ため、情報劣位者にとって著しく不利な取引が行われ る可能性があることは否定できない。そこで、そのよ うな情報・交渉カ劣位者の実質的契約自由を回復し、 自ら決めたという状態を作出するべく、一定の状況を 前提に信義則を媒介としつつ、その相手方ロ侵提供 義務あるいは説明義務が課せられる局面が増えてい る。信義則が、当事者間での情報格差是正義務と自己 決定基盤の環境整備義務を要請しているわけである ( 潮見佳男・契約法理の現代イヒ [ 有斐閣、 2004 年 ] 86 頁以下 なと滲照 ) 。具体的には、不動産売買契約、フランチャ イズ契約、リース契約、銀行取引契約、証券取引・投 資契約、保険契約などについて裁判例が多い。特に、 専門的知識や情報について著しい格差があり、一方が 相手方の専門的判断に依存するような局面では、更に 進んで助言義務が語られる場合もある ( 大阪地判昭和 62 ・ 1 ・ 29 判時 1238 号 105 頁、広島高判平成 9 ・ 6 ・ 12 判タ 971 号 170 頁など ) 。今日では、当事者間の関係に応じて、 情報提供義務が具体的に導かれ、そこで付与される効 果も決まると考えられる。 * 【参考文献】横山美夏「契約締結過程におけ る情報提供義務」ジュリスト 1094 号 128 頁 ( 1996 年 ) 、山田誠一「情報提供義務」ジュリスト 1126 号 180 頁 ( 1998 年 ) 、後藤巻則・消費者契約法の理 論 ( 弘文堂、 2002 年 ) 71 頁以下 ( 初出は同「フラン ス契約法における詐欺・錯誤と情報提供義務 ( 3 ) 」民商 102 巻 4 号 458 頁 [ 1990 年 ] ) 、同・消費者契約と民法 改正 ( 弘文堂、 2013 年 ) 232 頁以下、松本恒雄「詐欺・ 錯誤と契約締結における情報提供義務ー消費者取 引における不当勧誘からの救済」池田真朗ほか・ マルチラテラル民法 ( 有斐閣、 2 2 年 ) 1 頁以下 所収 ( 初出は法学教室 177 号 55 頁 [ 1995 年 ] ) 、野澤正 充「情報提供義務 ( 説明義務 ) 違反」法学教室 273 号 34 頁 ( 2003 年 ) 、潮見佳男「説明義務・情報提 供義務と自己決定」判タ 1178 号 9 頁 [ 2005 年 ] 、 宮下修一・消費者保護と私法理論 ( 信山社、 2006 年。 初出は「契約関係における情報提供義務ー非対等者間 における契約を中心に ( 1 ) ~ ( 12 ・完 ) 」名古屋大学法政 論集 185 号 ~ 205 号 [ 20g 年 ~ 284 年 ] ) 、山本豊「適 合性原則・助言義務」法教 336 号 ( 2008 年 ) 99 頁 など。また、フランス法における情報提供義務違 反に基づく損害賠償の問題については、山城一真・ 契約締結過程における正当な信頼 ( 有斐閣、 2014 年 ) 273 頁以下も参昭 123 債権法講義 [ 各論 ] 6 * 【情報提供義務・説明義務・助言義務】情報 提供義務は、契約当事者間での知識や情報に大き な格差がある場合に、そのような知識・情報を保 有する側が、相手がにおいて情報をよく知った上 で契約を締結できるように、一定の情報を提供す ることが信義則上認められるような場合に、一定 の情報を提供する義務を負うとするものであり、 その情報提供が主として客観的事実の指摘や説明 に関する場合に用いられることが多い。概念的に は、「情報提供」では一定の事情を相手方に「認識」 させることが主たる目的となり、「説明義務」で は認識を超えた「理解」に働きかけることが多い ように思われるが、実際問題として、単なる情報 提供義務と説明義務には大きな違いはない。他方、 「助言義務」や「警告義務」では、一定の信頼関 係などを基礎に、一方の専門家としての情報・知 識に依拠して、他方が、契約の当否に関しての自 己の判断材料を得ようとするものであり、「判断」 に働きかける点で、更に踏み込んだ情報の提供に なる。すべてを説明義務に包摂すれば情報提供義 務・説明義務と助言義務・警告義務を区別するこ とに大きな意味はないとの見解もあるが ( 横山・ 前掲判タ 22 頁など ) 、当事者間の関係性や説明の 目的、義務の程度など考えると、助言義務警告義 務は、やや異質な側面をもっことは否定できない ( 後藤・前掲消費者契約の法理論 103 頁、同「情報 提供義務」新争点 217 頁、 218 頁など ) 。 ( 2 ) 情報提供義務違反の効果 情報提供義務違反の効果は、少なくとも契約締結前 の義務違反に関しては、後に契約カ結された場合に おいても、基本的に不法行為を理由とする損害賠償 ( 慰 謝料もしくは犬回復的損害贐賞 ) であり、「機会の喪失」 理言劒にれを補強する ( もっとも、経済的評価の困難な場 合には、これとは別に、個人の選択権・自己決定権といった 人格権の侵害が問題となるため「慰謝料」の形での損害賠償 にとどまる ) 。後に契約が締結されなかったときは、無 駄になった準備費用などが損害となる。 たとえば、マンションの販売が既購入者の期待利益 と衝突した事案で、最判平成 16 ・ 11 ・ 18 ( 民集 58 巻 8 号 2225 頁 ) は、次のように述べている。 「 A は、 x らが、本件優先購入条項により、本件
