言っ - みる会図書館


検索対象: 文藝 2015年 summer
448件見つかりました。

1. 文藝 2015年 summer

「それ、だめだから。ホールの決まりってだけじゃなくってね。ま たんだ。パソコンで。そうしたら」 あ、パチンカ 1 の、心意気ってやっかな。初心者のお嬢さんが勝ち ここで数秒、たぶん三、四秒、幸喜は絶句してから絞り出すよう 取った玉をね、はいありがとうといただいたってんじゃあ、こちと に一言った。 ら、寝覚めが悪くてしようがない」 「 : : : 口座がからつばだった」 だから治子は、出玉の一部で取り替えた温かい缶コ 1 ヒ 1 を一本、タクシーは治子がタ方に訪れていたギャラリ 1 こ」 。着する。思っ お礼として男に進呈することにした。これは彼も喜んで受け取ってたとおり閉場寸前、よほど客が来ないのだろう、受付の女性も、青 年も、治子のことをはっきりと記憶していて、彼女の再訪を驚きっ 結局、治子の勝ちはト 1 タルで六万円弱にもなった。減ったはずつも歓迎してくれる。 の現金がまた増えてしまった。そこで彼女は一計を案じる。時間が 「これでこの絵は買えますか ? 」 ないので甲州街道でタクシーを拾って北青山三丁目に。車中でまた 紙幣を手に、治子は受付の彼女に訊く。さっき訪れたとき、すで 携帯が振動する。録音されたばかりの新しいメッセ 1 ジを聞いてみに治子は、入り口にあったア 1 トピースの価格が記された一覧表を る。やはり幸喜が喋っている。 目にしていたたから、この号ほどのコラ 1 ジュ作品の価格はわ 「あのねえ」 かっていた。そこに五万三千円と書かれていたからだ。治子の手に と、かなり強い口調で彼は話し始める。いわく、きみはどういう は一万円札が五枚と千円札が七枚、さっきパチンコの景品交換所で つもりなんだ、あるいは、どうするつもりなんだ、いったい、 と幾もらったものがそのままあった。おっ 1 り、おっ 1 りとあたふたす 度も繰り返す。 る白人青年に、おつりはいりません、と治子は言う。 「ご飯粒が、風呂場じゅうに散らばってるじゃないか ! 」 「そのかわり、これを梱包して、送ってほしいんです。指定した住 悲鳴じみた声で彼は言う。どうやら自宅までもう帰り着いている所に」 らしい。キッチンとダイニングのいたるところに、味噌汁がぶち撒受付の女性はそれを了承した。治子は最初、まるつきり出鱈目な かれた形跡もある。それは半乾きになっている。シンクには瀬戸物住所を教えるつもりだったのだが、途中で考えを変えて、千代田区 の破片らしきものと真ん中からまつぶたつにヘし折られた箸一一本が大手町にある幸喜の会社の住所と部署名、記憶のなかにある彼の直 て ある。脱ぎ捨てられた彼女の下着まで床の上にある、のだと暑は属の上司の名前を紙に書いて渡す。今週末で展示が終わるので、そ 言う。 れから梱包して、来週中にはこちらにお届け出来るはずです、と受で ま 「あと、定期が : : : きみは僕に無断で、定期預金を全部解約してい付の彼女が一言う。 月 たのか ? 気になって調べてみたら、銀行の担当者は、解約したロ 彼女によって、赤い球状の頭をしたピンが一本、治子が買った絵 座のお金は、いつも使っている普通口座のほうに移したって言うじのすぐ右下の壁に打たれる。それが販売済みの作品の目印となるこ ゃないか。何週間も前に。だからそっちの残高をさっき確認してみとを治子は初めて知った。全展示品のなかで、ピンはまだその一本 325

