作品 - みる会図書館


検索対象: 群像 2017年1月号
133件見つかりました。

1. 群像 2017年1月号

がまだ存在していない一九〇一年に、単行本に収録されて刊 此方に積んで並べてある。これが小さな野菜市、小さな せりば 行された時には、まったく批評の対象にならなかったことを 糶売場である。 日が暮れると直ぐ寝て仕了う家があるかと思うと夜の考えてみると、これを書いてしまった国木田独歩の信念の強 さに圧倒される。 二時ごろまで店の障子に火影を映して居る家がある。 とこや それをまだ誰も問題にしない。目を向けてもいない。 理髪所の裏が百姓家で、牛のうなる声が往来まで聞え となり る、酒屋の隣家が納豆売の老爺の住家で、毎朝早く納し、その夕暮れの中に小さな灯を点している、タ闇に紛れそ しわがれごえ 豆々々と嗄声で呼で都の方へ向て出かける。夏の短夜うな小さな町並の中に、国木田独歩は小さな人間のドラマを いくつも発見している。 が間もなく明けると、もう荷車が通りはじめる。ごろ / \ がた / \ 絶え間がない。九時十時となると、蝉が往 言文一致体の模索から、ロ語体の完成、自然主義文学の登 来から見える高い樹で鳴きだす、だん / \ 暑くなる。砂場によって、日本の近代文学はその第一歩を踏み出したはす あお だが、国木田独歩の『武蔵野』はその「第一歩」より早い 埃が馬の蹄、車の轍に煽られて虚空に舞い上がる。蠅の しかも、ほとんど誰からも認められていなかった。 群が往来を横ぎって家から家、馬から馬へ飛んである 自分の書いているものが筋らしい筋のないもので、小説で それでも十二時のどんが微かに聞えて、何処となく都あるより随筆であると思われるようなものであることは、国 の空の彼方で汽笛の響がする。 木田独歩も承知していただろう。日本の小説がどこへ進むの諏 かまだはっきりしない段階で、「こんなもの」を拾い上げて、日 それが小説として受け入れられるかどうかは分からない。でい 蹲る犬の低い視点から、日が昇って暑くなるにつれて視占 美 は上に向かい、蠅の群が宙を舞っていて、その向こうに正午も、国木田独歩は、そこにある灯影・物音・気配の一つ一つ が物語を孕んでいると思って、まるで美しいミニチュア細工え を知らせる空砲の音 ( どん ) が聞こえ、蒸気機関車が遠くに のような文章を書いた。 去って行って『武蔵野』は終わる。今となってみればなんの 人 しかし、ま〇 書かれる対象はたいして美しいものではない。 へんてつもない文章のように見えるかもしれないが、これが 一八九八年に発表された、近代ロ語文で書かれた最初の完成だ誰も見ない「それ」を発見して見つめている人の視点はと した小説作品の一つであって、小説家の夏目漱石や島崎藤村ても美しい 美しい日本語

