件を見ていないからだとおれは思うぜ。これはおれからの 「自己鍛錬のひとつです」 アドバイスだ」 渡瀬はバツの悪い思いで、八幡からやんわりとタブレッ 渡瀬はすぐに思考を切り替えた。状況に応じて新たな要トを取り返した。 素 = 変数を加えながら常に計算をし直していくのもプロフ 「連続放火やりながら、連続ひったくりのホシも探そうつ アイリングの特徴だ てわけか」 「盗犯係ですか」 「ですから、自己鍛錬です」 捜査の指揮を執る谷川、実質的に捜査本部の意思決定を 地図には新たに三箇所、半径五百メ 1 トルほどの赤の円 する管理官は殺人や強盗、放火など凶悪犯罪のスペシャリ が重ねられていた ストだが、 盗犯係の経験は皆無だった。 「赤い円が、班長さんの見立てた犯行予測地域だな。おっ 「確かに、帳場に盗犯の専門家はいませんね」 と今日が七件目の犯行予測日の最終日じゃないか。それで 「窃盗の前科がある玉城をホシと設定するなら、一貫した気になったか」 行動をとらないといかんだろう」 範囲は今日を含め五日間 八幡はコーヒーを飲み干すと、自動販売機脇のゴミ箱に 「事件は起きていないようです」 缶を捨てた。 「その判断はまだ早いな。浦和中央署に知り合いがいるか 「それよりなんだ、埼玉の地図なんか見て」 ら、聞いてみるか」 戻ってきた八幡が渡瀬のタブレットに気づいた。 八幡は内ポケットからスマホを取り出した。 「これは違うんです 「ちょっと、なんですかいきなり」 「ちょいと見せてもらうぜ 「聞くだけだからさ 八幡は渡瀬からタブレットを受け取り、ディスプレイを 八幡は構わす電話をかけた。先方と一一言三言話し、何度 ピンチアウトし、地図を広げた。 かうなずくと、ロの端が引き締まった。渡瀬も異変を感じ 「埼玉の連続ひったくりの現場だな」 取った。 八幡はすぐに気づいた。さいたま市の浦和を中、いに、緑 「 : ・・ : そうか、ありがとな」 色のポイントで六箇所の目印がつけてあった。これまで六 八幡は電話を切った。「二時間前に緊急入電、さいたま 件の事件が発生した地点だ。 市南区曲本の路上で主婦がひったくりに遭ってケガをし 126 マイナス・ワン
この一連の事件が、玉城という男にとって相応しいもの 犯意識が高いんだろう ? それはリスクだろう。その辺り であるかだ はどう説明する」 「それが班長さんが言う肉付けなんだろう ? 」 「確かに放火は初めてかもしれませんが、本人は犯罪のプ ロとしての自負があります。だからあえてあの場所を選ん 「そうですね。それは聞き込みの前から考えていました」 だ。小平署からも直線距離で四百から五百メ 1 トルくらい 「ならなぜ谷月。 ーこ提案していない班長さんなら躊躇なく です。これも本人からしたらアピールポイントなのかなと人をよこせと言えるだろう」 思いました」 「あの状況で、わたしの意見が通ると思いますか ? 」 「ロでは何とでも言えるな」 犯行予測を外し、さらに立場を悪くした直後だった。 「多少ですけど、空気を読むことを覚えました。佐倉さん 八幡は小声で言い、両手を広げた。「ただ、面白くて説 得力があるように聞こえる」 にも指摘されましたし」 「それをプロファイリングと言うんです。—の研修 「佐倉も班長さんのことを危なっかしいと思っていたの で、教官にいきなりプロファイリングなんてただの方便だ か」 と言われて驚きましたけど、方便でも実績は上げています 八幡は可笑しそうにクックと笑った。「いや、言われて ししことだ」 すぐ実践できるのは、、 し。方便に肉付けをするのが、分析捜査班の仕事だと思っ ています」 「ですので、七件全部を調べるより先に、十五日の玉城の 「肉付け ? そんなの初めて聞いたな」 行動を洗うことを優先しました。