2. 文藝 2015年 summer

憤死 「うん。僕もそう田 5 う。けどまあ、どうでしよう、みんな関東の仲「いや、さすがにもうちょっとはあります」 間ですからねえ、身内ですから。ここはひとつ、仲いい奴らに声か「百一「三十ですか」 けて江戸を助けませんか、葛西君」 「もう、ちょっとです」 「いや、僕もそう思ってたんだよ、千葉介ちゃん」 「ええ、一体何艘あるんですか」 つうことになって、葛西清重と千葉介常胤は自己所有の分はもち「たったの八千艘しかないんですよ」 ろん、その管理地のすべての知り合い、業者、その他の伝をたどっ 「ぜんぜんオッケ 1 じゃん」 て漁師の釣り船など、墨田の渡しに集合させたところ、その数、数という訳で莫大な財力を惜しみなく投入して人夫も雇い、それか 万にのばった。 ら三日で浮き橋を組み上げて、頼朝軍は大河を越えて板橋にいたる 「舟はこれでいけるとして」 , 」し J かで」た。 「あと、舟を固定する材木がいるね」 頼朝さんも勿論、これを渡った。その際、板橋側には江戸太郎が 「それも結構大量に」 控えていた。江戸太郎は申し訳なさそうにもじもじしていた。その 「あの」 脇を頼朝さんは黙って通り過ぎ、ちょっと行ってから振り返り、「江 戸太郎此度のこと神妙である」と低い声で言ってその場を後にし 「石浜町ってところに私の所有する西国船が戻ってきたんですけど、 頼朝さんが去った後も江戸太郎は平伏したまま地面を見つめて ーし↓ / これをばらして材木にしたらどうでしようか」 地面に付いた手の、拳のうえを蟻が這っていた。背中がもわ っとあたたかかった。 「何艘くらいありますかね。結構、数いりますけどね」 「あ、そうか。じゃあ駄目ですね」 「そうかー。ちなみにどれくらいあるんですか。二、三十艘ですか」 さあ、その頃、私はなにをしていただろうか。私はまず素直に感 ほとんど私の理想そのものの 矢りを一・ ーー森見登美彦氏 失恋して自殺未遂したと噂される女友達。 見舞いに行った私に 彼女が語った恋の真相とは 2: ・ 480 円十税 綿矢りさ 四つの世にも奇妙な物語。 ISBN 978 ー 4 ー 309 ー 41354 ー 9 河出文庫 「怖い話」なのである 河出書房新社 東京都渋谷区千駄ヶ谷 2-32-2 tel. 03-3404-1201 www.kawade.co.jp