2. 群像 2017年1月号

のか、じゃあここはどうだろう、なんて路地から路地をうろ なったり、別府で婆さんのオッパイを揉むところまでいかな つくのはやつばり面白い いと駄目だからね ( 笑 ) 。 島田迷子になった者勝ちだ、というような感覚はあるよ 『のろい男』を読んでいると、文学の草の根民主主義だな、 と感じるんですよ。私は小説を書くには、日本全国さまざまね。 な場所を徘徊し、一般の感覚を掴み取ってくる必要があると戌井最近困っちゃうのは、よさそうな路地を見つけて、徘 考えているんです。この作品を読んで、戌井さんにもその感徊して、これは、という店に入るじゃないですか。店主は無 愛想だったりもするんですけど、意外と隣に座っている地元 覚がべースにあるんだな、と思った。 しいぞ、と思っていると、「と の人と仲良くなれたりして、 戌井嬉しいです。でも最近、場末感が娯楽になっていると ころであなたは何をしている方なんですか」なんて聞かれて ころもありますよね。新宿のゴールデン街なんて、久しぶり しきつ。 に行ったらすごい状況になってた。外国人がたくさん観光に 島田亀岡も、「見たことある顔だけど、お客さん何してる 来ていて、まるで一大テーマバークなんですよ。 島田大阪の新世界辺りもすごかったよ。おもに中国人観光人 ? 」ってよく聞かれてたよね。戌井さんはどう答えるの ? たいていは、旅行ライターを装うんですよ。ちょっと 客が面白がってる。独特の場末感というのが薄れて、ど派手戌井 な看板が立っていて、その色調も中国つばい ( 笑 ) 。でもよ取材に来たついでにプラブラしてまして、なんて誤魔化し て。でも、いまはみんなスマホを持ってるから、名前を一一一一口う くよく考えてみると、実はあそこは戦前動物園をつくった り、美術館をつくったり、通天閣を建てたりしていて、浅草とすぐ検索されて、「えつ、小説書いてるじゃん」とか言わ れちゃうんですよね。 みたいに設計されていたんですよ。要するに、遊楽のために つくられた人工的な町で、テーマ。ハーク的なルーツがあった島田結局ばれるわけだ ( 笑 ) 。 んですね。ところが空襲で焼けてしまい、闇市ができて、そ戌井酒田のとあるお店では、「このお客さん、小説書いて るんだって」と、サインを頼まれたこともあったんです。恥来 こからずっとその雰囲気を残してきた。最近になってようや ずかしかったけど書いて飾ってもらったんですが、次の年にの くまた先祖返りしたのかもしれないね。 戌井地方都市を徘徊するのは楽しくもありますが、かなり行ったら外されていて。で、代わりに吉田類のサインが飾っ文 てありました ( 笑 ) 。 スリリングでもありますよね。あ、これはポッタクられちゃ 徘 島田負けた ( 笑 ) 。 うな、という店にも結構入ったし。でも、つげ義春の漫画の 世界にいるような気持ちで、この道はこことつながっている ( 二〇一六年十一月十八日、講談社にて )

3. 群像 2017年1月号

戌井いや、何を着ていても島田さんは目立っちゃうと思い ■名脇役・亀岡拓次のモデルとは ? ますよ ( 笑 ) 。 島田受賞作の『のろい男ー俳優・亀岡拓次』は四十歳の脇島田この『のろい男』は数年前に刊行された『俳優・亀岡 拓次』の続編でもあるわけだけど、要するに亀岡を主人公に 役専門の映画俳優が主人公で、さまざまな地方にロケに行っ ーズをやるんで ては、空いた時間で場末の居酒屋に飲みに行くなど徘徊趣味して、「男はつらいよ」のような一大シリ しよう ? 全都道府県を舞台にして、ときどき海外にも行 があり、そこでいろいろな出会いがあったりするわけだけ く。そのうち、「あれつ、何でうちの地元には来てくれない ど、戌井さん自身もどこの地方都市に行っても浮かない雰囲 んだ ? 」なんて文句を言われるようになる ( 笑 ) 。 気があるよね。独特の場末感をいつも漂わせているから 戌井最初はシリ ーズになるかどうか、自分でも分からな ( 笑 ) 。私は最近『虚人の星』という作品でスパイを主人公に かったんですよ。でも、自然と亀岡がそういう感じの人間し したんだけど、どこにでも馴染めるっていうのはまさにスパ イに向いてる。 なってきて。そもそもは、昭和の名脇役として活躍した殿山 私も五十歳を過ぎてから、場末感を出そうと思って努力し泰司を意識していて、あちこちの地方を、この町はどうだ、 ているんだけど、地方へ行くとやつばり浮くんだよ。肩を落あの女はどうだ、なんて言いながらプラブラする雰囲気のも のを考えていました。そこからだんだん女の要素が薄れてき としたり、背中を丸めたりして、なるたけ場末感を漂わせな がら地方に溶け込もうとするんだけど、「あんた、昼ごろ歩て、場所から場所へ、というところだけが残ったんです。 島田なるほど、殿山泰司か。私、何度か会ったことがある いとったね」とか言われちゃう。 んですよ。八〇年代の話だけど、彼は新宿ゴールデン街あた 戌井確かに僕は、たまたま訪れた山形の地方都市を朝ぶら りを結構飲み歩いていたからね。助平だってことで有名だけ ぶら散歩していると、中学生にすれ違いざま「おはようござ ど、晩年に至っても、俺を通り過ぎていった女たち、みたい います」なんて挨拶されたりしますね。あ、いつもの近所の な話が大好きだった。 お兄ちゃんだ、みたいな雰囲気で。 彼の出演作で一番有名なのは、恐らく新藤兼人・監督の 島田戌井さんには不思議な人のよさが漂っているから、子 「裸の島」だと思うんだけど、私がすごく印象に残っている どもたちも安心して方言で話し掛けたりするんだと思う。私 のは阿部定事件を題材にした大島渚・監督の「愛のコリー だとちょっと怪しいと思われる。服を地味にすればいいのか よ。 ダ」。殿山さんは、どうやら阿部定と以前肌を合わせたこと 122

