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検索対象: 小説トリッパー 2014年秋季号
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1. 小説トリッパー 2014年秋季号

のだが、 暴力団排除条例などが制定される流れを読んで組が解れたものだ。 散したことを契機にヤクザから足を洗った。 「お前には何も遺してやれない。せめて大学に行かせたことだ 商売センスに長けた男だったが、組の中では暴力沙汰を好ま けで勘弁してくれ。銀行よ、、。 ′ ( ししそこで真面目にやれば道は開 ず、金融ビジネスを担当していた。 ける」 足を洗ってからは、本格的に金融ビジネスに参入して、かな 山形の田舎で農業を営む父は言った。 りの稼ぎを上げている。 織田が最初に配属になったのは大阪の支店だった。仕事は戸 「あの人とはどういう付き合いなのよ。いっから付き合ってい 惑うことばかりだったが、 それ以上だったのは行内の派閥争い るの ? 」 だった。 「柳井との付き合いは自由が丘支店にいるころだよ」 大洋銀行と産業銀行の争いだ。配属になった支店は、統合店 弥生の舌が、織田の乳首を舐め始めた。頭の後ろがしびれる という名でよばれていた。それは一一行がそれぞれ同一地域に持っ ような快感が走った。 ていた支店を一つにしたという意味だ。 そのため支店長は大洋銀行出身、副支店長は産業銀行出身だっ 織田は、現在五十二歳だ。ミズナミ銀行審査第一部審査役と た。他の統合店では支店長が産業銀行、副支店長が大洋銀行と いうのもあった。 いう役職についている。支店から上がってくる融資案件を審査 するポストだ。審査役としての融資承諾権限はあるが、たいて 行員たちも同様にそれぞれ大洋銀行派、産業銀行派と別れて いは審査部長の承認を仰ぐ。言ってみれば、支店と審査部長と いた。食事も会合も何もかも別々だった。いがみ合う理由も分 の繋ぎ役のようなものだ。 からない。 一つの支店なのに二つの銀行があったも同然だった。 このポストについているのは、織田のような年配者が多い 織田は、大洋産業銀行で入行したにも拘らず大洋銀行派と認 日 支店長や副支店長などを経験した者たちだ。このポストを経て、 識されていた。ある日、昼食時に産業銀行出身の副支店長と談 し 融 再び現場に戻る者もいれば、ここを最後に関連会社などに出向笑していたら、「お前、自分がどっちだか分かっているんだろう する者もいる。織田は、自分ではもう一度、現場に戻りたいと な」と大洋銀行出身の課長に耳元でささやかれた。 行 思わないでもないが、きっとこのまま出向だろうと諦めている。 その時、腹部に激痛が走った。うっと呻いてその場に倒れた。 けいれん 織田が、大学を卒業し、ミズナミ銀行に入行したのは、今か救急車で病院に運ばれた。診断は、胃痙攣だったのだが、医者巨 ら二十九年前の一九八四年、昭和五十九年のことだ。 は「相当、ストレスが溜まっていますね」と言った。世間のこ まだそのころは大洋産業銀行だった。 抗 とをまだ何も知らない新入行員の身には行内の派閥争いは酷く 大学を卒業して銀行に勤務すると両親に話した時、大喜びさ辛いものだった。

