行為 - みる会図書館


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1. 法学セミナー 2016年9月号

124 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 各譲渡契約締結の時点において、 X らに対するあ っせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われる と認識していたことを少なくとも容易に知ること ができたにもかかわらず、 X らに対し、上記一般 消滅時効が適用されることになる・・・・・・」。さらに、 あるから、これには民法 724 条前段所定の 3 年の 損害賠償請求権は不法行為により発生したもので このように解すると、上記のような場合の 契約に基づくものであるということにならない といって、その義務が当然にその後に締結された 律関係を規律し、信義則上の義務が発生するから 結の準備段階においても、信義則が当事者間の法 。契約締 種の背理であるといわざるを得ない・ 債務というか付随義務というかにかかわらず、 務であるということは、それを契約上の本来的な 記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義 って生じた結果と位置付けられるのであって、上 後に締結された契約は、上記説明義務の違反によ の契約を締結するに至り、損害を被った場合には、 めに、相手方が本来であれば締結しなかったはず 「一方当事者が信義則上の説明義務に違反したた 65 巻 3 号 1405 頁 = 民法判百Ⅱ 4 事件 [ 角田美穗子 ] ) は、 害賠償請求の事案につき、最判平成 23 ・ 4 ・ 22 ( 民集 さらに、出資契約における説明義務違反に基づく損 ているといえようか 「機会」そのものが財産化してその喪失が問題とされ したこと」自体力賴害であり、より有利な契約をなす のような機会を喪失したこと、すなわち「当該契約を 得を取得する機会があったであろうが、ここでは、そ の意思決定をすることによって損失を回避したり、利 つまり、より適切な形で情報を提供されていれば、別 評価することが相当である。」 為は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と 財産的利益に関するものではあるが、 A の上記行 で本件各譲渡契約を締結するか否かの意思決定は である・・・・。そうすると、被上告人らが A との間 ったことは信義誠実の原則に著しく違反するもの ものというべきであって、 A が当該説明をしなか 渡契約を締結するか否かを決定する機会を奪った 価格の適否について十分に検討した上で本件各譲 ず、これにより X らが A の設定に係る分譲住宅の 公募を直ちにする意思がないことを全く説明せ 千葉勝美裁判官の補足意見は「本件のような説明 義務は , そもそも契約関係に入るか否かの判断を する際に問題になるものであり、契約締結前に限 ってその存否、違反の有無が問題になるものであ る。加えて、そのような説明義務の存否、内容、 程度等は、当事者の立場や状況、交渉の経緯等の 具体的な事情を前提にした上で、信義則により決 められるものであって、個別的、非類型的なもの であり、契約の付随義務として内容が一義的に明 らかになっているようなものではなく、通常の契 約上の義務とは異なる」 と言う。そもそも契約をすべきかどうかに関わる情報 提供や説明義務の履行は、「契約上の付随義務の前倒 し」と考えられる場面とは区別されるべきである、と いうことであろう。 ( 3 ) 錯誤・詐欺ど瀞提供義務違反 情報提供義務違反の効果は損害賠償に限られない。 誤情報を、そのまま契約内容へと取り込んで、契約を 成立させた上で、その強制的実現を図ることで相手方 の信頼に対する救済を図ることも不可能ではない。ま た、法律行為の効力問題として、端的に契約的拘東か らの解放をもたらすこともある。契約の成否に関わる 問題として、錯誤・詐欺と情報提供についても触れて 錯誤は、内心的効果意思 ( →「真意」 ) と表示の不一 致について自ら認識していない場合であり、原則とし て「動機の錯誤」は顧慮されないことは既に総則で学 んだとおりである。しかし、相手カ啾極的に誤った情 報を提供して、動機の錯誤に陥って意思表示をした場 合、相手方の行動が「欺罔行為」と評価される限り、 詐欺による取消しが認められよう ( 条 ) 。問題は、 他の情報から既に錯誤に陥っている者に対して相手方 カ醍供すべき情報を与えなかった場合 ( 不作為・不告知 ) である。この場合、当該情報提供義務違反が違法な欺 罔行為と同視されるときには、「不作為による詐欺」 又は「沈黙による詐欺」が成立する可能性がある。詐 欺における「故意」の要件に関しても、当該情報が表 意者にとって重要であることを相手方が認識しつつ、 当該情報を適切に告げなかった場合は、詐欺の故意が 推定できるとの指摘がある ( 横山美夏「契約締結過程に おける情報提供義務」ジュリスト 1094 号 135 頁 [ 1996 年 ] 、同