4. 群像 2017年1月号

学少女の枠の踏み外し方次第で大化けすとしたヒトの良さと低回趣味は例の寅さるというのは案外根性がいる ( なくても る可能性がある。 んを思い出させる。これで四十八話のシ しいが ) 小説のあり方だとも言えるので 『家へ』は独特の憑依体質を持った作者 ーズ化をすれば、癖になるヒトが出てはよ、 : くる。 が「私」を交代させ、初めて三人称の語 『イサの氾濫』は対照的に社会に目を向 りに成功した作品となったことはおおい けているが社会をそのまま持ち込んでい に評価すべきだろう。『異郷の友人』は仕 るだけで、イサの評価の覆し方もあまり 掛け、発想に傑作の予感が漂うのだが、 に通俗的な文学のやり方だ。社会という 人格のスイッチがやがてインフレ気味に 保坂和志 のはこういう通俗的な文学も織り込んで なり、その驚きが次第に薄まり、コスプ いるわけだから、これでは社会を見る見 レ的になってしまう印象を与える。「語り『のろい男』、戌井さんは一昨年の候補作方は覆されない。社会と戦っているつも 手は誰か」問題は作者を悩ませる永遠のの『どろにやいと』は、悪い意味で力がりが逆に加担することになる。『家へ』も テーマであるが、神話時代の憑依から三抜けた作風がこの人には出来上がってい 小説に先行する既存の知識がそのまま持 人称客観描写への飛躍を自身の中でどうるのではないかと思った。今回も最初のち込まれるのでここにある正しさが私は 位置づけるかが今後の課題か。 一篇を読むとその感想は変わらず嫌な気息苦しくてどうしようもなくなった。 『イサの氾濫』は震災と向き合う際の中分になったのだが、二篇目の途中あたり『異郷の友人』は仕掛けは面白いのに一 央の紋切り型を八戸弁の語りを通じて打から私は楽しんで読んでいることに気が人一人の考えることはごく普通で、人間 ち破ろうとする試みであるが、「イサ」とついた。いったん楽しくなるとこの連作が人間としてある説明しがたさ、奇矯さ がここにはない。 いう人物に向き合う標準語の語り手が彼はどんどん楽しくなり、しまいにはもっ に同一化するところで終わっており、さといつばい読んでいたいと思っていた。 とても批評しにくく、「楽しい」「好き」 らにもう一歩踏み込んだ時、何ができる かまで書くべきであった。しかし、初出「こういう友達が一人くらいいてほしい」 の日付を見ると、震災直後なので、それという、なんとも素朴な褒め言葉しか出 もやむをえないか。 てこないが、そこがいし 。キナ臭い時代 結局、『のろい男』が残った。脇役専門 には声高に社会を批判したくなるが、小 の俳優による地方巡礼記だが、その朴訥声でばそばそ語って、時流からずり落ち 小声でぼそぼそ 星野智幸 『イサの氾濫』。東北の現場の声にならな い声を、生々しく文字化している。木村 選評

