ここでは、 3 プリンタを使ってヒ 1 ローや美少女フィ 『だったら、邪魔になるからあっちへ行っててちょうだ たぐい ギュアの類を作っているようでした。ですが、正規の商売 としてやっているならば、 いくら秘密厳守とはいえ、この その口調は、頼むというよりも命令でした。エリーゼ は、言われるがままにそそくさとその場を立ち去りまし ような古屋敷でこそこそと作っているというのはあり得な もっときちんとした工場で作るでしよう。 最近、アニメやコミックで人気のあるキャラクターは、 『彼女、何か言った ? 』リンゼイ・スタークが探るような 目をして、私に言いました。 色々とフィギュア化されています。そのため私は、ここの 連中が 3 プリンタでフィギュアの無認可レプリカ、つま 『言われたには言われたのですが、意味不明でよく分かり り海賊版を勝手に製作して、マニア相手に販売しているの ませんでした』と私は、少しあやふやに答えました。 『そう。ならいいわ。あの娘、ちょっと心を病んでるの ではないか、と思ったのです。もしかしたら、贋物を本物 へんなことを言っても、気にしないでちょうだい』 と称して、ネットオ 1 クションなどで高値で売りさばいて 『わかりました』 いる可能性もあります。 何だか色々と奇妙で、気になることばかりですが、それ いくらユーザーの個人情報保護が行われねばならないと より何よりここへ来た目的を果たさなければなりません はいえ、もし当社の 3 プリンタが犯罪に使われているこ 私は目の前のプリンタに集中しました。 とが判明したなら、それは通報しないわけにはいきませ その結果、時間はかかりましたが、故障の原因を突き止ん。 めました。純正品でない素材が使われていたため、不具合 この 3 プリンタのある部屋の奥に、製品が並べてある が出ていたのです。素材が通る部分を全て洗浄しました らしい続き部屋があることには、気がついていました。そ が、これに時間がかかりました。それから立ち上げ直す こで私は、作業が一段落したところで、奥の続き部屋へと と、ようやくまともに動き始めました。後は、微調整で こっそり入ってみました。暗くてよく見えなかったので、 す。 照明を点灯しました。私は一瞬、急に明るくなったので眩指 の 気が楽になった私は、ようやく周囲に目がいくようにな しくて目をしばたたかせましたが、やがて金属製の棚が並 りました。そして『どうもおかしい』と思い始めました。 んでいるのが見えました。そしてその棚にある箱に、何や 大音量の音楽以外にも、です。 ら物体が幾つも入っていたのです 253
アニ 1 はウォ 1 タ 1 ズへ目を向けた。何かつぶやいてい 丿 1 バスはライオネル・ウォ 1 ターズの部屋まで介護士るが、目がうつろになり、まぶたが垂れ下がっている ここの前は精神科の医療施設にいたの と一緒に行きたいと主張した。彼女が老人に青い錠剤と水 「かわいそうに、 よ。二十代からずっとそこに閉じ込められていた。家族に の入ったグラスを与えている間に、リ 1 バスは部屋を見回 よると、生まれたときから頭が正常じゃなかったそうだ した。室内は殺風景だった。置いてあるものは、すべてレ わ。やがて家族は面倒を見きれなくなった。攻撃的なとこ ンショウ・ハウスの備え付け家具なのではなかろうかウ ろがあるからー オーターズはべッド脇の椅子に座っている : : : べッドの上 「それでコリンという人物を殺したんだね ? には破れた雑誌がページを広げたまま置いてあって、半分 ハスの勘違いに笑みを浮かべた。「コリン 介護士はリ 1 ・ やり残した言葉のパズルが見える バスを見 は弟。あのコリン・ウォ 1 タ 1 ズよ ? 」またリー 「きみの名は ? 