わかっ - みる会図書館


検索対象: …ひとりでいいの
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1. …ひとりでいいの

「私、何十年かかっても、必ずあなたが人を愛せるようにしたい : ・ 津村は、じっとまどかを見下ろした。少しでも、津村の心を動かすことがでぎただろう か。まどかにはわからなかった。 「帰って」 津村が低く言った。 「ひとりにしてくれ」 まどかを置き去りにして、津村は歩き去った。どうしてもあなたの心こ虫れよ、 どかは絶望的な気持ちで津村を見送った。 今の津村に、子供のように幼稚な女なんてうっとうしいだけだった。 今夜、「パンドラ」でまどかに会った後、津村は寿子のマンションに寄った。むしよう に会いたかった。会ってその腕の中で眠りたかった。会社では平気を装っていたが、閑職 9 に追われたことは、津村を大きく打ちのめしていた。寿子に抱かれて眠れば、大概の辛さ は忘れることができた。今度の出来事はかってない打撃だった。寿子に会わなければ、立 で とち直れないような気がした。 ひ だが寿子は津村を冷たく突き放した。 「カッコ悪い津村は大っ嫌い」 寿子は言った。

2. …ひとりでいいの

・・ひとりでいいの 「僕は何を聞いても驚かないし、怒らないから : : : 言って、全部」 まどかは、必死で言い訳を探した。何とかこの場を乗り切らなくちゃ。乗り切る自信が、 まどかにはあった。 「困っているのは、私の方なの」 「汚れのない天使ーのような瞳で、まどかは星野を見つめた。天使の表情はまどかの得意 技である。 「突然課長から食事に誘われて : : : それで突然、プロポーズされたの。惚れてるとか、私 の方はそんなんじゃなくて一方的に課長から動いてることなの」 「プロポーズ引そこまでいったのかフ まどかの頬を、涙が転がり落ちた。左の手が、涙のツポをしつかり押さえていた。 「でも、私たち、何もないのよ。手も握ってないのよ。だから : : : まどか、悩んじゃって もちろん、プロポーズの返事もしてないの」 たった今、ほんの五分前に電話でプロポーズを受けたばかりなのに、平然とこれである。 星野は、両手のこぶしを握りしめるように立っていた。 「僕は、まどかを絶対に津村には渡さない」 それは困るわーーまどかはひそかに思った。いいかげん、あきらめてくれなくちゃ。 りようてんびん 「でもまどかが、両天秤かけてることはわかった」

3. …ひとりでいいの

212 て、身体にびったり合ったドレスが、大人の女の魅力を十分に引き出していた。何をどう 言っていいかわからずに、つっ立って見つめている星野に、寿子ははにかむように小さく 笑った。その瞬間、星野は寿子めがけて走り寄り、両腕の中にしつかりと抱き締めた。 コンサートをやめ、映画を見て食事をした後、星野は寿子のマンションの前で一緒にタ クシーを降りた。寿子は首を横に振って言った。 「駄目。帰ってね。おやすみなさい」 部屋まで行きたいという気持ちを見抜かれ、星野はあきらめてうなずいた。だけど、こ のまま帰したくない。キスしようとして抱き寄せた星野を、寿子は笑って軽やかに拒んだ。 「友だちはね、そういうことをしないのよー 「俺、友だちじゃないかもしれない」 、ーーし、カ十 / し うれしかった。だが、受け入れるわけこま、 「恋は嫌なの」 寿子は言った。 「私くらいの年になるとね、恋は必ず終わるものだって、どこかで知ってるの。あなたは そんなこと思わないでしよう ? それが私とあなたの年の差よ」 答えられずにいる星野の頬を、寿子は笑いながら軽く叩いた。 「おやすみ、楽しかった」