5. 群像 2017年1月号

知った。 彼を偲ぶ者は少ないだろうなあ。 今はもう、目の前の紬は紬で、変だとか妙とか思わない。 スマートフォンがチャイムのような着信音を響かせる。メ ールの着信だ。美里は油断しているつもりがなかった。目を 「谷口の、ロが好き」運転しながら説明を足してみた。谷口 の無表情な笑顔の「動かなさ」は異様だ。現実にはありえな離したのはカーラジオのポリュームに手をやるくらいの、一 、漫画という手段ならではのものだ。へえ、と続く相槌を瞬だけだ。後になってその記憶には自信が持てなくなるのだ 待ったが、助手席の紬はうつむいて黙ったままだ。再び眠っ 「ママ、前」 たのだろう。街灯はなくなり峠に入る。ポリュームを落とそ うとしたカーラジオのニュースから不意に訃報が流れた。 光る目と目があった。鹿。ハンドルを切って急プレーキを 内海賢二さんが。次の赤信号までつめていた息を小さく吐踏んだ。間にあわない。強い衝撃。 き出した。 ガードレールにぶつかりエアバッグが作動したことは分 っ , ) 0 、刀チ′ アイドルとかタレントみたいではない、職人のようだった 時代の声優のことを好きだったから、その中でも・ヘテランの 「紬 ! 」胸と頬に強い痛みを覚え、声もひっくり返る。すぐ にシートベルトをはずし、紬をゆさぶる。声に反応しない。 彼の訃報に、時代がいよいよ切り替わるという気持ちが押し 寄せてきた。 震える指でスマートフォンを手に持つ。 発炎筒をたかなければ。ます自分が外に出て、紬を助け出 知っている、つまり脳の一部分を占めているだけで、それ さなければ。車が炎上するかも。自分の太ももを強く二度叩 がなにをした誰の名前であれ、訃報を聞くことは寂しい 小波美里が真っ先に思い出した内海賢二は『サージカルス いた。震えるな、と叱咤して、それから運転席のドアを開け トライク』だ。マイナーなゲーム機の、それも末期にーー て外に出る。霧雨が止んでいた。自分の顔面の腫れは気にな らない。 スされた、ネットのオークションでは希少価値で数万円の値 いっかラジェーターから煙が出たときも峠だったが、あの がついているゲームの中の悪役。出番は少ないといえ、あん ときは昼間だった。薄情なほどの闇が、美里達を取り囲んで なマイナーなゲームに、なぜ大物の彼が起用されたのか。 れ いる。ヘッドライトは衝撃で片方消えていた。夜の峠道に明ま とにかく典型的な、悪そうな声だったー 、つ かりは、右のヘッドライトと後部のプレーキランプと、スマ 「ひねりつぶしてやる ! 」と、作中で彼はいっていた。憎々 ・も - ートフォンだけ。 彼を悼む者は多かろうが『サージカルストライク』で今、 ヾ、 0

