066 [ 特集引司法試験問題の検討 2016 民事系科目試験〔第 3 問〕 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 同志社大学教授 林昭ー 林本年度の論文式試験民事系科目〔第 3 問〕民事 訴訟法は、権利能力なき社団をめぐる訴訟に関する 民事訴訟法上の論点のうち、社団に帰属する財産を めぐる訴訟の当事者適格の問題 ( 〔設問 1 〕 ) 、社団 の総会決議の有効性と代表者たる会長の地位を確認 することの当否 ( 〔設問 2 〕 ) 、そして社団の受けた 判決の効力に関する問題 ( 〔設問 3 〕 ) について、検 討を求めるものです。全体的な傾向としては、民訴 法の基本論点について、論点に関わる基礎理論の正 確な理解を問うとともに、その理解を基に発展的な 論点について、【事例】における会話中に示された 手がかりをもとに考察させるものであるといえま す。ここ数年の出題傾向に沿ったものということが できると思います。 1 ぼ設問 1 〕の解説と検討 [ 1 ] 解説 林まず、〔設問 1 〕は、権利能力なき社団に属す る財産をめぐる訴訟の当事者適格についての問題で す。 B から依頼を受けた弁護士 L 1 と司法修習生 P 1 の会話をもとに、 X の構成員全員が Y に対して総 有権確認訴訟を提起する場合において、 Z の立場を 支持し、提訴に反対する勢力がいる場合の対応策を 考えることが求められています。 考察のポイントは 3 つあります。第 1 点目として、 X 団体自体が当事者とはならず、 X の構成員が Y に 対して総有権確認を求めるには、原則として、全員 が原告とならなければならない理由について。その うえで第 2 点目として、構成員の中に訴えの提起に 反対する者がいた場合の対応策について。第 3 点目 として、訴訟係属後に新たに構成員となる者が現れ た場合の訴訟上の問題点について、この者が B に同 調する場合としない場合とに分けて、それぞれ論ず 弁護士、関西学院大学教授 亀井尚也 ることが求められています。 是正できないとすると、構成員の訴権を不当に害す 流出したにもかかわらず、それを訴訟手続において 訴に反対する者がいるために、団体の財産が不正に 不適法な訴えとなります。しかし、構成員の中に提 を欠いたまま提起された訴えは、当事者適格を欠く た場合、訴訟共同の必要により、提訴に反対する者 総有権の対外的確認を固有必要的共同訴訟と解し 討です。 に訴えの提起に反対する者がいた場合の対応策の検 なければならないという状況において、構成員の中 次に第 2 点目です。構成員全員が訴えの提起をし れる固有必要的共同訴訟と解されます。 の訴訟形態としては、合一確定と訴訟共同が求めら 帰属の有無が合ーに確定される必要があります。そ を共同行使したうえで、これらの者との間で財産の 適格が認められるため、その基礎となる管理処分権 合には、構成員全員が原告となってはじめて当事者 Y に対して総有権の確認を求めて訴えを提起する場 よって、権利能力なき社団である X の構成員が、 属することになります。 持分権は認められず、管理処分権が構成員全員に帰 す。したがって、社団の財産について、各構成員に 有的に帰属するものと観念せざるを得なくなりま 産とは区別されたものとして、すべての構成員に総 で、権利能力なき社団の財産は、構成員の個々の財 らが財産の実体法上の帰属主体とはなり得ないの ができます。しかし、権利能力がない以上、社団自 が認められ、その社団に固有の財産を観念すること 権利能力なき社団は、取引主体として社会的実在 討することが出発点となります。 ことを前提として、その財産の法的帰属について検 まず第 1 点目です。 X が権利能力なき社団である
プラスアルフアについて考える基本民法 115 とについては異論をみないであろうが、その法的性 質および内容につき B との間に差異を設けるべきで あろうか。 [ 2 ] 不法行為構成と保護義務の拡張構成 C および D に対する A の責任が不法行為責任 ( 709 条 ) であるとすると、 B が受傷した場合に比して何 が異なるであろうか。債務不履行と不法行為の主な 相違点として一般に、①被害者の立証責任、②消滅 時効期間 ( 167 条。 r724 条 ) 、③賠償すべき損害の範囲 ( 弁護士費用 ) 、④遅延損害金の起算点 ( 請求日の翌日 < 412 条 > 。 r 不法行為時 ) 、⑤遺族の慰謝料請求権の 有無、⑥過失相殺の要否 ( 418 条。 r722 条 2 項 ) 、⑦加 害者による相殺の可否 ( 509 条 ) などが挙げられて いる。そこで、債務不履行構成と不法行為構成との 間にアンバランスが生じないよう、問題類型の特色 に応じて解釈・運用上の柔軟な調整に努めることが 求められる。①については、債務不履行構成でも保 護義務違反の主張立証を要する一方、不法行為構成 においても欠陥の存在から過失を推定することが可 能であり、②では信義則上の主張制限による調整な どがあり得よう。③以下についても、本来の給付義 務の不履行ではなく完全性利益に関する信義則上の 義務違反であることにかんがみて、不法行為規範が 類推適用されてよいであろう。人身損害に対する B ・ C ・ D の救済を等しくするには、さしあたりこうし た手当てをすれば足りるともいえる。 もう一歩進めて、被害者が契約当事者であるか否 かを問わず法律構成を統一化しようとするなら、保 護義務の対象範囲を拡張する構成が考えられる。製 造物責任法制定以前における下級審裁判例には、売 主の保護義務に関連して、このような契約上の責任 は、『信義則上その目的物の使用、消費等が合理的 に予想される買主の家族や同居者』に対しても及ぶ と解したものがある 2 。