すごいなあ、お前の故郷まで見えそうだ」 顔色が変わった。しまったと思ったが遅かった。 「ツイテクルナ ! 」 「そんなこと : : : でぎるわげねえべ」 ずんずん歩くジャスミンの後ろを、おらは必死に追い かけた。皆が指さして笑っていた。かまうものか ふいに、ジャスミンの足が止まった。 見ると、目の前に大きな空があった。目が痛くなるほ どの青い空に、白いうろこ雲が、ぼっぽと浮かんでいる どこかから太陽が反射し、龍の鱗のように光っていた。 ジャスミンは窓に張り付いて空を見た。 そして目を閉じ、お祈りを始めた。その後ろ姿を見て いたら、なんだか、たまらなく悲しくなった。 帰りたいんだな、ジャスミン。おらの大事なジャスミ ン。分がったよ。大丈夫だ、おらに任せでおげ。 緒に祈ろう。ジャスミンが幸せでいられますように。 高速エレベーターで 3 階まで降り、お土産売り場を並 シャスミンは肩を落としたままだ。 んで歩いた。、 「ねえねえ、そこの御両人 ! 記念に一枚どう ? 」 彼の周りには、幸せそ 似顔絵描きのお兄さんだった。 , うに笑っている沢山の絵が飾られている 「どう、みんな幸せそうでしょ ? 俺の似顔絵、縁起い いんだから」 「 : ・・ : ウソッキ」 「うそじゃないよー、ほんとほんと」 「シャシン、ホント、エ、ウソネ」 「あー、わかってないなあ。似顔絵はね、嘘つけないの よ。ほんとのことが出ちゃうの。だからこの絵の人たち、 みいんな幸せ。ほんと、ほんと」 ジャスミンは、ふんっと顔を背けた。 「ああー、信じてないんだ。もったいないなあ 2016 年婦人之友 12 月号 162
左の頬に、ジャスミンの視線を感じる。彼女は今、ど んな瞳をしているんだべな。 「どうしても一目、写真の女性に会ってみだぐなって んでもね、ほんと、会うだけで良がったんです。一目顔 を見で、そのまま帰って来ようど思ってました」 「そしたら ? 」 「向こうに行ったら女性か川人ぐらいいで。皆で、カラ オケに行ったんです。集団お見合いだがら、個室がいい んですって、周囲の目があるがらねえ」 「なつほい」 : で ? なに歌ったんですか ? 」 「お兄さん、面白いごど聞ぐなあ。そんな質間されだの、 初めでだっちゃ」 「だって、カラオケでしょ ? 歌わなくちゃ」 「んだんだ、まったぐ、そのとおり ! おらはな、『嫁 に来ないか』を歌ったの。新沼謙治の」 「直球ですね」 「そしたら、ジャスミンがいつばい拍手してくれだんだ。 こんなおらに笑いかけてくれて : おらと一緒に日本 に行ってもいいと」 「すごいじゃん ! 」 いや、もちろん、それがお金のためだってことぐらい おらだって分がってます。ジャスミンは、家族のために 日本に来たんだもの。好ぎでもないこんなオヤジと」 ジャスミンのめんこい手が、膝の上で、ぎゅーっと握 られていた。血管が浮き出るほど強く 「感謝してるんだ。今でもよ、毎朝、起きると不思議に 思うの。自分の家の台所に、めんこいジャスミンが立っ ている姿を見て、夢じゃないかと頬っぺたつねってみる んだ ・ : んでも、そういう幸せも今日で最後。彼女を、 おらの大事なジャスミンを、故郷に返してあげるって、 さっき決めました。んだがら、これが最後のーー」 突然、大きな音がして椅子が倒れた。見ると、ジャス ミンが仁王立ちしていた。 「バカニスルナ ! 」 見たこともないような怖い顔で、震えながら睨んでい : なんだ、どうした、おらのジャスミン 「ダカラ、アナタ、キライ ! ジプン、キライナヒト、 ワタシ、キライ ! 」 大きな瞳から、今にも涙が零れ落ちそうだ。 「イツモ、イツモ、アナタ、ナニモワカッテナイ ! 」 : おい、どうして、泣ぐんだ ? 「ワタシ、アナタ、スキ ! 」 ・ : ああ、なんてことだ : おらはロを開けたまま、固まった。よっぽど呆けた顔 る 2016 年婦人之友 12 月号 164
