Round-tabIe talk 特集コンプライアンス再考ー企業不祥事予防・対応上の新たな留意点 SpeciaI Feature 東京大学教授 / 司会 東京大学教授 佐伯仁志 川出敏裕 弁護士 木目田裕 山口利昭 弁護士 座談会 企業不祥事の現状と展望 I. はじめに 理を中心に仕事をしております。よろしくお願 いします 佐伯本日は , 近時の企業不祥事の状況を踏ま 山口弁護士の山口利昭です。私は , 主に企業 えて , 企業不祥事の防止 , 対応の在り方 , 近時 における不正調査業務に携わっております。株 主や経営者の依頼によって , 社内における不正 の刑訴法改正や公益通報者保護制度の改革の動 疑惑が生じたときに調査を行い , 民事賠償請 きなどが実務に与える影響などについて , 座談 会を開催したいと思います。最初に , 簡単な自 求 , 刑事告訴 , もしくは社内処分の根拠事実を 把握するものです。いわゆる不正調査活動を本 己紹介をお願いいたします。 こ 15 年ほど仕事をしております。 川出東京大学の川出です。大学では , 刑事訴 業として , 訟法と刑事政策の授業を担当しております。た また , 木目田さんと同様 , 企業の危機対応支援 ですね。比較的規模の小さな上場会社 , もしく だ今 , 刑訴法改正の話が出ましたが , その元と はもっと小さな会社の危機対応支援を行うとい なった答申案について審議しました法制審議会 うものです。企業不祥事への企業対応を近いと の新時代の刑事司法制度特別部会に幹事として ころで見ている立場から , 今日はお話に参加さ 関与いたしましたので , 本日は , その点を中心 に議論に参加させていただければと思います。 せていただきたいと思っておりますので , よろ よろしくお願いいたします。 しくお願いいたします。 木目田弁護士の木目田です。検事を 10 年ほ 佐伯司会を務めさせていただきます佐伯で ど務め , 今は弁護士をしております。検察では す。刑法が専門ですが , 刑罰だけでなく行政 東京地検特別捜査部で企業犯罪 , 経済犯罪の捜 罰 , 損害賠償などを含めた制裁一般について研 査にも関わり , 法務省刑事局で立法関係 , 金融 究を行っておりまして , その一環として企業犯 庁に出向してマネーローンダリング , テロ資金 罪に対する対応にも興味を持っております。本 対策等を担当しました。弁護士になって 15 年 日はよろしくお願いいたします。 弱ですが , 不祥事があった場合の企業の危機管 最初に , 最近の企業不祥事の現状と , これに 0 三 [ Jurist ] October 2016 / Number 1498 14
の発生可能性がどの程度なのか , 熱心に管理を していても , 予想もしていなかった所から , グ ループ全体のレピュテーションを低下させるよ うな不祥事が発生してしまうということは十分 考えられるところです。先ほど木目田さんが組 織文化 , 組織風土という言葉を使われました が , 本当にそこまで遡らないと , こういった不 祥事対応として実効性の高いものは難しいので はないか。そういうことを最近 , 考えたりして います。 Kawaide Toshihiro 佐伯今のお話を伺 いまして 2 つほど質 問をしたいと思いま す。企業不祥事とい うのは昔から繰り返 し起きていますが , 最近の企業不祥事 は , その性質に何か 変化があるのかとい う点について , ご意 見がおありでしたら 伺えればと思いま す。もう 1 つは , コ ンプライアンスが進 んできたにもかかわ らず , なお不祥事が 川出敏裕絶えないということ で , 木目田さんから は , 組織の文化や風土を見直す必要があるので はないかというご指摘がありました。それはそ のとおりだろうと思いますが , コンプライアン スを整備するとか , 内部統制のための法制度を 整えるということは , 法律家の専門領域だと思 いますが , 企業の文化や風土となると , これは ある意味 , 道徳の問題ともいえるわけで , 法律 家としてどのように関わっていくべきなのだろ うかと思うのですが , もしお考えがおありでし たらお聞かせいただければと思います。 木目田最近の企業不祥事に性質の変化がある かどうかですが , 私の経験上は , 残念ながらあ まり変化していないと思います。