ArticIe Special Feature 特集震災と企業法務 震災と契約法務 I. はじめに 震災が企業の事業活動に影響を及ばすことは 避けがたく , 企業は震災のたびに事業活動の再 開 , 継続のための対応を迫られてきた。なかで も東日本大震災では , 津波や原発事故といった 未曾有の事態が生じるなど , 企業の事業活動に も多大な影響が生じた。このような震災による 事業活動への影響は , 被災地に所在し直接地震 等の被害を被った企業だけではなく , 被災地の 企業や顧客と取引関係にある企業においても同 様であった。東日本大震災後の企業倒産の件数 では , 直接被災により施設・設備・機械等に被 害を受けて倒産した直接型よりも , 取引先・仕 入先の被災による販路縮小や部品・原材料・資 材の入手不足 , 受注キャンセル等を契機に倒産 した間接型の事例がはるかに多かったとの報告 もある 2 ) 。 震災による事業活動への影響が注目された例 に , 自動車等の製造業のサプライチェーンの例 がある。震災によりサプライチェーンのいずれ かの層において部品・原材料・資材の入手不足 や輸送手段の途絶が発生したことによって , サ プライチェーン全体の機能が一時的に停止し , 最終製品の供給にまで支障が生じる結果となっ たことで , そのシステムの脆弱性がクローズ アップされた。そして , このようなサプライ 弁護士 荒井正児 Arai Masaru チェーンを構成する個社の脆弱性がサプライ チェーン全体の脆弱性につながり , そのことに よる日本経済全体への影響も計り知れないもの となるという教訓を踏まえ , サプライチェーン における課題を解決し , 将来の震災に備えるこ とは日本経済全体にとっての重要なテーマの 1 っとなっている。 圧企業間の BCP ・ BCM 連携の強化 このような過去の震災やその他の自然災害で の経験を踏まえ , 企業は個々あるいは業界全体 として , BCP ( 事業継続計画・ Business Continuity Plan) の策定や , BCM ( 事業継続マネジメント・ Business Continuity Management) の実践に 取り組んでいる。現在では , BCP や BCM は , 大手・中堅企業を中心として多くの企業に浸透 しているが , 従業員規模が小さくなるほど策定 率は低下する傾向にある 3 ) 。 また , この取組を支援するためのさまざまな ガイドラインも公表されている 4 ) 。このような ガイドラインにおいても , 震災時に発生したサ プライチェーンの混乱は大きな課題と認識され ており , そこでは , 企業の BCP ・ BCM 対応と して , 各社単独の取組にとどまらず , 企業間の BCP ・ BCM 連携の強化が提唱されている 5 ) 。 このような企業間の BCP ・ BCM 連携強化の取 組の 1 っとして , サプライチェーンを構成する [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 43
V. 震災後の事業継続性 強化に向けた対応 1 . サプライチェーンにおける連携強化の取組 サプライチェーンにおいては , 震災後の事業 継続性強化に向けた対応として , 他社との相互 協力・連携が重要である。そのような企業間の 連携を強化する取組として , 次のようないくつ かのポイントが挙げられている 9 ) 。まず , 「事 前対策」として , サプライヤーの BCP や BCM への取組や立地条件を調査し , リスク度 合いに応じた層別管理を徹底することである。 次に , 「代替手段」として , 商品や材料の特性 ( ロット数 , リードタイム , 代替可能性等 ) を 踏まえてマルチソース化や代替調達手段確保に よりリスク部材を極力抑え込むことである。さ らに , 「コミュニケーション」として , 平時か ら BCP や BCM への取組状況や部材のリスク 度合いを仕入先との間で情報共有することや , 平時からサプライチェーン間でのコミュニケー ション手段を相互に確認するなど , サプライ チェーンにおける連絡体制の強化を図ることで ある。なお , 自主的な取組を行うことが難しい 中小規模の事業者に対しては , 事業活動の継続 性強化や同業他社との連携・協働に向けた支 援・情報提供を適宜実施することを検討する。 2. サプライチェーンの連携強化に向けた 取引基本契約書の見直し サプライチェーンを構成する企業間の取引 は , 企業間での商取引契約を基礎として成り 立っており , このような企業間での連携強化 は , 震災時において実効性のある契約書の作り 込みという形で実現される。