第 5 章そもそも我々はなせ存在するのか ? 0 の「私たちはなぜ存在するのか」。 0 哲学的テーマに最先端科学はどう迫るのか よくいらっしゃいました。これまでの話で、 20 世紀に人々の宇宙観 が大きく変わり、とくにこの 10 年で宇宙に関する驚くべき発見が相次 ことが分かったと思います。私がお話しするのは、 IPMU がかか げる 5 つのテーマの中のひとつ、「私たちはなぜ存在するのか」につい てです。 テーマだけ聞くと、なんだか哲学的ですね。 哲学の世界で論じられてきたようなことを、サイエンスの世界でと らえ、考えられるようになりつつあるのです。 ニュートン以降 17 世紀から 19 世紀にかけて、人々は宇宙を「時計じ かけのように正確に動く世界」としてとらえていました。無限に広が る宇宙に太陽系があって、惑星は過去から未来へとずっと変わること なく機械的に動いていくと考えていたのです。また、この時代の天文 学者たちは、観測により、太陽系は円盤状の星の集団の真ん中に位置 していると考えていました 20 世紀に入ると、私たちがいる太陽系は宇宙の中の 1 つの銀河系に 属していること、しかも太陽系はその中心ではなく端っこの方に位置 していることがわかってきます。そして宇宙は膨張していることが観 測で分かり、ビッグバンで始まったとする説が登場し、 20 世紀の終わ りには更なる観測によってそのことが確かめられました さて、とんでもないことがわかってきたのは、それ 174
3 第 4 章宇宙はどんな法則に支配されているのか ? 粒子の衝撃から 新たな粒子が飛び出す たった 3 種類が、数百個に ! 「電子」と「陽子」と「中性子」のたった 3 種類の粒子で、この世の あらゆる物質ができているのだとしたら、これは非常に美しい理論だ と言えるでしよう。ところが、 のです。 20 世紀も中ごろになると、ミクロの世界の粒子を観測する実験技術 がめまぐるしく進歩し、新しい粒子が次々と見つかってしまったのです。 思わぬ大事件が起こる その実験技術とは、具体的にどのようなものですか ? 例えば、電子などの粒子を、粒子加速器と呼ばれる実験装置の中で 光の速度近くまで加速して、別の粒子にぶつける実験です。現実世界 では、クルマとクルマが正面衝突すると、車体はバラバラに壊れてし まいます。しかし、このような加速器実験での粒子と粒子の衝突の場 合は ぶつかった粒子がまっ たく別の新しい粒子に置き換わったり、衝突の衝撃で別の粒子を生み 出したりする場合があります。化学反応では原子が組み変わるだけで すが、高エネルギーの粒子の衝突では、まったく別の粒子を生み出す ことがあるのです。 それだけではすみません。 日常世界とはずいぶんかけ離れたことが起こるのですね。難しそう 136
第 4 章宇宙はどんな法則に支配されているのか ? 原子 100 種類では多すぎる ? 自然を支配する物理法則は、もっとシンプルなはすた 「 100 種類ちょっとの原子が、この世に存在する物質の全てを作り上 げている最も基本的な構成要素である」という考え方は、 20 世紀に入 って大きく変わりました。じつは、原子はさらに細かい粒子に のです。 まず、 19 世紀の終わりに「電子」という負の電荷を持った小さな粒 子が原子の中に含まれていることが分かりました。そして、 20 世紀に なって、放射線を原子にぶつける実験をしているうちに、原子の中心 付近に正の電荷を持った「原子核」という塊があることが分かりまし た。原子はこの原子核とそのまわりをぐるぐる回る電子で構成される ことが分かったのです。さらに、その後の研究で、「原子核」は「陽子」 と中性子という粒子がいくつかくつついてできたものであることが分 かりました。 電子、陽子、中性子というたった 3 種類の粒子で、すべての物質が成 り立っていることになりますね。 そうですね。シンプルで美しいと思いませんか。 100 種類以上あっ た原子はすべてこの 3 種類の粒子の組み合わせでできています。原子 の種類の違いは、原子の中に含まれる電子、陽子、中性子の数の違い として理解できるというわけです。 でした。これから しかし、これでもまだ 説明していくように、その後、陽子や中性子はさらに小さな粒子に分 けられることになるのです。こんな世界を追い求めていたらきりがな 圭ロ 分 できることが分かった 話は終わりません 134