組織ぐるみ , [ Jurist ] October 2016 / Number 1498 複数の役職員が絡む , そういう事案は相変わら ず後を絶ちません。日本の会社の不祥事でよく ある話として , カルテルなどが典型例ですが , 個人が何か利得を得ようというのではなく , 会 社のために違法行為を行うというケースも , 相 変わらず後を絶ちません。なお , 各論で見れ ば , 例えばインサイダー取引などは , 証券取引 等監視委員会 ( 以下「 SESC 」 ), 東京証券取引 所 , 日本証券業協会の努力もあって , インサイ ろいろ細かなルールに企業が従っていれば , あ やかなりしころであれば , ある意味 , 行政のい かっての許認可行政 , いわゆる事前規制の華 だくことが必要になってきています。 のかといったことを , 現場の方々に考えていた が , より社会から見て企業行動として好ましい ちらも正しいけれども , どちらを選択したほう 正しくないことを単純に分けるのではなく , ど ように思います。それは , 決して正しいことと た。しかし , 企業の取組も最近 , 変わってきた グを活用することで習得することが中心でし とを , 例えば誰か講師を招くとか , e ラー のか。何が職業倫理として正しいのかというこ 員研修というと , 何が正しくて何が正しくない 山口少し前までのコンプライアンス研修 , 社 る部分は大きいと思います。 とですが , 法律家も外部の人間として貢献でき 1 には , 企業経営者が頑張らないといけないこ いったお話もできると思います。もちろん , 第 こういうところはどうなのでしようか」と 部分で , 例えば「会社を外部の目で見たとき ます。だから , 法律の解釈適用を超えたような 委員をやったり , 社外取締役をやったりしてい 講演を頼まれたり , コンプライアンス委員会の ん。それでも , 私ども弁護士は , 会社から社内 が , これは確かにリーガルな問題ではありませ それから , 企業の組織文化や風土の問題です は昔も今もあまり変わらないと思います。 らく例外的な話であって , 大部分の企業不祥事 起きないだろうと思います。ただ , これはおそ ぐるみのインサイダー取引などは今後は滅多に ダー取引防止の仕組みが進んでいるので , 会社
をもって償ってもらいましようという発想で て , アメリカと比べると企業不祥事が刑事事件 す。個人が必ず相当の期間 , 刑務所に入らない として立件される数は少ないように思います。 といけない分だけ , アメリカのほうが日本より 立件されて有罪になっても , 先ほど木目田さん も違法行為に対する抑止力は強いのではないか から , 日本の企業犯罪は自分のためというより は企業のためという場合が多いというご指摘が と思います。 また , 処遇の多様性も日米で違います。日本 ありましたけれども , そういう場合は , 普通 , ですと不祥事があった場合 , 会社は起訴か不起 執行猶予が付く。あるいは企業に対する罰金の 訴しか選択肢がない。あとはせいぜい , 罰金が 額もアメリカと比べてかなり低い等 , 刑事法が 高い , 安い , 従業員が何人捕まるか程度しかな 果たしている役割が , アメリカに比べると小さ いように思います。それには , 例えば社会的制 い。アメリカの場合 , 取引的司法ですから , 司 法取引や Deferred Prosecution Agreement ( 以 裁が日本のほうが厳 下「 DPA 」 ) というかたちで , 非常に弾力的な しいのかもしれませ 解決が図られていて , 再発防止という意味では んし , それなりの理 かなり積極的な役割を果たしていると思いま 由はあると思います す。例えば , DPA では , 会社に独立したコン が , 刑事法の果たす プライアンスモニターを設置します。元検察官 べき役割についてお の弁護士がモニターを務めることが多いようで 考えがあればお聞か す。会社は , そのモニターの監督下で 2 年間と せいただければと思 か 3 年間の一定期間 , 再発防止に取り組み , そ います。 の一定期間の間に再び違法行為を起こさなけれ 木目田確かに佐伯 ば , 検察官は , 一旦 , 裁判所に提出した起訴状 さんがおっしやるよ を撤回して , 結果として会社は処罰を受けな うに , 制度や社会の かったことになります。 DPA の条項の 1 っと 違いは大きいと思い して , 一定の制裁金や不当利得の剥奪という金 ます。