すなわち , 平時に あらかじめ契約書上の手当てを含むサプライ チェーン間での連携を十分に行うことによっ 9 ) 日本自動車部品工業会「 BCP ガイドライン〔初版〕」 ( 平成 25 年 3 月 ) , 企業活力研究所「東日本大震災を踏まえ た企業の事業継続の実効性向上に関する調査研究報告書ーー [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 46 て , 震災発生後の事業再開をスムーズに進める ことが可能となる。 このようにサプライチェーンの連携強化を進 める場合には , その取組にどこまで法的拘東カを 持たせるかを検討し , 一定の法的拘東カが必要 と判断された事項については契約書の形で明確 化すべきである。この場合 , 契約書の形態はそ の内容によりさまざま考えられるが , サプライ チェーンにおける継続的取引の場合 , 取引基本 契約書に盛り込む形での対応が基本となる。前 述のようなサプライチェーン間での連携強化の 取組を踏まえ , 取引基本契約書への追加等の見 直しを検討すべき条項としては次のようなもの がある。 ( 1 ) サプライヤーに対する BCP 策定・提出義務 近時 , サプライチェーンを構成する企業を中 心として , 新規調達先との取引開始にあたり , 取引先に BCP の策定と提出を求めるなど , 自 社単独ではなく取引先を巻き込んで BCP を策 定し , BCM を実践していく動きが見られる。 その場合 , 取引基本契約書において , サプライ ャーに対して BCP の策定と提出を義務付ける 条項が盛り込まれることがある。 ②自社の BCP に対する協力義務 完成品メーカーがサプライヤーに対して自社 の BCP に対する協力義務を定める例もある。 具体的には , 自社の BCP の一環として , 自社 と直接取引のあるサプライヤーに対して , 非常 時における情報収集・連絡体制の整備を求め , あるいは BCP の策定 , BCM の実践の状況等 に関する情報 ( 事業所や設備等の耐震化の状 況 , 部品等の在庫状況 , 製造データの保存状 況 , 当該サプライヤーの取引先のリスト化状況 等 ) の開示などを求めることがあり , このよう な自社の BCP や BCM に対する協力を取引基 グローバルな競争環境下におけるリスク対応力の向上ともの づくり競争力の確保を目指して」 ( 平成 25 年 3 月 ) 。
抗力事由が列挙されるのが通例であり , 不可抗 力事由として地震などの天災が挙げられている ことが一般的である。 もっとも , 地震を不可抗力事由と定めるだけ では実際に発生した不履行に常に適用できるわ けではない。地震に起因して債務の履行が不能 もしくは遅滞となる直接の原因としては , 地震 による当該目的物やその製造設備の物理的損壊 のほか , 製造に要する部品や原材料の調達不 能 , 製品の輸送手段の途絶等もある。しかし , これらが直接の原因となっている場合も含め て , 不可抗力として免責されるか否かは , 不可 抗力の概念そのものの理解や地震と損害との因 果関係の有無等に左右される。そのため , 契約 書によっては , 地震に起因した電力 , 石油 , ガ スおよび原材料の不足 , 輸送手段の途絶等の場 合を具体的に定め , 一定の回避措置を講じたこ とを前提に免責とする旨を定める例もある。 もっとも , 従前からの多くの取引基本契約書で は , 不可抗力免責の規定が設けられていたとし ても , 地震 , 水害等の自然災害を例示として挙 げて , その場合における免責を規定するにとど まっており , 結局は , 「不可抗力」という概念 についての民法上の解釈問題に帰着することに なる。一般には , 「不可抗力」とは , 「外部から 生じた原因であり , かっ防止のために相当の注 意をしても防止できない」ものをいうと理解さ れているの。この理解からすると , 地震 , 水害 などの自然災害 , 戦争 , 内乱などは , その概念 自体は , 「不可抗力」に含まれることになる。 ただし , 例えば地震の影響による債務不履行の 7 ) 奥田昌道編「新版注釈民法 ( 10 ) Ⅱ」 ( 有斐閣 , 2011 年 ) 172 頁 [ 北川善太郎 = 潮見佳男 ] 。 8 ) 東京地判平成 11 ・ 6 ・ 22 判タ 1 開 8 号 2 頁では , 平 成 7 年の阪神・淡路大震災により倉庫内の化学薬品が荷崩れ により漏出し , 他の貨物から流出した水分と化合して発火し た火災により貨物が焼失した事故について , 倉庫業者の過失 による不法行為責任が争われた。