128 「ジョン、あなたはばくにその役目をやれと ? ばくはただの平凡なカ モメに過ぎない。あなたは・ 「〈偉大なカモメ〉の一人息子かね ? 」ジョナサンはため息をつき、海 のほうへ目をやった。 「もうきみにはわたしは必要じゃないんだよ。きみに必要なのは、毎日 ン すこしすっ、自分が真の、無限なるフレッチャーであると発見しつづけ サ ナ ることなのだ。そのフレッチャーがきみの教師だ。きみに必要なのは、 のその師の言葉を理解し、その命するところを行うことなのだ」 一瞬のうちにジョナサンの体は空に浮び、かすかに光りはじめ、次第 にすきとおっていっこ。 「彼らにわたしのことで馬鹿げた噂をひろげたり、わたしを神様にまっ フレッチ ? わたしはカモメな りあげたりさせんでくれよ。 んだ。わたしはただ飛ぶのが好きなんだ、たぶん : : : 」 「ジョナサン ,
Part Two ジョナサンは目をあけた。彼は長老と二人だけで、さっきまでとはま るで違った海岸に立ってし 、た。森は波打際まで迫っており、二つの黄色 い太陽が頭上をめぐっている。 「ついに会得したな」チャンが言った。 「だが、もう少しコントロールの研究をする必要がありそうだ : : : 」 ジョナサンは肝をつぶした。 ここはどこです ? 」 あたりの不思議な光景には何の関心も示さず、長老は彼の質問をあっ さ C 物付けた。 「われわれはどこかの惑星にいる。みどり色の空、太陽にかわる双子星、 まちかいない」 ジョナサンはけたたましい歓喜の叫び声をたてた。それは彼が地上を 後にして以来、はじめて発した声だった。 っ一」 0
Part Three 127 ] ・リンドでも な、まあ、フレッチャ いい。追放刑になったばかりで、 死ぬまで群れと戦う覚悟を固め、〈遙かなる崖〉に自分のつらい地獄を きすきあげようとしていた。それが今ここではどうだ、地獄のかわりに 自分の天国をつくりかけていて、その方向に群れを導いているのだから な」 彼の目に一瞬、怖 フレッチャーはジョナサンのほうへ向きなおった。 , れの色がはしった。 「ばくが導いている、ですって ? それはどういう意味ですか、ばくが 導きつつあるというのは。ここでの教師はあなたなんです。あなたはこ こから発たれてはいけませんー」 「果してそうだろうか ? ほかにも群れが、また別なフレッチャーたち がいるかもしれぬとは、きみは考えないのかい ? すでに光を求めて飛 びはじめているここの群れより、もっと教師を必要としている群れや、 フレッチャーがいるとは ?
間、ジョナサンは上下の観念を逆にしなければならなかったからである。 つまり、翼を曲げるにも普通とは反対にし、教官の動きに対応して正確 に逆の動きをやってのける必要があったのだ。 「もう一度やろう」サリヴァンは何度もくり返した。「もう一度」と。 それからついに言った。「よし」 ンそのあと彼らは逆宙返りの訓練にとりかカった ナ の或る日の暮れ方のことだった。夜間飛行をしないカモメたちは、砂地 にかたまって思索にふけっていた。ジョナサンは、ありったけの勇気を ふるいおこして長老のカモメに近づいていった。それは噂によると、も うすぐここを離れて、もうひとつ上の世界へ移ってゆくことになってい るらしい張という名のカモメである。 「チャン ・」と彼はおどおどした口調で呼びかけた。 老いたカモメは、優しく彼を眺めた。 チャン うわさ
がんばりつづけた。そしてあらゆる努力を惜しまなかったにもかかわら す、彼は立っている地点から毛一筋ほども移動できなかった。 「神がかりになることはない , 」とチャンは言い、そのことを何度もく り返した。 「飛ぶために信条はいらなかったはすだ。これまでのお前に必要だった ンのは、飛ぶということを理解することだったでまよ ) 。 ー广しカこんど 4 も全く ナ それと同じことなのだ。さあ、ではもう一度やってみるがよい」 のそして或る日のこと、ジョナサンが目を閉じ、精神を集中してなぎさ に立っていると、不意になにかが心にひらめき、彼はこれまでチャンが 何を言いつづけてきたかを一瞬のうちにさとった。 「そうだ、本当だ ! おれは完全なカモメ、無限の可能性をもったカモ メとしてここに在る , 」 彼は激しい衝撃のような歓びをおぼえた。 「いいぞ , 」チャンは言った。その声には何かをなしとげた明るさがあ
