ればならないまさか支援切りを政府が 人々」とは言えまい を確保している人も多いのである。 むろん人々の中には自分が帰らなけれむろん、帰還政策が進んで支援や賠償画策していることはないはずだ。逆に言 ば現地がなくなってしまうと、そういうが切られれば、こうした人たちにも今後、えば、帰らざるをえない人々は、まさに 覚悟で被災地に住もうとする人びともい避難先にとどまることができず、避難元政府が帰還政策を実現するために、一人 る。これが第二のタイプである。とくにに戻らざるをえない人が出てくるだろう。でも多く帰還する人が出てくるよう支援 土地に関わる仕事、農林水産・畜産業にそしてそうした時に、第三の帰還のタイをやめ、賠償を打ち切った時に現れるも 従事している人々のうちに、こうした傾プが現れることになる。行政に依存せざのだということになる ( そして、ここにき 向が見られるようだ。また、現地の復旧るを得ず、避難元以外に住む場所を持ててどうにも理解できないのは、政府の支援切り 事業に直接・間接に関わっている人々に ない人。ここには、金銭的問題だけでなが現実化しつつあるかのような報道が漏れ出て きていることである ) 。 も、「俺がやらねば」感覚で仕事をしてく、 家族がいない、身寄りがないといっ いる人が多い。 た人も含まれるだろう。そしておそらく、 ここで、避難元に人々が帰れない理由 だがこうした人々の実態についても十避難者の中で今すぐ帰る人が現実に出てとしてーー先に挙げた放射能への不安や 分に考えておく必要がある。この人びとくるとすれば、現実には第一・第二のタ事故プラントの再事故可能性とともに もう一つ重要なものがあることを思 が考える「帰ること」とは何か。この人イプではなく、この社会的な弱者なので びとが、自分の子どもたち ( 子、孫 ) をある。 い起こそう。それは、現地には暮らしの 連れて今すぐ現地に帰るのかといえば、 ◆社会的弱者を本当に帰せるのか 基盤となる社会がないということである。 由 そんなことはない。まして自分自身につところでこの第三のタイプが出てくる帰還に必要なものは、除染やインフラ整 理 当いてもそうだろう。それはそれで安全なとすれば、それは今行われている支援や備などのハードなインフラだけではない。 場所に拠点を構えた上で、そこから通っ賠償を政府や東電が打ち切った時である。現地の社会も同じように復旧しなければ れ さての復興になるはずである。要するに、 しかし避難者への支援の打ち切りは、まならない。だが、今のままでは、自立を 推「すぐ帰る」のではなく、「まずは通う」 さに原発棄民になってしまうから、実は実現できる人たちほど避難先にとどまる 政のであり、だから、こうした人々ほど長そうおいそれとはできず、政府の支援はから、支援を切って帰そうとしても、帰 帰期避難を覚悟して、いわき市周辺に住宅今後も続くはずだ。支援はしつづけなける人々は弱者に集中することになる。
それから 9 ・Ⅱのあとのアフガン攻撃を、小泉首相がすぐ さま『支持する』と言った。おそろしいなと思った」 おそろしいって ? 「それはいまの状況と同じですけど、九条を持ちながら戦 世争という手段を認める。自分たちは戦わないけれど、人の戦 争はやっても良しとするなんておかしい 。このまま声をあげ ないでいくのは嫌だなと思いながら、そのときは自分のこと でいつばいだったし、スルーしてしまった。そしたら去年、 『八〇〇人規模でミサイル置きます』という話を新聞とテレ ビで知ったんです」 いまここで何の抵抗もしなければ、このまま軍備が進んで いく。それだけは認められないと思ったという。 「もう子どもがいましたから。親になれば、自分の子の未 来に関する責任を感じる。それで子連れで基地を考える集会 に行ったら、同じく子連れで来ていた女性がいて : : : 」 それが石嶺香織さんだった。子連れの母親も参加しやすい グループをと考えた二人は共同代表になり、昨年六月に「て いだぬふあ ( 太陽の子 ) 」を立ち上げる。石嶺さんはその後、 大変な企画力と行動力を発揮していくのだが、初めて基地予 定地 ( 平良西原 ) を見たときの戸惑いは、とても素直に綴って いる。