保護義務の対象は必ずしも 契約の相手方にとどまらず、その性質・内容に照ら して契約上合理的に予見される範囲において第三者 にも及ぶという考え方であり、不動産賃貸借におけ る保護義務であれば、賃借人の家族・同居者さらに は賃借人の意思に基づく来訪者にも及ぶと解され る。この構成は本来の給付義務と区別して保護義務 のみを拡張するものであるため、実質的に契約の相 対効原則に反しておらす、むしろ保護義務の内容と 当事者の予見に合致するとみることもできよう 3 事例 Part. 1 ( 1 ) において A は B のみならず C ・ D に対 しても保護義務を負うとしても、あくまで損害賠償 責任を導くにとどまり、 C ・ D の賃料債務の負担あ るいは A に対する修繕義務の履行請求などが認めら れるわけではない点に留意を要する。 [ 3 ] 保護義務違反の間接被害者 事例 Part. 1 ( 2 ) においては ( 1 ) と異なり、甲建物の利 用に関係しない E までが本件賃貸借において予定さ れていたとはいえないであろうから、契約外責任の 問題として考えるべきことになる。そこで、不法行 為における間接被害者の法理を転用することが考え られる。すなわち、 B の休業期間中の賃金手当てに っき、 A が賠償すべき損害を E が代わって填補した と評価し得る場合、それが労働法または雇用契約上 の B に対する義務の履行として行われたか否かを問 わず、 E の A に対する求償を認めるべきであろう 4 法律構成としては、賠償者代位 5 ) ( 422 条 ) または弁 済による代位 6 ) ( 499 条 1 項 ) 、事務管理 7 ) ( 702 条 ) 、 不当利得 ( 703 条 ) などが考えられるが、事務管理 構成は A のためにする旨の E の管理意思の有無が問 題となろう 8 ) 。 E の営業上の損失については A 自身の不法行為責 任の有無が問われるが、判例は被害者と企業との間 に経済的一体性が認められる場合に限定して肯定す る 9 。間接被害者に対する不法行為を容易に認める と加害者の責任が合理的に予見可能な範囲を超えて 無限に拡大するおそれがある一方、雇用者としては 労働者の疾病や受傷による事業への影響を予め織り 込むべきであると考えられるからである。なお、加 害者に故意が認められる場合は企業に対する不法行 為が成立しようが、設例からそこまで汲み取るのは 困難であろう。 2 契約連鎖における不法行為責任の意義 〔事例で考えよう Pa 臧 .2 〕 ( 1 ) F は、建設業者 G との間で、自己所有の 土地上に本件建物を建設する旨の本件請負契 約を締結し、これに基づいて本件建物が完成 して引き渡された後に F はこれを H に売却し た ( 以下、「本件売買契約」という ) 。やがて、
かなくてもね。 林 Z の地位からですので、そこはあるという結論 を書けばいいですね。 亀井そうです。この修習生 P 2 と弁護士 L 2 の会 話の中で、「 X の会長の地位の確認以外に解任決議 は無効であることまで含めて訴えの利益が認められ ますかね」とか、そういう会話でもあれば、それを 論じてくださいということですが、それは会話にな いので、出題者の意図としては、そこはそんなに詳 しく書いてもらわないといけないとは考えていない かもしれません。 林あるとしたら、被告としてというところですか。 被告適格の問題が直ちに決まらないから、そこにこ だわると、なぜ被告適格が X にあるのかということ は論じなければいけないのかもしれません。利害関 係の対立がある B ではなくてというような。 亀井そうですが、そこまで難しい問題に立ち入る 必要があるのかどうか、私もよくわからないです。 林〔設問 2 〕は、丁寧に書こうと思えば、書かな ければいけないポイントがたくさんありますよね。 亀井えん。 では、〔設問 3 〕にまいりましようか。〔設問 3 〕 はこの補助参加の関係も難しそうだと思いました。 引〔設問 3 〕の解説と検討 [ 1 ] 解説 林〔設問 3 〕は、第 2 訴訟を担当する裁判官 J と 修習生 P 3 の会話をもとに、 X によって「第 1 訴訟」 の本来的な被告とされた Y と、二次的な被告とされ た Z との間における「第 2 訴訟」に対する前訴判決 の効力に関する設問です。ここでは前訴判決の存在 にもかかわらず、第 2 訴訟において本件不動産の帰 属について、あらためて審理・判断できるかどうか を検討することが求められています。具体的には下 線部① ~ ③において示されている点に沿って検討す るということになります。 ます下線部①については、前訴判決のうち、第 1 訴訟における総有権確認請求を認容した判決の既判 力、すなわち本件不動産が x の構成員の総有に属す る旨の判断について生ずる既判力が及ぶのは、 X と Y および X と Z との間に提起される後訴請求につい てです。そこで、共同訴訟人とされた Z と Y との間 での第 2 訴訟について、 X と Y との間で X の総有権 特集司法試験問題の検討 2016 を確認する第 1 訴訟の既判力が及ぶかどうかを検討 することになります。そこでは J の発言にもあるよ うに、平成 6 年判決を参照することが指示されてい ます。 まず平成 6 年判決の内容を確認しておきますと、 同判決は、権利能力なき社団である入会管理団体に 対して、当該団体の構成員全員に帰属する入会権確 認の訴えの原告適格を認め、当該団体が受けた判決 の既判力が団体の構成員に及ぶことを述べるもので す。