2. 小説トリッパー 2014年秋季号

八神は、頭を下げた。 リテールも企業金融もなにも分からない、頭でつかちの興産の 「何をおっしゃいますか、頭取。私こそ、頭取をお守りできな 言いなりです。これではミズナミの未来はありません」 かった悔しさに、今も時々、うなされることがあります。あの 両手で顔を覆った。涙を流しているのだ。 山村が、 時、何をすればよかったのか。今も考えるのです。大洋産業の 「山村君、君は広報だよ。広報がそんなことを口に出したら、 奴らは、一向に情報を上げてこない。システムのどこに不具合それだけで大ニュ 1 スだ。君の立場はなくなってしまう。ここ が起き、何が根本的な問題なのか全く把握していないんです。 ではいいが、ゆめゅめ、気をつけてくれたまえ。なにせミズナ 震災前の、ミズナミスタ 1 トでのシステム障害の教訓を生かし ミにはそれぞれのトップにご注進するゲシュタボのような秘密 ていない。あの時が、ミズナミのシステムを根本的に作り変え 警察があるっていう噂もあるからね。どこで足をすくわれるか る絶好のチャンスだった : ・ それなのに大洋産業の奴らが自分かったもんじゃない。この会合だって、誰かに見られている 分たちのシステムに固執したものだから : : : 」 可能性がある」 岸川が呻くように言った。 八神が神妙な顔で言った。 「岸川君、それ以上言うな。ここにいる現役の山村君が困るだ 「ご心配なく。こんな通りから外れたところは目立ちませんか にしまえ ろう。君の言う通りだ。しかし、西前さんだって責任がある。 それで妥協したんだからな」 岸川が言った。 西前隆夫は旧扶桑銀行出身で、ミズナミフィナンシャルグルー 「いやいや、身を隠すなら都心が一番というではないか。賑や プで絶大な権力を持ち続けた。退任後も会長職に留まっていた かな雑踏が一番目立たないんだ。ゲリラ戦の鉄則だよー が、特別顧問を経て、二〇一一年六月にその職を辞した。二回 八神がにやりとした。 目のシステム障害の責任を取ったものと言われている。 「我々はゲリラですか」 「西前さんもいい加減だ。ワンバンクにするのはいい。 岸川が愉快そうに言った。 なぜ藤沼主導で、大塚が残り、八神頭取が外れなくてはならな 「ゲリラになりましよう」 いんですか。扶桑出身のトップがいなくなったんですよ。私た 山村の白目は涙のせいで赤く血走っていたが、声は弾んでい ちは、扶桑がトップバンクだから入行したんです。そうでなけ れば入行しなかった。大洋産業のような中堅銀行じゃない。金 「そうであれば私も一つ、動きますかな」 融界のルールだって自分たちが決めていたんです。大洋産業じゃ 八神の一言で、岸川と山村が押し黙った。二人は八神を見据 ない。三行経営統合だって、大扶桑銀行を作り上げようという えていた。八神は静かに話し続ける。 野望があったから賛成したんじゃないですか。今のままじゃ、 「北沢がパシフィコのせいで殺されたのかどうかははっきりと たかお しかし、 ら 167 抗争ーーー巨大銀行が溶融した日

3. 小説トリッパー 2014年秋季号

織田が、厳しい目で睨んだ。余計な口を挟むなと目が言って 「なせなのかしら ? 」 いた。弥生は、慌てて口元を抑えた。 「実は言いにくいことですが、相続争いに絡んで社の創業者 「本当よね。こんな利息はないものね。この人は、こんな高い 一族が相続税法違反で逮捕されたのです。そのような会社に関 利息をどうやってお払いになるのかしら ? 係することはコンプライアンス上問題だと他の二行、日本興産 芳江が小首を傾げた。当然の疑問だった。こんな高利で資金と扶桑から言われる可能性があると懸念されたのです。それで を調達したら破綻してしまうだろう。 この問題は大洋産業だけで解決したいということになりました。 「実は、それほど長い期間ではないのです。半年以内には全て 三つも銀行が一緒になりますとややこしいのです」 の投資家に元金と利息をご返済できると思っています。要する 織田は苦笑した。 に急ぎの資金なのです」 「合併とか、統合とか、いろいろ大変なのね」 「それで金利が高いのね」 芳江が顔を曇らせた。 「その通りです。ご理解が早い [ 「 << 社の新しい経営者は、専務で創業者に代わって実質的に経 「ではいったいいくらお集めになるのかしら ? 弥生さんは百営されていた人です。その人が大洋産業銀行の元頭取にご相談 億円とおっしやっていたけど」 され、その方が私の親しいミズナミ銀行の顧問税理士に相談さ 「ええ、百億円を集めたいと思っています。ただ、今のところれ、投資家を募ってくるのは私に頼みたいということになった 八十億円しか集まっておりません。私の力不足もあるのですが、 のです。資金が集まりますと、という印刷会社から株を買い なにせ極秘業務なものですからー 取り、しかるべき時にこの : : : 」 織田は眉根を寄せ、苦しそうな表情になった。 織田が書類を指差した。そこにはミズナミ・インベストメン 「どうして織田さんがそんな極秘業務をやっているの ? 」 トと表記してある。 「そうですね、それを説明しないといけませんね。この銀行は、 「ミズナミ・インベストメントは、べンチャ 1 企業などに投資た 三つの銀行が一緒になっているのはご存じですね」 をする関連会社なのですが、そこに株を引き取ってもらい、そ 「ええ、知っているわよ。大洋産業、扶桑、日本興産でしよう ? 」 の後は別の会社がを子会社化することになっています。その 行 「私は、大洋産業出身なのですが、この << という会社は大洋産間の投資の差額を月利二 % で還元しようとするものです。そこ 大 巨 業の一行取引先なんです。歴代の頭取もこの会社と親しくて、 まで決まっています」 相続争いが起きた時には心を痛められました。そこで今の社 「随分回りくどいことをするものなのね」 抗 の社長が大洋産業の元頭取に今回の件をご相談されたのです。 芳江の目が鋭くなった。 他の銀行に知られたくはなかったからです」 「一見、そう見えますが、銀行の事情を考えますと、多少、回