この事件で裁判所は , 倉庫 業者としては通常想定される事態に対応できる程度の転倒防 止措置を講ずる義務があるが , 当該防止措置が講じられてい るとしたうえで , 火災の原因の 1 つである同大震災について 特集 / 震災と企業法務 すべてが「不可抗力」として免責されるわけで はない。この場合の免責の判断にあたっては , 地震の規模 , 地震被害の直接性 , 回避措置の十 分性 , 代替措置の有無等が問題となる。すなわ ち , 地震の規模という客観的な事実に加え , 回 避措置の十分性など一定の規範的要素が含まれ てくる。したがって , その具体的な事例を前提 に , どの程度のものを予期して防止策を講じる べきであったかを個別具体的に検討しなければ ならない。 2. BCP ・ BCM への取組と不可抗力免責 以上のような不可抗力免責の観点で重要とな るのが被災企業における BCP や BCM への取 組状況である。企業の BCP や BCM はさまざ まな非常事態を想定して策定されるが , なかで も地震による非常事態は実際に発生する可能性 が高いものであり , 震災による事業継続リスク を想定した BCP の策定や BCM の実践は , 企 業が震災による債務不履行リスクを回避する対 策としても不可欠のものである。加えて近時は BCP の策定や BCM の実践を支援するさまざ まなガイドラインやツールも整備され , 企業全 体の BCP の策定率も高まっている。そのため 今後の震災発生時においては , そのような全体 的状況を前提として , 自社の対策が十分であっ たかが問われることになり , この点はとりわけ 東日本大震災の経験を経て , それ以前とは大き く状況が違っていると認識する必要がある 8 ) 。 務 ) 違反の過失は認められないとして , 倉庫業者の不法行為 ることはできなかった」と判断し , 注意義務 ( 結果回避義 このような規模の大地震が発生するのを具体的に予見す は , 「震度は 7 の未曾有の大地震であるところ , 被告として は , る現状でも具体的な予見可能性が否定されるかは明らかでな ( 2016 年 ) 等 , 震度 7 クラスの地震が数年おきに発生してい 越地震 ( 2 4 年 ) , 東日本大震災 ( 2011 年 ) , 熊本地震 責任を否定した。しかし , 阪神・淡路大震災以後 , 新潟県中 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 45
ければならないというところにつながっていく のではないかと思います。 V. BCP 策定の法的義務 松井防災の話の次に , BCP の策定の話に移 りたいと思います。特に東日本大震災以降 , BCP の重要性が強調されているかと思います。 津久井さんにお聞きしたいのですが , 阪神・淡 路大震災の後は , BCP という議論もそれほど 聞かなかったようにも思うのですが , 何か理由 0 Tsukui Susumu はあるのでしよう 津久井あの時点で は , 企業の事業活動 の継続を語る余裕が ないぐらいショッキ ングな社会的インパ クトがあったからだ ろうと思います。っ まり , 仮に BCP を 講じていても駄目 だったのではないか という諦め感が被災 地にあった。 2 つ目は , 大阪が 無傷だったので , 事 津久井進業の継続が必要な企 業は拠点を大阪等に 移して , 乗り切ったわけです。それは , 複数の 拠点を持っことで乗り越えましようという教訓 に深化しているのかもしれません。 しかし , 地域経済の視点から見ると , 神戸か らたくさんの企業が流出してしまい , いまだに 民ってこないので , 町として BCP を考えるべ きなのではないかという問題意識が生じます。 3 つ目は , 阪神の被災地は中小企業が多かっ たので , 事業の存続が図れず潰れてしまった企 業が結構あったのだと思います。事前に対策を 練っておけば何とかなったのではないかという ことに気づくのに 10 年かかったと。 BCP の議 論が本格化したのは , 2000 年以降ぐらいです [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 かね。だから 10 年というと言い過ぎかもしれ ませんが , 数年間は , 気づきが教訓まで高まら なかったのだと思います。 2004 年の中越地震のときに BCP が一気に注 目を集めたような印象です。 中野そして , アメリカのテロの辺りで , 話題 になったのですよね。 津久井振り返ってみれば , 阪神・淡路大震災 のときに BCP がもう少し整備されていたなら ば , まず中小企業が倒産したというのは一定数 機会を逸することなく , 事業を継続できるよう も , また , リスクが発生したときでも , 事業の ものではないということです。