かもめのジョナサン ちかい速さで、羽根一枚うごかさす楽々と滑るように飛んでいた。 若いカモメは一瞬なにがなんだかわからなくなった。 「こいつはどういうことなんだ ? おれは頭がおかしくなったのか ? それともあの世へきちまったのか ? したいこれは何ごとた ? ・ 低い、静かな声が、彼の心にはいりこんできて、返答をせまった。 「フレッチャー、 きみは本当に飛びたいのか ? 」 はい飛びたいですー 「フレッチャー、それほど飛びたいのなら、きみは群れの仲間を許し、 さまざまなことを学んで、いっか仲間のもとに帰り、彼らが本当に飛ぶ ことを知るための手助けをしなくてはならぬ。そうするかね ? 」 フレッチャーはきわめて気位が高く、腹を立てやすい島だったが、 の偉大な飛行の名手に対しては本音を吐かざるをえなかった。 「やります」彼は従順に答えた。 「では、フレッチ」その光り輝く生きものは、彼に深い親しみをこめた
128 「ジョン、あなたはばくにその役目をやれと ? ばくはただの平凡なカ モメに過ぎない。あなたは・ 「〈偉大なカモメ〉の一人息子かね ? 」ジョナサンはため息をつき、海 のほうへ目をやった。 「もうきみにはわたしは必要じゃないんだよ。きみに必要なのは、毎日 ン すこしすっ、自分が真の、無限なるフレッチャーであると発見しつづけ サ ナ ることなのだ。そのフレッチャーがきみの教師だ。きみに必要なのは、 のその師の言葉を理解し、その命するところを行うことなのだ」 一瞬のうちにジョナサンの体は空に浮び、かすかに光りはじめ、次第 にすきとおっていっこ。 「彼らにわたしのことで馬鹿げた噂をひろげたり、わたしを神様にまっ フレッチ ? わたしはカモメな りあげたりさせんでくれよ。 んだ。わたしはただ飛ぶのが好きなんだ、たぶん : : : 」 「ジョナサン ,
「わかったな、フレッチ。きみの目が教えてくれることを信じてはいか んぞ。目に見えるものには、みんな限りがある。きみの心の目で見るの だ。すでに自分が知っているものを探すのだ。そうすればいかに飛ぶか が発見できるだろう」 またたく光がやんだ。そしてジョナサンはたちまち虚空に消えさった。 しばらくして、フレッチャーは、重い心でようやく空に舞いあがり、 最初の授業を待ち望んでいる、新人生の印をつけた生徒たちのグループ と向いあった。 「まずはじめにーー」彼は重々しく言った。 「カモメとは、自由という無限の思想であり、また〈偉大なカモメ〉の いわば化身であって、体全体が翼の端から端まで、きみらがそれと考え るもの以外の何ものでもないことを理解しなければならん」 若いカモメたちは、呆れたように彼を眺めた。おやおや、どうやらこ いつは宙返りの法則とはちょいと違うようだぜ、と、彼らは思った。 129
Part Three 127 ] ・リンドでも な、まあ、フレッチャ いい。追放刑になったばかりで、 死ぬまで群れと戦う覚悟を固め、〈遙かなる崖〉に自分のつらい地獄を きすきあげようとしていた。それが今ここではどうだ、地獄のかわりに 自分の天国をつくりかけていて、その方向に群れを導いているのだから な」 彼の目に一瞬、怖 フレッチャーはジョナサンのほうへ向きなおった。 , れの色がはしった。 「ばくが導いている、ですって ? それはどういう意味ですか、ばくが 導きつつあるというのは。ここでの教師はあなたなんです。あなたはこ こから発たれてはいけませんー」 「果してそうだろうか ? ほかにも群れが、また別なフレッチャーたち がいるかもしれぬとは、きみは考えないのかい ? すでに光を求めて飛 びはじめているここの群れより、もっと教師を必要としている群れや、 フレッチャーがいるとは ?