4. 小説トリッパー 2014年秋季号

芳江は微笑んだ。 芳江は、まるで独りごとのように呟いた。 その微笑みに力を得たのか、弥生は少し元気になり、小さく 弥生が、意を決したように顔を上げて、芳江を見つめた。 頷いた。 「奥さま、黙っていて申し訳ございません。私は、織田さんと 芳江は、弥生の真剣さを見て、織田と付き合っていると悟っ お付き合いをしております。二人ともいい年ですので正式に式 た。織田は、離婚し、今は独身でいる自分の妹と暮らしている を挙げるかどうかは分かりませんが、結婚をしたいと思ってお と聞いたことがある。弥生も独り身だ。大人の二人に男女の関ります。今回の仕事が無事、終われば一緒に暮らそうと言われ 係があっても何も不思議なことはない。 ております。その際には、この家から出て行くことになります しかし、と芳江は夫のことを思った。 が、その決心がなかなかっかなくて : 良くして頂いている 芳江の夫は、彼女に一切、金の心配をかけなかった。事業に 主な登場人物 行き詰まり、資金繰りに苦労したこともあるに相違ないが、妻 橋沼康平 : ・ : ミズナミ銀行コンプライアンス統括部総括次長。旧 大洋産業銀行出身 に金の心配をさせないことを信条にしているかのようだった。 倉品実 : ・ : ミズナミ銀行常務兼コンプライアンス統括部部長。旧 それに一抹の寂しさを感じることはあったが、夫の男らしさだ 大洋産業銀行出身 と尊敬をしていた。 塚田令子・・ : ミズナミ銀行コンプライアンス統括部員 織田が弥生に金の心配をさせていることに、どこかひっかか 北沢敏樹・・ : ミズナミ銀行コンプライアンス統括部次長。自宅マ りを覚えないでもなかった。 ンション前で何者かに刺殺される。旧扶桑銀行出身 だらしないわね。芳江はひそかに思った。しかし、それは織 八神圭太郎・・ : ミズナミ銀行前頭取。システム障害の責任を取り 退任。扶桑開発顧問、旧扶桑銀行出身 田が余程、困っている証しなのだろう。そして自分の夫が特別 大塚正雄・・ : ミズナミ銀行頭取。旧大洋産業銀行出身 だったのだと思いなおした。 岸川徹・・ : ミズナミ銀行前システム担当常務。システム障害事故 「ねえ、立ち入ったことを聞いて失礼だと思うけど、織田さん の責任を取って八神と一緒に退任。旧扶桑銀行出身。旧扶桑銀行 とはお付き合いしているの ? の取引先企業社長に天下る 芳江は優しく問いかけた。 藤沼カ : ・ : ミズナミフィナンシャルグループ ouo 。旧日本興産 弥生は視線を避けるように俯いた 銀行出身 西前隆夫 : : ・ミズナミフィナンシャルグループ元社長。旧扶桑銀 「言いにくければ答えなくてもいいけど。でもそれだけのお金 行出身 の相談をするんだから、特別にお親しくしているのかと思った 齊藤弘一 : : : 警視庁組織犯罪対策部第一課捜査係長。橋沼の良き のよ。織田さんにはあなたを紹介してもらったり、なにかとお 相談相手 世話になっていますからね : : : 」 143 抗争ーー巨大銀行が溶融した日