2. 法学セミナー 2016年9月号

140 法学セミナー 2016 / 09 / n0740 LAW CLASS に対する行動を見て、大声で騒ぐなり、あるいは、 近隣の家に飛び込んで救助を求めるとか、警察に急 報するなど、他にとりうる手段、方法があったこと が認められ、とりわけ、帰宅の際は、警察へ連絡す ることも容易であったのに、これらの措置に出るこ となく、銃を自宅から持ち出すに至り、しかも、銃 を携行して、前記 P 方付近へ来たときは、事態は平 静になっていたにも拘らず、 V の妻の腕を掴んで引 張るなどの暴行を加えたあげく、その叫び声を聞い てかけつけ、素手で立ち向かって来た V に対し、右 銃を発射するに及んでいること、これら事情に照ら すと、本件では、甲が猟銃を持ち出して発射するこ とを正当化すべき程の理由は、もともと存しなかっ たといわねばならない。 ・・・加えるに、甲が殺傷カ の極めて強力な 4 連発散弾銃を、これに散弾 4 発を 装填したうえ、予備散弾をも所持し、かっ、安全装 置をはずして携行したことを併せ考えると、甲の対 抗的攻撃意図は明らかであり、甲の本件所為は、 V の急迫不正の侵害に対する自己の権利防衛のために したものではなく、むしろ、 V らに対する対抗闘争 行為の一環としてなされてたものであ」るとして、 防衛の意思を否定した ( 名古屋高判昭 49 ・ 10 ・ 21 刑集 29 巻 10 号 1000 頁 ) 。 原審が防衛の意思を否定したのは、①甲が V らか ら因縁をつけられ、酒肴をおごることを強要された 上、目の前で友人 A に対して殴る蹴るの暴行を加え られたことから、激しい憎悪の念を抱いていたとい えること ( 要素①⑤ ) 、②素手で追いかけてきた V に対して ( 要素② ) 、 V が死亡するかもしれないと ことを認識しながら、あえて振り向きざまに、約 5 m に接近した V に向けて発砲し傷害を負わせたこと ( 要素③ ) 、③甲は一度自宅に帰っていることから、 警察に通報する等の手段をとる機会・時間は十分に あったにもかかわらず散弾銃を持って V らのところ に戻っていること ( 要素④ ) 、④散弾銃に実包 4 発 を装填しただけでなく、安全装置を外して直ちに発 砲できるように準備をしており、かっ、予備の実包 までも用意していたこと ( 要素③ ) などから、 V ら からの侵害を避けることを超えて、積極的な攻撃の 意思を有していることが推認されると判断したから であろう。 これに対し、最高裁は、「防衛の意思と攻撃の意 思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠 くものではない」とした上で、「原判決は、他人の 生命を救うために被告人が銃を持ち出すなどの行為 に出たものと認定しながら、侵害者に対する攻撃の 意思があったことを理由として、これを正当防衛の ための行為にあたらないと判断し、ひいては被告人 の本件行為を正当防衛のためのものにあたらないと 評価して、過剰防衛行為にあたるとした第 1 審判決 を破棄したものであって、刑法 36 条の解釈を誤った ものというべきである」と判示し、防衛の意思を肯 定して、現判決を破棄し原審に差し戻した ( 前掲・ 最判昭 50 ・ 11 ・ 28 ) 。 最高裁が防衛の意思を肯定したのは、原審が指摘 した事実は甲に攻撃の意思を有していることを推認 させるだけであって、防衛の意思がないこと、すな わち、専ら攻撃の意思であったことを示してはいな いと考えたからである。 たしかに、甲は、他の行為を選択することが可能 であったにもかかわらず、自宅に戻り散弾銃に実包 を装填し、安全装置を外してすぐに発砲できる状態 にしたばかりでなく、予備の実包までも用意してい た。しかし、それは、あくまでも V らから激しい暴 行を受けている友人 A を救出するための行動である から、攻撃の意思と防衛の意思の併存を示す事実と 捉えるべきである。 また、素手で追いかけてきた V に対して散弾銃を 発砲したことから防衛の意思を超えた積極的加害意 思があると推認することもできない。なぜなら、目 の前で生命の危険を生ずるような暴行を A に加えた V が「殺してやる」と言いながら追いかけられた際 も散弾銃をすぐに発砲せず「近寄るな」と叫びなが ら約 112m 逃げており、追いつかれそうになってや むなく発砲しているからである。 このように、【間題 1() 】の甲は、 V の侵害を排除 するためには明らかに必要のない過剰な結果を意図 的に与えたとか過剰な行為を意図的に開始したとは いえず、したがって、専ら攻撃に意思で反撃した場 合には当たらないので、防衛の意思が認められる。 もっとも、甲の行為は防衛の程度を超えたといえる ので正当防衛は成立しない。したがって、甲には殺 人未遂罪 ( 203 条・ 199 条 ) が成立し、過剰防衛の規 定 ( 36 条 2 項 ) が適用される。 ( おおっか・ひろし )

3. 法学セミナー 2016年9月号

059 高橋どちらかの極にある会社ではないイメージで 作問されているのかもしれません。最近は小規模閉 鎖会社でも本問の甲社のように海外展開をしますか ら、珍しくはないのかもしれませんね。ただ、任期 の話や持株比率の話に注目して言及することができ れば、別の視点をもっていることがプラスに評価さ れてもよいように思います。 引〔設問 2 〕 ( 1 ) の解説と検討 [ 1 ] 解説 松井それでは〔設問 2 〕に移ります。ここは解任 された取締役の会社に対する損害賠償請求というこ とで、会社法 339 条 2 項の「正当な理由」について の理解ができているのかが鍵です。 前提として、会社法 339 条は、株式会社は役員を いつでも株主総会の決議によって解任することがで きるとしています。そして 339 条第 2 項が、役員を 解任された者は、「その解任について正当な理由が ある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生 じた損害の賠償を請求することができる」ことを規 定しています。 この場合の A は、甲社に対し、解任について正当 な理由がない旨を主張して、損害賠償を請求するこ とになります。ここでいう「正当な理由」は、役員 等に職務執行上の不正行為・法令定款違反行為があ った場合や、心身の故障などにより客観的に職務遂 行に支障をきたすような状態になった場合を意味す るといわれています。 そこで、経営判断の失敗ないしは職務遂行能力の 欠如や役職に対する不適任が、正当な理由に当たる かどうかが問題になります。経営能力の有無と、役 員間もしくは株主間の対立を背景とした解任とを区 別することは困難ですから、正当な理由には含まな いものと考えるのが一般的です。 A は海外事業の失敗を理由に解任されています が、「事実 2 」によると事業の海外展開を行うため に必要かっ十分な調査を行い、その調査結果に基づ 特集」。司法試験問題の検討 2016 き、事業の海外展開を行うリスクも適切に評価し、 たかはし・まゆみ氏 て期待されるべきことなどが挙げられると思いま 解任こそが取締役に対する主たる責任追及手段とし が認められるのは稀であることからすれば、むしろ 採るならば、経営判断の失敗に対する任務懈怠責任 と思います。逆に正当事由に当たるという肯定説を 断基準と平仄を合わせるべきことが挙げられるのだ うことや、経営判断原則に基づく任務懈怠責任の判 酬等の喪失により取締役の経営判断が萎縮してしま いという否定説を採るならば、任期満了時までの報 一般には、経営判断の失敗は正当事由にあたらな ます。 しい欠如を推定させるようなケースでもないと思い たとはいえないでしようし、客観的な経営能力の著 善管注意義務違反に該当する経営判断の失敗があっ うとするのだろうと思いますが、本問の事案では、 ば、事実の評価から判断の理由のよりどころを探そ きるのでしようか。論拠を挙げることができなけれ る立場でも、その論拠をどれくらい挙げることがで の法的課題 ( 1 ) 」一橋法学 15 巻 2 号 ( 2016 年 ) がある。 53 巻 11 号 ( 2015 年 ) 、「営利法人形態による社会的企業 論の根拠と近年の展開」証券アナリストジャーナル 著、日本評論社 ) 、「議決権行使助言会社に対する規制 15 年 ) 、「インターネットコンメンタール会社法」 ( 共 て、「人間ドラマから会社法入門」 ( 共著、日本評論社、 演習 I 」「問題解決実践」などを担当。主要著作とし 高橋真弓 1972 年生まれ。専攻は商法、金融商品取引法。「企業法 由に当たらないと解する立場でも、当たらないとす 高橋受験生は、経営判断の失敗が解任の正当な理 [ 2 ] 検討 酬相当額の損害賠償が認められることになります。 め、在任中に得られたであろう残存任期 8 年分の報 せん。本件では退職慰労金についての事情はないた の報酬等が含まれることについては、争いはありま および任期満了時に得られたであろう役員等として この 339 条 2 項にいう「損害」に、任期満了まで、 償請求を行うことができます。 任は正当な理由を欠くので、 A は甲社に対し損害賠 ると認めることができます。そうであれば、 A の解 方針をめぐる取締役間の対立を背景とした解任であ 令定款違反行為を見出すことはできず、甲社の経営 す。よって、 A に特段の職務遂行上の不正行為・法 旨の議案を提出し、賛成多数により可決されていま 取締役会において事業拡大のために海外展開を行う