災害時であって ば事業をストップしてもかまわないなどという 続を求めていると考えています。災害時であれ す。同条にある「委任の本旨」の内容が事業継 条の善管注意義務の条項から導かれるもので けられていると考えています。それは民法 644 るような対策を講じることが取締役には義務づ そのようなリスクが発生しても事業を継続でき でも , 私はそれを超えて , 全ての企業において として事業継続を求める規定になっています。 策に協力するように努めなければならない。」 国又は地方公共団体が実施する防災に関する施 的に実施するとともに , 当該事業活動に関し , は「災害時においてもこれらの事業活動を継続 資材又は役務の供給又は提供を業とする者」に 害応急対策又は災害復旧に必要な物資若しくは ど申し上げた災害対策基本法 7 条 2 項では「災 い」と書いているものではないのですが , 先ほ 中野もちろん「 BCP を作らなければならな 義務づける法令はあるのでしようか。 策定については , 企業の責務とする , あるいは べき法令があるということでしたが , BCP の ほど防災については消防法など , 企業が遵守す 思いますが , 法制度はどうなっていますか。先 松井 BCP の重要性は今日では異論はないと たのではないかと思うと残念です。 れも惜しまれるし , 地域外への企業流出が防げ の力を注ぐことができたかもしれないので , そ は防げたと思うし , もう少し復旧・復興に企業
に準備をしておかなければ , プロの経営者にお 願いした意味はない。災害時でも経営資源を有 効に活用して事業を継続してほしい , プロの経 営者として準備を重ねて事業を継続して会社を 存続させてほしい , ということが「委任の本 旨」だと言いうると思います。 松井取締役の善管注意義務として BCP 策定 の義務があるとしても , リスク管理体制の構築 というのも , いろいろ経験の積み重ねで高度に なっていくという側面があって , また , どうい う体制を構築するかは最終的には経営判断だと 述べている裁判例や学説も多いです。そういう ことからすると , BCP についても , 企業の置 かれた立場で , かなり取締役の裁量の幅の広い ものにはなるのですかね。 中野そうですね。裁量の範囲はあるとは思い ますが , 多くの企業が BCP について着目して きていますので , 事例は集積されてきます。ス タンダードというものが決まってくると , その スタンダードから漏れたものというのは大体批 判の対象になるということになりますので , や はり皆さんが各企業でいろいろな準備をすると いうことについては , 今 , 現状どのようなもの が標準として求められているのかということを 考えて , 準備していただかないといけなくなっ てくると思います。 松井特に大会社の場合は , 取締役会は , リス ク管理体制も含めた内部統制についての方針決 定をしなければいけないという法制に今はなっ ていますので , そのように言えますね。 中野会社法 362 条の内部統制システムについ ても松井さんが指摘されているとおり非常に抽 象的なのです。どこまでやれば内部統制システ ムをきちんと構築しているのかと言われても , これこそ正に事例や裁判例の積み重ねであった りするわけですから , それと同じように考えて いただければ , 裁量の幅は違うにしても一定の 水準は形ができてきてしまうと思います。 松井経産省の「事業継続計画策定ガイドライ ン」とか内閣府の「事業継続ガイドライン」な ど , さまざまなガイドラインが公表されていま 特集 / 震災と企業法務 すが , これらはある程度企業においても指針と なっているのでしようか。つまり , 中野さんが おっしやった一般的なスタンダードとして皆さ んが念頭に置くようなものがあるのでしよう か。 中野中小企業庁が作っているものや , 東京商 工会議所の「 BCP 策定ガイド」などを見なが らやっているということはあります。内閣府の ものは , 一番のガイドラインになっているので すが , あれ自体は , あのまま BCP を作るとい うわけにもいかないので , 何かあったときに見 るぐらいのものかなという感じはしています。 松井津久井さんのご経験から , BCP の策定 について何か指摘されたい点はありますか。 津久井中小企業の立場からいうと , BCP が 必要だということは分かるけれども , 優先順位 をどうしても下にせざるをえない。食うや食わ ずという話をしている中で , 今目の前にある事 業の課題に取り組まないといけないから , 防災 まで手が回らないと言って放置している。では 必要がないのかというと , 災害で真っ先に潰れ る企業はそういう所なのです。