ていだぬふあのフェイスブックから引用する。 ここに基地が来ることを想像しました。一番に思い浮か んだのは、子供たちが戦闘機が飛んでいるのを見て喜んで いる姿です。普段から飛行機を見れば喜んでいる子達です。 戦隊もののテレビも大好きです。だけど、本当に戦うため の飛行機が飛んでいるのを毎日見るって考えたら、本当に 怖くなりました。どこかに敵がいて、戦いにしく、それを 普通だと思って育っていくのか : ・。 ( 中略 ) 子供には、保育園のお友達で強い子にやられないように あなたもいつもやりかえせるように準備しておきなさい、 なんて教えませんよね。仲良くするんだよって教えますよ ね。だけど基地が来てこの状況をどう教えるのか、想像で きません。 ごまかして教えるのか・ : ちゃんと教えるのか : あれは中国や韓国や北朝鮮がせめてきたらいつでもやり 返せるように、毎日訓練してるんだよって教えるの ? そ うしたら子供は中国や韓国や北朝鮮の人たちは悪い人たち なんだと思います。 三〇一五年七月一一日付 ) 来るのは陸自だから戦闘機は来ないと言う人がいるかもし れないが、ここに書かれているのは軍事の本質である。 この戸惑いは、同じ母親としてよく理解できた。私も子ど もが小さいとき、「知らない人に気をつけなさい」と教える ことが嫌で、どうすればよいかと戸惑った。知らない人に気 をつけろ = 人間は信用できない、ということだから。判断力 のない子どもに人間不信を刷り込んでよいものか、と。 他国の人に警戒心を持たないことを″平和ポケ″と笑う人
べきであろう。この仮説は支持しがたい。困窮もなく、成育環境は特に劣悪であっ察に通報されたためやむなく退去したと う出来事があった後に殺意を形成し、 第二の仮説は、本件の犯情が極めて悪たとまでは認められず、暴力を振るうよい 、被告人に有利な事情を最大限考慮しうになった主たる原因は、我が儘を通そ計画的に犯行を行なった、という認定の ても死刑を回避できる見込みがなかったうとしたことにあり、不遇な側面をさほ大きな根拠となっていた。しかし共犯少 と評価されたというものである。これはど酌むことはできないと評価している。年は自身の刑が確定してから一年後、実 しかしながら、問題は、危機的場面に陥は一審での証言は偽証であったという遺 理論的難点が最も少ない仮説であるが、 この評価が成り立っためには犯情の評価った場合に暴力以外の手段を用いて解決族宛の手紙を作成している。控訴審では、 することを学ぶ機会がどれだけあったか被告人が殺害を予め計画していたという が尽くされている必要がある。 ■成育歴の解明は十分だったかではないか。その点を詳細に調査するこ筋書きは、取調官に示唆されたものであ この関係で問題になるのは、第一に被とがなければ、被告人が交際相手との離り、本当は前夜、被告人が牛刀を調達し 告人の成育歴である。一審で朗読された、別に直面した際に現実的に取りうる選択た際は脅すためだと思っていたと証言し 家庭裁判所で作成された少年の要保護性肢がどの程度あったかを正確に判断するた。偽証したのは、一旦は真実を告白し に関する社会記録によれば、被告人は幼ことはできないはずである。この点は犯ようとしたものの、犯行直前に 0 が警察 に通報しようとしたことこそが被告人の 少期から、酩酊した母親から暴力を振る情評価に影響を及ばす。 ■計画性についての共犯少年の新証言殺意形成のきっかけであると供述すれば、 われるなどして、甘えられない寂しさや 恨み、不満等を抑え込み、暴力肯定的価もう一点指摘しておかなければならな 0 を非難することになると捜査官や自身 琺値観を身に付けるようになってしまったいのは、本件犯行の前後、被告人の意のの弁護人に止められたためである、と説 高ことや、小学生以降は愛し信頼できる存ままに従属し、終始被告人と行動をとも明している。仮にこの新供述が事実であ 件在、導いてくれる存在を持たす、社会性にしていた共犯少年が、既に刑が確定しれば、被告人は被害者らとのやり取りの 巻を学ぶべき時期にルールをきちんと教えているにもかかわらず、控訴審の段階に中で突発的に殺意を抱き暴走してしまっ 一られないまま育ち、他者への信頼感も育至り、一審で行なった証言を翻したことた可能性がある。共犯少年は受刑中であ のたなかったことが指摘されている。 である。一審での共犯少年の証言は、被り、新供述には偽証罪に問われるリスク 界 世 これに関して、控訴審判決は、経済的告人が前夜被害者宅に押し入ってに警はあっても、自身の処分を軽くするとい
