処分 - みる会図書館


検索対象: ジュリスト 2016年9月号
68件見つかりました。

1. ジュリスト 2016年9月号

このように , これらの裁判例が法律上の争訟性の要 件において考慮している要素は多岐にわたる。他の訴 訟要イ牛ーーたとえば訴えの利益ーー - に割り振られても おかしくない事情も法律上の争訟性の要件の判断で考 慮されている。 1 本判決は , 処分それ自体の効力を争う訴 Ⅳ えの法律上の争訟性につき , 多様な要素を考慮 しつつ会員の権利利益の侵害の性質・程度により判断 する立場をとっていると考えられ , 従来の裁判例の判 断方法を踏襲するものといえる。しかし , 類似の先例 である②判決や③判決においては法律上の争訟性が肯 定されているのに対し , 本件では否定されている。 れは , 本件処分がマスコミにおいて報道されていない など , X の利益が侵害された程度が先例と較べて非 常に小さいことが決め手となったと理解することがで きるだろう。 したがって , 懲戒処分の内容が一般に報道されてし まったような , 原告の受けた不利益が大きい場合につ いてまで本件の射程が及ぶとは考えられない。 2 (1) 本件処分の違法を理由とする損害賠償を 求める訴えについては , 本件処分は訴訟の前提問題を なしているにすぎない。裁判例の前提とする判断枠組 みによれば原則として法律上の争訟性が認められ , 審 理の方法に制約が課されるにすぎない。本件における 裁判所の判断は従来の判断枠組みの自然な帰結であ り , 先例との関係では支持できる。 しかし , 本件処分の効力を争う訴えにつき法律上の 争訟性が認められなかったのは , X の被侵害利益が Y の自律権と比較して保護に値しないほど小さいと 考えられた点に実質的な決め手があった。それでは , 被侵害利益がいわば形を変えた損害賠償請求権につい ては , なぜ裁判所による審査を受けられるほど重要な のであろうか。 たとえば , 団体の自律的決定の効力について既判カ のある判断が示されないため , 団体の自律権を侵害す る程度が小さいといった説明が考えられる ( 竹下・前 掲 42 頁参照 ) 。しかし , 本件のように特に法律上の 効果を有しない戒告処分が争われる場合においては , 自律権侵害の程度に大きな差があるかは疑わしいよう に思われる。むしろ , 処分の効力を争う訴えと損害賠 償の訴えのいずれかを適法とすれば原告の救済には十 分であり , 本件ではより実効的な損害賠償の訴えが認 められたという見方も可能なように思われる。 118 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 ②本判決は , 戒告処分に関する実体的自律権と 手続的自律権を区分し , 実体的自律権は全面的に尊重 するが , 手続的自律権には制約を加える立場である。 公序良俗に言及するが , 戒告処分自体の公序良俗違反 性ではなく , 処分手続を定める会則の公序良俗違反性 が問題となるにすぎない。 本判決の判示からは , 手続違反の審査密度は明確で ない。強制加入団体としての性質上 , 懲戒処分を行う にあたっては会員に相当な手続保障を与えることが要 請され , 実際に Y は何段階もの手続を会則で定めて いる。これらの手続が適切に履践されたか , 裁判所は 厳格に審査すべきだろう。 3 判旨は , 本件公示を理由とする損害賠償請求に っき , 本件公示の違法を問題とするもので本件処分の 効力を前提としないと述べ , 「本件公示が本件処分と 一体をなす行為であるとの評価を首肯させるような事 情」も否定している。処分自体の違法を理由とする損 害賠償請求は自律的処分が前提問題にあたる類型だと 整理したのに対し , 公示を理由とする損害賠償請求は その類型にすらあたらないと考えているようである。 しかし , X の信用や名誉は本件処分が公示されて はじめて毀損されるものであり , そもそも本件処分に よる利益侵害と本件公示による利益侵害を区分して考 えられるかに疑問がある。さらに , Y 会則において は本件公示をするか否かについての裁量は存在せず , 処分が行われた場合には必ず公示が行われることとさ れている。処分自体を理由とする損害賠償請求と公示 を理由とする損害賠償請求を区分して別個の基準を適 用することの合理性は疑わしく , 本判決の立場による と法律上の争訟性の要件が事実上機能しなくなるので はないかとの懸念がある。