ジャスミンのよく通る声は、隣の席のおばさんたちに、 ばっちり届いた。関西弁でよくしゃべる元気なおばさん たちで、なぜかみんな動物の柄がついたものを一つずつ 身に着けている。ハイカラだ。きっと今はこうい一つのが 流行っているのだろう。家で待ってるおっかあに、土産 に買っていってあげるがな。 「ジャスミン、 いっぺ食べろな。ほら、豆腐好ぎだべ。 おらの分もあげるぞ」 「イラナイ」 ジャスミンの冷たい返事を聞いて、おばさんたちがふ き出した。こそこそと顔を寄せる姿を見ていると、声が 聞こえなくてもだいたい会話の中身は想像がつく。 外国人の女の人と、親子ほど年の離れた日本人のおっ さん : : : おらたちのことを、どういう関係だと思ってい るんだべ ? まあ、きっと想像しているとおりだから、 しちいち反論もしないし、目くじらも立てない ジャスミンと結婚してから、おらはもう、誰に何と思 われようがいいたった一人の女性にだけ、嫌われなけ ればそれで充分だ 日本に来てから 2 カ月が経つが、食事がロに合うらし く、ジャスミンは大抵のものは美味しそうに食べてくれ る。おらはその顔を見ているだけで幸せな気持ちになる のだ。もぐもぐと可愛らしく動くほっぺたを、ずっと撫 でていたい。さすがにそれは無理なので、よく日に焼け た愛くるしい顔にカメラを向けた。 「タベル、トラナイ ! 」 怒られてしまった。少し前までは、どんなときでも、 ヒースサインで応えてくれたのに。 隣のおばさんたちが笑いをこらえている まあ、 今日はおらたちの新婚旅行なのだ。 結婚してから 2 カ月も経ってしまったが、農繁期に畑 を離れるわナこ ) 、 しーし力なかった。酷暑の中、頑張って働い て、ようやくこの日を迎えることができたのだ。 ひと 他人様は関係ない二人が楽しければいし 新婚旅行はどこへ行きたいかと聞いたら、ジャスミン はすぐに「トーキヨー」と答えた。ハワイでも、グアム でも、北海道だっていいのに、絶対、東京に行きたいと 言う。だから今日、このバスに乗った。 食事を終え、早めにバスに戻ると、バスの運転手さん が体憩中だった。おらの顔を見て、何かを言いたそうに 口を開いたが、ジャスミンと目が合い、ロを閉じた。 運転手さんは、きっとおらのことを心配しているのだ。 ジャスミンがこのツアーの途中で、どこか東京の雑踏の 159 2016 年婦人之友 12 月号
東京バスがール物語 連載小説 4 「皆さま、こちらがお食事会場になっております。テー プルに人数が書いてありますので、お連れさま同士、一 緒にお座りください本日ご用意しました昼食は、″江 戸のエコ行楽重〃と申しまして、どの料理も江戸時代の 料理書を参考に再現された江戸時代の味でございま めんこいバスガイドさんの指さした先には、三段に積 み重なった黒塗りの重箱があった。 「嫁に来ないか ) 」 〈一話読みきり連作短編〉 作あべ美佳 画たなかみか みんな行儀よく席に着き、その小ぶりな重箱をひとっ ひとっ開いては歓声をあげている。女の人は、こういう ちょこちょこした食べ物が好ぎだな。 おらの大事なジャスミンも、くんくんと匂いを嗅いで、 ピンク色のほっぺたをふんわりさせた。女の人は食べ物 を前にするといい顔になる。このまま機嫌が直ってくれ ればいいんだげど。 そうなのだ、今朝から少し機嫌が悪かった。 いや、もうしばらく、ジャスミンの笑った顔を見てい ないような気もする 「コレエコ ? ニホンジン、ヘン」 物 . 電′ 00 第 0 JASRAC 出 1 612348-601 2016 年婦人之友 12 月号 158
中に逃げ出し、おらの前から姿を消すのではないかと そうなったらなったで、しようがないと思っている 縛りつける権利は : : : あるのか、一応。結婚しているわ けだしな。んでも、人の心を縛ることなんて誰にもでき ない彼女の心かおらにないことぐらい、はなから分が っている バスは次の目的地へ向かって走り出した。 ジャスミンは額をこすりつけるようにして国会議事堂 を見ている。少しはこっちを見てくれてもいいのにな。 「この辺りでまた、歌のリクエストを承りたいと思いま す。皆さん、いかかでしよう ? 」 歌、かおらは歌が得意だ盆踊りの、のど自慢 大会で 2 年連続優勝している。ここはジャスミンにいい ところを見せようではないか。曲は何がいいべがな 考えているうちに、ガイドさんは別の人を指名してし まった。当てられた男の人は、何やらハイカラな歌を、 小さな声で歌った。お世辞にも上手とはいえないけど、 なんだか胸が温かくなるような歌声だな。 「ありがとうございます ! 春夏秋冬、素敵な曲ですね。 これからバスは六本木の街に出てまいります」 「ロッポンギ ? 」 ジャスミンが慌てて窓の外に視線を投げた。 