甘やかしは飛竜の教育上よいとはいえないが、あれくらいの重りをぶら下げたくらいでは ディーノの行動を規制することはない。 当人には鴉魔なお荷物だろうが、あの腕をチビが気に入ることに不都合はない。 赤ん坊であれ、飛竜は炎を吐く。 至近距離で浴びせられる炎の攻撃を受ければ、ゝゝ し力に無敵のディーノであっても歯が立た ないはずだ。 この小さな飛竜に対するには、腕一本が完全に封じられているし、ディーノが剣を拾うの と飛竜が炎を吐くのとでは、炎のほうが早い。 飛竜がディーノの手の届かない高みに逃げのびるほうが早い。 飛竜に危険は及ばない。 ディーノが怪掫することは、本来敵討ちをしたいシルヴィンにとって、むしろ望ましい だから問題はない。 肩をつかんで背に回されていた腕を放され、足場を踏みかえてきちんと自分の足で立った 話ファラ ・ハンは、きよとんとしながらディーノと小さい飛竜を見る。 行わずらわしいとばかりに、ディーノが飛竜のひつついた腕を大きく振る。 その動きに従って、振り落とされようとしている飛竜は嬉々としてキュイキュイ哭きなが ら、ディーノの腕になおしつかりとしがみついた。何もされないで放置されるより、かえっ
身の危険を感じ、ディーノはつかんでいた手を開いて勢いよく記うを振りすてる。 ぶんと振りすてられた小さな飛竜は、翼を広げながら素早くをディーノの腕に巻きっ 勢いの反動を利用し、振り子の要領でディーノにびたんとひつつく。 しつかりと小さな両手でディーノの腕にしがみつき、肩ロ目指してよじよじと昇った。 たくましいディーノの腕を抱きかかえ、キュピキュピと小さくきながら目を閉じて、盛 りあがった形のいい 筋肉に頬ずりする。 びこう ばさばさと翼が開閉し、尻尾がひらひら振られた。耳がふかふかと動き、鼻孔がふくら む。 すっかりな様子だ。 まゆ むむっと口を真一文字に引き結び、ディーノは眉をしかめて目を寄せた。 まあどうしたものかしらと目でうかがったファラ ・ハンに、シルヴィンはそ知らぬふりを し、先に立って歩きだした。 相手がディーノなら、シルヴィンがとやかく口出しできる相手ではない。 きゅうてき にく ディーノはシルヴィンにとって大勢の仲間の仇敵である。憎んでもなおあまりある男だ。 たとえディーノが死ぬほど迷惑していたって、どうこうしてやりたくもない。 ほお
どな シルヴィンの怒鳴り声に返事などできるはずもない。 第一レイム自身にも、それらの答えはわからない。 ハンに、ディーノはさりげなく腕を 勢いにびつくりし後ろで小さく悲鳴をあげたファラ・ さしだしていた。 ・ハンはディーノの腕を無意識に両 鞍の端を握りながら、すがりつくようにして、ファラ 手で抱えていた。ディーノという壁に、直接襲いくる激しい風に似たものをやわらげられて も、その速度たるや、めまいがし、気分が悪くなるほどだ。 乗り手がどっかりとしているからか、ディーノの飛竜がもっとも安定し、最初のままの姿 勢を保ったまま、移動を続けている。 ゆっくりと錐もみして回り続けているレイムには、とうの昔に上下感覚はない。 ときどきわずかにかしぐシルヴィンの飛竜も、ディーノから見れば、いっしかかすかに んだ姿勢で落ち着いている。 不意に。 行 平 導球が消えた。 視界に色が生じた。 くら
