桜木 - みる会図書館


検索対象: 小説推理 2016年12月号
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1. 小説推理 2016年12月号

るだろうしーートイレに行ってきます。みなです。その十万年の間に事件が起こり、それ それぞれにおもしろそうだ。未央子は急 さん、僕がいなくて淋しいでしようが、少しを解決していくというのが、いちおう中心とに自信がなくなってきた。 の辛抱ですよ」 なるストーリーではあるのですが : : : 。時系『四つのマドレーヌ』は、印象としていかに 宝来が廊下へ出ていくと、急に部屋が静か列はかならずしも直線的ではない上に文章ももこぢんまりとしており、破天荒なアピ 1 ル になった。大月があきれたような表情で桜木難解で、主人公の追っていた事件は結局何だ力という点では他の一一作にはっきりと劣って にたずねた。「最近の新人賞では、ああいうったのか、最終的にどう解決がなされるのいるように思える。 のが多いのかね ? 」 か、よくわからないという作品でして」 やつばり今回はだめなのかな、と未央子は 「いえ、わたしにも、初めてお目にかかるタ「それが宝来華厨王の小説か」大月景司は腕思った。 イプです」桜木は言った。 を組んだ。「奔放なところは彼らしいという最終候補に残ったとわかると同時に、うれ 「ところで、宝来さんの『三十五億年の密べきか、それとも、緻密なところは、人は見しさのあまり、家族や親戚、知人はもとよ 室』というのは、どういう話なんですかー未かけによらないと一一一口うべきか : り、メル友というメル友にそのことを言い触 央子は桜木にたずねた。「あの人、内容その「結末は、この場で申し上げるわけにはいきらしてしまったのだが、今では後悔してい ものにはまったく触れず、自慢話ばかりでませんが、かなりのカ作であり、傑作です」る。入選すればいいが、かりに落選すれば、 桜木は言った。 自動的に自分の敗北が世間に知れ渡ってしま 「『三十五億年の密室』は、的趣向をか「その作品が、有力候補なのかね」大月はたうではないか。言い触らすのは、最終結果が らめたミステリーです」桜木は言った。 ずねた。 出るまで待つべきだった。 「ストーリー以前に、まずスタイルとして非 「さあ、それはわたしの口からはーーー」 「それと、この『一一一十五億年の密室』には、 常に特異で、時間軸が紀元前から五十世紀ま未央子は、今までの話を思い起こしなが作品の内容以前に、きわめて大きな特徴があ で十万年に渡るという、非常に大きなスケーら、手元の紙にメモを取った。 りましてー桜木が思い出したように口を開い ルになっています。人類の誕生から、その滅初めて、自分以外の候補作がどんな内容でた。「今時としてはめずらしくーーー 亡までということですね。 あるかがわかったのだ。 ドアが開く音がした。宝来が出ていったの 最初の段階では原始人だった主人公が生ま大月景司の『蹉跌』は警察小説。宝来華厨とは反対側の、選考委員たちの部屋へ通じる れ変わりを繰り返しつつ、十万年生きるわけ王の『三十五億年の密室』は風ミステリドアだ。メガネをかけた白髪まじりの長身の