4. …ひとりでいいの

159 津村は困ったような表情でまどかを見た。 「本気だ。僕は結婚を白紙に戻す」 のど まどかは喉の奥で小さく笑った。 「センスはいいけどお芝居はヘタね」 二枚の書類を細かく破いて津村の胸に散らしながら、まどかの胸はドキドキ鳴っていた。 津村の言ったことが冗談などではないことを、まどかはとっくにわかっている。 まどかは、会社を早退した。熱つぼくて節々が痛むと言うと、久保係長は本当に心配そ うそ うな顔をした。嘘をついたことに後ろめたさを感じる心の余裕は、今日のまどかにはなか った。まどかは、近くの公園に真一を呼び出した。 「会社どうしたんだ ? 身体でも悪いのか」 しのよ、私なんてたいした仕事やってないんだから」 「別に。、、 9 まどかのつつかかるような口調に気づいて、真一はいぶかしげに妹を見た。 「話って何 ? 」 で と「お兄ちゃんのせいよ。責任とって」 「何だよ、いきなり 「津村さん、結婚やめようって。お兄ちゃんが外に呼び出したから、津村さん、仕事はず ーの担当やってるわ。総務課長なんて名ばかりなんだ されたのよ。今、トイレット

5. …ひとりでいいの

145 「やつばり帰ってきちゃった」 まどかは明るく言った。 「ずっと喫茶店でお茶して考えてたの。やつばり津村さんとこ、ちゃんとこのうちからお 嫁にいく。ごめんねツ」 「津村さんとは、会わなかったの ? 」 芳枝が疑わしげに尋ねた。 「うん ! 頭冷やしたらよくわかった。お母さん悲しませるの、やめようって」 まどかの言葉どおりに受け取った芳枝は、うれしそうに笑った。だが、真一はごまかさ れなかった。 その夜遅く、真一はまどかの呼ぶ声で目を覚ました。まどかがパジャマ姿で、そっと部 屋に入ってきた。 9 「お兄ちゃん、ヤクザって調味料使う ? けげんな面持ちの真一の前に、まどかはコンビニエンスストアで買った品物を次々と並 で べた。マヨネーズ、レタス、べー ハン、コーヒー豆、ペアのマグカツ。フ : ひ 「津村さんにあったかい朝ごはん、食べさせてあげたかったの。コーヒーわかしてべーコ トーストにハチミッ塗って。普通のおうちの朝ごはんってこんなよ、元 ンエッグ作って、 気出るでしよっていうの作ってあげたかったの。 : お母さんには、こんなの見せられな

6. …ひとりでいいの

219 強烈さが愛に変わったんだよー あき まどかは呆れて黙っていた。それは人のいいお父さんだったから通用した手よ、あの津 : と思うだけである。 村さんにはそんなこと : 「あとはお前、涙のツポ押して泣いて、その顔使えば津村だって振り向くよ」 まどかは首を横に振った。 「津村さん、涙も顔もダメなの。でも私、男の人を振り向かせる方法知らないのよ。今ま では顔だけでみんな寄ってきたんだもん。私、近づくなって言われても、近づくしかやり 方わかんないのよ。顔使わないで、どうやっていいかわかんないのよー まどかは泣き出した。 「私、それでも好きなの。他の人じやダメなの。どうしよう、どうしたらいい ? 泣きじゃくるまどかを、芳枝はなすすべもなく見つめた。 の ちょうどその頃、北斗商事総務課のオフィスで、五人のたちが酒盛りをしていた。 時計は八時を回っている。今夜が初めてのことではない。外で飲むのも楽しかったが、何 ひ をししが、女同士となれば割りカンであ しろお金がかかる。デートだったら男に払わせれま、 る。それに、同じ会社の女同士が飲めば、話はどうせ会社のことだ。だったら、移動する ガランとしたオフィスで、昼間働いてい 手間を省いて、オフィスに酒を持ち込めばいし