4. 法学セミナー 2016年9月号

130 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 めるべき項目に「勧誘対象となる者の知識、経験及び 損害賠償を求めたが、 X がおよそオプションの売 り取引を自己責任で行う適正を欠き、取引市場か 財産の状況に照らし配慮すべき事項」をあげるなど ( 同 ら排除されるべき者であったとはいえす、担当者 法 40 条も参照 ) 、事業活動において高齢者や知的障害者 が X に 3 回目、 4 回目のオプション取引を行わせ への配慮の必要を強調している ( 消費者基本法 2 条 2 項 た行為が適合性の原則から著しく逸脱するもので も参照 ) 。より一般的には、特定取引や特定商品につい あったということはできないとして、その不法行 て、資産状況や当事者の知的能力・経験などに照らし 為責任を認めた原判決を破棄し、原審差戻しとし て、取引への勧誘が制限されるべきであるとの考えが た。判決理由は、その際、一般論としてではある 注目される ( いわゆる狭義の「適合性原則」 ) 。特に投資取 が、適合性原則と民事責任を次のような表現で架 引における適合性原則の進展は著しい ( 詳しくは、王冷 橋している。 然・適生原則と私法龝 [ 信山社、 2010 年 ] 、川地宏行「投 「平成 4 年法律第 73 号による改正前の証券取引 資取引における適合性原則と損害賠償責任」法論 84 巻 1 号 法の施行されていた当時にあっては、適合性の原 [ 2011 年 ] なと滲照 ) 。金融商品取引法 40 条はこれを「金 則を定める明文の規定はなかったものの、大蔵省 融商品取引行為にについて、顧客の知識、経験、財産 証券局長通達や証券業協会の公正慣習規則等にお の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らし いて、これと同趣旨の原則が要請されていた て不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠 これらは、直接には、公法上の業務規制、 けること」のないよう業務を行わなければならないと 行政指導又は自主規制機関の定める自主規制とい いう表現で、公法上の規制原理を明文化している。適 う位置付けのものではあるが、証券会社の担当者 ・生原則の違反行為は、直ちに無効・取消といった私 が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な 法上の効果に結びつくものではないが、判例上、不法 危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性 行為責任を導くこともあることが肯定されている ( 最 の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をして 判平成 17 ・ 7 ・ 14 民集 59 巻 6 号 1323 印 * 。いまや事業者は、 これを行わせたときは、当該行為は不法行為法上 も違法となると解するのが相当である。 / そして、 自ら提供する商品をきちんと知って説明するだけでな 証券会社の担当者によるオプションの売り取引の く、顧客にとって何が必要か、適合的かに配慮するこ 勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していること とが求められているのである。この適合性原則の核心 を理由とする不法行為の成否に関し、顧客の適合 にある思想は、相手に対する利益顧慮義務であると同 性を判断するに当たっては、単にオプションの売 時に、「事業者が相手に一定の商品の推奨表明すると り取引という取引類型における一般的抽象的なリ きは、それだけの合理的根拠を有しているべきである」 スクのみを考慮するのではなく、当該オプション という、きわめて普遍的な行為規範である ( 具体的には、 の基礎商品が何か、当該オプションは上場商品と 王冷然「「合理的根拠適合性」とは何か ? 」市川兼三先生古稀・ されているかどうかなどの具体的な商品特性を踏 企業と法の現代的課題 [ 成文堂、 2014 ] 21 頁以下所収 ) 。さ まえて、これとの相関関係において、顧客の投資 もなければその者の言明や情報提供は、無責任な思い 経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の っきか、欺瞞的勧誘態度でしかない。今日では、事業 者要素を総合的に考慮する必要があるというべき 活動の基本的な行為規範として、「思想としての適合 である」。 性原則」の確立が求められる ( 河上「思想としての適合 判旨は、公法上の業務規制等であっても、「適 性原則とそのコロラリー」現代消費者法 28 号 4 頁 [ 2015 年 ] 合性原則から著しく逸脱した勧誘行為」は不法行 同「「適生原則』についての一考察」星野英一先生追悼・日 為法上も違法となることを明らかにした点で画期 本民法学の新たな時代 [ 有斐閣、 2015 年 ] 587 頁以下など ) 。 的であり、その際の考慮要素として、「顧客の意 向と実情に反し、明らかに過大な危険を伴う取引 【最判平成 17 ・ 7 ・ 14 と「適合性原則違反」】事 を勧誘する」ことを例示し、具体的に本件では、 案では、 X が、証券会社 Y に対して、 Y の従業員 「オプションの売り取引の勧誘」につき、具体的 らが X の計算で行った証券取引等には、過当取引、 商品特性を踏まえて、顧客の投資経験、証券取引 オプション取引についての適合性原則違反、説明 の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的 義務違反などの違法があるとし、不法行為による に考慮する必要があるとしたものである。しかし、