同判決の事案では、構成員全員一致の議決によ る団体への授権があったので、総有目的物の処分は すべての構成員が全員一致して行わなければ効力を 生じないという、実体法上の管理処分権の共同行使 という建前をなお維持するものでした。 そこでは、【事例】のように、規約上、全員一致 の原則を緩和した一定の多数決によって、総有目的 物の処分に相当する団体への提訴授権を与える場合 においても、平成 6 年判決の射程が及ぶかどうかと いうことを考えることになります。同判決は、伝統 的な入会権に基づく入会管理団体について、総会の 多数による議決に基づく団体の提訴の可能性を認め ています。全員一致によらない処分授権の議決は、 団体の提訴困難を緩和することを狙いとしていまし て、このことは団体の財産の処分と同様の効果をも たらし得る訴訟の結果について、提訴に反対する者 を拘東することを意味しています。 確かに、〔設問 1 〕でみたように、構成員の一部 の者が原告となって、提訴に反対する者を被告とし て訴訟提起した場合には、原告となった構成員と被 告とされた構成員との間には利害関係の対立があり ます。ですから、原告が被告の請求を訴訟担当者と して訴訟上行使して、既判力を及ばすという法的構 成をとるには困難を伴います。それゆえ、団体が提 訴した場合であっても、提訴に反対する議決権を行 使した構成員に対しては、その者の意思が団体の代 表者による訴訟追行に十分反映されるなど、手続保 障が十分に与えられないかぎり判決効も及ばないと する考え方もあり得ます。 しかし、団体が重要な財産の処分に必要な総会の 承認決議を得て、訴訟追行資格を得ている場合には、 その法的構成を構成員から団体への規約による授権 を基礎とする任意的訴訟担当と解すれば、民訴法 115 条 1 項 2 号により、構成員全員に対して既判カ 075
067 ることになってしまいます。 そこで、提訴に反対する者を本来の被告に加えて、 二次的な被告として訴訟を提起するという対応策が 考えられます。この場合において、共有者間におけ る訴訟共同の必要を満たすかどうか、あるいは〔設 問 3 〕の論点とも関連しますが、被告側の共同訴訟 人間においても、合一確定の保障が図られるといえ るかどうかが問題となります。ここでは前者の点に ついてのみ検討したいと思います。 固有必要的共同訴訟において提訴反対者を二次的 な被告に据えるという方法は、管理処分権が帰属す る共有者の間での一致した訴訟行動を求める、訴訟 共同の必要に反するかにみえます。しかし、共有者 や共同相続人の内部間において共有権や遺産の帰属 性に争いがあって、これらを対内的に確認する訴え が提起された場合を想定しますと、共有者や共同相 続人全員が共同訴訟人として片方の側に揃っている ということは貫徹されていません。この場合には、 共有者や共同相続人の全員が原告または被告として 訴訟に関与していれば、実体法上の管理処分権を基 礎として、当事者適格を有する者の全員が積極的ま たは消極的に訴訟に関与したことになり、さらに共 有者らの間において共有権等について合ーに確定す ることができます。また、訴訟共同の必要を満たし ていなくても、最終的に合一確定が保障されていれ ば十分であるという見方もあります。 したがって、訴えの提起に反対する者を二次的な 被告とすることで、全員の訴訟関与のもとで、総有 権の帰属をめぐる紛争において、その主張に基づく 手続保障を与えつつ、その帰属について共有者間で 合ーに確定するという固有必要的共同訴訟の狙いを 実現することができます。 次に第 3 点目についてです。さらなる検討課題と して、訴訟係属後に新たに構成員となる者が現れた 場合の訴訟上の問題点についてまとめよというもの です。「訴訟上の問題点」が何を指すかというのは 多義的ではありますが、差し当たり、以下の点を指 摘することができるように思われます。 すなわち、仮にこの者の手続関与がないまま行わ れた訴訟の結果がこの者を拘束するとしますと、 の者に対する手続保障を欠き、構成員の全員一致原 則に反する結果となります。その一方で、訴訟の結 果がこの者を拘東しないとすれば、構成員全員に総 特集司法試験問題の検討 201 法性が問題となります。主観的追加的併合について して弁論の併合を義務づける主観的追加的併合の適 は、この者を被告として訴訟を提起し、裁判所に対 これに対して、この者が提訴に同調しない場合に められます。 加の方法によって事後的に訴訟に関与することが認 されます。ですから、新たな構成員が、共同訴訟参 当事者として訴訟に関与していればその瑕疵は治癒 足していればよく、口頭弁論終結時において全員が 格は本案判決要件として口頭弁論終結時において充 な訴えとして却下を免れません。しかし、当事者適 の一部が欠けている場合、当事者適格を欠く不適法 同訴訟として提起すべき訴訟において、共同訴訟人 に参加することができます。確かに、固有必要的共 が働くことから、共同訴訟参加の方法によって訴訟 調する場合には、この者についても合一確定の要請 方法について検討します。ます、この者が提訴に同 次に、新たな構成員を事後的に訴訟に関与させる す。 て判決効を及ばすという方法はとり得ないといえま 行われる必要がある以上、選定当事者の方法によっ は、追加的選定が訴訟外の第三者によって自発的に これに対して、この者が提訴に同調しない場合に ことができます。 の帰属について合ーに確定するという要請を満たす の者にも既判力が及ぶ結果、構成員全体の間で財産 とが認められ、民訴法 115 条 1 項 2 号によって、こ ですので、訴訟係属中において追加的選定をするこ 既存の当事者と共同の利益を有すると解されます。 の者は、 X 団体の財産の帰属をめぐる争いについて、 めの請求を追加するという方法が考えられます。 選定して、自らの訴訟追行権を付与し、この者のた に同調している場合には、この者は既存の当事者を すという前者の方法についてですが、この者が提訴 まず、判決の効力を新たに構成員となる者に及ば に分けて論じることが求められています。 この者が提訴に同調している場合とそうでない場合 なります。その際には、それぞれの方法について、 手続に事後的に関与させる方法」を検討することに すことで合一確定を図る方法」と、「この者を訴訟 そこで「新たな構成員に対して判決の効力を及ほ いう目的を達成することができないという点です。 有的に帰属する財産を対外的に、合ーに確定すると
