言っ - みる会図書館


検索対象: 文藝 2015年 spring
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1. 文藝 2015年 spring

しくらい余韻を楽しむ、ってことするでしよ。それを薄情なあなたやめたらん力し 、、。ほんで、そのお稚児さんも一丁前に刀、振り回し はしない。さ、とか言って行ってしまう。お願いたから、どこにもてんと逃げなあかんかな。殺されてまうどおっ 寄らないで僕と一緒にここを出てください この機会を逃したら薄と、 群衆はそんな風に言うが私も弁慶もそのまま斬り合う。そし 情なあなたは二度と僕に会わないに決まっている」 て、ヒラヒラして邪魔な女の服を脱ぎ捨てた私が、女の服の下に直 そう言って弁慶は私の手を掴み、南側の扉の陰に引っ張っていく 垂を着てその上から腹巻を付けているのを見た群衆は、「おわおつ。 と、私の背を扉に押しつけ、顔を近づけていった。 やりよると思たら武装してけつかる。あら、普通のお稚児とちゃう 「千振り、集めようと思っていました。そしてあなたの太刀に出会ど。こらおもろなってきた」など言って盛り上がる いました。ちょうど千振り目です。でも、もうそんなことどうでも女子供はいきなり縁先で斬り合いが始まったものだから、悲鳴を 残りの九百九十九振りは棄てたっていし あなたの太刀が欲上げて逃げ惑い、後ろから押されて縁側から落下する者も出て、ま でしょ - フ ? ・くたさい しい男がここまで言っているのです。 た別のものは二人を堂に入れまいとして、堂の扉を慌てて閉めよう とするも閉まらない 可愛い女の格好のあなたの腰にあるその黄金の太刀を」 「これは先祖より伝わる大事の太刀。構えて余人に取らせることは「あれ、閉まらない。なんでなんでなんで ? 」 出来ません」 「痛い痛い痛い。はさまっとんにやがな。無茶したらどんならんが 「そこをなんとか」 な。痛い痛い痛い、やめつ、こら、おい、痛い痛い痛い痛い 「ならぬ」 「あれあれあれあれ。なんばやってもしまらへん。どないなってん 「そうですか。わかりました。仕方ありませんね。言葉なんて虚し いものね。では、武芸を競べて勝ったほうが太刀を取るということ「痛い痛い痛い痛い。骨、折れた」 にするしかありません」 大騒ぎをいたしている。 「そういうことだったら相手になりましよう」 そんな間も秘術を尽くして斬り合う私と弁慶、跳んだり跳ねたり と、私が言い終わらぬうちに弁慶は抜刀、私も太刀を抜いて斬り走り回ったりしながら、ひらつ、ついに私が観音堂の前面の崖に突 合いとなった。 きだした大舞台、俗に申す清水の舞台に飛び降りると、弁慶もこれ それを見て人々は口々に言った。 を追って飛び降りてきて私たちは舞台で闘った。 「うわっうわっうわっ、なんちゅことすんねんな。こんなせつまい これ にいたって最初は布がっていた群衆も、まさに舞台の芝居を とこで刀、振り回して危ないがな」「それもおまえ、あんな、大き見るような気分になって集まってきた。 な坊さんが、あんな小さいお稚児さんを嬲ってなはる。なんちゅこ 「いつやー、凄いですね。大入道と美しい稚児の、あんた、世紀の とさらすんやな。可哀想やがな」「ほんまやで、あああっ、いまに決戦、ちゅうかんじでっせ」 もやられてまいそうやがな。おいこら、坊主。可哀想やないかい、 「さよさよ。あんた、どっちが勝っと思いなはる」 502

