「ちがう ! やつ自身がちがうと言ってる ! あれは悪魘だ ! 悪魔な んだ ! 群れを破滅させるためにやってきたんだー」 四千羽のカモメが群れ集っていた。目の前におこった出来事に仰天し、 と叫びあう声が、大洋を吹きあれる暴風のように群衆の中を 駆け抜けていった。彼らは目をぎらぎら光らせ、鋭いくちばしをふりた ンてて、ジョナサンとフレッチャーを殺そうとまわりからつめよってきた。 ナ 「この場を離れたほうが気分がいし と思一つかね、フレッチャー。ど一つ の た ? 」 め ジョナサンがきいた。 「ええ、そうしてもそう悪くはないとは思いますけど : : : 」 たちまちのうちに、彼らはかなり離れたところに立っていた。つめよ ってきた暴徒たちのくちばしは、むなしく空をきってひらめくだけだっ 「なぜなんだろう ? 」ジョナサンは、とまどって呟いた。 124 悪魔だ ,
しかし、どこでそんな話を聞いたんだったかな ? 地上での生活の記 意は、ほとんど消えかけていた。無論、地上は彼がいろんなことを学ん できた場所ではあったが、 こまかい点はばうっとかすんでしまっている。 えさ なにやら餌を奪いあって争ったことや、追放のうきめにあったことなど ' とのカ 十二羽のカモメが海岸線のところまで彼を出迎えに現われた。・ モメも無言のままだった。だが、彼は自分が歓迎されているらしいこと、 そしてこここそが自分の本当のふるさとなのだということをすぐに感じ それは実に大変な一日だった。その朝、いつごろ日が昇ったかさえも、 もはや思いだせないほどだった。 彼は海岸への着陸体勢にうつった。羽ばたきながら地上数センチのと ころで停止し、それからふわりと砂地に降り立った。ほかのカモメたち も続いて着陸したが、彼らのほうは一羽として羽根一枚ばたっかせたり
がんばりつづけた。そしてあらゆる努力を惜しまなかったにもかかわら す、彼は立っている地点から毛一筋ほども移動できなかった。 「神がかりになることはない , 」とチャンは言い、そのことを何度もく り返した。 「飛ぶために信条はいらなかったはすだ。これまでのお前に必要だった ンのは、飛ぶということを理解することだったでまよ ) 。 ー广しカこんど 4 も全く ナ それと同じことなのだ。さあ、ではもう一度やってみるがよい」 のそして或る日のこと、ジョナサンが目を閉じ、精神を集中してなぎさ に立っていると、不意になにかが心にひらめき、彼はこれまでチャンが 何を言いつづけてきたかを一瞬のうちにさとった。 「そうだ、本当だ ! おれは完全なカモメ、無限の可能性をもったカモ メとしてここに在る , 」 彼は激しい衝撃のような歓びをおぼえた。 「いいぞ , 」チャンは言った。その声には何かをなしとげた明るさがあ
たからだし、また、独力で真実を発見しようとチャンスをさがしている カモメに対して、すでに自分が見いだした真実の何分の一かでもわかち 与えるということこそ、自分の愛を証明する彼なりのやり方のように思 えたからである。 いまではすでに思念速度で飛ぶことにも熟達して、ほかのカモメたち ンの学習の手助けをしているサリヴァンは、そんなジョナサンの様子を気 ナ 遣って言った。 の 「ジョン、きみはいちど追放されたカモメなんだせ。昔の仲間たちが、 め ことわざ 今さらきみの言うことなんか聞くはずがないじゃよ ) ゝ。」 广しカ例の諺を知っ てるだろう。あれは本当のことさ。〈最も高く飛ぶカモメは最も遠くま で見通す〉というやつだ。きみの古巣にいるカモメたちは、地面の上で ギャアギャア仲間げんかばかりやっている。連中は天国から何千キロも 離れたところにいるんだ。それだのにきみは、やつらをそこに立たせた まま、天国を見せてやりたいっていうんだからなあ ! ジョン、彼らに
Part Two ジョナサンは目をあけた。彼は長老と二人だけで、さっきまでとはま るで違った海岸に立ってし 、た。森は波打際まで迫っており、二つの黄色 い太陽が頭上をめぐっている。 「ついに会得したな」チャンが言った。 「だが、もう少しコントロールの研究をする必要がありそうだ : : : 」 ジョナサンは肝をつぶした。 ここはどこです ? 」 あたりの不思議な光景には何の関心も示さず、長老は彼の質問をあっ さ C 物付けた。 「われわれはどこかの惑星にいる。みどり色の空、太陽にかわる双子星、 まちかいない」 ジョナサンはけたたましい歓喜の叫び声をたてた。それは彼が地上を 後にして以来、はじめて発した声だった。 っ一」 0