5. 小説トリッパー 2014年秋季号

それでも織田は、なんとか両派閥の中を泳いだ。しかし、ど田は、偶然、柳井の会社に飛び込んだ。不動産の紹介を融資に ちらにも与しなかったせいで仕事の成果の割にはあまり評価を結びつけようと考えたのだ。 されなかった。 柳井は、明るく、話し上手で、社交的な男だった。多少、こ 当然、昇格も遅れた。ゴマをすった連中に遅れをとるのは悔わもての雰囲気もあったが、着ているもの、身につけている時 しかった。こんなことなら旗幟鮮明にして派閥のポスに媚びを 計など、それぞれセンスもよく、高価だった。 売るんだったと思った時は、すでに遅く、大阪からさらに地方 織田は、柳井と気が合った。そして不動産紹介と融資を結び に飛ばされてしまった。 つけるという織田の考えは、見事に的中した。 ようやく管理職に昇格した時は入行して九年が過ぎていた。 柳井は熱心に織田に不動産購入者を紹介した。彼らに織田が そして自由が丘支店の融資課次席として赴任した。一九九三年、 融資をする。面白いほど実績が上がった。織田は支店でも一目 平成五年だった。中心ではないが、初めての東京勤務に織田は置かれる存在となった。 気持ちが弾んだ。 織田は、柳井との関係が深まるにつれて柳井と頻繁に遊び歩 くよ、つになった。 今から思えば一九八九年、平成元年の暮れに株価が三万九千 円近くにまで上昇し、日本中が浮かれていたが、あれがバブル 最初は、安い飲み屋で割り勘だった。ところが徐々に奢られ だった。 るようになり、それが当たり前になった。 その後、消費税導入や金融引き締め策などが実施され、経済 柳井と付き合って半年が過ぎたある日のことだ。渋谷の高級 は急速に悪化しつつあった。 寿司屋で柳井と飲んでいた。 しかし、平成五年は、まだ世間は勿論、銀行もバブルの余韻 「はい、これ」柳井が封筒を渡した。一センチほどの厚みがあっ に浸っていた。 た。金か商品券だと即座に思った。 阪神大震災や地下鉄サリン事件が発生し、世の中の人が不安「なに ? に駆られ、コスモ信用組合や兵庫銀行などが破綻し、バブルが 織田は、聞いた。柳井とはもはや友人のような口を利くよう になっていた。 崩壊したと実感するのは、まだ数年先のことだった。 「日ごろのお礼だよ」 自由が丘は、東急鉄道沿線の高級住宅地だが、商業が盛んな 「困るなあ」 地域でもあった。 「そんな堅いことを言うんじゃないよ。これからもよろしくっ 織田は、熱心に中小企業を訪問し、融資の営業を行った。 てことさ 織田が、柳井に会ったのは、そんな時だった。 柳井は、自由が丘の商店街で不動産紹介業を営んでいた。織「俺、銀行員だからさ。 おご 江上剛 150

6. 小説トリッパー 2014年秋季号

1 でも渡すというのはどうかな。そ 倉品が言った。 「記者にコメントのペ 1 れで勘弁してもらいなさいよ」 山村が倉品を睨みつけた。 くどうのぶやす 「文面は、『事件の解決に警察に真摯に協力いたします』でいい 穏やかな口調で発言したのは、工藤信保だ。旧扶桑銀行出身。 んじゃないかな。まだ原因もなにも分かっていないわけだし・ : ミズナミ銀行副頭取。現経営陣の中で旧扶桑銀行の最上位にい る。 工藤が言った。 「それがいいでしようね。ところでなにか分かったのですか」 ミズナミ銀行の八神がシステム障害の責任を取って退任した 藤沼が、倉品を見た。 後は、旧扶桑銀行は経営トップの座に誰も送り込めていない。 きたざわ はんしゃ 藤沼が、事故を好機ととらえて一気にミズナミ銀行とミズナミ 「はい、北沢次長は、反社担当でした。特にパシフィコ・クレ はしぬま コーポレート銀行を合併させる形でミズナミフィナンシャルグジットの問題を担っておりました。そうだね ? 橋沼総括次長 ル 1 プを再編してしまったために経営トップの椅子が一つ減っ てしまった。割を食ったのは、旧扶桑銀行だ。システム障害は、 倉品がこちらへ問題を振ってきた。 「北沢次長がパシフィコ・クレジットの問題を担当していたの 旧大洋産業銀行の古いシステムを採用したことが原因なのに、 どうして旧扶桑銀行が責任を取らねばならないのだと八神を中は事実ですが、それで殺されたのかどうかは、はっきりとして いるわけではありません」 心に今も不満が渦巻いており、工藤は、八神に引き立てられた と言われている。 康平が答えた。 「金融検査でもこっぴどく聞かれたが、そのパシフィコ・クレ 今も頻繁に八神と連絡を取り合っているのは間違いない。 ジットの問題とはなんだね。本当に私には全く覚えがないんだ。 「それがいいですね。どうですか、藤沼さん」 大塚が藤沼に同意を求めた。何も自分で判断しない。全て藤随分、迷惑な話だよ」 藤沼が言った。 沼に聞く姿勢が徹底している。それが責任を逃れ、長く今の地 「以前はコンプライアンス委員会や、取締役会にもご報告して 位に留まる秘訣であるかのよ、つに考えているのだろ、つ。 おりましたが : : : 」 「賛成です」 康平が遠慮気味に答えた。 藤沼はあっさりと答えた。 「そういうご方針であれば、それで対応しますが、どういう内「橋沼総括次長、藤沼社長はお忙しいんだ。いちいち個別案件 を覚えてはおられない」 容にしますか」 倉品が厳しく言った。 山村は聞いた。 「その通りだ。金融検査では、この問題のお蔭でガバナンス体 「それを考えるのが広報でしよう」 江上剛 158