岩波書店 / BOOK ガイド 岩波現代文庫 8-2016 岩波現代文庫 ◎ボクラ少国民の作家が探り当てた戦争の真実 、アジア・太平洋 上下アジア・ 太平洋 ~ 戦争史日 ー同時代人はどう見ていたかー 山中恒 一何が自分を軍国少年に育て上げた のか ? 三〇年来の疑問を抱てゾア・ 太平洋 いて、著者は戦時下の出版物を渉戦争史 2 ' 一「 ) ~ 一「 猟し、日清戦争から東京裁判まで、。嘉。 の通史一二〇〇枚を書き下ろした。 当時の資料を通して、いま明かさ 上 78 ム会 ) ・ 603289 ・ 0 本体 1360 円 れるあの戦争の真実。 下 978 ・ 4 ・ 8 ・ 60328 ・ 6 本体 1360 円 ◎南京事件を中国人の視点から描く 堀田善衞 ( 解説】辺見庸 ) ~ 一九三七年、南京を占領した日本 一軍は暴虐のかぎりを尽した。横行する掠奪と凌辱、殺戮。、 この人倫の崩壊した時間のなかで人は何ができるのか 南京事件を中国人知識人の視点から手記のかたちで語る。 978 ・ 4 Y602271 本体 980 円 戦後文学の金字塔。 時間時間 堀田善衞 ー太平洋戦争下の食を知る 戦下のレシピ 978 8 03291 ・ 3 本体 860 円 斎藤美奈子 戦争中の婦人雑誌の料理記事から、銃後の暮らしや戦争 について知るための「読めて使える」ガイドブック。 日本海軍はなせ過ったか朝 澤地久枝・半藤一利・戸高一成 978 ムまき 32 ま本体 86 。円 勝算もなく、戦争へ突き進んでいったのはなぜか。海軍エリ 1 トたちの生の声。その衝撃的な証言をめぐる白熱の鼎談。 朝鮮人級戦犯の記録 978 ・ 4 ) ・ 683296 本体 1360 円 内海愛子 日本の戦争責任の末端を担って戦犯に問われた朝鮮人一 四八人。現在まで続く長い過酷な闘いのドキュメント。 1 ティ 1 カクテル・パ 大城立裕 978 ム ) ・ 602 】 8 よ本体 1040 円〈電子書籍あり〉 沖縄初の芥川賞受賞の表題作のほか、日本語版初公表の「戯 曲カクテル・パ ーティー」をふくむ全五編。 ( 解説“本浜秀彦 ) 平和は「退屈」ですか血羆 978 ・ 4 人 603286 ・ 9 本体 860 円 下嶋哲朗 沖縄戦の体験を高校生と大学生が語り継ぐ挑戦を描く。 社会人となった若者たちに改めて取材した新稿を付す。
だが社会的弱者だけが集まっても、社あるはずだ。 た原因の追及をやめ、責任の回避をやす 会は再生できない。むしろ弱者は無理に にもかかわらず、こうした真っ当な復やすと認めることはあってはならない。 Ⅷ帰さず、安全な場所でしつかりと保護す興プロセスを要求するよう、被害者たち無責任体制を認めることは、再び事故が る必要があるはずだ。それどころか逆に、の言説は構築されてはこなかった。そこ生じることを容認することである。私に 世こうした人々を帰すために、行政や福祉には様々な遠慮が働いており、この遠慮は原発再稼働よりも、このことの方がよ 関係の職員など、そのサポートをする人は当事者たちのみならず、メディアにも、ほど恐ろしい を無理矢理現地に帰そうとすれば、これさらには政府関係者の中にもあったと思みな現地から避難しながら、別の場所 まで避難先で弱者を支えてきた人々がこわれる。だがそうした遠慮こそが、被害 にいて、そこから通うのである。しかし れを機にそのサポートを辞めざるをえな者たちを袋小路へと追い込んできた。 これがまた重要なのだが、人々はいっか くなるだろう。仕事を続けるにしても、 は帰れるよう、何らかの機会をうかがっ 今すぐ帰る人はいない 避難先から通うかたちになるはずだ。 てもいる。そのために通い続けるのであ ここまで述べてきたことを振り返れば、◆仮想と実態 る。その象徴が住民票である。当分帰れ 次のようにいえる。 本当は「今すぐ帰る人」などいない。 