それで一通りの成果を出 し、玉城の吉祥寺不在がわかれば、七件の再捜査に踏み込 「八幡さん以外の三人には、きちんと言いました。八幡さ むつもりでした」 んは最初からわたしの言うことに聞く耳持たなかったじゃ ないですか」 「偉い確かにその通りだ。それもプロファイリングか」 渡瀬は笑い半分で言った八幡を睨み付けたが、八幡はに 「そうか、悪かったな。だったら今回は班長さんの考えに やついた目のまま見返してきた。 乗ってやろう。もし玉城に絞るなら、最初の事件だけでな 「窃盗の犯歴から玉城を割り出したんなら、盗犯係の目か 過去七件全ての現場をもう一度見直したほうがいいた ス ろ、つ」 らこの事件を見てもらうのも手なんじゃないのか ? ここ ナ 八幡が言わんとしていることは、すぐにわかった。 までホシの姿が見えなかったのは、火付けの面からしか事マ 125
いのか少なくとも容疑者の生活形態くらいはめていて た。今しがた緊配が解かれたところだそうだ。もうすぐ広 もおかしくないはずだった。何かが引っかかった。しか 報の発表がある」 し、自分には直接関係のない事件。深入りは、シマを荒ら 八幡はタブレットのディスプレイを指さした。「見事に すことになる。自重しないとーー渡瀬は自分を戒めた。 南区の目印の内側じゃないか」 「では帰るか」 「緊配が解かれたということは」 八幡は歩道に出ると、ちょうどやって来たタクシ 1 を止 「ホシは網に掛からす、埼玉も失点を増やしたってわけ めた。 だ。班長さん、あんた向こうにいれば、今頃大手柄だった のにな」 八幡は薄く笑った。渡瀬は返す言葉を思いっかず、無理 「ウチのお嬢が、埼玉のひったくりを当てたぜ」 小金井署の捜査本部に戻るなり、八幡が残っていた捜査 に微笑みを返した。 さがの 員に声をかけた。谷川班の嵯峨野という捜査主任だ。八幡 「谷川もばかのひとっ覚えの防犯カメラと聞き込みをやめ とは古い仲らしかった。 て、一度全権を班長さんに渡せばいいのにな。班長さんも 「なんだよそりや。当てるんならジャパンカップにしてく 押しが弱すぎる」 谷川の基本方針は、現場周辺の目撃情報の収集と、現場れよ」 「競馬ばかりしてんじゃねえ」 周辺の防犯カメラの解析だった。今のところ、共通した目 八幡にからかわれた嵯峨野は、体が大きく厳つい顔をし 撃情報や不審者を絞り込めるほどの映像はなく、捜査は難 ているが、温厚で職務においては公正な捜査員だった。残 航していた。 っていたのは数人で、嵯峨野以外の捜査員は、渡瀬に冷た 「明日からの捜査については、谷川さんと相談します い一瞥を投げただけだった。幹部デスクは無人で、谷川の 埼玉のひったくりは三件目からプロファイリングし、概 ね予想通り推移し、今回最もしつくり来る形、つまり予想姿もない。渡瀬は幹部デスクの書類箱から、報告書用の定 型書式を何枚か取り、窓際のテ 1 プルに座った。 通り綺麗に収まった感があった。 「八幡さん、さっさと済ませましよう」 できすぎているーー渡瀬は一瞬そんな印象を覚えた。今 「おれがやるからいいよ」 回の予想は、埼玉県警が発表している犯罪統計マップを元 「二人なら半分の時間で済みます。その分、休む時間が稼 にしている。ならば、なぜ容疑者を捕らえることができな 127 マイナス・ワン
きたときにそれを嵯峨野に言ったんだが、その時周りに何 渡瀬は歩み寄り、声をかけた。谷川は「なんだ」と吐き 人かいたから聞こえていたんじゃねえかな。電話したの捨てるように言った。堀部は素知らぬ顔で階段を下りてい とが った。 は、勤務時間内だから、咎められんだったら、おれだな」 「本件をないがしろにしたり、先方に介入したわけじゃな 「埼玉県警の問い合わせですが、どの筋から来たのです いんだな」 堀部は問いただした。 「向こうの帳場の管理官から、俺のところに直接来た」 「していません。問題があるようでしたらやめます。