2. 文藝 2015年 spring

ことをしたのか 思いつつ、私は予定通りに清水に参籠した。私が内心でそんなこ特に理由はない。なんだか急に女の格好をしたくなったからだ。 とを思っているとは知らずに弁慶は私を探して本堂近くまでやって私はときどき、急に女の格好をしたくなるときがあった。だからい きた。もうこうなるといまでいうスト 1 クである つも女の服一式を持ち歩いていたこのときもそうで、女の格好を 弁慶は本堂の正面に立った。なかには参籠する人の多くいて、そ したくなったから女の格好に着替えた。ただそれだけのことだ。 れぞれがてんでに経を読む声が聞こえてくる。なんだかバラバラで けれども弁慶はそんなことは知らない。声を聞いて私だと思って まとまりない印象。ところかそんななかに、ひときわ、くつきりと ここまできたら女が座っている。いったいどうなっているのだ。と、 鮮明に聞こえる声があった。 混乱したのだ 表正面の中央、格子戸の側から聞こえるその声が読むのは法華経もうどうしていいのか、自分でもなにを言っているのかわからな の第一巻。 い、なにをしているのかわからない弁慶は、腰に差した太刀を抜き、 有象無象の発するバラバラな、まるで豚の吠え声のような音の渦その鞘カバーを私の脇の下に突っ込んで上下に揺さぶりながら言っ のなかで、その声だけが天に届く光を発する柱のように屹立してい 、、 0 「あなたはお稚児さんですかそれとも女なのですか。もう僕には 弁慶はその声がさきほどの男、すなわち私の声に似ている、と思なにもわからない。でも、あなたも参詣人なら僕も参詣人。仏の前 った。そう思うと確かめずにはいられないそこでさすがに長刀をでは平等です。だから、だから、隣に行っていいですか」 ぶら下げて御堂に入っていくわナこよ、、 ( ( ーし力ないから、これを長押に しかし、私は返事をしないで向こうを向く、その時点で弁慶はよ 載せ、太刀はそのまま帯びて、「どけ、こらつ。私は関係者だ」と うやっと私だと悟った。なぜならそんな気色の悪いことをされて、 か言いながら、傍若無人に人々をかき分けて、奥へ通っていった。 きゃあ、とも、すう、とも言わないで黙っているなんて常人には絶 弁慶は経を読んでいる私の真後ろに足を広げて立った。 対に不可能だからである。「やつばしゃないですかあっ」そう言っ 薄ばんやりとした灯明の光に照らされた弁慶のシルエットを見たて弁慶はまた激しく鞘カバーをいのかした。それにいたって初めて 人々の、「なんちゅう凶悪な坊さんだ」「でかっー「私ら殺されるかも」私は弁慶に言った。 と囁く声が私の耳に聞こえた。 「なにを考えているのですか。ここはおまえのような乞食が来ると かなり前からその気配を察知していた私は、きつ、と振り返った。 ころではない。おまえのような乞食は乞食らしく、木の根元とか雑 弁慶は私にのしかかるように立っていた 草の生えた野原のようなところで乞食的に祈りなさい。それでも仏 そして私を見た武蔵坊弁慶は極度に混乱していた。なぜなら、そ様は、ああこんなとこで乞食が祈ってる。可哀想だから助けなきや、 のとき私は女の格好をしていたからである。弁慶と別れてここまでと言って助けてくださいます。さあ、皆さんの迷惑になりますから、 来る間に私は着ていた服を脱いで女の格好に着替えた。なぜそんな乞食は出て行ってください。あ、でも立って歩いたら駄目ですよ。 ラ 00

