第 2 章宇宙は何でできているのか ? 4 宇宙の進化の シュレーション 確かな出発点がある強み コンヒ。ュータ・シミュレーションを試みて、これほど研究者をワク ワクさせるものは、おそらく宇宙の進化をおいてほかにはないでしよ 他のシミュレーションと、どこが違うのですか それは、始まりの条件がビシっと決まっているからです。 たとえば、地球の誕生とその後の成長のシミュレーションを考えてみ てください。誕生したときの環境条件がしつかり決まらないと、てん でばらばらの成長をたどることになるでしよう。 現在の地球環境に合うように、始まりの条件を決めてもいいので といえるでしようか。条件を絞り込 それで 100 パーセント正しい、 むなどすれば、かなり正しくなるかもしれませんが、やつばりどこか 間違っているかもしれない。その点宇宙は、宇宙が始まって 38 万年後 の「宇宙の晴れ上がり」の様子を表す「宇宙マイクロ波背景放射」は 決まっている。確かな出発点からシミュレーションし、その結果を観 測事実と付き合わせていくことができるのです。 82
宇宙地図にあぶり出された暗黒物質・・・ 60 宇宙の約 96 パーセントは謎の物質・・・ 62 「普通の物質」の半分も、どこにいるかわからない・・・ 64 「なにかへンだぞ ! 」から暗黒物質へ・・・ 66 暗黒物質の立体地図・・・ 68 高性能望遠鏡はアイデアの熟成装置・・・ 70 ビッグバンをとらえる究極の重力波望遠鏡・・・ 72 観測手段のない「暗黒時代」を見に行く・・・ 74 暗黒エネルギー、暗黒物質もインブット・ ・・ 76 暗黒物質があったおかげで星ができ、私たちがいる・ ・・ 78 シミュレーションの精度を証明するカギ・・・ 80 宇宙の進化のシュミレーション・・・ 82 宇宙人のルーツ、ファーストスターに迫る・・・ 84 自然は必ず、謎を用意してくれている・・・ 86 天の川銀河の中心に巨大ブラックホールが存在する・ プラックホールは銀河誕生に欠かせない存在だった ? ・・・ 90 宇宙の運命はどうなるのか ? 第 3 章 宇宙の終わりの予言「ビッグ、リップ」・ ・・ 94 重力 vs. 暗黒エネルギー・・・ 96 暗黒エネルギーに近づく手がかりは ? ・・ ・ 98 一般相対論・・・ 100 物質が存在すると空間 ( 時空 ) が歪む・・ ・ 102 宇宙項・・・ 104 地動説に匹敵する「膨張する宇宙の発見」・・・ 1 。 6 宇宙の膨張速度の調べ方・・・ 108 第 2 のインフレー ション・・・ 110 暗黒エネルギーをめぐるいろいろな説・・・ 112 暗黒エネルギーは、時間進化する ? しない ? ・ 4 0 0 0 ・・ 114
第 2 章宇宙は何でできているのか ? 自然は必ず、 謎を用意してくれている 4 なぜシミュレーションのようになったのか 今後シミュレーションの精度はどこまであがりますか 宇宙の構造をさぐるコンヒ。ュータ・シミュレーションが始まったの は 1970 年代初頭です。当時は、銀河団を数百個の粒子に見立てていま した。その後、コンヒ。ュータの性能が飛躍的に向上し、いまや最先端 のシミュレーションでは 100 億個以上の粒子を扱うまでになっていま す。 では、このままのペースでシミュレーション技術が進歩すると、 どういうことが起きるでしようか。 2010 年代には間違いなく 1 兆個、 2020 年までには 10 兆個、単純計算ですが 2050 年には観測できる宇宙の なかの星全部を粒子 1 個に対応 させることが可能になりま す。 そうなったら、なにができますか ? 私たちが知っている宇宙の中の星の成り立ちゃ振る舞いを、すべて コンヒ。ュータ・シミュレーションで追うことができるのではないか そんな気もしますね。 しかし、そうなったとしても私たちはうれしくありません。いま取 り組んでいるファーストスターのシミュレーションがうまくいっても、 きっとよろこんではいないだろうと思います。なにもかも理論どおり に説明できたとしても、まだやらなければならないこと 86