ないと悟りながらも、多くの人が避難先 避難した誰もがみな、今すぐの帰還はにもかかわらず、「誰かは帰るに違いなに住所を移さずに、避難元に住民票を残 無理だと分かっている。人々は当分の間 いのだから」と仮想してしまったところしつづけている。 帰ることはできない。まして帰らざるをに、 帰還政策が否定されない構造が生ま しばしば住民票を残しているだけで、 えない人を作ってはならない。ゆっくりれた。私たちは、仮想と現実をごちゃ混実際の自治体はないと、今の状態を仮想 と通いながら、安全を確かめ、帰る準備ぜにしている 9 リアルなことと、 ーチと見なす議論があるが、話は逆だ。別の を万全に整えながら、帰ることができるヤルなことを区別し、リアルなことを前場所に今は居住しているにもかかわらず、 と見通しを立てられた人から順に帰って提にして対策を立て直さなければならな住民票をしつかりと残し、避難元とつな がりつづけようとしている。これが実態 いく。それが現実にできることである。 なのである ( 今井照『自治体再建』ちくま新 東電や政府にはこの長期にわたる根気の 今あの場所に人を帰してはいけよ、。 いるプロセスをしつかりと支える責任がまして人々を帰すことでこの事故が起き書参照 ) 。この実態は、この先帰還政策が
テム上のコンフリクトは、種々の社会的グループの利害状況に映し 出して見て取ることができなくなっている。「国家公民」と「市場 の衆」とはもはや重なり合わなくなっている。利害対立は、同じ人 物の中においてすらコンフリクトを引き起こすようになっている。 ここでは、ユーロ解消に伴う経済的な帰結については触れな これについては、本書におけるエルマー・アルトファーターの 論稿を参照。 ( 8 ) ドイツのさまざまな「地域人」〔バ ーデン人、フランケン人、 シュヴァーベン人など〕のなかでは、「定住型の」バイエルン人こ そは、最も昔から続いている存在とされている。ところが、バュヴ アーレン人〔バイエルンの蔑称。またバイエルン人が若干アンダー ステートメント的に自分たちのことを言う時にも使う〕が歴史上初 めて登場した民族移動後半期の地層から発掘された人骨を分 析した結果は、いわゆる「豚重ね理論」〔人々が出自や文化などと は無関係に交接し、生殖したという考えをいささかふざけて表現し たもの〕の正しさを証明している。ようするに「ローマ帝国後期に 当地に住んでいた中核となる人々がいて、彼らが、中央アジア、東 ヨーロッパ、また今日のドイツ北部からの大量の移民と混合して、 いわゆるバュヴァーレン人にまとまっただけのことである」 ( 『南ド ィッ新聞』二〇一三年四月八日号参照 ) 。 ( 9 ) 経済と文化が分化の度合いを高めていることを示すのが、生 活形式の複数化・多様化である。こうした事態は、生活の仕方が同 質化するという期待に対する反証となっている。またシュトレーク 主 はコーボラティズム的な規制のあり方の代わりに、規制緩和された 資市場が中心になって来たことを論じているが、そうしたプロセスは、 一逆に個性化・個別化の大きなきっかけとなって、今日では社会学者 シ がそうした問題に取り組んでいる。ついでにいえば、六八年の裏切 ラ ク り者たちが立場を変えて、市場リペラリズムの下で彼らのリバタリ モ デ アン的な衝動にしたがって、自分の好きなように自分を使い尽くし 1 9 1 特集 2 ているという幻想に陥ってしまっている。こうした奇妙な現象も、 こうした個性化・個別化の動きのもたらしたものだというふうに説 明可能である。 ( 間 ) 個々の細部についてはまだいろいろ考え直さねばならないこ ともある。しかし、連邦憲法裁判所の疑義にもかかわらず、大筋で は正しい ( Ⅱ ) 憲法制定主権が市民と加盟諸国家のあいだで「根源的に」、 つまり憲法制定プロセスにおいてすでに共有されている、という この考えは別のところで展開した。言「 gen Habe 「 mas, Zu 「 Ve 「 fassung Eu 「 0Pま) Be 「 lin 20 ニ。これについては以下も参照。