3. 文藝 2015年 spring

義仲はそう言う私の目を暫くの間、大きな瞳でじっと見つめてい とだけ言って義仲の館を後にし、上野で長らく待機させていた伊 た。私は心の奥底を読まれているようでぞっとした。けれども嘘偽勢三郎と合流した。「おそーい」と伊勢三郎は文句を言った。私と りではなく、本当の気持ちを述べたので、臆することなく義仲の言弁慶はヘらへらしていた。三人で平泉に下って、暫くしてから少進 葉を待った。暫くして義仲は言った。 坊が処刑されたことを知った。完全黙秘を貫いた、とのことだった。 「いやほんなんもういつばっちゃん」 それからすぐに挙兵するつもりだったがなかなかそうもいかず、 「はあ ? 」 その後、私は二十四歳になるまで平泉から動けなかった。 ( つづく ) 「もいつばちゃっからもたあごいれたらやええにゃな」 「たまご ? ・ 「はぎれやあるやないの、あのはぎれやのねきのはたあげんやろ、 あれねこのこいれためからや、わりととれやすいねえ、わりと、と れるよ、とれやすいね、はぎれやのねきのや」 「あの、すみません。なに言うてるかぜんぜんわからないんですけ 「ちややん、もそれのうえのことやてててな、ばあくんのんとたら ええねや、わひがこからばあいくやんか、ほだもうむこからばあく んやんか、ほだもうはた、あのはたはぎれやはた、とれてとれてね きのねこのことれて、ばあいくやんか、ほだもたまごとかとれるや ん、ほだもうみやこのあれも、ばあいけるやん、ほんれじぶあれや ろ、かあむからなに、とうほくのほうから、かあいくんやろ、ほだ もうほだもうじぶんじぶしょゆとかなろおもてんちゃんたあごにし よ - フゆかけんちゃん。ははははははははははは」 と、しまいに義仲は爆笑した。 私と弁慶は顔を見合わせて立ち上がった。本当になにを言ってい るのかわからなかった。ふざけているのか、そんな喋り方しかでき ないのか、それもわからなかった。私と弁慶は、無理ですわ。そう ですね、残念ですが、という会話を目と目で交わし、 「さいなら」 ギケイキ ラ 05

4. 文藝 2015年 spring

どうしていいカわからなかった。 り、それを泥のパックのように直接肌や顔に塗る 「はじめまして、僕は三津五郎と言います。お名前は ? 一度塗ると、まずは痒みやヒリヒリした痛みを感じること ( 吐 「え ? 」島田は三津五郎の質問にどう答えていいかわからなかっき気や頭痛を伴う場合もある ) もあるが、それは一種の好転反応 であって、一一度三度と繰り返すと皮膚が適応し始めるのだという。 「どうぞご自分の一番呼ばれたい名前で」 「わが土」は吹き出物、アレルギ 1 性皮膚炎、乾燥肌に効くとい 島田は「そう言われても」と苦笑して目を逸らした。 うロコミ情報が、一時インターネット上で話題となった。にもか 「どうぞ教えてください」 かわらず、インターネットで手に入れることはできなかった。実 「 - ーー尚美、ですかね ? 際の店舗で試してからのみの購入であった。 「尚美さんですね」 井坂は言う。 「尚美と呼んで下さい」 「そっち ( インタ 1 ネット販売 ) のほうが効率いいのはわかって 「尚美。僕とお茶をしよう」 る。でも、うちはそういうのはやってないの。それだと顔が見え 三津五郎が繭と呼んでいる三畳の板張りの部屋に二人は向かつないから。お客さんと向かい合って話して初めてわかることって た。それから長い時間をかけて二人は出会い直した。密に。粘膜やつばりあるしね。そうしないと伝えられないこともいつばいあ レベルでの交わりを介して。時々聞こえてくる愉悦の声が、出会る。例えば、『わが土』は生きてるんだってこと。呼吸してる。 い直しの進行を、そしてその成功を伝えた。 それは絶対伝わらないから。いつもこうやって素焼きの壺に入れ その声を聞いて井坂は「これでよかったと思う。おいしい、ハタて見守ってあげないとね。そうしないとすぐに死んじゃうから。 ーのために」と言ったという。ちなみに、このことは後にハレル梱包して、ビニ 1 ルでぐるぐる巻きにしたりとかできないの」 ヤ・コーラスと呼ばれ、三津五郎の奇跡の一つとして語り継がれ井坂は初対面の客の前で何度もこの話をした。そして、その場 た。その後、メンバ 1 たちはそれぞれのやり方で皆と出会い直しで購入してもらった人たちとハープティ 1 を飲みながら語る 「ここからが次の段階。慣らしの時間が始まるわけ」 購入した壺のフタを開けて、購入者に手を入れてかき混ぜても らう。このフタを開けたときのにおいはまさに排泄物そのもので、 必ずと言っていいほど皆顔をしかめる 粘り強く実験が行われた成果なのか、島田が行っていた大便の「握手つて呼んでる。こうやって、「わが土』と握手することで 研究をもとに「わが土」が出来上がった。後に人気を得る「わが友達になれるから。双方が相手を受け入れようとする、大事な時 土」は、排泄物と土と微生物を混ぜあわせて発酵させたものであ間」 アガルタ 125

