る動きがあると、鉱山会社は将来生産する金地金をいまの価格で売って しまおうと、先物へッジ売りを行うことが考えられる。そうなると、大 量の売りを浴びて、先物価格は下落することがある。 ⑦金の現物市場のプレーヤー 金地金は、金鉱山や銅鉱石からのバイプロダクションにより金鉱石が 生産され、それが精錬工程を経て金地金になる。金地金とは、いわゆる 延べ棒であったり、さつま揚げのような 5kg 塊、 10kg 塊等をいう。小さ なものでは、パチンコの景品に使われる 5g や 10g 等もある。 金のもう 1 つの供給源は、スクラップである。 これは、主に半導体のスクラップである。コンピューターを解体して、 「石」と俗称されるプリント基板を取り出す。これは主に銅資源である が、プラスチックやセラミックカバーの IC チップを基盤から取りはすし、 それをクラッシュしてプラスチック分等を取り除くと、シリコン基盤と 銅のリードフレームをつなぐ部分の金線が回収できる。金鉱石を掘り尽 くしつつある現代では、コンピューターはたいへん効率のよい「市中の 金鉱石」であるといえる。 それらの金鉱石は、塩酸と硫酸を混せ合わせた「王水」に漬けると金 分が溶融する。これを取り出せば、純度の高い「純金」を得ることがで き、これを溶かして鋳型に流せば、再度、前記の金地金となる。 Refinery ( 地金商 ) と呼ばれる精製メーカーは、スクラップを王水で溶 かして純金を取り出したり、宝飾メーカーで発生した削りくす等のスクラ ップを集荷し、また、海外から輸入した金地金を溶かして金の棒や線、パ イプ等の中間製品を製造する。宝飾メーカーは、これらの素材を購入して、 宝飾品に加工する。 金の現物トレーダーは、海外の場合、大手地金商と鉱山会社、及びプ リオン銀行である。日本でも、銀行の店頭で金地金を購入することがで きるのだが、あまり流行っていない。日本の場合、金は「物」として認 120
いない場合、金鉱山は、各国の政府が備蓄している金地金等をリースで 借り受ける。借りた地金を、市場に持ち込んで売却してしまい、現金を 受け取る。受け取った現金は、鉱山の運転資金とする。リースを受けた 金地金は、将来のリース契約の満期日に、自社の鉱山で生産した金地金 により返却する。 政府機関等、金地金をリースする人たちのメリットは、金地金を備蓄 していても一銭の金利も産まないが、鉱山会社にリースすることにより リース料が収入として入ってくる点である。問題は、鉱山が予定通り生 産してくれるかどうかの与信リスクだけである。 鉱山会社は、将来生産する金地金の代金を、リース料を支払って、い ま受け取ることができる。 この例も、将来の価格が下がるリスクを避けるために、いま先物で売 っておくという売りへッジの戦略の変形で、リース料を支払って地金を 借り、それを売却して将来の生産物で返済するものであった。 同様な売りへッジは、銅鉱山、アルミ鉱山、大豆やトウモロコシの生 産者でも行われている。米国や中国では、農業生産者を保護するために 多くの先物市場が設立された。日本には、農協等の強い反対により、い まだにコメが上場されていない。 こうした取引は一見複雑に見えるため、上司を説得するのが面倒だな どという理由で、長い間日本企業は敬遠してきた。しかし、金融取引の 発達で、 10 年ほど前からこうしたデリバテイプ取引が一般企業でも行わ れるようになってきた。最近では、都市銀行がメーカー等に、原材料の 購買価格や販売価格のヘッジを組み込んだ金融商品を売っているそうで ある。そうした取引は、エンロンのように大きな損失が出たときだけ新 聞紙上等で取り上げられ、あたかも危険なものと思われがちであるが、 先物などのデリバテイプ取引は、逆にリスクをミニマイズするためのリ スクマネージメントとして有効な手段である。日本でも、多くの企業が これらの仕組みを理解して、活用する時代がやがて来るだろう。 216