申し 連続ひったくり事件の、実質的な指揮官からー・・ー渡瀬は 訳ありませんでした」 八幡を見たが、八幡は知らんとでも言いたげに両手を小さ 渡瀬は立ちあがり、頭を下げた。 く広げた。 「そうか。あまりよそ見はするなよ」 「先方の管理官は誰からその情報を受けたのでしよう。こ 堀部の声から威圧感が消え、わすかな困惑がにじみ出 この帳場から悪意を持って注進されたのであっては、捜査 の弊害になると判断します」 堀部、谷川から解放されたあと、八幡を連れて廊下に出 佐倉が言った。八幡がひったくりの件を嵯峨野に言った た佐倉もついてきた。 とき、捜査本部に残っていたのは谷川班の面々だった。 「八幡さん、埼玉県警からの問い合わせの件ですが、八幡 「なめんなよ、佐倉」 さんが電話した方はロが軽いのですか ? 」 谷川が据わった目で、佐倉を睨んだ。「お前も自分とこ 「いや、班長さんが予測した件を人に話すなら、おれに連の大将を信じているんだろうが、俺の班にも悪意を持って 絡をくれるはすだ。大方嵯峨野の脇で聞いていたヤツが悪捜査の足を引っ張るような人間はいないんだよ」 意を込めてご注進したんだろうよ、堀部さんと埼玉の知り 「わかりました」 合いにでも」 渡瀬が佐倉と谷川の間に割って入った。「わたしは谷川 「それにしても不自然です」 さんを信用していますー 渡瀬が言ったところで、会議室から谷川と帰り支度をし 渡瀬は谷川と視線を重ね合わせた。谷川は反射的に手を すぐに下ろした。 た堀部が出てきた。 上げかけたが、 「谷川さん」 「お前は・ : もういい今日は体を休めろ」 149 マイナス・ワン
八幡は渡瀬の向かいに座ると、顔を寄せ小声で言った。 「捜査情報か」 八幡も小声で返してきた。 「容疑者の居住地どころか、何人かリストアップできてい 「はい、 個人的な興味です。今は : : : 」 るそうだ。だが逮捕に足るあと一押しがないらしい 報告書の作成も捜査会議も終わったあとだ。「勤務時間 渡瀬の中で、 ' 引っかかりクがはっきりとク違和感ク 外ですよね」 変貌した。埼玉県警の捜査本部も自分と同じ経路で、容疑 佐倉が何か言いたげだったが、渡瀬はあえて八幡だけを者を絞ったに違いなかった。 見ていた。 奇妙な符合が胸の中に染みをつくり、徐々に広がってき 「具体的なことを聞く必要はありません。容疑者の居住地た 域を絞り込めているかどうか、それだけを確認したいんで す。聞き出せる範囲で構いません」 「それだけでいいんだな」 8 怪物十一月二十六日水曜 八幡はスマホを取りだし、立ちあがると、会議室を出て 行った。 『夜討ちに行くから』 「規定違反は承知しているんだろうな」 土方からそう連絡を受けたのは、べッドに入ってうとう 佐倉は八幡の背中を見送ったあと、聞いてきた。「班長としかけたときだった。 らしくないし、ことが大きくなれば経歴に傷がつく」 『一時間後に麻布十番の一の橋で合流』 べッドから起き上がり、時計を見ると午後十時過ぎだっ 「そんな大袈裟な」 た。羽生はため息をつきながら、上着を羽織って、ズボン 渡瀬は微笑んだつもりだったが、上手く笑えたか自信は を穿き替えた。帰りは深夜になるだろう。途中、金を降ろ なかった。佐倉も、「今は」というひと言に含みを感じた さなければならない のか、それ以上何も言ってこなかった。時計を見ると、も うすぐ午後十一時になろうとしていた。今日は電車がある 羽生は練馬区早宮のアパートを出て、途中コンビニに寄 うちに帰れそうだった。 ってから、練馬から地下鉄大江戸線に乗り、麻布十番に到 着したのは午後十一時ちょうどだった。 八幡が戻ってきたのは数分後だった。 エスカレーターから地上に出たところで、土方の後ろ姿 「向こうもウチと同じだな」 152 マイナス、ワン