2. ジュリスト 2016年9月号

いときは訴えを却下する。法律上の争訟性が認められ た場合は , 第 2 段階として , 自律的処分の効力の有 無を , 一定の無効原因に限定して審査する ( 新堂幸司 「審判権の限界一一 - 審理・判決の限界から , 当事者の 争い方の規律へ」同監修・実務民事訴訟講座〔第 3 期〕② 1 頁 , 10 頁 ) 。 第 1 段階においては , 自律的処分の効力の確認そ れ自体が訴訟物をなす場合と , 自律的処分が訴訟物の 前提問題となるにすぎない場合を区分することがで き , 異なった定式によって審査される。 前者の場合は , 自律的な法規範を有する部分社会に おける「一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部 的な問題」は法律上の争訟性を有しないとする , いわ ゆる部分社会論の定式が最高裁判例によって示されて いる ( 最判昭和 52 ・ 3 ・ 15 民集 31 巻 2 号 234 頁〔富 山大学単位不認定訴訟〕など ) 。しかし , 私的団体に は単なる親睦団体から強制加入団体までさまざまな類 型のものが存在し , 処分の内容も多様であることか ら , 判例の定式は機械的な判断を可能とするものでは ない。自律的処分が , 構成員の , 社会生活上法的保護 に値する利益に重大な影響を与えているかといった , 実質的な判断力坏可欠になる ( 竹下守夫「団体の自律 的処分と裁判所の審判権」書研所報 36 号 1 頁 , 36 頁 ) 。 後者の場合は , 通常は法律上の争訟性を肯定するこ とに問題はないが , 宗教上の教義の争いのみが実質的 な争点である場合など , 否定例もある ( 最判昭和 56 ・ 4 ・ 7 民集 35 巻 3 号 443 頁〔板まんだら事件〕な 1 士業の強制加入団体による懲戒処分など の内部的な不利益処分が争われた裁判例には , 次のようなものがある。 (1) ①山口地宇部支判平成 12 ・ 8 ・ 24 判タ 11g 号 291 頁は , 土地家屋調査士の強制加入団体である 土地家屋調査士会に関する事件である。土地家屋調査 士会が事件を受任し , 会員に対して配分することが法 により認められており , 実際にそのような実務カ哘わ れている。原告は , 山口県土地家屋調査士会から , 能 力に問題があることを理由として , 他の会員カ玳表者 となる共同処理事件についてのみ配分を行う旨の処分 を受けた。裁判所は , 土地家屋調査士会の自律的活動 については法的制約が課されていること , 公平な事件 配分を受ける権利は法によって特に尊重されているこ ど ) 。 Ⅲ 商事判例研究 とを理由に , 「業務配分を受ける地位は , 原告にとっ て重要な経済的 , 社会的利益である」とし , 処分自体 の有効性を争う訴えの法律上の争訟性を認めた。 ②②大阪地判平成 19 ・ 1 ・ 30 判時 1978 号 32 頁 は , 司法書士会が会員に対して注意勧告を行った事案 である。注意勧告は権利利益の変動を伴わないが , 注 意勧告の事実は司法書士会備付けの会員名簿に記載さ れ , 日本司法書士会連合会および法務省に通知・報告 されるものとされている。裁判所は , 外部への通知・ 報告が存在し司法書士会内部のできごととはいいがた いこと , 注意勧告に際しては何段階もの手続が設けら れ手続の適正が担保されていることを理由に , 注意勧 告自体の有効性を争う訴えの法律上の争訟性を認め た。類似の先例として , ③高知地判平成 24 ・ 9 ・ 18 判タ 1395 号 343 頁がある。 ( 3 ) 以上の裁判例すべてにおいて , 原告は損害賠 償もあわせて請求しているが , その法律上の争訟性は 独立の争点となっておらず , 裁判所は当然肯定してい るものと考えられる。 ④弁護士会の懲戒処分に関する裁判例がいくつ かあるが ( ④京都地判平成 8 ・ 7 ・ 18 判時 1615 号 102 頁 , ⑤京都地判平成 8 ・ 7 ・ 18 判時 1615 号 112 頁 , ⑥東京地判平成 20 ・ 3 ・ 17 判時 2041 号 85 頁 ) , 監督 官庁による懲戒制度が存在せず , 行政不服審査・行政 訴訟により弁護士会による懲戒処分を争うことができ ることが法定されているなど , 弁護士法によって他の 強制加入団体とは異なる特別な仕組みが整備されてお り , 本件の先例とするには注意が必要である。 なお , 以上の裁判例において法律上の争訟性が認め られた場合であっても , すべて請求は棄却されてお り , 原告勝訴の例はない。 2 強制加入団体に関するこれらの先例はすべて下 級審裁判例であり , 整合的に理解することができるか 疑問も残る。しかし , あえて傾向を示せば , 法律上の 争訟性を判断する一般的な枠組みと共通する次のよう な判断要素を読み取ることができる。第 1 に , 処分 を受ける者の利益の重要性・大きさが考慮されてい る。特に①判決は , 原告の経済的利益が大きく損なわ れる点に着目している。第 2 に , 問題となった処分 と , 団体の処分の仕組み全体との関係に着目した判断 がなされている。②判決は , 会則が会員の手続的権利 を強く保護している点を重視している。第 3 に , 自 律的団体の特殊性が考慮される場合もある。 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 117

