権の濫用になるのではないでしようか。 これは、 D が F に対してどのような請求をするのか そうすると、いろいろな法律構成があり得ますが、 自体が問題となっていて、けっこう考えさせられま 判例のように 93 条但ただし書きを類推適用するの す。 であれば、 E は悪意ですから ( 【事実】 6 ) 、売買契 まずは、もちろん、土地の所有権に基づく妨害排 約は無効になると思います。 除請求権として、丙建物収去と乙土地の明け渡しを さて、 C が死亡して、 A と D が相続しています。 求めることが考えられます。確かに A との共有では 相続分は A が 3 分の 1 、 D が 3 分の 2 となりますが、 ありますが、不法占拠者がそれを占拠している状況 相続によりどういう法的効果が生ずるのか考える であれば、その不法占拠者に対して「出て行け」と と、少なくとも A については、無権代理人が本人を いうことは民法 252 条後段でいう保存行為となるの 相続した場合と似たような問題が生ずると思いま で、 D は単独で請求できることになります。したが す。ただ、「似たような」と言ったのは、本問は代 って、丙建物収去と乙土地の明け渡しは、 D 単独で 理権の濫用なので、厳密に言えば無権代理の話では 請求することができます。さらに、 D には 3 分の 2 ないからですが、いずれにしても、代理権を濫用し の持分がありますから、その持分を根拠として、同 た本人が「あれは無効だ」と言うのは一寸図々しい じく「出て行け」という裁判を起こすこともできる だろうと思われます。ですから、判例のように考え だろうと思います。 るのであれば、 A が相続する分については当然に有 登記については、なかなか難しくて迷うところで 効になることになりますし、あるいは、学説のよう すが、他人名義の登記になっているときに、その登 に信義則上もはや無効だと主張できないと考えるこ 己の抹消を求めること、例えば、 F を相手として、 ともできますが、その法律構成はともかくとして、 これも一種の妨害排除だと思いますが、所有権移転 A の分については、このような問題が生ずるわけで 登記の抹消を求めることは保存行為としてできると 思います。ただ、 F を相手に登記の抹消を求めたと す。 ただ、本人が死亡して無権代理人が相続をした場 しても登記は E に戻るだけですので、改めて E を相 合でも、共同相続するときには他の相続人の分もあ 手に裁判を起こし、さらに、自分 (D) の分につい るわけで、本問でいえば、 D のことも考えないとい て、相続したという理由で登記を求めなければなら けないことになります。そして、最ー小判平 5 ・ 1 ・ ないことになります。このように F 、次には E を相 21 民集 47 巻 1 号 265 頁 ( 以下、平成 5 年判決 ) の考え 手に所有権移転登記の抹消を求めることは、保存行 方によれば、 D の分について有効とならないのは当 為として 1 人でできるだろうと思います。 たり前ですが、 A の分についても当然に有効となる 問題は、 F を相手として、こちらに登記をよこせ という所有権移転の登記を求めることができるかど ことはありません。この判例の考え方からすれば、 本問の場合も、 A の分については、確かに A が契約 うかです。 の無効を言うのはおかしいので、その分については まず、一般論としては、登記の抹消を求める代わ 当然有効ではないかとも思えますが、この判決によ りに、登記の移転を求めることはあり得ます。例え ば、 A が B に土地を売った、そして登記も移転した、 れば、 A の分も含めて、結局、契約は全体として無 効になります。また、本問の状況を考えれば、 E だ ところが実はその売買契約は無効であった場合に は、普通は、その登記の抹消を求めれば登記は自然 って、 A の 3 分の 1 だけ登記をもらっても困るでし よう。それはそれで、別個に A に対して責任追及す に A に戻ってきます。しかし、例えば、 A が B に土 る等して解決すべきものです。 地を売った、そして B が C のために抵当権を設定し たところ、その C は善意の第三者として保護される ですから、契約は全体として無効であり、 E はこ の土地の所有権移転登記手続の請求をすることはで という状況を考えると、 A から B への所有権移転登 きないという形で、判例によれば解決されるのでは 己を抹消することはできません。こういうときには、 一種の「便法」として所有権移転の登記、つまり、 ないかと考えています。 一三ロ