リカやヨーロッパの研究者たちに知られなければ、残念ながら埋もれ てしまうからです。 最初のうちはこのポリシーの意味を、なかなかわかってもらえませ んでした。周囲の人たちに「給料を払っているのに、研究 所にいるなとはどういうことか ! 」と問われました。しかし、「世界 に見える研究拠点をつくる」ためには、世界に出ていってどんどん研 究成果を発表し、まずは世界から注目されることが必要です。とくに 外国のトップレベルの研究者を日本に招くためには、世界に出ていっ て研究に取り組んだり発表できるような環境を整える必要があります。 0 0 0 0 、 0 0 0 191
謎 な 的 る す 関 第 4 章宇宙はどんな法則に支配されているのか ? 巨大な宇宙を解き明かす力ギは、 究極にミクロな世界にある 宇宙を支配している基本法則 宇宙を支配している基本法則が解き明かされると、何が分かるので しようか。 この宇宙が何でできているのか、どのようにして誕生したのか、何 故、現在のような多様な構造が生み出されたのか、といった の多くが解明されるのではないかと思い ます。 じつは、現在の物理学には適用限界があって、宇宙を支配している 基本法則は完全には分かっていないのですが、究極にミクロな世界を 支配する法則をくわしく知ることが、それを解き明かす大きなカギと なると考えられています。 巨大な宇宙を解き明かす力ギが、目に見えないミクロの世界にある とは意外です。 それは、宇宙が始まったばかりの頃には、 していたからです。 「宇宙はいまも、どんどん膨張している」という話を耳にした があると思います。その膨張の歴史をさかのばっていくと、宇宙が始 まったばかりの頃には宇宙全体のスケールが非常に小さかったという ことになります。そのころの宇宙は超高温・高密度の世界で、もちろ ん、星や銀河の姿はありません。星や銀河どころか、物質の元になる ミクロな世界の 物理がこの宇宙全体を支配 130
第 4 章宇宙はどんな法則に支配されているのか ? 異次元世界とは、どんなところ 5 次元時空では家の ll が片付く ! ? ひも理論は、 4 次元時空と思われていたこの世の中に、さらに 6 次元 の方向が隠れていて、時空の次元は全部で 10 次元であることを予言し ます。いきなり 10 次元時空を理解することはむずかしいので、 3 次元、 2 次元といった低次元世界や、 5 次元、 6 次元など比較的 してみます。 10 次元時空に住むひも理論 を、もうすこし身近な存在として感じられるように異次元世界にイメ ージを広げてみましよう。 まず、次元という言葉の意味を復習してみます。番地や目印になる いくつの数字を 物がないような場所で誰かと待ち合わせするときに こから東 指定する必要があるかを考えてみましよう。たとえば、 に 50 メートル、北に 30 メートル、高さ 10 メートル行ったところの P 点 で 15 分後に待ちあわせしようと言った場合には、 ( 50 , 30 , 10 , 15 ) という 4 つの数値を指定する必要がありますね。このように、正確に を時空の次元と呼 びます。今の例では 4 つの数値を指定する必要があったので、時空の 次元は 4 次元というわけです。 空間の方向が直線であるような世界を考えてみましよう。この場合、 その直線上のどこかを示す数値と時間が決まれば、待ちあわせが可能 です。したがって、このような場合の時空の次元は 2 次元 ( 空間 1 次元 と時間 1 次元 ) です。ただこの世界に住んだとしたら、一生、おとな りの人としか会えないことになります。これは寂しいですね。 3 次元時空 ( 空間 2 次元と時間 1 次元 ) の例は、空間が平面であるよ お近くの 次元を頭の中で散策 待ち 合わせをするために必要な数値の数 164