2. 小説推理 2016年12月号

, 刀 を、むりやり五百枚に引き伸ばしたにすぎなてはいけないというんですか ? 」未央子は驚「ここは小説の中じゃない。現実の世界なん い。あなたは短編の書き方と長編の書き方とき呆れて言った。「そういうあなたには、殺です。現実の中で勝つのは、自己アピールの は違うという、基本的なことがわかっていな人の経験があるんですか ? 」 できる、強い者です。弱い者が勝てるのは虚 いんじゃないですか ? ー 「まあ、ねえ : : ド宝来はいつもの人を馬鹿構の中だけです。そんなこともあなたにはわ 未央子は宝来の容赦のない言い方を不快ににしたような笑みを浮かべたが、急に、変にかっていないんですか ? 」 思いながらも、内心舌を巻いていた。今宝来真剣な表情になってつぶやいた。「人を殺す未央子はとっさに反駁の言葉が思いっか から言われたのは、未央子が自分の弱点としってのは簡単なことじゃないんだ。簡単なこず、唇を噛んだ。隣で大月も、嫌悪感を抑え て強く意識していたし、読者である夫や友人とじゃ・ : きれない表情で宝来を見ている。 からも、再三指摘され続けていたことだった未央子は、『四つのマドレーヌ』が入選し「お二人とも、僕のことが嫌いなようです のだ。宝来は、自分の作品についてはともかようとしまいと、オチもふくめて、全面的にね」宝来はにやにやしながら、未央子と大月 く、他人の作品についてはある程度の批評眼書き直してやろうと、心の中で誓った。小説の顔を見て言った。 をもっているのかもしれない。 を書くことに対してこのような、闘志に近い「でもかまいませんよ。お二人とは今日限り だからと言って、宝来の「とてもじゃなし なんだし、僕は編集者の桜木さんとさえ仲良 、強い感情を抱いたのは初めてのことだった。 が、入選のレベルではありませんねーという胸がムカムカし、目の前の宝来に対しても、 くできればいいんですから。ねえ桜木さん 言葉にすなおにうなずく気にはなれなかったひとこと言い返してやりたいと思わずにはい られなかった。 「ええ、まあ、桜木はあいまいに答えた。 「それで、この話の中で殺人は起こるんですその衝動のままに、彼女は宝来にむかって「おやおや、桜木さんにまで嫌われたかな。 か ? 」宝来は桜木にたずねた。 言った。「小説には、あなたのような人がよま、下っ端なんかどうでもいいですよ。編集 「ええ、連続殺人が」桜木は答えた。 く出てきますよね。うぬぼれやで自己中心的長クラスなら、当然僕のことをわかってくれ 「アマチュアってのは、実に安易に人を殺すなキャラが。そういう人は最後は必ずしつべ んだよな」宝来は嘆息した。「人を殺した経返しを食うんですよね」 験もないくせに」 「だから何だというんです ? ー宝来は一向に 「殺人の経験がなければ、殺人の場面を描いこたえていないようすだった。 かりんとう侍 , 中島要 文 葉 定価【 本体 611 円 + 税双 21 最終候補

3. 小説推理 2016年12月号

顔を見た。「『三十五億年の密室』とそっくりその堂本とかいうやつの小説をパクったとでた。「あの、してないと思います。もし私の鮖 じゃないですか」 も言いたいのか。冗談じゃない。おれは堂本書いた話が他の作品と似ていたら、それはま 「馬鹿言っな。全然似てねえよ ! ー宝来が叫なんてやっ、会ったこともない ! ったくの偶然です」 んだ。「ていうか桜木さん、あんた、おれの「本当ですね、宝来さん , 桜木がすこし厳し「ろくに他人の作品を読んでないから、びく いない間に『三十五億年』のあらすじをこい い表情になって言った。「もし不正があったびくしなきゃならないんだ」宝来は未央子を つらに話したの ? 」 ことがわかれば、あなたは候補失格になりま嘲笑した。「おれの読書量はハンパじゃない 「ええ。いけなかったですか ? 」 すよ , ぞ。古今東西、あらゆるミステリーを読んで 「勝手なことすんじゃねえよ。作者に断りも「あんたまで何言ってんの ? いいか、おれる。英、仏、独、中、韓、それにヘブライ語 は盗作はやってない。誓ってもいい、盗みはまで堪能だから、翻訳されてないものまで読 「なぜ私たちが、あなたの作品のあらすじをやってないー たとえーーー」 んでるー 聞いてはいけないんですか ? 」未央子が口を桜木が急に未央子の方を見て言った。「根「大月さんがここに残った、もうひとつの目 はさんだ。「あなたが一向に自分から話そう津さん . 的というのは」未央子は大月に小声でたずね としないからーー」 「何です ? ー未央子と宝来が同時に言った 9 た。「宝来さんが盗作をしてるかどうか、確 「うるせえんだよ。メスがロ出すんじゃねえ「あなたに言ったんじゃありません。根津さかめるためですか ? 宝来はどなった。「話すなら、おれのいんに言ったんです」桜木は宝来に向かって言 「さすが、あなたもミステリー作家の卵だ った。 る前で話せっての ! 」 ね」大月も小声で答えた。「だが、それはち 「堂本は、今回の作品には自信があると言っ 「だから ! 宝来はそう一一一一口いかけ、頭をよっと違う」 ていた」大月は続けた。「それなのに、今回かいた。「ああそうか」 「えっ ? 」 彼はコンテストに応募さえしてこなかった。 「根津さん、あなたも大丈夫ですね」桜木は「やつは盗作はしていない。盗みをしてない そのかわりに、宝来華厨王という男が最終選未央子に向き直って言った。「今ここでこんと言った、やつの言葉は本当だ」 考に残った。堂本の構想していたのとそっくなことを聞くのは何ですが、盗作はしていま未央子はわけがわからなくなった。「それ りの話をひっさげて : せんねー じや一体ーー」 宝来はけたたましく笑い出した。「おれが「してません , 未央子は目を白黒させて言っ 「まあ見てなさい , 大月はそう一一 = ロうと立ちあ