7. 小説トリッパー 2014年秋季号

制がなっていないと厳しく指摘された。倉品君、しつかりして 回もどうなんでしようね くれないと困るな」 藤沼が、大塚を見た。 大塚が眉根を寄せた。 パシフィコ・クレジット再建問題で行内抗争が勃発し、旧大 「個別案件と言いましても、反社、コンプライアンスに関わる 洋産業銀行出身のミズナミ銀行元頭取が、急に辞任したことが ことですので、もっと関心を持っていただいても : : : 」 ある。藤沼が言う祟るとは、そういった一連のトラブルのこと 康平は、悔しそうに呟いた。 を示唆しているのだろう。 「もうそれ以上言うな。口を慎め」 「藤沼さん、それじゃあまるでパシフィコ・クレジットが殺し 倉品が怒りを含んだ調子で言った。 たみたいじゃないですか。その言い方はないでしよう」 いいんだ。金融検査で指摘されて反省しているんだ。 さすがに温厚な大塚も怒りを滲ませた。 申し訳ないが、今、ここでもう一度簡単に説明していただけた 「私は、そんなことは言っていません。ただ、よく問題のある らありがたいですね 会社だなと言っただけですー 藤沼が言った。 藤沼は、答えをはぐらかすように大塚から顔を背けた。 倉品が「橋沼総括次長」と言った。説明しろということだ。 「大塚頭取、お言葉ですが、すでにそういう噂が流れているん 康平は、。、 / シフィコ・クレジットとミズナミ銀行との反社会です。北沢さんは犠牲者だと」 ふほうぞくせいさき 的勢力を含む不芳属性先データの共有化が難航していることを 工藤が、薄く笑みを浮かべ棘を含んだ言い方をした。 説明した。 「新聞記者の中には、大洋産業銀行の問題案件で扶桑銀行の行 「パシフィコ・クレジットにすれば、反社チェックを厳しくす員が犠牲になったという行内の噂を聞きつけて、その真意を質 れば、営業に支障が出るというわけですね」 問してくる者がおります 藤沼が聞いた。 山村が工藤に応えて言った。 「はい、その通りです。パシフィコ・クレジットは、信用リス 「誰だよ。そんな根も葉もない噂を流す奴は。許せないなあ。 クの高い先とローンを締結しておりますので当行のような厳し橋沼総括次長、他に考えられる原因はないのかー い反社チェックをしますと、多くの先が引っかかってしまうの 倉品が厳しい顔つきになった。 です」 「北沢次長カノ、、 、。、ノフィコ・クレジットの問題で苦労されてい 康平は答えた。 たのは事実ですが、これは個人的な問題ではなく銀行全体の問 「パシフィコ・クレジットは大洋産業銀行の主力先でしたね。 題です。いずれ近々にコンプライアンス委員会で対応を議論し たた なかなか一筋縄ではいかない、いろいろと祟る会社ですね。今 てもらおうと準備をしておりました。ですからこれが原因で殺 159 抗争ーーー巨大銀行が溶融した日

