一丁目 - みる会図書館


検索対象: 竜馬がゆく 2
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1. 竜馬がゆく 2

竜馬は考えている。 薄のなかをころがっているうちに、湿地に入りこんでしまった。右肩から顔にかけて、 べたりと泥がついた。 竜馬はやっと立ちあがって、 まん 「まさかお前ら、狐ではあるまいな」 「ちがう」 影の一人がいった。 「されば人違いするな。おれは、本町筋一丁目の坂本竜馬だ」 「わかっちよる」 言葉が、郷士なまりではなく、上士のなまりである。 影は、三つ。 相手が上士とすれば、永福寺門前事件の仕返しであるのか。 それとも、背後の大きなものかもしれなかった。上士の連中は一様に保守的なのだ。 郷士たちの土佐勤王党結成に強烈な反感をいだいていることを竜馬は知っている。血気 の上士のなかには、 ( 坂本、武市を斬ってやる ) と豪語している者もいるそうだ。

2. 竜馬がゆく 2

竜馬は閉ロしながらきいている。 「悔んでもしかたがない。そのかわり竜馬、脱藩すれば乙女のぶんも働くのですよ。ど こにいても、手紙だけはかかさぬよ , つにしてください」 「そ , っします・」 「いっておきますが、手紙のあてさきは、この山北村の岡上屋敷ではありません。お城 下本町筋一丁目坂本屋敷にしてください」 「乙女は、御当家からおひまをとります」 竜馬は、仰天した。 乙女は岡上家を出るつもりなのだ。乙女が新輔の妻でなくなれば、竜馬の脱藩は岡上 家となんのかかわりもなくなる。乙女が、 なんとかします。 といったのは、そのことなのだ。 「そ、それはいかん」 雲「竜馬、おだまりなさい。坂本竜馬という一個の男子を救国のために送りだすのは、そ のれを育てた乙女の義務でしよう」 土といってから、乙女はくつくっとわらいだした。 も , つ、笑いがとまらない。

3. 竜馬がゆく 2

二人の名が出た。 坂本竜馬と、武市半平太である。 しかし武市は、いま江戸にあって、在国していない。 たず 「されば、お城下本町筋一丁目の郷士にて坂本竜馬という者が、お質ねのそれに適う者 かと存じます」 「その坂本氏をここまで呼んでもらえぬか」 朝から、小雨がふっている。 やまもも 竜馬の部屋からみえる庭の山桃のぶの厚い緑が、いちだんと美しい ( ふむ ? 住谷寅之介 ) 立川口の庄屋からきた使いが帰ったあとも竜馬は、変な顔でいる。 はじめてきく名なのである。 ( 会おうというなら行かずばなるまいが、こまったな ) 同志の連中を呼んでみた。 五、六人集まった。 みな、どの顔をみても、色の真黒い垢ぬけのせぬ田舎侍である。 「オンしら、聞くが、水一尸藩の志士で天下にその人ありと知られた住谷寅之介という仁 じん

4. 竜馬がゆく 2

174 男には、一種の天才があった。 大づかみに、意味はわかるのである。竜馬の意見では、意味さえわかればよいではな 「一度、竜馬の学問を見物にゆこう」 と、若侍たちが寄り合った。 のちに土佐勤王党で働いた大石弥太郎ら三人が本町筋一丁目の坂本屋敷にやってきて、 竜馬の部屋をたずねた。 なるほど神妙に書見している。 「竜馬、さあ、読んでくれんか」 「読んじよる」 と、竜馬は落ちついていった。 「声をあげて読んでくれ」 「ふむ」 おんと 竜馬は、音吐朗々と読みはじめた。三人は顔を真赤にして笑いをこらえている。竜馬 はどんどん読みすすめる。 文法も訓読法もなにもあったものではない。無茶で我流で意味もとおらず、まるで阿 ほだらきよう 呆陀羅経をとなえているようなものであった。 ついにこらえかねて三人は大笑いした。 、 ) 0

5. 竜馬がゆく 2

ろいか、と竜馬は考えている。 さてここまでやってきたが、 ( 何をしにきたのやら ) と竜馬にはべつに深い思慮はなかった。思案は、敵方の上士どもにまかせてやろうと 思った。これが竜馬のいつもの法である。 「お城下、本町筋一丁目の郷士、坂本権平の弟、竜馬です。お取りこみの最中でおそれ 入る。どなたか、おられませんかな」 「よに、竜馬が」 門から、玄関から、庭さきから、上士たちが大刀をつかんで駈けよってきた。 「提灯、 とたれかがさけんだ。 「灯を玄関にあつめるんじゃ。本町の竜馬めが、単身斬りこんで来おったぞ」 ほた 「騒えなさんな」 竜馬がいったが、さまざまの叫び声でかき消された。上士方にすれば、恐怖がある。 夜魔物でもやってきたように ) 竜馬の影像が巨大にみえたにちがいない。 前 二、三が、恐怖のあまり抜刀した。 風そのくせ、たれも近寄らない。 「おのれ」