たたび彼の姿は消え、前と同じ千分の一秒のうちにジョナサンと肩を並 べて立っていた。 「どうだ、面白かろうが」と彼は言った。 ジョナサンは目まいをおばえた。天国のことをきくつもりが、すっか り忘れてしまっていた。 「一体どうやればあんなことができるんです ? どんな気持がするんで しようか ? あのやり方で、どれくらい遠くまで行けるのでしよう ? 」 「どこへでも、いつでも望むままにだ」長老は言った。 「わしは自分で思いつく限り、すべての場所へ、あらゆる時に行ってみ たものだよ」 彼は海のむこうを眺めやった。 「妙なものだな。移動することしか念頭になく、完全なるもののことな ど軽蔑しておるカモメどもは、のろまで、どこへも行けぬ。完全なるも のを求めるがゆえに移動することなど気にかけぬ者たちが、あっという けいべっ
彼は暗黒の海上を一気に六百メートル駆けのばった。そして翼を固く 胴体におしつけると、その翼の先だけを細い短剣の形をした後退翼そっ くりに風の中に突きだし、失敗することも、死ぬことも全く考えるいと まもなく、、 しきなり垂直急降下に突人した。 風は怪物のような唸りをあげて、彼の頭上におそいかかった。時速百 十キロから百四十キロへ、さらに百九十キロへ、そして速度はなおも上 りつづけた。やがて時速は二百二十キロに達した。だがその速度でさえ、 以前のやり方の百十キロの時よりはるかに楽だった。そしてほんの少し 翼の先をひねると、急降下からやすやすと脱出でき、月下を飛ぶ灰色の 弾丸さながらに波の上を突進してゆくのである。 目を細めて風に立ちむかいながら、彼は歓びに身を震わせた。時速二 百二十四キロ ! それもコントロールをたもちながらー もし , ハ百メー トルでなく千五百メートルから降下すれば、いったいどれ位のスビード うな
「ます第一に」彼は苦笑しながら言った。 「合流するのがかなりおくれたようだが : : : 」 あいつらは追放カモメだー なのにやつらは戻ってきたぞ ! それに あんな : : : あんなことがあってたまるか ! そういう声が群れの間を稲 妻のように駆け抜けた。争いになるかもしれないというフレッチャーの ン危嶼は、群れに生じた混乱にまぎれて薄らいでいった。 「うん、そりやそうだ。オーケイ、やつらはたしかに追放カモメさ」 の若いカモメたちの中にはこんなふうに言うものもいた。 「だけど、おい、やつら一体どこであんなふうに飛ぶのをおばえたんだ ろうなあ ? 」 そして、一時間ほどたっと次のような長老の通達が群れに伝わった。 彼らを無視せよ、追放カモメに言葉をかけるものは、ただちに追放する、 追放カモメを尊敬したりするものは、群れの掟を破ったものとみなされ る。 106
Part Three 115 らである。 集ってくるカモメの数は、日毎に多くなっていった。質問をしにくる あざけ のもいたし、憧れて近づいてくるものも、また嘲りにやってくるものも 「群れの連中は、あなたのことを〈偉大なカモメ〉ご自身の御子ではな いかと噂していますよ」ある朝、上級のスビード練習を終えたあと、フ レッチャーがジョナサンに言った。 「もしそうでないとすると、あれは千年も進んだカモメだなんてね」 、こ。県 ( ・されるとい一つのはこ一つい一つことな ジョナサンはため自〔をつしカ一三角 のだ、と、彼は思った。噂というやつは、誰かを悪魔にしちまうか神様 にまつりあげてしまうかのどちらかだ。 「きみはどう思うかね、フレッチ。われわれは時代より千年も進んだカ モメかね ? 」 あこが
Part Three 125 「一羽の鳥にむかって、自己は自由で、練習にほんのわすかの時間を費 しさえすれば自分のカでそれを実施できるんだということを納得させる ことが、この世で一番むすかしいなんて。こんなことがどうしてそんな に困難なのだろうか ? 」 フレッチャーは、突然自分が立っている場所の様子が一変したことに 驚いて、まだ目をパチクリさせていオ 「一体あなたは何をなさったのですか ? どうやってばくたちはここへ きたんです ? 」 「きみはあの暴徒たちから逃げ出そうといったんじゃなかったのか 「ええ。でも、どうやってあなたは・ 「ほかのことと全部おんなじさ、フレッチャー。練習だよ」 朝がくるころには、群れは自分たちの狂気じみた行為を忘れてしまっ