3. ジュリスト 2016年9月号

民事 1. 法人税法 ( 平成 22 年法律第 6 号による改正 前のもの ) 132 条の 2 にいう「法人税の負担 を不当に減少させる結果となると認められ るもの」の意義及びその該当性の判断方 2. 甲社が乙社の発行済株式全部を買収して乙 社を完全子会社とし , その後乙社を吸収合 併した場合において , 甲社の代表取締役社 長が上記買収前に乙社の取締役副社長に就 任した行為が , 法人税法 ( 平成 22 年法律第 6 号による改正前のもの ) 132 条の 2 にいう 「法人税の負担を不当に減少させる結果とな ると認められるもの」に当たるとされた事 例 3. 法人税法 ( 平成 22 年法律第 6 号による改正 前のもの ) 132 条の 2 にいう「その法人の行 為又は計算」の意義 最高裁平成 28 年 2 月 29 日第一小法廷判決 平成 27 年 ( 行ヒ ) 第 75 号 , 法人税更正処分取消請求事件 / 判 タ 1424 号 68 頁 ( 民集登載予定 ) / 第 1 審・東京地判平成 26 年 3 月 18 日 / 第 2 審・東京高判平成 26 年 11 月 5 日 Tokuchi Atsushi Hayashi Fumitaka 前最高裁判所調査官徳地淳 最高裁判所調査官林史高 事実 ①上告人であるヤフー株式会社 ( 原 告・控訴人。以下「ヤフー」という ) の 代表取締役社長井上雅博 ( 当時 ) は , 平成 20 年 12 月 26 日 , ソフトバンク株式会社 ( 以下 「ソフトバンク」という。なお , ヤフーの筆頭 株主である ) の完全子会社であるソフトバンク IDC ソリューションズ株式会社 ( 以下「 IDCS 」 という。当時 , 多額の未処理欠損金額を保有し ていた ) の取締役副社長に就任した ( 以下「本 件副社長就任」という ) 。②ヤフーは , 平成 21 年 2 月 24 日 , ソフトバンクから IDCS の発行 済株式の全部を譲り受け , IDCS をヤフーの完 全子会社とした ( 以下「本件買収」という ) 。 ③ヤフーは , 同年 3 月 30 日 , ヤフーを合併法 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 80 人 , IDCS を被合併法人とする吸収合併を行っ た ( 以下「本件合併」という ) 。 以上の経緯の下で , ヤフーは , 本件事業年度 ( 平成 20 年 4 月 1 日から同 21 年 3 月 31 日まで の事業年度 ) の法人税の確定申告に当たり , 本 件合併は法人税法 ( 平成 22 年法律第 6 号によ る改正前のもの。以下「法」という ) 2 条 12 号の 8 の適格合併であるところ , 法 57 条 3 項 の委任に基づく法人税法施行令 ( 平成 22 年政 令第 51 号による改正前のもの。以下「施行令」 という ) 112 条 7 項 5 号に規定されている特定 役員引継要件 ( 要旨 , 合併法人と被合併法人の それぞれの常務取締役以上の役員が , 合併後に 当該合併法人の常務取締役以上の役員になる見 込みがあるという要件 ) を満たしており , 適格 合併における被合併法人の未処理欠損金額の引 継ぎを制限する法 57 条 3 項の適用はないとし て , 同条 2 項に基づき , IDCS の未処理欠損金 額約 543 億円をヤフーの欠損金額とみなして , 同条 1 項の規定に基づきこれを損金の額に算入 した。これに対し , 麻布税務署長 ( 処分行政 の特性 , 個別規定の性格などに照らせば , 同条 法 132 条の 2 が設けられた趣旨 , 組織再編成 認められるもの」 ( 不当性要件 ) の意義 不当に減少させる結果となると 1. 法 132 条の 2 にいう「法人税の負担を Ⅱ . 原審の判断の概要 は , 本判決の判文を参照されたい。 なお , 関係法令の定めや事実関係等の概要 る。 て , 本件更正処分等の取消しを求める事案であ き法 132 条の 2 は適用されないなどと主張し 告・被控訴人 ) を相手に , 本件副社長就任につ 本件は , ヤフーが , 被上告人である国 ( 被 ( 以下「本件更正処分等」という ) をした。 更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分 めず , ヤフーに対し , 本件事業年度の法人税の 欠損金額をヤフーの欠損金額とみなすことを認 規定である法 132 条の 2 を適用し , 上記未処理 庁 ) は , 組織再編成に係る行為又は計算の否認

4. ジュリスト 2016年9月号

適切な方法で公表することができるが , このような公 表は行われなかった。 X が , Y に対して , ①本件処分の取消し Ⅳ ( 主位的 ) ないし無効確認 ( 予備的 ) , ②本件処 分自体および本件公示により X の信用・名誉が著し く毀損されたことによる慰謝料を求めて提訴した。 原審は X の訴えをいずれも却下した。法制度上 Y には高度の自律権が保障されており , ①本件処分は Y 内部の問題にとどまり一般市民法秩序と直接の関 係を有さず , ②損害賠償請求についても紛争の実態が 司法判断による終局的な解決になじまない部分を含む ことになるから , いずれも法律上の争訟性を有しない というのが理由であった。 x が控訴した。 原判決一部取消し , 差戻し , 一部控訴棄却 ( 上告・上 告受理申立後棄却・不受理 ) 。 「本件処分は , X のした行為を Y が将来にわ たって戒めるという処分であって , 本件処分自 体が X の法ないし会則上の権利利益に影響を与える とか , X の公認会計士としての資格や業務活動に何 らかの制限を加えるものであることを認めるに足りる 証拠は見当たらない。」「本件公示は・・・ , Y の構成 員以外の一般市民に対し公表するものではなく , 団体 内部の秩序維持を図るという Y の自律権行使の一環 として本件公示がされたものと理解することができ る。」「本件処分がされたことにより , 必然的に法に基 づく金融庁長官による懲戒処分のための手続が開始さ れる関係にあるということはできない。」「本件処分 は , その根拠 , 内容 , 程度及び手続等に鑑み , いまだ X の一般市民法秩序に係る権利利益を侵害するもの とはいえず , 一般市民法秩序と直接の関係を有しない Y 内部の問題にとどまるというべきであるから , 司 法審査の対象とはならず , 本件処分の取消し ( 主位 的 ) ないし無効確認 ( 予備的 ) を求める訴えは , 法律 上の争訟には当たらないと解するのが相当である。」 「本件処分自体の違法を理由とする損害賠償 Ⅱ 請求は , 団体である Y 内部においてされた懲 戒処分の効力を前提とする具体的な権利義務ないし法 律関係に関する訴訟であり , X の一般市民法秩序に 係る権利利益を侵害することを主張するものであるか 判旨 ( もっとも , ・・・・・・本件処分は , 本来 , 高度な自主性 , 自律性を持っ Y の内部規律の問題としてその自治的 措置に委ねられるべきものであるから , 本件処分の当 否については , Y の定めた会則が公序良俗に反する などの特段の事情のない限り , 会則に照らし , 適正な 手続に則ってされたか否かによって決すべきであり , その審理も上記の点に限られる・・・・・・ ) 。」 「本件公示による X の信用及び名誉毀損を理 Ⅲ 由とする損害賠償請求は , 本件処分自体の違法 を理由とするものではなく , 本件公示が違法であるこ と・・・・・・を請求原因として主張する趣旨であると解さ れ , 本件処分の効力を前提としない具体的な権利義務 ないし法律関係に関する訴訟であって , X の一般市 民法秩序に係る権利利益を侵害することを主張するも のであるから , ・・・・・・法律上の争訟に当たることは明ら かである。」 判旨 I , る。 評釈 Ⅱに賛成する。判旨Ⅲの理由づけに疑問があ 本件は , 日本公認会計士協会による会員に対 する懲戒処分の適法性が争われたものである。 処分の効力それ自体を争う訴えは法律上の争訟にあた らない一方 , 損害賠償を求める訴えは法律上の争訟に あたるものの処分の当否は手続的側面に関してのみ審 査される旨判断した。同様の論点につき判断した公刊 裁判例は見あたらす , 先例的意義を有する。 裁判所の権限は「法律上の争訟」に及ぶもの Ⅱ とされ ( 裁 3 条 1 項 ) , それ以外の事件につい ては裁判所の審判権は及ばない。裁判所の審判権の限 界はさまざまな局面で問題となるが , 最も典型的な事 例は , 本件のように , 私的団体の自律的処分が裁判所 において争われる場合である。 いくつかの最高裁判例と多数の下級審裁判例が , 私 的団体の自律的処分をめぐって法律上の争訟性を判断 している ( 安福達也「法律上の争訟性をめぐる裁判例 と問題点 ( 上 ) ( 下 ) 」判タ 13 号頁 , 1335 号 37 頁 ) 。 その判断や理由づけはまちまちであり統一的な理解は 難しいが , 学説上は次のような整理が試みられてい る。 裁判所は , 審判権の限界・制約についての審理を 2 段階に分けて行う。第 1 段階においては , 訴訟物自 体につき法律上の争訟性を審理し , これが認められな ら , 116 ・・・法律上の争訟に当たるというべきである [ Jurist ] September 2016 / Number 1497