力を必要とするらしい。天国には限界などあるはすはない、 ←」のに。 そのとき不意に雲が切れ、介添役のカモメが声をかけた。 「無事着陸を祈る、ジョナサン」 そう告げると、彼らはふっとかき消すように見えなくなった。 ン 彼は海をこえ、人りくんだ海岸線へむけて飛びつづけた。なぜか、崖 サ ナ の上で上昇気流にのって飛んでいるカモメには、ほとんどお目にかから のない。はるか北のほう、水平線の果てのあたりにわずかに何羽かが飛ん でいるだけだ。 ふしぎな眺めだった。思いもよらぬ考えが心を乱し、あらたな疑問が 湧きあがった。なぜこんなにカモメが少いのだろう ? 天国にはカモメ が群れつどっているはすじゃよ " ゝ オしカ ! それにしても、どうしてこうお れはすぐに疲れてしまうのだ ? 天国にきたカモメは、決して疲れたり、 眠ったりはしないはすなのに , と て
ジョナサンは、その日からすっと、残された生涯をひとりで過ごすこ ととなった。だが、彼は流刑の場所、〈遙かなる崖〉にとどまらすに、 さらにすっと遠くまで飛んでいった。 , 彼のただひとつの悲しみは、孤独 ではなく、輝かしい飛行への道が目前にひろがっているのに、そのこと ンを仲間たちが信じようとしなかったことだった。彼らが目をつぶったま ナ ま、それを見ようとしなかったことだった。 の しかし彼はそのような日々の間に、つぎつぎと新しいことを学んでい め った。彼は流線型の高速降下によって、海面の三メートルも下を群遊す るめずらしい魚を発見できることを知った。もはや、生き残るために漁 船や腐りかけたパンくすは必要ではなかった。 沖合へ吹く風を利用する夜間飛行のコースを定めて、日没から日の出 までに百六十キロの旅を行いながら空中で眠ることも、彼は習得した。 それは単に肉体的な技術ではなく、彼自身の精神力をコントロールする
と彼はうっとりしていた。月も、遠くの燈火も、きらきらと海面に揺れ て、夜の中にかすかな光の尾を投げかけている。すべてが平和で、静寂 そのものだ : 降りるんだ ! またうつろな声が響いた。カモメは決して闇の中を飛 んだりはしないー もしお前が闇の中を飛ぶように生れついているのな ンら、フクロウのような目を持っているはすだぞ ! 目をつぶってでも正 ナ 確に飛べるはすだぞ ! そしてハヤプサの短い翼がそなわってるはすだ のぞー 夜の中を三十メートルの高さで飛びながら、ジョナサンは突然まばた きをした。さっきまでの苦痛と決心とが、たちまち吹っとんだ。 短い翼だ。ハヤプサのあのつばめた短い翼ー こいつが答だ ! おれはなんて馬鹿だったんだ ! 必要なのは小さく 短い翼だけなのだ。翼の大部分をたたみこみ、残された先端だけで飛 ぶ ! 短い翼 ! それがすべてだ ,
ジョナサンは答え、砂地から飛びあがった。そして群れの本拠地をめ ざして東へむかった。 生徒たちは、しばらくの間、考え悩んだ。追放されたカモメは絶対に 戻れないというのが群れの掟であり、その掟は今日までこの一万年の間、 ただの一度も破られたことがなかったからである。掟はとどまれと言い ジョナサンは行けと言う。しかし、もはやジョナサンは沖合にいた。も サ ナ しこれ以上彼らが出発をためらっていたなら、敵意にみちた群れのもと のへ、彼ひとりが着いてしまうことになる。 「えーと、つまり、おれたちがすでに群れの一員じゃないのなら、その 掟に従う必要はないんじゃないのかね ? 」フレッチャーがためらいがち に一「ロった。 「それにだぜ、もし向うで争いにでもなった時には、こっちにいるより 向うにいた方がすっと役に立つわけだし」 そういうわけで、ジョナサンたち八羽は、翼の端が重なりあわんばか 104 おきて
めるまでに、さらに百年の歳月がかカり、そしてついにわれわれの生の 目的がその完全なるものを見いだし、それを身をもって示すことだと考 えつくまでには、さらにもう百年が必要だったんだ。もちろん、同じこ とが今のわれわれにも言えるだろう。わたしたちはここで学んでいるこ とを通じて、つぎの新しい世界を選びとるのだ。もしここで何も学びと ることがなかったなら、次の世界もここと同じことになる。それはつま 、乗り越えなきゃならん限界、はねのけるべき鉛の重荷が、もとのま まに残ってしまうことなんだ」 彼は翼をひろげ、顔を風上に向けた。 「しかし、ジョン、きみはだなーー」と彼は言った。 「おそろしく沢山のことを一ペんに学んでしまったんだ。だからここへ やってくるのに何千年もかけなくてすんだのさ」 彼らはすぐにまた空に舞いあがり、訓練を開始した。編隊を組んだま までの分割横転はきわめて難しかった。というのは裏返しになっている