丿 1 バスは介護士にたすねた つめた。 「車の販売業者 ? 」 「くるぶしはほんとに大丈夫なのか ? 」 「東海岸で最大ーー広告にそう出ているでしょ ? 「まあ、なんとか」介護士はウォータ 1 ズの足にタ 1 タン チェックの膝掛けを巻き付けている 丿】バスはゆ 0 くりとうなずいた。「じゃあ、金持ちの、 ) 出なんだ。家族がここの費用を払っているんだね ? 「一日か二日、病欠を申し出ても通るんじゃないかな」 「そうだと思うわ」ウォーターズはもう目を閉じていた。 「そうかもね」 バスに促した。 アニ 1 は頭で合図し、ここを出ようとリ 1 「でもなんとかやっていくってこと ? 廊下に出ると、ドアに少し隙間を開けておいた。眠り込ん 介護士が向き直った。濃いハシバミ色の瞳を向ける だライオネル・ウォータ 1 ズの姿が隙間から見える 「ここの仕事はたいへんなのよ。一人が病気で欠けたら、 「なぜもう一つの施設から彼を出したんだろう ? 」もう一 な皆の仕事がそれだけきつくなるわ」 リ 1 バスはそういうたぐいの収容施設を、最 つの施設 ぐ「職員不足なのか ? 」 っ 近ではどう呼ぶのか知らなかった。 「重労働なのに、給料はわすか : : : どう思う ? 「もう危険じゃなくなったからと言われている。わたしに 篇「おれにはできないと思う」リ】バスは壁へ目をやった。 言わせれば、もうすいぶん長いこと、そんな危険性はなか 「彼はほとんど何も持ち込まなかったようだね ? 0 4 059 特集新ミステリ・ハンドブックを作ろう !
放送中の死 七人目の陪審員 1 トさながらに陽気な心地にさせスが「白雪姫には死んでもらう」 法にも、ディヴァインは光るもの があるのだ。「悪魔はすぐそこてくれる作品だ。技術のプロでも描いていた、都会から隔絶さ れたコミュニティでの恐怖が本作 ーフの兄・シシ 1 に』の巧緻さや「ウオリス家の殺であるニュー のキモ。過去の因習、意味ありげ に、気弱なボデイピルダ 1 の弟・ 人』の円熟した筆致には及ばない ものの、効果的な語りで読ませるアーニ 1 、ゲイの警察官で友人のな不吉な言葉をもらし続ける老婆 チョムプーなど登場人物も癖が強など、その世界観は土着的なホラ 謎解き小説だ。 実に賑やか彼ら社会から奇 1 とパズラ 1 を融合した横溝正史 本邦初紹介のシリーズものは三く、 作。ますはコリン・コッタリル異の目で見られる者たちが、ジムの小説に近いものを感じる。主役 渚の忘れ物犯罪報道記者ジムのために一致団結する展開は清々二人の関係がどう変化するのか、 というロマンス要素も読みどころ の事件簿」から。〈老検死官シリしいの一言である 二つ目はベトラ・ブッシュ「 漆の一つだ 中一マ明書先生〉シリ 1 ズで注目を集めたコ ギ . 啓原 送 . ト山 2 黒の森」。二〇一一年のドイツ推三つ目はノルウェーの作家、ヨ ッタリルが、今度はタイのリゾー 放ルル横 エル・ホルストの「 トを舞台に明るくューモラスな犯理作家協会賞新人賞を受賞したデルン・リー ビュー作である 大』。ヴィリアム・ヴィスティン 罪小説を書いた。 ドイツ南西部にある森林地帯グという中年警察官が主役のシリ 犯罪報道記者のジムは失業中の 1 ズ八作目に当たる作品で、本作 「黒い森」を訪れた編集者のハン ため、現在は母が経営するリゾー トの手伝いをしている。ある日彼ナ。そこで彼女はむごたらしい姿は〈ガラスの鍵賞〉〈マルティ 女はビ 1 チを散歩中、男の生首がの女性の死体を発見する。女性はン・べック賞〉〈ゴールデン・リ 浜辺に転がっているのを発見。