いつの間にか、街を歩く外国人の姿が目立っている 「夜も賑やかな六本木ですが、最近は美術館や商業施設 などもできており、お昼間もたいへん賑わっております。 右を : : : 失礼しました、左をご覧ください東京ミッド タウンが見えてきました。かっての防衛庁跡地です」 ジャスミンは身を乗り出して、多くの外国人が楽しそ うに談笑する姿を見ていた。 「人がいっぺ歩いでるなあ」 「ヤマガタ、チガウ」 「そりゃあ、ここは日本一の歓楽街だもの。フィリピン とだって違うべ ? 」 「チガウ : ニテル」 バスが交差点を曲がるとき、一瞬、タガログ語が聞こ えたような気がした。振り返って探していたが、声の主 シャスミンの顔が険しくなった。 は分からなかった。、 おらたちの一番の目的地、東京タワーへ到着した。 ハンフレットを見ていたときはあんなにはしゃいでい たのに、ジャスミンはまったく喜んでくれない 「ここから先は、東京タワーのガイドさんにバトンタッ チです。皆さま、集合時間、お間違えのございませんよ うに。それでは、いってらっしゃいませー」 2016 年婦人之友 12 月号 160
「わたし、るるあです」 ハクのるるあは、あいさつもそこそこに、 ざいりよう 部屋の中の材料を、見まわします。 「わたし、ドアにかかっているのと 同じリース、作らないとだめです」 「同じのより、るるあだけのリースを、 好きなように作ってみたらどうかな ? 」 こふじさんの目を、 かな みあ るるあが悲しそうに見上げました。 「学校の友だち、同じものを作らないと、 なかよしじゃないと言います。 外国からきた子は、ちがうのねって」 2016 年婦人之友 12 月号 110
を一 ほとんど手間がかからず育っパセ 根 たす おすすめは苗からで、耐寒性と は意 一つ主 耐暑性のある品種が販売されていま しょ す。たくさん育てたい場合などは、 種まきを。冬の低温では生育が鈍る 根深 ので日だまりに置くか、寒冷紗をか 成長期や収穫後は、様子を けると少量収穫できます。容器植え 見ながら置き肥や液肥で追 なら、夏は半日陰や涼しい場所に移 動を。高温で外側の葉が黄変すると肥。特に鉢植え。 鉢植えは土の表面が乾いた きには、寒冷紗で日よけします。 水らたつぶりと。水切れに注 キアゲハの幼虫は、大食漢なので、 意。庭植えも、乾いたら水やり 見つけ次第とり除きます。 本葉が川 5 燔枚になったら 市販の苗は、本葉 556 枚 苗 外側の葉の根元から採る の頃に植えつけ ( 下図 ) 。 常に葉を 85 川枚以上残し養うと、 プランタ 1 なら 253 株、 器 容 再び成長して収穫できる。花芽が上 7 号鉢なら 1 株植える がってきたら、早めに摘んで葉の収 容器植えは花用や野菜用の 土 用培養土。庭植えは植えつけ一穫期を延ばす。花後、種が大きくな って充実し茶色がかってきたら、花 1 カ月前に苦土石灰をまき、耕す 茎ごと穫って屋内で追熟乾燥。種ま 川日前に堆肥と緩効性肥料を施し、 きに利用できる。 耕しておく。 5 育て方 5 肥料 穫 収 たる 空集 穴し 気か 蕉し の吊 す入 やを ち穂 号 落に 月 袋 種紙 友 之 き鉢やプランターに培養土を 人 ・種入れて薄くばらまきか、数年 粒ずつ点まきに。好光性種子のため、 イ . パセリの花 レタスと寄せ植えにも。長さ 45cm のプ ランターに植えたところ。お互いに大 きくなるので、株間をあける。
堀満足なんてしませんよ。未熟を発見するために描くん堀そうそう。ドプにはまっちゃっているようなものです 中島このあいだも、「どうしても行きたいところがある、 ですよ 河原自分と向き合っているようなものですね。自分の未オーロラをまだ見ていないから」とおっしやって 熟さや弱さ、あるいはふるえる心と向き合って、それが絵河原私も見たことがないので、見てみたい。 堀あなた、行ってみたいと思ったらね、矢も盾もたまら というかたちになって人に届くんですね ず行っちゃうことです 堀そうなんです。 中島だから間歳目前で言葉がわからなくてもイタリアに 河原だからひび割れの絵も、人の心に届く。その方は、 行っちゃった。ぶどう畑の中にある貴族の館に住んで。工 自分のために描かれたと思ったんじゃないでしようか レベーターもない 3 階のお部屋にすたすた上り、 5 年間、 中島この絵はうまくいったなんて自分で思ったら、もう とっくに絵描きなんてやめてます、と先生は言うんですね。