にしないでね」 「手懐けるって何」 「そっちのお姉ちゃんがお母さんとお父さんのこと追い出し 「俊くん、三歳なのに気を遣ってるじゃん」 「・も , っ : ちゃったんだよ。お母さんもお父さんも俊くんのことこのお : トビちゃん私のこと悪役にしたくて必死なんだ ね」 うちに置いてっちゃったの。このお姉ちゃんに俊くん差し出 して。生け贄にしちゃったんだよ俊くんのこと」 人とか一一一一口っ 「私、棚ちゃんが怖いかどうか訊いたのに、いい 「トビちゃん ! 」 て、それ俊くんが必死に棚ちゃんの聞きたい台詞考えた結果 じゃん」 階段を二階に上がる途中で棚ちゃんが振り返りながら私を 「こじつけないで。トビちゃん私のこと責めたいんだろうけ蹴る。 どさ。確かにこのおうちにご厄介になり続けてるのは申し訳 ないんだけど、私は私なりにこの家に恩返ししようとしてる 三段ほどだったけど私は落ちて廊下に尻餅をつき、頭を反 だけなんだから。俊くんの失敗に乗じて変なこと言わないで対側の壁に思い切りぶつける。 「あっ : よ。さ、俊くん新しいバンツ穿きにいこう」 ! ごめんトビちゃん ! 大丈夫」 私は二人についていく。 血は出ていない。骨も折れていない。でも全身が痺れたよ 「俊くん、このお姉ちゃんにこの家にずっといて欲しい ? 」 うになって立てない。 でも一 = ロ , つ。 俊くんは答えない。棚ちゃんの手を握ってこちらを振り返 りもしない。 「心配したふり、しなくていいから」 「やめてトビちゃん。ついてこないで」 すると階段の途中でお尻を丸出しにした俊くんが泣き出 す。 「このお姉ちゃんがいる限りお母さんは帰ってこないよ」 「もう、トビちゃん帰ってよ。ここに来るの O した私が間 「お仕事に行ってるだけでしよ。帰ってこないとか子供に嘘 吹き込まないでよ。俊くん大丈夫だよ ? お母さんちゃんと毎違ってた。ごめんね俊くん。さ、お部屋で服だけ着替えちゃ おうね」 日帰ってきてるでしょ ? 」 行かせない。 「でもこのお姉ちゃんがいるから、今お母さんはここにいな いんだよ」 よく判らないけど、私はこういうことに持ち込みたかった : ごめん んだ。 「トビちゃん ! 子供を怖がらせようとしないでー 喧嘩つばい喧嘩に。 ね俊くん、変なお姉さんが来て嫌なことばっかり言って。気
「やつば姉妹だねえ」 「やそういうのいいから」 「なんでよ。通じ合ってるじゃない」 「時田さんって福井の人になったんじゃなかったつけ ? 結婚 して」 「あ、そう言えばお姉ちゃんが福井で結婚式出るって出かけ てったことあったよね」 「あった。え ? あれ、じゃあ今お姉ちゃんもそっちにいるつ てこと ? 」 「そうなるのかな。あれ、福井ってどこだっけ」 : つか、新婚さんのとこに : ・つてこともないか、も う。あれ ? 五年くらい前じゃん。結構経ってるね」 「新婚さんじゃなくても凄いご迷惑おかけしてるんじゃな い ? お子さんだっているかもしれないもんね」 「さすがにそんなとこに十日もお邪魔したりしないと思うけ ど : : : 」と言いながらも友達の家に《転がり込む》も《音沙 汰なし》も普段の姉からは想像できないのだ。 あれ ? 私は思い出す。「軍曹、同居してんじゃなかったつけ ? 旦 那の親と」 「ええ 5 ? そんな、お姉ちゃんそんなところに上がり込んだ りしないでしょ : 「という声がどんどん小さくなってるじゃん」 「ええ 5 ? 」 と当惑する母親の声を聴くことで私は自分のそれを沈静化 しょ , っとしている。 よくない。 「つか、じゃあともかく私確かめてみるから」 今何時だ ? 午後九時三十四分。土曜日。 この緊急時ならば O>Z だろう。 「友樹さんに連絡してみる」 すると母親が一言う。 「うーん。でもあんたが顔突っ込むとお姉ちゃんが : : : 」 「お姉ちゃんが何 ? 」 「うーん。まあ、姉妹だし、心配で当然だよね。ちょっと何 か判ったら教えてね」 ・・うん」 「でもあんまり無理にいろいろ聞き出そうとしたり : : : 」 「しないしない。正直私そんなに興味ないって言うか、よく 考えたら棚ちゃんが離婚しようとしまいとどうでもいい」 「またそんなこと言う」 「だって本当だもん。そもそも棚ちゃんの離婚で心配してる のはお母さんでしょ ? お母さんが訊けばいいじゃんね、判ん ないことがあるんだったら」 「親がこういうところに口を出し始めると : : : 」 「じゃあもう放っておくしかないじゃん。大人なんだし、考