第 2 章宇宙は何でできているのか ? シミュレーションの精度を 0 。証明するカギ 2 。 4 観測事実とどれだけ一致するか 宇宙初期の密度のゆらぎ ( シワ、ムラムラ ) が、宇宙の膨張ととも にどう進化していくかをシミュレーションしてみましよう。 図 1 は、約 1 億個の粒子を使った宇宙の大規模構造形成のシミュレー ションです。明るい部分はたくさんの物質が集まっていることを示 しています。 10 億歳の宇宙はまだもやもやしていますが、 宇宙年齢を経るにしたがって、大きな粒や網の目のように伸びた多様 な構造 ( 天体 ) ができあがっていく様子が分かると思います。 この図は、実際の宇宙のイメージとは結び付かないかもしれません。 そこで、シミュレーション画像のなかで成長してきた粒、つまり「銀 河」をとりだし、宇宙のある点からながめた地図上に置き換えてみた のが図 2 です。これを見ると、本物の銀河マップとシミュレーション からっくった銀河マップのパターンが、きわめてよく似ていることが 分かると思います。 実際の初期宇宙も、シミュレーションも、密度分布のゆらぎとして 宇宙マイクロ波背景放射を前提にしています。だから似ていて当たり 前と思われるかもしれませんが、この初期宇宙の観測データは、長さ が数億光年にもわたるものすごく大きな大規模構造に当てはめたもの です。それが図 2 のような、銀河マップにあらわれる数百万光年の小 さな構造にも当てはまるということは、このシミュレーションの理論 と計算の精度がひじように高いことを物語っています。 3 80
【図 1 】宇宙の大規模構造形成のシミュレーション結果 1 辺がおよそ 3 億光年のエリアの物質の分布を表している。明るい部分では物質がより多 く集まっている。 ( 物質密度が高い ) 宇宙年齢 1 0 億歳のころ 宇宙年齢 20 億歳のころ 宇宙年齢 50 億歳のころ 宇宙年齢 137 億歳のころ ( つまり現在 ) 【図 2 】観測結果と シミュレーション結果の比較 コンピュータ・シミュレーションで再現された大規模構造。 ( 右の扇形と下の扇形 ) と実際の銀河マップ ( 上と左 ) の比 較。点の一つ一つは銀河。シミュレーション結果と本物の 宇宙のパターンがきわめてよく似ていることがわかる。 (Adapted by permission from MacmiIIan Publishers Ltd :Nature,2006,440,1137 ー 1144 copyright2006. )
シミュレーションと観測事実がずれることもあるのでは ? 確かにあります。そのようなときは、シミュレーション計算にたと えば重力以外の物理法則を取り込んだり、暗黒物質の量など基本的な 数字を最新のものに改訂します。こうして得られた結果と現在観測さ れている宇宙の姿とを照らし合わせることで、シミュレーションがよ り正しくなったことが確かめられるのです。宇宙初期の構造形成のシ ミレーションでは、結果がでるまでに 7 年かかったと話し ましたが、リスクがある反面とてもエキサイティングな研究でした この方法で、暗黒時代の謎をもっと解明できたらいいですね。 真っ暗闇から何が生まれ、星や銀河に育っていったのかをシミュレ さらに多くの条件を加える ーションするためには、 必要 があります。じつはいま、そこに取り組んでいます。 0 START 0 砂 00 0 0 83
第 2 章宇宙は何でできているのか ? 宇宙人のルーツ、 ファーストスターに迫る 4 宇宙人はみんな親戚 新たに取り組んでいるのは、ファーストスターのシミュレーション です。ファーストスターとはその名のとおり、この宇宙に初めて現れ、 暗黒時代にピリオドを打った星です。この星は、水素と ヘリウムという簡単な元素から成り立っていますが、のちの炭素、酸 素、鉄などの重い元素でできた星の種も生み出しています。 つまりファーストスターは、すべての星や惑星、私たちを含む生命 のルーツなのです。人類皆兄弟より話はずっと大きく、宇宙人はみん な親戚ということになります。 