アメリカ当局 銭的ペナルティは受けるのですが , 会社は , の調査を日本企業が DPA の期間中 , 再発防止をきちんと行えば処 受けた案件や , アメ 木目田裕 罰は受けなかったということで終了するので , リカ企業の案件を見 会社は一生懸命再発防止に努めることになり , ると , もともと刑事 独立したモニターが再発防止の実施状況を 法と民事法・行政法とがはっきり区別されてい チェックするから , 実際に実効的な再発防止を ないことも背景にあると思いますが , 刑事法な いし米国連邦司法省 ( 以下「 DOJ 」 ) や検察官 図ることができます。 日本の場合には , 起訴猶予になったらそれで が企業不祥事案件で果たしている役割は , 日本 おしまいというところがありますが , それに比 よりかなり大きいと思います。 べると , DPA 1 つを例にしても , 刑事法の果 例えば , 日本ですと , 企業で違法行為があっ たす役割という点ではアメリカのモデルは非常 た場合に , 佐伯さんがおっしやったように個人 に魅力的です。日本でも , 後ほどお話が出てく の実刑はまずありません。ところが , アメリカ る日本版司法取引の話もありますし , 今後はこ は原則として , 会社の不当な利得は剥奪する が , 会社にそれ以上のダメージは与えないで , ういった運用を考えていく必要があると思いま その代わり , カルテルであれ贈賄であれ , 悪い す。 山口最近のテレビドラマにもありましたけれ ことをやったのは個人なのだから , その個人に ども , 日本の検察自身も相当厳格な証拠に基づ は必ず刑務所に然るべき期間入ってもらい , 身 Kimeda Hiroshi 20 [ Jurist ] October 2016 / Number 1498
まり社会的に批判されることはなかったかもし れません。しかし , 先ほど木目田さんがおっ しやったように こ 20 年ほど企業に対する 事後規制が進んできている中で , コンプライア ンス経営には自律的行動が求められています。 正しいことにはいろいろ選択肢がありますけれ ども , どのように選択すれば社会からどのよう に見られるかというところは , 現場レベルでも 理解していかなければいけないということで す。そういった配分的正義の考え方を企業に浸 透させるにあたっては , 法律家が関わるところ ではないかと思います。 また , 道徳や倫理の問題ですが , 「倫理的な 行動を取りなさい , そうでないことはやめなさ い」と指導するときに , 必ず倫理的に行動でき る人ならいいですが , 倫理的にはどう行動すべ きか分かっているけれども , 残念ながら行動で きないというのが企業不祥事の原因の 1 つだと 私は思います。特に誠実な企業活動を遂行して いた会社で不祥事が起きた場合における社員の 不正動機の典型例だと思います。ですから , 社 内ルールでは倫理的な行動を取れと決められて いるし , またそういったことは理解していて も , どうしてそれが取れないのかという問題に 対しては , 企業においても行動経済学とか認知 心理学など , いろいろな考え方を研修の中でも 採用していこうという流れは出てきていると思 います。 川出多くの企業 , とりわけ大企業では , コン プライアンスのための仕組みや体制が整えら れ , さらに , それが実際に機能するように , 外 部の弁護士の方が様々なかたちで関与されてい るということなのですが , 企業内部の体制 , 例 えば法務部門の役割や取組も変わってきている のでしようか。 山口私はやや懐疑的です ( 笑 ) 。企業の中で 経理 , 総務 , 法務というものが , 経営者から見 てどれぐらい大切に思われているかによって違 います。例えば社長が Chief FinanciaI Officer 出身だという会社だと内部統制は非常に重要な 業務執行だから , 本当に社長自身もすごく気に 特集 / コンプライアンス再考 されます。しかし , 営業とか技術出身の社長だ と , コンプライアンスも含めて経理 , 総務 , 法 務の重要性に関しての認識が足りず , 法務部も 非常に仕事のしにくい環境の中で仕事をしてい るケースもあります。 