ミ gen Habe 「 mas' Motive eine 「 Theo 「デ in 】 ders こ lm Sog de 「 Technok 「 atie. Kleine politische Schriften XII, edition suhrkamp, Berlin 2013. ( 肥 ) 「安い」対案のひとつはジョージ・ソロスがあたためている ューロ債の そしてそれ自身としては決して間違っていない 発行である。しかし、これは北の諸国が好きな、それ自身としては おなじく正しい反論で拒否されている。その反論とは、「現在の政 治システムの中ではユーロ債というものは、正当化の問題性を抱え 込むことになる。なぜなら、もしそうした債券を発行するなら、国 民からの税金が、選挙民に相談なく、彼らの意見を聞かないままに 使われることになるからだ」 ( 『南ドイツ新聞二〇一三年、四月一一 こうした相互の議論のすくみ合いのなかで、ユーロ債をも含 む政治への転換のために必要な新たな正当性の基盤を作るという対 案がプロックされてしまった。
い香港に押し寄せてくる。さらに「双港連絡弁公室 / 中国の香港駐在機構 ) の支援 地元・香港人の権益は守られるか 非」の子どもたちが香港の学校に大量にを得ています。新移民は宗主国の国民と 越境通学するようになり、地元の児童がして二重の身分を持っている、とも言え 雨傘運動以降、北京中央が中連弁を通じ 入学できないなどの異常事態も発生しまます。 て香港問題への関与を強めているようにも見 世した。香港側には移民の審査権がなく、ーー申連弁の支援とは何ですか。 えます。一国ニ制度の現状をどう見ますか。 移民を選べません。しかも香港の当局者陳中連弁の意向を受けた団体や香港政陳北京側の立場からすれば「港人治港 は無為無策で、問題をそのまま放置した府傘下の基金を通じて、福祉手当などの ( 香港人が香港を統治する ) 」の原則を遵守す のです。そこで香港住民の間で、なぜ香名目で現金が支給されています。しかもる限り直接自分で香港を管理できず、手 港人の税金を使って、地元住民をないが社会的弱者の救済などの名目で実施され足を縛られているような気がするでしょ しろにしてまで新移民の世話をせねばなており、野党も反対しなかった。野党側う。曲がりなりにも「港人治港」を実践 らないのか、という不満が高まりました。は、香港での自由な生活を通じて、新移すると、香港の統治者は地元の利益や権 ーー新移民は香港社会にとって、どんな位置民に自由と民主の価値観を大陸に持ち込益との兼ね合いから、北京中央の指示に づけですか んでもらいたいなどの期待もあり、この従わない場合も多くなります。中国は二 陳ウクライナにおけるロシア人のそれ事態に無頓着でした。新移民の多くは香〇年近く一国二制度を実施するなかで、 と少し似ているかもしれません。統計で港政府の補助を受けながらも香港社会に基本法が香港の高度な自治を定め、司法 は、返還後に香港に移住した中国人は約溶け込もうとせず、選挙になると中連弁や行政の独立性を保障している限り、香 八〇万人と、香港の総人口の一〇分の一の推す候補者を無条件に支持する。彼ら港に直接手は出せないことに不快感を募 を上まわります。中国人新移民の増加にの動員力は看過できません。 らせています。その結果、非公式に干渉し すべ 伴う急速な人口構造の変化は香港住民の 『城邦論』で問題を提起して以来、改善たり非合法に小細工をするしか術がない。 投票行動、公民意識、本土意識に衝撃をや変化はありましたか。 香港住民も現状に苛立っているようです。 与えました。彼らの多くは香港の文化や陳基本法の規定はそのままですが、陳香港ではここ数年、新たな反共意識 価値観を受け入れようとせず、中国人、「双非」の中国人妊婦が出産目的で香港が台頭しています。香港住民の多くは一 あるいは大陸人としての身分を保つことを訪れることが事実上規制されるように九四九年の中共 ( 中国共産党 ) 政権成立後 で福祉面での補助や中連弁 ( 中央政府駐香なりました。 に大陸から逃れてきた人とその後裔で、 ロ