4. 小説推理 2016年12月号

たことがないのに」大月は首をひねった。 桜木が一一一一口うと、 ですね」宝来が口をはさんだ。 「わはははははは ! ー宝来は大声で笑い出し「堂本さんて誰です ? ー未央子は大月にたず「私にはすぐにわかった。堂本が私以上の実 た。「そうですか、やつばり落ちましたか。ねた。 力の持ち主だということがー大月は宝来のか 僕の思った通りでしたねー 「この新人賞の名物的常連だよー大月は答えらかいを無視して言った。「スト 1 リー 宝来が、他者への思いやりというものを持た。「今まで七回、最終選考に残っているー リック、文体、すべての点で頭抜けている。 たない人物であることは最初からわかってい 「へえ。七回もー未央子は感心した。 私はともかく、彼はいっかきっとデビューで たが、それも、ここまで来るとむしろ見事な「それはつまり、七回落ちたというだけのこきる存在だと信じたし、今でも信じている , ものだ。 とじゃないですか , 宝来が話にならんという 「しかしその堂本氏とやらは、今回応募さえ 「その通り、私は脱落した」大月は、やや顔表情で言った。「落ち癖のある常連ってやっしてないそうじゃないですか」宝来が言っ をひきつらせながらも、宝来にうなずきかけですよね , た。「あきらめたんです。カつきたんです た。「せつかくだからここに残って、結果を「めぐりあわせが悪いんですー桜木が言っよ。そんな負け犬をこの場で話題にして、何 見届けさせてもらうことにしたいんだがー た。「なぜかはわかりませんが、この人が最の意味があります ? 「いいですとも。僕が栄光に包まれる瞬間を終に残る年はいつも、飛び抜けた傑作がドー 「意味ならあるー大月は宝来をにらんで言っ 見せてあげますよ。たつぶりとね ! 」宝来はンと現れて、他の作品を蹴落としてしまうんた。 胸を張るというより、肥満した腹を突き出すです。実力のある方だというのははっきりし「さっき桜木さんから『三十五億年の密室』 ようにして言った。 ているので、何とかしてあげたいとは思ってのあらすじを聞かされたとき、以前堂本が私 「ところで , 大月が、ふと思いついたように いるんですが」 にくれたメールを思い出したんだ。 桜木にたずねた。 「私は堂本と、一度たけだがいっしょに最終〈いま新作を書いています。その内容はーー どうもとふみのり 「堂本文範君は今回はどうだったの ? 一次に残り、ここで顔を合わせたことがある。一一何者かに殺された主人公が霊魂となって他人 通過者の中に名前がなかったようだけど」 人そろって落ちたわけだが : : : 」大月は言っ にとりつき、犯人を捜す。その人が殺されて 「堂本さんは、今回は応募自体、されていなた。「それをきっかけに親しくなり、メールしまうと、主人公はまた別の人にとりついて いようです」桜木は答えた。 のやり取りをするようになった」 犯人捜しを続けるーーーというものです〉」 「本当かね。この十年、一度も応募を欠かし「落選の常連同士、傷をなめあおうってわけ「えっ ? それってー未央子は驚いて大月の -4 2