先ほどの川出さんのご質問ですが , 変わった かといわれると , コンプライアンスということ が世間でいろいろ騒がれて , 法務の役割への期 待が少しでも高まっている会社であれば , 法務 も非常に仕事がしやすくなっているのですが , そうでない会社も相変わらず多いなというのが 私の感覚で , 昔とそれほど変わっていないかな という気がします。 木目田確かにおっしやるとおりで , アメリカ の会社ですと General Counsel や Chief Compliance Officer (CCO) がかなり重要な役 割を果たします。日本の会社で , General Counsel とか CCO が取締役あるいは執行役だ という会社はあまりないですね。部長さんが多 いと思います。 山口おっしやるとおりですね。 木目田 こうした役割は軽視されが 日本では , ちです。ただ , 過去に大きな不祥事があった会 社等では , 役員クラスの CCO を設けている例 はあります。それと , 最近は法曹資格を持った インハウスが増えており , 法務の陣容はだいぶ 拡充されてきています。 山口企業の中にはコンプライアンスを法務の みの課題とは捉えずに , 法務のような専門性の 高い分野とは違って , いわゆる経営の中枢に対 してダイレクトに物がいえるような別の部署と して , コンプライアンス問題を検討していると ころもあります。そういう意味においてコンプ ライアンスの位置付けというのは , 特に大きな 会社であれば以前に比べたら高まっているのか なとは思います。 乢企業不祥事を防止するための 刑事法の役割 佐伯もう 1 つ , お伺いしたい点として , 企業 不祥事を防止するための刑事法の役割につい [ Jurist ] October 2016 / Number 1498
しようから , 今回 , その導入が見送られたこと は理解できるのですが , ただ , 企業犯罪につい ては , そこで問題とされた一般の犯罪とは性格 が異なるという見方もありうるように思いま す。つまり , 冒頭でお話があったように , 最近 では , 企業側の意識も変わっており , 違法行為 の疑いがあれば , 社内で十分に調査をして , 当 局に自主的に申告するようになっているという ことでした。そうだとすると , 企業犯罪に関し ては , 自己負罪型の協議・合意制度は , この動 きを一層推進するものであって , 特別部会で指 摘されたような弊害を生じさせるものではない という見方もできそうです。したがって , 今 後 , 対象犯罪を絞ったうえで , 自己負罪型を導 入することも検討に値するのではないかと思い ます。 木目田自己負罪型との関係ですが , 川出さん のご説明で , 旧経営陣の責任を追及するためな らいいが , 会社のためにやった課長など , 経営 者でもない人の犯罪を他人の犯罪と捉えて企業 の刑責を軽くするのは考えにくいというお話が ありました。自己負罪型の制度を取り入れてい ないといっても , 企業が自主的に違法事実を当 局に申告することは , 同時に役職員の違法行為 を申告することでもありますから , 捜査・公判 協力型の下でも , 企業がそうした自主的申告を することで , 完全に免責はしないにしても , 罰 金の金額を減らす等すれば , 結局は自己負罪型 と同じような運用になるのではないかと思いま す。アメリカですと , 会社が , 会社のために違 法行為を行った人間をいわば当局に売れば会社 を勘弁するという運用を , まさに行っていると 思います。先ほど山口さんの話にもあったよう に , 今後 , 協議・合意制度が活用されていくと こうした会社が個人の犯罪行為を協 すると , 議・合意の材料にすることは , あまり違和感な く受け止められていく時代になるのではない か , もう実際にはそういう時代になっているの ではないかと思いましたが。 川出捜査・公判協力型の協議・合意制度を導 入する元々の趣旨は , これを使って , より重い 責任を負う者の犯罪への関与を明らかにし , そ の刑事責任を追及するということにあります。 旧経営陣が違法行為をして私腹を肥やしていた といった事例であれば , その責任を第一次的に 追及すべきものですので , それに協力した会社 の責任を軽減するというのはしつくりくるので すが , 中堅以下の従業員が行った違法行為を , 会社が検察官に申告したことによって , 会社が 恩典を得るというのは , この制度の目的には沿 わないように思います。そのような場面で , の制度を使うとすれば , ご指摘があったとお り , その実質は , 自己負罪型の協議・合意なの ではないでしようか。 