いつばいいつば いでやっているわけだから , ちょっとしたリス クが発生した途端に事業がストップしてしま う。むしろ余裕値のない事業者ほど BCP を作 らなければいけないのだけれども , できていな いと。 実際に BCP を作るための「金」と「時間」 と「人」の余裕。それをどうやって供給するの かという施策がほしいところです。弁護士や公 認会計士が行って , ロでは言えるが , 結局総務 課長が 1 人でせっせとコピべで作ったりしてい るのが現状です。 中野 BCP を作らない理由というのは , 正に 金がない , 人がいない , 時間がないと。 Ⅵ . サプライチェーンと BCP の策定義務 松井取締役の善管注意義務という観点からの 説得も , 上場会社ですと , 大勢株主がいますの で , 分かりやすいですが , 所有と経営が分離し [ Jurist ] September 2016 / Number 1497
ていない中小企業の場合は , 取締役の責任を株 主が免除できてしまうから , 善管注意義務だと いっても響かない部分があります。 BCP を策 定していなかったから倒産したのだといって , 会社法 429 条によって , 取締役個人の第三者責 任を取引先が追及することを認めるかという と , 現在の実務からすると , さすがに , それは ないような気もします。 中野そうですね , サプライチェーンの崩壊の 責任問題がどこまで具体化されてくるのかなと は思いますけれども。 津久井そうですよね。私の関与している会社 が , 事業を停止した後 , 発注元に仕掛り品の請 求をしたら , 逆に損害賠償請求を受けました。 サプライチェーンの 1 つを構成しているわけだ から , ステークホルダーまで見据えて , 自社の 事業が停止したらどれだけ責任が問われるかは 想定しておかないといけません。大きな会社の グループであれば , グループとして BCP を組 んでほしいと思います。 松井サプライチェーンみたいな問題というの は , 自分の所が BCP を作っていないと , 災害 時には取引先に損害が発生するという関係にあ りますよね。逆に , 発注する側の取締役の善管 注意義務としても , 発注先の BCP の体制を確 認した上で取引する義務があるというような議 論にも発展するのでしようか。 中野関係者から伺ったことがありますが , 国 交省などは , BCP を作っていない所とは取引 をしないなどという議論がなされていたという ことです。準備をしていない所は取引の世界か ら除外されてしまうというサンクションです。 そういう形で , 皆さんに動機づけをしたらどう かとも言われています。逆に , BCP を策定し ている企業には国土交通省発注の総合評価方式 による入札に際して加点するなどの工夫もされ ているようです。 やれない企業にそれを言うのは厳しい話なの でしようが , 私は本当はできないことではない と思います。何か支援メニューを用意して策定 を推進するほうがいいと思うのです。 20 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 津久井東日本大震災で名取市の製油業者は , あらかじめ策定していた BCP どおりに早期に 事業を再開して , 信用と販路を獲得し , むしろ 事業が成長したという話でした。災害を待望し ているわけではありませんが , そういうときに 商機がやってくるという逆転の発想も必要か 中野おっしやるとおりで , 防災の大家の中林 一樹先生が , それを私たちにいつも言うので す。結局 , 首都直下の場合は , 首都直下で 40 ーこに加 兆ぐらいの復興マーケットができる。 わるということを考えなければいけない。加わ るためには生き残っていなければ駄目という話 を私たちにしてくれます。そのために準備しま しようということです。 Ⅶ . BCP の策定と法務部門の役割 松井 BCP の策定で , 法務部門が果たす役割 について , 中野さんはいろいろな契約条項の手 当てというものを提唱されておりますが , 実際 に法務部門がどういった役割を担って , BCP を策定しておられるのでしようか。契約の整備 が中心になりますか。 中野そうです。やはり契約が中心になってい て , 私はいつも , 災害時に業務を中断する , 迅 速に避難するために何か法務的な手当てはない かを考える部門が法務部だと説明をしておりま すし , その場合に具体的にはどのような対応 , 業務を中断しようと思ったときにどのような対 応を取引先にお願いすればいいのか , どういう ことを言って責任を免除してもらうのがいいの かということについて , 法務部としてはアイ ディアを出して , 営業部門にそれをきちんと伝 えるとか , そういう役割を担っているのではな いかと思っています。 あとは , 先ほどの話ですが , 事前に基本取引 約定書の中で , きちんと必要な規定を入れてお いてくれという話を説明しております。災害時 に避難ができるように , 震度 5 強以上だったら 業務を中断して避難する , 避難したことによっ て履行遅滞になっても責任は問わないというよ
