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検索対象: 小説推理 2016年12月号
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1. 小説推理 2016年12月号

は、東南アジアで売ることにしたのですー これは、小西大介が、手紙に書いていたこ と、大田黒が、いった。 となのだが、何しろ、戦争中のことである。 「アヘンというのは、そんなに売れるものな 十津川としては、今すぐにでも、今回の殺現在、捜査を担当している刑事たちは、いちのですか ? 人事件と、小西大介の手紙についての捜査をばん年長の、亀井刑事でも戦後の生まれであと、十津川が、きいた、 始めたかったのだが、小西大介の手紙の真偽る。 「ええ、アヘンは、戦争がなくても戦争中で を調べてからにしろという、三上本部長からそこで、戦争中の話、特にアヘンの問題にも変わらずに、よく、売れるんですよ。しか の指示があったので、そういうわけにも、 ついて、十津川は、日中戦争、なかでも、そも、アヘンというのは、原価は一一十パーセン かなくなった。 の戦争の裏話について研究している、大学のトで作って、あとの八十パーセントは、儲け おおたぐろ 十津川は、部下の刑事たちを、励まして「専門家に話をきいてみることにした。大田黒で売りさばくことができます。そうすると、 「グズマン一一世号」引き揚げのための資金をという、太平洋戦争の研究をしている教授で原料費の四倍以上の儲けで売れるんです。そ 出した五人のこと、藤井観光のこと、もちろある。世田谷の自宅で、会った。 のことに味をしめて、日本陸軍は、ますます ん、引き揚げられた「グズマン一一世号」の客「昭和十一一年に始まった日中戦争が、思いのアヘンに、手を出していきました。おそら 室から女性の死体とともに、一一億円相当のプほか、長引きましてね。そのうちに、太平洋く、とんでもない、莫大な利益をあげたと思 ラチナが発見されたことについて、調べるこ戦争も始まって、戦費が不足してきて、軍部いますよ。しかし、そのうちに、日本は敗北 とにした。その間、殺人事件の捜査のほうは、困ってしまったのです。何とかして、戦してしまいました。戦争中、日本陸軍は、ア は、自然に宮城県警に任せることになる。 費を作らなければならず、何か上手い手はなヘンの製造と販売で、莫大な利益を得て、そ 今回の話の出発は、今から七十年も前の、 いかと考えた。そこで、日本陸軍が目をつけれで戦費を賄っていたのですが、昭和一一十年牛 太平洋戦争の時代である。 たのが、アヘンだったのです。何しろ、アへの八月十五日に、日本の降伏で、戦争は終わ 日本陸軍が、満蒙で、軍の資金を集めるたンほど儲かるものは、ほかにはありませんか 庫 めにアヘンを製造し、千石商会の社長、千石らね。日本陸軍は、自分たちの力が及ぶ満蒙 仙 文 亜細亜に売らせて莫大な資金を手に入れ、そでアヘンを製造し、それを、民間会社の千石 葉 定価〕 本体 648 円 + 税双 2 れを、当時の陸軍に渡して、戦争に役立てて商会に渡して、北京、南京、上海、あるい 西村京太郎