5. ジュリスト 2016年9月号

商事判例研究 平成 26 年度 20 法律上の争訟性 懲戒処分を争う訴えの 公認会計士協会による 東京大学助教 津野田一馬 Tsunoda Kazuma 東京大学商法研究会 大阪高裁平成 26 年 2 月 27 日判決 平成 25 年 ( ネ ) 第 2726 号 , 甲野太郎対日本公認 会計士協会 , 懲戒処分取消等請求控訴事件 / 金 融・商事判例 1470 号 30 頁 / 参照条文 : 裁判所 法 3 条 1 項 , 民法 78 条 , 公認会計士法 1 条・ 1 条の 2 ・ 29 条・ 30 条 1 項・ 2 項・ 31 条・ 43 条 1 項・ 2 項・ 44 条 1 項 9 号・ 46 条の 2 事実 計士として業務を行うことができなくなるものではな ど Y 運営上の権利が停止されるものであり , 公認会 く懲戒処分には戒告 , 会員権停止 ( 総会での議決権な 業務停止 , 登録抹消があり ( 法 29 条 ) , 会則に基づ 分がある。法に基づく懲戒処分には戒告 , 2 年以内の 制加入団体たる Y が会則に基づき独自に行う懲戒処 ら権限を委任された金融庁長官が行う懲戒処分と , 強 ( 以下 , 単に「法」という ) に基づき内閣総理大臣か 公認会計士に対する懲戒処分には , 公認会計士法 加入団体である。 登録している。 Y は公認会計士および監査法人の強制 告・被控訴人 Y ( 日本公認会計士協会 ) に会員 原告・控訴人 X は公認会計士であり , 被 い ) , 法に基づく懲戒処分の請求がある ( Y 会則 50 X は , 平成 19 年 5 月 9 日 , 学校法人 A との Ⅱ 間で , 私立学校振興助成法に基づく会計監査を 実施する旨の契約を締結し , A の平成 18 年度および 平成 19 年度の各会計監査 ( 本件各監査 ) を行った。 Y においては , 監査業務審査会による意見具申に 基づく会長の審査要請を受け , 綱紀審査会が平成 21 年 8 月 21 日 , 本件各監査に関して調査・審議を開始 した。綱紀審査会は , 平成 23 年 9 月 29 日付け綱紀 審査結果申渡書により , 戒告の懲戒処分を課すことを 申し渡した。 X は不服審査会に対し不服申立てをした が , 棄却された。これら 3 審査会はいずれも Y の内 部機関であり , Y 会則によれば綱紀審査会には 2 名 以上 , 不服審査会には 2 名の外部有識者委員が含ま れることとされている ( Y 会則 53 条 1 項・ 57 条 1 項 ) 。 Y は , 上記綱紀審査結果申渡書および不服審査会 からの報告に基づき , 平成 24 年 5 月 16 日付けで X を戒告の懲戒処分に付した ( 本件処分 ) 。 Y の示した本件処分の理由は , 次のようなもので あった。第 1 に , 平成 18 年度監査において , X の専 門知識の欠如により , 監査報告書において限定付適正 意見の記載が適切に行われなかった。第 2 に , 平成 19 年度監査において , A の理事会の承認により確定 する前の計算書類に対して無限定適正意見を付した監 査報告書を発行した後 , 計算書類には変更がなかった にもかかわらず , 限定付適正意見を付した訂正監査報 告書を差し替えて発行し , A を経ることなく文部科 学省および奈良県に直送した。これは監査人の正当な 注意義務に違反し過失がある。第 3 に , 平成 19 年度 監査の訂正監査報告書に記載された限定付適正意見は 不適切であり , X の専門知識不足に起因した重大な 過失がある。以上の事実によれば , 本件各監査は会計 監査の社会的信頼性喪失につながるため , 公認会計士 の職責に違反し , 懲戒事由たる「会員・・・・・・が監査業務 ・・・につき公認会計士又は会計士補の信用を傷つける ような行為をしたとき」 ( Y 会則 50 条 1 項 2 号 ) に 該当する。 Y は , 平成 24 年 5 月 16 日 , 本件処分を X に通知し , 会報 , 会員専用ウエプサイトおよび Y 事務所内に本件処分の事実を公示した ( 本件公 示 ) 。なお , Y 会則によれば , Y は懲戒処分の事実を 条 2 項 ) 。 Ⅲ [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 115