絵を描きつづけた。 堀私は絶対に、行きたいところに行くんです。人間が生 納得いかないから、一生描き続けている。 きているところだから、なんとか生きられます 中島行歳の時はアマゾンに。直前に足を挫いたので皆で 止めたんですが、「まだ死んでないから行きます」って 堀このつぎはあの世です。あの世からは帰ってこられま せん 中島失うものを誰しももっている。先生にだってあるん です。でも先生は、それを顧みないから。 河原関東大震災を体験して「在るものはなくなる」と 5 歳にして悟ったことが、根底にあるのでしようか行きた いと思ったら、いま、行かないと 堀私、木の上に、箱で部屋をつくって暮らしていたこと 24 、 5 歳の頃 ( 撮影土門拳 ) 81 2 田 6 年婦人之友 12 月号
百才の笑顔と握手敬老日 黒木正子 ( 東京 ) 山と谷ある人生や墓洗ふ 藤城羊子 ( 東京 ) 説教の帰路や離れぬ赤き月 豊田昭子 ( 可児 ) 山墓の道を狭めて花芙容 長村さかゑ ( 日野 ) 梅布巾に佛具ぬぐひて盆準備 松本湛子 ( 橋本 ) おほかたは夫に頼るや秋の庭 大田年代 ( 神戸 ) 連日の草刈り修行僧めきて 内田南美子 ( 佐賀 ) 蝉時雨猫もとまりて耳すます 井上清美 ( 前橋 ) 乾杯に非す献杯夏館 池田亜紀子 ( 新潟 ) 登校の子等にすいと来秋茜 藤方節子 ( 藤沢 ) 《選後に》 フェニックスのみ搖れてをり夏木立 本田文 ( 船橋 ) 秀逸の句に「来ぬ」という表現があ ります。これは「きぬ」と読み、「来た」 窓下の虫におやすみ灯り消す の意。「夏は来ぬ」などでおなじみで 鈴木弘子 ( 中津川 ) すね。ところで同じ表記を「こぬ」と 読むと「来ない」の意になります。せ 初秋のビー玉供へられ遺影 つかくですので、「来ぬ」と「来ぬ」 佐藤浩子 ( 桑名 ) の文法的違いを次に記します 「来ぬ」カ変動詞「来 ( く ) 」の連用 手の皺を翳し合ふ夜の虫の声 田中キョ子 ( 鹿島 ) 形 + 完了の助動詞「ぬ」の終止形 「来ぬ」カ変動詞「来 ( く ) 」の未然 濡れて照る十五夜仰ぐ妣の忌日 高坂玲子 ( 新発田 ) 形 + 打消の助動詞「ず」の連体形 「来ぬ」は「完了の助動詞」が付くか 雲はしり蜩はたとなきやみぬ ら「来た」の意。「来ぬ」は「打消の 教誓星子 ( 広島 ) 助動詞」が付くから「来ない」の意な のですね。文法はとつつきにくく感じ 通夜終へて戻る脇道虫しぐれ られますが、時には俳句のための文法 高橋美也子 ( 観音寺 ) 書など繙くのも楽しいものです グランドとテント一つに体育祭 井川清子 ( 四国中央 ) 地に潜り蟻の営み見てみたし 秋野晴子 ( 京都 ) 生きもののごとく上りて美く花火 小谷敦子 ( 相生 ) かざ 〔募集要項〕投稿は本誌読者に限り、未 投稿、未発表のものを一人葉書一枚五句 まで。住所・氏名・年齢を作品側に明記の上、 婦人之友社編集部生活句集係宛にお送り ください。締切は毎月一一十日婦人之友社着。 秀作には賞を呈します 173 2016 年婦人之友 12 月号
人 ( 綺麗なお辞儀で、バスガイドさんが見送ってくれた 高速エレベーターに乗ると、今度は違う制服を着たお 嬢さんが、流ちょうなガイドを披露してくれた。 「本日はご来場くださいまして誠にありがとうございま す。エレベーターはこれより、 150 メートル大展望台 まで参ります。東京タワーの高さは 333 メートル、昭 芻年に完成いたしました。このように 3 という数字にご 縁がありますので、当時は『 3 づくしの塔』などと呼ば れておりました」 同じ話を一日に何回するのだろう ? しかも上がった り下がったり、大変な仕事だなっす。そんなことを考え ていると、あっという間に展望フロアへ着いた 目の前に広がる大パノラマに思わず声が出た。だが、 ジャスミンはおらを無視して反対方向へ進んでい 「なあ、ジャスミン、ソフトクリームでも食べつか ? この下にお土産屋さんもあるぞ。欲しいものはなんでも 買ってやるがらな」 景色も見ず、真っすぐ下りのエレベーターに乗ろうと しているのを見て、思わず、腕をつかんでいた 「どごさ行ぐんだ ? 」 : トイレ」 「ついさっき行ったばっかりだべ。ほら、景色見でみろ 161 2016 年婦人之友 12 月号