076 が及び、反対者をも拘東するということができると いうことができます。 思います。このように解しないと、団体を相手に したがって、第 1 訴訟の訴訟物は、第 2 訴訟にお ける訴訟物の先決的関係にあるということができま 団体の財産の帰属をめぐる争いについて、終局的に す。そうだとすると、裁判所は第 1 訴訟における確 紛争が解決したとする相手方の期待が損なわれるた 定判決の主文の判断に拘東され、第 2 訴訟の被告で めです。 【事例】によると、 x は、規約による総会決議の ある Z もまた、自ら請求を定立しているわけではあ りませんが、第 1 訴訟において認められなかった主 3 分の 2 以上の賛成により重要財産の処分授権を得 張をもとに X の請求に対して防御することが許され て、当事者となる権限を与えられています。したが なくなると考えられます。 って、提訴に反対している構成員 Z に対しても、決 次に、 Y と Z の主張の対立点についてですが、 Z 議の拘東カに起因する紛争解決結果を及ばすことが の主張は、自己が買受人であったことにより、債務 正当化されると考えられます。よって、 Z の Y に対 する総有権確認請求が定立されたということを擬制 不履行時においても Z が所有権者であったとするも のです。この主張は、基準時前において権利関係が するまでもなく、 X が構成員全員の訴訟担当者とし 存在していたとの主張をするものであって、既判カ て訴訟追行していたと解することにより、被担当者 が基準時における権利関係の存否を確定し、基準時 である Z に対しても、 X と Y との間の請求を認容し た前訴判決の既判力が及ぶと解することができると より前の権利関係を確定するものではないことか ら、既判力の消極的作用に反することなく、このよ 思われます。 次に下線部②については、前訴判決のうち、 X の うな主張はできるかに見えます。 しかし、 Z が本件不動産を自ら買い受けたという 構成員の総有権確認請求を認容した部分の既判カ 主張と、その後の債務不履行があったとされた時点 は、その基準時である第 1 訴訟の口頭弁論終結時に においても所有者であったという Z の主張は、本件 おいて、本件不動産が X の構成員全員に総有的に帰 不動産を買い受けたのが X であったこと、そして、 属するという判断に生じます。下線部①について検 その後も X が総有権を喪失したとの事由が認められ 寸したように、前訴判決の既判力が X と Y および X なかったことから、基準時において、なお総有権が と Z との間だけでなく、 Y と Z との後訴にも及ぶと あるものと認められた第 1 訴訟確定判決の主文の判 しますと、 Z もまた Y との間の後訴において、前訴 断に矛盾・抵触するものであるといえます。 確定判決の基準時において本件不動産が X の構成員 以上のように、第 2 訴訟における Z の主張は、 X 全員に総有的に帰属するという、前訴判決の主文の の総有権確認を求めた第 1 訴訟とは訴訟物が異なり 判断に矛盾する主張を許されなくなります。 ます。しかし、先決関係にあり既判力が作用する場 そこで下線部②では、前訴判決の既判力が作用す 面において、第 1 訴訟の判決の基準時における X へ るかどうかを判断するにあたり、第 1 訴訟と第 2 訴 の総有的帰属に矛盾する自己の単独所有を理由とし 訟の訴訟物がいかなる関係に立つか、そして Y と Z て、 Y の請求に対して防御するものでありますので、 の主張の対立が第 1 訴訟の基準時における判断との 前訴確定判決の既判力によって遮断される基準時前 関係でいかなる意味をもつかという点からの検討が の事情を蒸し返しているにすぎないということがで 求められています。 きます。 まず、第 1 訴訟と第 2 訴訟の訴訟物の関係につい よって、 Z の主張は、第 1 訴訟確定判決の既判カ て、第 1 訴訟は本件不動産の X の総有権、そして第 によって認めらないという説明が可能になると思い 2 訴訟は z の債務不履行に基づく損害賠償請求権で あり、訴訟の対象となる権利関係が異なるため、訴 ます。 最後に下線部③についてです。下線部③は、既判 訟物は異なります。もっとも、第 2 訴訟は、基準時 力に基づく以外の説明によって Y の主張を根拠づけ において本件不動産が X の構成員に総有的に帰属す ることができるかを検討することが求められていま ること、すなわち一物一権主義を媒介とすると、 Z す。その際には、このような拘東カを認めるにあた の単独所有権が認められないことを請求原因の一部 り、 Y が第 1 訴訟においてなすべきだったことにつ として、後訴請求の訴訟物を設定するものであると 一三ロ