6. ジュリスト 2016年9月号

出される前に , 東京都知事が , 徴収しようとする徴収 金の額を大幅に上回る約 68 億円にも上る本件預託金 の返還請求債権について , 滞納処分 ( 差押え ) をする 機会があり , それをすることができたにもかかわら ず , それをしなかったことは , 著しく不合理であると いうのであるから , このような場合については , 「滞 納処分をしてもなおその徴収すべき額に不足すると認 められる場合』には当たらないというべきである。」 これに対して , Y が上告した。 判旨 上告棄却。 「 4 ( 1) 地方税法 11 条の 8 は , 滞納者である本来 の納税義務者が , その地方団体の徴収金の法定納期限 の 1 年前の日以後にその財産について無償又は著し く低い額の対価による譲渡 , 債務の免除その他第三者 に利益を与える処分を行ったために , 本来の納税義務 者に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に 不足すると認められるときは , これらの処分により権 利を取得し , 又は義務を免れた第三者に対し , これら の処分により受けた利益が現に存する限度において , 本来の納税義務者の滞納に係る地方団体の徴収金の第 二次納税義務を課している。 このように , 同条に定める第二次納税義務が , 上記 のような関係にある第三者に対して本来の納税義務者 からの徴収不足額につき補充的に課される義務である ことに照らすと , 同条にいう「滞納者の地方団体の徴 収金につき滞納処分をしてもなおその徴収すべき額に 不足すると認められる場合』とは , 第二次納税義務に 係る納付告知時の現況において , 本来の納税義務者の 財産で滞納処分 ( 交付要求及び参加差押えを含む。 ) により徴収することのできるものの価額が , 同人に対 する地方団体の徴収金の総額に満たないと客観的に認 められる場合をいうものと解される。 ②前記 2 の事実関係等によれば , 本件納付告知 がされた平成 21 年 8 月 4 日の時点における本件徴収 金の額は合計 16 億 4994 万 0927 円であったところ , 同年 4 月 21 日に破産手続開始の決定がされた時点に おいて , B 社には別除権の対象ではない 76 億 5449 万 8687 円の清算価値の資産があるとされ , 同年 10 月 20 日の時点における破産財団の現在高は 37 億 9107 万 7301 円に上っており , さらに , B 社は , これ [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 とは別に , 本件納付告知時より前から , 別除権の対象 132 ではない財産として , C 信託銀行株式会社に対する約 68 億円に及ぶ本件預託金の返還請求権を有していた というのである。そして , B 社について上記の破産手 続開始の決定がされ , 破産管財人が選任されたことに より , B 社の財産が破産管財人の管理下に置かれてい たことに照らすと , 本件納付告知の前後においてその 財産に大幅な変動があったものとは考え難い。 また , 東京都知事は , 平成 21 年 6 月 4 日から同年 7 月 31 日にかけて , 本件徴収金の全額を財団債権と して交付要求し , 同 22 年 9 月 30 日 , 破産管財人か ら上記の財団債権に対する弁済として 9 億 608 万 3675 円の納付を受けたほか , 同年 11 月 25 日までの 間に上記の納付を含め B 社の財産から合計 14 億 0792 万 2463 円を徴収して B 社の滞納に係る本税を 全額回収しており , 残余の延滞金についてもその後担 保不動産競売事件からの配当を受けている。 以上に鑑みると , 本件納付告知の時点において , B 社の財産で交付要求等を含む滞納処分により徴収する ことのできるものの価額が本件徴収金の総額に満たな いと客観的に認められるとはいえず , 本件納付告知 は , 地方税法 11 条の 8 にいう「滞納者の地方団体の 徴収金につき滞納処分をしてもなおその徴収すべき額 に不足すると認められる場合』においてされたものと はいえないというべきである。 5 そうすると , 原判決にはその説示において必ず しも適切でないところがあるが , 本件納付告知が違法 であるとしてこれを取り消すべきものとした原審の判 断は是認することができる。」 評釈 I . 本判決の意義その 1 : 「客観的に認められる場合」 本判決は , 第 1 に , 「無償又は著しい低額の譲受人 等の第二次納税義務」を定める地方税法 11 条の 8 に いう「滞納者の地方団体の徴収金につき滞納処分をし てもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場 合」の意義を明らかにした。すなわち , それは , 「第 二次納税義務に係る納付告知時の現況において , 本来 の納税義務者の財産で滞納処分 ( 交付要求及び参加差 押えを含む。 ) により徴収することのできるものの価 額が , 同人に対する地方団体の徴収金の総額に満たな いと客観的に認められる場合をいう」ことを明らかに