6. 群像 2017年1月号

いたり、しみじみしたりする。素成夫は落ち込まないし、申 なことがいえる」昨年のゼミでの先生の言葉だ。文学と比べ ても歴史が浅いし、同じ「作品」でも個々のそれはさして長し訳ないともーー・そんなにはーー丨思わない。怒りや嘆きを助 大ではない。カタカナの監督の名とかを列挙するだけで、文長させたくないから殊更に言わないが、うっすらと、そのズ レを「面白いーと思ってさえいる。合皮のリクライニング 化を語っているつばくなる。「黒澤」とか「小津」のように、 チェアから立ち上がり、ついでにのびをして、個室を出る。 苗字だけに省略して「言い合う」だけで通らしく、分かった べニヤで仕切っただけの貧相な「室」を抜け出て、よどんだ 風になるだろ、と。 空気の中を歩いた。壁に新刊漫画が並んでいる一帯を通りか そういう風に語るような奴になるなよという戒めがあって かり、あ、あれ最新刊出たんだとあわや手に取りそうにな の言葉だということはもちろん伝わっていたが、昔の映画を り、思い出す。 みまくるのは純粋に楽しいことでもあった。 いやいやいやいや、レポート〆切だったよ。 冖『エマニエル夫人』俺、みたことないんだ〕先生からの返 とうに気が散っている。だからネットのニュースをみた 信が届いた。そうなんだ、と思う。また「若者らしい」こと り、先生にどうでもいいメールを送ったりしているのだ。 をしてしまった。インターネットで、昔の情報も今のものも 冖どうだった、エロかった ? 〕布田先生からの「フキダシ」 フラットに総当りできるのが当たり前だから、なんでもフ がスマートフォンの画面に追加された。先生のことを「先 ラットに「知って」しまえるが、ときにチグハグなやり取り にもなる。シルビア・クリステルは数年前にのテレ生」だと素成夫は思った。備え付けの紙コップを二重にして ポットのコーヒーをいれる。二重にするのは素成夫独自の知 ビ番組にゲスト出演していたことが記憶に残っていて、きっ 恵だ。なぜかここの紙コップは時々漏るから。 と上の世代の誰もが記憶する名女優なんだろうと思ってい っ ) 0 先生とは「先」に「生」きた人と書く。先に生きた人たち に、シルビア・クリステルという女優がどんな風に思われて 前に、プルーハーツと爆風スランプという二つのバンドが いたかは後に生きる素成夫には絶対に分からない。それなの 同じような音楽に思えるといって年長者に怒られたことがあ に彼女の映像だけは残っているから、先に生きなかった者も る。一緒にするな、と。だが、素成夫には分からない。 同じようにみえるという心からの「実感」と、その時代の簡単に検索をかけたりして興味を持ち、みることが出来てし まう。そして必ず実感できることもある。「亡くなって残念」 それに接しているものだけが分かる「実感」と、あるのらし なんて言葉は書かないし書けない。「実感した」ことだけを そのズレで若さを露呈させたとき、年長者は怒ったり、嘆素成夫は書いて送信する。

7. 群像 2017年1月号

シンプルに『犯罪小説集』と題され、装丁土地に現われた経歴不詳の男たちと、彼らとせるように ) 。こちらでは罪を犯すのが誰か も黒地に鈍い金色の文字でタイトルが大書き関わりを持っことになった人々の暮らしを描は最初から明示され、そこに謎はない。物語 されるだけの本書。どんなミステリーかと想き出していく。人間はさまざまに変化する顔は、登場人物が事件に至った経緯や置かれた 像がふくらむが、収録五作品のいずれもが、 を持ちあわせるために、凶悪犯も外からはす状況を丹念に追っていくのである。 はっきゅうはくじやでん そのじっ犯人探しやトリック解明の鮮やかさ ぐにそれと判別できない。そうでなければい たとえば「白球白蛇伝」は元プロ野球選 で読ませる小説ではない。華麗な探偵も出て いという願望も判断の目を曇らせる。隣人を手の早崎が主人公となる。貧しい育ちながら こない。 ここで試みられるのは、言葉と想像信じるか信じないかは、ときに究極の選択と幼少期から投手として天賦の才を見せた早崎 力はどこまで人間の心理に肉薄できるかとい なる。隣人を警察に突き出すかどうかの逡巡は、大学進学を経てプロの道へ。奪三振王に う、いわば小説の可能性の拡張である。 と緊張が、犯人は一体誰なのかといった本筋輝くシーズンもあったが、現役生活自体は凡 本作紹介の前に、吉田修一が二〇一四年にのサスペンスと相まって、上下巻のポリュー 庸な成績とともに、弱冠三十一歳で終わりを 上梓した『怒り』 ( 中央公論新社 ) について思 ムを一気読みさせる傑作となっていた。 迎えた。野球し、か知らない男の、残りの人生 い起こせば、こちらも犯罪がテーマであっ本作は、コンセプトの一部を『怒り』からの途方もない長さ。彼は生活を堅実路線に修 た。八王子で起きた惨殺事件の現場に残され引き継いだと考えていいだろう。五作の中編正することができず、経済状態は破綻してい た血文字の「怒」。犯人は逃亡をはかり、身はいずれも、実際に起きた事件に基づき書か 柄確保に至らない。物語はその後、房総半れている ( 『怒り』が、英会話学校講師を殺困窮した早坂は誰彼となく金の無心をする 島、東京新宿、沖縄の波留間島のそれぞれの害した犯人が約一一年半逃亡した事件を想起さが、最後まですがったのは飲み屋で知りあっ 動機を越え、 深層心理の領域へ 江南亜美子 B 〇〇 K 一ョロ 書 R E V 一 E W 小説 2 7 年を人 - コ 4 年り - 、そして を者最高作の当主 愛と欲。夢と挫掀堕ちていく男と女。 「犯罪小説集」 吉