068 は、明文規定がなく、訴訟遅延のおそれや濫用的な してはよいのかなという感じが私はしました。とい うのは、設問文も、こういう場合の対応策について 提訴の可能性があるなどの理由によって、認められ 検討せよというものですので、その場合の民事訴訟 ないという考え方があります。 しかし、【事例】では新たな構成員が加わったと 法上の問題点を併せて検討せよというところまでの 設問の意図でもないかなと思ったので、そのように ころで、構成員の変動が団体の存続に影響を与えな 感じました。内容に疑問はありません。 いという団体の性質上、訴訟追行のうえで特に支障 第 3 点目については、後者の「この者を訴訟手続 はないといえますので、訴訟遅延のおそれは考えら に事後的に関与させる方法」については、同調する れません。また、訴訟係属中に新たな構成員が増え 場合は共同訴訟参加ー原告側で共同訴訟参加する たことを理由とする当事者および請求の追加である ので、軽率な提訴や濫用的な提訴を助長するという 場合と被告側で共同訴訟参加する場合というのが、 その新しい当事者の意向によってあり得るかと思い 懸念も当たりません。そして、従来の訴訟資料を有 ます。そして、その者が訴訟に参加しない場合に、 効活用できるという積極的な理由も認められますの で、【事例】において主観的追加的併合は適法であ 訴訟に引き込むということで主観的追加的併合とい う問題があるなと思います。 ると解されます 差し当たり、〔設問 1 〕については以上となります。 私も、共同訴訟参加、あるいは訴訟への引き込み ということをしないと、固有必要的共同訴訟という [ 2 ] 検討 ことからすると問題が出てくるので、そういう方法 亀井まず、第 1 点目については、合一確定の必要 をとる必要があるということを第 3 点目では論じる 性の説明ですので、どのくらいまで詳しく書くかは 必要がある問題だと思いました。 しかし、林さんが先ほどおっしやった前者の「新 ともかくとして、こういう説明カ坏可欠であるとい たな構成員に対して判決の効力を及ばすことで合一 うことで、私もほかにはコメントはありません。 確定を図る方法」については、私が考えたときに抜 第 2 点目については、先ほどおっしやった「本来 け落ちていました。そのままその者が参加していな 的被告」「二次的被告」という言い方は、わりとさ い場合に判決の効力を及ばす方法ということで、そ れているのですね。 のような方法があるのだなということで聞きまし 林そうですね。 た。選定当事者ということですね。 亀井被告に加えるということがポイントだと思う 林そうですね。どこまでできるかという問題があ のですが、同調しない者がいる場合は、その者を被 告に加えて訴訟を提起することによって、合一確定 ると思いますが。 亀井非常に難しい問題ですが。選定当事者という の保障が図れるということですね。これはこの問題 のは、先生ももちろんご承知だと思いますが、日本 の答えとしては不可欠なもので、これが答えられな の民事訴訟でそのような利用をされたこと自体が全 いと、ここの点は無くなる部分があるので、これは く無いということで、勉強するときも選定当事者は きちんとした知識としてもっていないといけません 飛ばしてよいと考えています。そういうことなので、 し、それで全く異論はないです。 こまでのことを論じる人はいないのではないかと しかし、林さんの説明の後半部分の、それで問題 がないかどうかということについて、それほど掘り 思いました。 試験答案としては、これにべつに触れなくても、 下げて論述をしなければいけないのか。説明で、そ 新たな構成員があったときに、その者を関与させな ういう方法で訴訟行為を原告と被告に分かれて、積 いままで判決の効力を及ばすことの問題点と、合一 極的な方向の訴訟行為をする者がいたり、消極的な 確定の要請という事柄は、総有権確認の場合は必要 方向に訴訟行為をする者がいる、そのように原告と なので、とにかく訴訟に参加させる方法を講じる必 被告とに分かれることで問題はないのかという、固 有必要的共同訴訟に全般的に共通の問題をここで論 要がある、というところがポイントだと思いますの で、そこをきちんと論じればよいのだろうと思いま じていただいていると思います。それはそれで問題 がないということを簡潔に触れれば、設問の答えと す。 0 一三
いても言及することが求められています。 そのほかの構成として、 Y と Z との間で参加的効 力が生じているという指摘ができると思われます。 すなわち、本件不動産が X の構成員に総有的に帰属 することが認められて、第 1 訴訟において Y が敗訴 すると、 Z は、抵当権設定契約当時、本件不動産に ついて所有権を有していなかったという理由によっ て、 Y により債務不履行責任を追及される関係にあ るという、法律上の利害関係があるということがで きます。このことから、本件不動産の帰属について、 X の構成員全員の総有でないとして争うことについ て、 Z と Y とは利害関係が共通しており、 Z は Y と の間で敗訴責任を分担する関係にあると言えます。 そこで、第 1 訴訟の係属中において、 Y は Z に訴 訟告知をしておくことで、 Z に対して参加的効力を 及ばすことができると解されます。これによって、 Z が Y に補助参加するかどうかにかかわらず、 Z に 対して、第 1 訴訟の基準時において本件不動産が X の総有権に帰属しないという主張をすることができ なくなります。 しかしながら、 Y は第 1 訴訟の係属中に Z に対し て訴訟告知をすることができたにもかかわらずそれ をしなかったという反論が Z からなされることが予 想されます。そこで、訴訟告知によるのではなくて、 Z が Y に対しても当然の補助参加をしていたとする ことによって、参加的効力が生ずるという主張をす ることも考えられます。 