7. ジュリスト 2016年9月号

Number 租税判例研究 524 地方税法Ⅱ条の 8 に いう徴収不足要件の 意義 神戸大学教授 租税判例研究会 渕圭吾 Fuchi Keigo 最高裁平成 27 年 11 月 6 日 第二小法廷判決 平成 26 年 ( 行ヒ ) 第 71 号 , 東京都対株式会社 IBF, 第二次納税義務告知処分取消等請求事件 / 民集 69 巻 7 号 17 % 頁 / 参照条文 : 地方税法 11 条の 8 事実 財産のうち換価未了のものに係る配当見込額 ( 約 4 せて約 16 億 5 開 0 万円 ) が差し押さえていた B 社の 金 ( 以下 , 「本件徴収金」 ) の額 ( 本税と延滞金を合わ 東京都知事は , B 社を滞納者とする都税に係る徴収 がされ , 破産管財人が選任された。 令がされた後 , 同年 4 月 21 日には破産手続開始決定 が , 同年 3 月には再生手続廃止決定包括的禁止命 は , 平成 21 年 2 月に再生手続開始の決定がされた する抵当権設定登記の抹消を受けた。 B 社について 譲り受けた複数の不動産について B 社を抵当権者と また , 同年 11 月から翌年 2 月にかけて別の会社から が吸収合併 ) は , B 社から複数の不動産を譲り受け , 平成 20 年 12 月 , A 社 ( 平成 25 年 1 月 1 日に X 億 5000 万円 ) を上回り , また , B 社が前記の各不動 産の譲渡等をしたために同社に対して滞納処分をして も本件徴収金の額に不足することとなったと判断し , 平成 21 年 8 月 4 日付けで , A 社に対して地方税法 11 条の 8 に基づく第二次納税義務の納付告知 ( 以下 , 「本件納付告知」ないし「本件告知処分」という ) を 行った ( その後 , 平成 22 年 4 月 6 日付けで減額更正 処分を行った ) 。なお , これに先立ち , 東京都知事は 破産管財人に対して , 本件徴収金の額を財団債権とし て交付要求していた。 ところが , その後 , 破産管財人の調査により , 平成 21 年 4 月 21 日現在 , B 社には別除権の対象ではない 約 76 億 508 万円の財産のほか , やはり別除権の対 象ではない約 68 億円の預託金返還請求権が存在して いたことが明らかになった。また , 実際にも , 東京都 知事は , 前記交付要求に係る財団債権の弁済等を通じ て平成 22 年 11 月までに本税の全額を , その後延滞 金についてもその全額を , それぞれ徴収した。 A 社は , 異議申立手続を経て , 平成 22 年 7 月 , 本 件納付告知処分の取消しを求めて出訴した。第 1 審 は , 次のように述べて , A 社の請求を棄却した。「地 方税法 11 条の 8 の「滞納処分を執行してもなおその 徴収すべき額に不足すると認められる場合』とは , 第 二次納税義務を負わせることに係る告知をするときの 現況において , 差押え等の滞納処分をすることができ る滞納者の財産の見積価額等の総額が , 徴収しようと する徴収金の額に不足すると認められる場合をいうも のと解される。」認定された諸事情を前提にすれば , 「本件においては , 東京都知事が原告に対して本件 ・・・告知処分をするときの現況において」徴収不足要 件を満たしていたものと認められる。「また , 東京都 知事が本件・・・・・・告知処分をすることと判断した時期に ついても , その裁量権の範囲からの逸脱又は濫用が あったものとは認め難い」。 これに対して , 控訴審は , 地方税法 11 条の 8 に関 する一般論は維持しつつも , 次のように述べて , A 社の請求を認容した。「東京都知事が本件・・・・・・告知処 分をするときの現況において , 実際に滞納処分をして いた財産の見積価額 ( 一部徴収済みのものを含む。 ) は 5 億円に満たなかったし , 本件包括的禁止命令が 出された時以降においては本件預託金返還請求債権に ついても滞納処分 ( 差押え ) をすることはできなかっ たのであるが , 上記のとおり , 本件包括的禁止命令が [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 131

8. ジュリスト 2016年9月号

民事 行為又は計算」の意義 前のもの ) 132 条の 2 にいう「その法人の 3. 法人税法 ( 平成 22 年法律第 6 号による改正 に当たるとされた事例 減少させる結果となると認められるもの」 132 条の 2 にいう「法人税の負担を不当に ( 平成 22 年法律第 6 号による改正前のもの ) を前提としてされた当該分割が , 法人税法 発行済株式全部を分割法人が譲渡する計画 2. 新設分割により設立された分割承継法人の れるもの」の意義及びその該当性の判断方 担を不当に減少させる結果となると認めら 前のもの ) 132 条の 2 にいう「法人税の負 1. 法人税法 ( 平成 22 年法律第 6 号による改正 成 26 年 3 月 18 日 / 第 2 審・東京高判平成 27 年 1 月 15 日 / 判タ 1424 号 83 頁 ( 民集登載予定 ) / 第 1 審・東京地判平 平成 27 年 ( 行ヒ ) 第 177 号 , 法人税更正処分等取消請求事件 最高裁平成 28 年 2 月 29 日第二小法廷判決 Tokuchi Atsushi Hayashi Fumitaka 前最高裁判所調査官徳地淳 最高裁判所調査官林史高 事実 ①上告人である株式会社 IDC フロン ティア ( 原告・控訴人。以下「 IDCF 」 という ) は , 平成 21 年 2 月 2 日 , ソフトバン ク株式会社 ( 以下「ソフトバンク」という ) の 完全子会社であったソフトバンク IDC ソ リューションズ株式会社 ( 以下「 IDCS 」とい う。当時 , 多額の未処理欠損金額を保有してい た ) から , 新設分割 ( 以下「本件分割」とい う ) により設立された。② IDCS は , 同月 20 日 , ヤフー株式会社 ( 以下「ヤフー」という ) に対し , IDCF の発行済株式全部を譲渡した ( 以下「本件譲渡 1 」という ) 。③ソフトバンク は , 同月 24 日 , ヤフーに対し , IDCS の発行 済株式全部を譲渡した ( 以下「本件譲渡 2 」と いう ) 。④ヤフーは , 同年 3 月 30 日 , ヤフーを 合併法人 , IDCS を被合併法人とする吸収合併 最高裁時の判例 ( 以下「本件合併」という ) を行った。 以上の経緯の下で , IDCF は , 本件各事業年 度 ( 平成 21 年 2 月から同 24 年 3 月 31 日まで の間の 4 事業年度 ) に係る各法人税の確定申告 に当たり , 本件分割は法人税法施行令 ( 平成 22 年政令第 51 号による改正前のもの。以下 「施行令」という ) 4 条の 2 第 6 項 1 号に規定 されている完全支配継続見込み要件 ( 要旨 , 分 割後に分割法人と分割承継法人との間に当事者 間の完全支配関係が継続することが見込まれて いるという要件 ) を満たしていないため , 法人 税法 ( 平成 22 年法律第 6 号による改正前のも の。以下「法」という ) 2 条 12 号の 11 の適格 分割に該当しない分割 ( 以下「非適格分割」と いう ) であり , 法 62 条の 8 第 1 項の資産調整 勘定の金額が生じたとして , 同条 4 項及び 5 項 に基づき , 上記の資産調整勘定の金額からそれ ぞれ所定の金額を減額し損金の額に算入した。 これに対し , 四谷税務署長 ( 処分行政庁 ) は , 組織再編成に係る行為又は計算の否認規定であ る法 132 条の 2 を適用し , 上記の資産調整勘定 の金額は生じなかったものとして所得金額を計 算した上で , IDCF に対し , 本件各事業年度の 法人税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦 課決定処分 ( 以下「本件各更正処分等」とい う ) をした。 本件は , IDCF が , 被上告人である国 ( 被 告・被控訴人 ) を相手に , 本件に法 132 条の 2 は適用されないなどと主張して , 本件各更正処 分等の取消しを求める事案である。 なお , 関係法令の定めや事実関係等の概要 は , 本判決の判文を参照されたい。 Ⅱ . 原審の判断の概要 1. 法 132 条の 2 にいう「法人税の負担を 不当に減少させる結果となると認められる もの」 ( 不当性要件 ) の意義 法 132 条の 2 が設けられた趣旨 , 組織再編成 の特性 , 個別規定の性格などに照らせば , 同条 が定める「法人税の負担を不当に減少させる結 果となると認められるもの」とは , ( i ) 法 132 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497