商品ことの価格チェックポイント・ 3 ー ◆金の現物取弓の動き 政府 者 業 プ ッ ク ス 鉱山会社 海外の ブリオンバンク 日本の銀行 宝飾品用途の メーカー 工業用途の ←ー→地金商 ←→宝石商 メーカー 識されるため、官庁の管轄は経済産業省になる。一方、銀行や証券会社 は金融庁など旧大蔵省系官庁の管轄となる。したがって、日本の金融機 関は、海外の地金商や銀行から金地金を買うことができない。金融機関 は、物を扱う商社から購入せざるをえないのである。これが、日本の銀 行が金地金をあまり売りたがらない、 1 つの理由である。 一方、海外ではこのような縄張りはないため、銀行間で金地金の売買 が日常的に行われている。それを受けて立つ日本のプレーヤー、いわゆ るプリオンディーラーは、主に商社ということになる。したがって、商 社は海外の銀行、特にスイス系の銀行とは、毎日、金地金の取引を行っ ている。スイスの銀行は、東南アジア各国との取引を行うために香港に 支店を置いており、かなり大きな権限を与えているため、日本時間では、 日本の商社は香港にあるスイスの銀行の支店と、ロイター画面を通じて 取引を行うことになる。ゆえに、金の現物取引市場 (OTC 市場 ) は、ロ イター画面上にあるといえる。 ⑧海外相場 日本の金価格は、前日の COMEX (NYMEX の一部門 ) の先物価格と、 LONDON の現物 FIXING 価格、及びスイスの現物価格等から影響を受け 121
よくわかるリスクへッジ機能く◆ 6 この場合、 2 , 000 枚分の 1 億 5 千万円の証拠金が必要であるが、証拠金に 保有している国債等の有価証券を当てれば、その資金も必要ない。 この例の場合は、いま保有している在庫を先物市場で売却してしまい、 同時に必要となる時期の先物を購入するという戦略であった。 こうした在庫保管機能は、商品先物市場に上場している商品を持って いる企業には、誰にもチャンスがある。バックワーデーションになる機 会は少ないので、儲けるチャンスはいつもあるわけではないが、たとえ コンタンゴでも、在庫資金が浮く分だけ企業としては助かるはすである。 どうして多くの日本の企業が先物を利用しないのか、不思議である。 以上 3 つの例は、いすれも将来買うことを前提としていた買いへッジ の例であった。売りへッジも当然ある。 6 将来生産する物の価格が下がるリスクを 避けるために、いま先物を売っておくという 売りへッジ どのような企業が行うかというと、たとえば、商品取引所に上場され ている商品を生産している企業である。 金鉱山は、現在の先物市場の金価格が歴史的、相対的に高い位置にあ り、生産コストを十分賄える価格レベルであると思えば、将来生産され るはずの金地金を、現在の先物価格で売却してしまう。 1 年先に限らず、 プリオンディーラーに頼めば数年先の受渡し地金でも、取引を受ける相 手を探してくれる。期先を売った場合、将来生産した金地金をそのまま 受渡せば、将来の時点での価格がいくらになっていようと、現在の価格 で販売できたことになる。 この例は、将来の価格が下がるリスクを避けるために、いま先物で売 っておくという売りへッジの戦略であった。 この取引がさらに発達した形態がある。何年か先のヘッジ取引相手が 215
項 公正な価格の形成・ 5 章 価格をコントロール しようとした人々 市場の歴史をひも解くと、価格をコントロールしようとした人たちが 1 生産者価格 数多く現れる。 189 者にとって Producer price は絶対であり、選択の余地はなかった。どこ があって当然であるという価格設定である。当時は、アルミ地金の消費 の投資や、商品開発費用を賄う必要があるのだから、これくらいの利潤 て自社の価格としてきた。大手メーカーにいわせれば、安定供給のため 種のカルテルのようなもので、他の大手メーカーも、この価格に追随し これは、メーカーにとってはこの上ない、理想の販売形態である。 を基礎に決めた価格によって販売されていた。 運賃などの経費と適正利潤と呼ばれる利益を足した、コストプラス利潤 当時は、生産者が原料を買付け、電気代等の副資材を使い、人件費や 引されていた。 らが販売するアルミ地金は、この Producer Price を中心とした価格で取 1970 年代、彼らは生産者価格 ( 建値 : たてね ) を毎月発表していた。彼 ダの ALCAN 社や、その子会社の日本軽金属が大手製錬メーカーである。 1 つの例として、アルミ地金の場合をあげる。アルミ地金では、カナ ないのが、これもまた経済活動である。 れは経済活動として当然の行為だが、生産者の希望通りの価格では売れ 生産者 ( メーカー ) は、自己の製品価格をコントロールしたがる。