9 ては、放射能汚染がいまだに深刻であるが起きても、やはり同様に何が起きたか事故による避難には政府は責任持てない ことがしばしばあげられる。 分からないまま放り出されるだろう。こよといっているかのようだ。今回の事故 だが、それだけが帰れない理由ではなのことを実地に体験しておきながら、なで命からがら難を逃れたのにもかかわら そもそも放射能汚染だけで人々は避おもすぐに戻るなどというのはどういうず、一体誰がもう一度その現場に、自ら 界 ことなのか。 世難したのではない。 の責任で、危険を冒して戻るというのだ ろ一 , つか 避難したのは ( あるいはさせられたのは ) 、政府が、そして科学が信頼を失ってい 事故プラントが爆発する危険があったかるからこそ、帰ることができないのだと◆帰る人々とは誰か らである。それゆえ人々が戻れない本当したら、政府や科学がその信頼を取り戻このような現実があるにもかかわらず、 の理由は、あのプラントは今後も本当にすまでは、本当の意味での帰還は無理でそれでもなお「今すぐ帰る」という人が 大丈夫なのか、新たな事故は二度と本当ある。しかも今回の事故でわかったことあるとすればそれはいったいどういう人 に起きないのか、ということにある。命は、重篤な原発事故からの安全な避難はなのか。 からがらの原発避難をもう一度する勇気そもそも無理だということである。東日 まず第一に考えられるのは、短期間で は、常人なら当然持ち合わせていないだ本大震災での福島県の死者は、津波や地収入を得る人である。稼ぐにはよい仕事 ろう。現場はまだ誰も見てはおらず、こ震によるものよりも、その後の避難におが現地にはあふれている ( 今後さらにあふ れからその真相は明らかになる。次の地ける関連死の方が上回った。 れることになる ) 。それは廃炉の作業であ 震が起きない保証もなく、房総沖地震が原発避難は必ず犠牲を伴う。事故は絶り、被曝は覚悟しなければならないから、 迫っているという警告さえある。そもそ対に起こしてはならず、起こした事故の今すぐ帰る人は被曝する可能性をいとわ も「想定外」からこの事故は始まった。責任は徹底的に問われねばならない。ど オない人だということになる。 まだ何が起きるかは分からない。 が、そうした責任追及は進まずに、それもっとも、原発避難者の中で廃炉に直 そして何より、避難した人々は次のこどころか、今後の原発立地地域は自分た接携わるのは少数で、工事や関連事業を とを知っている。あの日、避難指示は適ちの責任で避難を計画し、自ら命を守る請け負う人々はいても、最前線で働くの 切になされなかった。自分たちには、避手段を講じることを約東して、稼働を行はごく一部になるはずだ。金のために入 難に必要な情報はこなかった。次に事故わねばならないようである。もはや原発る人はまた出ていく人でもあり、「帰る
あったとして、事故プラントそばの強制らしている地域に様々な形で放射性物質 今すぐ帰る避難者とは誰なのか 避難地域で暮らすことができるかといえが持ち込まれることへの警戒もある。さ ば、多くの人がそれはできないと答えるらには廃炉ビジネスが展開して、いわき◆避難元に戻れない理由 はずである。 市自身までもが、原子力産業にどっぷり県内に約五万人という強制避難者のう だがこうした人々も、強制避難者たちつからざるを得なくなる不安もある。生ち、福島市や郡山市などの中通り、さら への遠慮があって帰還政策を批判できな活内避難はこの先さらに色んな意味でつには会津への避難者たちは、実は当分帰 ることはないという点で、県外避難者た いできた。それどころか生活内避難者のづく。 にもかかわらず、ここでもやはり強制ちと事情はさほど変わらない。被災地に 間でさえ、「暮らしは今ここにあるのだ から、不安を口にするのはよそう」とお避難者たちに遠慮をして、その本当の声頻繁に通えるわけではなく、帰還に関わ は出てこないままである。 互いの遠慮が働いてきた。 る事業に直接携わっている人々も少数し 福島県内で、この原発事故に立ち向か「遠慮をして」は、被害者への「憐れかいないだがこうした人々もまた、被 う最前線が、浜通りの拠点都市・いわきみ」の感情も含んでいそうだ。事故被災災地復興の最前線にいる人々に遠慮をし 市である。ここには、強制避難地域から地は当分人が帰れるではないが、そて本当の声が出せないのは同じであった。 ならば、、 しわき市周辺にいる避難者た 避難し、かつ「帰る」ために直接動いてのことを明言してはならない。