木目田「実質は」ですか。 川出はい。捜査・公判協力型の協議・合意制 度を自己負罪型的に使うというのは , あえて自 己負罪型を除外した今回の改正の経緯からして も妥当でないと思います。それが必要というの であれば , 正面から , 自己負罪型の導入を検討 すべきではないでしようか。 佐伯会社のほうが責任が重いという感覚が今 後も維持されるのかということがひとつあると 思います。会社に科された罰金や課徴金を株主 代表訴訟などで取締役に転嫁することが認めら れていて , 私自身は違和感を持っているのです が , そこでは会社は被害者と考えられているの だと思います。会社のためといっているけれど も , 全然会社のためになっていない , 会社は被 害者だ , ということになると , 会社が役職員の 違反行為を情報提供することによって , 罪を免 れるのは , むしろ望ましいことであるというこ とになるかもしれません。 木目田 アメリカはその発想だと思います。 DOJ が発表した Yates Memo でも , 会社が積 極的に DOJ に情報提供して刑を軽くしてもら うための絶対の条件として , 役職員個人が犯罪 事実を行ったという証拠をフルに DOJ に提供 して , 必ず個人の処罰を可能にするようにし ろ , とされています。そうでなければ会社が捜 査に全面的に協力したとは認めないとされてい ます。アメリカでは佐伯さんがおっしやったよ 特集 / コンプライアンス再考 [ Jurist ] October 2016 / Number 1498 25
アユリ入ト Monthly Jurist 実用法律雑誌 # 1498 2016 October 特集 SpeciaI Feature コンプライアンス再考 ー企業不祥事予防・対応上の新たな留意点 [ 座談会 ] 佐伯仁志 川出敏裕 木目田裕 山口利昭 市皿文 160976577 久実巳子覚 典友祐 ロ崎味尾 吉澤川五平 正 廣 連載 国際ビジネス紛争処理の法実務 / 会社法判例速報 / 労働判例速報 / 独禁法事例速報 / 知財判例速報 / 租税判例速報 第 190 回国会の概観 最高裁時の判例 有斐閣
犯罪を含む企業不祥事の発覚により , 企業価値が毀損される事案が後を絶た ない。既に各企業がコンプライアンスに 注目し , 積極的に取り組んでいる昨今に おいて , 不祥事の予防・発生時の適切 な対応に向けたさらなる留意点とは。理 論・実務の両面から , 法制度の課題も 含めて検討する。 SpeciaI Feature コンプライアンス 再考 ー企業不祥事予防・ 対応上の新たな留意点 lndex [ 座談会 ] 企業不祥事の現状と展望 佐伯仁志・川出敏裕・木目田 裕・山口利昭 14 企業不祥事の原因分析 30 吉村典久 不正防止と内部監査の新たな役割 澤口実 36 コンプライアンス体制の整備・連営と法人処罰 川崎友巳 43 不祥事調査の実務 國廣 正・五味祐子 51 司法取引の施行に向けた留意点 平尾覚 57 Page [ Jurist ] October 2016 / Number 1498 13
至ってから , ようやく企業側も問題意識を持っ たようで , 我々にも質問が来ることが増えまし た。どの会社でも , 皆さんがおっしやるのは , 上司が部下を売るとか , 部下が上司を売ると いったことへの懸念です。今までは当局の調査 があった場合 , 皆が同じ船に乗っていて会社を 守るために頑張ろうということでした。これ が , 部下が上司を売る , 同僚が同僚を売ると なってくると , 状況は大きく変わるのではない か , 従業員間の反目を招くかもしれない , 会社 組織の中の人間関係も今後は大きく変わってい くことになるのではないかと企業側は懸念して います。 もっとも , 協議・合意制度は , もともと企業 犯罪を主な念頭に置いていたのではなく , 組織 犯罪対策のウェイトが相当大きいと思うので , 検察も , いきなり協議・合意制度をどんどん企 業犯罪でも使っていくという運用になるのかど うかは分かりません。検察も価値のある事件を 選んでいくと思います。だから , 私個人は , そ んなに日本の企業社会における人間関係が , お 互いに信じられないことを前提にしないといけ ないなどと大きく変わるとは思っていません。 