3. 文藝 2015年 summer

は書けないことを書けるなりの高んて縦にならないと書けないもん。と書けないですか。 ハソコンを使っていたので手が慣 まりがあるんです。 磯﨑そうですね ( 笑 ) 。今、東宝保坂書けないね。喫茶店はもうれているのもあります。でも、最 横尾それは流行作家じゃない証スタジオでも描かれているんですか。だめ。ワー。フロもほとんど使わな近老眼の進みがすごく早くて、半 拠じゃないですか。流行作家だっ 橫尾 うん。僕はアトリエがいろくなった。 年前に見えていた画面がもう見づ たら編集者が横で待っているからんな所にあるのが、いちばん理想横尾最初は原稿用紙でしよう ? らいですから。今後はそういう「今 そんな呑気なことは言っておれななんです。東宝に行ったらここで 保坂は、。 一時期、手書きで書まで通りには行かない感じ」が出 いよ。きっと保坂さんには流行作描くのとは全然違う絵を描いちゃ いた原稿をワー。フロで直しながらてくると思います。横尾さんは裸 家の資格がないのよ ( 笑 ) 。でもう。場所を変えることは自分のペ清書して第二稿を書いていたんで眼ですか ? だからいいんですよ。 ースを崩すことでもあるけど、崩す。でも今はそれもやめて、基本横尾老眼鏡をかけないと本が読 めない。 保坂 ( 笑 ) 。それと、持続もしなすのがまた自分の。ヘースだと思っは一稿だけにしちゃった。 くなりましたね。 ている。アトリエがもっとあれば、横尾 そうすると保坂さんは今は磯﨑普段の生活は ? 橫尾まあ、老化現象ですよね。もっといい。磯﨑さんが屋根裏を原稿用紙 ? ちょっと、ほけてるけど、な 横尾 でも老化に入ってしまえばそこか貸してくれたら飛んで行きます。 保坂 にもしなくて大丈夫かな。 ら本格的な世界にいきますよ。老磯﨑すごい狭いですよ ( 笑 ) 。 磯﨑でも、実は保坂さんは—e 磯﨑絵を描く時はどうですか ? 化っていうのは肉体だけじゃなく、 横尾その屋根裏に合った絵を描のスキル、高いですよね。 横尾眼鏡をかけたり、かけなか 脳も老化するし、インスビレーシきますよ ( 笑 ) 。 保坂初期の—e だけだよ。 ったり。 ョンも老化する。老朽化です。そ 磯﨑空間の感じはやつばり絵に磯﨑携帯メールを打つのがすご保坂どっちの眼鏡ですか。 れはそのまま消滅に向かうんでは出るんですか。 く速いし、オーディオ機器は僕よ橫尾老眼鏡です。その中に乱視 なくて、若い時には経験できなか横尾 そうですね。僕たちは最初り全然詳しいし : : : それでも手書も入る。今日、東宝でかけていた ったり、書けなかったことが新たにある絵を体験すると「あそこのきがいいのは、スキルの問題じゃ眼鏡はゴダールの映画を観に に書けることなんです。そうなっ美術館のあそこを曲がったところなくて、小説を書くことに関係し行った時にもらった眼鏡ですよ。 た時、物書きは紙があれば書けての壁にかかった絵」というふうにた何かあるんですかね。 磯﨑どう見えるんですか ? しまうからいいですよ。僕は昨日、連想しますよね。展覧会の会場に横尾磯﨑さんは原稿用紙なんて、横尾どうも見えないよ。ちょっ 寝床で横になったままェッセイをよって、絵が違ったふうに見える、最初から書いたことがないでしよとピンが甘いかなっていうくらい 、つワ・ 一本書いたんです。なんだ書けちそれと同じことがある。 みんなが「どう見えるんですか」 ゃうじゃんと思いましたよ。絵な磯﨑保坂さんは今、家じゃない 磯﨑そうですね。会社でずっとって言うから、「立体が平面に見 340

4. 文藝 2015年 summer

「あれは文章だから、多少の脚色はしてあるわけで」 佐熊も、「やはり死ぬしかないんじゃない ? 」と言われるのを 「文章だけじゃないだろ、映像だって都合よく編集して公開した待った。栗木田は沈黙したままゆっくりと表現を崩していき、し じゃないか」 ばらく笑顔で佐熊を見つめた。 佐熊はこれ以上言質を取られるのが不安で、言い返せない。 「だから言ったろ ? 同じなんだよ、あんたも我々も。ディスラ 「要するに、麦ばたけを貶めるために捏造したわけだろ。ニセの ーにシンパシー感じてるってのは嘘じゃない。あんたも我々も、 記録を作って、ハメようとしたんだろ」 同じゲス野郎で最低の外道でクズなんだよ。同じクズだから、よ 「さっきは、麦ばたけへの報復は理に適ってるって、理解してく くわかるんだ。何であんなことしてしまうのか、あんな最低の手 れたじゃないか」 を使ってしまうのか」 「理に適ってるなんて言ってない。 怒りを向ける相手が誰である緊張のピークからいったん解かれた弛緩と、まだ気を許しては かについては、筋が通ってると言ったんだ。ただし、怒りの内容 いけないという警戒とがせめぎ合った哀れな表情を浮かべて、佐 もやり口も、そもそも怒ること自体も、私はゲス野郎のすること 熊は栗木田を見た。 だと思ってる。どうだい、あんたのしたことは・卑劣で汚いと思わ「ディスラーも、何かムシャクシャしていろいろと許せなくなる ないか ? それとも、高潔で誇るべき善行か ? 一点の曇りもやんだよな ? それでほんの些細なきっかけで爆発しちゃって、八 ましさもないと言い張れるか ? はたけを批判するのに、こんっ当たりしちゃう。そうだろ ? わかるよ、我々も同じだから」 な薄汚れた手を使わなくてもよかったと思わないか ? 」 栗木田は佐熊の左側にしやがみ、肩に手を回してきた。佐熊は 佐熊はちらりと大伏のほうを見た。大伏は先ほどと変わらぬ姿うなずいた。 勢と視線で、佐熊を見据えている。佐熊は、体の中央から自己が「こいつを始め、未来系の連中は無職が半分。まあ、仕事にあぶ 崩壊しそうな気配を覚えた。 れてるやつもいれば、自分で勝手に仕事やめてぶらぶらしてるや 「はい。 それはそう思います」自然にそんな言葉が口を衝いてい つもいるから、同情には値しないけどね。むしろ、同情したら、 したほうがバカを見ますよ。なぜならクズばっかりだから。あん 「こんなやり方は、最低の外道でクズのすることじゃないのか ? たみたいなね」 「そう言われても仕方ないと思います」 栗木田は佐熊の顔をのぞき込んでわざとらしく笑い声を上げて やから 「こういうことをする輩は、救いようかないよな ? 」 から、大伏を指さす。 霧生がはっとした表情をし、ロを開きかけたのを、栗木田はス 「ただね、こいつらとあんたが違う唯一の点は、こいつらには自 ローモ 1 ションのようにゆっくりと見た。霧生は凍りつくように 分がクズだっていうはっきりした自覚があるってことなんだよね」 して言葉を飲み込む。 栗木田は言葉を切って静かにうなずき、佐熊が咀嚼し飲み込め