「消費者契約法における情報提供モデル」民商 123 号 4 = 5 号 576 頁 [ 2001 年 ] 。なお、重要事項の提供に関する事業者の努 カ義務を定めた消費者契約法 3 条 1 項、詐欺的情報不開示を 詐欺と同視するユニドロア国際商事契約原則 3 ・ 8 条も昭 ) : 彡ハ、、 0 かりに、「故意」の立証が困難な場合にも、相手方の 情報提供カ坏十分であったり、誤認誘導的である場合 は、裁判実務上、錯誤での処理が容易になる傾向にあ る ( 平野裕之「投資取引における被害者救済法理の相互関係 について ( 2 ) 」法論 71 巻 2 = 3 号 119 頁以下 [ 1998 年 ] 、後藤巻 則・消費者契約の法理論 72 頁、同・前掲「消費者契約と民法 改正』 246 頁以下、山下純司「情報の収集と錯誤の利用ー契 約締結過程における法律行為法の存在意義 ( 1 ・ 2 未完 ) 」法 協 119 巻 5 号 779 頁 [ 2002 年 ] 、 123 巻 1 号 1 頁 [ 2006 年 ] 以下、 同「情報の収集と錯誤の利用」私法 70 号 107 頁 [ 2008 年 ] な どに詳しい ) 。錯誤が、相手方の認識可能性、結果の重 大性、表意者側の帰責性などを総合的に勘案して法律 行為の効果を否定するための一般条項化しているから である ( 河上・民法総則講義 349 頁、 355 頁以下 ) 。 ( 4 ) 消費者契約法と情報提供義務 消費者契約法 4 条 1 項 1 号は、事業者が、消費者契 約の締結について勧誘をするに際し「重要事項につい て事実と異なることを告げること」により、消費者が 「当該告げられた内容が事実であるとの誤認」し、そ れによって当該契約の申込み又は承諾の意思表示をし た場合は、その意思表示を取り消すことができると定 めている。同規定は、事業者の主観的態様を問わす、 告知内容が客観的に事実と一致しない場合に、契約の 成立を前提としつつ、消費者に取消権を認める ( 福岡 地判平成 18 ・ 2 ・ 2 判タ 1224 号 255 頁 [ マンションの眺望阻 害事情の不実告知 ] など ) 。同様に、同法は、不利益事実 の不告知、断定的判断の提供についても、一定要件の 下で消費者に取消権を認めている ( 消契法 4 条 1 項、 2 項 ) 。同法の解釈上、周囲の事情から、黙示的に表示 があったと見ることができる場合にも取消しを認める 裁判例もあるなど、事実上、情報提供義務違反を契約 の効力否定につなげているとも評せよう。なお改善の 余地はあるものの ( 勧誘の概念、重要事項の範囲、不利益 事実の不告知における先行行為要件・故意要件、効果として の損害賠償の欠如など ) 、情報の不提供・誤提供が契約 の効力否定に結びつくわけである ( これについては、山 本敬三「消費者契約法と情報提供法理の展開」金法 1596 号 8 頁 ( 2 開 0 年 ) 、同「消費か契約法の意義と民法の課題」民商 125 6 契約締結過程における説明義務・情報提供義務に関 ( 5 ) 債権法改正の動向 123 巻 4 = 5 号 43 頁〔 2001 年〕など参昭 ) 債権法講義 [ 各論 ] 体となって、 Y の利益のために、 Y の従業員であ 「本件売買契約は、 X と Y との間の融資契約と一 ことについて、原審が、 上の接道義務を満たしていないことを説明しなかった 宅地の購入を勧誘した事案で、当該宅地カ健築基準法 は、金融機関の従業員カ融資契約を成立させる目的で 商 130 巻 4 = 5 号 910 頁、後藤巻則・リマークス 30 号 62 頁 ) で 最判平成 15 ・ 11 ・ 7 ( 判時 1845 号 58 頁 = 片岡宏一郎・民 する場合があり得る。たとえば、否定例ではあるが、 建業者と業務提携関係にあるような者についても妥当 昭和 63 ・ 6 ・ 28 判時 1294 号 110 頁など ) 。このことは、宅 ている ( 東京高判昭和 52 ・ 3 ・ 31 判時 858 号 69 頁、札幌地判 者による、重要事項の調査・説明義務として論じられ いる ( 同法 35 条 ) 。この説明義務は、私法上も、宅建業 法 176 号 ) は、宅建業者に重要事項の説明義務を課して 不動産売買において、宅地建物取引業法 ( 昭和 27 年 (a) 不動産売買 立ち入って検討してみよう。 ついては別途説明する機会がある ) 。いくつかの具体例を して定着している問題がこれに関係する ( 医療契約に 約においては、インフォームド・コンセントの議論と 契約、投資取引、保険契約などがある。さらに医療契 型的場面としては、不動産売買契約、フランチャイズ 情報提供義務違反や説明義務違反が問題とされる典 ( 6 ) 情報提供義務の応用問題 ほかあるまい。 これまで通り信義則を根拠に個別的判断を積み重ねる からは必ずしも適切な態度とは思われないが、当面は、 例準則を見通しの良いものにしようという改正の趣旨 が簡潔に紹介している ) 。信義則の具体化をはかって判 編著・民法改正案の検討 ( 第 2 巻 ) 172 頁以下 [ 有賀恵美子 ] 面の影響が問題視され、規定化が見送られた ( 円谷峻 味さや、説明のコストなど取引実務に与えるマイナス 務の存否を判断するために考慮すべき事情の外延の曖 定を設けることも検討されたが、対象となる事項、義 しては、債権法改正の立法過程で民法典に具体的な規
124 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 各譲渡契約締結の時点において、 X らに対するあ っせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われる と認識していたことを少なくとも容易に知ること ができたにもかかわらず、 X らに対し、上記一般 消滅時効が適用されることになる・・・・・・」。さらに、 あるから、これには民法 724 条前段所定の 3 年の 損害賠償請求権は不法行為により発生したもので このように解すると、上記のような場合の 契約に基づくものであるということにならない といって、その義務が当然にその後に締結された 律関係を規律し、信義則上の義務が発生するから 結の準備段階においても、信義則が当事者間の法 。契約締 種の背理であるといわざるを得ない・ 債務というか付随義務というかにかかわらず、 務であるということは、それを契約上の本来的な 記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義 って生じた結果と位置付けられるのであって、上 後に締結された契約は、上記説明義務の違反によ の契約を締結するに至り、損害を被った場合には、 めに、相手方が本来であれば締結しなかったはず 「一方当事者が信義則上の説明義務に違反したた 65 巻 3 号 1405 頁 = 民法判百Ⅱ 4 事件 [ 角田美穗子 ] ) は、 害賠償請求の事案につき、最判平成 23 ・ 4 ・ 22 ( 民集 さらに、出資契約における説明義務違反に基づく損 ているといえようか 「機会」そのものが財産化してその喪失が問題とされ したこと」自体力賴害であり、より有利な契約をなす のような機会を喪失したこと、すなわち「当該契約を 得を取得する機会があったであろうが、ここでは、そ の意思決定をすることによって損失を回避したり、利 つまり、より適切な形で情報を提供されていれば、別 評価することが相当である。」 