婚」 「友樹さんが、愛の真実に目覚めたって言ってるのが気に入 「久しぶりの会話が離婚かー。まだしてないんだよね ? 離 らないらしいの」 「え ? 浮気してるんじゃないのそれ」 「するって言ってるだけ。でも時間ないかもしれないから」 「違うのよそれが」 「ふーん。それいつの話 ? お姉ちゃんがそんなこと言い出し 「でも誰か別の人のこと好きになったんでしょ ? 」 たの」 「そういうことじゃなくて、相変わらずお姉ちゃんのことが 「十日くらい前だったかな 5 」 「十日 ? 結構前だね。何でもっと早く教えてくれなかった好きらしいんだけど、その愛情が本物だっていうことをお姉 ちゃんに伝えたら、お姉ちゃんがへそを曲げたらしくって の ? 」 「やーだってあんたはお姉ちゃんから話いろいろ聞いてるだ 「はあ ? : : : 全く意味が判んない。友樹さん可哀想じゃん」 ろうと思って」 「でしよ。私たちんとこにも電話してきてお姉ちゃんが来た ? それ十日間も私に相談がなかった理由になってるか ? ら連絡くれって言って、ん泣ーいてたわよ」 「私のこと忘れてただけでしよ」 「浮気はしてないって ? 」 「 : : : もう、そんなことも一言わないで」 「してないしてないって。本当かどうかまでは判んないけ 「一言い方の問題じゃないよね」 ど、お姉ちゃんもそんな話してなかったからねえ」 「なんであんたはそんなふうにつつかかってくんの」 「 : : : え ? つまり今お姉ちゃんどこにいんの ? 」 「つつかかってないよ。普通に思ったことを確かめてるだけ 「友達のとこみたい。大学のときの友達の何とかさんってい で」 たじゃない」 「もう。お姉ちゃんの話だったのにすっかりあんたの話に 姉は友達の多い人だったからそんな簡単にピンと来ない。 持ってかれちゃうんだから」 : まあいいや、お姉ちゃんの話に戻そうよ、じゃ誰だって《何とかさん》じゃないか。 と思ってたのに一発で当ててしまう。 あ」 ときた 「軍曹 ? : : : 時田さんって人じゃなくて ? 」 「とにかくお姉ちゃんのこと、知らないならちょっと聞いて 「えつ、凄い。当たり」 おいて。私たちじゃよく話が判らないから」 「マジで ? 全然根拠ないんだけど」 「何て言ってるの ? ところで」 トロフィーワイフ
フィーワイフ扱いしてるってことじゃなくて、棚ちゃんのほ分をそのまま曝け出すことが必ずしも人の役に立つってわけ うが自分を最高のトロフィーワイフとすべく振る舞ってるよ じゃないし、道徳や礼儀に適うってことでもないと思う」 うなところがないかってこと」 「あーじゃあ、棚ちゃんみたいなのってありだと思う ? 」 「でも棚ちゃん見た目だけじゃなくて性格もいいよ」 「だって人の生き方だもん。その人が選んでいくことだし、 : うーん。こんなふうに言うと悪口みたいに聞こえるか他人がどうこう言うことじゃないよね。そういう人が好きか もしれないけど、俺が思うに、性格も良さそうに振る舞って どうかってだけで」 るよね、意識的に、棚ちゃんて。そういうのを性格が良いと 「好き ? 」 言うかどうかは微妙かな」 「凄いなと思うよ」 「どういう意味」 《完璧な棚ちゃん》を内面的にも演じてるってことね。はい 「徹底してるし、高い目標にちゃんと到達できてて、そうい は、。知ってます。 うのはやつばり偉いな、と思うよね」 でも家族だからだろうか ? 私の中に反発心がある。 「でも嫌い ? 」 棚ちゃんが性格悪いみたいに言わないで欲しい、というよ 「嫌いじゃないよ。