「なんだと ? 」 それはディーノにとっても、あまりにも他愛ないこと。 狙われ、追い払えぬことこそが、愚かさのとなるようなこと。 さら ハンの轗さに、むっとした。 それよりも、無防備にひとならざる姿を晒すファラ・ 毒づきながら、ディーノは素早く飛竜を降下させ、ファラ・ ハンの後を追った。 ぐんと落するようにして降下した勢いに乗りそこね、ディーノの肩の上に乗っていた小 さな飛竜が振り落とされた。慌てた飛竜は、夢中になって翼を広げる。 幾分かおばっかない格好で翼を広げる小さな飛竜を、母親であるシルヴィンの飛竜が下か ら受けとめる形になった。 腕を伸ばしたシルヴィンの手に、小さな飛竜の尾の先がっかまれる。 小さな飛竜は、シルヴィンに助けられ、その腕にしがみついた。 袵おぞましい格好をした巨大な虫に追いかけられていた娘は。 平悲鳴をあげながら、まろぶように駆けていた。 えもの 見たこともない醜い虫が、明らかに自分を獲物と見て狙っていることがわかった。 掫まえられたら何をされるか。 みにく ねら
230 手を貸そうとしたレイムより早く、身軽く竜を飛びおりたファラ ・ハンが、白い衣装の 裾をひるがえし、のごとく駆けだす。 思いのほかに鮮やかな格好で飛竜をおりたレイムと、小さな飛竜がファラ・ ハンを追う。 二人の行動を見てとり、シルヴィンが飛竜から飛びおりる。 ちぎれ落ちょうとしている首で、何か言いたげに口を動かしかけた領主に。 無表情でディーノがを振りあげた。 「やめてえっ ! 」 ハンか 横から駆けこんだファラ・ 振りあげた腕をいまにも下ろさんとしていたディーノにしがみついた。 きらめいた刃を恐れるゆとりなど、微もなかった。 自ら胸に飛びこんできた美女に。 ぎくりとディーノは体を硬直させる。 くう しなやかに空を泳いだのは、長い黒髪。身を抱きすくめたのは、たおやかなる白い腕。 動きを封じようとする、あまりにもはかない力を、ディーノには振りほどくことができな かった。 「お願い、待って 顔をあげてし、ファラ ・ハンはディーノを見つめた。
206 う 飛竜の体が浮きあがるのと同時に。 とびら 扉が開かれた。 駆けこんできたのは、領主である紳士、ツィークフリートだ。 軽く息を切らせた領主は、射るような視線で飛竜の背に身を置くディーノを睨みつけた。 ディーノは涼しい顔で視線を受け、すうっと目を細めて薄く笑った。 いかなる場合であろうと物怖じしない、あの天性の王者たる者の表情でしいを蔑ん もくろみ 目論見など最初から見透かされていたことが、領主にわかった。 ぎりつしみしめた領主の瞳が。 腰を落ち着けるやいなやで、少々の安定感を欠く動きかもしれなかったが、そこはディー ノのこと。絶対の信頼を置いているもの期待を裏切ることはない。 あいぼう まるで生来の相棒ででもあるかのように、 にしぜんに、ディーノは飛竜の上にいた。 後ろに乗せられたファラ・ ハンの腕の中をすり抜けて、自分の定位置に戻らねばならない のか、小さな飛竜はファラ・ ハンの腰に回されていたディーノの腕のほうに居場所を変え る。 0 にら
216 「行きましよう」 薄絹の花びらを持つ大輪の花が咲きこばれるかのような、艶やかな知みを投げかけら たまし、 れ、レイムの魂か震えた。 かんいつばっ しびれて遠のきそうになる意識を、間一髪、つなぎとめる。 いらえを返し、レイムは飛〉もの笋緒を大きくさばいて握りなおした。 降下しようかと身がまえたとき。 ファラ・ ハンの腕がレイムの腰に回された。 はかないカですがる、白く細い指先。 身を支えるために当然の仕草でなされたそれは、飛竜の初心者であるレイムにはもちろん 初めての体験だった。 誰かの後ろに同乗することは、ディーノのそれでなれているファラ・ ハンだ。 どうあってもそうしなければ安定が悪いというわけではなかったが、同じ飛竜に乗るお互 いの動向を知る意味において、この姿勢は絶対的な意味がある。 囀なファラ・ ハンの腕を意識し、レイムの心臓が早鐘を打った。 麗しい彼女の肩を抱き、をくための儀礼とはいえ、そのすべやかなルに少しでも唇を は 這わせたことがあるという記憶が、よけいにレイムを落ち着かなくさせた。