企業間での連携強化が挙げられる。 Ⅲ . 震災リスクと商取引契約の役割 企業間の商取引契約は , 取引に関する基本的 なルールを定めるとともに , 取引上生じうる一 定のリスクについてあらかじめ適切なリスク分 配を図るものである。一般に震災とは契約外在 的なリスクであり , 個々の契約内容や契約締結 に至った事情などからは切り離されて捉えられ ているが , その規模や状況によってはそれが契 約の履行に影響を及ばす可能性が高い。そのた め , そのような震災リスクの未然防止のための 対策を契約内容として取り込んだうえで , その リスクを回避することは , 契約当事者双方に とってメリットがある。また , 不幸にしてリス クが現実化した場合の損失の分配についてもあ らかじめ合意しておくことは , 事後の交渉コス トを下げるという点でメリットがある。そのよ うな目的から , 従来から商取引契約上で震災を 想定した一定の対応が合意されてきた。もっと も従来は , 震災リスクに対する商取引契約の役 割としては , 契約当事者が直接被災し , 事業継 続が困難となった場合における免責を定める不 可抗力免責条項や危険負担条項など , 債権債務 関係の事後的な処理によるリスク回避の観点が 中心であったように思われる。 しかし , 震災リスクに対する事業継続性強化 に向けた企業の取組が進むなかにおいて , より 重要なことは , 事業継続性強化の観点から商取 引契約の役割を考えることである。とりわけ企 1 ) 文中 , 意見にわたる部分は , 筆者の私見であり , 所 属する法律事務所の見解ではない。 2 ) 東京商工リサーチ尸震災から 4 年 " 「東日本大震災」 関連倒産負債総額 1 兆 5 , 381 億円」 ( 2015 年 3 月 9 日公開 ) 。 3 ) 東京商工会議所「会員企業の防災対策に関するアン ケート調査結果」 ( 2016 年 5 月 ) 。 4 ) 内閣府「事業継続ガイドライン〔第 3 版〕ーーあら ゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応」は , 東日本 大震災やタイでの大洪水の発生 , 国際規格 IS022301 , 22313 の発行等の動向を踏まえ , 2013 年 8 月に内容の改訂が行わ れている。同第 3 版では , サプライチェーンの重要性などを [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 44 業間の BCP ・ BCM 連携強化の重要性が高まる なか , 商取引契約を所管する法務部門の立場か らも , 取引先との契約を含む外部主体との連携 によって , 事業中断リスクを極力最小化し , 早 期の事業再開 , 継続のために法的に実効性のあ る仕組みを作り上げていくことの重要性が増し ている。 Ⅳ . 震災に起因する 債務不履行リスクへの対応 1 . 債務不履行リスクと不可抗力免責 被災企業が震災に起因して事業活動の中断を 余儀なくされ , そのことによって売買契約に基 づく目的物の引渡債務が履行不能もしくは遅滞 に陥った場合 , 法的には売買契約上の債務不履 行の問題が生じうる。この場合に債務不履行責 任が生じるか否かは , 契約法上 , 債務者の帰責 事由の有無の問題とされ , 債務者に免責事由・ 正当化事由がある場合には , 帰責事由がないこ とになる。そして地震などの不可抗力事由の存 在は免責事由の 1 っと位置付けられている 6 ) 。 この不可抗力免責にあたる事由が , 具体的に 契約書で定められている場合には , 原則として その効力が認められ , その契約条項の解釈に 従って免責の有無が判断されることになる。 般に企業間における取引の基本となる取引基本 契約書では , 不可抗力に起因した債務不履行に ついて売主は責任を負わないとする旨の規定 ( 不可抗力免責条項 ) が盛り込まれている。 のような不可抗力免責条項には , 具体的な不可 念頭に , 企業・組織間や地域内外での連携を促すことで , 企 業・組織や産業としての価値向上の実現が目指されている。 また , 各省庁 , 業界団体等からも多数のガイドラインが公表 されている ( 内閣府「事業継続ガイドライン〔第 3 版〕 あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応ー解説 書」〔 2014 年 7 月〕参照 ) 。 5 ) 日本経済団体連合会「企業間の BCP / BCM 連携の 強化に向けて」 ( 2014 年 2 月 ) など。 6 ) 中田裕康「債権総論〔第 3 版〕」 ( 岩波書店 , 2013 年 ) 135 頁。