2. 小説推理 2016年12月号

蒙で、製造します。それを千石の経営する ましたから、グラムに直すと三十五グラムは、公然の秘密でした。 べきん 会社、千石商会で、北京や上海、あるいで、今の値段にすると、およそ十三万円た 日本の敗戦を予想した、千石商会の社長、 は、シンガポールに持っていって、売りさ ったといわれます。それを作るのに必要な千石亜細亜は戦後のことを考えて、アヘン ばきます。 経費は、その八分の一くらいでしたから、 で儲けた金の七割は、日本陸軍に献金し 昭和十八年頃から、日本陸軍と、協力する原価は、わずか、一一万円足らずです。これて、残りの三割を、密かに中立国の銀行 千石とがアヘンの製造と販売を、始めたのは、大変な儲けです。 に、預けていたのです。 です。 その上、自分たちの背後には、強大な日本ところが、戦後、千石亜細亜は、メディア 不思議なもので、戦争という、殺伐とした陸軍が、ついているのですから、千石商会 にも政府にも、アメリカの進駐軍にも、自 現実があると、人を、廃人にしてしまうア としては、安心して、アジアの各地で、ア分が貯めた、千石ファンドについて、ひと ヘンという危険な麻薬が、平和な時以上へンを売ることができました。 言も話さないままに、亡くなってしまいま に、よく売れるのです。たぶん、現実逃避当時、日本軍が、千石商会を通して売ってした。 のためでしよう。 いたアヘンの量は、四百トン近かったのでそのため、巷では、千石ファンドには、十 その販売を引き受けた、千石商会は、最盛はないかといわれていますから、その儲け 兆円とも、百兆円ともいわれる資金が、眠 しんきようほうてんりよじゅん 期には満州の新京、奉天、旅順、そし は、莫大なものになりました。 っているといわれながら、その存在は不明 て、中国の日本陸軍の占領地点だった北 その莫大な資金で、日本陸軍は、戦闘に必のままでした。 京、上海、さらには、東南アジアのシンガ要な物資、例えば、石炭や石油、鉄鉱石、 ところが、今から十年ほど前頃から、千石 ポール、ビルマのラングーンなどにも支店アルミニウムなどの資源を、買いこむ一 ファンドの存在というのは、ただの噂では を設け、日本陸軍が集めてきたアヘンを、 方、アヘンの儲けの一部は、総理大臣や、 なくて、現在の貨幣にすると、十兆円から そこで、どんどん売りさばいていたので陸海軍の大臣が、いつでも、自由に使える百兆円までの金額が、中立国のどこかの銀 す。 機密費に回されました。 行に、預けられていることがわかってきま とうじようひでき 当時、アヘンは、いくらくらいで、販売さ当時、東條英機首相は、陸軍大臣も兼ねした。 れていたと思いますか ? ていて、アヘンの儲けの何パーセントか 問題は、その資金が、いったい誰の名前 その頃、重さは、匁という単位で測ってい が、東條首相の機密費になっていたことで、どこの銀行に預けられているのかとい 418

3. 小説推理 2016年12月号

たことがないのに」大月は首をひねった。 桜木が一一一一口うと、 ですね」宝来が口をはさんだ。 「わはははははは ! ー宝来は大声で笑い出し「堂本さんて誰です ? ー未央子は大月にたず「私にはすぐにわかった。堂本が私以上の実 た。「そうですか、やつばり落ちましたか。ねた。 力の持ち主だということがー大月は宝来のか 僕の思った通りでしたねー 「この新人賞の名物的常連だよー大月は答えらかいを無視して言った。「スト 1 リー 宝来が、他者への思いやりというものを持た。「今まで七回、最終選考に残っているー リック、文体、すべての点で頭抜けている。 たない人物であることは最初からわかってい 「へえ。七回もー未央子は感心した。 私はともかく、彼はいっかきっとデビューで たが、それも、ここまで来るとむしろ見事な「それはつまり、七回落ちたというだけのこきる存在だと信じたし、今でも信じている , ものだ。 とじゃないですか , 宝来が話にならんという 「しかしその堂本氏とやらは、今回応募さえ 「その通り、私は脱落した」大月は、やや顔表情で言った。「落ち癖のある常連ってやっしてないそうじゃないですか」宝来が言っ をひきつらせながらも、宝来にうなずきかけですよね , た。「あきらめたんです。カつきたんです た。「せつかくだからここに残って、結果を「めぐりあわせが悪いんですー桜木が言っよ。そんな負け犬をこの場で話題にして、何 見届けさせてもらうことにしたいんだがー た。「なぜかはわかりませんが、この人が最の意味があります ? 「いいですとも。僕が栄光に包まれる瞬間を終に残る年はいつも、飛び抜けた傑作がドー 「意味ならあるー大月は宝来をにらんで言っ 見せてあげますよ。たつぶりとね ! 」宝来はンと現れて、他の作品を蹴落としてしまうんた。 胸を張るというより、肥満した腹を突き出すです。実力のある方だというのははっきりし「さっき桜木さんから『三十五億年の密室』 ようにして言った。 ているので、何とかしてあげたいとは思ってのあらすじを聞かされたとき、以前堂本が私 「ところで , 大月が、ふと思いついたように いるんですが」 にくれたメールを思い出したんだ。 桜木にたずねた。 「私は堂本と、一度たけだがいっしょに最終〈いま新作を書いています。その内容はーー どうもとふみのり 「堂本文範君は今回はどうだったの ? 一次に残り、ここで顔を合わせたことがある。一一何者かに殺された主人公が霊魂となって他人 通過者の中に名前がなかったようだけど」 人そろって落ちたわけだが : : : 」大月は言っ にとりつき、犯人を捜す。その人が殺されて 「堂本さんは、今回は応募自体、されていなた。「それをきっかけに親しくなり、メールしまうと、主人公はまた別の人にとりついて いようです」桜木は答えた。 のやり取りをするようになった」 犯人捜しを続けるーーーというものです〉」 「本当かね。この十年、一度も応募を欠かし「落選の常連同士、傷をなめあおうってわけ「えっ ? それってー未央子は驚いて大月の -4 2