5. 文藝 2015年 summer

「ご紹介しますじゃねえよ、そいつの差し金で脅しに来たんだろ。さえつける。見かけ以上のカで、久母井は動けない。 わけないんだよ 今どきここでこの商売がうまくいく 「土地の売却をやめてくれますね ? 八百久はあのままで、若い それがはっきりしたから店畳むってのに、ずいぶんと甘く見てく 後継ぎを受け入れてくれますね ? 」 れるじゃないか」久母井は嘲笑まじりに言った。 「できっこねえだろ。おまえらが何しようが、俺の覚悟は変えら 「そう思いますか ? 松保商店街では今、そう思われていた古いれない俺だってそれだけ悩んだうえでの結論だ」 お店が大盛況じゃないですか」 「俺の覚悟も変えられませんよ。この日のために生きてきたんで 「ふん、いっときだけだ、んなもの。それでお先を信じられてるすからね。俺なんかマジ無意味な存在で、誰の何の役にも立たな ってのは、経験がないからだ。若者はいいな」 、あとは飢えるしかないクズです。クズは堂々と人生から退場 「そうなんですよ。だから若い衆に店を譲ってください。八百久するのを潔しとするのが役目なんです」 さんだって、自分の店が消えちゃうのは忍びないでしょ 「こいつの本気のところだけ見ておいてください こいつが生き 「おまえらに気持ちがわかるかよ。そういう思い上がった物言い って - フ亠 9 ていた証を、八百久さんの記憶に残してやってください が頭に来る。浮つついた思いっきで、人が築いてきたもの、くすれば、無意味な人生にも意味があったことになりますから」 ねるような真似しやがって」 「やめろってんだ。そんなことしても何も変わんねえぞ」 「若いとそう見られちゃうのは仕方ないですがね、我々にとって「だから本気なんじゃないですかみんなが本気になれば、下ら も死活問題でしてね。食うに困ってるんですよ。だから本気です。ないやつはみんな滅亡しますよ」 生き延びるためなら何でもします。浮ついた思いっきなんかじゃ 小柄なほうが「レオ」と言って金髪にうなずくと、久母井が「や ないことはわかってほしいなあ めろ」と喚く前で、金髪は何度か腹で呼吸をし、短刀の鞘を抜き、 その言葉が合図だったのか、金髪のほうがあぐらを組み直し、両手でしつかりと握り、刃先を自分に向け、腕を伸ばし、気合い 短刀を両手で握ったので、久母井は緊張し、「まあ、早まるな」を入れ、掛け声とともに一気に腹に突き立てた。んふっというう と言った。 めき声とともに、刃と肉の隙間からじんわりと血液があふれてく 「早まっちゃいない。むしろ、ずっと我慢して我慢して待ち続ける。 たぐらいです。俺は本気ですから、そこんとこ見てください」 久母井は「頼むからやめてくれ」と悲鳴まじりになり、顔を背 金髪はそう言うと、マスクを外しパーカのジッパ 1 を下ろした。 けようとするか、小柄なほうが後ろから久母井の首を支え、まぶ 痩せて締まった胴体の腹には、白いサラシが巻いてある たまで無理やり広げる。 「おい、まさか、やめろ ! 」と久母井は怒鳴って立ち上がろうと「どうでしよう、将来ある若人を受け入れてくれますか ? こい した。すかさず小柄なほうが「まあ、落ち着いて」と久母井を押つは今度、この刃を縦や横に引きます。そうすると、内臓がちぎ