5. 小説推理 2016年12月号

書かれた話の内容は ? 」 ならなかった理由なんじゃないですかね、大す。実力に当っけられた、ねーーー。まあそれ 「まあいいじゃないかー大月は言った。「自月先生 ? 」 はそれとしてー 分で自分の作品の解説をするのは好きじゃな「それは選考委員の判断することで、君がど宝来が話に区切りをつけたので、未央子は いんだ」 うこう一一一一口う筋合いじゃないだろう」大月はす緊張した。次は自分の『四つのマドレーヌ』 「そう言われると余計に聞きたくなるな」宝こし顔を紅潮させながら言った。 について聞いてくるつもりだろうか。どう説 来は桜木の方を向いて「桜木さん教えてくだ「僕の言ったことは図星だったようですね」明したらいいだろう。宝来はそれに対して何 さいよ 宝来は笑った。「ついでに予言しといてあげと一一 = ロうだろう。 宝来に押される形で桜木は説明した。 ましよう。大月さん、あなたは落選しますところが宝来は、未央子の方には見向きも 大月の『蹉跌』は警察小説だった。 よ。今回が三度目の落選です」 せず、また別の話題を大声で話しはじめたの ヾ一」 0 主人公の刑事がおとり捜査のため、犯罪組「なにつ ! ー大月は宝来をにらみつけた。 織に潜入する。組織の一員の命を救ったこと「ちょっと宝来さんーー桜木が宝来の暴言「僕は、ここに来ることができなかった作家 から信用を獲得し、幹部に取り立てられる。を止めようとしたが、宝来はかまわずしゃべ志望の仲間たちの分までがんばらなきゃなら 組織の中で親友を得た。その妺と結婚し、子り続けた。「かわいそうに、あなたはまたしないんです。僕の親友のある男は、野心は人 供もできた。いずれ、地位と富が自分のものてもデビューできない。もう六十一歳なの一倍あるものの、才能がまったくなく、一一十 に。僕の受賞記念のエッセイではあなたのこ年書き続けて、一次選考を通過したことすら 「そうい , つ小説や映画って、今まで百万本くとを書いてあげますよ。『かわいそうなかわ一度もありません。それこそ大月さんではあ らいあるんじゃないですか ? 。宝来は鼻を鳴いそうな、お年寄りの常連さんがいました』りませんが、就職もできず結婚もあきらめ、 らして言った。 とねー 五十、六十、七十歳になるまで書いては応募 「警察小説が山ほどある中で新味を出そうと「君は、自分が入選すると今から信じているし続ける。そして死んでいくんでしようね。 補 するなら、設定の段階でもっともっと練る必のか」・大月は怒り半分、あきれ半分の表情で彼はよく僕に言いますよ。『君の才能の千分 要があったはずです。こ , ついうありふれた設 . 言った。「どうしたらそんなにうぬぼれるこの一でも僕にあったらなあ』と。それでです最 定に飛ひついてしまう腰の弱さが、一一度候補とができるんだ ? , になりながら、一一度とも苦杯を嘗めなければ「うぬぼれじゃありません。これは自信で完全に無視された未央子は、安心したよう

6. 小説推理 2016年12月号

をす文第 桜木紫乃 双葉文庫 『蛇行する月』 を 2 週連続で紹介 ! 希望の声、い 北海道文化放送 乃恥坂 46 橋本奈々未の 田月 27 日より毎週木曜日。 深夜 0 時 25 分スタート ! 怪戸、 、物※ ' 蛇行する月」はⅡ月 24 日・貶月一日放送予定。 北海道地域限定放送 ( 地上波 ) 番組公式 HP http://uhb.jp/p「ogram/koisurubungaku—summer/物黶催 ~ 桜 ままならぬ人生を辿る女たちが見いだした、ひとすじの希望。 生きることへの温かなエールが胸に響く物語。 北海道の書店員さんが選ぶ 『蛇行する月』桜木紫乃 双葉文庫・定価 : ー + 税 弊社 HP からも購入できます。 http://www.futabasha. CO. jp/ 双葉社 重版 出来 ! 第 1 回「北海道ゆかりの本」大賞受賞 !