トランスミッション、ホイール、トラックのアオリや、船・コ ンテナなどの輸送分野、また、高圧線は大部分がアルミである。身近に は、アルミ缶、鍋釜やアルミ箔がある。 LNG タンカー等の極低温環境に も、アルミ素材が使われている。また、毒性がないので、食品や医薬品 の包装材、飲料缶、医療機器としても使われている。アルミは、軽くて 丈夫、耐腐食性のある素材である。 アルミ地金は、世界各地で年間約 2 , 300 万トン生産されている。また、 アルミはリサイクルが可能であるため、スクラップから再生された二次 の約 1 割、約 210 万トンで、大部分を輸入に頼っている。 合金地金が、供給の一翼を担っている。日本のアルミ地金需要は、世界 東京工業品取引所や大阪商品取 引所で取引されるのはアルミ地金 だが、アルミ地金の統計資料は、 国内生産が少ないため実態を十分 反映していない。アルミ全体の需 要、すなわちアルミ圧延品やアル ミ押出品の需要を表す、「アルミ 総需要」の推移を把握しておいた ほうが、需要の動きはわかりやす い。日本のアルミ総需要は、約 ◆世界のアルミ生産量 ( 千トン ) 27. OOO 26 , OOO 25. OOO 24. OOO 23. OOO 22. OOO 21,OOO ( 資料 : 日本アルミニウム協会 ) 23 、 463 21.199 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 20. OOO 400 万トン。アルミ需要との差は、スクラップからの再生利用 ( 輸入品 を含む ) である。 アルミの需要動向を把握するには、アルミニウム協会から発行される 「アルミウム用途別需要推移」を前年度比等で見るとよい。そうすれば、 建設用需要が落ちているとか、輸送用需要が増加している等の傾向がつ かめる。 148
商品先物取引は 項 どういう仕組みか 1 取引の概略 商品先物取引を具体的に説明すると、以下となる。 たとえば、金の先物価格がグラム当たり 2 , 400 円だったとしよう。 金地金を 1 キログラム現物 ( げんぶつ ) で買うと、 240 万円の資金が必 要である。しかし、先物取引では 9 万円あれば 1 キログラム買うことがで きる。ただし、 2 , 400 円の金価格が 2 , 310 円に、グラム当たり 90 円下がると、 9 万円はなくなって取引はおしまいとなる ( 1 キロ買ったわけだから、△ 90 円 / gx 1 , 000 倍 ) 。 逆に、金価格が 2 , 400 円から 2 , 490 円に上昇すれば、 9 万円の利益となる。 こで反対売買 ( この場合は売り ) をして取引を完結させれば、 9 万円 の証拠金は 18 万円となり、 2 倍になって返ってくる。投資効率は 100 % で ある。この取引にかかる、外務員経由の標準的な金の売買手数料は 1 万 400 円であるので、手取りは ( 18 万円一 1 万 400 円 = ) 16 万 9 , 600 円となる。 しかし、インターネット取引による最近の売買手数料は、かなり安く なっている。会社によって異なるが、平均すると片道約 500 円弱である。 最低は 70 円なので、売買往復でおおよそ 140 円 ~ 1 , 000 円程度であり、イ ンターネットで取引すれば、手取りは 18 万円弱となる。 【インターネット取引会社を選ぶには】 本書では、もつばらインターネット取引を推奨している。インターネ ットトレードを使って、投資家自身の判断で売買ができるようにするの 18
よくわかるリスクへッジ機能く◆ 6 ー 資産の運用機能 217 株を買うのは、企業の業績を買うことだろう。その企業の将来性を買 不安・不信があるからだろう。 を金地金にして取っておくのは、国家の発行する銀行券である貨幣への 要国はインドであるが、中国の華僑やインドの印僑などが、財産の一部 ない。為替レートは、毎日、国力を測って変動している。金の最大の需 く紙幣は、一夜にして紙くす同然になってしまう可能性もないとはいえ 仮に、戦争や動乱、地震等の天災があるとすれば、国家の信用に基づ フレとは限らない。 てしまうと、インフレに勝てない。これからの世の中が、いつまでもデ また、すべてをこのようなローリスク・ローリターンの投資で運用し 上の保証はないし、社債などの債権は発行企業の倒産リスクがある。 る。しかし、預金でも、ペイオフの導入により 1 銀行につき 1 , 000 万円以 資金を運用する方法の 1 つには、元本が比較的安全な預金や債権があ ーー 0 は 401k の導入などにより、自己責任で運用せねばならない時代がやって ほど、資産運用は頭の痛い問題である。また、個人でも、年金について くなればなるほど減価の絶対額が大きくなるので、資産家になればなる 蓄えた資産を放っておけばインフレにより減価してしまう。資産が大き これについては、 1 章以下で述べてきた。個人に限らず、企業でも、 3 つ目の商品先物取引の機能に、資産の運用機能がある。 及びリスクへッジ機能を説明した。 さて、 ーこまで、商品先物取引の機能として、公正な価格形成機能、
