しかし、どこでそんな話を聞いたんだったかな ? 地上での生活の記 意は、ほとんど消えかけていた。無論、地上は彼がいろんなことを学ん できた場所ではあったが、 こまかい点はばうっとかすんでしまっている。 えさ なにやら餌を奪いあって争ったことや、追放のうきめにあったことなど ' とのカ 十二羽のカモメが海岸線のところまで彼を出迎えに現われた。・ モメも無言のままだった。だが、彼は自分が歓迎されているらしいこと、 そしてこここそが自分の本当のふるさとなのだということをすぐに感じ それは実に大変な一日だった。その朝、いつごろ日が昇ったかさえも、 もはや思いだせないほどだった。 彼は海岸への着陸体勢にうつった。羽ばたきながら地上数センチのと ころで停止し、それからふわりと砂地に降り立った。ほかのカモメたち も続いて着陸したが、彼らのほうは一羽として羽根一枚ばたっかせたり
地上のことを思い返していることがあるのに気がついた。もしも彼がこ こで知りえたことの十分の一、いや百分の一でも、むこうにいるときに 知っていたとしたなら、あちらの生活はどれほど豊かなものになってい たことだろう ! 彼は砂浜に立ち、物思いにふけりだした。むこうにも、 自分の限界を突破しようと苦闘しているカモメがいるのではなかろうか 飛行を、小舟からでるパンの耳を手にいれるための移動手段としてのみ 考えるのではなく、飛ぶことの本当の意義を知ろうと苦闘しているよう な、そんなカモメがいるのではなかろうか。もしかすると、群れの前で 自分が知った真実を語ったために追放されたカモメだっているのかもし れぬ。 優しさについて学べば学ぶほど、また、愛の意味を知ろうとっとめれ ばっとめるほど、ジョナサンは、一層、地上へ帰りたいという思いに駆 られた。それというのも、ジョナサンは、これまで孤独な生き方をして きたにもかかわらす、生れながらにして教師たるべく運命づけられてい
ふーむ、するとこれが天国というやっか、なるほど、と彼は考え、そ ンれからそんな自分に思わず苦笑した。いきなり駆けあがってきて、はい ナ りこんだとたんに天国をどうこう言ったりするのは、あまり礼儀にかな の ったことではあるまい め , ーしま地上から雲の上へと、光り輝くカモメたちとしつかり編隊を 組んでのばってきたのだが、ふと気がつくと彼自身の体もほかの二羽と 同じよ一つにしだいに軍きはじめていた まさしくそこには、金色の目を光らせながらひたむきに生きていオ あの若きジョナサンの姿があった。もっとも外見はすっかり変ってしま ってはいたけれども。
Part Two ジョナサンは目をあけた。彼は長老と二人だけで、さっきまでとはま るで違った海岸に立ってし 、た。森は波打際まで迫っており、二つの黄色 い太陽が頭上をめぐっている。 「ついに会得したな」チャンが言った。 「だが、もう少しコントロールの研究をする必要がありそうだ : : : 」 ジョナサンは肝をつぶした。 ここはどこです ? 」 あたりの不思議な光景には何の関心も示さず、長老は彼の質問をあっ さ C 物付けた。 「われわれはどこかの惑星にいる。みどり色の空、太陽にかわる双子星、 まちかいない」 ジョナサンはけたたましい歓喜の叫び声をたてた。それは彼が地上を 後にして以来、はじめて発した声だった。 っ一」 0
ことによって可能となったのである。さらに彼はその方法をもちいて、 昔の仲間のカモメたち全員が靄や雨にとじこめられて地上にじっとうす くまっているような時にも、海上の濃霧を突破し、その上の目がくらむ ほど晴れた空へ昇っていった。さらに彼は、強風に乗って内陸深くまで こんちゅう 飛び、そこでうまい昆虫を食べることをもおばえた。 ン以前は仲間全部のために探し求めていたことを、彼はいま、自分ひと ナ りのために手に人れたのだった。さらに彼は飛行のさまざまな方法を身 のにつけた。そのために払った代価を、彼はすこしもしいとは思ってい なかった。やがてジョナサンは、カモメの一生があんなに短いのは、退 屈と、恐怖と、怒りのせいだということを発見するにいたった。そして、 その三つのものが彼の心から消えうせてしまったのち、彼は実に長くて 素晴らしい生涯を送ることとなった。