5. 法学セミナー 2016年9月号

134 法学セミナー 2016 / 09 / no. 740 応用刑法 I ー総論 CLASS [ 第 12 講 ] 正当防衛 ( 2 ) ー防衛の意思 明治大学教授 大塚裕史 傷を与えたが、 V の侵害を止めることができず、 甲は V にナイフで刺されて重傷を負った。甲の 罪責を論じなさい。 ◆学習のポイント◆ 1 判例実務が「防衛するため」の行為の要件 としてなせ防衛の意思を必要としているの 【間題 7 】において、甲は反撃行為に出たものの かを理解する。 防衛に失敗して防衛効果があがらなかった。そこで、 2 防衛の意思の内容に関する判例実務の考え 正当防衛が違法性を阻却されるのは反撃行為によっ 方を説明できるようにする。 て被侵害者の法益が保護される点に求める立場か 3 防衛の意思の認定の仕方、考慮要素、判断 方法などを理解し、具体的事例に適用でき ら、甲は V に傷害結果を発生させたものの自己の法 益を保護することができなかったので「防衛するた るようになることが重要である。 め」の行為とはいえず正当防衛は成立しないという 正当防衛とは、「急迫不正の侵害に対して、自己 見解も主張されている。 又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした しかし、たまたま防衛効果があがらなかったとい 行為」をいう ( 36 条 1 項 ) 。このうち、「自己又は他 う理由で正当防衛を否定すると、失敗することを恐 人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」 れて防衛行為に出ることを躊躇させることになり妥 を防衛行為という。防衛行為といえるためには、① 当でない。正当防衛が、自力救済禁止の原則の例外 である ( 縮小要因 ) としても、権利行為であること 「自己又は他人の権利を防衛するため」の行為であ を ( 拡大要因 ) 考えれば ( 拡大要因・縮小要因につい って、②「やむを得ずにした行為」でなければなら ては第 11 講田正当防衛論の本質参照 ) 、権利行為を委 ない。本講では、防衛行為に関するこの 2 つの問題 縮するような法解釈は適切ではない。石が V に当た のうち①の点を検討することにしたい。 り V に危害を加えることにより V の攻撃を阻止でき た場合に正当防衛が認められるのであれば、正当防 ー「防衛するため」の行為 衛の結果が発生する可能性のある行為であれば「防 衛のため」の行為と解すべきである。甲の「正当な [ 1 ] 防衛効果の要否 法益」が ( 急迫不正の侵害を行った ) V の「不正な法 「防衛するため」の行為といえるためには、第 1 に 益」よりも ( 要保護性において ) 優越するという関 当該行為が客観的に防衛に向けられた行為でなけれ 係 ( 不正対正の関係 ) は、防衛行為の結果によって ばならない。およそ、不正の侵害を排除するのに役 立ちえない行為は防衛行為とはいえない。 変わるものではない。 【間題 7 】「正当防衛の未遂」事例 [ 2 ] 防衛の意思の要否 「防衛するため」の行為といえるためには、客観 V がナイフで甲に襲いかかってきたので、甲 的に防衛に向けられた行為であるというだけでな は V に向かって石を投げたとツ c- V にかすり