7. 小説推理 2016年12月号

がり、テープルを回って宝来に近づきながらなんだ。『三十五億年の密室』が本になったった。大月と桜木が視線を交わしている。宝 ら読むといい。凡人と天才の差がどういうも来は気づいていない。 言った。「ニー・チーファンラ ? 」 のか、あんたにもわかるはずだよ。あんたは大月は「ちょっと」と桜木を誘い、廊下に 「はあ ? ー宝来は目を丸くした。 「中国では「こはん食べた ? 』というのが、今回、おれと同席できたことを誇りに思うべ出ていった。未央子は急に宝来と一一人きりに ・なってしまった。宝来は、ただひとりの「標 こんにちはの代わりなんだ。あんた、中国語きだ。本が出ると同時におれは名士になり、 毎日政財界の大物とタ食をともにすることに的」となった未央子を、ぎらぎらとした目で は得意じゃなかったのか ? 」 なるんだから。明日からのおれは、あんたに見つめている。最悪だ。 「うるせえな、あんたの発音が悪いんだよ。 とって雲の上の存在だ。今のうちによく拝ん宝来の一一 = ロうことのほとんどすべてが嘘と知 落選者が何のたよー ったかぶりであることは、ほぼ確実だが、そ 「堂本はいつもメールでこぼしていた。最でおきな」 近、自分のアイデアを言葉たくみに引き出し「あんたに何か言うと、自慢話だけが百倍にれを証明する方法がない。『三十五億年の密 て、盗用しようとする者が多くて困っているなって帰ってくる。会話にならんな」大月は室』が盗作であることも、証明するのはむず と、大月は言った。「だが、あんたはそんな苦笑し、肩をすくめて言った。「まあ、あのかしそうだ。だが大月が一一 = ロうには、あれは盗 あらすじを聞いただけで、あれがただの小説作ではないという。どういうことなのだろ ことはしていないと一一一一口うんだね でないことはわかるよ。作者が誰だったとしう。大月にわかっていて自分にわかっていな 「当たり覗たろ ! 」 いことがあるのだろうか ? 「『三十五億年の密室』の主人公が、十万年ても、相当書き直しをしなければならなかっ ドアがあき、編集長が入ってきた。 にわたって輪廻転生をくりかえしながら、事たはずだ」 件の真相を探るというのは、あんたの独自の「その通り。パソコンの打ち過きで指にタコ「おや、桜木君はどこへ ? ー編集長が室内を ができたよ。ほら」宝来は両手のひらをこち見回しながら言った。 アイアアなんだね」 「そう、あんたみたいな凡人には、それこそらに向けてみせた。本当に、人差し指の腹に「ちょっと廊下へー未央子はそう言ってか ら、緊張した。「あの、最終結果が出たんで 百回生まれ変わったって思いっかないアイアタコができているのが、未央子にも見えた。 アだ。あんたは一生コンテストに出し続け、「やっと五百枚を打ち終えた時には指が痛くすか ? 」 「いえ、まだです」編集長はそう言うと、未 一生入選できないまま死ぬ。生まれ変わっててね、プリントするのに骨が折れたよー も同じさ。凡人は何度生まれかわっても凡人えっ ? と言う桜木の声が未央子の耳に入央子と宝来の顔を交互に見ながら言った。 27 最終候補