為は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と 財産的利益に関するものではあるが、 A の上記行 で本件各譲渡契約を締結するか否かの意思決定は である・・・・。そうすると、被上告人らが A との間 ったことは信義誠実の原則に著しく違反するもの ものというべきであって、 A が当該説明をしなか 渡契約を締結するか否かを決定する機会を奪った 価格の適否について十分に検討した上で本件各譲 ず、これにより X らが A の設定に係る分譲住宅の 公募を直ちにする意思がないことを全く説明せ 千葉勝美裁判官の補足意見は「本件のような説明 義務は , そもそも契約関係に入るか否かの判断を する際に問題になるものであり、契約締結前に限 ってその存否、違反の有無が問題になるものであ る。加えて、そのような説明義務の存否、内容、 程度等は、当事者の立場や状況、交渉の経緯等の 具体的な事情を前提にした上で、信義則により決 められるものであって、個別的、非類型的なもの であり、契約の付随義務として内容が一義的に明 らかになっているようなものではなく、通常の契 約上の義務とは異なる」 と言う。そもそも契約をすべきかどうかに関わる情報 提供や説明義務の履行は、「契約上の付随義務の前倒 し」と考えられる場面とは区別されるべきである、と いうことであろう。 ( 3 ) 錯誤・詐欺ど瀞提供義務違反 情報提供義務違反の効果は損害賠償に限られない。 誤情報を、そのまま契約内容へと取り込んで、契約を 成立させた上で、その強制的実現を図ることで相手方 の信頼に対する救済を図ることも不可能ではない。ま た、法律行為の効力問題として、端的に契約的拘東か らの解放をもたらすこともある。契約の成否に関わる 問題として、錯誤・詐欺と情報提供についても触れて 錯誤は、内心的効果意思 ( →「真意」 ) と表示の不一 致について自ら認識していない場合であり、原則とし て「動機の錯誤」は顧慮されないことは既に総則で学 んだとおりである。しかし、相手カ啾極的に誤った情 報を提供して、動機の錯誤に陥って意思表示をした場 合、相手方の行動が「欺罔行為」と評価される限り、 詐欺による取消しが認められよう ( 条 ) 。問題は、 他の情報から既に錯誤に陥っている者に対して相手方 カ醍供すべき情報を与えなかった場合 ( 不作為・不告知 ) である。この場合、当該情報提供義務違反が違法な欺 罔行為と同視されるときには、「不作為による詐欺」 又は「沈黙による詐欺」が成立する可能性がある。詐 欺における「故意」の要件に関しても、当該情報が表 意者にとって重要であることを相手方が認識しつつ、 当該情報を適切に告げなかった場合は、詐欺の故意が 推定できるとの指摘がある ( 横山美夏「契約締結過程に おける情報提供義務」ジュリスト 1094 号 135 頁 [ 1996 年 ] 、同
128 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 に基づく説明義務違反が訒めた い 0 フランチャイズの加盟店契約を締結するに際して は、中小小売商業振興法や日本フランチャイズチェー ン協会が、その自主規制規約によって、事業本部の加 盟店に対する重要情報の提供・開示を求めているが、 実際の交渉では、かかる法令等の情報開示の他に、立 地条件等を加味した加盟後の売上予測等の情報が示さ れ、開業後に、そのような予測通りに事業が展開しな い場合、損失を生じた加盟店からフランチャイザーに 対して損害賠償請求する例が相当数存在する。本判決 もその一例で、フランチャイジーになろうとする者に 対するフランチャイザーの情報提供のあり方とその責 任内容を明らかにする裁判例である。いうまでもなく、 フランチャイズ契約は、加盟店として事業を行うため の事業者間契約であって、当事者には、自らの経営判 断と責任カ球められねばならないが、開業準備段階あ るいは開業初期において、フランチャイジーになろう とする者は、少なくとも当該事業に関する限り「素人」 であって、多くの場合、フランチャイザーとの間に構 造的情報格差カし、消費者取引に近い問題背景を持 つ ( いわば「消費者的事業者」である ) 。したがって、フ ランチャイザーのみがロイヤリティーを獲得しつつ、 その経営リスクを一方的にフランチャイジーに転嫁す ることは、必ずしも適当ではない。 フランチャイズ事業において、フランチャイザーに は、フランチャイジーになろうとする者に対して適切 な情報 ( 専門知識・ノウハウなど ) を提供し、その内容 を十分に説明すべき信義則上の情報提供義務・説明義 務があることは、東京高判平成 11 ・ 10 ・ 28 ( 判時 1704 号 65 頁 : クリーニング店 [ 過失相殺 7 割 ] ) 、福岡高判平成 18 ・ 1 ・ 31 ( 判タ 1235 号 217 頁 ) 、さいたま地判平成 18 ・ 12 ・ 8 ( 判時 1987 号 69 頁 ) 、仙台地判平成 21 ・ 11 ・ 26 ( 裁判所ウエプサイト ) などでも指摘されており、よ り具体的に、その際の売上・営業収益予測に関する説 明義務違反を認めた裁判例も少なくない ( 福岡高判平 成 13 ・ 4 ・ 10 判時 1773 号 52 頁 ( サンドウィッチ店 [ 過失相殺 8 割 ] ) 、京都地判平成 3 ・ 10 ・ 1 判時 1413 号 102 頁 ( パンの 製造販売 [ 過失相殺 7 割 ] ) 、名古屋地判平成 10 ・ 3 ・ 18 判タ 976 号 182 頁 ( 持ち帰り弁当 [ 過失相殺 8 割 ] など ) 。他方、 責任否定例としては、東京地判平成元・ 11 ・ 6 ( 判時 1363 号 92 頁 : イタリア料理店 ) 、東京地判平成 3 ・ 4 ・ 23 ( 判タ 769 号 195 頁 : アイスクリーム ) 、京都地判平成 5 ・ 3 ・ 30 ( 判時 1484 号 82 頁 : 学習。