第 1 章宇宙はどのように始まったのか ? でこばこの宇宙 ! ? ◎ が平坦になる◎ インフレーションの重要な働きとは ? ・◎ インフレーションは想像を絶するだけに、だれがなんのためにと思 いたくなります。 なぜインフレーションが起こったのか。これはよくはわかりません。 インフレーションとは、おそらく、于由全イ本の真空がエネルギ ーを持ち、空間を拡げる莫大な仕事を行ったのではないかと私たちは 考えています。これが正しければ、宇宙の始まりに真空の状態が変化 したか、膨張によって宇宙全体の熱的エネルギーが減少した結果、隠 されていた真空のエネルギーが現れるかして、膨張が始まったのでは ないかと考えられるのです。 インフレーションはいくつかの重要な働きをしてくれました。ひと つは、インフレーション以前にあったおかしな粒子のようなものを消 し去りました。たとえば、磁石の NS の一方しかない粒子 ( モノボール ) などです。 また、誕生直後の宇宙の空間はでこばこしていたと考えられるので すが、インフレーションのおかげで空間がものすこく平坦にな りました。そのため、このあとに起こるビッグバンによって、宇宙は つぶれることも空つばになることもなく、現在に至るまで膨張を続け ているのです。 光の速度を超える膨張によって、最初はちつばけだった宇宙が非常 に大きな範囲に引き延ばされました。もしビッグバンが宇宙の 1 点か ら始まったのであれば、私たちには、ある特別な方向だけに ビッグ 3 40
突然始まってはいけないのですか ? 宇宙の始まりに インフレーションというものすごい膨張があった ことを思い出してください このインフレーションの様子は少しずっ 分かっていますが、じつはどういう理由で起こったかはまだ分かって いません。ただ確かなことは、インフレーションのエネルギーは全部 消えてしまい、その後、光や物質の重力が支配し、減速する膨張の宇 宙になったことです。 それから 70 億年くらいたって、また宇宙は加速しながら膨張を始 めているらしい。これは、第 2 のインフレーションともいわれていま す。すると 70 億年間、宇宙は加速のためのエネ ) レギーをし ていたことになります。これが大問題で、「偶然一致性問題」と呼 ばれています。 宇宙が始まってから 137 億年の、なぜ 70 億年くらいたった時期に 第 2 のインフレーションが起きたのか ? というわけです。 0 0 0 0 0 111
第 5 章そもそも我々はなせ存在するのか ? インフレーションが残したほどよいムラ。 私たちの存在に関わるナゾ ( l) これから先説明する 3 つのでき事は、私たちの宇宙が、いまこうし て存在することに深く関わっています。 最初は、インフレーションと物質の成り立ちの不思議な関係です。 生まれたばかりの宇宙は原子核より小さく、しわくちゃの洗濯物状 態だったと思われます。インフレーションは猛烈な勢いで宇宙を膨張 させ、シワクチャの宇宙にアイロンをかけ、 シワを 伸ばしてくれました。おかげで宇宙は真っ平らになったのですが、じ つはこのとき完全な真っ平らではなく、のちに暗黒物質とともに星や 銀河の元になる物質がほどよく成長するためのムラもつくったのです。 , こがインフレーションのえらいところです。 アイロンをかけながらどうしてムラもつくれたのですか。 それは真空がつくり出すゆらぎによる密度のシワです。ゆらぎとは、 真空中に粒子と反粒子が現れたり消えたりする現象です。普通の世界 では、空つばの空間に粒子が生まれたり消えたりすることなどあり得 ないのですが、インフレーション当時のミクロサイズの宇宙での量子 世界では許されると考えます。難しく言うと、「エネルギー保存の法 則を破ってもよい」と言うのですが、こんなたとえがわかりやすいか もしれません。見つかる前に返せば OK 。そんな感じです。 宇宙がエネルギーをしよっちゅう借りたり返したりしていたのです。 生まれたばかりの小さく縮まっていた宇宙では、このゆらぎが激し 176