もちろん。扉のお姉ちゃんってことで自 動的に好きだし」 棚ちゃんのそういう部分が信用できないな、と思ってるの 「はは」 は私だって同じなのに人に言われると自動的に『そんなこと 「まあ俺からの評価はどうでも いいじゃないの。今大変なの ない』と言いたくなるとは。 は友樹さんと棚ちゃんだろうし」 言えないけど。 「私の夫からの評価は大事です。まあ確かに今はそんなこと 尚也が言う。 」 , つで・も、 しし力、もわ」け・。 ・棚ちゃん大変かな ? 」 「でも自分がどう見えてるかって視点がある人って多かれ少 「大変だよ。トロフィーワイフの話の続きだけど、俺が思う なかれそういう作られた自己像って持ってるもんだよね」 に棚ちゃんって自分がトロフィーワイフであることに自覚的 「じゃあさ、そういうのって、人に嘘をついてるってことな だったからこそ、あのプレゼン内容に追い込まれたんで のかな ? 」 しよ」 「悪意がなくて人に迷惑がかかってなければ、人生を上手く 「 : : : 追い込まれたってほど大げさな話なのかな」 生きている、ってことになるんじゃないの ? ありのままの自 「だって福井なんかで他人の親の介護してるんでしょ ? 」
あって、それを出ると西暁町で、その山あいの小さな町に軍 まつもと 「今の棚ちゃんみたいな棚ちゃんじゃなくても良かったみた曹が嫁いだ松本家がある。 いな話、棚ちゃんは自分否定されたみたいに感じるんじゃな 土曜日の午前十時半に駅に降り立った私を軍曹が迎えに来 い ? なんかそんな短絡的な話棚ちゃんらしくないっちゃない てくれる。顔を合わせたのは軍曹と棚ちゃんが大学生のとき けど、意外ならしくなさってのも、人にはあるものだろうし にうちに遊びに来て以来だからもう七年くらい前だ。相変わ ね。ともかくャパいんじゃないかな、普通に」 らず綺麗で、なんとなく化粧や着てる服の感じが棚ちゃんの 「そうだね。 : そういうことだね。私、友樹さんに、棚好みに似てる。これはでも、棚ちゃんと親しくしてる人たち ちゃんに向かってあんな動画の話しちゃうなんて、愛情とか に常に起こることだ。棚ちゃんとひと月近く同居してる軍曹 幸せの気持ちが、出どころ不明になっちゃうでしよ、くらい は、棚ちゃんモードの服や化粧品を取り揃えるのが大変だっ ただろうか ? にしか思ってなかったけど : : 。だよね、もっと問題は大き いよね」 「わーっ ! トビちゃん久しぶりー ! 」 「うん。俺も扉と付き合いだしてから、扉のお姉ちゃんとし と笑う軍曹に私は訊く。 てしか棚ちゃんのこと知らないけど、棚ちゃん今、アイデン 「棚ちゃんは ? 」 ティティクライシス状態なんじゃないかな : 「うちでトビちゃんのこと待ってるよー ! 」 私は棚ちゃんのことを考えてみる。 「ふうん。軍曹、これから用事 ? 」 私のこととして。 「あ、そうなの。ごめんね。トビちゃん家に届けてから、私 それを簡単にできるのは、私と棚ちゃんは姉妹で、小五の 今日仕事なの」 ときに姉のコピーから遠ざかろうと決意して以来いろいろ自 「そうですか」と言ってから私は少し迷ったけど続ける。 分なりにあがいてきたけど、結局棚ちゃんからの距離感を保「棚ちゃんここで何してるんですか ? 」 っために棚ちゃんをすっと見つめていたからだと思う。 「えっ : : : 夫婦喧嘩中なんだよね ? 」 「東京ではそうですけど、ここでは何してるんですか ? 」 「うちの旦那の親の介護、手伝ってくれてるんだけど : 調布駅から新宿に出て東京駅から新幹線に乗り、米原で特すつごく助かってるよ」 急に乗り換えて北上していくと福井に入る。象の横顔のよう 「あの、ごめんなさい、私がこんなふうに言うの筋違いって な福井県の、鼻を昇っていくと牙の付け根で長いトンネルが やつなんだろうけど、どうして棚ちゃんがそんなことしてる トロフィーワイフ
