住谷 - みる会図書館


検索対象: 竜馬がゆく 2
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1. 竜馬がゆく 2

だされ」 「ところで」 と、住谷寅之介はひざをすすめ、幕閣の内幕、諸藩の内情をつぶさに物語りはじめた。 りゅうちょう 説くところ明快で、語るところ、流暢である。 竜馬は、にこにこ笑ってうなずいている。 が、住谷が、「この点、どう思いなさる」とか、「御藩ではどうであるか」などと反問 しても、為、馬の二人はむろんのこと、土佐では坂本、といわれた竜馬も、ろくに答え られない。答えようにも、幕閣の情勢など、なにも知らないのである。 ( とんでもない大田舎にきた ) おも 住谷寅之介の秀麗な面に、失望の色がうかんだ。 このとき竜馬以下三人の土佐侍が、住谷寅之介には、、かにも田舎臭くみえたようで ある。 現在残っている水戸の志士住谷寅之介の日記には、 ほかりようにん しらず 「外両人は国家の事一切不知」 とある。手きびしい 日記でいう外両人とは、むろん、おどけの馬太郎と、唄上手の為之介のことだ。馬も 為も、土佐国内ではいつばしの「勤王の士」だが、天下第一流の住谷寅之介からみれば、

2. 竜馬がゆく 2

の「愛すべき人物」が、のちに天下に対し異常な力をふるうにいたるとは、さすがの住 谷も見ぬくことができなかった。 竜馬も、竜馬なのだ。 別れるときも、住谷のよき論友になれなかったことを気の毒がり、 「こんなときに、武市半平太がおりましたらなあ」 と、しキ、り . に、つこ。 「武市氏の名はきいていますが、それほどの高説の持ちぬしですか」 まん 「そのとおりです。あれは、城下でも名代の天皇好きですきにな。お前さんとはきっと , つまがあいます」 これでは住谷も、 ( 愛すべし ) というほか印象の書きようがなかったろう。 おおばんぐみぐんようがかり よしあっ 住谷はその後、水戸藩主徳川慶篤が京に入ってから、京都屋敷で大番組軍用掛心得 になり、さらに京師警衛指揮役という水一尸藩の京都隊長などをつとめ、過激公卿とっき じむ あって大いに時務を論じたりしたが、大した大仕事もできぬまに、慶応三年六月十三日 ぎおんまつり 祇園祭の夜、京の鴨川松原河原で通行中を、物盗りの武士に殺された。 桜田門外ノ変ののち、いよいよ騒然となった天下の情勢を検討するために江戸で諸藩

3. 竜馬がゆく 2

住谷寅之介は、この山村の者こそ名は知らないが、すでに天下に鳴りひびいている尊 攘運動家である。 こすいしゃ 水一尸藩馬廻役二百石。というより、藤田東湖亡きあとの水戸イデオロギーの鼓吹者と して名が高い。 安政ノ大獄後、にわかに水一尸藩の政壇、論壇における勢力がおちたために、住谷は大 ゅうぜい いに嘆き、諸国遊説に旅立った。 当時、水戸藩はいわば尊王攘夷思想の大本山で、薩長土三藩の士をはじめ、諸国のい わゆる志士は、水戸を精神の故郷としている。 その大本山の、いわば布教僧として住谷寅之介は、土佐に来たのである。 「まあ、よい」 と、住谷は、手代にいった。 「入国はあきらめよう。しかし頼みがふたつある。かなえてくれるか」 「なんでございます」 「一つは、きようは庄屋殿の屋敷に泊めてもらうことだ」 「いまひとつは ? 」 前 「この土佐で、時流を嘆き、御国のゆくすえを憂え、しかも談ずるに足る士がおるか」 風「はて」 まわりの郷士や地下浪人が、なぞなぞのようなこの質問をめぐって、首をあつめて協

4. 竜馬がゆく 2

「水一尸藩の住谷寅之介です。こちらは同じく大胡聿蔵」 「おくれました」 と、土佐藩側が、それぞれ名乗った。 名乗りおわると、おどけの馬太郎は屋敷の使用人どもをよび入れて、 「さあさあ、支度じや支度じゃ」 と、さわがしく座敷をかけまわり、唄上手の為之介も立ちあがって、座敷を出たり入 ったりしはじめた。 話もなにも、あったものではない。 「坂本氏」 と、住谷は神経質な男だ。にがりきっていった。 とさびと 「土佐人はにぎやかでござるな」 「左様ですかな」 竜馬はあごをなでている。 やがて、酒席ができた。 「まあ、お一つ」 と、おどけの馬太郎は、徳利を近づけてきた。住谷は、酒がのめない。 ぶちょうほう 「不調法でござる」 とことわったが、馬太郎も為之介も、そんな生やさしいことわりで引きさがる男では

5. 竜馬がゆく 2

住谷寅之介は江戸育ちだから、こういう田舎者のあくの強い接待はにが手だった。 唄がおわると、土佐側は、それも余興のつもりで、互いに箸拳を打ちはじめた。 「ひやっ」 という気合でコプシをつきだし、拳を打つ。たがいのコプシにかくしている箸の数に ついてルールがあり、負けると罰杯として酒を飲む。 「ど , つじゃあっ」 「ひやっ」 「ど , つじゃあっ」 「ひやっ」 と大騒ぎになった。 住谷も大胡も、ばう然としている。 「坂本氏。もう酒も余興も、このへんでよいではござらんか」 「馬、為、やめろ」 と、竜馬も苦笑して声をかけた。正直なところ、竜馬も、相棒どもの喧騒な誠意には 夜疲れはじめていた。 前 しかし、馬と為のためには弁じておいてやらねばならない。 風「なにしろ、天下の住谷、大胡先生が見えちよると申すので、この者ども、雨中に樽を 背負って山坂をのばってきたのでござる。これが土佐の作法でござるゆえ、おゆるしく はしけん