8. 小説推理 2016年12月号

とだったのか。 「いまどきの作品としては珍しく、手書きでてくれと」〈宝来〉は泣いている。 書かれている、と言おうとしたんです」桜木「入選が決まり、先生方から祝福を受けたそ「島野は言った。『その通り、お前はバカ のあとで、すべてを明かす。本当の作者は島だ。バカなことをしてるとおまえ自身分かっ がひきついで言った。 野和夫であることを。選考委員からの祝福だていてもどうにもならないほどのな。おれに 「なにつ =: 〈宝来〉は目をむいた。 「島野和夫は、下書きの段階ではどうだったけ、その喜びだけおれにプレゼントしてくれは、おまえのことは全部わかってるんだ』 か知らないが、『三十五億年の密室』の完成と、土下座して頼んだ。このおれが土下座しその瞬間、おれはカッとなってーーー島野の 原稿五百枚は手書きで書いた。あんたはそれたんだ。それなのに島野のやっ、おれの頼み首に手をかけたのは覚えている。われにかえ を知らないまま、ここへ来てしまったとい , つに耳も貸さなかった。おまえみたいな才能のった時、あいつはもう : ・ カケラもないやつに、なぜそんな慈善事業を「島野さんを殺したあとで、ここへ来たんで わけだ」 「そんなーーーー・島野のやっ、そんなこと一してやらなきゃならないんだと言った。あいすかー未央子は気持ち悪そうに身を遠ざけな 言も」〈宝来〉はそう言ってからあわてて手つ、いつもおれをバカにしてたんだ。『おまがら言った。「いずれつかまるでしように。 でロを押さえた。 えには、人のアラ捜しをする才能はあって 「もう警察には連絡したのか ? 」編集長が桜も、みずからものを作り出す能力はない。か わいそうに、六十になっても七十になって 木にむかって言った。 「ええ、いまこっちに向かってます」桜木はも、コンテストに出しては落ちるだけの人生 だ。おれはデビューしてプロになる。おまえ 答えた。 宝来はいきなり編集長を押しのけ、別室へは死ぬまでアマチュアのまま、他人をこきお 行こうとした。編集長はその腕をとり、背後ろしていればいい』くそっ、そんなバカな人 にねじあげた。〈宝来〉が悲鳴を上げた。「痛生ーーそれがおれの一生なのかよ。それしか おれにはないっていうのかよ ! 」 い痛い。腕が折れるー 「編集長は合気道一一段です。さからわない方初めて〈宝来〉の涙を見ながら、未央子は 思っていた。入選できないまま五十、六十に 力いいですよー桜木が声をかけた。 「島野に頼んだんだ。ここへ来る権利を譲っなっていくやっというのは〈宝来〉自身のこ 狙マ荻原浩 Hiroshi Ogiwara 撃マ を家族の平和を守るため、 ~ = ママは再び銃を手にする = 直木賞作家がハードボイルドと 。・ホームドラマを融合させた異色の傑作 / 第一定価 : 体体 6 円ト税双葉文庫 奥は ' 阮暗殺者 ! ? 31 最終候補

9. 小説推理 2016年12月号

編集長は別室へ行こうとした。宝来が飛ぶよ「落選したジジイのたわごとにつきあってるも言ったじゃないか。これはミステリー史上 うに駆け寄っていった。 暇はありません」宝来は編集長を押すように に残る傑作でーーー」 「僕もいっしょに行ってい、。 してすよね。もうし、隣室へ向かおうとした。「さ、僕を先生「それはあらすじじゃなく、自慢だ。あらす 受賞が確定したんですから」 方に紹介してください」 じそのものを聞かせてほしいんだ」 「それは困ります」編集長は言った。「最終「あんたに、その部屋へ行く資格はない , 大「それは桜木さんから聞いただろ ! 的な結論が出るまで、もうすこしここでお待月が言った。 「そう、たしかに桜木さんからあらすじを聞 ちください 「まだ、僕が堂本とかいうやつの作品を盗作 いた。あんた以外の全員がね」大月は言っ 「いいじゃないですか。どうせ入選するのはしたとでも言いたいんですか ? 」宝来はオーた。「あんたの口から聞かせてほしいんだ。 僕に決まってるんですからー バーに首を振ってみせながら言った。「その桜木さんが言ったのと同じあらすじを」 押し問答を続けている宝来にむかって、大疑惑はもう晴れたはずです。僕は盗作などし「いやだね」宝来は首を振った。「自分で自 月が声をかけた。「おい。あんた」 ていない」 分の作品を解説するなんて、気が進まない。 「あんたとは何ですー宝来は顔をしかめ、不「そう、あんたは盗作はしていない。盗作をあんただってそう言ったじゃないか , 快そうに大月を見た。「落選者からあんた呼する手間さえ惜しんだーーと一一一一口うべきかな」宝来のそのようすを見ながら未央子は思っ ばわりされる覚えはない」 「えっ ? えっ ? ー未央子はいよいよわけがた。もしかしたらこの人 「しかし私はあんたの名を知らないんだかわからなかった。 編集長も同じように思ったようだ。「宝来 ら、あんたとしか呼びようがない」 「こいつ、これですよー宝来は編集長にむかさん、あらすじを言ってください」 「えっ ? 」未央子は大月と宝来の顔を見比べって、頭の横で指をくるくる回してみせた。 「あんたまで何を言ってるー宝来は叫んだ。 こ 0 「こんなやつにかまわずに別室へ行きましょ もしかしたらこの人、『三十五億年の密室』 のあらすじを知らないんじゃないかしら ? 「何を言ってる」宝来はなかばあきれ、なかう」 補 ば嘲る表情で言った。「僕は『三十五億年の「私の頭を疑う前に、頼みがある」大月は一言「ありえないわー思わずロ走っていた。「作 密室』の作者・宝来華厨王ですよ。まあペンった。「『一一一十五億年の密室』のあらすじを聞者が、自分の書いた小説のあらすじを知らな最 ネームですがねー かせてくれないかー いなんてー 「いや、あんたは宝来華厨王じゃない」 「あらすじ ? ー宝来は顔をしかめた。「何度「いや、ありえるよ」大月が未央子にうなず