8. 群像 2017年1月号

か ? 』『』『女たち三百人の裏切りのの修業時代』『犬身』『奇貨』 ・松永美穂【まつなが・みほ】ドイツ文学、翻訳 ・古谷利裕【ふるや・としひろ】画家、評論家。家。年生。『ドイツ北方紀行』『誤解でござい 年生。『世界へと滲み出す脳感覚の論理、ます』訳書に『朗読者』『車輪の下で』 イメージのみる夢』『人はある日とっぜん小説・三浦雅士【みうら・まさし】文芸評論家。年 生。『メランコリーの水脈』『身体の零度』『青 家になる』 春の終焉』『出生の秘密』共著に『村上春樹の ■保苅瑞穂【ほかり・みずほ】フランス文学。 年生。『プルースト・印象と隠喩』『ヴォルテー読みかた』 ■村田喜代子【むらた・きょこ】作家。恥年生。 ルの世紀』『恋文』『モンテーニュ』 ・保坂和志【ほさか・かずし】作家。年生。『白い山』『龍秘御天歌』『故郷のわが家』『ゅう 『草の上の朝食』『季節の記憶』『未明の闘争』じよこう』『人の樹』 ・村田沙耶香【むらた・さやか】作家。四年生。 『遠い触覚』『地鳴き、小鳥みたいな』 ・星野智幸【ほしの・ともゆき】作家。年生。『授乳』『ギンイロノウタ』『しろいろの街の、 『最後の吐息』『目覚めよと人魚は歌う』『俺俺』その骨の体温の』『殺人出産』『コンビニ人間』 ・吉増剛造【よします・ごうぞう】詩人。年生。 『夜は終わらない』『呪文』 ■穂村弘【ほむら・ひろし】歌人。年生。『シ『出発』『黄金詩篇』『「雪の島」あるいは「エミ 丿ーの幽霊」』『表紙』『我が詩的自伝』 ンジケート』『によっ記』『短歌の友人』『ばく ■リービ英雄【りーび・ひでお】作家。年生。 の短歌ノート』 ・堀江敏幸【ほりえ・としゆき】作家。年生。『星条旗の聞こえない部屋』『英語でよむ万葉 『熊の敷石』『いっか王子駅で』『河岸忘日抄』集』『千々にくだけて』『範郷』 『燃焼のための習作』『その姿の消し方』 【投稿はすべて新人賞への応募原稿として取り ・町田康【まちだ・こう】作家、歌手、詩人。 年生。『くっすん大黒』『きれぎれ』『告白』『宿扱わせていただきます。なお原稿は返却いたし ませんので必ずコピーをとってお送り下さい。】 屋めぐり』『ギケイキ』 ・松浦寿輝【まつうら・ひさき】フランス文学、【橋本治氏の「九十八歳になった私」、片山杜 作家、詩人。年生。『花腐し』『あやめ鰈秀氏の「鬼子の歌」は休載いたします。】 ーーー編集部 ひかがみ』『半島』『』 ■松浦理英子【まつうら・りえこ】作家。年生。 『葬儀の日』『ナチュラル・ウーマン』『親指 群像第一号 二〇一六年 二〇一七年 第七十二巻 ( 毎月一回一日発行 ) 十二月七日印刷 一月一日発行 編集人佐藤とし子 発行人市田厚志 印刷人金子眞吾 発行所会社講談社 郵便番号一二ー八〇〇一 東京都文京区音羽二ー十二ー二十一 電話編集〇三ー五三九五ー三五〇一 販売〇三ー五三九五ー五八一七 印刷所凸版印刷株式会社 郵便番号一七四ー〇〇五六 東京都板橋区志村一ー十一ー一 ◎講談社二〇一六年 本誌のコビー、スキャン、デジタル化等の無 断複製は著作権法上での例外を除き禁じられ ています。本誌を代行業者等の第三者に依頼 してスキャンやデジタル化することはたとえ 個人や家庭内の利用でも著作権法違反です。 ISSN 1342 ー 5552 ◎落丁、乱丁などの不良がございましたら、 小社業務 ( 電話 0 3 ー 5 3 9 5 ー 3 6 0 3 ) までお送り下さい。良品とお取り替えい たします。 ◎最近号のバックナンバーを購入ご希望の方 は、書店にお申し込み下さい。 ◎品切れになりましたら順次締め切らせてい ただきますのでご容赦下さい。 356 JASRAC 出 1614162 ー 601