5. 文藝 2015年 spring

誰か気づいているだろうか 「命は ? 死んでもなおここにとどまろうと 「取り留めたらしい。 Z 病院に運ばれたって。私に会いたいって 幽霊になってまで私が牢獄をさまようのは 言ってるらしい。友達がラインで連絡してきた」 た家族と別れがたくて 私はクルミの目を見た。しつかりとした目つきをしている。 愛に似た感情が捨て切れないから 「どうする。行く ? 」 似ているのではなくその感情がほんものの愛であれば っとめてなにげなく聞こえるように質問する。髪を一つに東ね、 私はよみがえることかできるのかもしれない スウェットにデニムというまるで高校生みたいな格好のクルミに ほんものの愛とほんものの幽霊とほんものの私の関係を 「行くべきよ」と言いたいけれど、クルミの言葉を待とうとじっ 私は知ることかできなくて と目を合わせる。 空洞のまなこでドアを見つめている 「行った方がいいと思う ? 」 何を待っていたのかもう思い出せずに クルミは少し自信かなさそ - フだ。 会いたい ? 「行きたい ? 何か言いたい ? 夕飯の材料を買いに出て家に戻ると、玄関の鍵が開いているこ 自分で答えを言いそうになるのをおさえて、私がやさしくそう とに気づいたクルミがこんな早く帰ってきたのだろうか靴を聞くと、クルミは少しためらい、それからうんと小さく首を振っ 見てあわてて部屋に入ると、リビングのテ 1 プルの上にパスタのた レシピ本が載っているのか目に入った。大きさかちょうどい ( 「じゃあ行こう いますぐ行こう」 挟んでおいた原稿用紙がはみ出している。詩の教室の「自分」と突っ立っているクルミの肩から重いショルダーバッグをはずし いう課題で私が書いた詩の下書き原稿だ。出しつばなしにしてい てソフアの上に置き、自分のバッグを持って、クルミを促し一緒 たのか ? 私はあわてて原稿用紙を挟み直し、本を本棚にしまう。 に外へ出た。クルミは、ちょっと待って、と言っても - フ一度中に 振り返ると、クルミが立っていた。もしかして読まれたのでは入り、一冊の本を持って出てきた。そっと盜み見る。『藤堂孝雄 ないかとクルミの顔色をうかかう 詩集』だった。私はびつくりする。どうして ? と頭が回る。タ 「花田萌がまた自殺未遂を起こしたって」 クシ 1 で Z 病院まで行く途中、私たちは何も言葉を交わさなかっ クルミは一瞬目をそらしたが、私の顔を見るなりそう言った。 たクルミが花田萌に会って何を言おうとしているのか心の底か クルミがふつうにしゃべったことに驚き、誰から聞いたのか、どら気になったけれど、それはその場で花田萌とともに聞くべきだ と思い直した。 うやって知ったのか、なんで私にそれを伝えるのか一気に聞こう としていとどまった。 花田萌は救急病棟にいて、手首に包帯を巻いてべッドに寝てい 220