山口今までこのような制度が日本には存在し なかったのですが , 法制化に向けた審議の中で 議論されていたように「他人の引っ張り込みの おそれ」というのは , やはり企業の絡むような 経済財政犯罪でも同じリスクがある , という点 が気がかりです。弁護士が手続に関与している とか , 虚偽供述に関してのペナルティがあると か , 引っ張り込みを防止するための担保といわ れているものが用意されていることは理解でき ますが , それでもなお , 人権侵害の危険性は否 めないように思います。 今回の司法取引の制度が良い意味で効果を発 揮すると , 要するに今まで立件すべき被疑者を 立件できなかったものを , きちんと立件できる ように運用していくということになってくる と , 例えば被疑事件と , ターゲットになってい る事件と , 双方の弁護人において相当厳しい立 場に置かれるのではないでしようか。 特集 / コンプライアンス再考 実際に被疑者・被告人が司法取引をしたいと いう申出があれば , 弁護人はなかなか断ること はできないだろうと思います。弁護士倫理とし て , 被疑者・被告人のために職務の誠実義務を 尽くすことは大事だけれども , 積極的に真実を 歪めるような方法をもって刑事弁護をやっては いけないというのは , 刑事弁護倫理のイロハの イだと思うのです。 そうすると , ターゲットになっている事件に 関して , 被疑事件の弁護人が事件内容も分から ずに , 本人の依頼を前提として合意内容書面を 作成するということはいかがなものでしよう か。弁護人としての真実義務違反にならないの かどうか。ならないためには , 相当弁護活動を きちんとやっていかないと難しいのではない 一方で , ターゲットになっている事件の弁護 人も , やはり司法取引に関与した被疑事件の弁 護人に , なぜ安易に合意したのかと批判するこ とも出てくるかもしれません。そうなると , 相 当厳格に , 弁護人選任のプロセスみたいなもの を進めていかないと , ある意味双方が弁護士と しての誠実義務違反とか , 真実義務違反である と問題視されることにならないかという点を懸 念するところです。 木目田役職員個人の弁護士費用は , 企業犯罪 では会社が負担していることが多いというのが 現状です。アメリカの弁護士にも聞いたのです が , アメリカの事件でも , 会社が個人の弁護士 費用を負担し , 会社と個人とで別々の弁護士が 付くにせよ , 両者で意思の疎通を取りやすくし ているということです。今回の協議・合意制度 の下では , 役職員個人と会社の弁護人同士でも 真剣な意見の対立が生じることも当然ありうる と思います。そうすると , 途中から , 会社側と は全く関わりのない弁護人に替えることもあり えます。会社と個人とで , 意思疎通を取りやす いような親しい間柄の弁護士を付けるという運 用は , 今後は , ちょっと難しくなるのかもしれ ず , 弁護人の立場からすると非常に難しい問題 を内包しているようにも感じます。 [ Jurist ] October 2016 / Number 1498 23
佐伯アメリカのように会社に対する罰金が非 常に高額で , 自然人に対しては実刑が原則のと ころでは , 司法取引が非常に強力なインセン テイプになると思うのですが , 日本だと , 普通 は執行猶予が付くということで , それほど魅力 的でないのではないかとも思うのですが , 今後 の使われ方の予想はいかがでしようか。 木目田一人間関係の世界が企業の中にあるの で , 部下が上司を売るというのは最初はあまり 起きません。贈収賄 , カルテルなどのケースで も , 自分の判断でやった , 上司には具体的なこ とは相談していないと , 最初は上司をかばうの が普通です。それが , 取調べで「ああそうです か , あなたが全部責任を取るのですか」とか , 「そうすると , 奥さんとか子どもさんのことは , どう思うんですか」といわれたり , 「会社が本 当に面倒を見てくれるという保証はどこにある んですか」などといわれると , 結局は , 多くの 人がどこかの段階で上司の関与の事実を話すこ とになります。これは取調べのテクニックです が , 見方によっては , 取引と紙一重というケー スもありえます。取調べで部下が「正直に話し て , 捜査に協力したら自分は逮捕されないで済 むかもしれない , 軽い処罰で済むかもしれな い」と期待するわけです。