村十年前に故郷の村を飛び出し、数ポル・ハ 1 賞〉と、北欧のミステリ 長に報告し、ほどなく遺体回収専日前に帰郷したばかりで、妊娠し三賞を獲得している ラルヴィクという小さな街の警 門のレスキューが到着するも、現ていたにもかかわらず遺体からは われたスタッフがどうにも怪し胎児が消えていた。村にはク鴉谷察署に勤務するヴィスティング警 ロ ( しきなり停職処分をくらい く、しかも生首の件は忘れろと脅の亡霊クと呼ばれる不気味な言い部よ、、 し文句まで残していった。不穏な伝えがあった。事件を担当するこ査問委員会にかけられることにな ーリツツ主席警部ってしまう。彼が十七年前に捜査 動きを感じたジムは、生首の身元とになったモ 卩し件丿 と、事件に個人的興味をハンナはした女性誘拐殺人事件において、 を確かめるべく調査を始める。 ~ 爭 2 ダ社 ~ h 子集海岸に生首、と物騒な幕開けとそれぞれ独自の方法で捜査を進め犯人逮捕の決め手とな 0 た証拠が ねつ造されたものであったことが 山ン井円は裏腹に語り口は明朗、物語のテることになる 忘者面山リ中。 同じくドイツのネレ・ノイハウ発覚し、その責任を問われる記事 ンポも良く、それこそ浜辺のリゾ 儲邂 「七人目の陪審員』 ()e Septiéme Juré. 1958 ) フランシス・デイドロ 松井百合子 [ 訳 ] 2 , 000 円 / 論創社 「そして医師も死す」 (Doctors Die. 1 2 ) D ・ M ・デイウアイン 山田蘭 [ 訳 ] 1 , 000 円 / 創元推理文庫 、を 0 0 を、 る、民、 0 0 0 第ををい 0 199 HMM BOOK REViEW
り、やがて唐突に終わった。 「 : : : それで、その探し物は見つかったわけ ? それから、兄は笑い疲れたのか椅子の背に寄りかかり、宙に 「もちろん」 ゆっくり手を伸ばした。 ゆっくり太腿のリンパの流れを良くしていく。あの頃と変わ 「兄貴、大丈夫か ? 」 らぬ肌理の細かな二本の太腿をじっくりと指圧しながら上昇す 俺の田いに、返事はなかった。 ると、二つのラインの交点がやってくる。マッサ 1 ジは徐々に 彼の指は、まるで見えない蝶を擱もうとするかのようだっ形態を変え、当初の目的からすれ始める。やがて一通りの営み が終わる。いつも通り そのとき俺は確かに目にしたのだ。兄の目に狂気が宿ってい うっとりするように目を閉じた彼女の顔を見れば、今夜のつ るのを ながりが満足のいくものであったことはわかる 俺は考える。図書館でカラスに言ったことは部分的には嘘だ った。最初に彼を誘惑したのが〈春架〉だとしても、現在の 5 快楽と罠 〈春架〉がカラスを求めているわけではない。むしろ求めてい 「今日、忍が図書館から出てくるところを見たの るのは驟子だ。 驟子がそう言ったのは、驟子のマンションで最近の日課であ俺が図書館から出てくるところを見たというのも、彼女がカ る寝る前のマッサージを行なっている最中のことだった。 ラスの居場所である図書館周辺に意識を向けていた証拠。驟子 「ちょっと探し物があってね」 は今もなおカラスを意識して、その居場所を把握し続けている けんこうこっ のだろう。 俺は背中の肩甲骨の辺りを親指で揉みほぐしながら答える。 まさかカラスに会いにいったところを見られていたとは思わな 「忍さん かった。 「 : : : ど、つした ? 「またラのフラット」 忍さん ? 思わず身構えた。驟子ではない。〈春架〉が現れ たのだ。 彼女日く、俺は嘘をつくと、声がラのフラットになるのだと 「忍さんは死なないでしょ ? 「探し物は本当さ」 「いずれは死ぬさ。今日明日ではないだろうがね」 、 0 169 白い秋とはじまりのサロメ