6. 文藝 2015年 spring

三津五郎はうなずき、はしゃいで足踏みするように、おもむろ「うん、いつもそう。一緒に流しも洗っちゃう」三津五郎は申 し訳なさそ , フに笑った。 に匍服のズボンを脱ぎだした。すぐに全裸になると「何にも ! ほら、乾かそうよ、制服。風邪ひくよ」と言った。 「僕はすぐに洗わないとダメなんだ。身体がそうなっててね。ど 「僕はいつもこう。制服以外の服を持っていない。つまり、制服 うぞ適当にくつろいでて欲しい が唯一の外出着。だから濡れちゃうと次の日が困るってわけ。シ この場所はきっと三津五郎の繭なんだと渡辺は思った。部屋と ャツは二枚持ってるけどね」 いう繭に包まれているので、わざわざ服を着る必要がないに違い 渡辺は三津五郎の屈託のなさに戸惑い、「あまり関わるまい と思った。 , て、れかいしー 「これなんだけどね」 それから三津五郎はひょいと流しに乗って蛇口から水を出し、 もう待てないというふうに、三津五郎は冷蔵庫の中から二つの ようのない 身体を洗い始めた。彼の洗い方は神経質としかいい 執瓶を取り出して渡辺に見せた。一つの瓶の中は真っ黒で海苔のよ うだった。 拗なもので、頭から爪先まで、穴という穴 ( 耳、鼻、へそ、肛門 ) 、 くばみというくばみ ( 脇の下、爪と指の隙間、耳の裏 ) を指の腹「何これ ? 」 でこすった。そして一度石鹸を使い、水で流してからもう一度石渡辺は聞いた 「髪の毛、僕の。ここ三年くらいのは全部集めてるんだ。もう一 鹸を使わずに同じ事を繰り返し、再び水で流すのだった。 つのはわかる ? 渡辺は三津五郎が身体を洗っている間、部屋の中を見渡してい 三津五郎はもう一つの瓶を軽く振った。白い欠片がカサカサと 毛布と幾つかの食器と鍋、冷蔵庫以外は、物がほとんど見当 たらなかった。ちゃぶ台のようなものさえも。片隅に小さなほ - フ 音を立てた。渡辺には何となく予想がついたが、黙っていた きとちり取りが置いてあるのを見て、そういえばちり一つ落ちて 三津五郎は宝物を紹介するように、 ないと田 5 った。 「これはね、爪だよ」と言った。 「流しの下にタオルがあるから使って」 「爪 ? 」 と三津五郎に言われ、白い化粧板が剥がれかけた扉を開けると、「そう。六年くらい貯めてる」 真っ白なタオルが何枚も整然とたたまれて入っていた。渡辺は一 さらに三津五郎が冷蔵庫に向かい、「とっておきのものがこっ 枚手に取り、しぶしぶ全裸になって身体を拭いた。 ちに」と一言うので、 身体を洗い終えた三津五郎は、 「ありがとう。もう充分だよ」と、渡辺は引き止めた 「君も洗うかい ? 」と聞くので、渡辺は大丈夫と断り、「いつも「それで、雨の日、君はどうやって過ごすんだい ? そうしてるの ? ーとたずねた 渡辺はそれだけ聞いたら、早々にここを出ようと考えていた。 アガルタ