えはあるでしよ。棚ちゃんだしさ」 「でも全然あの子の言ってることの意味判らないんだもの」 愛の真実。 まあ確かに。 電話を切るが、友樹さんに連絡するのが何だか面倒になっ て放っておいてしまう。 何度か母親から「どうだった ? 」って確認の電話があるけ ど「あーまだ聞いてない」で終わらせる。私なんかが顔を 突っ込むとお姉ちゃんが : : : みたいなことは言わない。 たなこ 姉の棚子は、穏やかな口調ながら、押さえ込んだり無理強 いするんじゃなくて相手になるほどと思わせるのが得意で、 何と言うか、その状況にあるスジとか理屈で最も正しげなも のを見つける術に長けてた。 : 私ね、そういうの得意なところ、あるよね」 と本人も言って笑ったりする。 私が思うに、それが棚子の本質だ。 良きものか ? 判らない。 でも誰かを納得させる力があるということは、実際に正し いことを言っているのかそのカのせいで相手を言わば丸め込 はる んでしまったのか判らない、と棚子自身を迷わせたりするみ 時田晴ちゃんが軍曹と呼ばれるのは兵隊みたいに規律正し いとか厳しいとか「でんでで 5 れで 5 れで 5 れ・でんでで 5 たいだった。あるいは、そうやって一応迷ってるそぶりをし れで 5 よ」的な何かが口をつくとかじゃなくて、実際に陸上ておいてるのかもしれないけど。 駄目だ。 自衛官として五年目に二等陸曹になったことがあるからで、 一一等陸曹は一般的階級では《軍曹》に当たる。実際昇進する 私はどうしても棚子が信用できない。 までのあだ名は《伍長》だった。入隊してからしばらくはメ 処世術みたいなのが上手すぎて自然でそっが無さすぎて、 ールとかで自ら《時田三等兵》って名乗ってて、それを三年 こんな人いるのかよ ? って気持ちが振り払いきれない。 目に《伍長》に正したのが姉だった。 振る舞いや言動の如才なさだけでなく、美人で服のセンスフ 晴ちゃんは《三等兵》でいいよとか言ってたみたいだけど も良くて友達もいつばいいて、でも変な人がいないし皆親切ワ 姉は「そういう謙遜で気軽に付き合ってもらおうみたいなの で有能で余裕があって、何故かどの人もその人なりに綺麗だ フ ロ よりも、ちゃんと実際の階級で呼んでもらった方がいいん し話が面白い。率直さだって正直さだってあるみたいだ。 どうなってんの ? って感じ。正直。《完璧》って天体がさ じゃない ? 立派な仕事なんだし、晴も頑張ってんでしょ ? 」 らに惑星直列、みたいなのが、どうやら姉を中心に起こって と言って説得したらしい
な。黙っててもおにぎりとアンバンくれてたから、それでい が限定されちゃうから、しようがないんだね ) 体感はも いと思えばそれでいいな。腰は痛かったはずだが、 それで私は、「すいませんけど、杖忘れちゃったんで、 う半分死んでるからよく分からない「 取って来てくれませんか」と、兄ちゃんに言った。正確なと 「俺の家はどうなった ? 」の以前 こ、「ここはどこだ ? 」の ころは、「杖、杖、あそこ」でしかなかったと思うが、兄 避難所にいるから「俺の家はどこだ ? 」で、まるで足の腱を ちゃんは理解してくれて階段を上がると、杖を取って来てく れた。 切られた安寿と厨子王の母親がさまようように我が家を探し それで私は避難所に行ったというか、兄ちゃんに連れてつ求めて、「あ、ここだ」と思って中に入ろうとしたら、「危険 てもらったのだけれど、その以前からろくに歩けなくなって だから入っちゃだめですよ」と誰かに言われた。二階だか三 いたから、いろんなものが降って来そうな歩道の端に座り込階の天井が抜けて傾いているんだそうな。「じゃ、もう建て 直さなくていいんだ」と思って、ほっとした。 んで、休み休み「いいから先へ行って下さい」と兄ちゃんに 言って、それでも兄ちゃんは不憫な老人を見るに見かねて、 九十過ぎの身寄りのない老人が、なんで自分の住む崩れた 家を建て直さなきゃいけないんだ。そもそも、こんなもん俺 付いて来てくれた。 が好きで建てたんじゃなくて、死んだ母親が建ててくれと 避難所というのが、なんだか分からない。