銃を構え、左手の携帯で足下を照らして、わたしは慎重に ロックの顔が見え、その向こうに天井が見えるというこ 階段を下り始めた。すぐに、携帯は不要だと気付いた頭とは、わたしは仰向けに倒れており、シャ 1 ロックが屈み こんでいるのだ。 上の部屋から差す明かりと、行く手にある地下室の照明と で、階段は真っ暗というわけではなかったのだ。 旨ロ憶か飛んでいる 上の一一人以外に悪漢がいる可能性も考慮し、警戒しなが 後頭部が、ずきんずきんと酷く痛む ら地下室へと顔を覗かせる。・ : ・ : 武器を持って待ち構えて 「何が : : : あった。僕は : ・ : 殴られたのか ? いる人間はいなかった。その代わりに、ひとりの女性が床 床に手をつき、ゆっくりと身を起こす。頭がくらくら に倒れていた。 し、視界が揺れる わたしは駆け寄ると、彼女を抱き起こした。すると、彼 「大丈夫か、ジョン」珍しく優しい言葉を発しながら、背 女は閉じていたまぶたをゆっくりと開いた 中を支えてくれる 「あなたは : 「ああ、なんとか」そう答えながら、記憶を辿る。「ええ 「ドクタ 1 ・ワトソンと言います。あなたがエリーゼさん と、エリーゼさんと話していたら、 いきなり頭に衝撃が走 ですね ? 」 ってーーそうだ、彼女は無事か ? 」 「ええ」 「彼女ならそこだ」 「ハザリーさんから話を聞いて、ここへ来たんです。ハザ シャーロックがあごをしやくった。その先を見ると リ 1 さんを逃がしてくれたでしよう。そのせいであなたが エリ 1 ゼが、床に転がっていた。 ひどい目に遭っていないか、心配してたんです」 彼女も昏倒させられたのか、と一瞬焦ったが、彼女は目 ノサリ 1 さんは無事に逃げられたんです を開いている。その代わりに、手首と足首を縛られている ね。よかった」 ではないか。 彼女が身を起こそうとしたので、わたしはそれを助け 「おい、シャーロック。これはど、つい、つことだ」 「見ての通りだ。彼女を逮捕したんだ」 「なぜ彼女を逮捕しなきゃならん。確かに悪い女二人の仲 間だったかもしれないが、悪事を主導していたのはあの二 人で : : : 」 「 : : : ジョン ! おいジョン、しつかりしろ」 わたしは目を開いた。状況がよく分からないが、シャー 264 ジョンと技師の足指
「そうなんですよ . 相棒の言葉に、フィナールが力を込め フィナールの言葉に、男はうなずいて、涙で濡れた目を て続けた。「女といると、ついてない男たちはありとあらしばたたいた。フィナールとゴンフリエが男の肩を抱き、 ゆる不幸に見舞われるんです。善良だけど、ついてない男三人は森とは反対の方向に歩きはじめた。やがて、男が一言 たちは・ った。 それについては、ここにいるこのゴンフリエ が具体的に話して聞かせることができます。ああ、俺たち「私はランジュロといいます。六十万フランの金利収入が はひとつも悪いことをしていないのに、ちょっとした不運あります」 の積み重なりで、不幸な目にあってしまう。あなたもそう それを聞くと、あまりの高額に、ゴンフリエが思わず ですよね ? ええ、それはちょっとお顔を見ただけでわか「ちくしよう」と言った。フィナ 1 ルは悲しげなしぐさを りますよ。あなたは何ひとっ悪いことをしていないのに、 して、小声でランジュロに答えた。 気がつくと、今のように不幸のどん底にいるわけです 「不運が重なったのだから、仕方がないとはいえ、それな や、これは賭けたっていいですよ、あなたは不幸になってら、なおさら残念でしよう。それほどのお金持ちだった しい人間じゃないって。だって、何も悪いことはしていな ら、何だってできるんですから いんですから : 「いや、収入の話をしたのは、そのほうが、話がわかりや と、その時、突然、二人の腕のなかで、男の身体が重くすいと思いましてね。去年、私は今の妻に出会い、あろう なった。