7. 文藝 2015年 spring

でも、みんなそうなんですよ。今 そのいっぽうで、この頃、議論とアジアの議論との差異 そうはいっても間年代ぐらいまで まで肩に力を入れて「勉強しなけ教科書問題のような問題も出てき過去と現在の認識の温度差が見えは戦争の事実は否定しがたいです ればいけない」、「人生こう考えなた。 てきた瞬間です。それを今度の安ね。やつばり日本は中国を侵略し、 ければいけない」、「世の中はこう 成田正確に言うと年から始ま倍政権は見なおそうとし、大きな朝鮮半島を植民地化し、そしてあ でなければならない」って言ってりますが、当然のことながら「関問題になりそうですが、そうしたの悲惨な戦争で負けたっていうこ たのが、「そんなのどうでもいし 節はすし」では済まない問題があとんがった問題もあった時期です。とを完全には否認できなかった。 んちゃう ? 」っていう感じになる。るわけです。歴史認識問題と現在大澤「侵略」を「進出」に置きでも、年代になると、否認して だけど、「どうでもいいんちゃ いっているものの始まりが実はこ換えてしまえというのは、先ほどもよいような感覚が出てくる。「あ う ? 」と言いながらそれをぜんぶの時期ですね。ご承知のように日言ったこととも関係があって、やれは『進出』だろ ? 」と、ご近所 捨て去るわけではなく、見方を変本の学校教科書は文科省の検定をつばりこの時代にね、日本人の戦が出かけてきたみたいな話になっ える、足元で威張っていそうな奴受けないといけないのですが、こ争に対する感覚が変わろうとしてたのです。そう言ったら、土足で をこかすみたいなーー・すごい雑なの年、 ( 広義の ) アジア・太平いるということと関係していたと家に入られて、乱暴狼藉をされた とらえかたですけれどもーー・運動洋戦争について「日本が中国に侵思うんですよ。どう変わったか。 ご近所の側から、ふざけんじゃな の仕方は展開されていた。浅田さ略をしました」と記したところ、日本人の心性に、戦後一貫した傾いよってことになってしまった。 んで言えば、『逃走論』 ( 1984 検定で「進出」と書き換えさせた向がある。それは、「できること さすがに、アメリカとの関係だ 年 ) のほうが私には面白くて、要ため、中国、続いて韓国が抗議し、なら敗戦はなかったことにしたと一応負けたことを認めざるをえ するに今までの肩肘張ったようなそのほかシンガポールやマレーシ い」ということです。だから「敗ない。でも、少なくとも、アジア ものではなく、これからの「スキアからも抗議の声が上がりました。戦」というよりは「終戦」じゃなとの関係では負けたことにしたく ゾ・キッズ」はそのときどきで陣今まで日本国内の問題だった検定いかと、思ったりする。 ない。だから今でも日本人は、ア 地を変えていくんだという思想の問題が一挙に外交問題、政治問題敗戦をなかったことにするには、ジア諸国からなんか言われると異 持ち方が出てきて、しかもそれがとして浮上したわけです。結局、究極的には、戦争がなかったこと常に腹立っちゃうんですよ。向こ ずっと続くと思えたんですね、「侵略」の記述を復活させ決着さにしなきやだめですよ。うんと率うは侵略してきた日本に対して戦 年代は。 せますが、これ以降、教科書検定直に言うと、日本人としては、「中勝国としての立場でモノを言って には近隣諸国条項が付くんですね。国と戦争して中国に負けたという いる。けれども、日本側は負けた つまり対外的な配慮をしないとい ことはなかったことにしよう」と、気持ちなんてないんでね。だから、 けないということになる。国内のそういう感じにしたいんですよね。相手が勝者として振る舞うと、日 敗戦の事実の抑圧 538