4. 小説推理 2016年12月号

るだろうしーートイレに行ってきます。みなです。その十万年の間に事件が起こり、それ それぞれにおもしろそうだ。未央子は急 さん、僕がいなくて淋しいでしようが、少しを解決していくというのが、いちおう中心とに自信がなくなってきた。 の辛抱ですよ」 なるストーリーではあるのですが : : : 。時系『四つのマドレーヌ』は、印象としていかに 宝来が廊下へ出ていくと、急に部屋が静か列はかならずしも直線的ではない上に文章ももこぢんまりとしており、破天荒なアピ 1 ル になった。大月があきれたような表情で桜木難解で、主人公の追っていた事件は結局何だ力という点では他の一一作にはっきりと劣って にたずねた。「最近の新人賞では、ああいうったのか、最終的にどう解決がなされるのいるように思える。 のが多いのかね ? 」 か、よくわからないという作品でして」 やつばり今回はだめなのかな、と未央子は 「いえ、わたしにも、初めてお目にかかるタ「それが宝来華厨王の小説か」大月景司は腕思った。 イプです」桜木は言った。 を組んだ。「奔放なところは彼らしいという最終候補に残ったとわかると同時に、うれ 「ところで、宝来さんの『三十五億年の密べきか、それとも、緻密なところは、人は見しさのあまり、家族や親戚、知人はもとよ 室』というのは、どういう話なんですかー未かけによらないと一一一口うべきか : り、メル友というメル友にそのことを言い触 央子は桜木にたずねた。「あの人、内容その「結末は、この場で申し上げるわけにはいきらしてしまったのだが、今では後悔してい ものにはまったく触れず、自慢話ばかりでませんが、かなりのカ作であり、傑作です」る。入選すればいいが、かりに落選すれば、 桜木は言った。 自動的に自分の敗北が世間に知れ渡ってしま 「『三十五億年の密室』は、的趣向をか「その作品が、有力候補なのかね」大月はたうではないか。言い触らすのは、最終結果が らめたミステリーです」桜木は言った。 ずねた。 出るまで待つべきだった。 「ストーリー以前に、まずスタイルとして非 「さあ、それはわたしの口からはーーー」 「それと、この『一一一十五億年の密室』には、 常に特異で、時間軸が紀元前から五十世紀ま未央子は、今までの話を思い起こしなが作品の内容以前に、きわめて大きな特徴があ で十万年に渡るという、非常に大きなスケーら、手元の紙にメモを取った。 りましてー桜木が思い出したように口を開い ルになっています。人類の誕生から、その滅初めて、自分以外の候補作がどんな内容でた。「今時としてはめずらしくーーー 亡までということですね。 あるかがわかったのだ。 ドアが開く音がした。宝来が出ていったの 最初の段階では原始人だった主人公が生ま大月景司の『蹉跌』は警察小説。宝来華厨とは反対側の、選考委員たちの部屋へ通じる れ変わりを繰り返しつつ、十万年生きるわけ王の『三十五億年の密室』は風ミステリドアだ。メガネをかけた白髪まじりの長身の