6. 文藝 2015年 summer

の欲望の相手としてだけ存在する。 とかに会うと思わず想像して、絶対ここに来てなきや痴漢してい 1 マ須藤が気に入った穴あきのパンティでフィニッシュ。 るなとか思 - フし、ほんとありかと - フ。はじめは並日通にサラリ 地元の先輩とか見ていると ンになってとか思っていたんだけど、 別の女の子をホテルに送って来た三浦と車で帰ることにした。 先ないなとか思って、それだったら自営のほうがいいかもって。 車は駅の近くでエンコした。古い型のステ 1 ションワゴンはよ うちの野菜結構人気あるんだぜ。そう言えばちゃんは、 く動かなくなる。一度、車の名前を聞いたが忘れてしまった。三 福島の野菜とかだめ ? 」 浦は自分の車が好きだから仕事でも使っていた。事務所にはマー チがあったが、三浦は決して乗らなかった。みゆきもそのステー 「うちはさ福島から持ってくるんだ」 ションワゴンが好きだった。そのまま荷物を積んで何処でも好き 「大丈夫なんですか ? な場所に行けるような気がしたから。 「まあ、ちゃんと検査はしているからさ、安全面は問題ないんだ けど。やつば、少しは他のより安くしないと売れないんだけどさ。「どうしますか ? タクシ 1 で先に戻りますか ? 」 「う 1 ん、どうしようかな、ちょっとお腹空いているんだ」 なんか最近のニュースとか見ているとやばいなあって思ってさ、 風評が。逆に神経質になってるから、福島の野菜のほうが安全な「じゃあ、なんか食べますか」 んだよ。それに俺とか大変な時に何にも出来なかったしさ、少し知り合いのクルマ屋に三浦が電話して、修理が終わるまで近く のファミレスに入ることになった。 ( しいかなって。それくらいしか出来ないしさ」 でも役に立てま、 みゆきはパンツ一枚になった須藤がそんなことをいいながら携席につくと三浦は、 「ほんとはダメなんだけど、店以外で女の子と会うの」 帯を構えているのを思わず微笑ましいと思った。野菜とパンティ、 その割に悪びれてない口調で言った。どこか冷めている三浦が 変な取り合わせ。こんな状況じゃなきや聞けないこと。 須藤は携帯のカメラで顔を隠したみゆきの写真を撮る。写真はみゆきは気になっていた。みゆきは日替わりのパスタを頼んで三 まずいとみゆきは思うが須藤が絶対顔は入れないから、そして撮浦は日替わりのハンバーグ定食を選んだ。 った写真はみゆきの前で削除するからという条件で許し、須藤は「今、女の子、皆出払っているから。それになんかあったら携帯 に連絡来るから大丈夫。ちゃんと連絡取れるし、社長にバレると 撮り終わると写真を削除してくれた。 みゆきは自分が自分でなくなった姿、顔がない写真、どこか緊なにかと面倒くさい、首になったらまずいでしよう。俺、ここ気 張していて無防備な姿の自分を見た瞬間は恥ずかしさでドキドキに入っているし。役者の仕事が入ったらいつでも休めるし、いっ しいカ、らさ」 何枚も見ているうちにどこか遠い所に自分が行った気が辞めても、 して無性に楽しくなった。顔をなくして存在している私。客たち「役者って ? 190