したあかっきには、われわれにとって残るのはここだけだ。そしてもし 時間を征服したとすれば、われわれの前にあるのはいまだけだ。そうな れば、このここといまとの間で、お互いに一度や二度ぐらいは顔をあわ せることもできるだろう。そうは思わないか、え ? 」 サリヴァンは、思わず笑い出した。 「この気ちがいめー彼は親しみをこめて言った。 「もし地上にいる誰かに、数千キロのかなたをどうやって見るか教える ことができる者がいるとすれば、それはジョナサン・リヴィングストン、 つぶや きみぐらいのものさ」彼は砂に目をおとして呟いた。 「さらば友よ、ジョン」 「さようなら、サリ 。また会おう」 ぼうだい そう一一一口うと、ジョナサンは心の中で、以前の海岸に集っている厖大な カモメの群れの姿を思い描いた。そして彼はすっかり身についたやり方 で自分は骨と羽毛のかたまりではない、なにものにもとらわれぬ自由と
姿はカモメのかたちをしているようだが、飛び方はちがう。すでに以 前の彼よりもはるかに見事に飛べるようになっていた。 なぜだろう ! なぜ半分ぐらいしか力をだしていないのに、地上での 自分の全盛時代よりも倍も速く、はるかに鮮かに飛べるのかー 彼の羽毛はいま純自にきらめきはじめ、両の翼は磨いた銀の薄板のよ かんべき うになめらかで、完璧なものとなった。彼は胸をおどらせながら、この 新しい翼をどう扱えばよいか、どうすれば加速することができるかを研 究しはじめた。 時速四百キロに達すると、彼はどうやら自分が水平飛行の限界速度に 近づいてきたらしいことを感じた。そして四百四十キロほどに達すると、 それが新しい自分のだせるぎりぎりの速さなのだと知って、ほんの少し たけがっかりした。この新しい肉体がだせるスビードには、やはり限界 があったのだ。過去の水平飛行時の最高記録をはるかに上回っていると 7 はいえ、依然としてそこには限界があり、それを突破するには巨大な努
きあきれながらも、嬉しさで一杯になり、明日はもっと高く昇ろうと心 に誓っていた。 人並みはすれて曲技飛行の大好きなフレッチャーは、十六分割垂直緩 横転をものにし、次の日には三連続横とんば返りを加えてその技を完成 した。彼の羽毛は浜辺に向って白い太陽光線を反射させた。そしてその ン浜辺から彼をこっそり見ている目は、一つや二つではなかった。 ナ 毎時間、ジョナサンは彼の生徒それぞれにつきっきりで模範演技を行 ヒントを与え、強制し、指導した。彼はたのしみに、生徒たちと夜 め 間飛行を行い、雲や嵐の中を飛んだ。その間、群れのカモメたちは、み じめにも地上で押し合いへし合いしていなければならなかったのだ。 飛行を終えると、生徒たちは砂地でくつろいだ。やがて彼らは前より も一層、注意ぶかくジョナサンの話に耳を傾けるようになった。彼は 徒たちには理解しがたい狂気じみた考えを抱いていたが、それと共に、 110
きないくらい慎重に両の翼をあおってみた。だが十回こころみて、十回 とも時速百十キロをこえたとたん、回転する羽毛の塊となり、コントロ ールを失ってまっさかさまに水面に激突してしまうのである。 かぎ この問題をとく鍵はーーと、彼はびしょ濡れになりながら考えた。重 要な点は高速降下の最中に翼をじっと動かさすにいることだ。そうだ、 ン 時速八十キロまでは羽ばたいても、それ以上になったときは、翼をびた サ っと静止させてしまえばいい。 の 六百メートルの上空からふたたびやってみた。横転しながら降下には め いり、やがて時速八十キロを突破すると、彼はくちばしを真下に向け、 翼をいつばいにひろげたまま固定した。これにはものすごい力が必要だ ったが、効果は満点だった。十秒もすると時速百四十キロ以上に達し、 頭がばうっとなってきた。まさにその瞬間、彼、ジョナサン・リヴィン グストンは、カモメの世界スビード記録を樹立していたのだー たがその勝利はつかの間のものだった。引き起こしにかかったその時、
ついに彼はその速度をたもったまま、いきなり上昇し、長い垂直緩横 オ二羽も彼にならって、微笑みさえうかべながら一緒に横 転にうつつこ。 転した。 ジョナサンは水平飛行にもどった。そしてしばらく黙っていたが、や がて口をひらいた。 ン「大したものだ」と彼は言った。「ところで、あなたがたは ? ナ 「あなたと同じ群れの者だよ、ジョナサン。わたしたちはあなたの兄弟 のなのだ」 その言葉は力強く、落着きがあった。 「わたしたちは、あなたをもっと高いところへ、あなたの本当のふるさ とへ連れて行くためにやってきたのだ。 「ふるさとなどわたしにはない。仲間もいはしない。わたしは追放され たんだ。それにわれわれはいま、〈聖なる山の風〉の最も高いところに 乗って飛んでいるが、わたしにはもうこれ以上数百メートルだってこの