確かに、補助参加の申し出がない当然の補助参加 の理論は、明確な基準を欠くことから、消極的に解 するという見解があります。しかし、 Z もまた第 1 訴訟の被告とされており、自己の単独所有が否定さ れると Y から追奪請求をされることが十分に予想さ れる地位にあるといえますので、 こでは当然の補 助参加が認められることに支障はないということも できると思われます。 以上のように解しますと、前訴判決の既判カまた は参加的効力により、第 2 訴訟において、本件不動 産の帰属について改めて審理・判断することはでき ないという結論に達することができるのではないか 亀井いずれも説明が難しい問題ですね。私もけっ [ 2 ] 検討 と思われます。 077 鼈集↓司法試験問題の検討 2016 こう難しいなと思って考えました。①も②も③もそ うですね。 まず下線部①ですが、これは X の Y に対する総有 権確認請求と X の Z に対する総有権確認請求の両方 が訴訟の主題だったのですよね。頭がこんがらがり そうな感じですが、 X の Z に対する請求が認容され たという部分については X ・ Z 間で既判力が生じる ということで、 Y は関係ないという議論になりそう ですよね。 林そうです。 亀井 Y が Z に対して第 2 訴訟で提訴しているわけ ですから、 Z と Y との間では何ら既判力は生じてい ないという議論になりそうだというところが出発点 ですよね。 Z が蒸し返しできないのは X に対してだ けだという議論になりそうで、 Y に対して、 Y との 後訴において Z が蒸し返しをするのは自由になるで はないかという議論になりそうです。つまり、それ を本件において援用することが適切かということで すよね。 Z の既判力を Y が援用してよいのかという 林 X の Y に対する総有権確認の部分ですよね。で すから、 X が勝訴した部分の中には Z の立場も決ま ってくるのではないか、と。 亀井そういう議論ですよね。ですから、 X の Y に 対する訴訟で X が勝訴したと、総有権が認められた という X ・ Y 間の訴訟の X 勝訴によって生じる既判 力が Z にも及ぶという議論ですね。 林はい、そうです。 Z ・ Y 間の訴訟でも基準時の 判断に拘東されるという話です。 亀井 X は勝訴したわけですよね。 X に総有権があ るのだということに、 X の構成員である Z も拘東す るのだということですよね。 Z は提訴には反対の立 場ですよね。 Z は自分の物だと言っているわけです から、そうですね。 X に総有権があるのだというこ とが、 X の構成員である Z にも及ぶのだと。それは X ・ Y 間の訴訟で、 X が勝ったということの拘東カ なのだという理論ですか。 林はい。 X ・ Z にそもそも総有権確認の訴えを立 てている意味がどこにあるのかという別の問題が出 てきそうな気がします。いちおう内部関係ですし、 争いがあるので、それはできるとは思うのですが、 本来、 X ・ Y 間の訴訟の中に Z の地位も含まれてい るので、 X ・ Z の請求はおそらく要らないのでしょ
070 められるのかどうかの議論があった時代になされて いた議論かなと私は理解しています。 林平成 6 年判決 ( 最三小判平 6 ・ 5 ・ 31 民集 48 巻 4 号 1065 頁 ) が 1 つの転換点だったわけですね。それ ができたので、平成 8 年の立法改正でも、あまり議 論としては活発にならないのではないかと考えられ たのでしようね。 亀井そうですね。 林あと、亀井さんが途中でおっしやったところで すが、この設問に「その者が B に同調する場合とし ない場合」とありまして、同調しない場合について は Z のほうに共同訴訟参加をする場合があるとおっ しゃいましたが、本問でそれを書く必要はあるでし よう力、。 亀井 Z に同調する場合に、被告である Z 側に共同 訴訟参加するというのは、もちろんあり得ますよね。 林あります。本問では「その者が B に同調する場 合としない場合」といっていますので、どこまで書 く必要があるのかということなのですが。 亀井どこまで書くかですよね。この設問自体は、 主体を限定して、訴訟を起こした B としてどうすれ ばいいのかということを書けとまでは指定していな いです。「訴訟上の問題点について、まとめてくだ さい」とある。たしかに、修習生 P 1 と会話してい る弁護士 L 1 は、 B から依頼を受けた弁護士ですの で、 B 側、すなわち原告側として、どういうことを とり得るのかという視点での問題かもしれません。 ですから、 B に同調しない者が Z 側に共同訴訟参加 するということまでは考える必要があるのかという のはありますね。 同調しない場合には、被告側に共同訴訟参加すれ ばそれで当事者になるので、それなら別にそれ以上、 原告側としてはやることもないだろうと思います。 それで、もし同調しないけれども Z にも共同訴訟参 加しないというような場合には、その者を被告にす る方策を考えなければいけないという順番になるで しようか。 林答案の構成としては、いまおっしやったような 流れで書くということですか。 亀井そうかもしれませんね。しかし、そこまでし っかりと詰めて書く人がどれぐらいいるかはわかり ません。 私も、いま林さんから質問を受けながら、そうな るかなと考えて、初めて考えを整理できた感じなの で、 1 人で答案を考えながらそんなことが全部でき るかどうかといえば、何とも言えないです。 