7. 文藝 2015年 summer

店畳むのはもうちょっと待ってくれって図領さんが言うから、し野瓜さんは非難のまなざしを変えずにうなずき、「設備も老い ばらく延ばしてきたんだけどさ、もう無理になったからってんで、ばれちゃったし、真新しい機械を入れて、若い人にアッビ 1 ルで がつくりきちゃったよ」 きる見てくれにするんだとさ」と、どこか投げやりに言った。 「はあ ? そんなこと初耳ですよー ほんとに図領が言ったんで「それも図領の指示ですか ? 」 すか ? 」 「図領さんはよく相談に乗ってくれるよ。若い人が考えてくれな 「そうだよ、あんたに話持ちかけたらやる気になりかけてるから、 いと、うちらの考えじや時代に合わないからね。みんなが図領さ 少し待ってくれって。デリケートな話だから、うちらからはあんんみたくやってくれりゃあねえ。でも図領さんの努力も実って松 たに話さないで、図領さんに説得は任してれば、うまくいくって保商店街も元気出てきたから、私たちも心おきなく隠居できるの 言うからさ。知らない人に継いでもらうよか、いくらも ( いカらは、ほんとよかった」 ね、喜んでたんだよ。やつばり豆腐じゃ、若い人には野暮ったい 商店街より先にお陀仏になれますね、と言いたかったか、もは かね ? やそんな冗談を言い合える信頼はないのだと悲しく思い、霧生は 「そんなこと全然ないですよ。それ以前に、ばくは図領からそんまた図領への殺意を膨れあがらせた。それと同時に、自分はもう な話ひと言も聞いてませんから」 お払い箱なんだろうか、とも田 5 った。豆腐店の代替わりを図領が すず 「それは嘘だよ、涼ちゃんとも会ったって、涼ちゃんから聞いた 伝えてこなかったのは、もはや霧生には関係のない話だからでは ないのか。オ 1 ナーになってくれればいい、などと言っていたけ 霧生の中で、図領への殺意が破裂した。 れど、それももう解決したということか 「ああ、その話ですか。それはばくも涼世さんも乗り気じゃない もしかして、このまま失格住民に認定されるのかもしれないな、 ので、無理ですよ」激高を抑えて、努めて平静に答えようとすると霧生は悟った。商店組合のみんなも、野瓜さんのように、よそ 、刀 よそしくなるだろう。未来系はトラブルを捏造して、霧生を松保 、体はわなないている。 ( ( づらくさせるだろう。 「それは知ってる、涼ちゃんも言ってたからねー もう時間はあまり残されていない。 こち、らから仕掛けるしかな 「お豆腐屋さんの将来のことについて図領から話があったのは、 そのときだけです」 「それはおかしいねえ。どっちかが嘘ついてることになるね」野 瓜さんは、霧生への疑いを丸出しにした声と目つきで言った。 大伏 2 「それで、お豆腐屋さんは、誰か新しい人が継ぐんですか ? ー霧 生はかまわずに尋ねた 大伏鹹のスマートフォンに霧生からメッセ 1 ジが届いたのは、 、 0