8. 文藝 2015年 spring

の時間です。景色を見たり、風に吹かれたりしながら私たちを取あるという驚き。コールセンタ 1 で働いていたときには、手順通 り囲む環境とリズムを合わせます」 りということに価値があったので、こんな機会を想定したことす らなかった。 各々が頬をわずかに紅潮させながら出勤すると、まずは井坂が「こんなのはどうだろう ? 」 こだわりのハープティ 1 を入れる。それを皆で飲みながら雑談。 三津五郎がメモを見せて言った。そのメモには一筆書きのよう とはいっても、そこに上る話題がそのまま新製品の開発につながに人体とその内臓が簡単に描かれていた ること 4 もある。 ししゃないってことなんだけどね。 「つまりさ、カラダを使えばい、。 こどもセンターでは、その頃、新しい水の開発に取り組んでい水を飲んだらさ」 た。井戸を掘って天然水や温泉水を汲み出すか、雨水のろ過装置 三津五郎は、人体のロの部分に水の入ったコップを描き加えて 水が。分解されて、吸 を開発してミネラルウォーターを作り出すかがその日の話題だっ 「こうやって降りていくわけでしよう ? 収されて、血液になって、肝臓とか腎臓でろ過されて尿になって し J - フ .4 つつ , フ ? ・ 「井戸を掘るってのは、それなりのコストがかかります。時間も排出されると。ね ? 立派なろ過装置じゃない。、、 だったらもうこれを商品にするのが一番なんじゃないの ? 天然 かかるし、維持費も捨てたもんじゃないー 渡辺は、このあたりの地下水を汲み上げるとなると百万円は下のろ過装置を使った 100 % 天然の商品をさ」 らないという見積もりを皆に提示し、また、さらにその汲み上げ皆は黙った。 た水をろ過する必要があるので、さらにコストかかかるとも説明 しばらくして渡辺は、 した。ろ過装置のみに関しては、水質の基準をクリアすればいい 「みっちゃん、それはそうなんだけどさ」 わけで、自作で作ってもどうにかなる、だから雨水のろ過のほう と言った。「おしつこを売るってこと ? ゞ、、、、こラっ - フし」の一」し」 「何か問題あるかい ? 」 「でも雨水をろ過したからって、商品価値があるとは思えないん島田は何度もまばたきをして、三津五郎を見ていた。三津五郎 は言った。 井坂は言った。 「道を作るんだよ。今までなかった道を。それだけなんだって」 「だとしてもだよ」 「それはそう。単純にコストでいえばの話」 渡辺は苦笑気味に言った。 渡辺もその点は認めた。 三津五郎は小さなメモ帳に絵を描いていた。森男は仕事を始め「誰かの排泄物を使うってのは強い抵抗があるんじゃないの ? 」 る前のこのミーティングが好きだった。自分の意見を言う機会が井坂が首を振って挙手する。三津五郎が指すと喋り始めた。 アガルタ い 7

9. 文藝 2015年 spring

漢堂に住まう鎌田正清の子、少進坊であるいるということを六波羅「うん、違う。違うけど、とにかくなんか、こう、どっちつかずと サイドは掴み、羅漢堂及び山科を六波羅の軍勢が急襲、もちろん山 いうか、なんの気配もしないんですよ。どうなってるんですかねえ。 科の私と弁慶は軍勢を蹴散らして一旦、逃走したが、四条にいた少私たちはどういう扱いをされるんでしようかねえ」 進坊は捕らえられて連行された。 「まあ 、いいじゃないですか。ちょっとでもむかついたら、どっき それからというもの市中の警備は極度に厳しくなって、また、拠回して暴れればいいじゃないですか」 点も失ってしまったため、私はいったん奧州に戻って態勢を立て直「あのさあ、別に喧嘩を売りに来たんじゃないんだよね。その逆で すことにした。東海道を避け、東山道をとり、途次、木曾に立ち寄共闘を申し込みに来たんだよ。暴れてどうするんですか」 った。なぜそんなところに立ち寄ったかというと、 義仲さんに面会 「それもそうですね。ま、とにかく案内を請うてみましよう」 するためである。義仲さんは私の父の弟の子、すなわち、私の従兄 というので館の内に入ったところ、どうということもなく義仲本 弟で、木曾に一定の勢力を築いており、協力して平氏を滅ばすこと人が出てきた。なかなかの男前で、背いもすらっと高く、均整のと かできるだろう、と思ったからである。 れた体つき、 いかにも武人という感じの青年で私は直ちに好感を抱 堀を巡らし、塀も高い、義仲さんの館は立派な館であった。私は いた。そう言えば、この男の父・帯刀先生義賢さんも男前で頼長公 弁慶に言った。 に菊門など、随分とつけ狙われていたらしいが、やはり遺伝なのだ 「木曾山中ですが立派な館ですね」 ろうか、なんて私は思っていた。帯刀先生義賢を殺したのは私の長 「ですねえ」 兄である。 「しかし、なんていうのですか、気配が読めないですね」 そして弁慶は義仲の顔を見てなぜか半泣きのような顔をして、尻 「気配ってなんですか」 をもじもじさせていた。 「ほら、こうなんか、あるじゃないですか。歓迎しているような気尋常の挨拶の後、私は言った。 酉とか、こう、拒絶しているような気配とか、そういうのを、私「ま、という訳で、私は一旦、奥州へ下ります。けれどもちっとも たちのような武芸の達人って、建物の正面に立っただけで感じるで心配していません。なぜならこにあなたがいてくださるからです。 しよ」 ぜひともあなたの信望と勢威で関東甲信越地方の兵隊を集めてくだ 「あああ、ありますあります。あれでしよ、あの、入り口に、『歓さい。私も東北地方からこれに呼応します。そして連携して平家を 迎源義経ご一行様』みたいなア 1 チか立て札がある、みたいなや倒して源氏の旗を京都に打ち立てましよう。それこそが私たちの亡 つでしよ。或いは、その逆で、 STAFF ONLY って書いてある、 父にとってなによりの供養だと私は田 5 います。それにあたっては、 みたいな」 ここは伊豆にも近いですから、私の兄、頼朝とも連携したらなお吉 「違いますね」 でしよう。そういうことでどうかひとつよろしくお願いしたいので 「違いますかねえ」 すか、いかかでしようか。意見を伺わせて頂けませんか」 504