林あとは、反対する者がいた場合の対応策につい て、被告に回す以外の可能性も学説上はそれなりに 有力に主張されてきているところがあります。実体 法上の解釈として、提訴請求権があるとか。 亀井第 2 点目のところですか。私はこういう議論 は全く知りませんでした。 林最ー小判平成 20 年 7 月 17 日 ( 民集 62 巻 7 号 1994 頁 ) の解説でも目にする機会はありますが、 う視点で書いてきた人がどれほど答案において評価 を受けるのかというのはわからないですが。 亀井提訴協力請求権という構成ですね。そうする と、別に提訴請求訴訟を起こすということですか。 林そのようですね。 亀井提訴協力をするという意思表示をせよという 訴訟を起こすということですね。 林はい。それをすることによって、原告の地位に なることが擬制されるという構成です。 亀井間違った議論ではないと思いますが、実務家 の視点からすると、そのように面倒くさい訴訟を別 にすることはまず考えないという感じがします。ほ かに方策がなければ考慮するしかないと思うのです が。被告に加えるということで、実際問題としての 訴訟追行上の問題はない。 要するに原告側と被告側に分かれることの問題点 がどうなのかということですので、それが特に問題 なくて、被告側に加えるということで、判例・通説 上も認められているので、それで答案の解答として は十分だと思います。 林問題となり得るとしたら、登記請求の場合です よね。被告に回ったときに、本来的被告とともに登 記の移転義務などを負うことはありませんので、そ のときに被告側に回すと支障が出るのではないかと いう議論と結びつきます。ただ、本問では「登記請 求については考えることをせす」とありますので、 そこは論じなくてよいということでしようね。 亀井登記請求をするときには、社団なり全構成員 が原告になって、登記は B に移転をせよという請求 の趣旨ですよね。 B に移転登記をせよという訴えを 社団なり全当事者が起こすということでよかったで すか。 B も原告にならないといけなくなかったです
026 対禁止の領域に入っているのではないかという論点 をどこカ咐け加えないと、付添人としてはやりにく いのではないかということですね。 [ 4 ] 個人の尊厳 西村今おっしやった個人の尊厳という話と関連す るのですが、この法律を見たときの素朴な感想を述 べると、「性的衝動に対する抑制が適正に機能しに くい」という理由で特定の類型の人たちを警察の監 視下に置くというのは、やや大げさに言うと近代法 の原理に反するように感じられたんですね。つまり、 自由な意思があるから責任も負うというのが近代社 会が前提としているフィクションだとすると、特定 の性犯罪者には自由意思がないと言っている本問の 法律は、そのようなフィクションから逸脱している ようにも思われます。 そうすると、そもそもどうしてそういう人たちに 刑罰を科すことができたのかというのも少々疑問な のですが、それはともかくとしても、市民社会の中 の特定の類型の人たちを「管理」の対象としていわ ば「動物」扱いしているという点に根本的な違和感 がありました。そして実は、そういう問題意識を掬 い取ってくれるのは 14 条かなということで、冒頭で 14 条についてお伺いしてみたというわけなんです。 木村それはあり得る考え方だと思います。まず、 普通に、憲法 14 条 1 項を使うと、「この区別に合理 的な理由があるのか」という問題を設定することに なります。ここで、単に、「継続的監視をされる者 とそれ以外の者」の区別を問題にすると、おっしゃ るような問題意識を反映できません。動物扱いと近 代法という問題意識を反映させるには、「動物扱い される者とそれ以外の者」の区別が問題なのだ、と 議論を組み立て、特定の者の個人の尊厳を否定する じる方法もあり得ると思います。その他にも、身体 は後段の「差別されない」権利の問題なのだ、と論 また、憲法 14 条 1 項の前段と後段を区別し、これ 論すればよいのではないでしようか ことには、到底、正当な目的を構成できない、と議 問題を議論する方法もあるでしよう。 いか ( 憲法 13 条前段 ) といった構成で、動物扱いの 「個人の尊重」理念に根本から反しているのではな を直接侵襲する残虐な刑罰 ( 憲法 36 条 ) ではないか、 3 全体としての評価 木村こんなところでしようか。私の意見としては、 いまの検討からもわかるように、付添人の側からは 違憲主張がなかなかしにくい問題だったと思いま す。これを立法事実として前提にしてよいとまで問 題文が言っているので、付添人からの組み立ては非 常に難しかった。そういう意味では、適切な出題で あったかが問われるべき問題だったと思います。 それから、この手の性犯罪の問題は、もちろん実 務に出ればこういう問題にぶち当たることもあるの ですが、これを試験問題で解かせるのは、例えば女 性の受験生に対しては一定のセクハラとして機能す るおそれがあるので、そういう観点からも今年の出 題については疑問が多いということは指摘せざるを 得ないのかと思います。 西村さんからはいかがでしようか。 西村問題の難易度という観点からすると、昨年の 問題は、問題自体はそれほど難しくなかったように 思うのですが、ただ誘導部分に混乱を招くところが あってかえって難しくなったということがありまし た。それに対して今年の問題は、法令違憲のみを問 題にすればよく、しかも最初に木村さんがおっしゃ ったように、適正手続 ( 31 条 ) や二重処罰の禁止 ( 39 条 ) という本来問題となるべき論点も論じなくてよ いとされているので、答案を構成するうえでは迷う 必要がそれほどなかったのではないかという意味で は、受験生に優しい問題だったのではないかという のが私の率直な感想です。 答案構成で迷う必要がないということは、純粋に 内容で勝負ができるということなので、実力をきち んと測ることができるという意味では、それなりに 適切な出題であったという感想もあり得ると思いま す。これまでの司法試験の問題だと、悪い意味で実 カ差があまり出せないところがあったと思うので、 もちろん出題が適切かどうかについては木村さんが おっしやるようにいろいろな意見があり得ると思う のですが、難易度としてはこれぐらいの内容でこれ からもやっていただけるとよいのではないかと思い ます。 木村問われる実力差というのはどこになるのでし ようね。判例知識で差がつくという感じでもなさそ うですし、答案構成、つまり答案の目次立てという