男が声を立てずに泣きだしたのだ。 ことかその瞬間、後先考えすに口説いてしまったんです。 「そう、それでいいんですーゴンフリエが言った。「泣く妻はとても美しい目と優しい声をしていました。優しくて と気持ちが楽になりますからね。ええ、俺たちも泣きましきれいな声を・ 今になって夜半にその頃のことを思い かえしてみると、その声が私を惑わせたんだと思います 「そうそう。それに、気持ちを楽にするんだったら、もっ当時はその声を聞かすにはいられなくなっていました。そ といい方法もありますよ」フィナールが続けた。「それはれは優しく歌うようで : : : 」 仲間に全部打ち明けてみることです。どうです ? そうし「わかりますよ。そういう気持ちってのは、コントロ 1 ル てみては ? だって、俺たちはもう仲間なんですから : することができませんからねーフィナールが言った。他 にもコントロールできないものは、たくさんありますが・ あとさき 112 傑作ミステリ
た「外から覗き込まれないようにしてあるだけじゃない ら、リンゼイ・スタ 1 クに腕をぐいとっかまれて、彼女の のか」 方を向かせられましたよ。何も見えませんでしたけどね 「それだったら、スモークガラスだけで十分じゃないですそんな調子で、一時間ほど走ったところで、車が停まりま か。窓には内側から、カ 1 テンが掛かってたんですよ。前した。 部座席との間にも、やつばりカーテンが車内を明るくし 『着いたわ』リンゼイ・スタークはそう言うと、スライド てあったのも、外をより一層見えにくくするためだったの ドアを開けて車を降りました。私もバッグを持って、彼女 でしよ、つ。もしかしたら、リンゼイ・スタークが私の腿に に続きました。 触ったりしたのも、私の注意を外からそらすためだったの リンゼイ・スター そこは屋敷の玄関のまん前でしたが、 かもしれません」 クは問答無用で私を中へと引きずり込みました。おかげ 「ふむ。君はなかなか観察力があるな。よし、続けてく で、屋敷の外観をちらりと見る暇もありませんでした。 れ」 屋敷の玄関ホールに入ったものの、私はもっと事務所の 「リンゼイ・スタークがあれこれと話しかけてくるだけで ようなところへ連れてこられると思っていたので、意外の なく、質問もしてくるのでそれに対する答えを考えねばな 念をぬぐえませんでした。 らず、すぐにどちらへ向かって走っているかすら判らなく リンゼイ・スタ 1 クは私の腕を擱んだまま、ここで足を なりました。実際、やたらと角を曲がっていた記憶があり 止めました。 ます。同じ方向に続けて曲がって、元の方向へ戻っていた 『念のため確認しておくけど、あなたは職業上の秘密を絶 んじゃないかな、とい、つこともありました」 対に守ってくださいますよね』 「君の考えは正しいーとシャ 1 ロック。「目的地が出発地 『それはもちろんですよ守るのが当然ですし、もしも守 からどれぐらいの距離にあるのか、どちらの方向に位置すらなければ信用問題ですから、今後の仕事に差し支えま るのか、分からなくするための措置だ。本当なら、目隠し をしたいぐらいだったに違いない。だがそうすると、君に 『よかった。では、ここで見るものについては、絶対に秘 不審の念を抱かれるから、そこまではしなかったのだな」 密にして。鵜の目鷹の目でこちらを狙っている商売敵がい 「やつばりそうでしたか。自動車が曲がる際にカーテンが てね。あたしたちがやっていることを、絶対に知られるわ 揺れて、隙間が出来たときにちらりとそちらへ目をやった 。 ( ( いかないの』 250 ションと技師の足指