6. 竜馬がゆく 2

藩して竜馬の子分になり、海援隊士となって、姓名も上杉宋次郎または近藤長次郎とな た。か、これは数年後のはなし。 「なんだ、饅頭屋か」 この若者が、小竜の門人であることは竜馬も知っている。 「なんぞ、御用でございますか」 「おれも弟子になりたい、と先生に伝えてくれんか」 「あなた様が ? 」 饅頭屋はびつくりして奥へひっこんだ。 師匠の小竜は気むずかしい男だ。ちょうど絹布をのべて絵筆をとっていたが、 「なんじゃと ? 」 と、筆をとめた。 「本町筋一丁目の剣術使いが、絵師になりたいというのか。そんな物騒なやつに絵なん ぞ教えられん。追っぱらえ」 そのころ竜馬は、無断で玄関にあがり、いきなり画室のふすまをあけた。 夜「絵を教えてくれとはいうちよりません。アメリカ事情や薩摩の西洋機械のはなしをき 雲きたいと思って参上したんじゃ」 こいつ」 小竜は絵筆を捨てた。

7. 竜馬がゆく 2

は、軽格はまとまらん」 「すぐ行く」 竜馬は立ちあがった。 竜馬は、本町筋一丁目の屋敷を出てから、念のため、永福寺門前の現場へ行ってみた。 「ここか 現場には、鬼山田の死体も、男色家の死体も、おべんちゃら繁斎の死体も、すでに片 づけられてないが、土橋から路上にかけて、おびただしい血が流れている。 一時間ほどのあいだに、三人の血を吸った土地だ。 草まで、血でぬれていた。 竜馬は、池田寅之進の屋敷に入った。すでに、屋敷にびっしりと郷士、地下浪人など 軽格連中がつめかけている。 竜馬をむかえて、どっと湧いた。 「おンしが、総大将じゃぞ。たのむぞ」 夜「まあ、静まっちよれ」 前「タマルカ ( 昂奮せずにおられるか ) 」 風刀の目釘をしらべる者、手槍をかいこんで駈けつける者、道具屋から鎖かたびらをと りよせる者、など、まるで戦さ支度である。

8. 竜馬がゆく 2

「、心得 ~ 」 「もう一つは、土佐七郡の山野に三百の郷士、地下浪人がいる。これらを一党にまとめ ほう . ろ・く 「上士は代々俸禄に飽いて大事を語るに足らす。これから、時代の悲風惨雲に堪えて生 いちりようぐそく 命を惜しまず働くものは、われわれ一領具足の子孫どもだ」 このあと、しばらく雑談していたが、武市は陽のかげりをみて、あわてて立ちあがり、 「頼む」 と、馬上の人になった。 武市の不在中、本町筋一丁目の坂本屋敷は土佐七郡の若者の集会所のようになった。 例の池田寅之進の事件があってから、軽格連中は、横につながり、いよいよ同志のつ ながりはかたくなった。 かれらには、 夜「上士、何するものぞ」 前 という気概がみちみちている。三百年の圧制が、火をふきはじめたようであった。 雲 風それに、江戸桜田門外でおこった井伊大老の暗殺事件は、土佐七郡の田舎侍どもにも 微妙な影響をもたらしている。

9. 竜馬がゆく 2

せんだいひら 「よし、仙台平、五ッ紋でゆく」 翌日、小竜を訪れた。 しよう 小竜はうってかわったように、にこにこと請じ入れた。竜馬を人物と認めたのだろう。 この河田小竜との対話は、日付はいつであったろう。 季節は、真夏であった。日射しのはげしい高知では、城下の人は暗がりから働きはじ め、午後は午睡をとる。 夜があけるのを待ちかねて、竜馬は本町筋一丁目の屋敷を、迎えの饅頭屋長次郎と一 緒に出た。 手に、乳母のおやべ婆さんがつくってくれた昼弁当をさげている。終日、小竜のはな しをきくつもりであった。事実、この日が竜馬の生涯にとって重要な一日になるのだが、 竜馬のカンは、それはおばろげながらわかっていたのだろう。 まん 「饅頭屋、おやべが、まぜめしを作ってくれた。お前のぶんもあるぞ」 どこか、まだ子供つばくて饅頭屋にはおかしかった。 「坂本さまは、こどものころからまぜめしがお好きじゃったそうですな」 「あれは、面倒がないキニな」 「面倒 ? 」 「めしと菜を別々に食う面倒が、じゃ」

10. 竜馬がゆく 2

あとで面体をしらべてみると、薩摩藩士川端半助という人物であった。沢村は海援隊と 薩摩藩との間がまずくなるのをおそれ、薩摩藩側でさえとめたのに、威勢よく腹を切っ てしまった。 刀を腹に突きたてながら、かたわらの友人へ笑いかけ、 しんぎん くすりなべ 「男子たるもの、蒲団のうえで呻吟して薬鍋と組みうちするよりも、このほうが往生 ぎわがおもしろいそ」 といった男だ。いま、長崎の西山に、この沢村惣之丞 ( のち変名して関雄之助 ) の墓 が、さびしく苔むしている。 竜馬の脱藩は、文久二年三月二十四日である。 東洋の暗殺は、その翌月の八日。 ところが、 下手人は、本町筋一丁目の郷士坂本権平の弟ではあるまいか。 といううわさが、家中の上士のあいだでながれた。 藩理由の第一は、竜馬が城下きっての剣客だからである。 それに、武市とならんで、土佐郷士の若い連中の兄貴株の存在だから、脱藩した竜馬 脱に疑いがかかるのはもっともといえた。 いや、竜馬は、吉田どの暗殺よりも以前に脱藩している。 めんてい