但し、信義則上の義務違反を理由にフ ランチャイザーからのロイヤリティー等の本訴請求も棄却 ) 、 千葉地判平成 6 ・ 12 ・ 12 ( 判タ 877 号 229 頁 : 持ち帰り弁当 ) 、 などがある。裁判例における責任判断の根拠は、必ず しも一致しないが、「信義則上の保護義務」に求めら れることが多く、債務不履行責任と不法行為責任の両 面から問題カ語られている。しかし、そもそもフラン チャイザーのフランチャイジーに対する専門知識やノ ウハウの提供、権利・義務の分配は、フランチャイズ システムを維持していく上で必須の内容としてフラン チャイズ・パッケージを構成しており、加盟店契約自 体のフランチャイザーの債務として、その適切な履行 の有無を分析していくのが適切である ( この関連で、小 塚・後掲第 3 章の櫛寸が有益である ) 。確実な売上予測は、 一般的に困難な場合が多く、その提供自体力義則上 の情報提供義務の一内容となるとまでは言えないかも しれない。しかし、ひとたび情報カ甘是供された以上、 合理性を欠いた方法による無責任な予測や情報提供は 許されまい。 フランチャイザーが、フランチャイズ契約の契約準 備段階において何をどの程度までフランチャイジーに 情報提供し、いかに経営支援をはかるべきかは、それ ぞれの業態によって異なるため、単純な一般化は困難 である。しかし、本判決理由中で「加盟後の月々の売 上や営業収益に関する情報は、当該フランチャイズ契 約を締結するか否かの判断において、最も基本的かっ 重要なものであるから、かかる被告従業員の説明義務 違反は、原告らの契約締結に至る判断に対して、決定 的な影響を与えたもの」とする評価は参考になろう。 * 【参考文献】関連裁判例の東京高判平成 11 ・ 10 ・ 28 につき、井上健一・ジュリスト 1216 号、山 下友信・別冊ジュリスト 164 号 134 頁、同・商法 ( 総 則・商行為 ) 判百 < 第 5 版 > 、福岡高判平成 13 ・ 4 ・ 10 につき、高田淳・法学新報 111 巻 1 = 2 号 469 頁、 島田邦雄ほか・旬刊商事法務 1627 号 61 頁、京都地 判平成 3 ・ 10 ・ 1 につき、内田・民法Ⅱ < 第 3 版 > 27 頁、山嵜進・ジュリスト 1004 号、松本恒雄・ 私法判例リマークス ( 法律時報別冊 ) 6 号、菊地博・ 朝日法学論集 12 号、名古屋地判平成 10 ・ 3 ・ 18 に っき、木村義和・法律時報 72 巻 2 号、京都地判平 成 5 ・ 3 ・ 30 につき、岡部真澄・消費者取引判例 百選 86 事件などがある。より、一般的には、川越 憲治・フランチャイズ・システムの判例分析 ( 別 冊 NBL29 号 ) ( 2000 年 ) 、木村義和「フランチャイ
LAW 120 CLASS 債権法講義 [ 各論 ] ー 6 第 1 部序論喫約総則 第 2 章契約法序論 [ 第 7 節 ] 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 ク [ ここでの課題 ] フ ス 広告・表示と情報提供 東京大学教授 河上正二 こでは、契約法の締結過程あるいは形成過程の諸問題について検討し よう。具体的には、広告・表示・情報提供を扱う。従来の契約法では、広 ・表示はあまり問題とされてこなかったが、今日では、契約の前段階の て契約の効力にまで関連する。 ているからである。問題は、結果的に、後に続く契約の成否や解釈、そし の間での情報をめぐる調整問題は、すでに社会的接触のところから始まっ 問題として無視できない重要性を帯びている。将来の契約当事者となる者 1 広告・表示 ( 1 ) 広告とは何か 契約関係の成立以前に、一方当事者から他方当事者 に提供される情報には、様々なものがある。それは、 広告・表示から、具体的な契約締結過程での情報提供 や説明、助言、言口にいたるまで存在し、提供される ものの性質や目的、程度などによって多様である。 「広告」は、一般に、事業者が顧客を誘引するために、 自分の商品を広く世間に知らせる行為や表示を意味す る。その手法は多彩で、新聞・雑誌広告、テレビ・コ マーシャル、パンフレット、ウインドウのディスプレ イ、チラシ、インターネット広告など実に多くの媒体 が利用される。似て非なる概念に「表示」があり、 ちらは何らかの事柄を他者に知らせるための「手段」 を指すものであるから、広告もこれに含まれる ( 景表 法 2 条 4 項は「広告その他の表示」として、表示を上位概念 にしている ) 。ただ、「食品表示」等のように、狭い意 味での「表示」として論じられる商品ラベルやタグに 記載された商品の仕様・品質・成分量などは具体的な 「事実」の開示であって、広告のような販売促進的意 味合いはあまりなく、「イメージ広告」のような問題 も起きにくいと言えるかもしれない。しかし、こうし た広告と表示の区別は、そこでの情報カ客に対して 結果的にいかなる影響を及ばすかによって、区別の意 第 7 節広告・表示と情報提供 味を失う可能性がある ( カルシウムをたつぶり含んだ牛乳、 プロティン入りシャンプー、カシミヤ 100 % のコートなど、 表示内容が顧客の購買意欲を刺激する結果となる ) 。広告・ 表示を問わず、その内容を手がかりに、顧客が当該商 品を購入するかどうかを決定するとなれば、いずれに せよ顧客の動機に働きかける重要な要素となり、その 法的扱いや適正化カ題となるからである。 ( 2 ) 広告の法的意味 「広告」の法的意味について、従来は、それカ坏特 定多数の者に対する一方的な意思表示であるから、当 事者間での主観的意思の合致は問題になることはな く、それら不特定多数の中の一人力昿告の示すとおり に契約を締結したい旨の意思表示をしても契約は成立 せす、広告は、「申込みの誘引」にとどまると考えら れてきた俄妻・債権各論上 [ 76 ] など ) 。しかも広告と意 思表示との因果関係も明確ではない。しかし、今日で は、広告の内容が商品の品質・用法などを具体的に指 示し、意思表示をした者がそれらを重要と考え、広告 を信頼して意思表示をしたかぎりにおいて、その意思 表示は「承諾」と解釈すべきであるという見解が有力 である ( 平井・契約総論 152 頁、磯村保「法律行為の課題 ( 上 ) 」 民法研究 2 号 15 頁、平野裕之・総合 5 喫約法 53 頁など ) 。こ のような見解では、商品が、不動産のように非代替性 の大きなものでないときは、カタログ送付なども「申 込み」と理解され、広告は、これに応じた意思表示に