9. 群像 2017年1月号

0 ' 木菟燈籠 宀疋価 1 、【 J00 円 97 甲 46929033 一・ 8 ト 5 丹解説ⅱ堀江敏幸 1 ロ 0 人の世の淋しさも可笑しみも、ふうわりと包み込む、 沼文学ならではの、じわりと胸に沁みるような作品集。 一谷間 / 再びルイへ。 宀疋価・ 1 、 c-000 円 978 , 466 、 290332 ふ 林一示子解説Ⅱ黒古一夫 八十を越えて書いた小説「再びルイへ。」は、著者の歩んだ 人生への回答、あるいは到達でもある。心うつ短篇小説集。 諷詠十一一月 宀疋価 1 、一 500 円 978 ・ 4 ・ 06 , 290333 ・ 2 三好達損解説罌 0 橋順子 太平洋戦争の最中、文学を渇望する若者に向けて著され、 ベストセラーとなった。詩歌の本質を伝える不朽の名著。 不朽の名作を、より読みやすく。 一回り大きい判型と活字で、厳選書目を毎月刊行。 」島信夫 価 9 抱擁家族 妻の情事と病。子供たちの離反。不気味に音もなく解けて いく家族の絆。鬼才の文名を決定づけた、戦後文学の金字塔。 講談社文芸文庫 古典へ ! 大好評発売中′ 興亡の世界史ケルトの水脈 宀疋価 1 、ワ」 00 円 97 甲 4 占 6 ・ 292389 ・ 7 . 原聖 ローマ文明やキリスト教以前のヨ 1 ロッパ文化の基層 をなした「幻の民」ケルト人。その伝承と史実を検証。 再発見 日本の哲学 佐藤一斎ー克己の思想 宀疋価 1 、 0 【 00 円 978 , 4 占 6 , 292397 ・ 2 栗原剛 『言志四録』の思想とはなにか ? 立志・学・克己とい、つ 近代日本の礎となった思考の真髄を描き尽くす ! テレヴィジオン ジャック・ラカン / 藤田博史・片山文保訳定価 600 円 ッ ケ 精神分析の中興の祖が 1973 年に出演したテレヴィ 番組の貴重な記録。唯一にして最良のラカン入門書 ! を 笋、フル ) ンヨワ近代経済人の精神史 ヴルナー・ゾンバルト / 金森誠也 " 定 0 「、 ' 50 マックス・ヴェー ーと双璧をなすドイツの歴史学派経 済学者の代表的大著。資本主義の精神とは何か ? キリスト教の歳時記町 宀疋価 1 、 100 円 97 甲 469292404 , 7 八木谷涼子 クリスマス、イースターをはじめ、西方・東方各教派の 一年の祝祭日を詳述。生活を彩るイベントの意味は ? 《文仆 芸ワ 小