れる分しか空いていない。 を忍ばせて続き部屋へ戻る。そこは、白い煙がたちこめて ラックの棚には、やはり 3 プリンタで作ったとおばし き物体がすらりと鎮座していた。そのひとつを手に取って 待っことしばし。先刻の壁が、ばたんと四角く開いた そこから、けほんけほんと咳をしながらプロンドの女性が検分してみたが、全く予想していなかったものだったの で、わたしは困惑した。それはさっきの部屋にあったよう 出てきた。続いて、黒髪の女性が な、美少女フィギュアだったのだ。肌もあらわで身体の線 シャ 1 ロックがひとり目の女性の頭に拳銃を突きつけた こそ出ているものの、ポルノ的なものではなかった。 ので、わたしも二人目の女性に突きつける 「これは・ 「動かないでもらおうか」とシャーロック。 わたしが戸惑っていると、やはりフィギュアのひとつを 女性たちは、凍りついた。 「くそっ。騙しやがったな」と、プロンドの女性が吐き捨手にしていたシャーロックが言った。 てるよ、つに一言った。 「それは形を見るんじゃない。材質を調べるんだ」 彼はフィギュアの表面を爪で削ると、その指を口に突っ シャーロックがまたしてもポケットに手を突っ込んだ。 込んだが、すぐにべっと吐き出した。 もう、何が出てきても驚かない。 「やつばりな。これは普通の樹脂製じゃない。麻薬を混せ 彼が取り出したのは、結東バンドだった。女性たちの両 た素材でできている。フィギュアの形で密輸し、受け取り 手首を後ろで固定した。続いて、両足首を 手はこれを溶かして麻薬だけに分離させる、という寸法 黒髪の女性が「くそっーと毒づく。 さ。ここにある分だけで、末端価格にしてひと財産ある 「悪く思わないでくれ、ご婦人方」とシャーロック。「こ ぞー こまできて逃げられては、困るんでね」 「じゃあ、あっちの部屋にあった、女性器レプリカは : その外見からして、ひとり目がリンゼイ・スタ 1 ク、二 人目がべッキーだと判った。シャ】ロックは、縛った二人 「めくらましさ。こそこそと 3 プリンタを使っていると を床へうつぶせに転がしておく ころであれが見つかれば、そのために秘密の作業をしてい シャーロックが、女性たちが飛び出してきた隠し扉をく たんだな、と思い込む。それ以上は、詮索しないだろう」 ぐったので、わたしも続く。そこには金属製のラックが何 納得したわたしは、はたと気付いたことがあった。 列にも並んでいた。ラックの間は、人がひとりぎりぎり通 262 ジョンと技師の足指
静かなエンジン音に気づいたのは、校舎を出て校門へ向かう 「杉村せんせ・ におうのみや べく、教師たちの駐車場の脇を通り抜けようとした時のこと。 「地味でダサい古典教師に、匂宮が何の用 ? 」 音源は、青のフォルクスワ 1 ゲン・ゴルフ。一見、誰も乗って 普段教壇で聞くのとはまるで違う、掠れた繊細な声だった。 いないようだったが、近づくと、運転席のシートを倒して女が 匂宮とは、『源氏物巴に登場する遊び人の男の名だ。そう 眠っているのが見えた。 呼ばれたことで、俺が彼女にどんな風に思われているのかはわ かった。 スカートがはだけ、黒のガーターストッキングとのコントラ ストで白さの際立っ太腿が覗いている。きわめて粒子の細か「・ : いや、死んでるのかと思ったので : : : 」 「助けてくれようとしたわけ ? 、しっとりと白い肌だ〈歩く女百科全書〉を自称する俺の きめ 眼鏡にかなう女はそうはいない。道子もそうとう肌理が細かい 「まあね」もちろん、ロから出まかせだった。 が、これほどではない。 「華影忍君。あなたと話しているところを見られたら、女生徒 しかし、すぐにそこが教師用の駐車スペースであることに気にあらぬ疑いをかけられるわ。今後は謹んでちょうだい こわくてき づいた。