5. 小説推理 2016年12月号

書かれた話の内容は ? 」 ならなかった理由なんじゃないですかね、大す。実力に当っけられた、ねーーー。まあそれ 「まあいいじゃないかー大月は言った。「自月先生 ? 」 はそれとしてー 分で自分の作品の解説をするのは好きじゃな「それは選考委員の判断することで、君がど宝来が話に区切りをつけたので、未央子は いんだ」 うこう一一一一口う筋合いじゃないだろう」大月はす緊張した。次は自分の『四つのマドレーヌ』 「そう言われると余計に聞きたくなるな」宝こし顔を紅潮させながら言った。 について聞いてくるつもりだろうか。どう説 来は桜木の方を向いて「桜木さん教えてくだ「僕の言ったことは図星だったようですね」明したらいいだろう。宝来はそれに対して何 さいよ 宝来は笑った。「ついでに予言しといてあげと一一 = ロうだろう。 宝来に押される形で桜木は説明した。 ましよう。大月さん、あなたは落選しますところが宝来は、未央子の方には見向きも 大月の『蹉跌』は警察小説だった。 よ。今回が三度目の落選です」 せず、また別の話題を大声で話しはじめたの ヾ一」 0 主人公の刑事がおとり捜査のため、犯罪組「なにつ ! ー大月は宝来をにらみつけた。 織に潜入する。組織の一員の命を救ったこと「ちょっと宝来さんーー桜木が宝来の暴言「僕は、ここに来ることができなかった作家 から信用を獲得し、幹部に取り立てられる。を止めようとしたが、宝来はかまわずしゃべ志望の仲間たちの分までがんばらなきゃなら 組織の中で親友を得た。その妺と結婚し、子り続けた。「かわいそうに、あなたはまたしないんです。僕の親友のある男は、野心は人 供もできた。いずれ、地位と富が自分のものてもデビューできない。もう六十一歳なの一倍あるものの、才能がまったくなく、一一十 に。僕の受賞記念のエッセイではあなたのこ年書き続けて、一次選考を通過したことすら 「そうい , つ小説や映画って、今まで百万本くとを書いてあげますよ。『かわいそうなかわ一度もありません。それこそ大月さんではあ らいあるんじゃないですか ? 。宝来は鼻を鳴いそうな、お年寄りの常連さんがいました』りませんが、就職もできず結婚もあきらめ、 らして言った。 とねー 五十、六十、七十歳になるまで書いては応募 「警察小説が山ほどある中で新味を出そうと「君は、自分が入選すると今から信じているし続ける。そして死んでいくんでしようね。 補 するなら、設定の段階でもっともっと練る必のか」・大月は怒り半分、あきれ半分の表情で彼はよく僕に言いますよ。『君の才能の千分 要があったはずです。こ , ついうありふれた設 . 言った。「どうしたらそんなにうぬぼれるこの一でも僕にあったらなあ』と。それでです最 定に飛ひついてしまう腰の弱さが、一一度候補とができるんだ ? , になりながら、一一度とも苦杯を嘗めなければ「うぬぼれじゃありません。これは自信で完全に無視された未央子は、安心したよう