先の実験です。このときに、エネルギーが高い状態 ( 偽の真空 ) から 低い状態と変化しますから、その差の分のエネルギーが 放出されます。これを「潜熱の解放」といいます。 インフレーションを起こしている宇宙は、ちょうど過冷却状態の水 と同じです。真空全体がエネルギーを持ち、「偽の真空状態」にある のです。そこで、このエネルギーを用いて空間が膨張し、インフレー ションが起きるわけです。また、インフレーションが終了する際には、 真の真空状態へと変わり、潜熱が解放されます。インフレーションの エネルギーは莫大なものなので、潜熱もとても大きなものとなります。 この熱こそ、ビッグバンを引き起こした元となるものだったのです。 なるほど。ビッグバンのエネルギーはインフレーションから生まれ たのですね。 ビッグバン宇宙とは、高温の状態にある、すさまじい圧力鍋のよう なものです。鍋の中には、のちに物質の基本材料となるクオークや電 子などの素粒子が用意されます。また、そこには、これらの素粒子の 反粒子、すなわち反クオークや陽電子などもほば等量用意されていま す。ものすごい高温と圧力でぎゅっと押し込められているので、素粒 子がよく混じり合ったスープのような状態 ( プラズマ状態 ) になって います。この宇宙スープには、大量の光 ( 光も素粒子です ) も含まれていました。また、現在の宇宙に大量に存在していると考え られている暗黒物質が素粒子であれば、このときに他の素粒子と一緒 に用意されたと考えられます。その他、今の宇宙には見られない、重 く寿命の短い素粒子もたくさんそこにはいたと考えられています。 45
バン、つまり宇宙マイクロ波背景放射が見えるはずです。しかし、現 実には宇宙マイクロ波背景放射はありとあらゆる方向からやってきて います。「ビッグバンの始まった場所」というのは観測されないのです。 このことを説明するためには、ビッグバンが、私たちが観測できるあ らゆる場所で同時に起こったと考えるしかありません。これを実現す るのがインフレーションです。光の速度を超えた急激な膨張によって、 1 点で始まったビッグバンを一瞬にしてとてつもなく広い宇宙の領域 に拡げることが可能となります。インフレーションによって、あたか も宇宙全体が同日寺にビッグ / ヾンを起こしたようになるのです。 奢介 ヒ、ヨ 41
第 1 章宇宙はどのように始まったのか ? ・◎真空は「豊かな海」 「からつほ」なのにエネルギーを持っている 原子 1 個が瞬時に銀河系の大きさに膨張する。それほどすさまじい インフレーションを引き起こしたパワーが真空のエネルギーといわれて も、ヒ。ンと来ません。 真空は、「からつばで、何もない」空間と思われるかもしれません。 たしかに「からっぽ」です。また、真空はエネルギーが一 番低い状態です。ところが、それでも 0 でないエネルギーを持っこと ができるのです。とくに生まれたての宇宙における真空は、その後の 真空とは違い、ひじように高いエネルギーをもっていたと考えられて います。これが、宇宙をとんでもない勢いで加速膨張させるエネルギ ーとして注ぎ込まれたのです。 「からつば」なのにエネルギーがあるというのは奇妙ですね。 インフレーションの時代では、宇宙の始まりのところでも述べたよ うに、量子力学というミクロの世界の物理法則が宇宙を支配していま す。多くの物理学者たちによって 20 世紀前半につくられた量子力学は、 アインシュタインの相対性理論と並んで、宇宙のナゾを解き明かすた めに必要不可欠な道具といえます。では、真空の不思議さについて少 しだけ説明します。真空では、粒子と、その粒子と反対の電荷を持ち 同じ質量の反粒子が、現れたり消えたりしているというのです。「か らっぽ」から粒子と反粒子が対になって現れたり、消え たりというのは不思議に聞こえるかもしれません。粒子・反粒子を 5 42
第 5 章そもそも我々はなせ存在するのか ? 0 反物質が消えるための 3 つの条件◆ 0 私たちの存在に関わるナゾ ( 2 ) 宇宙が誕生し、インフレーションがあってビッグバンがそれに続き ました。宇宙には多くの物質と反物質がありましたが、物質だけが残 り、これが宇宙を構成する物質の元になりました。物質と反物質は出 会うとペアで反応し、光を発して消減してしまいます。反物質が消え 物質だけが残ったのは、物質が 10 億 1 個に対して反物質が 9 億 9999 万 9999 個と、物質のほうがわずかに多かったからです。両者がまったく 同じ数だったとしたら、宇宙は空っぽになて、私 たちは存在しなかったのです。 2 個の違いは、偶然でしようか、必然でしようか。科学者はどう考え ますか。 偶然に初めから違いがあったとしてもインフレーションでとことん 薄まってしまいます。そこで科学者は、「最初は同じ数だけあった物 質と反物質が、 10 億分の 1 個の反物質を物質に転換することで私たち が生きのこった」、つまり必然と考えます。そのために 3 つの条件がそ ろう必要があることを指摘したのは、ソビエト時代のロシアの物理学 者サハロフ博士です。 反物質を物質に転換するための 3 つの条件とは何ですか。 1 つ目の条件は、反物質と物質を入れ替えられる反応があることで 178