誘導するシルヴィンの後についていくように、よろよろと翼を動かした。 したう うまく空域を脱したレイムとシルヴィンを見送りながら、ディーノはかるく舌打ちする。 ディーノの腕にしがみついた小さな飛竜が、ぶるぶると体を震わせてえていた。 ときおりちろちろと目を開けるが、たいていのものは見るのも嫌という感じだ。 まただなか 打ち上げ花火のほば真っ只中にいたディーノたちの飛竜は、うかつに身動きできなかっ ここはあまりにも場が悪い なんとかして場所を変えようとやっきになるディーノの後ろで。 とどろ 間近く聞こえた雷と花火の爆発音が同時に轟いた。 小さな飛竜が一瞬飛びあがって驚く。 きようがく ハンの腰が、鞍から滑った。 音の大きさに驚愕して動いたファラ・ 慌てたはずみに、抱えていたディーノの腕から手が離れた。 自力でしがみつくのに任せていたディーノのだ「た。 平気づいたディーノの反応は、一瞬遅かった。 ハンの体が空に投げだされる。 悲鳴をあげながら、ファラ・ ハンが翼を広げる。 落ちまいと、無意識でファラ・ くら
白目に血の色のを浮かべ、一瞬にして真紅に染まり縦に一筋に伸びた。 いぎよう くや 口惜しさの形相がそのまま、異形の輩と化した。 が鑑を持ちあげるように髪が逆立ち、ロが耳まで引き裂けた。 「じゃっ : 領主が生臭い炎の息で吠えた。 長く伸びだした爪で指差すディーノの飛竜目がけ、瓦礫からに似た黒い疾風がる。 ふんと鼻を鳴らしたディーノが、わずかに速く飛竜の笋を引く。 黒い疾風の上に、飛竜が纃のを吐きだした。 おぞましい悲鳴をあげて黒い疾風が燃え崩れた。 ハンが耳を押さえる。 びくりと震え、思わずファラ・ 一の差で、領主は己の上にも降り注がんとした焔を腕を上げて防いだ。 しゅうあく うろこ 上等の絹を用いた上着が燃え落ち、鱗に覆われた醜悪な形をした腕がむきだしになる。 飛竜を上昇させながら、高らかにディーノが笑った。 いんどう かたまぞく 袵「ひとのふりをして領主の名を騙る魔族よ ! 貴様らの仲間ごと引導を渡してやる ! この 平俺の手にかかれることを喜ぶがいい
す。 た腱で歩を進め、素早くファラ・ ハンの横に入ったシルヴィンが、ファラ・ ハンの腕に抱 ひりゅう かれたままの飛竜の赤ん坊の翼の端をつかんだ。 飛竜の扱い方を熟知している手つきを感じ、赤ん坊の飛竜は自分の翼をつかんだ者のほう にきゅるんと首をめぐらせた。 「いいかげんに下りなさい」 ひとみ 水色の瞳でシルヴィンが小さな飛竜を睨みつける。 しつけは幼いうちからきちんとしておかなければならない。ひとのあいだで育っ飛竜に は、特に重要なこと。竜使いの村で育ったシルヴィンとしては、ごく当たり前に身についた 習慣だ。 小さな飛竜は怖い顔をして見下ろすシルヴィンの目から逃れるように、翼をつかんだ手を 跳ねのけて、小さく翼をたたんだ。ファラ・ ハンの胸に顔を埋め、薄絹の衣服をしつかりと つかんで、いやいやするように首を振る。 量感のある形のいいまろやかな胸のふくらみが、小さな飛竜の動きに押されて揺れた。 「きゃあ ! やめて ! くすぐったいー たまらず、くすくす笑いながら、ファラ ・ハンは身をよじる。 ファラ・ ハンの背に腕を回し、支えたままだったディーノは、甘ったれた飛竜の仕草に、 にら