「お疲れ様です八幡さん、渡瀬さん」 た。佐倉と日野は戻ってきたが、古崎は今も玉城に張り付 八幡は無視してエントランスに入ったが、渡瀬はまさか いていた。 自分の名が呼ばれるとは思わす、人影のほうを振り返っ 捜査会議は荒れた。 た。どこの新聞社かテレビ局かはわからないが、見覚えが 「 : : : したがって分析捜査三係は玉城竜介を軸に置き、捜 あった。熱心に捜査本部に通ってくる自分と同世代の青年査を進めたいと考えています」 A 」い、つ・ヒ象た 幹部席に立っ渡瀬は、五十人を超える捜査員を前に言い 「順調ですか」 放った。「つきましては、わが班への人員の応援と、盗犯 透明感のある笑顔だが、得体の知れない不気味さも感じ係若干名の投入を要請したいと考えています」 た渡瀬は応えず、八幡を追い、エントランスをくぐっ 会議室は一瞬しんと静まりかえったあと、ざわっいた。 ばかかあいっ 「あの記者、誰でしたつけ」 ーー本当に反省しないんだな。 八幡の背中に聞いた 勘違いもほどほどにしろ 「東都放送の若手だ。確か、龍田とか言ったな」 そんな声が聞こえてきた。 「わたしのことを知っていました」 「もういい、次」 「そりやいずれ知られるだろう。向こうも調べるのが仕事 谷川が冷たく言い放った。 「しかし」と渡瀬は食い下がる。「説明は聞いていました 八幡はぶつきらばうに応えた。 よね」 東都放送には土方玲衣がいる。その関係で自分のことを 「聞いたから、次だ。早く座れ ! 」 知っていたのだろうかーーー渡瀬は引っかかりを覚えながら 谷川に一喝され、渡瀬は一礼して席に着いた。反発や蔑 も、捜査本部となっている会議室へ向かった。 みの視線はもう慣れた。慣れたつもりだったが、体が反応 午後八時半に始まった捜査会議は、淡々と進んだ。渡瀬した。胃が痛んだ。腸が過敏に動くのがわかった。 は自ら志願し、八幡とともに今日一日、吉祥寺のインタ 1 捜査会議終了後、トイレで用を足し、日野とともに廊下 ネットカフェ、深夜営業もしている家電雑貨量販店を回 の階段ホールでコ 1 ヒーを飲んでいると、男子トイレから り、十五日の玉城の足取りを追ったが、目撃情報はなかっ 捜査員が三人出てきた。近隣署から応援に来ている刑事課 142 マイナス、ワン
げます」 た。独身で、渡瀬より一期上の二十九歳だ 「あーそー」 「ま、分析捜査らしくない捜査法だけど、こっちのほうが 八幡は嵯峨野に肩をすくめて見せ、渡瀬のテ 1 プルにや慣れてるし」 って来た。 笑顔も妖艶だ 八幡とともに報告書を仕立て上げたのが午前一時過ぎだ 「彼は警戒感が強いと思われます。接触はもう少し証拠を った。渡瀬は八幡を帰宅させ、自身は佐倉を待った。 固めてからのほうがいいかと」 ひのかおる 佐倉と日野郁が玉城の自宅がある東大和市から戻ってき 「確かにそうだが、 ここは一歩踏み込まなければならない たのは、八幡の帰宅後十分ほど経ってからだ。日野は、渡タイミングだと思うがな」 瀬以外では、唯一の女性捜査員だ 現場の感覚か渡瀬が持ち合わせていない物だった。理 「お疲れ様です」 想はこのまま玉城を泳がせ、現行犯で押さえることだ。玉 渡瀬は立ちあがって迎えた。 城が犯人なら、だ。 「八幡は ? 「一度谷川さんと相談しますー 佐倉が先程まで八幡がいた場所に座った。そのとなりに 渡瀬は言い、、 ーフコートを脱ぎかけた日野を制止し 日野が座った。 た。「日野さんはもう上がってくださいその代わり十時 「帰宅してもらいました。どうも吉祥寺に玉城の臭いは残 に古崎さんと交替お願いします っていないようですー 「直で東大和に行っていい ? 渡瀬は簡単に聞き込みの結果を話した。 日野が聞くと渡瀬はうなずき、佐倉を見た 「なら誰かを甚平にやって、恋人か飲み仲間がいるかどう 「報告書は佐倉さん、お願いできますか」 か聞き出すか」 佐倉は「わかった」とうなずいた。 無論、客を装ってだ。佐倉の脇で日野がうなずいた。 「ではお先に」 日野郁は渋谷署の地域課で経験を積んだ巡査部長だ。防 日野はコートを羽織り直すと、振り返ることなく捜査本 犯カメラの解析で実績がある。渡瀬とは対照的に胸が大き部を出ていった。 くグラマラスなスタイルで、薬物や危険ドラッグの捜査 「相変わらすドライだな、郁は で、何度か渋谷のクラブなどに潜入捜査をした経験もあっ 、え、休むべき時は休む。そのくらいの割り切りがあ 128 マイナス・ワン