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043 こで、 C 所有の甲土地を代理権濫用者ないし無 権代理人 A が D と共同相続したことの効果が問題に なります。このことを E がどのように主張するか、 E とすれば甲土地が値上がりしていることもあり、 A の甲土地の法定相続分 3 分の 1 のにつき代理権濫 用行為または無権代理行為が有効になると主張し、 AD に対して甲土地につき E の持分 3 分の 1 の登記 手続 ( D の持分 3 分の 2 との共有名義への登記手続 ) を請求するかということですが、これも滝沢解説の とおり、結局は難しいということになるでしよう。 つまり、 AD の反論として、平成 5 年判決に従い、 たとえ無権代理行為の本人を無権代理人と他の共同 相続人が共同相続した場合でも、無権代理人 A の持 分について当然有効になるわけではなく、追認権が A と D に不可分に帰属し、共同行使しなければ追認 の効果は生じないことを A D は主張するでしよう。 そこで、 D が追認しているのに A が追認拒絶するの は信義則に反して認められないけれども、 D が追認 拒絶しているときは、 A も追認拒絶して、無権代理 いでしようか。 転登記手続請求は認められないことになるのではな になるでしよう。その結果、 E の甲土地の所有権移 同相続人 D と共に主張することは妨げられないこと 者 A 自身が悪意の E との代理権濫用行為の無効を共 うように、それと類似した状況として、代理権濫用 妥当しますし、そうでないとしても、滝沢さんがい に無権代理行為と解釈すれば、判例法理がそのまま 本問では、 A E 間の行為を民法改正案 107 条のよう A は D の追認拒絶を主張するでしよう。したがって、 拒絶していますので ( 【事実】 15 ) 、いずれにしても 判決の少数意見 ) もありますが、本問では D も追認 認拒絶の主張・立証責任を負うとの見解 ( 平成 5 年 は A の持分について履行請求でき、 A の側で D の追 なお、 D が追認拒絶していないときは、相手方 E 行為の無効を主張することが可能になります。 特集司法試験問題の検討 2016 ( ⅱ ) 〔設問 1 〕 ( 2 ) について まつお・ひろし氏 戻りますので、 D は保存行為として、乙土地につい 求めるでしよう。それによって登記名義は C 名義に C から E への所有権移転登記手続の抹消登記手続を ことが考えられます。この場合、 E に対しては別途 買による所有権移転登記の抹消登記手続を請求する による E への乙土地売買の無効を理由に、 EF 間売 を認容した ) 。そこで、本問でも D は F に対し、 A 消登記手続を請求したもの。保存行為を理由に X の請求 母 C が共同相続した後、 X が単独で Y に A Y 間登記の抹 権移転登記手続が行われたが、 A が死亡し、 A の妻 X と 等の理由で、 A から B の実弟 Y に売買を原因とする所有 事案は、 A から B が土地・建物を購入した際、税金対策 れています ( 最ー小判昭 31 ・ 5 ・ 10 民集 10 巻 5 号 487 頁。 消登記手続を共有者が単独で請求することも認めら 1155 〔保存行為〕 ) 。その一環として、不実登記の抹 輯 1155 頁〔不可分債権〕、大判大 10 ・ 6 ・ 13 民録 27 輯 も古くから認めています ( 大判大 10 ・ 3 ・ 18 民録 27 権 ( 所有権複数説 ) と法的構成は多様ですが、判例 法学の基礎理論」 ( 勁草書房、 2012 年 ) がある。 い統治と法の支配」 ( 日本評論社、 2 開 9 年 ) 、「開発 系〔第 5 版〕」 ( 慶應義塾大学出版会、 2010 年 ) 、「良 法〔第 2 版〕』 ( 共著、弘文堂、 2011 年 ) 、「民法の体 理」 ( 大成出版社、 2011 年 ) 、「ケースではじめる民 を担当。主著として「財産権の保障と損失補償の法 「民法総合」、「民法 ( 未修者 ) 」、「開発法学」など 松尾弘 1962 年生まれ。専攻は民法、開発法学。 428 条 ) 、保存行為 ( 民法 252 条ただし書 ) 、共有持分 で妨害排除請求できることは、不可分債権 ( 民法 えられます。共有持分権に基づき、各共有者が単独 き、丙建物収去・乙土地明渡しを請求することが考 する法定相続分に従った 3 分の 2 の持分権に基づ 求の根拠および内容ですが、 D は乙土地所有権に対 そこで、小問 ( 2 ) で問われている D の F に対する請 に主張することになります。 して無効であったことを前提に、 D はその効果を F 買が有効にはなりませんので、乙土地売買が全体と 合はたとえ A が追認しても A の持分権の部分だけ売 用行為ないし無権代理行為の追認を拒絶し、その場 ( 1 ) で検討したことを踏まえ、 D は AE 間の代理権濫 濫用行為によって E に売却されていますので、小問 ます。もっとも、乙土地も甲土地同様、 A の代理権 れ、丙建物まで建てられた乙土地が問題になってい も引渡しもされ、さらに F に移転登記と引渡しがさ 小問 ( 2 ) は小問 ( 1 ) の甲土地と異なり、 E に移転登記