9. ジュリスト 2016年9月号

した。同条の上記引用部分において「認められる場 合」というのが「「客観的に』認められる場合」を意 味することを明らかにしたわけである。 同条と同旨の規定は国税徴収法 39 条にも存在す る。また , 「徴収すべき」額 ( 国税 , 地方団体の徴収 金 ) 「に不足すると認められる」場合 ( とき ) という 表現は , 国税徴収法や地方税法の第二次納税義務の規 定 ( 国税徴収法 33 条 ~ 41 条 , 地方税法 11 条の 2 ~ 11 条の 9 ・ 12 条の 2 ) , 譲渡担保財産からの徴収を認 める規定 ( 国税徴収法 24 条 , 地方税法 14 条の 18 ) , 担保権付財産からの徴収を認める規定 ( 国税徴収法 22 条 , 地方税法 14 条の 16 ) にも見られる。本判決 は , 地方税法 11 条の 8 の定める第二次納税義務が本 来の納税義務者と一定の「関係にある第三者に対して 本来の納税義務者からの徴収不足額につき補充的に課 される義務である」ことから上記の解釈を導いてい る。国税徴収法 39 条及び上記諸規定もまた地方税法 11 条の 8 と同様に本来の納税義務者からの徴収不足 額につき補充的な義務を課していることは明らかであ るから , 本判決の射程は国税徴収法 39 条及び上記諸 規定に及ぶと考えるべきである。以下 , 地方税法 11 条の 8 及び国税徴収法 39 条を含むこれらの諸規定に おける , 本件で問題となったのと同旨の規定のことを 便宜上「徴収不足要件」と呼ぶことにする。 徴収不足要件については , 1972 年の論文で吉良実 が「いわゆる客観的に徴収不足額が生ずると「認めら れるときは』ということ」を意味するという解釈論を 示していた ( 吉良実「第二次納税義務と主たる納税義 務との関係 ( 1) 」税法学 256 号 6 頁 , 10 頁 ~ 11 頁 ) 。 本判決の徴収不足要件に関する解釈はこの吉良の学説 に則ったものだと考えられる。 Ⅱ . 本判決の意義その 2 : 徴収不足 要件充足に関する審査枠組み 本判決は , 第 2 に , 徴収不足要件の充足の有無に 関して裁判所が審査を行う際の判断枠組みを明らかに 徴収不足要件については , 徴収不足要件を判断する 基準時は無償譲渡等が行われた時点でも本来の納税義 務者に係る法定納期限でもなく , 第二次納税義務の納 付告知の時点であることを明らかにした裁判例 ( 東京 地判昭和 50 ・ 3 ・ 24 行集 26 巻 3 号 376 頁 , 東京高判 昭和 52 ・ 4 ・ 20 訟月 23 巻 6 号 1117 頁 , 東京高判昭 租税判例研究 和 53 ・ 4 ・ 25 判時 893 号 21 頁 ) が存在していたにす ぎなかった。しかし , 徴収不足要件を充足していない ことが理由で納付告知処分が取り消された事例は管見 の限りこれまで本件控訴審判決を除くと見当たらな かった。本判決は , 徴収不足要件を充足していないこ とを理由として , しかも原判決とは異なる判断枠組み に基づいて , 第二次納税義務の告知処分を取り消し 0 控訴審判決は , 徴収不足要件の充足の有無に関して 裁判所が審査を行う際の判断枠組みについて一般的に 述べているわけではない。しかし , 控訴審判決は明ら かに , 処分庁である東京都知事の判断の合理性を審査 し , それが「著しく不合理」であることにより徴収不 足要件が充足されていなかった , と判断している。控 訴審判決にとっては , 徴収不足要件の充足の有無に関 する裁判所の審査は , 処分庁による判断の合理性に対 する審査を含むものなのである。 これに対して , 本判決は , 本件告知処分後の事情も 勘案して , 本件告知処分がされた時点で徴収不足要件 が充足されていたかどうか判断しており , その際に 東京都知事の判断に合理性があったか否かということ は考慮していない。 控訴審判決と比べると , 本判決は , 処分庁の判断の 合理性を審査していない点が異なる。そもそも徴収不 足要件の充足の有無は , 本来の納税義務者の有する総 財産の見積価額と , 徴収しようとする徴収金の額 , と いう 2 つの要素のみによって決まるはずであるから , 本判決カ拠分庁の判断の合理性を審査対象から除外し ていることは妥当である。また , 実際に徴収不足要件 の充足の有無を判断するのは様々な租税や徴収金に関 して第二次納税義務の納付告知をする権限のある処分 庁であるが , 少なくとも徴収不足要件との関係で , 納 付告知処分が行政事件訴訟法 30 条にいう「行政庁の 裁量処分」とは言えないであろう。 なお , 徴収不足要件の判断の基準時カ拠分時点であ るからといって , 徴収不足要件の充足の有無を審査す るにあたって処分時点以降の事情を勘案してはならな いということにはならない ( この点に関する一般的な 指摘として , 例えば , 多賀谷一照・行政判例百選Ⅱ 〔第 6 版〕 420 頁 ~ 421 頁参照。また , 判例時報・判 例タイムズの匿名解説は , この点カ眠事訴訟の一般原 則からの帰結であると指摘する ) 。このため , 本判決 カ拠分時点以降の事情を勘案していることは , 徴収不 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 133