昔、避難所だと 言って建てたもんだから、建築費の支払いが終わったら、も 聞いていた小学校はもう廃校になっていたから、私はどこへ うぶつ壊れたっていいんだ。俺は避難所で一生終わったって 行ったんだろうか ? かまやしない。にぎり飯とアン。ハンくれるんだから、 ともかく、避難所に着くと、薄暗い中に人がいつばい、 じゃないか。 た。東京にしか人がいないような時代に東京が大地震に襲わ 噂によると、一人暮らしの家が傾いて取り壊し費用の払え れたら、もうほとんど全員が被災者で、足の踏み場もない。 いつの間にか兄ちゃんはいなくなって、若いバ ーさん女に ない老人の家を取り壊す費用を東京都が負担して、それで財 「こっちです」と案内されて、たぶん、体育館の床の一角に政が破綻しそうだっていうけどね。そんな話を聞いて、どう いうわけだか私は、「そりやよかった」と思ってしまった。 座らされた。 座ったら疲れて、寝てしまった。寝るのが老人の最大の仕難病の治療費を東京都から援助されている身分のくせに。 それで私は、避難所から仮設住宅へ移されることになった が、仮設の建設が間に合わない。震源が東京湾沖で、神奈 それで、避難所生活をしていたが、たいした記憶はない 0 っ ) 0 192
二カ月ぶりに母親から電話がある。私は少し緊張して携帯 そんなことも気付いてなかったのか。「仲が悪くないだけ。 ともき を取る。相手の用件は大抵私の近況を確認するみたいなの 別に普通。で、なんでそんなことになってんの。友樹さん浮 ばっかりだから何か報告すべきことあったつけと即座に考え気 ? 」 始めてるけれど、そんな私に母親が言う。 「そうじゃないみたい。でもお母さんもお姉ちゃんの言って 「お姉ちゃんが離婚しそうなんだけど、あんた何か聞いて ることよくわかんないのよ。お父さんも。あんたちょっとお る ? 」 姉ちゃんに話聞いてみてくれない ? 」 予想外すぎて言葉が脳の上を上滑りしてどこかに行ってし 「えー ? やだよ」 まいそうになってるのを引きずり戻す。 「そんなふうに言わないでよ。二人だけの姉妹でしょ ? 」 「 : : : え ? 離婚って何 ? お姉ちゃんが ? お姉ちゃんて棚ちゃ 「もう他人も同然だよー」 んだよね。は ? 離婚 ? 何で ? 知らないよ ? 私に話なんかきて 「もう。そんなふうに言わないでって言ってるでしょ ? お願 ない。つか連絡も取ってないしくるはずないじゃん。あは いだから」 「だってもう一年近く話してないし、電話で話すとか、正直 と思わず笑ってしまうが面白くもないし何故笑ったのか判 : あれ ? : : : あれー ? 憶えてる限り、ほとんどないって言 らない。 : じゃなくて、わ、全然ないや。すげー。ビ 「笑い事じゃないよ」と母親も言う。「あんたお姉ちゃんと クリしたー」 連絡取ってないの ? こんなときに」 「何言ってるのよもう。緊急事態だからビックリしたとか 「こんなときもどんなときもないよ。知らないから。それに 言ってないで何とかしてよ。あとすげーとか言わないで」 あの人私にこんな話しないでしよ」 コ一一一口わないで欲しいこと多いなー」 はなし 「仲良いんじゃないの ? 」 「当たり前でしよ。ともかく話してみてよ」 たな
と私が訊くと棚ちゃんが言う。 「駄目ってどういう意味」 「トビちゃん、やめて。俊くん責めないで」 「責めてないよ。 : : : 俊くん、トイレ、したかったらいっ 「駄目だよ、棚ちゃん。ここで人に迷惑かけちゃ駄目」 だって言っていいんだからね ? おしつこしたいって言って 「待ってよ。聞いてなかったの ? てか見てなかった ? 家ん中 ね ? 」 かなり整頓されてるし、これ維持してるの私なんだよ ? 私い すると俊くんが小さな声で言う。 なくなって困るのここの家の人たちだと思うけど」 : ごめんなさい」 「大丈夫だよ。この家の人たちのことは。それよりも棚ちゃ んは棚ちゃんの問題があるでしょ ? 」 棚ちゃんが私に怒る。 