こんな蠱惑的な太腿をもった女がここの教師にいただ どう答えたものか一瞬躊躇した隙に、驟子は車のエンジンを プつ、つか ? ・ 吹かし、「早くお家へお帰りなさいーと言うなり車を発進させ 俺は窓をノックした。彼女は目を醒まし、こちらに目を向け たたず た。それでもなお、俺はその女の正体がわからなかった。窓が 車を茫然と佇んで見送りながらも、頭の中には彼女の黒いス 開く トッキングと白い太腿しか浮かばなくなっていた 「お身体の具合は、大丈夫ですか ? もしも興味が、あらゆるものとの距離を決定づけるのだとし するとーー彼女はキリッとした目で俺を睨みつけ、手を伸ばたら、俺が驟子に興味を抱いた時点で、いすれ彼女の太腿に触 して俺のネクタイをきゅっと締めたのだ。 れる日がくることは決まっていたのかも知れない 「家に帰るまではネクタイ、ちゃんとしなさい」 3 相談と猥談 気後れした。こんな展開は予想していなかったからだ。 クスリと彼女は微笑み、眼鏡をかけた。 「話してよ、お兄さんのこと」 かす 162 白い秋とはしまりのサロメ
指 としてコ】ヒーを飲みながらカルテの整理を始めると、携かった、患者を連れてきましたよ」 彼は男を椅子に座らせた。男は中肉中背で、三十代前半 帯に電話がかかってきた。こんな時間の着信に瞬はぎよ ン だろうか色白で、茶色の髪と茶色の目。その目は、どこ っとしたが、表一小を見るとシャーロックだった。最初から か空中の一点を見つめたままだ。明らかに、様子がおかし 電話を掛けてきていれば出たかもしれないが、今のメ】ル 、 0 のやりとりの後だ。そのまま放置して、留守電になるのを 「いやはや、参りましたよ」と運転手。「この男、よろよ 待つ。切れた後で録音を確認する。 ろとよろけながら道路に出てきて、俺のタクシ】を止めた 『出ろよ。 : : : 帰りにビスケット買ってきてくれ』 それだけだった。仕方ない、帰りがけに二十四時間営業んですよ。乗せたはいいけれども、車内で吐かれでもした のスーパーマーケットに寄ってやろう、と思った。 ら面倒だな、と思っていたら、それ以上に面倒なことにな 明け方となり、わたしのシフトももうすぐ終わる、そん りましてね。酔っ払ってたんじゃなくって、足をひどく怪 な時間に問題の患者がやって来たのである。診察室に入っ我してたから、よろけてたんです。後部シートの足下が、 てきたのは、顔なじみのタクシー運転手だった。わたしは すっかり血だらけでね。この後、掃除が大変ですよ。それ 以前、彼の病気を治してやったことがある。それは下半身 じゃ、後はお任せしましたよ、ワトソン先生」 そう言って、運転手は止める間もなく立ち去ってしまっ の病気で、人にはあまり言いにくいものだったため、完治 した際には大いに感謝された。同世代だったこともあり、 わたしは、患者に目をやった。よく見ると、顔は色白と わたしに親近感を抱いたようだ。運転手はそれ以来、乗客 いうよりも蒼白だった。それも尋常ではないほどで「紙の に「どこでも、 しいから病院へやってくれ」などと言われた 際には、必ずわたしのところへ連れてくるようになったの ように真っ白な顔色ーというやつだ。足下を見ると、左の だった。 靴の先がちぎれたようになくなって、そこから真っ赤に染 今回も、患者は彼自身ではなく、彼の連れてきた人物だ まった白い布が覗いていた。 った。運転手は、ひとりではまともに歩けない様子の男に 「お名前を教えてください」とわたしは尋ねた。だが、返 肩を貸していた。 事はない。仕方ない、相手が誰であろうと、怪我をした人 「どうも、ワトソン先生、おはようございます。こんな時がいれば治療を施すのが医者の務めだ 間だけど、先生がいらしてくれて良かった。客ーー・ーじゃな 「傷を診ますから、怪我をしている方の足の、靴を脱いで 244