10. ジュリスト 2016年9月号

ロ慶應義塾大学教授 Koizumi Naoki 小泉直樹 知財判例速報 ロ東京地判平成 28 年 3 月 30 日 事実 8 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 される物 ( 以下「実質同一物」ということがある。 ) 使用される ) 物』の均等物ないし実質的に同一と評価 象物件が当該政令処分の対象となった「 ( 当該用途に 効果を奏するものではないと認められるなど , 当該対 術・慣用技術の付加 , 削除 , 転換等であって , 新たな 特許発明の種類や対象に照らして , その相違が周知技 る。 ) において , 存続期間が延長された特許権に係る 分を受けるのに必要な試験が開始された時点と解され の製造販売等に政令処分が必要な場合は , 当該政令処 の製造販売等の準備が開始された時点 ( 当該対象物件 点がある対象物件であっても , 当該対象物件について となった「 ( 当該用途に使用される ) 物』と相違する 及ばないと解するべきではなく , 当該政令処分の対象 れれば , 存続期間が延長された特許権の効力がもはや 「 ( 当該用途に使用される ) 物』の範囲をわずかでも外 侵害訴訟における対象物件が政令処分の対象となった 特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に鑑みると , るという目的で , 特許期間の延長を認めることとした るとともに , 研究開発のためのインセンテイプを高め 究開発に要した費用を回収することができるようにす と解するのが相当である。」「もっとも , 特許権者が研 のみ及び , 特許発明のその余の実施行為には及ばない 「 ( 当該用途に使用される ) 物』についての実施行為に が必要であったために実施することができなかった 明の実施行為 , すなわち , 当該政令処分を受けること ることによって禁止が解除されることとなった特許発 特許権の効力は , 原則として , 政令処分を受け 「特許権の存続期間が延長された場合の当該 請求棄却。 判旨 本件である。 Y 各製品の生産等の差止め及び廃棄を請求したのが の効力は Y 各製品の生産等に及ぶとして , Y に対し , 範囲に属し , 存続期間の延長登録を受けた本件特許権 ( 原告 ) が , Y ( 被告 ) 各製品は本件特許権の技術的 定な製剤」とする本件特許権の特許権者である X ら 発明の名称を「オキサリプラテイヌムの医薬的に安 平成 27 年 ( ワ ) 第 12414 号 , デビオファーム・インターナショナ ル・エス・アー対東和薬品株式会社 , 特許権優害差止請求事件 , 裁判所 HP についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的で あり , 特許権の本来の存続期間の満了を待って特許発 明を実施しようとしていた第三者は , そのことを予期 すべきであるといえる。」 「医薬品の成分を対象とする特許発明の場合 , 特許法 68 条の 2 によって存続期間が延長され た特許権は , 「物』に係るものとして , 「成分 ( 有効成 分に限らない。 ) 及び分量』によって特定され , かっ , 「用途』に係るものとして , 「効能 , 効果』及び「用 法 , 用量』によって特定された当該特許発明の実施の 範囲で , 効力が及ぶものと解するのが相当である。た だし , 延長登録制度の立法趣旨に照らして , 「当該用 途に使用される物』の均等物や「当該用途に使用され る物』の実質同一物が含まれることは , 前示のとおり である ( なお , 平成 26 年知財高判〔アバスチン ( べ バシズマプ ) 事件控訴審判決〕は , 「分量』について は , 「延長された特許権の効力を制限する要素となる と解することはできない』旨判示しているが , その趣 旨は , 「分量』は , 「成分」とともに , 「物」を特定す るための事項ではあるものの , 「分量』のみが異なっ ている場合には , 「用法 , 用量」などとあいまって , 政令処分の対象となった「物』及び「用途』との関係 で均等物ないし実質同一物として , 延長された特許権 の効力が及ぶことが通常であることを注意的に述べた ものと理解するのが相当と思われる。 ) 。」 「当該特許発明カ噺規イヒ合物に関する発明や 特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに 関する発明など , 医薬品の有効成分 ( 薬効を発揮する 成分 ) のみを特徴的部分とする発明である場合には , 延長登録の理由となった処分の対象となった「物』及 び「用途』との関係で , 有効成分以外の成分のみが異 なるだけで , 生物学的同等性が認められる物について は , 当該成分の相違は , 当該特許発明との関係で , 周 知技術・慣用技術の付加 , 削除 , 転換等に当たり , 新 たな効果を奏しないことが多いから , 「当該用途に使 用される物』の均等物や実質同一物に当たるとみるべ きときが少なくないと考えられる。他方 , 当該特許発 明が製剤に関する発明であって , 医薬品の成分全体を 特徴的部分とする発明である場合には , 延長登録の理 Ⅱ