6. 小説推理 2016年12月号

は、友人に誘われて参加するケ 1 スが多いと数少ない媒体なので、実花の頼みに応じて現そぶりさえ見せなかった。 いう。ことに七〇年前後のテレビや映画に端存する資料を探してくれた。 「一応言っときますけど、個人情報ですから 役で登場する若い外国人は、大抵が互いに顔「確かにジャネットは七一年の一月一一十日に 見知りの留学生であったとも聞く。 辞めてますね。本名はジャネット・ウッドワコ」心配なく。作品の取材以外には絶対に使 ジャネット・アンドリュースをはじめ特撮ードか いませんし、外部にも出しません , あかだ ファンには馴染みの深い顔も多いので、折を埃まみれのファイルを繰りながら、赤田「まあ、神部さんのことだから大丈夫か」 見てその頃の留学生エキストラのネットワー南平が言った。赤田は『地球要塞の青春』特茶色に変色したファイルを抜き出してはコ クについて調べてみようと常々考えていたの集の際にも誠実に対応してくれた天外プロのピー機に向かう赤田の背中に、 「ジャネットと特に親しかった方とか、ご存 も事実である。 中堅社員である。 うまくいけば充分に目玉企画の大ネタとな『星降る夜の恋人』の函館ロケは七〇年の十じありませんか」 り得る。不謹慎な言い方になるが、ちょうど月十六日から十八日だから、時期的には佐伯「さあねえ、そこまでは : : : 当時のスタッフ が存命なら訊いてみることもできるんです いい機会かもしれないと思った。 の言った通りであった。 てんがい 実花はまず、広尾にある『天外プロダクシ「当時の住所の他に、本国の連絡先も載ってが、生憎と一人も : : : 」 ョン』を訪ねた。 ますけど、今でも住んでるかどうか : : : 一応「じゃあ、事務所を辞められた理由とかも分 かりませんよねえ」 天外プロは外人工キストラ仕出しの大手コピーお渡ししときましようか」 「そうですねえ、もともとエキストラの人は で、今もテレビや映画で見かける外人タレン「お願いします」 作品一本ごとの取っ払いみたいなもんで、ガ トの多くはここの所属である。 すかさず返答してから、 特撮旬報で以前『地球要塞の青春』につい 「同時期の留学生エキストラ、特に冲央大学チガチの契約でもなかったし。単なる暇つぶ て特集したことがあるので、ジャネット・アのエキストラだった方がいらっしやったら、 しで在籍したり、気まぐれで突然辞めちゃっ偵 探 の ンドリュースも天外プロに所属していたことその人達のコピーも一緒にお願いできませんたりする人も結構いますから」 か」 聞けば聞くほど調査の困難さが予想され、遵 は分かっている。 こ 0 さすがに当時を知る社員は残っていない「ああ、いいですよー が、特撮旬報は外人工キスト一フを取り上げる手間のかかる頼みだが、赤田は面倒そうな「あ、そう言えば : なんべい