Part Three 115 らである。 集ってくるカモメの数は、日毎に多くなっていった。質問をしにくる あざけ のもいたし、憧れて近づいてくるものも、また嘲りにやってくるものも 「群れの連中は、あなたのことを〈偉大なカモメ〉ご自身の御子ではな いかと噂していますよ」ある朝、上級のスビード練習を終えたあと、フ レッチャーがジョナサンに言った。 「もしそうでないとすると、あれは千年も進んだカモメだなんてね」 、こ。県 ( ・されるとい一つのはこ一つい一つことな ジョナサンはため自〔をつしカ一三角 のだ、と、彼は思った。噂というやつは、誰かを悪魔にしちまうか神様 にまつりあげてしまうかのどちらかだ。 「きみはどう思うかね、フレッチ。われわれは時代より千年も進んだカ モメかね ? 」 あこが
うかね」 「ジョナサンー」 「またの名を〈偉大なカモメ〉の御子、かね」ジョナサンは乾いた口調 で言った。 : ま 「こんなところで何をしていらっしやるのです ? 崖だ ン くは : : : 死んじまったんじゃないんですか ? 」 サ ナ 「ああ、フレッチ、さあ、考えてみるんだ。もし今きみがわたしに口を のきいているんなら、まちがいなくきみは生きてるんだ、そうだろう ? きみがなんとかやってのけたのは、自分の意識の水準を、かなり急激に 変化させる方法だったのさ。さあ、これからはきみはどちらかを選ばな きゃならん。ここにとどまってこの水準で勉強をしてもいいし、また元 の場所へもどって群れを相手にやってもいし ついでに言っておくと、 ここはきみが後にしてきたところよりも、すいぶん高い場所なのだよ。 長老たちはなにか大きな不幸が起こればいいと願っていたんだが、きみ 122
Part Three 125 「一羽の鳥にむかって、自己は自由で、練習にほんのわすかの時間を費 しさえすれば自分のカでそれを実施できるんだということを納得させる ことが、この世で一番むすかしいなんて。こんなことがどうしてそんな に困難なのだろうか ? 」 フレッチャーは、突然自分が立っている場所の様子が一変したことに 驚いて、まだ目をパチクリさせていオ 「一体あなたは何をなさったのですか ? どうやってばくたちはここへ きたんです ? 」 「きみはあの暴徒たちから逃げ出そうといったんじゃなかったのか 「ええ。でも、どうやってあなたは・ 「ほかのことと全部おんなじさ、フレッチャー。練習だよ」 朝がくるころには、群れは自分たちの狂気じみた行為を忘れてしまっ
「それ以外に掟はない」 「どうしてあなたは、われわれもあなたのように飛べると思うんで す ? 」 別の声があがった。 「あなたは他の鳥とは出来がちがうんだ。特別な、才能に恵まれた、神 聖なカモメなんじゃありませんか」 サ ナ 、スⅡローランド 「フレッチャーを見たまえ , ローエルを ! チャール、 ーをごらん ! 彼らもみんな特別な、才能に恵まれ め たカモメかね ? きみたちと同じなんだ。わたしとも同じだ。ひとっ違 うのは、たったひとつだけ違ってるのは、彼らは本当の自分というもの を理解しはじめていて、そのための練習をすでに始めているということ だけなのだ」 フレッチャー以外の生徒たちは、不安げに体を動かした。彼らは、自 分たちがやっていることが、そういうことだとはさとっていなかったか 1 14
かもめのジョナサン 126 ていたたが、フレッチャーはそうではなかった。 「ジョナサン、あなたはすいぶん前にご自分で言われたことを憶えてい らっしゃいますか ? あなたは群れに戻って彼らの学習の手助けをする ことこそ、群れを愛することなのだ、とおっしやった」 もちろん 「勿論おばえているとも」 「もう少しで自分を殺しかねないほど暴徒化した鳥たちを、どうして愛 せるのか、ばくには分りませんね」 「フレッチャー、 きみはああいうことが嫌いなんだろう ! それは当 だ、憎しみや悪意を愛せないのはな。きみはみずからをきたえ、そして カモメの本来の姿、つまりそれぞれの中にある良いものを発見するよう につとめなくちゃならん。彼らが自分自身を見いたす手助けをするのだ。 わたしのいう愛とはそういうことなんだ。そこのところをのみこみさえ すれば、それはそれで楽しいことなのだよ。 わたしは荒つばい若いカモメのことをおぼえている。名前は、そうだ
「ちがう ! やつ自身がちがうと言ってる ! あれは悪魘だ ! 悪魔な んだ ! 群れを破滅させるためにやってきたんだー」 四千羽のカモメが群れ集っていた。目の前におこった出来事に仰天し、 と叫びあう声が、大洋を吹きあれる暴風のように群衆の中を 駆け抜けていった。彼らは目をぎらぎら光らせ、鋭いくちばしをふりた ンてて、ジョナサンとフレッチャーを殺そうとまわりからつめよってきた。 ナ 「この場を離れたほうが気分がいし と思一つかね、フレッチャー。ど一つ の た ? 」 め ジョナサンがきいた。 「ええ、そうしてもそう悪くはないとは思いますけど : : : 」 たちまちのうちに、彼らはかなり離れたところに立っていた。つめよ ってきた暴徒たちのくちばしは、むなしく空をきってひらめくだけだっ 「なぜなんだろう ? 」ジョナサンは、とまどって呟いた。 124 悪魔だ ,