10. 文藝 2015年 spring

島田はこんな三津五郎の反応を予想していた。三津五郎は誰の島田は輸血のチュ 1 プを通して三津五郎が興奮していることが ものでもなく、私も誰のものでもなく、井坂も森男もそれは同じ。伝わってくるような気がした。 私たちはみなフリーである。これがこどもセンターのルーレ。。、 「君は僕が作ったアガルタ錠を飲んでどうだった ? ター運動を実践するためには、それは基本理念と言ってもよかっ 島田は試作品として飲んだ「アガルタ錠のことを思い出した。 たたたし、島田はそれに納得していたわけではない。 「あれ、三津五郎さんのだったんだ ? 」 島田は言った。「ふたりつきりで三津五郎さんの留守に部屋に 味気なかった。それぐらい印象が薄い。好転反応のような強烈 こもってるみたい。 この前、森男さんの様子が心配になって昼間さもなかった。 アパ 1 トに戻ってみたら、部屋でふたりが声をひそめて笑ってま「私、アガルタ錠はもう諦めても、 したよ。それに」 「僕の質問に答えてない」 ( いよ」三津五郎は声を荒らげた。 「というか、新しいことに挑戦したほうがいいのかなって」 「でも、事実ですー島田は付け加えた。「本当言うとそれだけで「挑戦してきたと思ってる。その結果がアガルタ錠なんだ。でも、 終わらないくらいの仲の良さでした」 僕にはアレを作る術がない。どうあがいてもアレを作り出せない 三津五郎はため息まじりに 「他のものを作りましようって、だから 「森男さんね」と言った。「彼はすごいね」 「ほう。この店が潰れてもいいと」 三津五郎はもう別のことを考えているらしかった。 「もう色々手をひろげないでいいんじゃない ? 「はあ 「それはもう難しいんだ。一回ひろげたら、後は維持か拡大する 「君が言いたいことはわかってる。でも、僕にとってはそんなこしかない とはど - フでもいい好きにさせておけ」 「それは資本主義の考え方でしよう ? 「でもそれ言ったら、あの人たちはルールを破ってることになり 「残念ながら資本主義にのっとってやってるよ、うちもね ますよ。ふたりだけで閉じてる」 「降りちゃえばいいじゃないですか ? そんなの」 「前も言ったようにそんなル 1 ルはない」 三津五郎は身体を起こして「終わりだ」と言った。 「ないわけじゃないでしよう ? 「え ? 何が ? 「白黒はっきりつけたからどうなるってもんじゃないんだよ。そ「君はもうここを去りなさい れより、森男さんはすごいってことが重要、、、 たいいか ? 森男さ「何で ? んがいなかったら簡単にこの店は終わってしまう。だって、僕に 「つまらないことばっかり一言ってる」 は作れないんだから、アガルタ錠は」 三津五郎は明らかに怒っていた。島田は言った。 しい力もしれないと思ってます」 142