7. 小説推理 2016年12月号

うとき、答えを聞かせてください . この様子 : : : いつもとは違う。沙雪は言う「信じますよ。僕もそうです」 べき何かをこらえているという感じだ。 パーティーで会った時、沙雪の美しさに圧沙雪は車から降りて、駆け出して行った。 「黒崎さん、一一つ訊きたいことがあるんです倒されたのは事実だ。ただ性格は合わないだ私はあまりのことに結局、まともな言葉を発 けど、 ろうと勝手に思って来た。交際するうちに考することができなかった。 しいですか」 沙雪は澄んだ瞳で遠くを見据えている。改え方も近く、この人とならと思えるほどいと っ 0 めてどうしたのだろう。 おしくなった。今は愛している。そう一一 = ロって しいレベルだろう。 「ええ、何ですか」 「じゃあ、二つ目 : ・ 沙雪がアパートを訪ねてきてから一一日後、 「一つめ : : : 一目ぼれを信じますか」 私は八神とともに尾行調査を終え、ウインド 沙雪は少し間をあけてからロを開いた。 思わぬ問いで、私は言葉に詰まった。 ミル探偵事務所に戻った。 「実は初めて会ったときに、ビビッと来たん「整形についてどう思いますか」 です。この人だって , 私はロを半開きにして、しばらく動くこと「お前ら、このタイミング狙ってたな」 風見が迎えた。午後三時。何のことやらわ 沙雪は少し、顔を赤らめていた。私はごくができなかった。 りとつばを飲み込む。 整形とい , っ言葉をなぞる。沙雪の澄んだ大からないが、事務所内には甘ったるい香りが 「一言葉にしにくい直感的なものが先にあっきな瞳、整った鼻筋、控えめでつやのある唇立ち込めている。 「何すか ? この高そうなケーキ」 て、交際を続けるうちにこの人とならうまくは本当に美しい。だが言われてみると、整い いく : : : そんな思いが強くなっていきましすぎている気もする。彼女のこの美しさは整八神が爪楊枝でケーキを突き刺した。 「ふふふ八神くん、やるな。すぐにこのタル た。そして今はこう思っています。この人と形 : : : そうだったのか。 なら一生、一緒にやっていけるって。 コ」めんなさい。急にこんなこと言って。困トがただものではないと見抜くとは。なん 沙雪はつぶらな瞳で、私をしつかりと見据りますよね。でもこれ、一生を共にする人だと、京都土産なんだな、これが , 風見は得意げだった。 えた。これは : : : 実質的というよりほとんどから聞いておかなくちゃいけないと思って プロポーズではないか。告白を受けたこと自「え、あの、若松さん : : : それはつまり、そ「いけるわね」 横から安田がばくついた。 体、生まれて初めてだ。私の顔も赤くなっての : : : 」 いるだろう。 「いえ、いきなりじや無理ですよね。今度会「いいか、諸君 ? 黒大寿という黒豆にシナ 338

8. 小説推理 2016年12月号

「私、子供のころから探偵にあこがれていた晴らしい。だがそれよりも沙雪との会話に手落ち着いて話すと、沙雪は案外に面白い女 んです。自分の中にハードボイルドつぼい勝ごたえを感じる。 性だった。先入観で美人は面白みがないと思 手なイメージがあって、その像を追いかけて「今は小金井に一人暮らしなんですけど、実い込んでいた。元刑事が聞いて呆れる。私も いたんです。その点、黒崎さんって私がイメ家は世田谷区です . 乗せられて自分が刑事になった動機について ージする探偵そのものなんですよ」 私は基本的に聞きに回った。 話す。刑事ドラマの影響という陳腐なものな こちらの心中を察したような答えだった。 「実家は栗の木坂殺人事件があった近くでので、あまり人には話してこなかったが、案 「イメージ : : : そうなんですか」 す。赤い一一一角屋根で : の定、沙雪は身を乗り出していた。 「ええ、おかしいかな」 苦笑いで応じた。私が刑事だったからか、 「へえ、ドラマの影響ですか。何か黒崎さ 笑顔に吸い込まれそうになった。 知っていて当たり前のように話しているが、ん、わたしと似ているかもー 「いえ、ただずっと探偵をやっていたわけでそんな事件は聞いたことがない。訊くかどう 私はいやいやと苦笑いで応じた。 はないんです。まだ探偵になって一一年ほどでか迷ったが、恥すかしながらと前置きして訊「古臭い人間ですよ。ラインも婚活を始めて す。それまでは刑事でした」 ねると、沙雪は大笑いした。 からやり出したくらいです。今もよくわかっ 「元刑事さん ? やつばりそうなんですねー 「フィクションですよ。『踊る大捜査線』にていませんし , 普通のお見合いなら、こういう情報は事前出てきてロケをやっていたんです。刑事もの「やつばり似てる ! 私もです。見ちゃうと に相手に届くことが多い。だが今回はパーテのドラマや漫画が大好きで、自分でも描いち既読になるじゃないですか。スルーしている ィーで知り合っただけなので、互いに未知のやったりするんです。応募したこともあるくと思われないために、来たことがわかっても 部分が多いのだ。もしかするとあの三分間でらいで」 あえて見ないでおこうって、小賢しく考えち 話したかもしれないのだが、すっかり忘却の「そうなんですか。才能豊かなんですね」 ゃうんです。まあ、ほとんど使ってないんで 彼方だ。 「そういうわけじゃないですよ。美大も受験すけどねー やがて先付が運ばれてきた。 したのに落ちましたし。自分のできないこと「同じです。似てますね」 「うわ、おいしそう」 にあえてチャレンジしたくなるだけで無鉄砲これ以外にも話がよく合って、一一時間余り 鱧の琥珀寄せに手を伸ばす。さすがに風見なんです。だから夢を追って、それを職業にがあっという間に過きていった。 オススメの店たけあって、味もサービスも素できる人って、尊敬しちゃうんです」 「それにしてもどうして婚活を始めたんです