法律です。文字どおり被災者の生活基盤をお金 で支援して生活再建を促すという仕組みです。 ただし , 運用場面では , 事業と生活を完全に分 け , 生活の部分にはお金を出すけれども , 事業 の部分にはお金を出さないというルールが非常 に厳格に守られています。例えばタバコ屋さん があって , 2 階が住居だとすると , 2 階部分に は支援金を出すが , 1 階のタバコ屋が壊れても 支援はしませんという , 一般常識に照らすと , おかしな運用になっています。 想は制度全体に共通 根底にある救助の思 な支援制度ですが , この 3 つが代表的 Matsui Hideki 松井秀樹 しているところがあ ります。 松井中野さんは , 企業に対して防災や BCP 等についてア ドバイスをしておら れる立場だと思うの ですけれども , 災害 後の救済ということ では , 津久井さんの お話と同じ感想をお 持ちですか。 中野私も正に津久 井さんがおっしやっ たことと同感です。企業の関係で言うと支援策 はほとんどないと思っていただいたほうがいい と思います。私が今 BCP の話をしているのは , だからこそ , 事前に被災をしないような準備 , 被災をしても大きなダメージを被らないような 準備をしていきましようという意味での事業継 続計画 , BCP を策定しましようということを 推進しているのです。 そして , 先ほど津久井さんがおっしやったよ うに , 企業は支援側に回れ , というのが , 実は 今の日本の法体系だと思います。災害対策基本 法では , 企業は業務を継続して被災者支援対 策 , それから防災対策に協力する努力義務を負 14 [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 うという規定になっているわけです。では , そ のための支援策はあるかというと , 特別な支援 等は用意されていないということなので , 正に これは企業が自身で事前に準備しなければいけ ない法体系になっているということだと思いま す。 Ⅱ . ニ重ローンに関する法制 松井ありがとうございます。それでは , 個々 の問題に入っていきたいと思います。まず , 東 日本大震災でも問題になったし , 遡れば阪神・ 淡路大震災なのでしようけれども , 二重ローン の問題があります。こちらは , 個人であって も , 事業者であっても生じうる問題ですが , こ 松井法人については , 恒久的な制度ではない 津久井はい。 ね。 れ , 熊本の震災でも適用されているわけです ことですが , これは今年の 4 月 1 日から施行さ すね。金融機関もそれに則って対応するという ラインが策定され , 恒久的な制度となっていま 松井個人については債務整理に関するガイド 立てでいくというのが定着しつつあります。 インで , 法人に対しては債権買取りという 2 本 は , 個人に対しては自然災害債務整理ガイドラ 設するとのことで , 二重ローンの対策について 回の熊本地震でも , RE Ⅵ C が同種のものを創 れて , 債権買取りを軸に支援をしています。今 談センター」や「産業復興機構」が立ち上げら 庁の支援に基づいて , 各被災県に「産業復興相 上げられました。同種の事業として , 中小企業 とで , 東日本大震災事業者再生支援機構が立ち があります。東日本大震災だけの特例というこ をして , 事業の後押しをしていくという仕組み なっています。一方 , 法人には , 債権の買取り 理に関するガイドライン」で対応する仕組みに 度 , すなわち「自然災害による被災者の債務整 津久井個人に対しては , 被災ローン減免制 のでしようか。 はどのような解決の法律や枠組みができている の二重ローン問題は東日本大震災を経て , 現在