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ズシステムとフランチャイズ契約締結準備段階に おける売上予測 ( 1 ・ 2 完 ) 」大阪学院大学法学研 究 29 巻 2 号、 30 巻 1 = 2 号 ( 2003 ~ 2004 年 ) 、金 井高志・フランチャイズ契約の裁判例の理論分析 ( 2005 年 ) 、小塚荘一郎・フランチャイズ契約論 ( 2 (c) 投資取引 ( i ) 投資に関連する取引でも情報提供義務 ( 「説明義務」 とされる場合が多い ) が、しばしば問題となっている。 こでは、契約の前段階というよりも、基本的な契約 関係の存在を前提とする情報提供・説明義務の方が重 要な意味を持っことが多い。たとえば、ワラント取引 においては、顧客の属性 ( 年齢・証券取引に関する知識・ 経験・資力等 ) を考慮した上で、当該顧客が自らの責 任と判断に基づいて取引ができるよう、取引内容とリ スクについて適格な説明を行うことカ義則上要求さ れており ( 東京高判平成 8 ・ 11 ・ 27 判時 1587 号 72 頁 = 消費 者判百 15 事件 [ 藤田寿夫 ] ) 、商品特性の情報格差からは プロ的な顧客に対しての説明義務違反も肯定される場 合がある ( 東京地判平成 21 ・ 3 ・ 31 翁去 1866 号 88 印。 具体的に、広島高判平成 9 ・ 6 ・ 12 ( 判タ 971 号 170 頁 ) では、ワラントの価格が株価に比して数倍の値動きを すること、権利行使期間を経過するとワラントが無価 値になること、ワラントカ実の株式と異なり購入資 金とは別途の資金を出すことで一定額で株式を引き受 けることができる権利であって、権利行使期間内に株 価が権利行使価格より高くなると予想されることで価 値を持つものであること、現実の株価より高い権利行 使価格のワラントであることについて説明すべきであ り、顧客の理解の程度を見極めて、その理解が得られ なければワラント取引をしないよう助言・警告する義 務があったという ( 大阪地堺支判平成 9 ・ 5 ・ 14 金判 1026 号 36 頁。その他、説明義務違反に基づく事業者の不法行為責 任が認められた裁判例に、東京高判平成 9 ・ 7 ・ 10 判タ 984 号 201 頁、大阪高判平成 10 ・ 4 ・ 10 判タ 1 開 4 号 169 頁、東京 地判平成 15 ・ 5 ・ 14 去 1700 号 116 頁 = 消費者判百 57 事件 [ 松 岡久和 ] など枚挙にいとまがない。詳しくは清水俊彦「投資 勧誘と不法行為」 [ 199 年 ] など参昭 ) そこでの損害賠償の範囲は、概ね、ワラントの購入 価格相当額であるである。また、商品先物取引 ( 東京 高判平成 13 ・ 4 ・ 26 判時 1757 号 67 頁など ) や、金利スワッ プ取引 ( 東京地判平成 21 ・ 3 ・ 31 判時 206 ひ号 102 頁、福岡高 129 債権法講義 [ 各論 ] 6 判平成 23 ・ 4 ・ 27 判タ 1364 号 158 頁 ) などでも同様の説明 義務違反に関する裁判例が出ている。もっとも、投資 家自身は、自らの判断と責任で取引を行うことが原則 と考えられているためか、過失相殺がほどこされる場 合が多い ( 取引的不法行為と評価される局面で、過失相殺が 相応しいかには疑問があるが ) 。 ( ⅱ ) 理解困難者と情報提供義務の限界 当事者の状況によっては、取引内容や契約目的の利 害が、理解困難である場合もあることへの配慮も重要 である。情報開示の在り方についての工夫の重要性は、 これまでも消費者保護の問題として強調されてきた が、高齢者の場合にはその要請が一層大きい。細かな 文字をきちんと読み、複雑な取引形態が持つ意味を理 解して取引に臨むことは、高肖費者の場合には、容 易に期待できない。目や耳カ坏自由になり、身体が思 うように動かなくなると、一般の消費者として想定さ れている「合理的平均人」よりも情報へのアクセスが 困難になる。高齢者を顧客圏の一部として予想する取 引では、平均的顧客の合理的注意や理解力を基準 ( 平 均的合理的消費者基準 ) とした開示や説明では明らかに 不充分であって、開示の方法・態様・表現上の分かり やすさにも工夫カ球められる。顧客から「同意」をと りつけるということは、内容についての一定水準の的 確な理解を前提とするという基本に立ち返り、開示や 説明のあり方を見直さねばなるまい。相手カ皜齢者で あることを認識し得るにもかかわらず、適切な開示義 務や説明義務が尽くされていない局面では、広く錯誤 や説明義務違反カ語られて然るべきである。通常人の 情報収集力や判断力、活動力を前提に高齢者を評価し ては、現実と大きくかけ離れた法律論になりかねない。 最近の認知科学では、通常の消費者であっても、情報 の与えられ方によって必ずしも合理的判断をするとは 限らないことが明らかにされている。まして、基礎と なる哉力や認知枠組みが陳腐イヒした高齢者では尚更 であって、そのことを責めるのは酷であろう。総じて、 事業者には、高肖費者の財産状態や能力に見合った 形での、勧誘・説明行為や商品の提供カ球められる ( 説 明義務の履行における「適缶生の原則」 ) 。 (iii) 適合性原則 特定商取引法は、訪問販売などでの禁止行為として 「老人その他の者の判断力の不足に乗じ、契約を締結 させること」を挙げ ( 施行規則 7 条、 23 条、 39 条 ) 、金融 商品取引法では、事業者カ誘方針を策定する際に定

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136 法学セミナー 2016 / 09 / n0740 LAW CLASS ような行為に過剰防衛の特典を与えないためには、 「防衛するため」の行為の要件として防衛の意思が 必要であると考えることになるのである。 防衛の意思必要説に立つ判例実務に対し、防衛の 意思という主観的事情を客観的であるべき違法性の 判断資料とすることは妥当でないとする批判が防衛 の意思不要説から寄せられている。 しかし、判例実務は、行為者の置かれた状況や反 撃行為という客観的事情だけでなく、その状況に置 かれた行為者の主観的事情をも考慮しなければ、正 当防衛の制度趣旨に照らした適切な評価はできない と考えている。 そして、防衛の意思という主観的事情を考慮する といっても、行為者の供述に頼るのではなく、外部 的な客観的な事実を認定した上でそれらの客観的事 実から防衛の意思を推認するという判断手法をとる ので、必要説が違法性の判断を曖味なものとすると いう批判は当たらない。 2 判例実務における「防衛の意思」の内容 防衛の意思の内容を明確に定義した判例は存在し ない。古い判例の中には、防衛の意図・目的が必要 であるという立場 ( 目的説 ) をとるものもあった ( 大 判昭 11 ・ 12 ・ 7 刑集 15 巻 1561 頁、最決昭 33 ・ 2 ・ 24 刑 集 12 巻 2 号 297 頁 ) 。 しかし、正当防衛は、緊急状態においていわば反 射的・本能的に行われることも少なくない。正当防 衛が権利行為であることを考慮すると、積極的で明 確な防衛の意図・目的まで要求するのは妥当でない。 そこで、その後の判例は、防衛の意図・目的がある ことまでは必要ないと解している。これに対し、学 説の中には、正当防衛状況および防衛行為の認識な いし意識だけで足りるとする見解 ( 認識説 ) もある が、判例はこうした認識だけでなく、意思的要素も 必要であるという立場をとっている。 判例の考え方を理解するでは以下の 3 つの判例が 重要である。第 1 は、「刑法 36 条の防衛行為は、防 衛の意思をもってなされることが必要であるが、相 手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加え たからといって、ただちに防衛の意思を欠くものと 解すべきではない」とした上で、被告人が相手に対 して「憎悪の念をもち攻撃を受けたのに乗じ積極的 な加害行為に出たなどの特別の事情が認められない かぎり、被告人の反撃行為は防衛の意思をもってな されたものと認めるのが相当である」と判示してい る ( 最判昭 46 ・ 1 1 ・ 1 6 刑集 25 巻 8 号 996 頁 第 2 は、「急迫不正の侵害に対し自己又は他人の 権利を防衛するためにした行為と認められる限り、 その行為は、同時に侵害者に対する攻撃的な意思に 出たものであっても、正当防衛のためにした行為に あたると判断するのが、相当である。すなわち、防 衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える 行為は、防衛の意思を欠く結果、正当防衛のための 行為と認めることはできないが、防衛の意思と攻撃 の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思 を欠くものではないので、これを正当防衛のための 行為と評価することができるからである」と判示し ている ( 最判昭 50 ・ 11 ・ 28 刑集 29 巻 10 号 983 頁〔友人 救助発砲事件〕 ) 。 第 3 は、「刑法 36 条の防衛のための行為というた めには、防衛の意思をもってなされることが必要で あるが、急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利 を防衛するためにした行為と認められる限り、たと え、同時に侵害者に対し憎悪や怒りの念を抱き攻撃 的な意思に出たものであっても、その行為は防衛の ための行為に当たると解するのが相当である」と判 示しこれまでの判例の考え方を確認するとともに 被告人に防衛の意思を欠くとして正当防衛のみなら ず過剰防衛の成立をも否定した原判決が被告人の行 為を「専ら攻撃の意思に出たものとみているように 理解されないでもない」とした上で、「被告人の『表 に出てこい』などという言葉は、せいぜい、防衛の 意思と併存しうる程度の攻撃の意思を推認せしめる にとどまり、右言葉の故をもって、本件行為か専ら 攻撃の意思に出たものと認めることは相当でないと いうべきである」と判示して被告人に防衛の意思を 肯定した ( 最判昭 60 ・ 9 ・ 12 刑集 39 巻 6 号 275 頁 ) 。 以上のとおり、判例によれば、相手の加害行為に 対し憤激または逆上して反撃を加えても防衛の意思 を欠くことにはならないし、攻撃の意思が併存して いても防衛の意思を欠くことにはならないが、「攻 撃を受けたのに乗じ積極的な加害行為に出た」場合 や「防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を 加え」た場合は、「専ら攻撃の意思」 ( = 積極的加害 意思 ) で反撃行為がなされたものであるから防衛の