8. 文藝 2015年 summer

単にわかって、縄文時代はもちろん軸のようにあった、その前もあ離陸した時には見てたでしよう ? どう思う」 る。縄文時代はかなり古い、かなり遡れる、その前に行った。その 「ガラスだけど、ただのガラスじゃないんじゃないかな」 前の気配を、つかめるようになった。影だ。巨大な象よりも、もっ 「なるほど。じゃあ、あとで、その窓覆いをひき上げてほしい」 と大きな生物の影。列島にいた古代生物の影。それどころか、日本「わかりましたよ」 へり が列島ではない時代の、大陸の一部ーー縁ーー、ーでしかなかった時代「それから の、いろいろなものたち。 「卵のこと ? この卵のこと ? そうか、と僕は思ったのだ。幽霊を見るなんて、安つばい能力だ 「そうだ」 な。人間の幽霊しか発見できないなんて。 「おもちやじゃないよ」 僕は、ここまで見られるぞ。 「うん。軽食でもなければおもちやでもない」 それで、小学校にも連れていったのだ。影を。二匹いた。プロト 「持ってきたんですよ。その前に、 この卵も、見たし」 くち、はし とテイラノ。そうだ、巨きな爬虫類。プロトには鸚鵡みたいな嘴が「見た ? 」 ある。テイラノは前足がなんだか極端に小さい種類のことは図鑑「見たんです。飛行しているのが見れたんだから、その、影みたい で調べた。 にね、だから、卵だってね」 町 それから他にもいた。鳥だ。本当は爬虫類の鳥。そいつらのこと 「じゃあ訊きたいんだ」 婆 塔 は、僕は、中学校にまで従えた。そいつらの影を。、、 クラウンドの空 「それが質問ですね、おじさんの ? 卒 を舞っていた待機していた、それが僕にしか見えないその時、 「ああ。君は、約東したか ? 」 草 年 僕は十三歳で、いよいよ母親は団地のその住まいから姿を消して、 「しましたよ」と男の子は言った。十三歳の声で言った。「お前た 百 僕は祖母にだけ育てられ出して、そうだ、兄貴はもういなかったし、 ちのことは忘れないし、いつだって過去をここに置いてやるから、 だけど中学一一年の時には 僕が過去になる時には、助けろよなって。現われるんだぞって」 レ 「君さ」と僕は男の子に言った。 ピキと音がした。 マ サ 「もうちょっと、声をひそめて」と男の子が僕に言った。「質問は、 殻が破れる音がした。 た そっとお願いします。でも、大丈夫、答えますよ それから、どん、と音がした。それは、どん、どっ、轟と響き出 え 消 「ふたっするよ」 が 「何を ? そうだ、ずっと前から響いていたのだ。アナウンスはほとんど叫 機 「質問を」 喚と化し、通路は揺れていた。酸素用のマスクが天井から下りてき 「答えられれば答えますよ。おじさん」 ていた。そして灯りは、灯りは消えていた。読書灯どころかひとっ 「飛行機の窓ガラスって、ほんとにガラスなのかな。透明だけどさ。 もなかった。闇。そうだ。それは人工的に産み落とされた夜だった おお おうむ ごう 165

9. 文藝 2015年 summer

「いいのか」霧山が訊いた 「まう、それは楽しみです」フローレスは微笑した。 「この人にお会いするのは、ジェ 1 ンにとっていいことのようです」當はなにか考えごとをしていた。窓の積乱雲を眺めるときの、ば うっと放、いした眼だ 「それはもちろんだよ」 霧山はうなずき、でも本当にいいのかと確かめた。者を外へ連 れだしたことが知られたら、やっかいな事態になりかねない。 「いいのです」フローレスは答えた。 ジム、元気かい。今日、島の鍾乳洞に入ってきみのことを思い との関わりで軍属の精神科医になってしまったけれど、 だしていたよ。憶えているかな。紫のルビンの花が咲く高地の砂 わたしの本来の仕事ではなかった。そろそろ引退して村へ帰ろうか と思っています。父が亡くなり、母は老いてきました。だれかが世漠で、しばらく共同生活をしたことがあっただろう。金属のトレ の水音が、夜になると遠く ーラ 1 ハウスで。昼間は聞こえない川 話しなければなりません。わたしも黒光りする松の床と、麦わらを から、かすかに響いてきた。マウンティン・ライオンの吠える声 固めた土壁の家に帰りたくなってきました。焼きたての熱いトルテ も聞こえてきたな。 イ 1 ャも食べたい 「どうやって暮らしていくの」七海が訊いた 寝つけないまま、宇宙の暗闇とはどんなものか訊ねると、うー 「まあ、なんとかなるでしよう」 : と言いよどんでから、あっけないほ ダッツンで通った町に、診療所をひらくことも考えています。細ん、どう言ったらいいカ : どシンプルに答えてきた。煙突の奥に似ていると。子どものころ 細と暮らしていけるでしよう。 屋根に登って遊びながら、煙突をのぞき込んで、すうっと血の気 「いいなあ、帰るところがあって」 かひいていった。漆黒の暗間たった。まだ父母は離婚していなか 七海は心底、うらやましそうだった。島ハーフの七海にとって、 ここは半分だけの故郷かもしれない。 った。ハッピーな居間の暖炉まで、まっ逆さまに無がつらぬいて ね 宇宙遊泳しながら、あの煙突の暗闇を思いだした。そう言 「次は、、 しつにしようか」霧山か訊いた っていたな。 「八日後がいいでしよう」と光主が言った。 曲 は 太陰暦のカレンダ 1 を頭のなかでめくりながら、大安の日でもさ かすような口ぶりだった。あるいは、この島でなにか特別の日かも そこから先は消去した。、国際字宙ステーションと地上の遠 永 しれない メールは監視されているだろうから、ジムに迷惑をかけるかもしれ ない。そう田 5 って、送信せず、あとはテレバシ 1 を送るようにぶつ 「八日後ですね」フローレスが答えた。 ぶつ胸でつぶやいた 「今度は、わたしがランチをつくる」七海が声を弾ませた。