004 LAW" . J( 、 A しロー・ジャーナル 本でも現地音を尊重して修正するべきであろう。 議会では全体的に、座っている議員は発言者の方 を向いて話を聞き、発言者は自分の言葉で話をしよ うとしているように思われた。傍聴人も真剣な表情 で討論に聞き入っている。熟議民主主義の一端を見 た思いがした。 3 首相官邸 首相官邸 (Office of the prime Minister) は通常の 観光地図に載っていない。載っているのは、首相が 家族とともに住む「首相公邸」 (Prime Minister's Residence) である。 官邸は、連邦議会前のウェリントン通りを挟んだ 反対の南側の建物にある。首相はここを執務拠点に しているという。ホワイトハウス (White House) として著名なアメリカ大統領の執務・居住スペース は大統領官邸兼公邸であり、イギリス首相官邸 ( 10 Downing Street) も同様だが、カナダでは首相の官 邸と公邸を分け、離れた場所に設置している。 私の質問に応じてくれた政府職員は、首相は夜、 公邸で家族とともに過ごし、昼は官邸あるいは連邦 議会の建物内で仕事をすると話した。 「 1867 年憲法法律」は首相および内閣について規 定していない。ただし、同法は「枢密院」 (Privy council) について定めている 17 。内閣は枢密院から 派生し、首相および大臣はすべて枢密院の構成員で あるので、枢密院の名のもとに行為する。カナダで は議院内閣制 ( 責任政治 ) を採っており、庶民院選 挙の多数党の党首が内閣を主宰する首相に就く。通 常、首相は庶民院議員であることが求められる。議 員でなくても首相になることは可能だが、直ちに議 席を得る必要がある。かって首相は「同輩中の筆頭 (first among equals) 」と称されたが、近年はより強 力な権限を行使するようになっている 首相公邸は、官邸や議会から北約 2 キロのオタワ 川沿いにある。観光地図には掲載されているものの、 住宅街の外れにあり、木立の隙間から瀟洒な建物が 見えるにすぎない。大きな通り沿いに塀をめぐらし、 所どころ監視カメラが設置されている。 2 か所の門 には警備員が目を光らす。もちろん中には入れない。 しかし、市民の関心は高く、オタワ川巡りの船では 公邸に向かって盛んにシャッターを切っていた。 首相公邸近くの住宅街にカナダ総督 (Governor 18 ) GeneraI of Canada) の公邸がある。リドー・ホール (RideauHall) の名前で親しまれ、公邸そのものは 原則非公開 ( 見学可能な場合もある ) だが、広大な 敷地の大半は公園として開放されている カナダの元首は、カナダの国王つまり連合王国の 国王であり、現在はエリザベス 2 世である。女王は カナダ総督を任命し、その統治に関する権限を総督 に委ねている。もっとも、総督任命は、常にカナダ 首相の助言に基づいて行われるから、女王に裁量は なし、圸 公邸の職員の話では、現在のジョンストノ 、 21) (Johnston) 総督は、夫人と 2 人で公邸に住んでい るという。私が訪れたとき、総督は不在だった。そ のためか、数か所ある一般出入り口には警備員など 職員は見当たらず、傘を手にした職員が公園内を 1 人で巡回しているぐらい。公邸の建物前でも、サン グラスをかけた職員らしき人が 1 人で、「こちらに は近づいてはいけない」と声をかけているだけだっ た。公園では、よく手入れされた芝の色が美しく、 カナダを代表するカエデの木々が風にそよいでいた。 結ひに代えて 駆け足で回った割には、カナダの統治機構を概観 することができた。もちろん、うわべだけではある が、その特徴として、上訴許可の手続を前提に憲法 問題をはじめとする重要事件に対して意欲的に取り 組もうとしている最高裁、品格を保った討論によっ て多様な意見を反映させようとしている連邦議会、 強力な権限をもとにリーダーシップを発揮しようと している首相、一などが浮かび上がる。とりわけ、 最高裁には、憲法問題について政府の求めに応じて 勧告意見 22 ) (reference) を出す制度があり、重要な 役割を演じている。 また、立憲君主制の国家として女王 ( その代理の 総督 ) を戴き、イギリス連邦の国家としてイギリス 型の議院内閣制をとり、広さ世界 2 位の国家として 連邦主義に立脚するといった点にも関心が深まった。 さまざまな点で日本と異なるカナダだからこそ、 学ぶべきところがあるように思う。 1 ) イギリス連邦 (CommonweaIth of Nations) を構成 する連邦制の立憲君主国。先進 7 か国 (G7) メンバー 面積約 1000 万平方 k ⅲ。 10 州、 3 準州で構成する。 1980 年 代初めに約 2500 万人だった人口は右肩上がりで増加し現 19 )