7. …ひとりでいいの

つもりだった。 ーに、二人は並んで座っていた。窓越しに、行き交う 銀座の古いビルにある小さな、、ハ 人々が見下ろせる、シックなバーだった。 「私、大学院生の彼がいるんだけど、ほんとに好きなのかよくわかんないの。プライベー トなこととか、しつこくいろんなこと聞くから、少しいやになってる」 「何も聞いてくれないのも、寂しいものよー まどかは、知ったような口をきいた。ほんとの恋をしていると思われているのだから、 それらしくふるまわねばならなかった。 「でも、こんなの、恋じゃない気がしてるの。大学院生の彼、特別好きとは一一 = ロえないわー 「それでも、いないよりいいんじゃない ? 」 「うん。彼と別れたらひとりぼっちになると思って。それで、その後、一生恋なんてない のかもしれないって思って。それが恐くて切れないの」 「・ : ・ : わかるわー で 「えッ ? まどかさんにこんな気持ち、わかる ? 星野さんと大恋愛した人に、わかる ひ 「そりや、ま、少しは : まどかはロごもった。少しどころか、ようくわかってる :

8. …ひとりでいいの

「 : : : 男をなめるのもいいかげんにしろ 「どうして ? 私はただ : : : 」 星野が怒ったわけが、まどかにはわからない。昨夜、一晩かけて考えたのだ。そしてま どかにも星野にも都合のいし これ以上の名案はないと思っていた。 星野の怒りが爆発しそうになった時、テーブルの脇を、同僚の女子社員が三人通りかか 「どうしたのよ、甘い二人が深刻な顔しちゃって」 「わかってマス、わかってマス、新婚旅行で意見が割れてんのよ」 女子社員たちの勝手なおしゃべりを、星野が断ち切った。 「結婚、やめたんだ」 女子社員たちは、息を呑んで棒立ちになった。 「僕の方から断わった」 今度は、まどかが驚いたように顔を上けた。 「僕が、あちこちの女に手を出してんのが彼女にバレてさ。やつばり幸せにする資格ね工 なと思って」 星野は陽気に笑うと、女子社員たちに向かって唇をチ = ッと鳴らしてみせた。 「愛してるよ、僕の女神たち : : : ってまあ、これが命取りでしてー

9. …ひとりでいいの

232 星野は、次第に自分に対して腹が立ってきた。 「俺、寿子さんとっきあい始めてわかった。まどかより寿子さんの方がずっといじらしい 一生懸命、自前で生きてるー 「失礼な言い方ね」 「まどかは、男にも女にも本気では好かれないよ 「なら言う。津村さんとっきあってわかったけど、あなたは優しいだけの男よ。直球しか 投げてこない男なんて、退屈。夫としては安全だけど、女はときめかないわー 「そこまで言うなら、俺を誘うな ! 」 星野は思わず怒鳴った。 「俺は今日、寿子さんに嘘ついて約束破って、まどかにつきあった。俺だってョリ戻す気 なんてなかったよ。ただ、ひとりにしておけない気がして」 「あなたが来てくれるのは、初めからわかってたわ。いつだって直球。来たいのに断わっ て気を引くなんてできないのよ。面白くない人」 売り言葉に買い言葉とはいえ、二人にとって本音であった。 「寿子さんとっきあうなら、カーブの投げ方も覚えるのね。七つも年上で、あげく津村の 元恋人よ」 言ってしまってから、まどかはため息をついた。

10. …ひとりでいいの

224 「すまなかったのは僕の方だ。言いすぎた」 まどかは、真意をはかりかねて津村をうかがった。 「みんなの面前で、あれだけ恥をかかせた私を許してくれるんですか ? 「もういし 津村は再び笑顔を見せると、「あがって」と目で優しく促した。 部屋に入ったとたん、津村はまどかを抱き締めた。驚きながらも、まどかはされるまま になっていた。津村の目がどんなに冷めていたかを、まどかは知るはずもない。津村がま どかを抱き上げた。絡んだ視線に、まどかは津村の本心を読みとろうとしたが、くつきり と美しい津村の目には何の悪意も表われてはいなかった。少くともまどかはそう思いたカ った。津村はまどかを寝室に運びべッドに静かに横たえた。 激しいだけの時が過ぎた。 「君を愛してないから抱いた」 並んで横たわったべッドの中、天井を見上げたままで津村が言った。 「たぶんそうだろうと思っていました。あがれと言われた時から」 津村は、驚いたようにまどかの横顔に目をやり、苦く笑った。 「なるほど。お詫びのためにはしようがないと 「いえ」