「だからさ : 「もう。俊くんはまだ小さいんだから、失敗したっていし しいよ、こんな話子供の前ですることじゃな ・ : あっ ! 」 の。関係ないトビちゃんに謝らせたりしないでよ」 と棚ちゃんが俊くんを見て大きな声を出すので見ると、俊 「俊くんがおしつこ我慢してたの、棚ちゃんが怖いからじゃ くんがお漏らしをしている。 ないの ? 」 「はあ ? もうトビちゃん本当にやめて」 「あらら、俊くんトイレ我慢してたの ? ごめんねー気付かず と私を睨む棚ちゃんの隣で俊くんがじっと棚ちゃんの横顔 を見ている。 と甲斐甲斐しく俊くんを立たせ、ズボンと下着を取り替え 「俊くん、棚ちゃん、怖い ? 」 始める棚ちゃんは親や保育士のようだ。 手慣れてる。 「トビちゃん」 「俊くん」 「俊くん、たまにこういうことあるの ? 」 すると俊くんがこっちを向いて首を振る。そして言う。 「なんかねー。普段いい子にしてるけど、たまに我慢のしど 「棚ちゃんはいい人やさけ」 ころを間違えるの」 てきばきと下半身を裸にされている俊くんは恥じらうでも 棚ちゃんが俊くんの顔に自分のほっぺを押し当てる。 「あらーありがとう ! 俊くんもいい子だよー ! 」 落ち込むでもなくて完全に無表情のまま棚ちゃんにされるが まま足をあげたり降ろしたりしている。 私は一『一口 , つ。 「そうやって言葉のご褒美をあげながら手懐けるの ? 」 我慢のしどころを間違える ? 「俊くん、塗り絵に夢中だったの ? 」 棚ちゃんが固まる。 む。 トロフィーワイフ
「言ってないでしよそんなこと」 んだよ ? そんなことする棚ちゃんじゃなかったでしょ ? 」 「だってトビちゃん怖かったんだもん」 「でも少し考えれば判るでしよ。つかもう今判ってるかもし 「まあそれでいいよ。まだまだ私の怖いの、続けるから」 れないし。私なしでも幸せになれるし、私じゃない別の人と 「やめてよ、人のうちでこんなふうにふざけるの」 結婚して啅せになるんでしょ ? 同じくらい」 私は階段の一番上に這い上がる。棚ちゃんの足首がすぐそ 「ふざけてない。私、本気。棚ちゃんのこと、どうやってで ばにある。 も、どうにかしてこの家から引きずりだすから」 「なんで ? : : : そもそも軍曹とトビちゃん友達じゃないじゃ 少し躊躇するが、頷く 「そうだよ ? 人はどんな人生であろうと、同じくらい幸せに ん、私の友達であって。トビちゃんなんでこの人たちのこと 気にするの ? 」 なるよ。別に棚ちゃんと結婚してようと、してなかろうと、 「気にするよ。知らない人でも、誰かが可哀想だったら気に他の人と結婚してても」 するでしょ ? 特に家族がその人たちに迷惑かけてるんだった ら当たり前じゃん」 棚ちゃんが息を止めたのが判る。 これは命のやりとりになる。 「迷惑なんかかけてないって」 そもそもそういう問題だ 「棚ちゃんはそう言うし、他の人たちはそう言わされてるけ 人生の選択と幸せの在り方についてなのだから。 ど、私は信じてないし、知ってるから」 私は続ける。 「何を」 「棚ちゃんと結婚してなければ不幸せになるとかじゃない 「棚ちゃん、ここで必要とされて、いい人とか立派な人扱い されて、 よ。棚ちゃんが友樹さんに与えてる幸せなんて、どこからで そんなことが嬉しいの ? 棚ちゃんの家族はここ も仕入れられるし、棚ちゃんは友樹さんを幸せにしてるつも にいる人じゃなくて、友樹さんでしょ ? 」 りかもしれないけど、友樹さんは勝手に一人で幸せになって るんだし、棚ちゃんの感じてることなんて完全に自己満足だ 「あの動画で、棚ちゃん的には友樹さんと一緒にいる理由が なくなったのかもしれないけど、あくまでも友樹さんは棚よ」 ふううつ ! 」 ちゃんへの愛情とか否定してないじゃん」 棚ちゃんが止めてた息を、吐かずにさらに吸い込む。 「したよ。してるよ。私と結婚したけど自分の幸せが本物か 「そんでそれを、棚ちゃんだって理解してるんでしょ ? は どうか判らないって言ったも同然じゃん」