8. 小説トリッパー 2014年秋季号

「主人は、こんな立派な銀行と取引していたのね , 芳江は七十二歳になるが、去年、長年連れ添った夫を癌で亡 くしていた。 夫は、非上場ながら規模の大きな機械メ 1 カ 1 の社長、会長 を務めていた。その会社は、芳江の祖父が創業したものだった。 夫は、堅実に会社を経営していたが、死に当たって芳江に相談 した。夫婦には子どもがいない。そこで夫は会社を売却しよう というのだ。芳江はもともと事業に関心がなかったため夫の亡 ニ 0 一三年六月ニ十六日 ( 水 ) 午後十ニ時三〇分 ( ミズナミ銀き後、会社を引き継ぐ気はなかった。そこで夫の提案に賛成し 行本店一一階応接室 ) た。夫は、会社を売却後、苦しむことなく亡くなった。芳江は 広々としたロビ 1 には大理石が敷き詰められ、ドーム型の高会社の売却代金など百億円を超える遺産を手にした。 い天井からは豪華なシャンデリアが下がり、空間を華やかに飾っ しかし芳江の生活は慎ましやかなものだった。趣味の茶道や ている。 華道に熱を上げる程度だった。 「バカラかしらね とはいうものの芳江は、ほとほと困り果てていた。というの きみえだよしえ 君枝芳江はロビーから二階へと続くエスカレータ 1 に乗って は巨額の遺産を相続したことがどこからともなく知れ渡ってい いた。視界の下では、曲線の長いカウンタ 1 で銀行員たちが客 くと、会ったこともない親戚や夫の友人などが現れ、借金の申 の相談に応えている し込みや寄付などを要求してくるからだ。芳江は、それらの要 「バカラでしようね。ミズナミ銀行は世界的な銀行ですから、 求を一切、受け付けないようにしていたが、ある時、その悩み おだけんいち 日 ロビ 1 にまがい物は飾りませんよ。本当に立派ですね。たしか、 を織田健一に話した。織田は、当時、会社の取引先であるミズ し 融 あれは有名な彫刻家の作品ですよ」 ナミ銀行日本橋支店の副支店長で、夫が信頼していた銀行員だっ きくかわやよい 芳江の後ろに続いていた菊川弥生がロビ 1 の女性像を指差し 行 、」 0 織田は、それなら秘書を雇ってその人に面倒なことをやらせ れよ、、 「有名って、どれほどなのかしら ? 」 、人巨 ( ししとアドバイスした。芳江は、なるほどと思い、しし 「フランスの人だったと思うんですが : がいたら紹介して欲しいと頼んだ。織田が、紹介してきたのが いました」 抗 弥生だった。 弥生は照れ臭そうに目を伏せた。 弥生の経歴は申し分なかった。外国語専門大学を出て、中堅 第三章詐欺 。名前は忘れてしま

9. 小説トリッパー 2014年秋季号

「それでは部長、この次のご予定が : ・ 実績に執行役から常務執行役への昇格を果たしたのだ。 しくら上手く化けて 織田は、柳井に退席を勧めた。柳井は、、 「君を支店長にしたいと思ったが、どうも人事部がね」 支店長は顔をしかめた。 も銀行員ではない。このまま調子に乗って話し続ければ、いす れポロがでないとも限らない。顔見せだけが役割だった。それ 「人事部がどうしたんですか ? 私は充分に貢献をしていると が済めばさっさと退出させるに限る。 思うのですが」 「おお、忘れてしまうところだった。それでは君枝様、よろし 織田の表情が険しくなった。 くお願いいたします」 「私は、そう思っているよ。しかしね、離婚したり、生活がど 柳井は、芳江の手を優しく握り、笑みを浮かべた。 うも派手じゃないかって : : : 。君、自由が丘支店時代にあまり 「はい、 承知しました。織田さんによくお話を伺いますー あくまで噂だよ。噂。 よくない人と付き合っていたって : 芳江は騙されているとも知らず上機嫌だった。審査部長とい どうもそれがネックになっているらしいね。まあ、審査役とし う大物がわざわざ時間を割いて挨拶をしてくれたのだ。悪い気て巻きかえしてくれたまえ。応援しているから」 はしないだろ、つ。 自由が丘支店と聞き、織田は愕然とした。今から二十年ほど 「とにかく金さえ集めてしまえば後はなんとかなる。その時は、 前のことだ。 こんな銀行、いつでも尻をまくって辞めてやるから , あの頃、柳井と知り合い、彼から金を受け取って、それなり 織田は、自分の背後にそびえ立っミズナミ銀行の本店ビルを に派手な生活をしていた。その結果、離婚もした。 見上げた。 柳井から金をもらっているのではないかと疑われ当時の支店 織田の目には憎しみに近い光が宿っていた。 長から事情を聞かれたことがあった。柳井にも調査が入った。 しかし、織田は徹底して否定し、柳井も否定した。疑いは疑い 出世させない銀行を恨む前に自分の実力のなさを恨めって : ・ のまま解明されず、織田は処分を免れた。 よく言いやがる。織田は、銀行に入ればせめて支店長にはなれ 織田は、自分を守ってくれた柳井に感謝と恩義を感じ、その ると思って努力してきた。そしてようやくその資格を得たが、 後も関係を保っていたが、表だって仕事上の繋がりは断ってい 日本橋の副支店長止まりで審査役のポストを与えられた。支店た。 長に出て行くための踊り場だと思っていた。ところが審査部に 柳井は、織田に定期的にコンサルタント料ですよ、と数十万 転出する間際、支店長から言われた一言が怒りに火をつけた。 円の金を提供してくれた。銀行の規則では許されないことだと 支店長は、上を見ているばかりの男で、織田に言わせれば自分は知っている。しかし、一度、吸った甘い汁は、枯渇すると以 たちを追い詰め、働かせ、見せかけの成績を上げさせ、それを前に増して欲しくなるものだ。織田は、柳井が提供する金を断 江上剛 162