目次 自分自身の問題として , 本日は先生方のお話を はじめに お聞きし , 勉強していきたいと思います。よろ I . 自然災害の際の救済に関する法制 しくお願いいたします。 Ⅱ . ニ重ローンに関する法制 Ⅲ . 企業の防災対応に関する法制 I. 自然災害の際の救済に関する法制 Ⅳ . 安全配慮義務と予見可能性 松井最初に , 地震に限らず自然災害が起きた V. BCP 策定の法的義務 ときに , 個人も企業もあるでしようが , 被災者 Ⅵ . サプライチェーンと BCP の策定義務 を救済するための法制としてどういうものがあ Ⅶ . BCP の策定と法務部門の役割 るのかを整理しておきたいと思います。大きく Ⅷ . 災害時における個人情報の取扱い 分けると , 災害に関連する法制は , 平時におい 区 . 帰宅困難者対策 て行うべき防災に関する法制。それから被災直 X. 被災地・被災者に対する支援活動 後の緊急対応といいますか , 応急対応の段階で 刈 . 義援金・救援物資 の法制。そして復旧・復興に関する法制と , そ 沺 . 有事において法律家に求められるもの れぞれのフェーズで , 様々な法制が用意されて いると思いますまず津久井さんにお聞きした いのですが , 被者が個人の場合も企業の場合 という意味でも冷遇される。さらに立ち直 人 , も含めて , これらの法制を全体として見た場合 るフェーズというところでも支援は薄い。そう の特徴について , どのように考えておられます いう三重苦に遭っている点がアンバランスだと . じ、つのです 津久井一言でいうと , バランスが悪い。具体 松井本日は企業の対応という観点からの鼎談 的には , 災害法制の中心は行政法ですから , 官 なのですが , 今の津久井さんのお話は , 個人の と民で分けると , 官の備えの制度は非常に充実 救済の制度はまだあるけれども , 企業のほうは しているのですが , 民の備えは非常に薄い。 2 非常に手薄いという趣旨のお話でした。具体的 つ目に , 個人と企業などの法人に分けると , 個 に , 個人を救済したり , 支援したりするものと 人に対する救済の仕組みはそれなりに充実しつ してはどういう法制度がありますか。 つありますが , 企業に対する支援策は , 20 年 津久井 3 つの代表的な支援策が用意されてい 前とそんなに変わらないイメージです。 ます。 1 つ目は「災害救助法」です。衣食住を 3 つ目には , 松井さんがおっしやっていた 手当てし , 取りあえず住む場所を提供し , 食事 フェーズ間のアンバランスがあって , 「防災」 , や日用品を供与して , 生活できる環境を整える 「直後対応」 , 「復旧・復興」 , そしてまた「防 法律です。衣食住を提供して , 人を救助する役 災」と , それぞれのフェーズがサイクルしてい 目を果たすわけです。この法律では , 企業は , きますが , 「防災」は , 一応整備されています。 救助に協力する , 助ける側という立場で登場す つまり防災に公費を投入する根拠法がたくさん るのです。 整備されているという意味です。「直後対応」 2 つ目は「災害弔慰金の支給等に関する法 も , 行政が何をすべきかが列挙され , 法整備さ 律」です。これは災害により生命が奪われた れています。しかし , 「復旧・復興」のフェー 方々の遺族 , あるいは重度の障害を負った方々 ズになると , 潮が引くように社会の関心が薄れ に対して , 弔慰金・見舞金を支給する法律で す。したがって , 生命が観念できない法人は , るのと軌を一にして , 制度もすごく薄くなりま す。 救済の対象外です。 3 つ目は「被災者生活再建支援法」です。被 したがって , 企業が被災から立ち直る場面を 考えると , まず民という立地で冷遇され , 法 災者の世帯に , 最大 300 万円の現金を支給する [ Jurist ] September 2016 / Number 1497 lndex
2016 Septembe 「 9 # 1497 会社法判例速報 労働判例速報 独禁法事例速報 道垣内正人。古田啓昌 鼎談 文 知財判例速報 時論 連載 Special Feature 震災と企業法務 特集 震災と企業の対応ー防災・ BCP を中心に 震災と株主・投資家対応 震災時の労務対応 震災と契約法務 震災と金融業務 松井秀樹・中野明安・津久井進 子会社の粉飾決算と親会社の不法行為責任 東京高判平成 28 ・ 1 ・ 21 歓送迎会終了後の送迎行為の業務遂行性 一行橋労基署長事件 最ニ小判平成 28 ・ 7 ・ 8 >IT 事業分野での事業統合について 水平型及び混合型の企業結合が審査された事例 ー公取委発表平成 28 。 6 。 8 延長登録された特許権の効力 東京地判平成 28 。 3 。 30 外国公務員。民間贈収賄の防止法制 スポーツ界の特殊性を念頭に 第 6 回 処理の法実務 国際ビジネス紛争 外国所在書類の提出命令 INTRODUCTION 国際的な証拠調べ 外国からの要請に基づき日本で行われる証拠調べ 島田まどか ー井泰淳 松井秀樹 荒井太一 荒井正児 小田大輔・吉田和央 弥永真生 森戸英幸 東貴裕 小泉直樹 広瀬元康 Page 66 67 70 12 30 37 43 49 2 4 6 8 58