10. 文藝 2015年 summer

デパ 1 トの包みを大事そうにかばっている小松を見て、これじゃ このあたりで字佐美は飽きる 雪も降るわと思う。 いや、もうずっと前から飽きていたのだ 盟主なんてつまらないものだ。本音を言えば退屈を紛らわして 「ほんとうのアドレスを教えてくれ」と言われることがある くれるもめごとや大惨事を待っているだけなのだ。投石機の大破 だって、バカ野郎とか言いながらあれはあれでカタルシスがあっ 「個人のってことですか ? 」 みどりはわざと困惑の表情をつくって言う。 た。かれの本拠地には、防御力の高い兵士がばんばんに詰まって いる。逆に言えば身動きがとれず、重たいことこの上ない。べら 「そういうのは教えたらダメって言われてるんです」 それでもせがまれれば、ぐずぐずしながら教えてやる。実際につべらの安いカードでも、速度の速い武将をたくさん持っている遠 メールを打つかどうかではなくレアな情報を手に入れて並べるこ征班が羨ましくなる。なんなんだこの膠着状態を楽しむゲ 1 ムは。 とが嬉しいのだ。病床にあっても女のアドレスが増えることに満「来期は盟主なんかしないぞ」 かれは、ネカマのしおんちゃんに愚痴を吐く 足するのだ。もちろんそのアドレスは八重樫が管理していてみど りかクライアントからのメ 1 ルを見ることはない。。 とんな返事を「うさびよんさん、それ病気ですから。いつもの」 するのか、聞いてみたことがある もちろんオフで会ったことなどないからどんな男か知らないし、 そもそもなんでほかの連中に対して女としてふるまっているのか 「定型文ですよ」 も理解しがたいが、かれが明け方の端末の向こうで笑っているこ ばかばかしいという顔で八重樫は言った。 とだけがわかる。多分そんな、はかないコミュニケ 1 ションに意 「しつこいやつは『お客様の投稿は当社のガイドラインを超えた 味があるのだろう、このゲームは。 ため削除させていただきました』でいいんです」 出かけようとしていたところに宅配便が届いた。差出人の欄に 仕事始めの前夜、戦争は決着した。 小松尚という名をみつけて、みどりは驚いた。急いで梱包を開け 巻き添えを食った同盟員も戻って来た。 全損した字佐美の投石機も作り替えがすすみ、遠征と砦攻略もると、紅茶と焼き菓子のセットだった。有名なメ 1 カ 1 のものだ が、限定仕様なのか缶のラベルには可愛らしい文鳥のイラストが 終盤を迎えつつある。不足がちだった寄付も少しずつではあるが 向上し、同盟のレベルは上がってきた。これでなにもなければ、描かれていた。シナモンティーだからシナモン文鳥なんだわ、と 各々が拠点の内容を充実させて資源を貯め、イベントに群がり、 気がついてみどりは笑顔になった。同梱されていたマティスの絵 はがきの裏面に儿帳面な字で短い文章が書かれていた。 約四ヶ月間という単位の一つのゲ 1 ムの残り時間は、武将カ 1 ド のレベル上げというお決まりのパタ 1 ンである 「長崎みどり様 巧 4