ふるさと いる人々が身近にいる。こうした人々をを失ったことで、深い心の傷を負ったちはどうなのだろうか。 身近に見ているがために避難者に対して人々がいるのである。「帰れない場所ここからは、これまでとは視点を変え 由 「早く帰れ」という心ない声が出てくるだ」ということで、可哀想な被害者たちて論じてみたい。 理 当ことにもなるのだが、だからこそ実際にに、さらに追い打ちをかけてはいけよ、。 誰が避難元に帰るのかを知るためには、 だが、だとすればますますここで「今多くの人が帰れない理由としてあげるも るはプラントの近くに早期に戻るのが難し いことも知っている。 すぐ帰る人々」とはいったい誰なのかがのについて検討してみるのがよい。被災 推 浜通りではさらに、帰還政策が進んで重要になってくるはずだ。今度は県内の地に帰れない理由のない人が、帰ること のできる人である。 政いくことで、被曝の中核地との人の往復強制避難者たちの事情を考えてみよう。 帰が頻繁になり、そのことで自分たちの暮 被災地に帰ることができない理由とし 3
破壊・殺害が任務達成の重要な手段と認「警察の軍事化」がさまざまな事件で議激派組織「イスラム国」 (—Ø) とバング ( 吉田 ) ラデシュの武装集団を橋渡ししていた可 められている組織とは性格が異なる。⑨論を巻き起こしそうだ。 能性が指摘されている。また、フランス は、「日常的な警察活動の中に、警官 ダッカのテロ事件 南部のニースで起きたテロ事件でも、— ( の自衛 ) や市民の安全のために、致命的 ハングラデシュの首都ダッカで七月一 t-n との関連が捜査対象になっている。 な打撃を与えるロポットを組み込むこと ハングラデシュの地元シンクタンク所 を望むのか。さらにはロポットに人工知日夜、イスラム過激派の武装集団が大使 能 (<—) を装備していくことを期待す館街にあるレストランを襲撃し、日本人長⑩は、「過激派思想が想像を超えるス るのか。ダラスでの事案は、こうした問七人を含む二十人の人質を殺害した。日ピードで世界中に拡散している」現象を いかけがもはや空想的な仮説ではないこ本人は国際協力機構のイン前に、「過激派の心理状態と思考の枠組 とを証明した」との、大学の専門家の意フラ整備事業に従事していたコンサルタみを解明すべきである」と力説する。シ 見を載せている。 ント企業の従業員。治安部隊が突入してンガポールで七月一一一日、建設現場で働 米国の⑩は、人権擁護の立場から、警銃撃戦となり、武装集団は全員死亡した。く四人のバングラデシュ人出稼ぎ労働者 が、へ資金を提供していた容疑で逮 察の武器使用権限の拡大、乱用について ハングラデシュでは二〇一五年五月か 懸念する意見を紹介している。ある人権ら、外国人を標的にしたテロ事件が発生捕された。バングラデシュ国内と、海外 派の専門家は「遠隔操作による致死性のしており、豪州政府はテロの脅威が迫っのバングラデシュ人を結ぶテロ・ネット ワークの存在が急浮上している。アルカ ロポットの活用は正当化されるかも知れているとして、豪州のクリケット・チー ない」との考えを示しつつも、「今後にムをバングラデシュに派遣することを、イダ系のテロ組織は「マドラサ ( 宗教学 不安を抱かせる」との危惧も書き加えてすでに九月の段階で中止していた。一〇校 ) でリクルートをしていたが、は いる。「事件処理をより簡単にしようと月になると農村部で日本人が殺害されるネットの世界でリクルート」を行ってお する方向に行きがちになる」恐れもあり、事件が発生し、今回のテロ実行犯の一人り、の摘発は困難を極めると指摘す る。ネット世界のテロ組織と対決するに 「遠隔操作による武器使用は慎重に検討が係っていた可能性が浮上している。 評 されるべきで、極限的な状況に限定されまた立命館大学の元准教授 ( バングラは、アルカイダ系には有効であった「ハ 月 ードパワー中心の戦術」ではなく、「イ デシュ人で日本国籍を取得 ) が家族と共に今 論るべきだ」と主張している。 世技術の進歩にともなって米国では今後、年の一月から行方不明となっており、過デオロギーと闘う」ために、「新たな思 バンクラ