6. 竜馬がゆく 2

竜馬、おどけの馬太郎、唄上手の為之介が立川口の庄屋屋敷に到着したのは、すでに 夜ふけであった。 もんび 馬太郎が、門扉を乱打してやっと小者をおこし、つづいて庄屋を起こさせ、 「高知から、坂本竜馬をはじめ、甲藤馬太郎、川久保為之介がただいままかり越した。 水戸の住谷先生に取りついでもらいたい」 深夜である。 どうかしている。 住谷寅之介は、熟睡中をおこされて、それがまず神経にさわった。 ( 田舎者じゃな ) とおもうのだ。横に寝ていた大胡聿蔵も、しぶしぶ起きあがった。 「いま、何刻だろう」 「さあ。こう冷えるようでは、そろそろ丑ノ刻 ( 午前二時 ) に近いのではないか」 「丑ノ刻。明朝、来れま、、 そこへ、廊下のむこうからがやがやしゃべる声が近づいてきて、やがて、田舎侍ども 夜が隣室へ入った模様であった。 前 住谷、大胡が口をすすいでから出てみると、おどけの馬太郎が、 雲 風「これは、これは」 とおどろいてみせた。寅之介は六尺ちかい大男だったからである。

7. 竜馬がゆく 2

「行くぞよ」 と、三人は、笠、ミノで雨をしのぎながら城下を発った。おどけ者の馬太郎は三升酒 といわれた男で、樽で酒五升を背負い、為ゃんも、五升背負っている。 城下から立川口の山中まで、道中十二里。 ふつうなら、途中一泊して行くところだが、この三人は、馬のように足が達者にでき ている。 さいわい雨は日没前にゃんだので、ぬかるみをころびながら山坂をのばった。 「なあ、坂本さんよ、水戸の住谷先生ちゅうのは、どのくらい飲むのかい」 田舎者の無智と純情さで、おどけ者の馬太郎などは、酒を飲ませることばかり考えて 一方住谷寅之介は、安政ノ大獄で自分のほうの水戸勤王派が潰滅同然になっているた め、全国的な機運をもりあげ、とくに西国の雄藩の志士と提携し、幕府の行き方に対す る強力な批判態勢をつくりあげようとしていた。 すでに、越前松平藩、芸州広島藩、長州毛利藩など雄藩のそうそうたる有志を説きお わって、いま土佐藩にやってきた。 住谷には期待がある。 どれほどの論客が、自分の前にあらわれるのであろうか、と。

8. 竜馬がゆく 2

い武士二人がある。 土佐は、薩摩ほどではないが、それでも他国の者の入国はやかましい 「・も , っし」 と、庄屋の手代が見とがめた。ここでは関所はなく、庄屋が、街道の出入りの責任を もたされている。 「お武家さまよ、、 ししずかたのお方にて、いずかたへ参られます」 おおごしんぞう すみやとらのすけ 「わしは水一尸藩士住谷寅之介、これなるはおなじく大胡聿蔵。ここより山をくだって高 知城下へ参る」 「お手形は ? 」 オし」 手代は、ふるえあがった。人相容貌、盗賊に似ている。 「まことにお持ちではござりませぬので」 オし」 「されば、お通し申しあげるわけには参りませぬ」 すでに、人がたかっている。庄屋の人数のほかに、近在の郷士、地下浪人まで出てき て不穏の形勢である。 斬り破って山をくだるのは住谷、大胡の実力からみていとやすいが、それではかれら の入国の本意がとげられない。

9. 竜馬がゆく 2

んでからロ中にやっとほのかな甘味を生じ、いよいよ杯がすすむという酒豪用の酒であ る。 馬太郎、為之介のふたりは、客に注ぎながらも、注がれ上手でたくみに杯をかさね、 ちょうど一升入ったところで、 つかまっ 「さあさ、おなぐさみに、唄を一つ仕りましよう」 つつ ) 0 と、 「いやさ。それはありがとうござるが」 と、住谷寅之介はにがりきっていった。 「われわれは、酒を飲みに参ったのでもなく唄をききに参ったのでもござらぬ。国事を 談ずるために参った。たがいに、酔いつぶれぬうちに、談じよう」 「おかたい、おかたい」 と、おどけの馬太郎は、もうすっかり酔態を呈している。 「為之介よ。早う唄をやらんかい。住谷先生がああ申されるようでは、まだ座が白けち よる」 「引き , つけた」 為之介が、掌をたたいて、顔に似合わぬ美声で歌いはじめた。 馬太郎が、箸をもち、茶碗太鼓で拍子をとっている。 ( こまったな ) て

10. 竜馬がゆく 2

二人の名が出た。 坂本竜馬と、武市半平太である。 しかし武市は、いま江戸にあって、在国していない。 たず 「されば、お城下本町筋一丁目の郷士にて坂本竜馬という者が、お質ねのそれに適う者 かと存じます」 「その坂本氏をここまで呼んでもらえぬか」 朝から、小雨がふっている。 やまもも 竜馬の部屋からみえる庭の山桃のぶの厚い緑が、いちだんと美しい ( ふむ ? 住谷寅之介 ) 立川口の庄屋からきた使いが帰ったあとも竜馬は、変な顔でいる。 はじめてきく名なのである。 ( 会おうというなら行かずばなるまいが、こまったな ) 同志の連中を呼んでみた。 五、六人集まった。 みな、どの顔をみても、色の真黒い垢ぬけのせぬ田舎侍である。 「オンしら、聞くが、水一尸藩の志士で天下にその人ありと知られた住谷寅之介という仁 じん