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財産第 } ル」イ切〉 143 付という基本的な構造が認められなければならな い。また、詐欺罪は財産犯の一類型であることから、 欺罔行為の相手方に財産的損害が生じたか否かも問 題となる。この点につき、財物の占有侵害・喪失そ れ自体が財産的損害であるとみなす立場 ( 形式的個 別財産説 ) によれば、被害者が錯誤に陥らなければ 財物を交付しなかったであろうといえる場合に、直 ちに詐欺罪の成立を認めることになる。これに対し て、財物の占有移転によって、全体財産的な見地な いしは実質的な見地から財産的損害が生じる必要が あるとする立場 ( 全体財産説ないしは実質的個別財産 説 ) によれば、被害者が錯誤に陥らなければ財物を 交付しなかったであろうといえても、直ちに詐欺罪 の成立を認めるのではなく、財物の占有を失った者 に何らかの意味で財産的損害が発生しなければ、詐 欺罪の成立を認めることはない 2 ) 。 さて、以上のような詐欺罪の基本構造を前提とす ると、行為者と被欺罔者という二者しか登場しない 事例では、欺罔行為によって錯誤に陥る者、処分行 為をする者、財産的損害を被る者は同一人物である。 これに対して、クレジットカードの不正使用に関す る事例では、行為者と取引関係にあるものとして、 加盟店だけでなく、カード会社も登場するために、 錯誤に陥る者、処分行為をする者、財産的損害を被 る者が誰になるのかが一概にいえなくなる。そこで、 以下では、まず自己名義のカードの不正使用の事例 を取りあげ、欺罔行為によって錯誤に陥る者、処分 行為をする者、財産的損害を被る者が誰になるのか を意識しつつ、詐欺罪の成否を検討する。 [ 2 ] 自己名義のカードの不正使用 (i) 事例の確認 支払意思・能力がないにもかかわらず、カード会 員がカードを使用して商品ないしはサービスを手に 入れる場合、最終的には、カード会社がカード会員 より代金相当額の支払いを受けることができない事 態に至ることになるが、この場合、誰がどの段階に おいて錯誤に陥り、また、財産的損害を被ったとい えるであろうか。次の事例で確認してみたい。 【事例 1 】 X は、 A 社が発行した自己名義のカードを使 用して、 B 店の店員 C より商品を購入した。と ころが、その時点において、 X には、支払意思 もその能力もなかったが、このことを C は知ら なかった。後日、当該取引の売上票を A 社に送 付することにより、 B 店は A 社より代金相当額 の立替払いを受けた。 A 社は当該取引の代金相 当額の支払請求を X に通知したが、支払期日に なっても X の銀行口座から引き落とすことがで きず、 A 社は X から支払いを受けることができ ない事態に至った。 ( ⅱ ) 欺罔行為と錯誤の存否 この事例において、まず問題となるのは、店員 C は X から欺罔を受け、錯誤に陥ったといえるのかと いう点である。というのも、一般的に、加盟店は、 カード会社と加盟店の間の取り決めを定めた加盟店 規約に基づき、カードの有効性と、カード使用者が カード名義人本人であることの確認は義務づけられ ているが、カード会員の支払意思・能力について調 査するべき義務を負っていないからである。そのよ うな調査義務がない以上、加盟店はカード会員の支 払意思・能力の有無にかかわらず、そのカードの使 用を認めることから、加盟店の店員において、カー ド会員の支払意思・能力について錯誤が生じる契機 が存在しないともいえる 3 。したがって、この観点 によれば、【事例 1 】において X は、店員 C に対して、 自己の支払意思・能力について欺罔を行ったとはい えず、また、店員 C も X の支払意思・能力の有無に ついて錯誤に陥ったとはいえないと評価される。 店員 C との関係において X による欺罔行為が認め られないとすると、 A 社との関係において X が欺罔 行為を行ったといえる否かにつき検討しなければな この点について、カード会社は、加盟店 らない 4 ) を通じて送付される売上票を受け取った際に、カー ド会員が後日請求に応じて支払いをなすものと錯誤 に陥るのであり、この錯誤に基づき加盟店に立替払 いという処分行為をしたと認める見解がある。この 見解によると、カード会員は、カード会社に立替払 いをさせ、自分自身は代金支払いを免れた点で財産 上の利益を得ているのであり、カード会社から加盟 店に立替払いがなされた時点で 2 項詐欺罪、つまり 利益詐欺罪 ( 246 条 2 項 ) が既遂に至ると評価されて いる 5 。したがって、この見解は、被欺罔者、処分 行為者、被害者はいずれもカード会社と理解してい