2008 年に発表した私たちのシミュレーションでは、暗黒物質、暗黒 エネルギーを計算に取りいれ、密度のゆらぎ ( シワ、ムラムラ ) と重 力がたがいに影響し合う中で物質が集まるという、初期宇宙の構造を 相手にしました。これはとてもうまく行きましたが、このシミュレー ファーストスターの赤ちゃんが誕生する ションはまた ことまで示してくれたのです。 そこでこんどは、ファーストスターの赤ちゃんがどのように育ち、 どんな輝き方をするのかまでシミュレーションしようというわけです。 これまでのシミュレーションとの違いはありますか 初期宇宙の構造形成を考える場合、はじめは重力を中心に考えてい 84
第 2 章宇宙は何でできているのか ? 4 暗黒エネルギー 暗黒物質もインブット コンピュータの中に宇宙を再現する ( 2 ) コンヒ。ュータの中に宇宙を再現する・・・何をどうすればそんなこと ができるのか、まったく想像がつきません。 じつは私自身も、どんな作業になり、どれくらいの時間がかかるか 見通しはありませんでした。ちょうど大学院の学位を取って卒業した ころで若かったこともあり、シミュレーションの原理を聞き、 とはさっさと計算するだけ」 と気軽に考えて取りかかっ たのです。 シミュレーションで重要なのは、スタートの状況をどう決めるかで す。演劇に置き換えて考えてみてください。舞台や登場人物の設定が 決まっていないと、ストーリーは始まりません。宇宙の構造や成り立 ちを調べるシミュレーションでも、事実にそった舞台と登場人物を設 定し、物理法則と時間にしたがってストーリーを進めていく必要があ ります。 よく知られているスタート状況 さいわい、宇宙には が あります。それは何度も出てきますが、宇宙が始まったばかり、まだ 原子くらいの大きさのときにできたミクロのゆらぎ ( シワ、ムラム ラ ) を物語る、「宇宙マイクロ波背景放射」です。そして、はじめの ころの宇宙をつくっている物として、暗黒エネルギー、暗黒物質、水 素、ヘリウムなどをインブットします。 5 76
頭を抱えたくなった・ いや、むしろその逆ですね。分からないという ことは 科学者のエネルギー源になるのです。宇宙のほとんどが謎の物質に包 まれているという事実を前に、 21 世紀に入ると、天文学者と物理学者、 とくに素粒子物理学者が力を合わせて謎解きに取り組むようになった のです。 バリオン分布のシミュレーション コンピュータ・シミュレーションによれば、「普 通の物質 ( バリオン ) 」の半分以上は、無数の銀 河が密集し、網の目のようにみえる近辺に、検出 されにくい状態で隠れていると考えられている。 (Mr.Jeremiah P. Ostriker. Renyue Cen. ) 65
第 2 章宇宙は何でできているのか ? 暗黒物質があったおかげで 0 。星ができ、私たちがいる 2 。 光に蹴散らされ集まることができなかった原子 ごく初期のミクロのゆらぎ ( シワ、ムラムラ ) が、インフレーショ ン時の急激な膨張によて宇宙全体に「拡大コピー」 され、 拡大コヒ。ーされたゆらぎ ( シワ、ムラムラ ) の部分に物質が集まり始 め、重力の影響を受け、しだいに大きな構造へと進み、やがて星、銀 河、銀河集団へと成長していく。 そう言われるとわかりやすいですね。 図は、宇宙マイクロ波背景放射をスタートの条件とし、登場人物を 当時の宇宙を満たしていた物質、暗黒エネルギー、暗黒物質、水素、 ヘリウムとしてシミュレーションを行った結果で、 1 億歳の宇宙の姿 です。濃淡は物質の密度の大小を表しています。全体にもやもやとし た印象を受けると思いますが、宇宙マイクロ波背景放射の温度のゆら ぎパターンと似ていると思いませんか このように、宇宙初期の状況をスタート条件として定め、物質や重 力の要素をインブットし、時間を追って発展させることでシミュレー ションの結果が出ます。得られた結果と、観測した宇宙の姿とを照ら し合わせれば、シミュレーションの前提となる理論が正しいかどうか がわかります。まさにシミュレーションは宇宙の構造物の成り立ちを 調べる「実験場」なのです。 78