かったのです。どうしてか ? じつは量子の世界では、粒子は波の性 質も持っています。津波が広い海から狭い入江に入ると波の高さが著 く高くなるのと同じことで、小さく縮まっていた宇宙では、ゆらぎ が激しかったのです。 そして借りたエネルギーを返そうと思っても、宇宙が急激に大きく なっては返す相手にもう会えず、借りっ放しか貸しっ放し になってしまいます。それでこのミクロな揺らぎが宇宙のシワとして 残りました 宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙誕生直後のシワのようすを伝える 「原初の光」で、これをはじめて観測した探査衛星は COBE ( コービー ) でしたね。その後、宇宙マイクロ波背景放射をより詳しく調べるため に、地上に望遠鏡が作られたり、気球や WMAP ( ダブリュマップ ) 衛星、 プランク衛星が打ち上げられました。 インフレーションの最初の頃のシワと最後の頃のシワをくわしく調 べることで、なぜインフレーションが起こったのか、という私たちの 存在に関わるナゾを解明するヒントが得られるのではないかと期待さ COBE より精度を上げる観測 れています 177 源的疑問を解くカギを秘めている ( 写真 NASA/WMAP Science Team) 波背景放射の、よりくわしいようすをとらえた。精度の高い観測結果は「私たちはなぜ存在するのか」という根 1974 年に打ち上げられた探査衛星 COBE にくらべ、 281 年に打ち上げられた探査機 WMAP は、宇宙マイクロ
第 1 章宇宙はどのように始まったのか ? オギャーと生まれたとたん◎ いろいろなことが起きる◎ ・◎ それは宇宙もヒトも同じ ? インフレーションは宇宙誕生後、 10 のマイナス 36 乗秒後という早 い時期、 4 秒後に反粒子が消え、 3 分後に元素ができ、 38 万年後に晴れ上 がった。 137 億歳の宇宙のごくごく始めに、いろんな事が集中して起こる のは、どういうわけでしよう。 いい質問だと思います。インフレーションは宇宙が始まって 10 のマ イナス 36 乗秒後ですから、はじまりの 1 秒の 1 兆分の 1 の 1 兆分の 1 の、さらに 1 兆分の 1 たった時に起きました。 その後のでき事が 4 秒、 3 分、そして 38 万年後。宇宙で最初の星、ファ ーストスターが輝き始めるのは数億年後ですから、桁が加速的に増え ています しかし、私たち人間はどのように生まれてきますか ? 受精後、受 精卵はお母さんのお腹の中で分裂をくり返し、 280 日間、 40 週前後で 生まれてきます。子宮の中で、ほば人間らしい姿に整うのが 12 週目。 手足も内臓器官も、たった 12 週間 80 日ちょっとでそろいます。生まれ てからも、 3 ヶ月程度で寝返りをうち、はいはいを始め、立って、 1 年 が経っ頃には、歩き始めます。その後は、別に空を飛べるようにもな りませんし、 80 年の人生、もっとゆっくり変化していきます。だから 宇宙のごく初期にいろいろなでき事が集中するのは、不思議なことで はないと思うのです。 52
物理学者と数学者どこがどう違う ? そもそも我々はなぜ存在するのか ? 第 5 章 「私たちはなぜ存在するのか」・・ インフレーションが残したほどよいムラ・・・ 176 反物質が消えるための 3 つの条件・・・ 178 人間は星の爆発から生まれた・・・ 180 暗黒エネルギーが無数の宇宙を引き裂いた ! ? ・ IPMU が挑む 5 つのナゾ・・・ 184 アインシュタインも借りた数学のカ・・・ 186 分野の壁を取り払った IPMU ・・・ 188 矛盾こそ大発見 ! ? ・・・ 19 。 死にものぐるいになる研究の世界・・・ 192 むずかしい数式をあやつる研究者の頭のなか・・・ 194 0 。◎ ・・ 182