のメーカーから買っても、同じ価格を提示されたからである。メーカー は、互いに市場を A Ⅱ ocate ( 割り当て ) するだけでよかった。 ところがその後、先進国、特に日本のように電力費が欧米より 10 倍以 上高い国で、電気の缶詰めといわれるアルミ地金を作るのは困難になっ てきた。一方、ベネズエラやドバイのように、原油や天然ガスを安く手 に入れることができ、電力費の安い国がアルミ地金の生産を始めた。彼 らは生産コストが安いため、 Producer Price を下回って輸出するように なった。 困った大手アルミ精錬メーカーは、世界的なカルテルを組み、安いア ルミ地金を生産者が自ら買い占めたり、安いアルミ地金を供給する精錬 メーカーから購入する消費者には、供給しないと宣言して嫌がらせ等を して、いろいろな手段で価格を維持しようとした。 しかし、 1978 年、 LME にアルミ地金が上場されると、自由に取引され るようになり、開発途上国のメーカーは LME に生産物を持ち込めば、い つでも売却できることになった。やがて、消費者は Producer Price を無 視するようになり、生産者は Producer Price を LME の相場とかけ離れて 提示することができなくなった。 そしてついに、 1984 年、 ALCAN 社は Producer Price を廃止するに至 った。価格は、市場の原理にゆだねられた。その後、 ALCAN 社は、 LME に持ち込めばいつでも生産したアルミ地金を売却できるという利点 を利用して、 LME を有効に活用している。 ところで、市場価格は冷酷な性格を持っている。価格は売りたい人の 供給量と買いたい人の需要量、つまり需給バランスによって決まる。た とえ、生産者が「そんな販売価格では人件費も出ない」と悲鳴を上げ続 けても、供給過剰の場合は長年に渡って安い価格が続く。経験的には、 生産コスト割れの相場が数年続くこともよくある。生産コストを削減で きない、実力のないメーカーが倒産し、淘汰されて、初めて需給が改善 され、価格は上昇に転じるのである。 190
における現物の受渡しを市場から受ける戦略であった。 プラチナの宝塔より、金の宝塔のほうが一般的かもしれないが、金は 供給に問題が生じることはほとんどないので、バックワーデーションに なることはめったにない。一方、プラチナは資源が限られているので、 需給がタイトになりやすく、現物高・先物安のバックワーデーションに なりやすい。 このバックワーデーション現象を利用すれば、他にも利益化のチャン スがある。 5 現在保有している在庫を先物市場で売却し、 同時に必要となる時期の先物を購入する戦略 たとえば、いまあなたの会社は、プラチナ地金 1 トン、 40 億円相当を 持っているとしよう。ところが、このプラチナ地金は緊急の場合の在庫 であり、すぐ使うわけではない。これを 1 年保管しておくと、 40 億円の 借り入れ資金が 1 年寝てしまい、また、保管料が年間 1 , 300 万円かかる。 1 年間使わない財産であれば、いま先物市場で現物として売却し、同時に 1 年先物で買い戻せばよい。 前記のように、期先が割安のバックワーデーションになっていれば絶 好のチャンスである。プラチナ 1 トンを、先物市場の当限で ( 現物市場 でもよい ) g 当たり 4 , 000 円で売却すると同時に、 1 年先を 3 , 900 円で買い 戻す。 40 億円のキャッシュが入金されて、それを銀行等に預ける。 1 % の金利 でも、年間 4 , 000 万円の収入がある。また、プラチナ 1 トンは、 39 億円の 資金を 1 年後の納会日に準備すればよい。つまり、何もしないで 1 億 5 , 300 万円利益が出たことになる ( 実際問題としては、 1 トン 2 , 000 枚のプ ラチナを一度に売ると、価格が下がってしまう可能性があるので、徐々 に売ることとなる ) 214