ったと渡瀬本人は思っていた。 窮しているか、ギャンプルにはまっている可能性がある 『無理はしないでくれ』 自分とは関係のない、埼玉県警の事案だったが。 渡瀬は「はい」と応え電話を切ると、風で乱れた髪をす 「幽霊みたいな顔してるぜ」 やはた いた前方にの高架が見えてきた。八幡との待ち合わ 声をかけられ、顔を上げるとプルゾン姿の八幡だった。 せ場所だ。早足になり、高架下のスーパ ーの前で立ち止ま 「通行人が何人かびびってたぞ」 ると、橋脚に寄り掛かった。ス】ノー 。、 1 よ閉店作業中で、明 ディスプレイの明かりが、下方から顔に当たっていたの かりも半分消えていた そろそろ今日が終わる 「すいません、迂闊でした」 渡瀬は・ハッグからタブレット端末を取りだし、聞き込み 渡瀬は小声で言った。八幡も割り当てを終えたようだ。 で使っていた玉城の顔写真を閉じ、ネットに接続した。目 「こちらは目撃情報なしでした」 的のニュースはなかった。発生していないのか、まだアッ 収穫なし、ではない。目撃情報がない、という情報が得 られたのだ。 プされていないだけなのか次に自身で作成した " 地理情報システムのマップを呼び出した。マップには、埼 渡瀬はタブレットを小脇に抱え、姿勢を正した。「八幡 玉県で発生している連続ひったくり事件の犯行予測日時と さんはいかがでした ? 」 エリアが重ねて表示されていた。こちらも死者、負傷者が 「ホテルも含めて、やつの足は確認できなかった」 しゅんすけ 出ている凶悪事件となっていた。 八幡俊介警部補は四十一一歳で、身長は一七〇センチ弱 『犯行日時は、十一月二十一日から二十五日の夕方以降、 耳と眉を隠す長さの、放っておいてそのまま伸びてしまっ 午前零時より前』 たような髪。細身で大柄ではないが、目は細く鋭く、全身 けんのん 地図の中央には、»--æ西浦和駅と武蔵浦和駅をつなぐ田 から剣呑な威圧感を発している。組織と連携を重視する佐 かずひろ 島通り。渡瀬は犯行予測地域を三箇所に絞っているが、田倉一洋警部補とは対照的に、勘によった単独捜査を好ん 島通りが一番確率が高いと踏んでいた。 だ事実、分析捜査班に配属となっても、自分の捜査法を 特徴は、平日の夕方から夜の犯行。犯行場所はいすれも頑なに変えようとしなかった。渡瀬は佐倉以下三名を玉城 ためら 主要道路に近く、人通りがあっても犯行を躊躇わない。以 の行確につけ、自身は八幡とともに玉城の足取り捜査に当 たっていた。 上のことから、容疑者は周辺に土地勘があり、経済的に困 122 マイナス・ワン
「事実ですが 谷川は言い捨てると、堀部を追うように階段を下りてい った。 渡瀬は自己鍛錬として、公表されている事実、データを 「お疲れ様でした」 以て予測しただけだと伝えた。 渡瀬は谷川の背中に頭を下げ、会議室に戻ると、スマホ 「失礼ですが加古川管理官はどなたからそのお話をお聞き を取り出した。 になったのでしようかご迷惑でしたら、謝罪しようと思 いお電話した次第ですー 「なんだ ? おれが信用できないのか」 追ってきた八幡が言った。 『謝罪の必要はないんだが、聞いたのは葛西という二課の しいえ、確認するだけです。