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応用刑法 I ー総論 135 く、主観的に防衛の意思が必要であるか否かが問題 となる。 この点、判例は、一貫して防衛の意思が必要であ るという立場を堅持しており、学説の中にもこれを 支持する見解も少なくない。刑法 36 条 1 項の「防 衛するため」という文言は、主観的な事情として防 衛の意思を要求していると解するのが自然である。 これに対し、学説においては防衛の意思不要説も極 めて有力である。 ア偶然防衛と防衛の意思 防衛の意思の要否は、学説上は、正当防衛状況の 訒識を欠きながら加害行為に出たが偶然にも防衛効 果が発生したいわゆる偶然防衛の事例に正当防衛を 認めるべきかという形で議論されている。 【間題 8 】偶然防衛事例 暴力団 P 組の幹部甲は、かねてより対立する 暴力団 Q 組の組長 V を殺害する計画を立てその 行方を追っていたが、ある日、路上で V を発見 したので、電柱の陰から V めがけて拳銃を発砲 したとこケ弾丸は v に命中して V は即死した。 他方、甲の行方を追っていた Q 組の幹部乙が、 たまたま電柱の陰に隠れていた甲を発見し、拳 銃で甲を射殺しようとしていたことが事後的に 明らかになった。甲の罪責を論じなさい。 【間題 8 】において、甲の行為は殺人罪の構成要 件に該当する。しかし、甲は乙から命を狙われてお り ( 急迫不正の侵害 ) 、 V に向けて発砲しなければ逆 に射殺されていたのであるから、甲の発砲行為は結 果的に自らの生命を防衛する効果があったといえ る。そこで、甲の行為は正当防衛として違法性が阻 却されるとする見解も有力である。 たしかに、甲に客観的には正当防衛状況が存在し ていた。しかし、甲自身はそのような状況を全く認 識しないまま v に対して一方的に攻撃を加えたもの であり、その内心は通常の犯罪者の内心と何ら異な るところはない。そのような甲に、自力救済禁止の 原則の例外としての正当防衛を認めて甲を不可罰と するのは一般人の素朴な法感情に反する。 もし先に発砲した甲に正当防衛が成立するという ことになると、乙が先に発砲していた場合には ( 乙 は甲を殺害しながら組長 V の生命を保護したという理 由で ) 今度は乙に正当防衛が成立することになり、 どちらか先に発砲した者に正当防衛が認められると いう「早い者勝ち」を認めることになり妥当でない。 そこで、判例実務は、明らかな犯罪的意図で反撃 行為を行う者については法的保護に値しないから、 およそ防衛の意思に欠ける反撃行為は「防衛するた め」の行為とはいえないと解している。したがって、 【間題 8 】の甲には殺人罪が成立する。 * 偶然防衛を未遂と考える見解 偶然防衛の事例について、防衛の意思必要説からは殺人罪 が成立し、防衛の意思不要説からは不可罰とされる。これ に対し、最近では、殺人未遂罪が成立するという見解が学 説上は有力である。 未遂説には、①結果無価値・行為無価値二元論の立場から の主張と、②結果無価値一元論の立場からの主張がある。 ①によれば、偶然防衛の事例では客観的に防衛効果がある ので結果無価値はないが、防衛の意思がないので行為無価 値はあるので未遂となるとされる。他方、②によれば、防 衛効果があるので法益侵害結果そのものは正当化される が、当該結果以外の構成要件的結果を発生させる危険性が ある以上未遂犯は成立しうるとされる。もっとも、未遂の 成立を認めるということは実行行為が違法であることにな るので、不正の侵害者に正当防衛が認められるということ になり問題が残る ( 佐伯仁志『刑法総論の考え方・楽しみ 方』〔有斐閣、 2013 年〕 139 頁参照 ) 。 イ過剰防衛と防衛の意思 判例実務において防衛の意思が必要とされる最も 大きな理由は、喧嘩闘争等の事案において、急迫不 正の侵害の後に専ら相手に対する加害・報復等の意 思を生じて積極的加害行為に出た場合について過剰 防衛の規定の適用を排除するためである。 過剰防衛とは、「急迫不正の侵害」に対してなさ れた「防衛するため」の行為が「防衛の程度を超え た」ために正当防衛は認められないが、刑を任意的 に減免できるという場合をいう ( 36 条 2 項 ) 。過剰 防衛による刑の減免の対象となるのは、「急迫不正 の侵害」と「防衛するため」の行為という正当防衛 の 2 つの要件を充足しながら、「やむを得ずにした 行為」という要件だけを欠いた場合である。つまり、 急迫不正の侵害者に対する反撃行為が「防衛するた め」の行為といえなければ過剰防衛は成立しないの である。 ところで、たとえ急迫不正の侵害は存在していて も、防衛の意思に基づかない反撃行為にまで刑を免 除したり減軽することは妥当ではない。そこでこの