10. 小説推理 2016年12月号

男が、こちらに入ってきた。 で思った。 大月に言った。 「編集長 ! 」桜木が男の顔を見て立ちあがつ「それでは」編集長は別室へ戻っていった。 「いいんだ、落選は慣れてるから」大月は未 た。「もう選考が終わったんですか。早いで未央子は急に、心臓が今まで以上にどきど央子に笑いかけ、それから小声でこう言っ すね、 きするのを感じ、思わず胸に手を当てた。自た。「実は、ここに残った目的はもうひとっ 「いや、まだ途中だ」編集長はそう言ってか分と宝来が最後の一一人ということか。どちらあるんだ」 ら、大月にむかって頭を下げた。 かが入選し、どちらかが落ちるのか。 「えっ ? それはーーー」 「大月景司さん、あなたの作品は早々に圏外この選考会の非情さが、急に、あらためてドアがあき、宝来がどたどたという感じで になりました。お引き取りいただいてけっこ実感されてきた。落ちた者は去れ。まさに弱部屋に入ってきた。「便秘がやっとなおりま うです」 肉強食だ。 したよ ! おや、大月先生、どうしたんです 「今回も駄目だったか」大月は少し青ざめつ ? 顔色が悪いですね」 つも、意外にさばさばした表情で桜木にたず「大月さんの作品が、圏外になったんです」 一一人 ねた。「落選も三度目となると、そんなにシ 大月は落ち着いていた。少なくとも未央子ョックでもない このまま、ここに残っ の目にはそう見えた。 ていてもいいかね。決着を見届けたいんだ」 「参考までにおたずねしたいんですが」大月「それはもちろん、かまいませんー桜木は答 は編集長にむかって言った。「私の作品のどえた。 こがまずかったんです ? 」 未央子にとっても、大月が一緒にいてくれ 「よく書けていますが、既視感がありすぎるる方がよかった。ここにすわったまま、宝来 というのが、選考委員全員の一致した意見での独演会を一人で聞かされなければならない すー編集長は気の毒そうに言った。「警察小なんて、考えただけでぞっとする。 説を書くのであれば、よほど新味を出さなけ「とりあえず、生き残れておめでとう」大月 れば、むずかしいのではないかとー は未央子に言った。 宝来の言ったとおりだと、未央子は心の底「何といいますか、お気の毒です。未央子は 一ンザキ 両角長彦 仕掛けれている′ ・、圧倒的不利な状況から にき天才ギャジプラ : = 半崎ほ ' ア 生還できるか ! ? 定価ー木体 6 円、税双葉文庫 物 17 回大藪春彦賞 & ( 短編部門 ) 回日本推理作家協会賞 W ノミネート作品 23 最終候補