10. 群像 2017年1月号

立ってもいられないすまなさを感じ、みな子さんにもしもの ことをする者に、仕送りなどしたらわしらが世間から笑い物 ことがあれば、私も生きてはいられないと、胸がしばりあげ にされる。出て行くなら勝手に出て行け、後で泣きごと言っ られるように切なく苦しくなっていた。 てきても受けつけんからな」 私は大庭みな子さんを好きだし、書く作品にも殊の外に魅 心のどこかで、女子大の寮にいた時のように、生活費くら 力を感じていたけれど、今度みな子さんが見せてくれたよう いは送ってくれるだろうと当てにしていた私は、思いがしオ な無償の愛情を抱いていたとは言えなかった。すまなさと恥 い父のきびしい言葉にすっかり思惑が外れてしまった。姉ま かしさで、私は身のおき所のないような切なさに責められ でいつにないきびしい表情で、 て、何ひとっ仕事も手につかなくなった。 「何をしてもあんたの自由だけれど、何でも自分の責任で そんな時、中央公論の文芸雑誌「海」の編集長だった宮田 やってね。お父さんの言う通りだと私も思う」 毬栄さんが、大庭みな子さんの手術が終って、ようやく見舞 と言う。たしかにその通りだと自分でも納得したので、そ 客にも逢えそうだと教えてくれた。 の後は一切、私は生家は頼りにしなかうた。生活の方法は京 「御一緒させて下さい」 都から送った少女小説がすんなり採用されたり、懸賞に通っ 編集長などより、女優にしたいような美人の毬栄さんは、 たので、味を占め、これで一応食べて行こうと決めていた。 じようじよう 見かけは嫋々として神秘的な雰囲気の女人だが、芯はしつ たまたまその頃、小学館の重役の浅野さんと名乗る人が京都 かりして、男性もたじろがせる頭脳明晰の人だった。父上は に見え、京大の附属病院の研究室で、ラットやマウスの世話 詩人の大木惇夫。北原白秋にその才能を絶讃されて詩壇に躍をしたり、シャーレや試験管を洗ったりしていた私を呼び出 り出るという幸運な出発をしている。抒情詩人としての大木した。なぜか四条大橋の真中に立ちどまって、話を聞いた。 惇夫の詩を、女学生の頃、文学少女だった私も白秋の詩など 「少女世界」と「ひまわり」で手応えがあったので忘れてい と共にそらんじていた。写真で見た大木惇夫は若々しく見る たが、小学館にも私は原稿を送りつけていたらしい。何の音 からに美男子でダンディな詩人であった。 沙汰もなかったので、どうせ封も切ってくれず、屑箱に投げ 丹羽文雄氏の「文学者」に入れてもらっているものの、ま捨てられたのだろうと思っていた。 だ一作も雑誌「文学者」に載せてもらえない私は、河野多惠 橋の真中に立ち止って比叡山を見上げたりしながら、浅野 子のように親からの仕送りなどもなかった。 氏が重々しく口を切った。 けんとう 「子供を捨てて、家を飛び出すなど、見当 ( 世間体 ) の悪い 「うちは持ちこみの原稿は一切取らない方針なんだよ。きみ いのち 247