9. 小説推理 2016年12月号

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10. 小説推理 2016年12月号

初犯、それも軽微な犯罪なのに、留置され ない。モデルの本人が十八歳以上だと確認で きれば、もちろん罪にはならない。だが今の初犯の被留置者の場合、勾留日が延びるにてから誰にも、それこそ弁護士にも柏木は連 ところ、九亠ハ番による「この肌の感じは絶っれて、表情がすさんでくる。自由と権利を絡していない。表情も穏やかだ。今までそん 対に一一十歳は過ぎている - という主観だけ奪われ、食事も提供されたもののみ。それもな被留置者を武本は見たことがなかった。何 より弁護士を依頼していないことが謎だっ だ。これではどうしようもない。現在、生活お世辞にも美味しいとは言えず、もともと小 安全課が同じ画像をネット上で捜して、モデ食でもない限り満腹にもならなければ、温かた。 ルの本人確認に当たっているが、しばらくはくもない。夜間は完全に暗くならず、目の上「移動」 を手や布団や衣服で覆えば、万が一もあるた本岡の声に続いて、被留置者一一一名と担当官 時間を要するだろう。 九十六番の顔色は優れず、目の周りは落ちめ担当官が注意して止めさせる。よほど神経一一一名の六名が廊下を進み始める。武本もそれ くぼんでいた。だが怪我は見受けられないが図太くない限り、熟睡はまず出来ない。 目の前を歩く柏木の背を武本は見つめる。 し、体調が悪いほどではない。武本は三人目そんな環境の中で、自分がこの先どうなる のか、いつまでこの生活が続くのか、外では担当官は被留置者の歩き方に注意を払う。傾 に目を移す。 いたり、足を引きずっていないかなど、昨日 家族や友人、職場や学校などがどうなってい ーーー九十七番、柏木か。 との差異を見極める。あった場合は、その原 気になっていた被留置者ということもあつるのかなどの不安にさいなまれ続けるのだ。 だからほとんどの被留置者が痩せるしすさ因を探り、通院や房替えなどの適切な処置を て、武本は柏木を注意深く観察する。 取らねばならない。 む。それこそ九十六番のようにだ。 顔色は悪くない。 目の前を進む柏木の後ろ姿にとりわけ異変 九十六番の留置は柏木の前日だが、時間に 怪我もないし、体調不良でもなさそうだ。 どこにも問題は見当たらない。だが、どこかすると七時間早いだけだ。盗撮の現行犯のうはない。それどこか前を歩く九十六番の落と 違和感を覚えた。正体を探ろうと、改めて柏えに、児童ポルノ所持の罪が乗ったのだかした肩や、丸まった背中と比べると、至って 木を観察する。髪はべたついているが、これら、不安や焦りは人一番だと思う。だとして元気そうだった。九十六番は既に私選弁護士 は留置以来の入浴が本日なのだから仕方なも、ほぼ同じ日数留置されているのに、柏木が付いている。だから今後どうなるかの概要 は知っているはずだ。だが柏木にはいない。 。改めて顔を見て、違和感の正体が判っはまったくすさんでいない。 ならば、この先自分がどうなるか判っていな ど , つい , っことだ ? た。柏木の顔は、やつれもすさみもしていな