ランチャイザー ) との間で各々「フランチャイズ 契約」を締結し、運転代行業務を開始してこれに 従事していたが、当初 Y の従業員から説明を受け た際に予想した売上・営業収益をあげられす経営 困難に陥った。そこで、本件契約を解除するとと もに、各契約の締結段階において Y の従業員から 加盟店として運転代行業務を行う際の費用・売上・ 収益の額や Y の加盟店への営業支援等に関する説 明が、不充分、虚偽又は不正確であったために契 約締結についての判断を誤り、加盟店となった結 果、過大な費用を負担するなど損害を被ったとし て、契約締結段階における保護義務違反を理由に Y の債務不履行又は不法行為に基づく損害 ( 加盟 金・車両購入代金等 ) の賠償を求めて本訴に及んだ。 判決は、次のように述べ、フランチャイザーの情報提 供・説明義務を肯定した。 「フランチャイズ事業においては、一般に、フラ ンチャイザーは、当該事業について十分な知識と 経験を有し、当該事業の現状や今後の展望及び既 存のフランチャイジーの経営内容、収支状況など の情報を豊富に有しているのに対し、フランチャ イジーとなろうとする者は、当該事業についての 経験や情報に乏しいのが通常であり、フランチャ イジーとなろうとする者が、フランチャイザーと の間でフランチャイズ契約を締結するか否かを判 断するに当たっては、フランチャイザーから提供 される情報に頼らざるを得ないのが実情である。 ・・また、フランチャイザーは、フランチャイズ 事業を展開することで、自ら店舗を経営すること のリスクを回避しつつ、他方で、フランチャイジ ーから加盟金やロイヤルティなどとして金員を収 受して、収益を上げることができるのに対し、フ ランチャイジーは、フランチャイズ契約を通して、 必ずしも豊富でない資金を投じて、自ら店舗を開 設し、その経営リスクをも負担することになる。 このような、フランチャイザーとフランチャイ ジーとの関係にかんがみれば、フランチャイザー は、フランチャイジーとなろうとする者と契約を 締結するに当たって、フランチャイジーとなろう とする者がフランチャイズ契約を締結するか否か について的確な判断ができるよう、フランチャイ ジーとなろうとする者に対し、フランチャイザー 127 債権法講義 [ 各論 ] 6 が有する当該フランチャイズ事業に関する正確な 情報を提供し、当該情報の内容を十分に説明しな ければならない信義則上の保護義務を負うものと 解すべきである。」・・・・・・本件では、「 Y 従業員によ る費用及び営業支援に関する説明については説明 義務違反が認められないものの、売上及び営業収 益に関する説明については説明義務違反が認めら れ、このことによって、 X らが本件フランチャイ ズ契約の締結に関して、判断を誤ったものと認め 、 Y は、契約締結段階における信義則上 られ・・・ の保護義務違反に基づき、 X らが本件フランチャ イズ契約を締結したことにより被った損害を賠償 する責任を負う」 しかし、「他方で、フラン チャイジーとなろうとする者についても、フラン チャイズ契約の締結を通じて、独立した事業者と して、利潤を追求すべく事業を営み、かっその事 業に伴うリスクを自ら負担していくべき地位に立 とうとするのである以上、当該契約の締結に当た って、単にフランチャイザーが提供する情報を受 動的に受け取り、それに全面的に依拠して契約の 是非を判断するだけでなく、フランチャイザーが 提供した情報の正確性や合理性を吟味し、必要で あればフランチャイザーに対し、さらなる説明や 情報の提供を求め、あるいは自ら調査し、情報を 収集するなどして、自己が営もうとする事業の採 算性、収益性、将来性などを慎重に検討すべき責 任があ」り、本件における「 X らの事前の準備や 覚悟が十分でなかった面も否定し難い」として 4 割の過失相殺。 以上のとおり、フランチャイズ事業は、その事業本 部 ( フランチャイザー ) が加盟店 ( フランチャイジー ) と なろうとする者との間でフランチャイズ契約を締結 し、加盟店に対し、開業前及び開業後の研修、指導、 営業支援等を実施し、他方で、加盟店が、本部に対し て一定のロイヤルティを支払いつつ、その作成したマ ニュアルに従って、しばしは一的外観の店舗・自動 車等を使用して業務を行うもので、今日では、ファー スト・フードやコンビニエンス・ストア等をはじめと して、様々な業種において展開している事業システム である。本判決は、「自動車運行代行業」 ( 自動車運転 代行業の業務の適正化に関する法律 [ 平成 13 年法 57 号 ] 2 条 参照 ) のフランチャイズ契約締結段階における売上・ 営業収益に関する説明カ坏正確であったとして信義則
122 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 【参考文献】広告をめぐる法律問題についての 先駆的研究は、故長尾治助教授によるところが大 きい。長尾治助・広告と法 ( 日本評論社、 1 年 ) 、 同・アドバタイジング・ロー広告の判例と法規制 の課題 ( 商事法務研究会、 1990 年 ) 。比較的早い段 階で契約法との関係を論じた早川眞一郎「広告と 錯誤 ( 1 ) ~ ( 3 ・完 ) 」 NBL491 号 24 頁、 492 号 42 頁、 493 号 43 頁が貴重である。また最近のものとして、 鹿野菜穗子「日本における広告規制と消費者の保 護」中田邦博 = 鹿野菜穗子編・ヨーロッパ消費者 法・広告規制法の動向と日本法 ( 日本評論社、 2015 年 ) 所収、「く特集 > 表示・広告をめぐる法 規制」現代消費者法 6 号所収の諸論稿、南雅晴「広 告・表示と消費者」中田邦博 = 鹿野菜穗子編・基 本講義消費者法 < 第 2 版 > ( 日本評論社、 2016 年 ) 所収、中田邦博「現代法学研究から見た広告規制」 水野由多加ほか編・広告コミュニケーション研究 ハンドブック ( 有斐閣、 2015 年 ) 39 頁以下所収な どがあり参考になる。