捜査の障害を取り除かなけ主任からだ』 ればなりません」 捜査二課の萬西という捜査員から捜査本部へ話が行き、 渡瀬は埼玉県警警務部にいる同期に電話を入れ、連続ひ 一課班長から加古月に話か上がってきたという。しかしな ったくり事件の管理官の名と携帯電話の番号を調べてもら ぜ経済犯、知能犯担当の一一課から ? かこがわあきひこ った。管理官の名は加古川明彦だった。 「わかりました。お騒がせしまして申し訳ありませんでし 八幡は興味深げに、佐倉はロを結んで渡瀬の様子をうか がった。 渡瀬は電話を切った。 渡瀬は埼玉県警捜査一課の、加古川管理官に電話を入れ 「先方の管理官は、捜査二課の主任から聞いたそうです」 「な ? おれじゃないだろう ? おれが電話したのは浦和 「夜分すいません。警視庁刑事部捜査支援分析センタ 1 分中央署の刑事課のヤツだ」 析捜査班の渡瀬と言います。加古川さんでいらっしゃいま 八幡が問い合わせた捜査員は、浦和中央署の刑事課員 すでしようか」 で、捜査本部に組み込まれているという。それならば、直 『そうですが、この番号をどこから ? 』 接上に報告されるだろう。二課を経由する必要などない 加古川は怪訝そうに聞いてきた。 「だから谷川班の誰かがご注進したんじゃ ? 谷川も偉そ かさはら 「申し訳ありません、広報課の笠原からうかがいました」 うなこと言っていたが」 『ああ君か、昨日の曲本の件を予測したというのは。あれ 八幡が声を潜めることなく言った。 は事実なのか ? 』 「だったら八幡、お前が不用意なことを言ったのがそもそ かさ 150 マイナス・ワン
たという意味が一番しつくり来ると思うんだよね。放火で 「そうね、本来なら大々的に広報して然るべきなんだけ ど、ちょっと変ね」 はあるが、同一犯による連続的な犯行ってことは共通して 土方は少女のように口を尖らせた。 つから、警視庁も埼玉のひったくりに注目していておかし 「で、そのお嬢ってのが、分析捜査三係を率いてる班長っ くはないしな」 てわけ」 「それで何が面白いの ? 「八幡の歳は」 「ウチのお嬢って部分。八幡って刑事は今年の春先まで新 「四十をいくつか越えたくらいだねー 宿署の刑事課にいたんだけど、異動になってね」 四十過ぎの男が、女性をお嬢と呼ぶ場合、年齢はどれほ 龍田は大袈裟な仕草で周囲を見回し、警戒する素振りを 見せた。「でさ、今朝ここの現場に来ていた新宿署の刑事どなのか羽生も考えた 「お嬢って呼ぶなら、階級は上だけど現場経験の少ない女 に、小金井署で八幡さん見たよって言ったら、八幡さん、 性ね。ならキャリア。分析班の班長が捜一の班長に相当す 今は新たな部署で連続放火事件に当たってるって教えてく るなら、階級は警部。キャリアで警部なら二十代である可 れたんだ」 「捜一ねー 能性が極めて高い。警部で分析捜査班に配属されそうなス 土方が口を挟むと、龍田は「それが違うんだな」と人差キルを持っ女性キャリアで該当するのは、渡瀬敦子しかい ないわね」 し指を立てた。 龍田はロを O の字にして驚いたように上体を反らせたあ 「今八幡さんが所属しているのは警視庁刑事部捜査支援分 と、ゆっくりと拍手した。 析センター分析捜査三係だって」 「おおそれそれ、その渡瀬敦子警部。いやあ土方ちゃんさ 「なにそれ捜一の新しい部署 ? 「いや、独立した部署で、主に資料統計の作製と犯罪分すがに爪むき出しつばなしにしてるだけあるね。頼りにな 析、つまりプロファイリングを専門とするんだってさ。分るわ。そう思うでしょ羽生君」 振られたので羽生は「そうですねーと愛想笑いをしてお 析捜査三係の編成は今年の春だって。報道されていないけ ど、七件目の放火のあと、刑事部長が捜査本部に投入した んだってさ」 「そのネタ、ほかはつかんでる ? 「ウチだけなんだな。いや帳場に出入りをしているのを見 龍田は羽生を一瞥したあと、土方に視線を戻した。 135 マイナス・ワン