もちろん , 検察官は 「いいよ」とは絶対にいわないのですが , 相手 が期待していることは薄々は想像がつくという か , そういう曖味な部分があったと思うので す。協議・合意制度はこうした曖味だった部分 をクリアにするという点で非常に良いと思うの です。そういう意味で , 協議・合意制度は , 企 業犯罪の捜査ではインセンテイプの付与という 点で非常に効果的だと思います。 山口独禁法のリニエンシーは , 適用施行前 に , 日本の企業というのは同業者間の信頼関係 が厚いから , これはなかなか活用されないで しようと考えられていたのですけれども , いざ 蓋を開けてみると , 自社の利益保護のために広 く活用されています。自分の会社のためには , 同業者間の信頼関係など関係なく自己申告して 24 しまうのだと , [ Jurist ] October 2016 / Number 1498 ちょっと驚いた部分がありま す。今はもう当たり前になりましたが。 企業の役職員 , 特にホワイトカラーの方々 が , 突然身柄を拘東されたときの恐怖感 , しか も検事から厳しい追及をされる状況を見ている と , 刑事訴訟法の改正で「これは正当な行為な のだよ」と指摘されますと , 私も意外と活用さ れるのではないのかと予想します。 むしろ , 検察のほうが真実発見のためにこれ を活用しようという気持ちが本当にあるのであ れば , 司法取引に応じる被疑者・被告人は相当 出てくるのではないかと私は感じています。 川出まだ施行もされていない段階で今後の課 題について言及するのは気が早いかもしれませ んが , 今ご指摘があったように , この制度が企 業犯罪の捜査・訴追において有効な手段として 利用されるということであれば , その運用状況 を見て , 今後 , 対象犯罪を拡大していくという ことも考えられると思います。例えば , 業法関 係の違反ですとか , 法人処罰を導入することを 前提とした , 業務上過失致死傷などが考えられ ます。 もう 1 つの課題として , 今回の改正では , 捜 査・公判協力型の協議・合意制度のみを導入し たのですが , 先ほど木目田さんからアメリカの 状況についてご紹介がありましたように , 企業 犯罪を解明し , 効率的に事件を処理するという 観点からは , 企業自身が罪を認めて捜査に協力 した場合に , その刑事責任を軽減する措置を採 ることができる , 自己負罪型の協議・合意制度 があれば , より有効であるように思います。 今回の改正で自己負罪型の協議・合意制度を 入れなかった理由は , 特別部会における審議に おいて , 捜査機関の側から , 自己負罪型の協 議・合意制度を導入すると , 被疑者側が有利な 取扱いを求めて , 供述を渋ることが予想され , そうなると , 捜査機関が被疑者に大きく譲歩せ ざるをえなくなって , 事案の解明と真犯人の適 切な処罰を困難にするという反対論が強かった ためです。 確かに , 自己負罪型の協議・合意制度が , そ のような負の効果を生じさせる可能性はあるで
2016 October 10 # 1498 特集 Special Feature コンプライアンス再考 ー企業不祥事予防・対応上の新たな留意点 企業不祥事の現状と展望 佐伯仁志・川出敏裕・木目田 裕・山口利昭 企業不祥事の原因分析 吉村典久 ー経営戦略の立案・実施のあり方を切り口として 不正防止と内部監査の新たな役割 澤口実 コンプライアンス体制の整備・運営と法人処罰 川崎友巳 正・五味祐子 不祥事調査の実務 國廣 司法取引の施行に向けた留意点 平尾覚 全部取得条項付種類株式の取得価格 弥永真生 最ー小決平成 28 ・ 7 ・ 1 労契法 20 条違反の判断枠組みと救済方法 小西康之 ハマキョウレックス事件 ー大阪高判平成 28 ・ 7 ・ 26 株式会社肥後銀行及び株式会社鹿児島銀行による 共同株式移転 ー公取委平成 28 ・ 6 ・ 8 発表 意匠の類似 一知財高判平成 28 ・ 7 ・ 13 不動産の譲渡人が非居住者に該当し 譲受人が源泉徴収義務を負うとされた事案 東京地判平成 28 ・ 5 ・ 19 改正消費者契約法・改正特定商取引法をめぐる視点 坂東俊矢・大髙友ー 行政機関個人情報保護法等の改正 宇賀克也 第 190 回国会の概観 川﨑政司 Page 座談会 文 会社法判例速報 労働判例速報 石井輝久 6 例 事 法 田中浩之 南繁樹 8 知財判例速報 租税判例速報 10 時論 新法の要点 国会概観 5 8 6