簡潔には、日本弁護士連合 会編・消費者法講義く第 4 版 > 第 9 章 [ 日本評論 社、 2015 年 ] 、松本恒雄「表示の適正化」消費者 法判例百選 185 頁 ( 2000 年 ) も参照。広告に対す る法規制の解説として、伊従寛 = 矢部丈太郎編・ 広告表示規制法 ( 青林書院、 289 年 ) が充実して いる。なお、医療法上の情報提供機能と不当広告 問題の衝突する最近の話題として、宮城朗「美容 医療をめぐる広告規制」現代消費者法 31 号 77 頁 ( 2016 年 ) が興味深い。 ( 5 ) 消費者契約と広告規制の将来 消費者基本法は、国は、消費者が商品の購入や使用、 役務の利用に際して、その選択を誤ることがないよう に「商品及び役務について、品質等に関する広告その 他の表示に関する制度を整備し、虚偽又は誇大な広告 その他の表示を規制する等必要な施策を講ずるもの と」している ( 同法 15 条 ) 。そこでは、消費者の実質的 な選択権の保障カ球められている。しかし、これまで のところ、広告に関しては、私法上、一般的な規制は 存在せず、不当な広告によって損害を受けた場合には、 広告主・広告推奨者・広告媒体業者などの責任を不法 行為法によって追及するほかない状態にあった ( 最判 平成元・ 9 ・ 19 集民 157 号 601 頁 = 消費者判百 12 事件 [ 山田卓 生 ] [ 広告掲載新聞社の責任 ] 、大阪地判昭和 62 ・ 3 ・ 30 判時 1240 号 53 頁 [ 広告出演者の責任 ( 肯定 ) ] 、東京地判平成 6 ・ 7 ・ 25 判時 158 号 31 頁 = 消費者判百 13 事件 [ 滝沢昌彦 ] [ 広告出 演者の責任 ( 消極 ) ] ) 。しかし、広告の現状からすれば、 契約内容として取り込んだ上で、完全履行を請求した り債務不履行責任を問う可育尉生があるだけでなく、表 示カ喫約締結にとって重要な動機であった場合には要 素の錯誤を、表示カ嘘偽であることを事業者が認識し、 かっ、それによって消費者を欺罔しようとする故意の あるときは詐欺取消を認めるなと不実表示を理由に契 約の効力を否定するなどの手段が、容易に可能となる よう「推定」の工夫をする余地がある。消費者契約法 4 条は、そうした要件の客観化の工夫の一つではある が、なお改善の余地がある。 また、広告・表示を誤認して商品を購入した顧客の 個々の被害額が大きくないとすれば、「泣き寝入り」 とならないためにも、消費者団体等による集団的な損 害賠償システムが実効性を発揮できるような環境を整 備することも必要である ( 消費者の財産的被害の集団的 な回復のための民事裁判手続の特例に関する法律 ( 平成 25 年 法 96 号 ) が 2016 年 10 月から施行され、これをうまく機能する ことが期待される ) 。市場における適正な広告と、これ に対する信頼は、顧客による商品選別機能を働かせる だけでなく誠実な事業者の活動を支援する結果ともな るものだからである。 2 情報提供義務 ( 1 ) 一般的情報提供義務 ? 契約締結準備段階においては、信義則上、情報提供 義務が問題とされることも少なくない ( 契約締結後にも 問題となるが、ここでは前段階に限定しよう ) * 。 情報提供義務は、多くの場合、相手の「認識」に働 きかけるものであり、説明義務は「理解」に働きかけ、 助言義務は「判断」に働きかけるものといえよう。 私的自治・意思自治の原則に基づけば、各人が契約 に拘束される根拠は、それが各人の意思決定に由来す るものであるからであって、その前提として、各人が 自ら自己の判断の材料となる情報を収集・分析し、そ れによって当該契約が自分の取引目的に適合するかど うかを認識した上で、契約を締結することが要請され る。したがって、一般的に契約交渉当事者の情報提供 義務を語ることは困難であり、適切でもない。 しかし、現実問題として、当事者の情報収集・分析 能力には構造的に格差が見出される局面も少なくない
事例判決としてのこの判断枠組みは、その後の裁 判例に対して、同原則の適用対象を著しく狭く限 定する方向で作用してしまったようである。 (d) 保険契約 ( i ) 変額保険保険契約に関しては、融資一体型変 額保険等における保険会社や銀行の説明義務違反の問 題が、数多くの裁判例を生んでいる ( 大阪高判平成 7 ・ 2 ・ 28 判タ 897 号 150 頁 [ 消極 ] 、東京高判平成 8 ・ 1 ・ 30 判 タ 921 号 247 頁 [ 将来の運用実績の断定的判断の提供につき積 極 ] 、最判平成 8 ・ 10 ・ 28 金法 1469 号 51 頁 [ 前掲東京高判平 成 8 ・ 1 ・ 30 の上告審で積極 ] 、大阪地判平成 12 ・ 12 ・ 22 金 法 1604 号 37 頁、東京高判平成 14 ・ 4 ・ 23 判時 1784 号 76 頁 [ 相 続税対策としての商品の不適格性 ] ) 。 ( ⅱ ) 火災保険地震免責条項 火災保険契約における地震免責条項に関して説明義 務違反カ竫われた事例では、最判平成 15 ・ 12 ・ 9 眠 集 57 巻 11 号 1887 頁 = 消費者判百 22 事件 [ 岡田豊基 ] ) が興味 深い。事案は、阪神淡路大震災の被災者が、火災保険 契約締結に際して保険会社が地震保険契約について情 報提供をしなかったために、地震免責の適用される保 険契約を締結してしまったために被害に対する保険金 を受け取れなかったとして慰謝料請求をなしたもので あるが、最高裁は 「地震保険に加入するか否かについての意思決 定は、生命、身体等の人格的利益に関するもので はなく、財産的利益に関するものであるであるこ とに鑑みると、この意思決定に際し、仮に保険会 社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分、 不適切な点があったとしても、特段の事情が存し ない限り、これをもって慰謝料請求権の発生を肯 認し得る違法行為と評価することはできない者と 言うべきである」 とした。