ピート - みる会図書館


検索対象: NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号
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1. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

その現状を確かめるには、ケントン・グルアに ならってグランドキャニオンを全部歩いてみるの が一番だ。ピートと私はそう考えた。 大峡谷の洗礼を受ける 「おい、大丈夫か ? 」ピートがそう言って、私 をそっと揺すった。 9 月後半、トレッキング 1 日目の太陽が沈もうと している。私は狭い地面に大の字に横たわっ ていた。今夜はここで 1 泊する。 グランドキャニオンのトレッキングでは、いきな りの難所が挑戦者に不意打ちを食らわす。し かも初秋の熱波で気温は 43 ℃に達し、重さ 20 キロを超える装備を背負った身にはきつい。 2 日目の朝、ピートは私より悲惨な状態だっ た。全身の筋肉が激しくけいれんしている。ま るで皮膚の下にネズミがいて、腹から肩、背中 へと駆け回っているようだった。 6 日目、ついに私たちは白旗を揚げた。ルド ウたちには、そのまま進んでもらうことにする。 うわごとを言い、方向感覚を失っていたピート は、アリゾナ州北部の都市フラッグスタッフに戻 り、低ナトリウム血症と診断された。暑さのせい で体内の塩分やミネラルのバランスが崩れた状 態だ。放っておくと死に至ることがある。 恐ろしい目に遭ったが、負けを認めたわけで はない。 10 月下旬、ずいぶん涼しくなったグラ ンドキャニオンに戻り、 3 週間前に中断した地点 から旅を再開した。それから数日間は、川から 300 メートル近い高さにある、目もくらむような石 灰岩の岩棚をいくつも進んでいった。 毎日の行動パターンも決まってくる。オートミ ールの朝食を腹に詰め込んで出発。険しい岩 場を 1 日に 19 ~ 23 キロ歩き、太陽が沈み始め たら、打ち身や切り傷だらけの疲労困憊した体 で湯を沸かし、乾燥食品を戻してタ食だ。そ して、あおむけになって夜空を眺め、ピートが スマートフォンにダウンロードしたエドワード・ア こんばい ピー著『砂の楽園』の朗読に耳を傾ける。 「砂の楽園」は、キャニオンランズ、アーチー ズという 2 つの国立公園での体験を基に、著 者が自然への愛を書きつづったものだ。その なかに、この本に影響を受けて車で出かけたり しないよう読者に警告する一節がある。私はピ ートに頼んで、そこを何回も聞かせてもらった。 第一に、車からは何も見えない。いまいまし い鉄の箱から降りて、砂岩の上を、とげだらけ の低木やサポテンの間を自分の足で歩く。地 面をはって進むのなら、なおよし。傷ついて血 の跡が地面に点々と残るようになれば、何か見 えてくるかもしれないが、きっと見えないだろう。 第二に、本書に書いたことのほとんどはもう失 われているか、急速に失われつつある。この 本は旅行ガイドというより哀歌、回想記で、読 者が読んでいるのは墓碑なのだ。 アビーがこれを書いたのは 1967 年。彼の 言葉は悲しいほど当たっていた。アーチーズ 国立公園の荒野は、今では観光客であふれか えっている。 2015 年には 140 万人が訪れ、あ まりの混雑ぶりに、 5 月末の連休には入場が制 限されたほどだ。 そしてピートと私は、観光客の増加や金目当 ての開発といった、アビーが警告したさまざま な圧力が、ここグランドキャニオンにも迫ってき ている現状を知ることになる。 ロープウェーの計画地へ トレッキングの開始地点から赤茶けた水のコ ロラド川を下ること 100 キロ。大峡谷で最大の 支流リトルコロラド川に出合う。こちらの水は鮮 やかな青緑色だ。 2 つの川の合流点は「コンフ ルエンス」と呼ばれる。ハバスパイ、ズニ、ホピ、 ナバホなど、大峡谷に父祖伝来の土地をもつ 先住民にとって、きわめて重要な聖地だ。 グランドキャニオン 69

2. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

リトルコロラド川とコロラド川の合流点 「コンフルエンス」は、地元の先住民にと っては聖地。しかし、ここに商業施設や ロープウェーを建設する計画がある。 米国人は、大峡谷を 守ろうとする一方で、 金もうけの誘惑にも 駆られてきた。 グルアの偉業から 40 年近くたったが、大峡 谷を横断した者は少数しかいない。全行程を いくっかの区間に分け、 1 区間ずつ中断期間 をはさみながら踏破した者で、 25 人足らず。 途中で中断することなく一気に歩き通した者と なると、 2015 年時点でわずか 8 人だ。月面に 降り立った人間の数 ( 12 人 ) より少ない。 ルドウの計画を知った写真家のピート・マク プライドは、同行させてほしいと彼に連絡した。 とはいえピートと私は、グランドキャニオンの川 下りこそ何度もやっているが、トレッキングの技 64 NATIONAL GEOGRAPHIC ・ 2016 - 9

3. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

・をヾ ~ ラ朝当をタ 文 = ケビン・フェダルコライター写真 = ピート・マクプライド いてきた道を戻るにしても、食料が底を突きか を踏み外したら、奈落の底へ真っ けている。前進するしかない。 逆さまだ」。探検家のリッチ・ルドウ が大声で言った。一瞬たりとも気 この数日間歩いてきた岩棚は目の前で途切 を抜けない。私たちがいるのはグランドキャニ れ、その先は深くえぐれた断崖になっている。 オンのサウスリム ( 南側の崖の縁 ) から突き出 ここはアウル・アイズ ( フクロウの目 ) と呼ばれて た、グレート・サム・メサと呼ばれる細長い台地 いる場所だ。断崖の真ん中に開いた楕円形の の突端だ。下を流れるコロラド川からの高さは、 2 つの大穴が、フクロウの目さながらに白昼の 大峡谷をにらみつけている。 およそ 1000 メートル。ここまで来たら、登山用 こは悲劇の舞 具がなければ川に下りられない。 8 日かけて歩 台でもあった。 4 年近く前、ルドウの友人だった 62 N AT 10 N A L G 旧 0 G A P H ー C ・ 2 016 - 9

4. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

を取り戻さないと高さ 120 メートルの断崖から下 まで真っ逆さまに落ちる。 私たちは 2 時間以上かけて、ようやく断崖の 真ん中までやって来た。そこは斜面から長さ 20 メートルほど突き出た高台で、少し平たくな った場所の先に石が積まれていた。近づこうと すると、ルドウが急に足を止め、頭を垂れた。 「すまない、一こに来ると胸が張り裂けそうに なるんだ」。石の山は、一人の若い女性の死を 悼むものだという。ルドウは静かに語り始めた。 若い女性の死 彼女の名前はイワナ・エリス・ホチオタ。ルー マニア出身だ。当時 24 歳のホチオタは新婚の 夫と 1 区間ずっ歩いてグランドキャニオンを踏 破しようと挑戦中で、完遂を目前にしていた。 2012 年冬、ホチオタはグレート・サム・メサに 近い長さ 30 キロほどの岩棚に挑もうと考えてい た。夫は仕事で都合がつかなかったので、代 わりにホチオタが師事していた大学教授のマテ ィアス・カウスキーが同行した。 アウル・アイズの中ほどに来たところで、カウ スキーは斜面を上から回り込むように歩きだし た。しかしホチオタは直進するルートを選んだ ため、カウスキーからは見えなくなった。その 1 、 2 分後、落石の音に続いて鋭い悲鳴が聞こえ たかと思うと、ドスンと重い音が響いた。カウス キーは崖の縁にはいつくばり、彼女の名前を繰 り返し呼んだが、返事はなかった。 遺体は翌日発見された。話を終えたルドウは 西に目をやる。峡谷の向こうに太陽が沈み始 めていた。「今夜はここで 1 泊だな」 ホチオタをしのぶ積み石の隣に、テントを 2 張 り設営する。翌朝、目が覚めると、飲み水も靴 も凍っていて、ストープにかざして解かさなけ ればならなかった。 テントを片づけて出発。雪に覆われた残りの 斜面をどうにか横ぎって、ついに平坦な岩棚に 到着した。太陽の下で装備を乾かしながら、 通ってきたルートを振り返る。 ともかく無事に着けてよかった。朝の光が差 し込み、ホチオタが転落した崖の側面が照らさ れて、蜂蜜色に輝いていた。地面をはって進 み、血を流しながらでなければ見えないものが あるとエドワード・アビーは書いたが、その意味 が今わかった気がした。 私が身をもって理解したのは、グランドキャニ オンは遊園地では断じてないということ。手す りなどないし、生命の危険と背中合わせだが、 感動も掛け値なしだ。荒々しい自然のなかに身 を置くと、人間の存在の小ささや、生命のはか なさを痛感する。ホチオタも、そのことを体感で きる場所を求めていたに違いない。それは誰も が必要な場所でもあるはずだ。 4 日後、私たちはいったん大峡谷を離れ、フ ラッグスタッフで物資を補給した。それからま た歩き始め、いくっかの行程を経て、 3 月中旬 には残り 80 キロの地点まで到達した。だがグラ ンドキャニオンは、そう簡単に終わらせてくれな い。ある朝、ピートの腕時計に内蔵された温 度計は、気温 44 ℃を示していた。半年前に彼 が低ナトリウム血症になったときの気温より高 い。 30 分後、私たちは中断を決意した。 足かけ 1 年、 7 回も通って歩き続けたにもか かわらず、まだ終わらないとは。読者がこの記 事を読む 2016 年 9 月頃には、私たちは踏破に 向けて最後の区間を進んでいるだろう。そし て、半世紀後の 2066 年にこの記事が読まれる ときも、グランドキャニオンの手つかずの自然 が、そのまま残っていることを願う。ロ グランドキャニオン 79 ッキングに挑戦中。残すは 1 区間のみだ。 ら端まで踏破する、全長 1050 キロのトレ McBride) は、グランドキャニオンを端か と写真家ピート・マクプライド (pete 筆者ケビン・フェダルコ (Kevin Fedarko)

5. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

トレッキンク開始地点 東部 不透明な未来 ロープウェー建設とッサヤン開発が現実のも のとなれば、限リある水源が枯渇し、既存の インフラが圧迫されるほか、自然の景観が破 壊されるのではないかと懸念されている。 ~ ウ工ル グレンキャニオン キャーオン 今回のトレッキング 観光客を川まで下ろす 筆者ケビン・フェダルコ ロープウェー計画が実現すれ ば、観光客は 975 メートル下 と写真家ピート・マクプ の川まで下り、コロラド川とリ ライドは、グランドキャ トルコロラド川の合流点を望 ニオンの踏破に挑んで む施設でショッピングや食事を いる。すでに 7 つの区間 楽しめるようになる。 を終え、残るは 1 区間。 ニオンこ冫→ ~ 、、レキャ 工スカレード・ ロープウェー ウォルター バウ工ル・ ) い一 ビしッジ ロッヤ冫開発地 グラン、ドキャ辷オン 国立公薗 20 ゞ リゾート 工ンパイア ステートビル コロラド川 2013 2014 2015 年 押し寄せる観光客 1919 年に国立公園に指定さ れた当初、グランドキャニオン への年間来訪者数は約 3 万 7000 人だった。現在は約 55 万人が訪れる。 年間の来訪者数 ログランドキャニオン 国立公園 ■スカイウォーク : 三工スカレード ( 予測 ) ー 800 万人 カイバブ国有林 大峡谷を売り物にする 国立モぎ中の・。 国立公園の外側にあるツサヤン メントの 7 では、住宅約 2000 戸と商業施 ー設の建設が提案された。計画 は現時点では中断しているが、 環境への影響の問題が解決す れば復活する可能性もある。 キャニオン ー 400 万 縮尺は一定ではない。 工スカレード予定地とスカイウォーク ( 前ページ ) の直線距離は 183 キロ。

6. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

テ、アライグマ、マスクラットなどが例年は数 ミラノのファッションショーで出番を待つモデルた ち。披露するのは毛皮をよく使うデザイナー、シモ 百万枚。このほか牛や羊、ウサギ、ダチョウ、 ネッタ・ラビッツアの最新コレクションだ。ミンクや ワニ類も食肉と皮革の供給源となっている。 キツネのほか、ヤギなどありふれた動物の毛皮にヒ かってはニューヨークの目抜き通りを歩くご ョウ柄をプリントして使ったりもする。 婦人たちや社交パーティーに集う人々の冬の 装いだった毛皮は、いっしかヒップホップ界や 十代の若者にまで愛好者を広げた。今ではク 脅かしていると悪評を呼んだ。そこからいった いどうやって、毛皮は現在のような復活を遂げ ッションやバッグ、ハイヒール、キーホルダー、ト レーナー、家具やランプシェードにまであしらわ たのか。 70 年代の規制導入で、絶滅危惧種 れ、季節を問わず目にするようになった。迷彩 の毛皮はファッション用には使われなくなった。 柄や絞り染めの毛皮コートまである。 だが毛皮復活への流れを作ったのは、毛皮業 1990 年代、毛皮は社会的に激しく排斥され 界が批判を受け入れ、対策を進めてきたという ていた。もっと前、 60 年代には毛皮を目的とし 事実だろう。また中国、韓国、ロシアの新興富 た取引がヒョウやオセロットといった野生動物を 裕層による需要の増大も追い風となった。 毛皮プーム再来の陰で 127

7. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

岩の割れ目などから水が湧く場所の面積は、 グランドキャニオン全体の 0.01 % にも満たない が、そのささやかなオアシスが動植物の生命を 支えている。こうした水源が汚染されたり、枯 渇したりすれば、大峡谷全体の生態系が影響 を受けると生物学者は警鐘を鳴らす。 このリゾート計画には通行地役権が不可欠 だ。ッサヤンから出された申請は、林野局によ って却下されている。それでも計画推進派は すでに多くの障害を乗り越えており、最後のハ ードルである地役権の問題さえ解決したら、も う止めるすべはないに等しい。 しかもグランドキャニオンの地下水源を脅か しているのは、ツサヤンだけではない。ここカ ら 10 キロ南東の国立公園の外で、エナジー・ フュエルズという企業が環境保護団体やハバ スパイ族と法廷で争ったのち、ウラン鉱山を再 開したのだ。採掘はまもなく始まる。同社は深 刻な事故の危険性を否定しているが、米地質 調査所のデータによると、グランドキャニオン内 の 15 カ所の泉と 5 カ所の井戸で、飲用に適さ ないほど高い濃度のウランが検出されたという。 これは昔起きた鉱山事故とも関係している。 グランドキャニオンの西端では、別の問題が 起きている。川の南岸に居留地があるワラバイ 族が、コロラド川沿いの長さ 35 キロの空域を 無制限に飛行できるようになったのだ。彼らの 要請を受ける形で、連邦航空局が規則を変更 した。これでワラバイ族はヘリコプター遊覧飛 行を好きなだけ実施できる。すさまじい騒音は 1 日中やむことがなく、地元ではこの地域は「へ リコプター通り」と呼ばれている。 「こうした脅威が、グランドキャニオンの雄大 な自然を少しずつ損ねていきます」とクラークは 語る。「大峡谷の風景を前にすると、この惑星 をつくり上げた偉大な力に比べて、人間がいか にちつほけな存在かを思い知らされます。自分 たちが世界の中心でないのだと、謙虚な気持 78 NATIONALGEOGRAPHIC ・ 2016 - 9 ちになれるんです。開発が進めば、そんな比 類ない荘厳さが失われます」 さらに大きな脅威は、遊覧飛行やロープウェ 、リゾート開発が公園周辺の開発を加速さ せることだと、クラークは力説する。ワラバイ族 のヘリコプター遊覧事業が大成功したせいで、 ナバホ族の一部も色めき立っている。ロープウ ェーができれば、大峡谷の東側でも遊覧飛行 プームが起きると期待しているのだ。これにツ サヤンのリゾート開発が加われば影響は甚大 なものになると、クラークは言う。「現実問題と して、雄大なグランドキャニオンが、国立公園で はなく遊園地のようになりかねません」 ゴール目指して一歩一歩 11 月下旬、前回の終了地点からトレッキング を再開し、コロラド川の川下に向かって 196 キ ロ歩いた。国立公園の南側入り口でいったん 大峡谷を離れたが、年が明けてすぐにまた歩 き始め、 106 キロ進んだ。 1 月末、グレート・サム・メサをたどる 249 キロ の最長区間に入るところで、われらがリッチ・ル ドウが再登場した。ルドウと仲間のクリス・アトウ ッドは、 11 月下旬にグランドキャニオン横断を中 断なしに成し遂げた 9 人目と 10 人目になってい た ( 当初参加していたデイプ・ナリーは呼吸器 の問題で離脱した ) 。ピートと私がグレート・サ ム・メサに挑むと聞いて、ルドウは心配してい た。冬には、ほとんど前触れもなく吹雪がやっ て来るからだ。自分が先導するしかないと、ル ドウは決心した。 こうして 2 月 1 日午後、私たちはアウル・アイ ズの端に立っことになった。足元の積雪は 20 センチを超える。どう進むべきか考えあぐねた。 ばてし、 馬蹄形に深くえぐれた断崖の向こうには大き な岩棚があるから、そこまでたどり着ければ何 けつがん とかなる。問題は、その間に頁岩の急斜面が あることだ。もし足をすべらせたら、すぐに体勢

8. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

世界のミンクの生産量 ( 単位 : 万枚 ) 9000 2015 年 8400 万枚 ミンクは世界の毛皮 取引の 85 % を占め、 その飼育による毛皮 生産は急速に成長し ている。近年では中 国が毛皮の一大生産 国になった。 4500 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 年 世界最大の毛皮オークションが行われるデ ンマークの「コペンハーゲン・ファー」では、ロポ ットや X 線装置、画像処理技術などを駆使した 作業ラインに人間も加わり、 680 万枚の毛皮を 仕分けしていた。生産者を特定するバーコー ドを付け、毛皮のタイプ別に 52 種類に分類し、 数千ロットという竸りの単位に小分けする。オ ークション会場ではバイヤーたちがカタログを 検討し、軽口をたたきながら、お目当てのロット を競り落とそうと策を練っていた。 コペンハーゲン・ファーのデザイン工房「キッ ク」では、中国の北京から来たデザイナーの ファンラン 範然が淡い紫色に染めたミンクの毛皮を格子 状にカットして、軽量のベストを作っていた。中 染色技術や縫製技術を駆使すれば、ェアリー 国の消費者は、今や世界の毛皮製品の半分 プルーでもグリーンフラッシュでも望みの流行 近くを購入している。そこで彼女は新たな技術 色に染められるし、より少ない毛皮で多くの服 を学ぶため、キックにやって来たのだ。 を作れる。以前は毛皮と無縁の言葉だった「値 範然のような若いデザイナーを戦略的に取り 頃感」も、普及に一役買っている。「若い人に 込み、若い客層にアピールしたことは、毛皮人 は、まずは毛皮のキーホルダーから。そのうち 気の復活に寄与している。主要な毛皮オーク 余裕ができたら毛皮のバッグを買ってくれるか ション会社は反毛皮キャンペーンの最盛期に デザイナーやデザイン学校の学生への働きか もしれません」と、コペンハーゲン・ファーのユリ ェ・マリア・イーバセンは語る。「そして、いず けを始めた。その目的は、毛皮をもっと幅広く れはロングコートを。すべては若い世代に毛皮 使われる高級素材として、専門店や毛皮売り の魅力を伝える計画の一部なのです」 場以外でも扱われるようにすることだった。 毛皮人気の復活を、私たちはどう受け止め こうした取り組みが実を結び、デザイナーた ちは従来の毛皮職人が想像もしなかったやり るべきなのだろう。若い世代は毛皮の魅力を 方で毛皮を使いこなすようになった。最新の 知るべきなのか、それとも動物の権利の擁護 グラフィック : NGM STAFF. 出典 : HENNING OTTE HANSEN. UNIVERSITYOFCOPENHAGEN 0

9. NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版 2016年 9月号

反対派は「セープ・ザ・コンフルエンス」という 団体を設立した。そのメンバーの一人であるレ ネー・イエローホースは、私たちがここに来る と知り、車をもつ友人の運転で 60 キロ余り離れ た自宅からやって来た。伝統的な羊肉のシチ ューを振る舞い、思いのたけを伝えるためだ。 イエローホースによれば、ホイットマーの一 派は、投資家を募ってロープウェーの建設資 金 10 億ドル ( 約 1000 億円 ) を集める一方、反 対派の筆頭に立っナバホ族代表ラッセル・ビゲ イを通さずに話を進めようと、ほかの議員たち との連携強化をもくろんでいるという。居留地 はそんな墫で持ちきりらしい。「私に孫ができた ら、先祖が見てきたままの景色を見せたい。大 峡谷の端っこに、ディズニーランドなんか欲しく ないんです」と彼女は話す。 車を運転してきたロジャー・クラークという男 性が、詳しい経緯を話してくれた。彼が所属 する自然保護団体グランドキャニオン・トラスト は、 30 年前から大峡谷のさまざまな脅威と戦っ てきた。彼はロープウェー計画自体も憂慮して いるが、それ以上に心配なのは、グランドキャ ニオンがほかにも大きな脅威にさらされ、かっ てない危機が迫っていることだという。 クラークをはじめ多くの環境保護活動家が 問題視しているのは、国立公園の南側入り口 から 3 キロほど離れたツサヤンという小さな町 で一気に下りることができ、ショッピング施設や の動向だ。 こをリゾート地に変える計画があ フードコート、コンフルエンスを一望する円形劇 る。数千戸の住宅が建てられ、広さ 1 万平方 場のような施設もできるという。グランドキャニオ メートル以上もある商業施設が誕生するかも ンでは過去にない規模の開発計画だ。 しれない。 このプロジェクトを強力に後押しするのが、 開発が進めば水の消費量が一気に増える。 ステイロというイタリア系企業を中心とする開発 政治コンサルタントの R ・ラマー・ホイットマーだ 彼はロープウェーができれば地元にお金が落 側は、水は鉄道で運ぶか、コロラド川からパイ ちると、ナバホ族の議員たちを説得した。一方、 プラインで引く方法を検討しているという。だが 計画に反対しているのは環境保護活動家と、 彼らは井戸の掘削権も所有している。大峡谷 地元の先住民だ。ナバホ族の一部を含めてほ の泉や湧き水を潤す地下水をくみ上げることも ばすべての先住民族が反対に回っている。 できるのだ。 ( 78 ページへ続く ) グランドキャニオン 73