第 1 章宇宙はどのように始まったのか ? ・◎真空は「豊かな海」 「からつほ」なのにエネルギーを持っている 原子 1 個が瞬時に銀河系の大きさに膨張する。それほどすさまじい インフレーションを引き起こしたパワーが真空のエネルギーといわれて も、ヒ。ンと来ません。 真空は、「からつばで、何もない」空間と思われるかもしれません。 たしかに「からっぽ」です。また、真空はエネルギーが一 番低い状態です。ところが、それでも 0 でないエネルギーを持っこと ができるのです。とくに生まれたての宇宙における真空は、その後の 真空とは違い、ひじように高いエネルギーをもっていたと考えられて います。これが、宇宙をとんでもない勢いで加速膨張させるエネルギ ーとして注ぎ込まれたのです。 「からつば」なのにエネルギーがあるというのは奇妙ですね。 インフレーションの時代では、宇宙の始まりのところでも述べたよ うに、量子力学というミクロの世界の物理法則が宇宙を支配していま す。多くの物理学者たちによって 20 世紀前半につくられた量子力学は、 アインシュタインの相対性理論と並んで、宇宙のナゾを解き明かすた めに必要不可欠な道具といえます。では、真空の不思議さについて少 しだけ説明します。真空では、粒子と、その粒子と反対の電荷を持ち 同じ質量の反粒子が、現れたり消えたりしているというのです。「か らっぽ」から粒子と反粒子が対になって現れたり、消え たりというのは不思議に聞こえるかもしれません。粒子・反粒子を 5 42
す。でないと物質と反物質の割合を変えることができませんが、 した反応はまだ誰も見た人がいません。 とする。しかしなぜか宇宙は、元に戻ろうとする反応を見 反物質が物質に変わったら、必ずその逆の反応が起きて元に戻ろう のです。宇宙は常につり合いをとろうとする「平衡状態」にあるので、 質に変わる反応だけを許して、その逆の反応を許さなかったというも 3 つ目の条件は、物質と反物質が共に存在した宇宙が、反物質が物 では宇宙が物質を選ぶことができません。 ナス ) なだけであとは鏡の世界のようにそっくりに見えますが、それ ょっと見ただけでは物質と反物質は電気の性質が反対 ( プラスとマイ 2 つ目の条件は、物質と反物質に本質的な違いがあることです。ち も解かなければなりません。 たというのがサハロフ博士の仮説です。やはり、 このような 3 つの条件が重なって反物質が消え、 逃したのです。 このナゾはどうして いまの宇宙ができ 179 0 0 0 0 ますます競争になっています。 はノーベル賞を受賞しました。本来探していた反応の発見は世界中で その実験中に超新星から来たニュートリノが検出され、小柴昌俊博士 示そうという実験です。反物質をとらえることはできませんでしたが、 れる陽電子という反物質をとらえ、物質と反物質が転換できることを 行われました。それは、原子をつくっている陽子が崩壊したときに現 このサハロフ博士の仮説を確かめるための実験が、カミオカンデで
原子でさえもその形をとどめていることができず、素粒子レベルまで ばらばらに分解されていました。そのため、そのころの様子を理解す るには、原子よりもずっと小さな、究極にミクロな世界の知識がどう しても必要なのです。 宇宙が誕生した瞬間は、宇宙の長い歴史の中で宇宙が最も劇的に変 化した時です。その変化がどのようなもので、その後の宇宙や銀河の 宇宙誕生直後 ことにしましよう。 高田先生のお話で見えてきましたね。 成り立ちにどう関わったのか。杉山先生、吉田先生、 Silverman 先生、 1 引 ては不思議に満ちた にかかわる、究極にミクロな世界をのぞいていく
第 5 章そもそも我々はなせ存在するのか ? 死にものぐるいになる。 の研究の世界。◎ 最先端の研究者たちの素顔② 最先端の謎に挑む研究とはどのような世界ですか ? 科学者、研究者のイメージには、いつも白衣を着て、ビン底眼鏡を かけ、暗くて、考え方が機械的で冷たい・・・というものがあるかもしれ ません。しかし、最先端の宇宙研究のような、わからないことだらけ の分野は、発見や新理論の発表をめぐり、競争あり、勝ち負けあり、 ドラマありの熱い世界です。 もっとも熱くなるのは、自分の研究がほかの研究者に先を越されま いとするときです。私にもデッドヒートの競争をした経験が何度もあ ります。例えば仲間 3 人と続けていた理論研究が、仕上げにさしかか っていたときのことです。全員が忙しくなったため、少しのあいだう っちゃっていたのですが、ある日、私たちの理論とそっくりのものが 発表されてしまったのです。私はカリフォルニアで仕事をしていて、 毎日発表論文をチェックしていて気づきました。夜の 8 時ごろでした 私はすぐにヨーロッパの仲間 2 人に E メールで、「そっちは朝だ ろ。とにかくできるところまで論文に書き上げろ。」と緊急事態を 告げました それはありですか ? 1 日遅れであれば、コヒ。ーではないと認めてもらえると考えました ョーロッパの仲間は、夕方まで全力で書きつづけて、東海岸にいる仲 192