当時としては情報提供を受けていたとしても 地震保険契約を締結した蓋然性は高くないと考えられ たこと ( 契約締結当時の兵庫県での地震保日入率は 3 % 程 度 ) もその一因をなしているようであるが、 3 ・ 11 東 日本大震災を経験し、熊本地方大震災を目の当たりに した今日でも、そう言えるかは大いに疑問である。 この関連では、「奥尻保険金請求訴訟」第 1 審判決 の函館地判平成 12 ・ 3 ・ 30 ( 判時 1720 号 33 頁 ) は結果 的に損害賠償請求を認めなかったが、優れた判決理由 131 債権法講義 [ 各論 ] 6 で問題状況を浮き彫りにしている。少し立ち入って、 その判決理由を検討してみよう。 「少なくとも、本件地震が発生した平成 5 年当 時において、火災保険契約における地震免責条項 及び地震保険について、国民一般の広い範囲にお いて十分に知られていたとは到底言い難い状況に あり、地震火災による損害についても火災保険契 約によって担保されると誤解する者も少なからず いたものと推認することができる。また、 らの学歴、職業、年齢等を考慮すると、 X らは、 その傾向がより高かったのではないかと推認する こともあながち不合理ではない」。「一般に、契約 当事者間において、その契約に関わる情報が、専 門性が高いこと、高度なこと若しくは多量なこと 又は契約内容が一方当事者 ( 事業者 ) の定めた技 術的、精緻な条項規定によらざるを得ないこと等 の理由によって、事業者側に偏在し、他方の当事 者 ( 消費者 ) が当該情報を得ることは、事業者に よる提供がない限り困難な状況にあり、私法上の 根本原則たる私的自治や自己責任原則・・・・・・を十分 に全うすることができないと認められる場合に は、当該情報の保有者である事業者は、消費者に 対して、その情報を開示して、十分に説明して、 十分な理解を得るべきことが要請され・・・・・・その義 務を懈怠した場合には損害賠償責任を負担すべき であると判断される場合があり、その根拠は信義 則に求めることができる」。地震免責条項および 地震保険についての情報は募取法 16 条 1 項にいう 「重要な事項」に該当し、「私法上の法的義務の存 否を判断する際に、重要な要素として、相当の比 重を占めるべきことは、明らかである」。しかし、 「少なくとも、本件各火災保険契約締結時におい ては、保険会社ないし保険代理店の当該違反行為 が損害賠償責任に直結するような「一般的な情報 開示説明義務』として、右の要望をとらえること は困難であって・・・・・・個別の具体的な契約締結状況 における信義則違反ないし信義則上要求される義 務の違反を評価するにあたり、重要な要素として 考慮すべきもの」にとどまる。しかして、「 X ら の個別の具体的な本件各火災保険契約締結の状況 において、 Y らの契約締結補助者が、 X らに地震 保険加入・不加入の意思決定の機会を与えずに、 地震保険意思確認欄が作出された旨の・・・・・・信義則 に違反する事実は肯認することができ ( ない ) 」
ズシステムとフランチャイズ契約締結準備段階に おける売上予測 ( 1 ・ 2 完 ) 」大阪学院大学法学研 究 29 巻 2 号、 30 巻 1 = 2 号 ( 2003 ~ 2004 年 ) 、金 井高志・フランチャイズ契約の裁判例の理論分析 ( 2005 年 ) 、小塚荘一郎・フランチャイズ契約論 ( 2 (c) 投資取引 ( i ) 投資に関連する取引でも情報提供義務 ( 「説明義務」 とされる場合が多い ) が、しばしば問題となっている。 こでは、契約の前段階というよりも、基本的な契約 関係の存在を前提とする情報提供・説明義務の方が重 要な意味を持っことが多い。たとえば、ワラント取引 においては、顧客の属性 ( 年齢・証券取引に関する知識・ 経験・資力等 ) を考慮した上で、当該顧客が自らの責 任と判断に基づいて取引ができるよう、取引内容とリ スクについて適格な説明を行うことカ義則上要求さ れており ( 東京高判平成 8 ・ 11 ・ 27 判時 1587 号 72 頁 = 消費 者判百 15 事件 [ 藤田寿夫 ] ) 、商品特性の情報格差からは プロ的な顧客に対しての説明義務違反も肯定される場 合がある ( 東京地判平成 21 ・ 3 ・ 31 翁去 1866 号 88 印。 具体的に、広島高判平成 9 ・ 6 ・ 12 ( 判タ 971 号 170 頁 ) では、ワラントの価格が株価に比して数倍の値動きを すること、権利行使期間を経過するとワラントが無価 値になること、ワラントカ実の株式と異なり購入資 金とは別途の資金を出すことで一定額で株式を引き受 けることができる権利であって、権利行使期間内に株 価が権利行使価格より高くなると予想されることで価 値を持つものであること、現実の株価より高い権利行 使価格のワラントであることについて説明すべきであ り、顧客の理解の程度を見極めて、その理解が得られ なければワラント取引をしないよう助言・警告する義 務があったという ( 大阪地堺支判平成 9 ・ 5 ・ 14 金判 1026 号 36 頁。その他、説明義務違反に基づく事業者の不法行為責 任が認められた裁判例に、東京高判平成 9 ・ 7 ・ 10 判タ 984 号 201 頁、大阪高判平成 10 ・ 4 ・ 10 判タ 1 開 4 号 169 頁、東京 地判平成 15 ・ 5 ・ 14 去 1700 号 116 頁 = 消費者判百 57 事件 [ 松 岡久和 ] など枚挙にいとまがない。詳しくは清水俊彦「投資 勧誘と不法行為」 [ 199 年 ] など参昭 ) そこでの損害賠償の範囲は、概ね、ワラントの購入 価格相当額であるである。また、商品先物取引 ( 東京 高判平成 13 ・ 4 ・ 26 判時 1757 号 67 頁など ) や、金利スワッ プ取引 ( 東京地判平成 21 ・ 3 ・ 31 判時 206 ひ号 102 頁、福岡高 129 債権法講義 [ 各論 ] 6 判平成 23 ・ 4 ・ 27 判タ 1364 号 158 頁 ) などでも同様の説明 義務違反に関する裁判例が出ている。