10. 小説トリッパー 2014年秋季号

弥生は、セックスに貪欲だ。何度でも飽かずに求めてくる。 に芳江に尽くせ。ひょっとしたら遺産のいくらかでもくれるか もしれない。芳江には、子どもがいないから」と言いきかせた。 その度に応じていると、織田の身体が持たなくなるほどだ。 セックスばかりではない。愛人だった社長から贅沢を教え込「何か考えがあるんでしようね , 弥生は聞いた。「ああ、ある」 まれていたのだろう。見た目とは裏腹に身につけるものや食事そう答えたものの、その時、織田に具体的な考えがあるわけで はなかった。 など、贅沢を好んだ。 ゃない 金が嫌いな女はいないが、弥生もその一人だった。 「私、柳井さん、あまり好きじゃないわー 弥生が、顔を曇らせた。弥生がにじり寄るように織田の胸の 「もう少しだよ。ところでちゃんと二十穴日は銀行に来てくれ るんだろうな」 上に上半身を乗せてきた。 「大丈夫、ばっちりよ。ばあさんを必ず銀行に連れて行くから。 弥生が話題にしたのは、柳井邦夫のことだ。金融関係の仕事 私とあんたが結婚するのに障害になっている問題を解決して欲をしている織田とは古い付き合いの男だ。金融関係と言っても 銀行ではない。地上げや闇金など、銀行が取引しない企業に高 しいって頼んだの。あの人、あんたを妙に信頼しているのよね。 こんな悪い人なのにね 利で貸し付けている。 弥生が、織田の陰部を力を込めて握った。 「どうして ? 」 「ちょっと怖いでしよう。あの人ヤクザでしよ。銀行員があん 「いてー な人と付き合っていいの」 織田の上半身が撥ね起きた。 「はははは 弥生が眉根を寄せた。 弥生が大きく口を開けて笑った。 「ヤクザじゃないよ。投資家だよ。今回の話だって奴が持って きてくれた。もっとも俺が協力するという前提だけどね」 「潰れちゃ、つじゃないかー 織田が、弥生の頭に手を置き、長く伸びたストレ 1 トの髪を 織田が、陰部から弥生の手を撥ね退けた。 「あんたから計画を持ちかけられてから、そろそろ一年よ。絶手でしごいた。 「絶対にヤクザよ。あの目つき、何人か人殺しをしてきたよう 対に詰めを怠らないでね」 な目よ」 「ああ、分かっている」 弥生が顔を上げた。 織田は、芳江が巨額の資産を相続した際、なんとかそれを手 「馬鹿言うなよ。古い付き合いなんだから に入れることはできないかと考えた。 弥生の一言うことは半分、当たっていた。 そこで芳江の信頼を勝ち得る努力を続け、相談に乗る形で弥 生を送り込んだ。弥生には、「とにかく貞淑に振る舞い、献身的 柳井は、元ヤクザだ。広域暴力団小野川連合傘下の組にいた 江上剛 148