もっとも、投資 家自身は、自らの判断と責任で取引を行うことが原則 と考えられているためか、過失相殺がほどこされる場 合が多い ( 取引的不法行為と評価される局面で、過失相殺が 相応しいかには疑問があるが ) 。 ( ⅱ ) 理解困難者と情報提供義務の限界 当事者の状況によっては、取引内容や契約目的の利 害が、理解困難である場合もあることへの配慮も重要 である。情報開示の在り方についての工夫の重要性は、 これまでも消費者保護の問題として強調されてきた が、高齢者の場合にはその要請が一層大きい。細かな 文字をきちんと読み、複雑な取引形態が持つ意味を理 解して取引に臨むことは、高肖費者の場合には、容 易に期待できない。目や耳カ坏自由になり、身体が思 うように動かなくなると、一般の消費者として想定さ れている「合理的平均人」よりも情報へのアクセスが 困難になる。高齢者を顧客圏の一部として予想する取 引では、平均的顧客の合理的注意や理解力を基準 ( 平 均的合理的消費者基準 ) とした開示や説明では明らかに 不充分であって、開示の方法・態様・表現上の分かり やすさにも工夫カ球められる。顧客から「同意」をと りつけるということは、内容についての一定水準の的 確な理解を前提とするという基本に立ち返り、開示や 説明のあり方を見直さねばなるまい。相手カ皜齢者で あることを認識し得るにもかかわらず、適切な開示義 務や説明義務が尽くされていない局面では、広く錯誤 や説明義務違反カ語られて然るべきである。通常人の 情報収集力や判断力、活動力を前提に高齢者を評価し ては、現実と大きくかけ離れた法律論になりかねない。 最近の認知科学では、通常の消費者であっても、情報 の与えられ方によって必ずしも合理的判断をするとは 限らないことが明らかにされている。まして、基礎と なる哉力や認知枠組みが陳腐イヒした高齢者では尚更 であって、そのことを責めるのは酷であろう。総じて、 事業者には、高肖費者の財産状態や能力に見合った 形での、勧誘・説明行為や商品の提供カ球められる ( 説 明義務の履行における「適缶生の原則」 ) 。 (iii) 適合性原則 特定商取引法は、訪問販売などでの禁止行為として 「老人その他の者の判断力の不足に乗じ、契約を締結 させること」を挙げ ( 施行規則 7 条、 23 条、 39 条 ) 、金融 商品取引法では、事業者カ誘方針を策定する際に定
わたしの仕事、法つながり 010 業界、グローバル・ビジネス環境についての深い理 わたしの仕事、 解がなければ優良な企画ができませんので、法務に 限らず広範な情報収集、検討を重ね、さまざまな経 法つながり 営の要求に合致するビジネスソリューションを提供 します。製薬業は、人体に直接的に作用 ( および副 作用 ) する製品の提供を仕事としております。この ひろがる法律専門家の仕事編 ため、社内各部には医師、薬学博士など高度な専門 性を有する社員が多数配属されています。 1 つのプ [ 第 1 6 回 ] ロジェクトを開始すると、基礎研究から開発、製造、 販売、学術、行政対応など各分野の専門家 20 名以上 新規ビジネスを創る をとりまとめるプロジェクトリーダーを務めます。 ビジネスの共通語としての法的思考 製薬業は開発品の成功確率が極めて低いことでも知 られています。平均 3 万個に 1 つの化合物だけが、 十数年に渡る ( 動物および人体 ) 実験を乗り越えて、 はじめて患者さんの手元に送り届けられます。私は これらのプロジェクトを 15 件程抱えていますが、そ 中外製薬株式会社 井上亮 の多くは様々な理由でとん挫するため、入れ替えも 事業開発部課長 慶應義塾大学院卒業 ( 理学修士 ) 。 JP モル 頻繁です。 ガン、ソシェテ・ジェネラルでトレーダー として勤務。退職後、東京都立大学法科大 4 ー法務の素養 学院卒業。 2 9 年新司法試験合格、 2010 年 弁護士登録、 2011 年から現職。 プロジェクトリーダーとしての仕事は必ずしも法 務の素養が必要なわけではありません。しかし、各 1 ー企業への就職 分野の専門家であるチーム員から提出される詳細な デューデリジェンスレポート ( 法務、知財だけでなく、 6 年前、司法修習を終えて、しばらくして現企業 化学、安全性、製造その他もろもろの評価報告書 ) に に就職することにしました。いくつかの複合的な理 基づき、タームシート案、契約書案にこれらのリス 由がありますが、①採用にあたり弁護士資格だけで クへッジ手段を盛り込んで、相手方との交渉に臨む はなく過去の実績を人事上評価してもらえること、 ことになります。ディールの終盤に法的な能力が最 ②アドヴァイザーとしてではなく当事者として仕事 大限に生かされます。 がしたかったこと等が主な理由でしようか。 私の場合は、プロジェクトリーダーとしての仕事 2 ー事業開発部 以外にも、一部弁護士としての仕事もしています。 特に製薬業は、他の製造業に比べると桁違いに少な 事業開発部での勤務を前提に採用されました。製 い特許で自社の資産を保護しているため、知的財産 薬会社の事業開発部とは、自社の開発品を他社に対 の防衛の成否は死活問題です。大企業の訴訟案件は、 してライセンス許諾し、他社の開発品の自社へのラ 高度な専門性を有する先生にお願いすることが多い イセンス許諾を受け、他社との共同開発・共同販売 と思われます。しかし、厳しい規制業界である製薬 提携をし、ヴェンチャ企業への投資や自社資産の事 業の案件には、直接的な問題となる知財法や一般企 業譲渡をする際の、企画・デューデリジェンス・契 業法、商取引法等の他に、各種業法、当局の通達や 約交渉およびそのアライアンスマネジメントをする 諮問委員会の答申等が複雑に絡み合っています。い 部署です。投資銀行の経験が役に立つ部署であった つまでにどのような決着を得ることが企業価値を最 ので、ありがたく引き受けました。 大化するのかは、特定分野の専門家である先生にお 3 ー私の仕事 任せするのではなく、企業内でシミュレーション・ 分析・評価をして、訴訟戦略をコントロールする必 ライセンス案件にしても投資案件にしても、自社、